ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-3-2 "Slightly remaining peace"


تھوڑا سا باقی امن دوسرا حصہ

「そういえば、今更なんだけどさ」

 

 今朝のブリーフィングが『本日は現地順応に務めることとする。解散』と、三秒で終了してしまったので手持ち無沙汰になっていたのぞみが、ティティの方をみて声をかけた。

 

「なんですか?」

 

「どうしてあんたティティって呼んで欲しいわけ? あんたの名前メイビスでしょ? ティティの要素全くないわけだし、機体を下りてもTACネームで呼ばせるのってなにか理由があるわけ?」

 

「あー……」

 

 話題を振られたティティこと、メイビス・ゴールドスミスが曖昧な笑みを浮かべた。

 飛行隊の全員がそろっているここは、203空が借り受けているインディア航空の整備場の休憩室。ものすごく軋むパイプ椅子をぎしりと言わせて体を反らし、会話を視界に捉えたアレクシア・“フープラ”・ブラシウが会話に割り込んだ。

 

「そりゃぁあれでしょ。デカオッパイ(ティティース)っていうのの自慢でしょ?」

 

「違いますっ! 元ネタがあるってアレックスちゃんには説明しましたよね!?」

 

 既に涙目になりそうなティティ。その横で首を傾げたのは米川ひとみである。

 

「えっと、ティティちゃんの元ネタって……」

 

「『子ネズミティティと子ネズミタティ』なんだけど……知ってる?」

 

 同時に全員の首が横に振られた。それにがっくりと肩を落すティティ。

 

「ブリタニアのおとぎ話なんだけど……」

 

 そう言ってティティは目を閉じた。

 

「子ネズミティティと子ネズミタティ おんなじ家にくらしてた ティティはタティにものを貸し タティはティティにものを貸す ふたりはなんでも半分こ」

 

 どうやらティティは暗記しているらしく、さらさらと流れる声を皆で追いかける。

 

「子ネズミティティはタティへと、とんがり帽子のお耳をかした。こネズミタティはティティから とんがり帽子のお耳をかりた だからふたりは半分こ」

 

 童話なのもあって英文自体は簡単だ。頭の中に浮かぶのはとんがり帽子のお耳をつける三等身ぐらいのティティである。ひとみは勝手にタティ枠に自分を当てはめて二人で帽子交換だ。

 

「ティティがプディング作ってね タティもプディング作ってね ティティはお鍋にプディング入れて ポッドのお湯を注いだの」

 

「かわいいお話ですねぇ……」

 

 ひとみがそう言って笑う。絵本を読んでるティティちゃんとかかわいいんだろうなぁとか思いながら話を聞く。この話みたいに今度二人でお料理とかしたら楽しそうだなぁ……

 

「子ネズミティティは転がり落ちて お鍋のお湯で大やけど」

 

「えっ?」

 

 ひとみはいきなりの急展開に目を白黒させているが待ってくれない。開始30秒も経たずに当のティティが鍋で釜ゆでの刑である。

 

「子ネズミタティは泣き出した 三本足のいすが言う『どうしてタティは泣いてるの』

『それはね』タティは答えたの『子ネズミティティが死んじゃった。だから私は泣いてるの』 『それならぼくが跳ねましょう』 答えたいすはぴょんぴょんと 三本足で飛び回る」

 

「救済もなく死んじゃったよ……」

 

 のぞみがそう言うもティティには聞こえてないらしい。話がドンドン奇っ怪な方に進む。イスが飛び跳ね、箒が踊り、ドアがギシギシ、窓がガタガタいうのはまだ良い。それでもクルミの木は枯れ果て、鳥は自らの羽を毟り取り、通りすがりの少女は兄妹のためのミルクをひっくり返し、それを見たおじいさんが飛び降り自殺で死ぬのはやりすぎじゃないだろうか。

 

「そして倒れたクルミの木、タティも丸ごと押し潰し、みんながみんなぺしゃんこに……っていう話なんだけど」

 

