ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Fact [fˈækt]
【名詞】1.a.可算名詞(実際に起こった[起こりつつある])事実
     b.〔the fact〕<……という>真実
     c.不可算名詞(理論・意見・想像などに対して)真実
    2.a.〔the fact〕(犯罪などの)事実,犯行
     b.可算名詞[しばしば複数形で]申し立ての事実



2-7-1"Fact"

 海ほど恒常性が担保されている場所はなかなかない。そもそも地球環境が暴力的と言って差し支えない宇宙空間で一定の気候を保っているのは海があるからこそなのだ。

 

「……海上(うえ)はなかなか面白いことになっておりますなぁ」

 

 ヘッドホンを丁寧に装着した聴音員からの報告を聞きつつ、紺色の作業服に身を包んだ士官が笑う。胸に輝く潜水徽章(ドルフィン・バッジ)に肩章が示す佐官相当の階級を見れば、彼がこの艦の幹部であることは明白だ。

 

「副長、加賀にヘリが二三機降りたぞ。さっきからの無線を聞く限り、こりゃ大騒ぎだな」

 

 潜望鏡から顔を話した男が作業帽をかぶり直すーー潜望鏡を覗くときは帽子のつばが邪魔になるのだーー。そこに描かれる潜水艦のシルエットと艦番号の刺繍。ローマ字で刻まれる「ZUIKAKU」の文字列。

 その名を預かる彼は、そのままニヤリと笑うのであった。

 

 

 

「浮上しろ、メインタンクブロー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽もどっぷり暮れて深夜のインド洋。扶桑皇国にとっては久々の大規模派兵となる第五航空戦隊を基幹とした遣欧艦隊。

 

 護衛の駆逐艦はその二万の巨大な城をインド洋に照らし出し、どこか焦ったように回転翼機(ヘリコプター)が暗黒に染まった空を舞う。

 

 近接防空を担当することとなっている駆逐艦「秋月」の艦載機が加賀管制の誘導に従って飛行甲板に着艦。そこから整然と吐き出される陸戦隊員たち。当直以外はたたき起こされたばかりだろうに、誰一人文句一つも言うことなく乱れぬ行軍を披露する。

 

 ……が、その旗艦を務める強襲揚陸艦「加賀」の艦橋にはその勇ましい艦名に似合わない重苦しい空気が漂っていた。

 

 

《CIC艦橋。瑞鶴、浮上します!》

 

「浮上だとォ?」

 

 もういい加減にしてくれと言わんばかりの形相で言い返す北条海軍少将、遣欧艦隊司令である彼も今回の騒動でたたき起こされた一員だ。

 

「右前方!」

 

 見張り員が叫び、艦橋にいた者の目線が全てそちらの方へと向けられる。黒々としたうねりを見せるインド洋が急に沸騰したと思えば、浮かび上がるのは真っ黒なシルエット。

 

「馬鹿じゃないのか、なにを考えてるんだ……」

 

 無論北条司令、怒り心頭。

 

 遣欧艦隊の用心棒である潜水艦「瑞鶴」の任務はもちろん対潜水艦警戒。対潜水艦戦はヘリ空母としても運用可能な「加賀」が担当することもできるのだが、第203統合戦闘航空団「ゴールデンカイトウィッチーズ」の母艦機能を優先した結果護衛の潜水艦を付けることとなったのである。

 

 なったはずなのだが。

 

「発光信号! ワレ、キカンノキキニサンジョウス。リクセンタイヲハケンス!」

 

「答信、ヘルファイヤ(ヘリ搭載ミサイル)がお望みか! 送れ!」

 

 手順など無視して半ば投げやりに怒鳴り返し、北条司令は受話器を取る。

 

 

「私だ。状況はどうなってる」

 

 

 指揮官たるもの。常に平静を保たねばならない。言うは易しだ。

 問題は、その騒動の原因。この真夜中に巻き起こった大きな渦の中心が如何ともし難いということか。

 

《司令、残念ですが……ウィッチを食い止めることが出来ません!》

 

「……」

 

 まったくもってダメではないか。どいつもこいつもノリで突っ込んで行くからこうなるんだ。

 

