ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-2-2 "Suspicious airport"


مشکوک ہوائی اڈے دوسرا حصہ

 ……とまぁ。ここまではまだよかったのである。

 

「すごい……人、ですね……」

 

「プライオリティレーンですらこれだからまぁゆっくりいこうか」

 

 加藤中尉がそう言う。今ふたりがいるのはイミグレーション、要は入国審査である。関税カウンターに行くにはどうやってもここを通らねばならない。軍関係者だと加藤中尉が交渉したらしいが、優先レーンを使えることになっただけだった。

 

「気楽に待つしか無いか。とりあえず今日はあとデブリーフィングぐらいだろうし。明日以降が大変そうだけどね」

 

「明日以降、ですか?」

 

 ひとみが首を傾げる。

 

「だって考えてみなよ。初日でコレだよ? 母艦から離れて煩雑な事務手続きに、足りない専用機材、現地の人とはやたらと訛りの強い英語でしか会話が出来ないストレスフルな環境だよ? 先が思いやられるよ。だってここ、民間空港のせいでストライカーユニット用の汎用キャニスターすらなかったんだよ? 手持ちの道具だけだから長期でここにいるのは厳しいし……」

 

 鋼鉄製の魔法の箒であるストライカーユニットが無ければ、ひとみは飛べない。正確に言えば、戦えない。昔みたいに箒で飛ぼうと思えば飛べるだろうが、音速を超えての戦闘がたびたび発生する今の戦場で、速度上限がかかる上に片手が箒で埋まることによる武装の制限が生じる箒ではあっという間にネウロイに蜂の巣にされる。

 

 そういう意味では、ストライカーユニットはひとみの生命線だ。その生命線は整備によって生きていて、前線展開というだけでそれに影響がでることを今気づかされた。

 

「そうなんですね……」

 

「まぁ、言っても仕方が無いんだけどね」

 

 加藤中尉が笑ったタイミング。なんとなく空気がざわついた。

 

「……? なんでしょう? あっちって……」

 

「普通の入国レーン……すこしヤバいかも」

 

 誰かが言い争っているような声。それに触発されたようにざわめきが広がっていく。その間に薄く刺激臭が漂い始めた。

 

「ひとみん」

 

「なんですか……?」

 

「保護魔法展開しときな、まだ防弾チョッキ着てるね?」

 

「へっ?」

 

 いきなり加藤中尉が臨戦態勢に入ったのに戸惑う。小声の指示にひとみんもつられて小声になりつつ、魔法を展開。ひとみの場合使い魔の耳としっぽが生えるとはいえ、ナキウサギのため、しっぽも耳も目立たない。そっと展開しつつ加藤中尉の方を見る。

 

「この臭いって……」

 

「知らないけど、体にいい物ではなさそうだね」

 

 そう言って加藤中尉は左耳を押さえた。よく見ると肌色の無線インカムが刺さっていた。ひとみの耳にもまだインカムが刺してあるままだが、それの回線がオープンになる。

 

「ロッジホテル、ロッジホテル、こちらカトー。セキュリテ・セキュリテ・セキュリテ。国際ターミナル入国ゲート付近」

 

 ロッジ(lodge)ホテル(H)は、今回の203空の前進基地司令部を呼び出す符丁だ。すぐに返事が返ってくる。セキュリテは「非常事態発生の可能性があるため応答求む」を意味する略号だ。

 

 それにすぐさま応答したのは石川大佐だった。

 

《ロッジホテル、セキュリテ了解。なにがあった》

 

「国際ターミナル到着側制限区域で石油系の刺激臭」

 

 それを聞いただけで石川大佐はすぐに指示を出した。

 

《離脱しろ。装備B2で迎えを出す》

 

「了解、離脱する」

 

 加藤中尉がひとみの手をとって列から離れた。

 

「えっと、なにが……」

 

 そのタイミングで悲鳴が上がった。いきなりひとみたちの方に一斉に全力疾走してくる人の波が流れてくる。

 

「ガッデム!」

 

