「せ、先輩……これ、重いです……」
「私は米川の2倍は持ってる」
「それは先輩が固有魔法を使ってるからじゃないですか!」
ひょこひょこと頭に犬耳を躍らせていてのぞみが軽々とバーベキューコンロとクーラーボックスを運ぶ。その後ろに砂浜で足を取られておたおたとひとみが炭の入ったケースを持ちながら追いかけていた。
「てか米川、あんたも魔力を使えば? 私ほどじゃなくてもある程度の力は出るでしょ」
「あ」
「……米川、いつも思うけど抜けてるとこありすぎじゃない?」
「うぅ……」
ひとみは何も言い返せなかった。思えば最初から魔力を使えばよかったと言われればその通りだ。使おうかと思ったけれど、もうここまで来てから使っても意味がない。たかだか数メートルで魔力を使うのはなんだがバカらしい。
「さ、物資はそろったわね」
バーベキューに使用するセットを運び込みが終わると、水着に薄手の上着を羽織ったのぞみはコンロの中になれた様子で炭を積み上げていく。少し位置を調節しながらガスバーナーを取り出した。
「って、ガスバーナー使うんですか先輩!?」
「当たり前でしょ。こういうのは火力が命よ。あとは時間短縮」
そ、そうなんですか……バーベキューと言えば木の櫓を組んで新聞紙とマッチで火を付けるイメージしかないひとみにとっては、なんというかごり押しだなあと思えてしまう。
「なに? 米川は外でこういうのやったことないの?」
「ありますけど……普通ジンギスカンとかはガスコンロ使いますし……」
「なるほどねぇ、じゃあ米川は炭火の良さを知らないわけだ。大変結構、きっとこの大村家流バーベキュー術を気に入るはず……それでは始めよう! 着火!!」
そんな着剣みたいに言わなくてもいいのに、ひとみがそう思う横でガスバーナーをコンロに向けるのぞみ。吹き出した青色の炎に触れたことで温度が発火点に達した炭から火が出る。
「わぁ……」
燃える様を観察するひとみ。のぞみは満足げにガスバーナーを仕舞って、そしてあることに気付いた。
「おや、リベリオン組もバーベキュー……どこの国も浜辺といえば考えることは同じな訳だ」
ルーカスの使っているコンロを見たのぞみが唸る。きらりと眼が細められて光った。
のぞみの視線の先ではルーカスがバーベキューコンロに取り付いていた。まだかまだかとレクシーにせっつかれながらも、食材を網に乗せて焼き始める様子はない。
「早く焼きなさいよ」
「火が落ち着くまで待ってくれよ」
今の火は燃え盛るような炎だ。この状態で焼いてしまっては肉は表面が黒コゲになり、中までじっくりと火が通らなくなってしまう。まずは火を落ち着けることからバーベキューは始まるのだ。
厚紙を手にしたルーカスが火に向かって柔らかい風を送り込む。炭に火が着いてさえくれれば、あとは時間をかけて落ち着いた火にしていけば準備完了だ。
「まーだー?」
「今から焼き始めるよ」
トングを使って肉を網に乗せていく。燃え盛るような火で焼くのではなく、放射する熱で焼くのだ。
「もっと火力を上げなさいよ」
「黒コゲになるんだってば」
くるりと肉を引っくり返す。薄めに切られた肉は長く焼きすぎてはいけない。素早く返していく。ルーカスの隣でレクシーがぶちぶちと文句を言っているがこればっかりは待ってもらうしかない。
「アレクシア、皿を貸して」
「まったく遅いのよ」
レクシーが文句をつけつつ、ルーカスに紙皿を差し出した。手早く焼きあがった肉をルーカスが紙皿に乗せていく。急に口笛でも吹きそうなくらい機嫌のよくなったレクシーが紙皿を受け取った瞬間、のぞみが紙皿から一枚だけ肉をかっぱらった
「こんのクソチビ! 私の肉を!」