 「ウィッチのマウントポジションが取れる!」などとオープンで叫んで突撃していった陸戦隊員には最高の報酬を送らねばと、北条司令は心の中で強く決意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《第一回ティティ対策会議!》と書かれた横断幕が仮設会議室の壁にかけられた。妙に達筆な毛筆で書かれたそれはのぞみ渾身の力作らしい。こんな事態になにをやっているのかというつっこみもあったが、のぞみが力づくで押し切る形で片がついていた。

 

「……さて、ゆめかの尊い献身でネウロイが相手じゃないことがわかったのはいい。問題は何の理由かは知らないけど暴れまわるティティを止めなくちゃいけない」

 

 のぞみが腕を組んで高らかに宣言する。だが残念なことにこの会議室にはのぞみを除いてひとみとレクシーの二人しかいないため、あまり映えていないが。

 

「今は加賀の陸戦隊が食い止めてくれてるからいいけど、部隊の不始末は部隊でカタを付けるのが筋ってものよ、そして何より、我がゴールデンカイトウィッチーズからも犠牲者が出ている。分かってるわね?」

 

 夢華は現在、夢の中。医務室のベットでのた打ち回っているが正しいだろうか。ともかく、ティティに討たれたことに変わりは無い。ちなみに石川大佐とコーニャはCICで対応に当たっているだけなので、別に倒された訳ではない。

 

 ともかく暴走するティティを放置するわけにはいかない。しかしレクシーは、どこか諦めた調子で肩をすくめて見せた。

 

「……どうにかできるの、これ」

 

「なんとかするしかないでしょ。レクシー、あんたの固有魔法で音波を使ってティティを気絶させられないの?」

 

 そう言うのぞみ。イルカだって狩りに超音波を使うのだ。きっとやりようはあるはずである。そしてレクシーは肯首。

 

「できるわよ。ただし、ティティがある一点から五分以上は動かずにじっとしてくれるなら、だけど」

 

 五分ね、足止めできるのなら音波の反射とかぜんぶ計算して確実に意識を落とせるわよ。そう言うレクシー。

 

「本当に落とせるとは……まあ、五分の足止めはちょっと厳しいかもね」

 

「だからどうにもならないんだってば」

 

 ううん、とのぞみが頭を抱える。レクシーの言うことは理解できる。一点に音波を集中させなくてはいけないため、壁などの反射率もすべて計算に含めなくてはいけない。結果として時間がかかってしまうのだ。

 相手に手を触れることなく気絶させられるだけで既にすごいのだ。端から無理だったと諦めるほかないだろう。

 

「うーん。これがまだ酒に酔っ払ったおっさんとかだったら良かったんだけどなぁ」

 

 見境なく暴れまわるウィッチが相手であるということはこの上なくたちが悪い。ネウロイとの戦いが長引く現代においてウィッチは女神だ。現人神だ。言うまでもなく神聖不可侵であり、特に国際部隊ともなるとその身の安全には重々気を遣わねばならない。警棒などで殴って傷が出来てしまったら国際問題だ。

 

 だからこそ加賀の陸戦隊は現在、素手でティティに対処しているわけだが……流石に魔法で身体能力を強化できるウィッチにそう簡単に勝てるわけがない。

 加えてティティは魔力の総量も多い。魔力切れを狙うにしても時間がかかりすぎるため、いたずらに被害が拡大してくだけだ。

 

 さらに付け加えるなら命令でウィッチを直接手で触れられる(おしたおせる)機会なんてそうそうないため、複数人である統率された鎮圧行動を陸戦隊がとれていないという悲しい現実もあった。

 

「あのー、先輩……」

 

「なに、米川?」

 

 レクシーと話し込みかけていたのぞみがぐるりと首を回してひとみへ振り返った。

 

「どうしてティティちゃんはあんなふうになっちゃったんでしょう? 私が知ってるティティちゃんはもうちょっとこう……オドオドした()だったと思うんですけど」

 

「それも気になるけど、止めることが先決でしょ。うーん、しょうがないか。米川、ワルサー持ってきて」

 

「ええっ!?」

 

 いきなり放たれたのぞみの物騒な台詞に驚くひとみ。

 