「きゃぁっ!」

 

 加藤中尉は強引にひとみを抱き寄せ、なんとか入国審査エリアの外にダイブするように飛び出した。

 

 直後に爆発音。ひとみはとっさに目を閉じた。強烈な衝撃。加藤中尉と一緒に床に投げ出された。悲鳴と怒号に混じって、真上から冷たい水が降ってきた。

 

「――――――、生きてるひとみん!?」

 

 ガバリと跳ね起きた加藤中尉が必死な顔でひとみを抱き起こす。

 

「は、はい……!」

 

「逃げるよ!」

 

 そう言ってひとみを立たせる加藤中尉。あたりは起動したスプリンクラーで水浸しだった。入国ゲートの前には強烈に火を吹き続ける何かが見える。そして、その周りで燃えるなにかが見えた。ひとみがそれが何かを知る前に手を引かれ、ここまで来た道を戻るように走り出した。

 

「あれって……」

 

「ナノテルミット……なわけないな。あんなショボい爆発で終わるわけないし、刺激臭なんてしない。たぶんリチウムイオンバッテリーかなにかを大量にまとめたお手軽爆弾だ」

 

「爆弾!?」

 

 ひとみの脳裏に浮かんだのはコ―ニャの無線だった。ひとみたちが上空待機になった理由。

 

 

 ネットにインディア国際航空旅客機の爆破予告が掲載された。

 

 

「爆弾テロはフェイクじゃなかったわけだ。やっかいだねホント」

 

 加藤中尉はそう言って走る。後方でなにかが破裂する音が響いた。

 

「急ごう。何機も緊急着陸させてる状況でいくつ本命があるかわからない」

 

《加藤、なにがあった!?》

 

「爆弾テロ発生! ゲート付近で火災発生中! 加藤中尉・米川少尉とも無事! 現在避難中!」

 

《空港連絡バスの発着場で将棋倒しが起こってる! 他の出口を探せ! 行っても潰されるぞ!》

 

「了解……焼死か圧死か選べとか親切ねホント!」

 

 無線を切って悪態をつく加藤中尉。それでも状況が変わるわけではない。

 

「あった! 非常口!」

 

 防火シャッターの横の通用扉を押し開け、飛び出すが、そこも人でごった返していた。悲鳴と怒号が飛び交う中呆然と立ち尽くす余裕もない。後ろからの人の波に圧縮される。

 

「ちっ……」

 

「うわっ……ちょ、痛っ……!」

 

 人の波に圧迫されて次の息が吸えない。慌てて息を飲み込むようにして耐える。息を吐ききってしまえばもう次は吸えない。

 

「南無三宝。致し方ないか」

 

 加藤中尉がひとみのほうに人混みをかき分けやってきた。胸の前に抱き込むようにしてひとみが息できるスペースを確保した。

 

「ど、どうするんですか」

 

「こういうときは出口を作るに決まってるでしょう!」

 

 加藤中尉の体に青白い光が纏わり付いた。それが意味するのは単純だ。

 

「魔力光……!」

 

「ひとみん、しっかり掴まってなさいよ!」

 

 そう言うと同時、加藤中尉は真っ黒な羽――ひとみにはカラスの羽のように見えた――を輝かせ真上にトンとジャンプした。ふわりとひとみの体も浮き上がる。

 

「ええええええっ!?」

 

 そのまま非常口の隣、はめ殺しのガラスの壁に向けて加速するように突っ込んでいく。

 

「加藤中尉っ!?」

 

「加藤流魔導血闘道! 第64式!」

 

 謎の文言が飛び出してくるが、ひとみには何がなんだか分からない。ひとみに分かるのは加藤中尉が魔力を全開にして全力で突っ込んでいっていること。なにやら腕を振りかぶっていること。どうやら窓を全力で殴りつけるつもりらしい。

 

鉄血破砕槍(Zerquetschender Eisblutspeer)

 