「せ、先輩!? な、ななな何をやってるんですか!」
レクシーがとんでもない剣幕でのぞみに詰め寄り、あわや殴りかからんとする。さすがに暴力は、と思ったひとみによって止まられて事なきを得ているが、そんなことはお構いなしにのぞみがルーカスの焼いた肉をもぐもぐと味わいながら租借する。
「わかってる……」
「先輩?」
じっとコンロをのぞみが見続ける。そして視線は燃え盛るような炎ではなく、炭の内側に閉じ込められた火から放射される熱でじりじりと炙るように焼いているルーカスへ。
「米川、バーベキューで絶対にやったらいけないことって知ってる?」
「わ、わかりません」
「それはね、炎で焼くこと。いちばん美味しく焼けるのは炎が落ち着いた炭で炙るように焼かなきゃいけないの」
「へえ……あ、じゃあルーカスさんの焼き方は正解ってことですね」
「その通りだけど問題はそこじゃないんだ、米川」
のぞみがコンロを組み立てて、炭の火を落ち着かせていく。ルーカスに頼んで追加で焼いた肉をレクシーに渡すことで何とかなだめることに成功したひとみは首を傾げながら炭に風を送る手伝いをしていた。
「世の中でバーベキューをする連中の大半が炎で焼こうとするんだよ。なんとも嘆かわしいことにね」
やれやれとのぞみが首を左右に振る。そう言われてひとみは改めて思い返してみた。そういえば昔に家族で行ったバーベキューでは、全体的に燃え盛る炎で焼く人が多かったような……。
「ヒトミ、ノゾミ。どうぞ」
「ふえ? あ、ありごとうございます!」
「これはまさか……」
「レバーペースト、です」
ルーカスがにこやかにパンの上にペーストが乗せられたものをひとみとのぞみに差し出す。事前にパンは軽く炙ってあるらしく、ほのかに温かい。
ひとみにとってレバーペーストは始めて食べるものだ。どんな味がするのだろう、と楽しみ半分、怖々半分でゆっくりと口に運ぶ。
「あ、おいしい……」
「…………」
ふわっとしているだけではない。元がレバーだとは思えないくらい滑らかな舌触りだ。レバー、ということは肝臓だ。けれど内臓系によくある臭みはまったく感じさせない。何かはわからないが、ピリッとした辛味がいいアクセントだ。
「米川、気づいた?」
「何がですか?」
「レバーペーストってね、おいしく作るのが難しいんだよ。臭み抜きをしっかりやらないと食べられたものじゃなくなるから下ごしらえが大変なの。でもこれは臭みは感じさせないし、黒胡椒をアクセントにしてるから肉特有の濃い味も食べ飽きしないように工夫してある」
「ほえー、そうなんですね」
ひとくちぶん齧られたパンをひとみがじっと見る。そんなに手が込んでいるものだとはとても思えない。けれどのぞみの説明が正しければ、このペーストを作る過程にはかなりの手間がかかっているはずだ。
「なるほどね、これがリベリオン……」
「ルークのバーベキューを見たか扶桑人!」
なぜかレクシーが誇らしげに胸を張る。ひとみが揺れるそれを見てから自分のものに視線を落とす。それなりに大きい。少なくともひとみよりは。
「いつかおっきくなるもん……」
ぼそっとひとみが呟きながら手を当てる。だからその隣で俯きながら震えるのぞみは見えていなかった。
「ふ、ふふ。はははははは……」
「せ、せんぱい?」
「上等! これがリベリオン流というのなら見せてやろうじゃない! 我が大村家流バーベキュー術を!」
「またですか!? というかいつも思うんですけど大村家流っていくつあるんですか!」
のぞみにはひとみのつっこみなど届かない。眼を見張るような手際のよさでのぞみが炭の火を整えると網を乗せた。手早く網に上に重そうなフライパンを安置させると、オリーブオイルを注ぎ込む
