ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-4-1 "A bolt from the blue"


ایک بجر نیلے رنگ سے پہلا حصہ

「……で? 私は説明のひとつやふたつはして貰ってもいいと思ってるんだけど?」

 

「あのー。青葉が思うに、そういう質問は普通こっちがするものだと思うんですけど」

 

「よく言うわよ。魔力弾を拳銃に込めてたクセに」

 

 昨日取り上げたばかりの拳銃を振りかざしながら203空の隊付整備員である加藤中尉が言う。その視線の先に居るのは南洋日報所属、新発田青葉と名乗る記者である。記者は盛大にキーボードを打ち鳴らしながらなにかを入力し続ける。加藤の言葉に答える様子はない。

 

「魔力弾はこんな数グラムの鉛にも絶大な威力を与える反面、大した時間を置かずに充填した魔力が空気中に拡散、すぐに使えなくなる。私があんたの銃を取り上げた時、既に魔力の拡散は始まっていた。あの場所であんなものを使えばテロリストは愚か他の民衆も盛大に巻き添えを食うでしょうね」

 

「まあインディア政府曰く、入国する方々はみなさん揃ってテロリストみたいですけども。そうでなきゃ国境の全面封鎖なんてしないでしょうから」

 

 インディア帝国の都市ムンバイ。インド亜大陸でも一二を争う商業都市であるこの街を世界と繋ぐチャトラパティ・シヴァージー空港で発生した爆弾テロ予告。予告通り税関を吹き飛ばすこととなったその爆弾攻勢は、かねてより紛争には強硬な態度で臨んできたインディアを動かすには十分な出来事だった。ましてや犯人は歴史的に紛争を繰り広げてきたウルディスタン共和国の人間と言われているのだから溜まったものでは無い。

 たちまちに国境は封鎖され、今やウルディスタン共和国に取り残された人々はネウロイに押しつぶされる日を待つのみとなった。

 

「私は政治の(そんな)話をしたくて来たわけじゃないんだけど?」

 

「ええ、それはもちろん承知の上です」

 

 そう返す青葉はスクリーンから目を離さない。加藤は続ける。

 

「それだけじゃない。魔力を小さな拳銃弾に籠められるのは訓練を受けたウィッチだけだ。それも、軍の訓練をだ。あんたは非正規の人間には見えないし、しかしそうなると私たちに開示された『新発田青葉』という人間の経歴と矛盾する。新発田青葉をどこにやった?」

 

「いや知りませんって、青葉は青葉です」

 

 青葉のキーボードを打つ手が止まる。彼女は画面に流れる文字列を確認してから、エンターキーを軽やかに鳴らした。それからラップトップを閉じる。

 

「ともかく、そんなことが出来るあんた()だ。今回のはあんたらの仕業なんでしょ? 青葉」

 

「『今回』というのの含意が広すぎます。もう少しかみ砕いて頂かないと」

 

 首をわざとらしく傾けてみせるその存在に、加藤は見せつけるようなため息。それから言った。

 

「私の仕事、奪ったのはあんたらのせいでしょって話。F-35の扶桑ロットへの電子攻撃は扶桑軍の自作自演――――203空を飛べなくするため」

 

 その言葉を聞いた青葉は、ゆるりと表情を緩めた。細められた眼が、加藤に対峙する。

 

「……いや? なんの話だか見当も付きませんね?」

 

「よく言うわよ。扶桑におけるF-35は運用が始まったばかりどころか実戦配備は203空のみ、電子攻撃を仕掛けることで与えられる損害は少ないし、そもそも進入口が少なすぎる。バックドアでも用意してなきゃ無理な話よ」

 

「だからそれを用意出来るのは軍のネットワークに自由にアクセスすることが出来る扶桑軍だけだと? 無茶な、まだ国産ばかりに拘るが故に国防の要たる次世代戦闘機(F-X)技術実証機(みかんせい)を据えようとする重工業組からの攻撃のほうが納得だ。F-35の脆弱性を証明出来るわけですからね。相対的に有利になれる」