 その叫び声と共に降り出された拳がガラスに叩き付けられると同時、そのガラスが思いっきり吹き飛んだ。ガラスは砂のように粉々になり太陽光を輝かせ、その中に加藤中尉がすたりと飛び降りた。着地でバランスを崩したひとみが、ドテンという効果音が似合う雰囲気で地面に落ちる。

 

「よし! 脱出完了!」

 

「加藤中尉……」

 

「大丈夫? 怪我した?」

 

「怪我はないですけど……魔法、使えるんですね」

 

「まぁねー。あんまり現役時代に使わなかったし、減衰は遅い方だよ。そんなことより、合流急ぐよ」

 

 そう言われ、手を取って起こしてもらっている間にも、無線が入る。

 

《加藤中尉たちの脱出を確認した。派手にやったな、加藤中尉》

 

「霧堂艦長に比べれば穏健に済ませた方でしょう石川大佐」

 

《万国びっくり人間博覧会と一緒にするな馬鹿者。貴官の2時方向にいる。避難民の大集団を迂回して合流してくれ。俺と大村、左雨伍長で迎えにいく》

 

 のぞみが来ることにひとみは驚くが、加藤中尉はどこか苦々しい顔だ。

 

「……警官隊のご到着だ。ひとみん、一応警告しとくけど、動かないでね」

 

 えっと、という間もなく、警官隊が拳銃を抜いた。銃口こそ足下に向いているものの、いつでも撃てる状況だ。

 

「なんで……」

 

 悲鳴が上がる。警官隊から距離を取ろうと避難民の先頭集団が足を止めたせいだ。車が急には止れないように、群衆も急には止れない。集団の中で人が圧縮されていく。

 

「犯人グループがいる可能性もあるから致し方なしとはいえ、歯がゆいね。私達は自らの身の安全を最優先にして撤退。ひとみん――――米川少尉!」

 

 ひとみが呆然とその様子を見ていたが加藤中尉の強い言い方に現実に引き戻されていた。あわてて加藤中尉を追うが、その目は集団に向けられたままだった。

 

 その視線の先、避難民の輪の中から弾き出されるようにして男が飛び出してくる。その手に見えるのは――――大きなトランク。それが宙を舞った。

 

「いけない!」

 

 ひとみが叫ぶが間に合わない。それは上空で炎を上げた。落ちてくるそれを慌てて避けた警官隊が拳銃を男に向ける。乾いた音がいくつも弾けた。

 

 その男が仰向けに倒れる様子はあまりにリアリティがなかった。少なくともひとみにはなにが起こったのか分からなかった。遅れて弾ける悲鳴を聞いてもなにが起こったのか、理解ができなかった。

 

「え……?」

 

 男の人はなぜ倒れたのだろう。そんなことをぼんやりと考える。その時だった。

 

「――――HELP!」

 

 誰かの『助けて』と言う声がひとみの頭をぶん殴った。

 

 いかなきゃ。いかなきゃだめだ。

 

 その声の出所を探して、見つけた。子どもが一人地面に這いつくばっていた。その上を大人が踏みつぶすようにして通っていく。

 

 たすけなきゃ。たすけをまってるひとがいる。

 

 その思いがひとみを突き動かした。次第に足が急いて早足になり、駆け足になり、全力疾走になった。

 

「ひとみん! とまれ!」

 

 加藤中尉の声がしたが、なにをいっているのかは分からなかった。いまは目の前の子どもを助けるほうが優先だ。

 

 子どもを大人の足下から引っ張り出す。その子は既に血まみれだった。

 

「大丈夫っ?……え?」

 

 声をかけるがその顔に影がおちる。あわてて顔を上げれば自分の視界いっぱいに女性物のハンドバッグ。

 

 視界に星が散る。くらくらとする頭で反射的にシールドを張っていた。ハンドバッグで思いっきり殴られたと気がついたころには、あっという間に避難民に取り囲まれていた。何が起こったか理解出来ない。理解する前に背中側に衝撃。何かに蹴られたか踏まれたか。保護魔法がなければとっくに血まみれだろう。

 

「かはっ……!」

 