「米川、あんた審査員ね。はいこれ」
「いいですけど……なんですか、これ?」
「いいから見ときなさいって」
どこからともなく取り出したナイフでのぞみがにんにくをスライス。さらに唐辛子を輪切りにしてから2つとも温めたオリーブオイルの中へ。
「まさか……ノゾミ、それは」
「ふっふっふ。気づいたかリベリオン!」
ルーカスがのぞみの持つフライパンにじっと視線を注ぐ。ひとみにはなんだか真っ黒で底が少し深めのフライパンにしか見えない。
なにがなんだかわからないひとみは首を捻って成り行きを見守る。のぞみは手早くエリンギを縦に裂くと、エビとイカをフライパンへ投入していく。さっと一つまみぶんだけのぞみが塩コショウを振り掛けると、ふつふつと煮立つまで待つ。
「よし、完成! 米川!」
「え、えっと食べていいんですか?」
「審査員が食べなくてどうする! ほら早く食べる!」
「は、はあ……」
紙皿に乗せられたエビとエリンギを箸で掴むとひとみは口へそれを運んだ。
オリーブオイルをあんなに使っていたから脂っこいのかと思っていた。けれどそんなことはない。
オリーブオイルに閉じ込められたにんにくの香りが食欲をそそり、唐辛子のピリッとしたアクセントが舌を弾く。プリッとしたエビやイカ、エリンギを噛み締めるたびにそれらが一体となって口の中ではじける。
「んっ……ふわぁっ」
こんなの我慢できるわけがない。まだバーベキューは始まったばっかりなのに、箸が止まらないよぉ……
「なにあれ……」
「あれはスキレットだ、レクシー。かなり使い込んでるからいい味が出てる。にんにくのカットも香り付けがしやすいスライス。いい仕事だ」
「やっぱり気づくよねぇ」
びくびくと身悶えするひとみから紙皿を取り上げつつ、のぞみがルーカスに向かってにやりと笑う。それはまるで次を出してみろよ、と言わんばかりの笑みだ。
「ならばこちらも本気でやるよ」
ルーカスが取り出したのは漬け込まれた何かが入ったビニール袋。中から取り出した塊をどさりと金網の上に乗せた。ひとみの鼻を肉の焼けるにおいがくすぐった。
引っくり返してもう反面を焼きにいれる。ジュワーっと油が火に悶える音が辺りに響き、ひとみとレクシイが唾を飲み込む。その中でのぞみだけが眼を光らせ続ける。
「ヒトミ、ノゾミ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
食べる前にひとみが皿の上に乗せられたものをじっと見つめる。じゅうじゅうとまだ音を立てるそれは骨付きの牛肉のようだ。だが表面についたこのつぶつぶはなんだろう。
「いただきます」
骨にペーパーナプキンを巻くとはむ、とひとみは肉にかぶりついた。瞬時に肉がほろりと崩れ、さっきの唐辛子とは違った辛みが口内を刺激する。だがさっきより辛みはない。むしろ口当たりのいい甘さすらある。肉汁が噛むほど溢れ出し、今まさに肉を食べているのだと否応なく認識させてくる。
こんなにおいしいものには逆らえない。野性味あふれるスペアリブに責められるようだ。抗おうにもただ次を求めてしまうのだ。
「あっ……お、お肉に…………だめぇっ」
「粒マスタードで香りを重視してる。でもここまでスペアリブが柔らかく……待って」
恍惚とした表情のひとみを無視してのぞみがもう一口、スペアリブを味わう。外部からの余計な情報の一切を遮断し、無心になって咀嚼。
「このフルーティーな甘み、はちみつじゃなくてリンゴを使ってる……?」
「さすが、です」
「スペアリブでリンゴ……そっちこそ見事だよ」
「あの……どういうことですか?」