「せ、せせせ先輩!? 何を考えているんですか!」

 

「実弾を使うわけないでしょ。演習用の模擬弾を使うのよ」

 

「それでも痛いですよ!」

 

「ああもう! めんどくさい!」

 

 のぞみが拳銃を取り出す。そしてためらうことなくのぞみが銃口を自らのこめかみへと運ぶ。

 

「先輩っ!?」

 

「模擬弾程度じゃ、どうってことなし!」

 

 そう叫ぶとのぞみは引き金に掛けられた人差し指を引ききった。軽い銃声が室内に響く。

 

「ーーーーっ! ほら、これだけで済む。撃っても死にはしないから大丈夫。わかった?」

 

 痛みに顔をしかめながらのぞみが撃った場所を指で指し示す。軽く青あざになっているくらいで大きな外傷はない。

 どうやらあらかじめ暴徒制圧用のゴム弾を込めていたらしい。変なところで用意周到なのぞみのことだ。ティティ対策に使うこともあると踏んで事前に用意していたのかもしれない。

 

 だから安心だ、そうのぞみはひとみに言いたいのだろう。わざわざ実演しなくてもいいでしょうに……とレクシーが呆れたように呟く。

 

「え、ええ。いや、それはわかりましたけど……」

 

「じゃあ米川、こっちでティティを甲板に誘導するからあんたが狙撃しなさい。ワルサーの威力なら意識くらい奪えるでしょ。レクシー、あんたと私で追い込むよ。狐狩りの要領。いける?」

 

「なんであんたの言うことなんて聞かなくちゃなんないのよ」

 

「レクシーがひとりでティティを止めてくれるならそれでいいけど?」

 

「……わかったわよ。やりゃあいいんでしょ、やりゃあ!」

 

 不承不承ではあるがレクシーはのぞみの指示に従うことを認めた。やけっぱちではあるが、心強い。

 

「よし、じゃあ方針は立ったしやろうか。米川、狙撃ポイントを探すのに何分かかる?」

 

「10分で大丈夫ですよ。加賀は慣れてますから移動だけで終わりますし」

 

 ひとみが薄い胸を張る。そう、残念ながら薄いのである。だがひとりのスナイパーとしてひとみの持論を言わせて貰うなら大きな胸は邪魔だと思う。なお決して嫉妬とかの類ではないのだ。

 

「じゃあ、米川は先行しといて。こっちでうまいこと追い込むから。ああ、通信機は常に入れときなさいよ。何かあれば連絡するから」

 

「はい!」

 

 とてて、とひとみが会議室から出て行く。途中でつまづいて転びかけたがすぐに持ち直して走り去っていく。これから武器庫にワルサーを取りに行き、暴徒制圧用のゴム弾を装填しなおすと狙撃ポイントに向かうのだろう。

 

「さて、と。米川も行ったことだし私たちも動くよ、レクシー」

 

 そう言いながらのぞみが会議室を出るとレクシーが後に続く。

 

「ったく。わざわざ動いてあげるんだから、ちゃんとやりなさいよ」

 

「私が信じれない? まったくこの大村のぞみも甘く見られたものだ」

 

 振り返って笑ってみせるのぞみに、レクシーは小さく首を振って見せた。

 

「そうじゃなくて……あのちっこいのよ。本当に撃てるの?」

 

「ああ、米川のこと? 大丈夫、大丈夫。ちょっと抜けてるし、扶桑軍人としては優しすぎるとこもあるけど、やるっていったらやるタイプだから」

 

 その言葉を聞いたレクシーは信用ならないといった面持ちでのぞみに詰め寄る。

 

「土壇場で撃てないとは言わないでよ」

 

 僅かな沈黙。

 

「少しは米川を信じなよ。やるよ、米川は。じゃなきゃとっくに落ちてる」

 

「……ふうん。ま、どうでもいいけど足は引っ張らないでよね」

 

「そっちこそ」

 

 不敵に笑ったのぞみと、まるで流れ作業だと言わんばかりのレクシーが加賀の廊下を進む。ティティが今、どこにいるかはわからないが場所を見つけるのは簡単だ。用は騒がしい方向へ行けばいい。