 熱で溶けたコンクリートの駐機場が、ひとみの肌を焼いていく。反射的に頭を護り、亀のように蹲る。直後、服の背中を引っ張られひっくり返された。

 

「ひっ……!」

 

 見えたのは恐怖に引きつった顔。何かを叫んでいるが、言葉が分からない。

 

 

 このままでは、殺される。

 

 

 本能的に理解したが、動けない。男に馬乗りで押さえつけられてはひっくり返せない。反射的に腰に手が回った。

 

 ()()()()()()()を使えば、逃げられるかもしれない。引き抜いて、相手の頭に向けて、引き金を引く。それだけだ。それで逃げられる。頭では分かっている。

 

(でも、だめだ……!)

 

「米川――――――!」

 

 聞き慣れたアルトの声が飛んでくると同時に、腰に乗っていた男が視界から掻き消えた。乱雑に地面から起こされ、引っ張っていかれる。

 

「左雨! 加藤!」

 

「石川大佐……どうして」

 

 ひとみの声に答えること無く、石川大佐はひとみを肩に担いで走り出す。その背後では小銃を手にした左雨伍長と加藤中尉が避難民に向け、ピタリとエイミングしているのが見える。

 

「大村!」

 

「わかってます!」

 

 のぞみが石川大佐とひとみを護るようにシールドをはりながら二人を追いかける。しばらくして、加藤中尉と左雨伍長も追いついてきた。

 

「米川、どうして、どうしてだ!」

 

 石川大佐の苦り切った声に、ひとみはどう答えていいか分らなかった。

 

 

 

 

 

 小気味よい音を立てて缶コーラが開いた。炭酸の弾ける音を聞きながら、加藤中尉はそれを煽る。その様子を見ながら、石川大佐は手元のやたらと甘いコーヒーを啜った。

 

「それで、米川少尉はどうでした?」

 

「俺の判断で今は部屋で休ませてる。今は整理が必要だ」

 

「……それもそうかもしれませんね」

 

 加藤中尉はそう言い、石川大佐の隣に座った。

 

「なにか言いたげだな」

 

「言いたいのは石川大佐では?」

 

 加藤中尉にそう切り替えされ、石川大佐はしばらく黙り込み、ため息。

 

「……米川はショックを受けてるようだった」

 

「当然でしょう。目の前で人が撃たれるところなんて初めてでしょうから」

 

「お前はあったのか? 加藤中尉」

 

「クェート配備時代に何度か」

 

「そうだったか……」

 

 会話がそこで一度途切れた。互いがそれぞれの飲み物を啜るだけの時間がおちる。

 

「米川は」

 

 石川大佐がそう言い、言葉を切る。

 

「助けたかったと言っていた。助けなきゃって思ったとな」

 

「純粋ですねぇ」

 

 加藤中尉はどこか他人事のよう。石川大佐は疲れ切った様子で「本当にな」と同意した。

 

「同じ人間、同じ世界、人類連合とは名ばかりだな、加藤。米川には、それがまだ見えていないんだろう」

 

「……同族嫌悪」

 

 加藤中尉がそう呟いて、石川大佐の目がギロリと回った。

 

「なんだと?」

 

「どうして石川大佐御自(おんみずか)ら最前線に助けに出て行ったんですか? 危険なのは承知の上でしょう」

 

 加藤中尉の声に石川大佐は答えられない。

 

「きっと石川大佐と米川少尉はよく似てる。真っ直ぐで、純粋で……」

 

「それを俺に言うか」

 

「そして、自分を騙すのがうまい」

 

 その一言に、石川大佐が目を見開く。

 

「石川大佐、あの子の飛ぶ理由、知っていますか?」

 

「第501統合戦闘航空団のように空を飛ぶことだったはずだが……」

 

「あの子には本当に才能がある。あの子ほどの才能があれば、きっとその夢も夢じゃなくなる……もっとも、ずっと解散状態の501が結成されるかどうかは限りなく不明ですけどね。それにしても、その夢には希望がある。だから彼女は無垢でいられる」