バチバチと火花がルーカスとのぞみの間で散る。至福の顔でスペアリブを味わいつくしたひとみがなぜリンゴが出てきたのか理解できずに疑問符を投げる。
「肉を柔らかくするにははちみつを使うのが多いけど、甘すぎるって感じる人もいる。でもね、米川。これってリンゴでもできるのよ。しかもマスタードと合わせて漬け込んでるからクセのない仕上がりになってる」
もぐもぐと口を動かしながらのぞみがひとみのために解説を加える。おいしいものはもちろん好きだが、そんなふうに見たことがなかったひとみとしては新鮮だった。
「肉……なら!」
次はのぞみのターンだ。ばっとクーラーボックスから取り出したのは何かのタレで漬け込まれた鶏肉。トングでそれらを挟み込むと焼きにかかる。じゅわじゅわと脂が炭に滴り落ち、炎が燃え上がる。
「きゃあっ」
「いちいちびっくりしない!」
トングを使ってのぞみが鶏肉を引っくり返す。ちょうどいい具合の焦げ目が鶏の皮に付き、テカテカと光り輝いている。
「さあ、大村家流バーベーキュー術レシピその8、『鶏もも肉のコチュジャン焼き』!」
またしてもひとみの前に紙皿が突き出される。ごくりと唾を飲み込みながら抗うことを許さない肉の魅力を前にひとみの箸が伸びていく。
噛んだ瞬間にパリパリとした鶏の皮から旨みがしみ出す。噛んでいくたびにジューシーな肉汁が溢れ出し、口内を責めたてる。少なくない、だが決してくどくない。スパイシーな味付けが脂っこさを緩和してくれているのだ。
「辛い……でも、もっとぉ……」
コチュジャンとだけあってだいぶ辛い。けれどその辛さはむしろ癖になる辛さだ。一緒に野菜と食べるのもこれまた相性ばっちりだ。
「ノゾミ、やりますね。これは、ガーリックのすりおろし、ですか。下ごしらえも丁寧、です」
「これが大村家流だよワトスン君」
得意げにのぞみが胸を張る。ちなみにワトスンなどという名の人物は加賀にいない。そう、念のため。
「先輩、何をやったんですか?」
「余計な脂や筋を落としただけ」
「大したことじゃないのね」
「レクシー。これが結構、大変なんだ」
すべての鶏もも肉をきっちりと下ごしらえするというのは割と疲れるのだ。なにより、特に面白みがあるわけでもなく延々と切っては取り除いてを繰り返す単純作業は地味に面倒くさい。
「次は、私ですね」
ルーカスが薄めにスライスされた豚肉を数枚ほど焼いていく。同時に網の端を使って2つに割ったマフィンを炙る。
マフィンにレタスを敷くとその上に焼き上げた豚肉とトマトを乗せて挟み込む。そうやって手際よく組み立てたサンドイッチをのぞみとひとみにルーカスが差し出す。ちなみにちゃっかりとレクシーはサンドイッチに既にありついていた。
「ん……あっ、やぁ…………」
肉の塩っけはかなり強めだ。だが共に挟まれているレタスやトマトがその塩気と見事に調和している。野菜で豚肉の塩気をさっぱりさせてくれるためだ。
逆らえるわけない。シャキシャキのレタス、塩気によって甘みの引き立てられたトマト。こんなサンドイッチを残すなんて冒涜だ。
「パンチェッタだね、これ」
「ぱんちぇった?」
「豚バラ肉の塩漬けのこと。こういう利用法もあるのか……」
のぞみがマフィンサンドイッチを齧りながら唸る。塩分を控えめにして作る手法もあるが、そんなことは一切していない。始めからサンドイッチのように野菜と併せて食べることが前提だ。
改めて食べてみると、ベーコンに近いような気がしなくもない。つまりこれはBLTサンドのようなものなのだろう。
「サンドイッチおいしい……」
「米川の心を掴んだ……? くっ、扶桑人の心を取り戻せ米川!」