 

「お、あっちが騒がしいね。たしか陸戦隊が対応に当たってるはずだから、現在進行形でやりあっているのか……駆け足前へっ!」

 

「急に走るな! ああ、もう!」

 

 のぞみがレクシーを置いて駆け出した。置いてきぼりにされかけたレクシーも文句を言いながら走り出す。

 

 

 のぞみ達が駆け寄った先は……まさに阿鼻叫喚と言う以外に表現のしようがないものだった。

 

 そこはどこにでもありそうな。そう、実際どこにでもありすぎて迷子になりそうな加賀の一角。冷たい鉄の壁に囲まれ、剥き出しになったパイプが殺風景を飾るどこにでもありそうな移動用の通路。

 

 そこに、大勢の海軍軍人とウィッチが一人。多勢のはずでさらに体格でも大きく勝るはずの兵士(つわもの)たちが何故か押され気味の奇妙な戦場。既に倒れ、気絶したところを後送される勇敢な海の男たち。

 

 たかがウィッチ1人と鷹を括ったのだろうか。まともに装備を持っていないのも問題ではある。だが最大の問題は陸戦隊の隊員たちが皆、男であり紳士であったことだ。

 

 用はティティに対して暴力の欠片でも振るうことを陸戦隊が躊躇っているのだ。だったら組み付いて倒してしまえばいい。そう考えた紳士は躊躇いなくティティへとダイブを敢行するが……

 

「うふふふー。えーいっ」

 

 どこから沸いたのか分からないほどの怪力で投げ飛ばされてしまう。

 

「ええい、私が相手だ。加賀陸戦隊隊長、板倉! 押して参るっ!」

 

「たいちょーさーんですかー。すごーい」

 

 そうティティが笑えば、既に積み上げられた部下達と同じ紳士である加賀陸戦隊隊長の板倉大尉がいともたやすくティティに投げ飛ばされる。

 

「ぐわぁぁぁぁ!!」

 

「た、隊長ーーーー!」

 

 板倉は壁にぶち当たるとずるずると床に倒れて伸びた。これが決定的一撃となる。

 

 普段の戦闘であればなんの問題もなく戦闘を継続しただろう。だがウィッチ相手の戦闘なんてそもそも想定していない。純粋な組み手に勝たなければならないのだ。

 正直これまでは隊員が勝手に突っ込んでは自滅するばかりだったが、その陸戦隊でも指折りの実力者であるはずの隊長が気絶したことで、加賀陸戦隊が浮き足立ってしまったのだ。

 

 だかしかし、危機においてこそ英雄が現れるというもの。

 

「ふははは! お困りのようだな諸君!」

 

「だ、誰だ!」

 

「誰だと聞かれたらァ、答えてあげるが世の情け!」

 

 どこからともなくスポットライトが差し込まれ、3人分のシルエットが浮かび上がる。

 

「対空砲火はお任せです! 秋月レッド!」

 

「護衛にキタコレ! 漣ピンク!」

 

「紐を解かないで! 翔鶴ホワイト!」

 

「「「3人あわせて瑞鶴レンジャー!!!」」」

 

「いや、瑞鶴要素がない!」

 

 思わずのぞみが突っ込む。無関係とまでは言えないラインを突いているのがこれまたうっとおしさをマシマシにしてくる。ちなみに全員作業服姿なので瑞鶴ブルーと表現するのが正しそうだ。

 だが彼らはその周囲から流し込まれる冷たい視線をものともしない。彼らはただ瑞鶴の乗員として、瑞鶴を愛しているだけなのだ。

 

 

「いくぞ! 我らが瑞鶴ジャーの総集奥義……」

 

「いや、待て。いつからレッドが仕切るようになった。ここは階級が大尉のホワイトこと私でしょうが」

 

「待て待てホワイト氏。ここは紅一点であるアタシの出番であることは確定的に明らか……」

 

「なにを言っているんですか! レッドがリーダーなのが王道でしょう!」

 

「どうでもいいから早く動け!! ほら、前! 前!!」

 

「「「えっ?」」」

 