 

 加藤中尉はそう言って目を伏せた。

 

「でも、その希望を信じられなくなったときに……」

 

「飛べるかどうかか?」

 

 それには首を振って答える加藤中尉。

 

「まさか。飛ぶことをやめられるかどうかです。あの子は間違いなく、空に縋り付く。理由をつけて、言い訳を編み出して、希望をメッキ張りした自分を振りかざして、飛び続ける。そんな気がして怖いんですよ。私は」

 

 最後の一滴を煽って加藤中尉はダストボックスに空き缶を投げ込んだ。

 

「米川は、強いぞ」

 

「でも子どもですよ石川大佐。最悪の事態になる前に引き戻すのが大人の仕事です」

 

 加藤中尉はそう言って立ち上がる。

 

「出過ぎた事を言いました。申し訳ありません」

 

「情報の共有は業務の範囲内だ。かまわん」

 

 敬礼を交わして、加藤中尉が外に出て行こうとする。

 

「加藤中尉、君はクェートに居たと言ったな。所属は?」

 

「第23統合飛行団、第41飛行隊でした。もっとも、飛べたのはたった三回でしたが」

 

「そうか。悪いことを聞いた」

 

 石川大佐はそう言って目を伏せた。

 

「石川大佐、あなたは英雄です。すくなくとも、我々対地攻撃ウィッチにとっては、偵察ウィッチのあなたが英雄だった」

 

 偵察ウィッチなくして、攻撃ウィッチは続けない。発見できなければ、迎撃も攻撃もままならない。暗に語られたその言葉を黙って聞いている石川大佐。

 

「大佐の情報のおかげで生き残った。ユーフラテスを越えられたのは、あなたのおかげだ」

 

 その言葉に弾かれたように顔を上げる石川大佐。そこには敬礼をする加藤中尉がいた。

 

「だから、胸を張ってください。あなたも米川少尉も、間違っていない」

 

 加藤中尉はそう言って、今度こそ背を向けた。呆然とした石川大佐が一人取り残される。制服の左胸を押さえる。

 

「どうすれば……どうすればよかったんだ……」

 

 銀時計の鎖が揺れる。

 

 

 

 

 

 加藤中尉は歩き続ける。歩き続けると言えば聞こえは良いが、残念ながら行く先を見失ったと言う方が正しい。

 

 出過ぎた真似をした。仮にも相手は海軍大佐。間違っていないなんて、言えたモノではないというのに。当然留まれる訳もなく、背を向けて立ち去るほか手段がなかったのだ。

 第203統合戦闘航空団が降り立ったこの空港。もちろん先に到着していたのは加藤中尉たち整備チームである。もちろん建物の構造は頭に入っているから迷うことなどはないだろうし、歩き回ってなにか問題があるわけでもない。

 問題としては、先ほどのテロ騒ぎ(ゴタゴタ)のおかげで空港は厳戒態勢。歩き回る場所がないということか。

 

 なら、仕事にでも打ち込んでしまえば良い。酒や賭博(ギャンブル)なんかよりずっといい選択。しかも先ほど丁度仕事(ストライカー)もやって来たところだ。そこへと向けて足を伸ばすことにした加藤はゆっくりと歩き出した。

 

 統合戦闘航空団向けのスペースは旅客ターミナルにほど近い、貨物ターミナルの一部を借り受ける形で設けられている。

 

「いやぁ、()()()()()()()加藤中尉」

 

 そのどこか気の抜けた調子の声を聴いて、加藤中尉は振り返る。

 

「なんだ。南洋日報の新発田(しばた)記者じゃないですか」

 

 別に久しぶりでもなんでもなかった。

 

「もう、新発田って呼ばないでくださいっていってるじゃないですかぁ中尉。気にせず青葉のことは青葉とお呼びください」

 

 そう人懐っこい笑みを浮かべるのは新発田青葉(あおば)。加藤達整備チームと一緒にムンバイまでやって来た従軍記者である。ムンバイについてからは今日の今日まで同じ貨物ターミナルで寝食を共にしてきた。