のぞみが三角形の物体を網の上に乗せる。うちわで煽りながらこまめに引っくり返す。ころころと網の上で転がるそれはひとみにも見覚えがあるものだった。
「おにぎりじゃないですか!」
「ふっふっふ。扶桑人であるなら反応せずにはいられないよねぇ?」
にやりとのぞみが笑いながらおにぎりに焦げ目をつけていく。醤油の焦げるにおいで空腹を感じるのは扶桑人の特権だ。
焼きあがったおにぎりを底が深い紙皿に。小口切りのねぎを散らして、またしてもどこからともなく取り出した急須から少し濁った液体を注ぐ。
「これが何かわからないなんてことはないよねぇ、米川?」
「や、焼きおにぎりの出汁お茶漬け!」
「大正解! 正解者にはこのお茶漬けを下賜してしんぜよう!」
ははー、とひとみがのぞみの差し出すお茶漬けを受け取る。箸を取るとざくざくと焼きおにぎりを崩して、出汁と一緒に口へ流し込んだ。
焼きおにぎりにはゴマが混ざっているため、食感だけでなく香りもいい。出汁は魚介系で丁寧に取ってあるらしく、雑味と言えるようなものがまったくない。芳ばしい醤油が出汁に溶け出して、得にも言えぬ旨みを醸し出す。
これは扶桑人でなければ感じられない喜びなのかもしれない。そしてひとみは立派な扶桑人だ。
醤油の焦げる香り。これだけで既に空腹感が刺激されるというのに、そこにきて薬味のねぎやゴマ、そして丁寧に取られた出汁がかけられたお茶漬け。扶桑人であるならば、この極上の一品に抵抗することなぞできるはずがない。
「あぅ、んんっ……ぅあ」
まぶたの裏に懐かしき扶桑がよぎる。温かいご飯を食べるため、家族で食卓を囲んだ在りし日。
一口ごとにそんな景色が蘇る。ふんわりと柔らかい毛布に包み込まれているようだ。ずっと出汁を啜るたびに体の芯からじんわりと温もりが満たしていく。止められるわけがない。こんなに体も心も温めてくれるご飯を。
「おいしかったです、先輩!」
「ふふん、大村家流を舐めるな!」
得意げなのぞみ。ルーカスがごそごそと火が落ち始めた炭を整え始めた。のぞみのコンロの温度も心なしか下がってきているようだ。そろそろバーベキューも終わりだろうか。
お腹もだいぶ膨れてきたからちょうどいいかも。そう思い始めていたひとみの前に、またしても皿が出された。
「これ、デザートです」
「それは……まさか!」
「そう、焼きリンゴです」
だがただの焼きリンゴでないことは一目瞭然だ。ほかほかと湯気を立ち上らせる焼きリンゴの上にバニラアイスが乗せられているのだから。シナモンと、とろけるバニラアイスの甘い香りがふわりとひとみの鼻をくすぐる。
お腹はもういっぱいのはずだった。けれど女の子には魔法の言葉があるのだ。
甘いものは別腹、という言葉が。
柔らかくなったリンゴに溶けかけたアイスクリームが絡み合う。口へ運べば冷と温が混ざり合い、見事なコントラストを描く。
「こんなの……こんなのおいしいって感じちゃうよぉぉぉ…………」
ぽて、とひとみが満ち足りた笑顔を浮かべて砂浜に倒れこんだ。味覚の嵐がひとみを腰砕けにしてしまっていた。
「リベリオンもやるじゃない」
「ノゾミのバーベキューも素晴らしい、かったです」
のぞみとルーカスががっしりと握手を交わす。それは互いに力の限りを尽くして戦った
「むぅ……」
そしてその後ろで満腹感が5割、嫉妬心が5割の表情でレクシーがその握手を複雑そうに見つめているのだった。
さて、バーベキューもいいが砂浜の醍醐味はまだまだある。もちろん水着で泳ぐことを筆頭にビーチバレーやバーベキュー、ポロリにエトセトラ……。
それに加え、扶桑独特ともいえる文化がひとつある。
「さあさあ、やはり砂浜と言えばスイカ割りだよね!」