 

「扶桑の企業がそんなこと出来るわけないでしょ……あんたの側についてやってるんだからさっさと口を割りなさいな」

 

 先日の扶桑軍に対する電子攻撃。扶桑向けF-35という微妙なラインを突くその攻撃。現時点でF-35を保有する実戦部隊が203空しかいないことを考えても、首謀者の標的が203空の『翼』であることは明白だ。

 

 そしてそれを否定するつもりは、端より青葉にもないらしい。

 

「ええまあ。こちらとしては貴女の整備士としてのキャリアを損ねないようにするための配慮だったつもりだったんですが」

 

「私を慮って祖国(ふそう)の権威を失墜させるなんて、私ってあんたの国にとってそんなに重要なんだ?」

 

「そんなうがった見方はやめましょうよぉ。最後には全部綺麗に収まりますし、そんな心配しなくても大丈夫ですよ」

 

「……そんなことしても石川大佐(あのひと)は止まらないわよ」

 

 事実、今日のミーティングでは各国に回せる予備機がないか聞いて回っているのであろうことが言葉尻から窺えた。そう簡単に軍用機が転がっているとは思えないのではあるが……ウルディスタンに介入出来ない以上インディア(ここ)は人類連合の最前線である。

 

「ええ、石川大佐のことですからまあ、すぐにどこかの軍から見つけることでしょうね。本国からは待機命令しか受けてないでしょうに、仕事熱心なものですよ。本当に」

 

 そう第203統合戦闘航空団司令官(いしかわたいさ)を褒める青葉は、もちろん笑ってなどいなかった。

 それから彼女は、さも思い出したように言うのである。

 

「ああ加藤中尉。ここからは本題となるのですが……」

 

「なに? まだなにか企んでるの?」

 

「まだどう転ぶかは分かりませんが、恐らく石川大佐はリベリオン軍の装備を引っ張ってくることでしょう。その際の米川少尉の乗機を整備は、中尉が担当されるわけですよね?」

 

「まあ、機種にもよるだろうけどね」

 

「ええ分かってます。だから可能だったらでいいのですが、米川少尉を――――」

 

 青葉が次に紡いだその言葉に加藤は眼の色を変えることとなる。

 

 ――――飛べなくして頂きたいのです。

 

「……今、なんて言った?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現地環境への順応期間。

 

 それがひとみたちウィッチに告げられた全てだ。それぞれがそれぞれにこのとんでもなく多湿な雨期のムンバイに順応しようと努力していた。

 

 その結果が今である。

 

「暇だね、ティティちゃん……」

 

「うん、暇だね。どうしよっか、ひとみちゃん」

 

「なにかしたいけど……なんにもないよね」

 

 ひとみとティティが揃ってため息をつく。驚くほどにやることがなかった。ここまでくると暇も極まれりだ。

 

 することがなくなったひとみが何という目的もなしに、部屋を出て廊下を歩いていたところに、同じく用という用もなく屋内散歩と洒落込んでいたティティと鉢合わせをしたのだ。

 

 そして互いに暇を潰すために会話を始めて既に一時間。いい加減に会話の種も尽き、限界が近づきかけていた。

 

 だいたいどうして屋内から出てはいけないというのだろうか。ここまで来ると半分以上が非番扱いのようなものなのだから、多少くらい街へ出てしまってもいいはず。

 

「どうして許してもらえないんだろうね」

 

「わたしの場合は飛べない理由もわかるけど……なんでティティちゃんたちもなんだろう」

 

「代替機、まだ見つからないの?」

 

「このあたりに扶桑軍の部隊が居ないから予備機もほとんどないんだって」

 

 ひとみがそう言うとティティが困ったように笑った。

 

「順応訓練だったら、そろそろ外に出ても大丈夫なころなんだけど……」

 

「でも、命令だからね……」

 

 ひとみも理解はしている。けれど出てはいけないことと、出たいと思う感情はまた別物なのである。

 