 

「貴女が私のことを下の名前で呼んでくれたら考えてあげるけど」

 

「そんな! 皇国軍の方を名前でお呼びするなんて失礼なことは出来ませんよ!」

 

「なら姓で呼ばれるのを受け入れなさいな……それで? なにか御用ですか記者さん?」

 

 新発田青葉というのはウィッチ部隊の取材ではよくある女性の若手記者だ。若い、それも女子だけで構成されることが基本のウィッチ部隊において、男性記者では取材するのも一苦労。そんなこともありウィッチ部隊を取材するのはたいてい女性の記者なのだが……その実、ウィッチ部隊に従軍記者が付くことは珍しかったりもするのだ。

 理由はもちろん、機械化航空歩兵(ウィッチ)が軍機の塊であると同時に、年端もいかない少女に過ぎないウィッチ自身が繊細であり、その精神状態に戦局が大きく左右されかねないからだ。

 

 にも拘わらず、このゴールデンカイトウィッチーズには従軍記者がいる。

 これには第203統合戦闘航空団の設立理由――即ち、扶桑の国際貢献における広告塔であること――が深く関わってい派いるのだが……それにしても、加藤中尉はこの記者というものに懐疑的であった。

 

 しかしこればかりは仕方がない。従軍記者を受け入れた以上は相手をするしかないのだ。

 

 そんな加藤の内心も知らず、青葉はメモ帳を取り出した。リング式のそれはくるりと回り、何やらか書き込まれた白地の紙が空をぐるんと舞う。いつのまにやら右手にはボールペンが握られていた。

 

「いやぁ。少々中尉にお伺いしたいことがありまして」

 

「私に? 折角米川少尉達が来たのに?」

 

「ええまあ。そうしたいのは山々なんですが、生憎面会謝絶状態でして」

 

 ほら、あんなことがあった後でしょう? そう青葉は笑いながらターミナルの外――――駐機場(エプロン)を指さす。半ば管制を放棄され、無秩序に並べられた旅客機からぞろぞろと降ろされる乗客たち。

 

「皆、ウルディスタンから逃げてきた人々だ。せっかく安住の地インディアに来たというのに、同胞の馬鹿(テロ)のせいで収容所送りですよ」

 

「収容所?」

 

 温厚そうな青葉の口から随分と物騒な台詞が飛び出し、思わず加藤は眉をひそめる。

 

「ああご存じないんでしょうね。先ほどの爆弾騒ぎを受けて、インディア政府がウルディスタンに対する国境の無期限封鎖を――――」

 

「無期限封鎖?! それ正気じゃないでしょうね!」

 

「そ、そんなこと青葉に言われても困りますよぉ。青葉はインディア政府の決定を知ってるだけですよ?」

 

 無期限封鎖。もしそれが本当なら、今は小康状態とは言え確実に押され続けているウルディスタンはどうなるというのか。もちろん明日陥落するという訳ではない。それでも、一日国境が閉ざされればそれだけの人間がウルディスタンを出れなくなる。ウルディスタンの前にはネウロイしかいない。後方のインディアへと下がる以外に、道はないというのに。

 

「なんてことを……」

 

 無神論者の加藤ですら思わず十字を切りたくなるような事態。この決断により何千万の罪もなき人々が犠牲となることであろう。その現実に駐機場のコンクリートすらも歪ん見えそうだ。

 しかし当の青葉は、平然とそこに立っていた。

 

「まあまあ、インディア政府の決定には口出しできませんよ。ましてや今回は彼らも自衛のためにやったんですから……あ、そーだ!」

 

 何かを思い出したように青葉はペンを胸ポケットに戻し、空いた右手でポケットをまさぐる。

 

 普段なら何にも感じないであろうその一挙一動が、今は癪に触って仕方がない。

 

「どうですか一服? まずは血圧を下げませんと」

 