 素っ頓狂な声を瑞鶴ジャーこと瑞鶴陸戦隊が上げる。既にとても楽しそうな笑顔のティティが目前に迫っていた。

 

「あはははっ! えいやー!」

 

 ぽーん、ぽーん、ぽーんとお手玉でもするかのように瑞鶴ジャーがティティによって次々と投げられる。投げ飛ばされるたびに壁へぶち当たり、気絶していく。

 

「……なんだったの、アレ?」

 

「レクシー、何も起きなかった。いいね? 強いて言うなら我が国は広報が得意なんだ」

 

「よくわかんないけど、まあいいわ」

 

 のぞみが頭を抱えた。いやもう、いっそなにも見なかったことにしてしまおうと心の中で決めた。そう、のぞみは何も見ていない。たった今、ここに到着したのだから。そういうことにしておこう。

 

「誰か隊長を運べ! いったん引くぞ」

 

 些細な乱入者こそあったが、状況がそれで変わるわけではない。臨時で指揮を執る少尉に引き連れられ、陸戦隊は撤退の道を……

 

「ああん?」

 

 のぞみの声にどすが利いた。撤退準備を始めた加賀陸戦隊をのぞみが突き刺すような視線で射抜いたのだ。居心地の悪さのせいか、加賀陸戦隊の足が止まる。

 

「はあ……がっかりさせないでほしいね加賀陸戦隊。まさか隊長がやられたからって安易な撤退を選ぶとは思わなかったよ」

 

 のぞみが何とも残念そうに芝居がかった仕草で首を振る。残っている加賀陸戦隊の面々が一斉にのぞみへと振り返った。

 

「引くな! 前へ進め! ここで引いておいて何が扶桑軍人か! 相手はたかだかウィッチ1人のみ! それが撤退? 笑わせるな!」

 

 水を打ったような沈黙。だがのぞみはそんなことに構うことなく言葉を続けんと口を開く。

 

「その命を母国に捧げると決めたその時より、扶桑国軍人に撤退の二文字はない! 大和魂を見せてやれ!」

 

 精神的に膝をつきかけていた加賀陸戦隊が徐々に面を上げていく。のぞみの声が伝播していくたびにその輪も広がっていく。次第にそれは鬨の声へ。

 

ティティ(もくひょう)を甲板に追い詰めろ! できないとは言わせないぞ、栄光ある加賀陸戦隊よ!」

 

 ゆっくりと前へ突き出した手をのぞみが強く握った。完全に揃った鬨の声と共に加賀陸戦隊が立ち上がるとティティへと向かって駆け出していく。ちなみに瑞鶴臨時陸戦隊こと瑞鶴ジャーは立ち上がらなかった。

 

「いくよ、レクシー」

 

「いいの? 下手したら死人が出るかもよ」

 

「大丈夫だって。そんなに扶桑国軍人はやわじゃないし、ティティがマジで殺す気ならもう、とっくに加賀は沈んでる」

 

 様々な物質を爆発物に変えるというとんでもない固有魔法を持つティティが本気を出そうものならば、そもそも加賀が原型を留めていられるかどうかさえ怪しい。

 だが今のところ夢華など怪我人は出ているが、死者はいない。怪我人たちも軽症者ばかりだ。これこそまさにティティが本気ではなく、『遊んで』いる証拠だ。

 

「ま、だからこそ制圧の余地があるんだけどね。米川ー、聞こえる?」

 

 加賀陸戦隊を残してティティとレクシーが甲板へ。道中にのぞみが通信をひとみに向かって飛ばす。

 

《はっ、はい! クリア、ですっ!》

 

「よーし、おっけー。そろそろティティが甲板に行くと思うから」

 

《わかりました》

 

 甲板に出ると、すぐにレクシーを引っ張って適当な砲台の影へ身を隠す。ぶつぶつと文句を言い続けるレクシーに黙るよう身振りで伝えると息を潜めて甲板の様子を窺った。

 

「さ、頼んだわよ米川」

 

 

 

 

 

 のぞみとたちと別れて会議室を飛び出した直後のひとみの動きは単純だった。ともかく騒がしい場所を避けながらハンガーへ向かい、武器保管庫でワルサーを回収する。暴徒鎮圧用のゴム弾になっていることを何度も確認しながら廊下を走った。