「それを聞かされて私はどう反応すればいいか教えてください」

 

 素で突っ込んだのぞみ、ティティは不満げだ。

 

「言葉遊びが楽しいお話ですから内容考えたら負けです。本当はタティがよかったんですが……」

 

「まぁ自分で丸裸になるまで羽を毟り取る小鳥に比べたらマシでやがりますが、なんでティティですだよ?」

 

 高夢華がそう言うと、ティティが笑った。

 

「えっと、私が魔女になったとき、納屋丸ごと爆散させた話ってしましたっけ?」

 

「なにそれこわい」

 

 レクシーが距離をとりつつそういった。それにムッとするティティ。

 

「固有魔法が固有魔法だったのと、魔力コントロールが甘かったのと、認識が甘かったのとで、使い魔と契約した時にいきなり暴走して……実家の納屋と1年分の干し草を一瞬で燃やし尽くしまして……」

 

「あぁ……だから大やけどで死んだティティなんだ……」

 

 えぇー、と言いたげなのぞみ。

 

「で、この話をしたアウストラリス空軍のリクルーターの先輩ウィッチがこのTACネームをつけてくれまして……ティティっていう響きが好きだったのと、一発で自分だと分ってもらえるので便利なんです」

 

「ついでにデカオッパイ(ティティース)でやがりますし」

 

「夢華ちゃんまでやめてくださいっ!」

 

 ニシシと笑う夢華にそう言ってティティが腕を振る。それにつられて揺れる二つの塊にひとみの目線が下がる。自分の体をぺたぺたと触るとなぜかちくりと胸が痛んだ。

 

「要は利便性の問題か……」

 

 そんなひとみにはお構いなしで腕を組みそう言ったのはのぞみだった。

 

「でもなんでメイビスって呼ばれたくないの?」

 

「枕詞に『きかん坊(アンタッチャブル)』がつくからです。ひとりぼっちにされてるみたいで寂しくなるんです」

 

「ひとりぼっちはさみしいもんな……」

 

 ずっと眠そうな顔で話を聞いていたコ―ニャことプラスコーヴィア・パーブロヴナ・ポクルィシュキン中尉が会話に参入。我が意を得たりとティティが微笑む

 

「ですねー」

 

「パルクール中尉、ジャパニメーションネタが誰にも通じると思わない方がいいわよ」

 

「Покрышкин」

 

 そんな会話をしている中、レクシーが片手を持ち上げひらひらと振った。

 

「ねぇ、ティティはティティでいいんだけどさ、扶桑組(フソーズ)二人はいつになった私達にTACネームを教えてくれるわけ?」

 

 秘密主義もいいけど疎外感を生むわよ、と言うレクシー。

 

「え、えっと……先輩。そういえばわたしたちってTACネーム決めてましたっけ?」

 

「ん? 私の名乗ってなかったっけ。私はハウンド(HOUND)だけど?」

 

「え、のぞみ先輩決まってるんですか?」

 

「嘘でしょ、米川TACネーム決まってなかったの?」

 

 互いが互いに驚きながら衝撃の事実が明らかになる。

 

 元々TACネームとは、戦闘機乗りがパイロット個人を呼び出す時に使用するあだ名のようなものだ。誰に傍受されているか分らない無線でパイロットの本名を叫ぶのは都合が悪いということもあり、TACネームを使うのだ。しかし、ウィッチにとってのTACネームというのは少しばかり特殊だ。

 ネウロイは人語を解さないというのが常識であり、人類共通の敵に一矢報いんとするウィッチは人類共通の盾で財産だ。したがって本来ならばTACネームがなくとも仕事はできる。実際にひとみがTACネームを持っていなかったのもこのためだ。

 慣例としてTACネームをつけるという理由もあるが、対人戦略が絡む戦場に投入される場合もあるため、戦線に参加する前にTACネームは確定させることが通例だ。

 