バーベキューが終わったかと思えば今度はスイカをのぞみが持ち出した。一体どこから持ち出したのやら。もうひとみはのぞみの突拍子もない行動は慣れているので今更いちいち突っ込んだりはしない。きっと買ってきたのだろう。どこで売ってるのかは知らないけど。
砂浜にのぞみがスイカを転がらないよう安定させる。そしてどこからともなく先の曲がった鉄の棒を取り出す。
「先輩、それバールですよね……?」
「うーん、まあ名状しがたいバールのようなものではあるかもね」
「バールじゃないですか! なんてものでスイカ割りしようとしてるんですか、先輩は!」
だがさすがにバールでスイカ割りをしようとする事態は見過ごせなかった。まだバットを持ち出したりするのならばよかったが、バールでスイカ割りはいろいろと台無しな気がした。
だがどうせここで止めたところでのぞみが止まるわけがないことはわかっている。ひとみは肩をがっくりと落とした。
「用事が済んだらさっさと退くでごぜーますよ」
ひょこっと夢華がひとみを押しのけて、のぞみが置いたスイカを怪訝な目で見ながら突く。
「なんでごぜーますかこれは」
「スイカ割り。ま、ビーチにいるなら避けて通れないイベントでしょ。とりあえず一番手は米川ね」
「私なんですか……まあ、いいですけど」
白いタオルで眼の周りを覆われると視界がゼロになる。のぞみに手渡されたバールを掴んだ。完全な暗闇の世界で唯一、信じられる感覚はバールの硬質な鉄の感触だ。
「米川、右!」
「違う……前」
「え、ええ!? ど、どっち?」
ひとみが右往左往してスイカのありかを探す。完全に面白がっているのぞみと、それに乗っかったコーニャの指示によってひとみが砂浜をあっちへこっちへと歩き回る。
「後ろにいやがります」
「Left……ひだり、です」
「そこにあるでしょ」
便乗するように夢華とティティ、そしてレクシーが正しいのか間違っているのかわからない方向指示を飛ばす。しかも一部はブリタニア語のため、ひとみにはちんぷんかんぷんだ。
「うーんと、えーっと……えいっ!」
振り上げたバールをひとみが振り下ろす。ひとみの細腕で速度をつけられたバールが砂浜を抉った。
「はい、米川はずれー」
素早くのぞみが視界を覆っていた白布を取り除く。眩しさに目を細めながらスイカを探すと、だいぶ遠くに緑色のそれが安置されているのを見つけた。
「ずいぶん遠いですね……」
「ふらふらしてたからね。次は……新人のティティ! 行ってみよう!」
「ええっ!?」
「まあまあ。バールでスイカを粉砕するだけの簡単なお仕事だから」
「……?」
ひとみは首を傾げた。またブリタニア語でのぞみが会話をしているせいで、なにがなんだかわからない。だが明らかに何か間違っているような気だけはした。
「ま、真っ暗なんですね」
そろそろと慎重にティティが砂浜を進む。どこに行くのか当てもないように彷徨うティティを見ながら、たぶんさっきの自分はこんなふうだったんだろうなぁとひとみは思った。
「右……えっとrightですっ」
「さっさと終わらせなさいよティティ」
「そ、そんなこと言われても……」
よろよろとバールを振りかぶってティティがえいっと振り下ろした。
「あー、ティティも外れだね」
ティティもひとみと同じように砂浜の砂を散らしただけだった。一度やってみたからこそわかるが、周りの指示は声が混ざり合うためあてにならない。結構、難しかったりするのである。
「じゃあ次は……ゆめか、君に決めた!」
「
「まあ、いいからいいから。はいバール」
「よくわかんねーでいやがりますけど、用はこれでスイカをぶっ叩けばいいんでごぜーますよね?」