 

「ええっと、どこかなかったかな……」

 

 ひとみが頭の中で加賀の地図を展開する。甲板にティティを誘導するとのぞみは言った。ならばちゃんとティティは甲板へやってくる。そしてひとみに与えられた仕事はティティをゴム弾で狙撃して意識を奪うこと。そのために必要な狙撃ポイントとしてどこが適当だろうか。

 

「航海艦橋の天井上、かなあ」

 

 視界が開けていて甲板がたしか一望できたはず。これくらいしか思い当たる場所はない。足の向きを航海艦橋へ向けるとひとみはワルサーを抱えてひたすらに駆けていく。

 

 そうして今、ひとみが伏射姿勢を取っている航海艦橋の上に到達したのがつい5分前。

 

 航海艦橋の上にのぼるために航海科の人に肩車してもらったりと数々の苦労を重ねながらようやく到達したこの地でひとみはじっとその時を待ち続けていた。

 

 そしてつい先ほどのぞみからティティがそろそろ甲板に向かうという連絡が舞い込んだ。今回は長い時間ではなかった。だがトリガーを引けるこの時こそがスナイパーにとってやってきた下準備が成功に繋がる瞬間だ。

 

 ひとみがスコープを覗く。じっと待ち続けるとティティがスキップをしながら甲板に現れた。

 

 風速、気温、湿度。ひとみは肌で感じて照準をゼロコンマ単位で修正していく。ワルサーの前部を左手へ包み込むように乗せると二脚でさらに安定させる。

 

「ごめんね、ティティちゃん」

 

 スコープごしにティティへ謝罪する。背中をこちらに堂々と晒してスキップするティティを観察して狙撃の時が来ることをひとみは身じろぎのひとつもせずに待った。

 

 おそらくティティはスキップをやめないだろう。だからひとみはそれを逆手に取ることにした。

 

「とん、とん、とん、とん……」

 

 小さく口ずさんでティティのスキップとリズムを合わせる。テンポが合った瞬間に呼吸を落ち着けていく。吸って、吐いて、吸って。半分ほど吐いて息を止める。

 

 ティティはまっすぐに甲板の先端にスキップで向かっていく。規則的な動きだ。つまり狙点を先に持って行くだけでいい。

 

 ティティの少し先へ狙いをつける。ぴょこっとナキウサギの耳が飛び出した。躊躇いなく、だが余分な力はかけずに。その人差し指を引く。

 

 指が引き金を引く時間と弾の到達時刻。すべて計算済み。加えて固有魔法の軌道修正付き。確実に直撃ルートだ。

 

「ふにゃり」

 

 まさかティティが酔っ払い特有の動きで回避するとは思わなかったが。

 

「ええっ!? あ、あれを避けるのっ?!」

 

「あはははー。これはひとみちゃんかなあ?」

 

 完全に必中だったはず。それなのに避けられた。しかもスコープごしにティティとひとみの目がばっちりと合う。

 

 潮時だ。場所が割れてしまったのなら二射目を撃っても絶対に当たらない。ワルサーの二脚を畳んでひとみが撤退準備に入る。

 

「せんそうごっこかなぁ? うん、じゃあこんどはわたしのばーん」

 

 くるりとティティがつま先でターンをすると、右手で指ぱっちんをした。ドン! と大気が爆発。そして止まることなく連鎖させながらひとみのいる航海艦橋の上へと爆発が近づいていく。

 

《今すぐそこから飛び降りろ米川ぁぁぁぁぁぁ!》

 

 耳につけていた通信機からのぞみの切羽詰った叫び声が吐き出される。考える時間はない。ここにいてもティティの固有魔法である爆発を食らうだけだ。

 

「えーっと……えいっ!」

 

 ワルサーを抱えてひとみが航海艦橋から飛び降りる。直後に頭上が大爆発を起こした。

 

「きゃあああああっ!」

 

 咄嗟に張ったシールドで爆風と爆炎は防いだ。だがひとみの体は爆風に煽られ加速していく。

 