「そっか米川の場合、扶桑空軍の原隊に寄ることなく直接こっちに来たからTACネームで弄られる儀式が終わってないんだ……」

 

「ぎ、儀式ですか……?」

 

「そ、ろくでもないものをつけられる事が多いから覚悟しておくように、石川大佐のセンスが常識的であることを祈れ」

 

 私なんて使い魔が紀州犬(イヌ)だからそのまま狩猟犬(ハウンド)よ? 雑すぎにもほどがあるっての。

 

「え、えぇ……」

 

 ひとみが困惑しながらそういうとのぞみの顔がくるりと別の方向を向いた。

 

「そういやゆめか」

 

「モンファ」

 

「あんたのTACネームってどうなってんの?」

 

窮奇(QUIONGQI)でやがりますが?」

 

「なにそれ。キョンシーの仲間?」

 

「誰が生ける屍(キョンシー)でやがりますか、チョンギー、カマイタチの仲間でやがります」

 

 夢華が不満そうにそう言う。それを聞いて頭の上で手を組んだのはレクシーだ。

 

「無駄にすばしっこいアンタにはぴったりよ」

 

「無駄にとは失礼でやがりますね。あんたらが鈍重なだけでしょうが」

 

「なにおうっ!」

 

「やんのかコラ。表にでやがりください」

 

 一触即発な雰囲気の二人におろおろするひとみ。周りの面々は慣れた様子だ。無視するようにして、コー二ャが声をかけた。

 

「ひとみ、ひとみはTACネームはどういうのがいいとか、あるの?」

 

「うーん、そういえば考えたことないかも」

 

 腕を組むひとみ。どういうのが似合うのだろう。

 

「あんまり強そうなのは自分でも似合わないだろうなって思います」

 

「それは……うん。そうかも」

 

「あっさり断言されるとそれはそれで悲しいなぁ……」

 

 ひとみは方を落としつつ、そんなことを言う。

 

「そうねぇ……セルフィッシュなんてどうよ?」

 

「のぞみ、ひとみはわがまま(セルフィッシュ)の対極だと思う」

 

「やだなぁポットラックパーティー中尉。こういうのは皮肉が重要なのだよ」

 

「Покрышкин」

 

 律儀にもちゃんとそう返すコーニャ。その様子にいたずらっ子の笑みを浮かべたのは夢華だった。

 

「ならコーニャはなにがぴったりだと思うますか」

 

「……レッドキャップ」

 

「ものすっ……ごく物騒なゴブリンきたよこれ」

 

 話が見えていないひとみが首をかしげる。のぞみが耳打ちすると戦いたような表情を浮かべた。

 

「そ、そんな血染めの帽子なんてもってないですよっ!」

 

「だーから皮肉だっていってるでしょうが米川」

 

 のぞみがそういって両手をパンパンと打ち鳴らし、皆の注目を集めた。

 

「はーい、それじゃぁ『米川ひとみ扶桑空軍少尉のTACネーム予想大会』はっじまっるよー!」

 

「えぇっ!?」

 

「みんなでろくでもないやつ考えるでやがりますか」

 

 至極楽しそうにそういって、夢華が右手を挙げた。

 

「はい、高夢華君早かった」

 

「こういうときだけちゃんと呼ぶんですね……」

 

 ティティの呟きを、当事者ふたりは無視。

 

「つるぺた!」

 

「もんふぁちゃんさすがに怒るよ!」

 

 もんふぁちゃんだけには言われたくないっ! と両手をブンブン振って猛抗議するひとみ。それを見てゲラゲラと笑うレクシー。

 

「じゃぁ私ね」

 

「どうぞ、アレクシア・ブラシウ君」

 

「泣き虫」

 

「たしかに、泣いて、ばっかり、だけ、どぉ!」

 

 ひとみは飛び出さんとする感情を必死に押さえ込みながら遺憾の意を表明する。

 