「そそ。じゃあいってみようか」
夢華もひとみと同じように目を白布で隠すとバールを振りかぶる。すぐに夢華の頭からぴょこっとハチクマの耳が飛び出した。
「えっと、夢華ちゃん。右に……」
「うるせーでいやがります。外野は黙ってろってんですよ」
ひょいひょいと躊躇いのない足取りで夢華がまっすぐにスイカへ向かっていくと、バールを振り下ろして叩きつけた。ばしゃっと辺りにスイカの果汁と破片が飛び散って潰れる。
「こんなもんでいやがりますよ」
ふふん、と夢華が自慢げに胸を張る。ひとみが当てられなかった。しかし自分は迷うことのない正確無比な一撃でスイカを割って見せたことにご満悦らしい。
だがそうは問屋が卸さない。
「はい、ゆめか失格」
「は?」
「いや、だって未来予知はアウトでしょ」
自分がスイカを割ることができる未来を見るまで動き、そしてその未来が見えた瞬間にバールを振り下ろした。結果、夢華の未来予知の告げたように予定調和を起こしたというだけのことだ。
「ダメなら最初からそう言っとけってんですよ」
ぶすっと夢華が膨れながらバールをのぞみに手渡す。渡されたバールをのぞみは隣のコーニャへ流れるようにスライドさせた。
「四番手、プラスコーヴィヤ!」
「でも先輩、スイカ割れちゃいましたよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。どーせ1個じゃ足りないと思って、あと2個ほど用意してあるから」
コーニャの目を布で覆い隠すと、のぞみが2個めのスイカを砂浜に置いた。スイカがのぞみの手によって置かれている最中に、コーニャの頭からヘラジカの角が飛び出す。
「あ」
「のぞみ、退いて」
「えっ? プラスコーヴィヤ、あんたまさか……」
夢華と同じように迷いのない足取りでコーニャがスイカに向かって突き進むと、軽くバールを振り下ろしてスイカを2つに割った。自分で目を覆っていた布を外すと、ご満悦げな表情がうっすらと伺えた。
「成功……」
「いや、プラスコーヴィヤもアウト。あんた近くにあるカメラとか全部ハックして見たんでしょ」
「未来予知は、ダメでもハッキングがダメなんて言われてない……」
「いや、ダメでしょ……ああもう、それじゃあ次の選手入場! レクシー、行けっ!」
「人を何だと……まあ、いいけど」
レクシーにしては大人しく視界を覆われると、バールを手に持った。ぴょこっと獣耳が頭から飛び出す。
「「あ」」
今度はのぞみとひとみの声が被った。だがそれもやむないとするべしだろう。もうすでにオチが読めてしまったのだから。
「ーーーーーー」
レクシーが口を開くと喉を震わせる。聞こえるか聞こえないかくらいの音がレクシーの喉から発せられるとにやりと笑った。
「捉えたり」
ここまで来てしまえばもう、この後はどうなるのか予測するのは容易い。
ずんずんとレクシーが大またに歩いていくと全力でスイカにバールを叩きつけた。今までよりも派手に果汁と果肉と砂浜に撒き散らしながら割れると、レクシーが覆いを外して自慢げに笑った。
レクシーは自らの固有魔法を応用してアクティブソナーのように使ったのだ。自分の声を音波にしてスイカの位置を特定し、そこに向かって歩いていくとバールを振り下ろす。
固有魔法も使い方とは言ったが、世の学者たちもまさかスイカ割りのために固有魔法が使われるようなことがあるとは露ほども思わなかっただろう。
「先輩はスイカ割りやらなくていいんですか?」
「3個しか用意してなかったからスイカがもうない」
「じゃあ……」
「うん。私だけやれない」
「……ご愁傷様です」