「米川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 のぞみが犬耳を飛び出させてひとみの下へ駆け込む。お姫様抱っこのようにして受け止めると同時に襲い掛かる衝撃を、のぞみが魔法力を全開にして殺していく。

 

「ぐぁう……やああああああっ!」

 

 のぞみが猛々しく叫んだ。必死にひとみが落下した衝撃を押さえ込む。

 

 わずか数秒の出来事。だが永遠にも感じられる数秒だ。けれどのぞみの体にかかっていたエネルギーが次第に薄れていく。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「……うん、どういたしまして。でも、それどころじゃないかも」

 

 息も切れ切れなのぞみがなんとか声を絞り出す。

 

「それって……」

 

「ひーとみちゃーん」

 

「!」

 

 目の前にティティが躍り出た。遠くからレクシーが駆け寄って来ているが間に合わない。のぞみはひとみを抱えた状態だから動きようがない。

 狩られる。ひとみの運命はここに決した。

 

「わああああ! 来ないでくださぃ!」

 

 ひとみは思わず叫びながら手を前に、反射でシールドを張った。

 

 瞬間、時が止まる。

 

 

「ーーーーへぶっ」

 

 

「……あれ?」

 

 来たるべき衝撃が来なかったことに驚くひとみ。目を開けてみれば……

 

「あ、ティティちゃん……」

 

「うわーん。なんですかこのかべー?」

 

 見事にティティがシールドにぶつかっていた。確かにウィッチのシールドはネウロイのビームだけでなくあらゆる物理攻撃を防ぐことが可能だとは聞いていたけれど、人がぶつかるとこういう風に作用するのか。

 

「とりあえず米川、立って貰っていい?」

 

「あっごめんなさい先輩」

 

 のぞみの上から立ち上がるひとみ。ちなみにシールドは怖いので展開したまま。ティティはシールドの先にどうしてもいけないのが不服らしく、いろいろやってシールドに穴を開けようとしているが……まあそんな程度でネウロイの攻撃も防ぐシールドが割れるはずもない。

 その様子を見たのぞみがポンと手を叩いた。それから意味ありげに何度も頷く。

 

「……そうか、そうか。私としたことが気付かなかったよ」

 

「先輩?」

 

 なにかを閃いたのはのぞみだ。首を傾げるひとみに、自信満々にのぞみは口を開く。

 

「レクシー、米川! 私たちで三方から囲むよ! そこでシールド展開、ティティを鳥籠に閉じ込める!」

 

 そう言ってシールドを展開させながら走るのぞみ。駆け寄ってきたレクシーもシールドを展開させる。

 

 シールドは面、線の存在でしかない。だがその線が三本あればどうだろう? 加賀の甲板にはシールドのまばゆい三面の魔法光が構成する三角柱が生まれ、ひとみのシールドにばかり構っていたティティはあっという間に閉じ込められてしまった。

 

「これなら……少なくともこれ以上酷いことにはならないはずっ……!」

 

 のぞみが苦しそうにそう言い、ひとみも必死にシールドの維持に努める。

 

「あれー? うごけなくなっちゃったですぅ。じゃーあ、こうするとぉ?」

 

 当のティティはひとみたちの頑張りに目もくれず、そう言いながら先ほどと同じように指をパチンと鳴らす。

 

 が、それが良くなかった。魔法障壁(シールド)という障壁があったせいかティティの爆発は見事に彼女の足下で起き……ティティ、メイビス・ゴールドスミス少尉はシールドの中で吹き飛んでから動かなくなる。

 

「ティティちゃん?!」

 

 慌てて駆け寄るひとみたち。のぞみがそっと首元に指を当ててから、落ち着いた様子で言った。

 

「……大丈夫だ、ただ気絶してるだけ」

 

「そ、そうですか。よかった……」

 

 ほっと息をつくひとみ。

 

「諸君! 加賀の脅威は討ち取られたぞ!」

 

 のぞみがそう高らかに宣言し、陸戦隊員たちが上空を舞うヘリコプターにも負けぬ雄叫びを上げる。

 終わってみれば余りにあっけなく。こうして『加賀の衝撃』は終わりを迎えたのである。

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