 次から次へと飛び出す悪口の嵐に震え出すひとみ。実際さんざんである。

 

「なにか賑やかだね」

 

 そう言いながら入ってきたのはリベリオン海兵隊の整備員でレクシーの愛機、AV-8B++アドバンスド・ハリアーの機付長、ルーカス・ノーラン軍曹である。

 

「あれ、ルーク、なにしてんのよ。その大きな包みはあたしへのプレゼント?」

 

 ルーカスとの仲は彼氏彼女と自認するレクシーが真っ先に声を掛ける。彼女より先に声を掛けるととてもめんどくさいため、残りの面々はとりあえず会釈で済ませた。

 

「いや、加藤中尉からの預かり物、米川少尉への荷物だって。さっき、リベリオン(うち)の貨物便が持ってきたんだって」

 

「わたしですか?」

 

 なにか届けられるような荷物なんてあったっけ、と思いつつもひとみがそれを受け取る。

 

「だったら加藤中尉がくればいいじゃないの」

 

「加藤中尉は今トラブルシューティングで忙しいらしい。それにここに来ればアレックスにも会えるだろ?」

 

「まったく、ルークの本音はどうなんだか」

 

 言葉とは裏腹に砂糖を吐きそうな甘ったるい空気になっているレクシーとルーカスを無視して残りの面々が大きな段ボール箱を見る。天地無用やら上部積載禁止やらいくつも注意書きが張られた段ボールだった。

 

「確かにわたし宛だ……差出人は……え?」

 

 驚いた顔を浮かべるひとみに興味を持ったのか、後ろから夢華が覗き込んだ。

 

「Mitsuji YONEKAWA……あんたの知り合いかなにかであがりますか?」

 

「お父さん……」

 

「なに? 実家から仕送りか、いいねぇ」

 

 仕送りとは確かに珍しいし嬉しいが、このタイミングというのには正直「?」である。品目の「精密機械」というのも心当たりがない。

 

「とりあえず開けてみたら? 親御さんの贈り物ならヤバイものは入ってないでしょ。軍の検閲済みマークもあるんだし」

 

「そ、そうですね……」

 

 そういってひとみはごそごそと箱を開封。開けて目に飛び込んできたのは大量の緩衝材。箱の半分以上緩衝材じゃないだろうか。よっぽど壊したくなかったらしい。それを掻き分け強化プラスチック製のアタッシュケースを取り出す。箱に刻まれていたのはひとみにとっては見慣れた文字列だ。

 

「米川硝子の製品……なのかな」

 

 鍵がかかっているらしく、箱に貼り付けられていたビニール袋から鍵を取りだし、解錠。小気味良い音をたててバックルが跳ね上がり、天板を開く。

 

「これって……」

 

「どう見ても狙撃銃用のスコープよね。見たことないモデルだけど」

 

 ぴったりはまるようにセットされたウレタンフォームから顔を見せたのは、黒いつや消しのライフルスコープだった。スコープ本体からはいくつかコードも伸びており、スイッチ類が別についているのも見える。

 

 添付されていた手紙を手に取る。封はされていなかった。中にはどこかよれた便箋が入っていた。その文字列をひとみは目で追う。

 

 

 

 ひとみへ

 

 元気に飛んでいますか? 体調崩してないですか? 父さんは元気に過ごしています。母さんはひとみの様子が知りたいと、やっとスマートフォンを買いました。工場のみんなも元気です。休憩室の新聞の種類が増えました。昼休みにみんなで新聞をめくり、ひとみの記事を探すのが日課になりつつあります。

 軍の方からひとみがエースになって選抜射手として活躍していると聞きました。私たちからできることはないかと考えて、米川硝子の全員でひとみのためにスコープを作りました。ひとみ相手にセールスをしても仕方がないけれど、どこのスコープよりも高精度に仕上がってるはずです。替えのレンズやクリーニングキットも一通り同封しています。軍の方があきれるほど頑丈に作りました。思う存分使ってください。私たちがひとみの目になれるように、それでひとみが生きて帰ることができるように、それを願って作りました。