のぞみとしては誰もうまくスイカを叩けずに、最後になってから真打登場と洒落込むつもりだった。まさか固有魔法を駆使してスイカを破壊してくるなんて微塵も予想してなかったのだ。
「みんなさぁ、スイカ割りのルールくらい守ろうか」
いまさら言ったところで後の祭りでは、とひとみは思ったが心の中にしまっておくことにする。
「ま、いいよ。私だけじゃなくてシャン中尉もスイカ割りチャレンジできてないし」
「あ……」
ひとみが思わずシャンの方を向いた。スイカがなくなったことは理解しているらしく、バールを砂浜にざくざくと振り下ろしている。
「ごめんね。なんかこんなことになって」
「大丈夫ですよぉ。それにして扶桑はおもしろいんですね。バールでスイカを叩く文化があるなんて」
「普通はバールじゃないけどね。まあ、せっかくのスイカだから切ったらみんなで食べちゃおうか」
「先輩? 何を話してるんですか?」
またしても目の前で繰り広げられるブリタニア語の応酬にひとみが困惑する。いい加減にちゃんとブリタニア語を話せるようにならないと今後は本当に苦労しそうだ。しっかり勉強しておこうと密かにひとみが決意する。
「スイカ食べちゃおうかって話。米川、包丁を持ってきて」
「あ、わかりました!」
「どこへ行くんですか?」
とてて、とひとみが砂浜を走って包丁を取りに行こうとするとシャンが首を傾けて尋ねる。咄嗟にブリタニア語が理解できないひとみはシャンと同じように首を傾げる反応を返すのみ。
「包丁を持ってきてもらおうと」
「ああ、それなら任せてください!」
シャンがスイカを一箇所に集めるとバールで砂浜に円を描く。そしてその円の内部に図形や記号、文字などを器用に書き加える。
「うーん、砂浜は書きにくいですねぇ」
「あの、先輩。これって何をやってるんでしょう?」
「魔法陣を書いてるね」
「それはわかりますけど……」
「でーきまーしたー!」
誇らしげに言いながらバールを脇に置くと、シャンが腰に下げられたエストックをすらりと抜いた。これで切ろうということなのだろうか。だがエストックは刺突用の剣だ。あまりスイカを切るには適していない。
「風の神カルデアよ、我が純なる魔女の血において承認せよ。我が名はロートヘクセ! 断ち切れ、テンペスト!」
シャンが詠唱を終えると同時にエストックを水平に構える。次の瞬間、風が魔方陣の中で吹き荒れ始め、風刃が形成された。シャンがエストックを勢いよく振り下ろすと風刃がスイカに襲い掛かり、バールによって歪な割れ方をしていたスイカをきれいに等分した。
「ふぅ、これでいかがでしょう?」
「ありがとう中尉」
まあ、普通に切れば良かったような気もするけど……そんな言葉は飲み込んで、のぞみは皆にスイカを配っていく。
その時だった。
「ん? あれって……」
のぞみは何かに気付いたようだ。ひとみがのぞみの視線を追うと、数台の自動車。停車と同時にばらばらと数名の人影が降りてくる。いったい何だろうか。
「
ブリタニア語とは違う発音の知らない言葉が飛ぶ。何語だろうかとひとみが首を傾げるよりも早くシャンが反応した。どうやら声をかけてきたのはガリア海軍のヒトらしい。シャンはすかさず駆け寄ると、ガリア海軍のヒトと言葉を交わす。
それから戻ってくると、言った。
「あのぉ、みなさんにお知らせがあります……」
「なんでしょうか? 中尉」
「そんなもったいぶらないでさっさと言いなさいよね」
各々が続きを促す。もちろんひとみは何を言っているのか半分以上分からないのだけれど……次にシャンが口にする言葉、翻訳ナシでも意味が分かってしまった。
「私、みなさんと一緒に欧州へは行けないみたいです」