 取り出されたのは煙草のケースであった。恐らくは加賀の購買部(PX)ででも手に入れたのだろう。銘柄は軍配給品のそれであった。

 とんだ場違いな気遣いに、呆れ声も出ない。

 

「私、吸わないんだけど」

 

「あれぇそうでしたっけ。すみませんてっきり吸うものかと記憶してましたよ……まあそれならいいんです。青葉は今のインディア政府の決定を踏まえたうえで中尉にお聞きしたいことがあるのです」

 

 加藤は答えず、じっと青葉を見つめる。それは無言の拒絶であるつもりだったのだが、相手が記者ではそれは伝わらない。

 

「インディア政府の強硬姿勢は、そもそもウルディスタン・インディア両政府のカシミール地方における領有権、そしてインダス水系水利用権をめぐる根の深い対立が原因です。そして、難民に紛れた過激派が発見された以上はインディア政府は恐らく引き下がれない。国境封鎖は当面続くでしょう」

 

 印度亜大陸に存在する国家、インディア帝国とウルディスタン共和国。両国はかつてのブリタニア帝国から独立し、宗教や利権、様々な問題で対立してきた。

 その不仲は未だ解消せず、両国ともに人類連合軍に積極参加することはなかった。そしてそれで良かったのだ。独立の体裁を保っていると言っても両国ともに一応はブリタニアを宗主に仰ぐブリタニア連邦の一員。それは制御された対立であった。それで良かったのだ。その対立が全面戦争にさえならなければ良かったのだ。

 

 そう、中東が戦場となるまでは。

 

「人類連合は、恐らくはこの事態をどうしようもできない。なんせ今のインディアはネウロイの進出による欧州企業の撤退、それが招いた絶望的な不況からくる国民の不満を『外敵(ウルディスタン)との対立』という茶番劇で誤魔化している状況ですし、今となってはリベリオン軍が介入したってウルディスタンは間に合わない。ブリタニア連邦は、言うまでもなく中立の立場。両国が仲直りするまでは動きません」

 

 そんなことは、言われずとも分かっている。だから加藤は動かなかった。国際教養をひけらかすかのようにペラペラ喋る彼女(あおば)が次に何を言うか、それをじっと待つ。

 

「そのうえで、ですよ。あなたの上司はどう動くか、中尉はどうお考えですか?」

 

 その問いを聞いたとき、頭に浮かんだのは数分前のこと。

 

『米川は、強いぞ』

 

 そんな石川大佐の言葉が脳裏をよぎる。

 

「私の一存で答えていいのかしら?」

 

「そうじゃなければ、あなたには聞きませんよ」

 

 そう言われ、逡巡。そうだ。大佐は、あの人は――――

 

「……飛ぶ、でしょうね。ほぼ間違いなく」

 

 それも、部下(よねかわ)と一緒に。

 

「その答えが聞きたかった。人類連合は動けないというのに、石川大佐は飛ぼうとしていらっしゃる。たとえそれが、独断行動であったとしても」

 

 断定的な口調、どこか誹るような響きすら含まれた単語の一つ一つ。これまで目の前の記者が見せたことがないような文字列の連なりが、彼女に全く異なるヴェールを被せていく。

 それが、加藤の中での仮定を確信へと変えた。

 

「ねぇ新発田記者。今度は私から質問してもいいかな?」

 

「ええもちろん。記者という生き物は聞き上手でもありますので」

 

「じゃあ遠慮なく――――その服の下に隠した拳銃。誰に貰ったの?」

 

 亜熱帯のインディアでは誰もが軽装。故に青葉だって軽装。当然、吊ったショルダーホルスターは浮かんで見える。

 

「え、あぁーこれですか? あちゃーバレちゃいましたかー。護身用ですよ護身用。爆弾テロが起きるような国でしょう? 痴漢に強姦、恐ろしいものはいくらでもあります。青葉だって『おんなのこ』ですからねー」

 

「従軍記者は一切の武器を持たないのが常識よ。それに、あんたの荷物には武器の類は含まれてないしあんたに武器を貸し出すアホは扶桑海軍(ウチ)にはいない……というか見せびらかしてるでしょ。歩き方だってそう、昨日と比べて、重心の位置が違うよね」