 私ができることは本当に少ないけれど、どんなことがあっても父さんも母さんも、じいちゃんたちも、米川硝子の全員もひとみのファンで、絶対の味方です。何かあったらすぐに頼りなさい。出張整備でも、会いたいだけでも、すぐにどこでもいきます。辛いときは連絡をください。母さんが電話の前で待っています。

 こんな手紙を書くのも、こんなことを話すのも柄じゃないとは思うけれど、もう少しだけ読んでください。

 父さんはレンズには命が宿ると信じています。眼鏡は目の不自由な人に光を届け、灯台のフレネルレンズは船の安全を守り、望遠鏡は見えないものを見せてくれます。そこには必ず助けたい、守りたい、知りたいと願った誰かの命が吹き込まれていると思っています。その願いを叶えるのが私たち米川硝子の使命だと思い、工場を続けてきました。このスコープはひとみが生き抜くための力になりたい私たちの命を全力で詰め込みました。だから、このスコープのレンズのなかに、私たちがいます。

 どんなときも、ひとみはひとりじゃない。私たちがついています。それを信じてください。

 きっと母さんがものすごい枚数の手紙を書くと思いますし、今回は工場のみんなの手紙もあります。だから短くこれくらいで。

 元気で、笑顔でいられることを心の底から願っています。

 

あなたの父親でファン一号、米川光司より

 

追伸 スコープのフレームとセフティシャッターは大村製造さんから技術提供を受けました。大村さんの娘さんも同じ部隊と聞いています。ひとみからもお礼を言っておいてください。

 

 

「……のぞみ先輩知ってたんですか?」

 

「まぁね。結婚記念日で父さんが母さんにいいカメラを送ろうとしてたからアドバイスしたぐらいよ。あと米川硝子のヨネックスレンズシリーズといえば灯台や望遠鏡用高精度大型レンズの世界最大手だからね。あんたぐらいよレンズ作ってるだけみたいに思ってるの」

 

「そ、そうだったんですね……」

 

 ひとみがどこか感慨深くそう言うと、半ばあきれたようにのぞみがため息をついた。

 

大村家(うち)経由の情報だけど、採算度外視でそれを作ってたみたいよ。超々ジュラルミンのフレームにうちのマイクロベアリングを使ったゼロイン調整機能。昼間は光ファイバで収集した自然光で、夜間はトリチウムで勝手に発光する照準線(レティクル)。ボタンひとつで6倍から12倍に倍率が一瞬で切り替わって照準用の計算尺も合わせて切り替わるとか正直正気の沙汰じゃないからね」

 

「はぁ……」

 

 なぜそこまでのぞみが知ってるのかが気になるところだが、説明をしてくれているのはありがたい。ウレタンフォームからその照準器を取り出してみる。対物レンズ側にはハニカム型のシールドがつけられていて、光の反射とレンズへの衝撃を緩和するようになっている。レンズを覗き込むと思ったよりクリアで明るい視界が手にはいる。薄いヘアクロスの照準線がオレンジ色に輝く。

 

「とんでもないのが、夜間戦闘時ネウロイのビームによる目潰し(オートムスカ)を防ぐセフティシャッターね。夜間にマウント部の光学センサが光量の急増を感知すると緊急で絞りを自動で全閉にしてくれる機能。これで何人分の眼球が死んだかわからない夜間狙撃も目が眩むぐらいで済むんだからありがたい代物よ。大村製造(うち)の狙撃銃用トライアル向けの虎の子だったんだからね。米川硝子の狙撃銃向けレンズの専売契約を条件に技術を提供したらしいんだけど……って聞いてないし」

 