 

 親指の付け根に重心を常に合わせる動き。それは陸軍の歩兵部隊では必須で叩き込まれる動きだ。少なくとも一般人はそんな動きはしないはずだ。

 

「ましてや昨日までアンタはそんな歩き方はしてなかった。ねぇ青葉、()()()()()()()()()()()?」

 

 青葉が口角を吊り上げる。まさにそれは、彼女(あおば)()()()()()であった。

 

「……やっと名前で呼んでくれましたね」

 

「嬉しいでしょ? じゃあ質問に答えてもらおうか」

 

「別に答えてもいいにはいいんですけど。この後の会話がつまらなくなっちゃいますよ?」

 

「別に会話を楽しもうって気はないんだけど」

 

「えぇ~いいじゃあないですかぁ。前線なんてロクな娯楽もないんですし……ですがまあご安心ください。別に青葉は加藤中尉の敵ではありませんし、ましてや石川大佐、203空の敵という訳でもありません。この拳銃だって、護身用というのは事実ですし」

 

 そう言いながら堂々と拳銃を取り出す青葉、咄嗟に得物に手が伸びる加藤であったが、加藤の銃が青葉に向けられる頃には青葉は銃身を握って(グリップ)を差しだしていた。武装解除のそれである。

 

「やだなぁ青葉全然信頼されてないんですねぇ」

 

「そりゃそうでしょ。これは預からせてもらうわよ」

 

「えぇどうぞどうぞ。そのために差し出しているんですから」

 

 手を伸ばし、微動だにしない青葉を睨んでからその拳銃を取り上げる。奇しくもそれは加藤のと同型であった。まあ扶桑海軍ではままある型式なのだが、問題はそこではない。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

「その魔眼が健在なようで何よりです……。ほら、答えを言うよりも面白かったでしょう?」

 

 青葉は再び微笑む。それから両手を広げて見せる。

 

「で、そろそろ()()、降ろしてもらっても?」

 

 青葉が顎で示すのは加藤が構えた拳銃だ。対する加藤は銃は突き付けたまま。

 

「これだけじゃなんの証拠にもならないからね」

 

「それは残念ですねぇ。でもまあ、別にあなたにお願いしたいことは至極簡単なことですから」

 

「銃を向けられながら『お願い』をするの?」

 

「ええ。だって青葉がお願いしなくたって中尉はそれを為してくれるでしょうからね――――中尉。軍人であってください。人類の矛は折れてはならないのです」

 

「……」

 

「貴女は矛の守り人であってください。国家が退いても兵士が退いてはならないなんて道理はない」

 

 退かない、いや()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()をどうか連れ帰ってください。

 

 

 その為に青葉(わたし)はいるのです。

 

 

 いつ落ちるとも知れぬ撃鉄を前にしても彼女は動じてなどいなかった。ただひたむきに立ちはだかる様に。ただそこに在った。

 加藤はついに、その拳銃を腰に収めた。

 

「ひとまず話を聞かせてもらおうじゃない青葉。あんたの上司……いいえ、依頼人(クライアント)様がなにを考えているか」

 

「それがいい選択です。それじゃお近づきの印に……」

 

 青葉が再びポケットから煙草のケースを取り出した。一振りすれば白の安い紙煙草が半分ほど飛び出す。

 

「お久しぶりです加藤()()。一服如何ですか?」

 

 これは狼煙だ。こんな安物だというのに狼煙なのだと加藤は感じた。いや思い出したといった方が適当か。

 帰って来るのだ、あの祖国から遠く離れた地での名誉が屈辱が青春が。それが全部帰って来るのだ。

 

「貰うわよ」

 

「火もどうぞ」

 

 半ばひったくる様に煙草を受け取り、火を貰う。後送された時に味わった屈辱の味は、二十年越しの今日も健在だ。

 

 

 中東が、加藤の中に帰って来た。

 

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