 のぞみのスペック説明そっちのけでひとみはスコープを覗き混む。本体のノブはひとみでも操作しやすい。スムーズに動き、かちりと止まる。有線リモコンの裏側には固定用のネジ穴がある。どうやら銃の前床にとりつけ、構えたときに左の親指で操作するものらしい。スライドスイッチひとつで倍率が変更できるし、レティクルの色も緑とオレンジの切り替え式だ。もとからグラスデバイスの併用を想定しているらしく、計算尺の表示非表示も切り替えられるのはありがたい。コーニャからの情報提供を受けたときに左目で情報を見て右目はサイティングに集中できる。

 

「これすごい……!」

 

「そらそうよ。文字通り世界最先端の技術が結集されてるんだから。あんたのためのマシンなんだからね」

 

「わたしのための……マシン」

 

 手のなかの小さな機械。決して重くはないーーそれでもスコープとしてはかなり重たい部類なのだがーースコープをそっと抱き締める。

 

「少し……席をはずしてもいいですか?」

 

「どうぞ? ブリーフィングは終わってるわけだし、順応訓練に必要なんでしょ。ついでに段ボールも持っていきなさいな。ここに置いていかれても処分に困るから」

 

「はい……!」

 

 ひとみがそういってスコープを丁寧にケースに戻すと、休憩室を走り出る。抱えた段ボールが音をたてていたが、あれだけの緩衝材に包まれているのだ、問題はあるまい。

 

「泣きにいきやがりますか」

 

「そういう無粋なことを言わない。ゆめかちゃん」

 

「モンファっていってんでしょ」

 

 それには取り合わず、のぞみは優しい笑みを浮かべた。

 

「これで少しは元気を出してくれればいいんだけどね」

 

 のぞみが視線を送った先、もうひとみは走り去った後だった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ホテルの部屋に走って戻り、段ボールを机に置いた。中から取り出したのは輪ゴムでまとめられた手紙の山だ。こちらには封がされている。一つ一つ開いては一文字一文字読んでいく。

 

 がんばれ、ひとりじゃない、応援している、大丈夫だ。その言葉たちに背中がすらりと伸びる気がした。工場のみんなや母さんたちは、この手紙でどれだけ救われた気がするか知っているだろうか。

 

「みんな、ごめんね……! わたし、がんばるから……あきらめないから」

 

 手にした紙の束にぱたりと水滴が落ちる。母親の几帳面な字が滲んで見える。

 

 あなたの戸惑いや悩みは、きっとまちがっていないはずです。迷ったあとの答えを信じて進んでください。その答えは正解じゃなくても、きっとまちがっていない。自分が信じられないときは私たちを信じてください。あなたは、まちがっていない。

 

 欧州行きに反対した母親の言葉。何度も消しゴムをかけた跡があるその便箋を持つ手が震えた。

 

「お母さん……!」

 

 このことで泣くのは、これで最後にしよう。そう決めた。飛ぶ理由を疑うのは、これで最後だ。私は一人で飛んでいるわけではないのだ。私の後ろにいる人たち、私を支えてくれる人と一緒に飛ぶのだ。

 

「大丈夫、私は、飛べる!」

 

 ひとみの声が、部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――米川のTACネーム?」

 

 なんだ決まってなかったか。オフィスに詰めかけた203空の面々の前で何でもないように言った石川大佐。半ば無理矢理つれてこられたひとみを一瞥。

 

「たしか米川の使い魔はナキウサギだったな」

 

「は、はいっ!」

 

「ならナキウサギ(PIKA)でいいだろう」

 

「「「えー……」」」

 

 どこか不満そうな声をあげたのはのぞみ、夢華、レクシーの三人である。

 

「お前らは俺のセンスに文句でもあるのか」

 

「いえ……」

「文句はねーでございますが」

「ドストレートだなぁ……と」

 

「よしわかった。格納庫を特別に使わしてやるから三人は2時間ほど走ってこい」

 

 

 三人の声にならぬ抗議と共に、時間は流れていく。

 緩やかに、しっかりと。

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