「ふっふっふ。そこの暇を持て余して仕方のないおふたりさん。もうこの大村のぞみがきたからには大丈夫だ!」

 

 黄昏れはじめていたひとみとティティたちを前にのぞみが高らかに宣言する。ぼんやりとしていたティティが驚いたように振り向いた。だいたい慣れ始めているひとみはゆっくりとのぞみの方を向いただけだ。

 

「米川、反応うすい!」

 

「このパターン何度目だと思っているんですか、先輩……」

 

「だめだねえ、米川。それじゃあ、この魅惑のチケットはあげれそうにないかな?」

 

 ひらひらとのぞみが空の手を振る。どうみてもチケットなんてものを持っているようには思えない。ティティがきょとん、と首を傾げる。

 

 こういう時はたいていのぞみは何かしらを用意してはいる。だがそれをギリギリまで明かさないのがのぞみのやり方だ。いい加減に長い付き合いでひとみも学習した。

 

 もちろん、まだ付き合いの浅いティティがそんなことを知るわけもなく。

 

「チケットってなんでしょうか? なにも持っていないように見えますけど……」

 

「ふふふ。そりゃあ、目には見えないチケットだからね。だが安心したまえ! この大村のぞみ、嘘はつかない!」

 

 なにをそこまでハイテンションになることがあるのだろう、とひとみはようやく興味が出てきた。ここまでのぞみが強調するのならそれなりのものを持ってきたのだろう。

 

「おふたりさんには外出許可証をプレゼントし……」

 

「本当ですか今すぐ行きますさあ行きましょう!」

 

「ひとみちゃんのテンションが急にあがった!?」

 

 そう、確かに異常なまでにテンションはあがった。だがわかってほしい。ずっと缶詰めはもうそろそろ限界なのだ。

 

 ひとみだって外の空気を吸いたいし、狭苦しい屋内という檻を破って飛び出したかった。ずっと屋内に居続けるのは精神衛生的にもよくないというし、太陽の光を全身に浴びたいという欲求も抑えがたいものとなりはじめていた。

 

「米川もいい感じに仕上がってきたね。まったく他の連中ときたら……いや、今はやめとこう。で、ティティは?」

 

「うぅ……行きます!」

 

「そう来なくちゃ。それじゃあ、レッツゴー!」

 

「ゴー!」

 

「ご、ゴー……!」

 

「待て」

 

 いきなり飛び出してきた声に全員の動きが止まった。

 

「な、なんですか石川大佐。外出許可ならさっき……」

 

「あぁ、出した。存分に楽しんでこい。その前に忘れ物だ」

 

 そう言ってのぞみに何かを差し出した。

 

「……これは、餞別ですか?」

 

「お前達の身を守る物だ」

 

 そう言って受け取った物を振るのぞみ、その手からは黒光りするオートマチックピストルのグリップが見えていた。

 

「まさか丸腰で出すわけにもいかんだろう。ここはインディア最大の経済都市。麻薬や性犯罪が蔓延る悪徳都市でもある。ガイド兼運転手もつける。間違えてもガイドを置いていくなよ」

 

「なるほど。了解です」

 

 のぞみが納得したようにそう言ってカイテックス製のホルスターを受け取り、腰に下げた。

 

「それと携帯電話を持って行け」

 

「どうしてです?」

 

 投げ渡されたコンパクトな携帯電話にのぞみが首を傾げる。通信だけなら魔導無線があれば確実かつ簡単だ。

 

「ウィッチだとバレると危険な場合がある。それに、万が一の際、ポクルィシュキンの能力で追跡をかけやすいからな」

 

「用心に越したことはないということですね。了解しました」

 

 そう言ってのぞみは右手に携帯を挟んだまま、敬礼。

 

「では、石川大佐!」

 

「楽しんでこい。米川も、ゴールドスミス少尉もだ」

 

「はいっ!」

 

「いってきます!」 

 

 意気揚々とのぞみが飛び出して行く。釣られるようにひとみが半ばスキップしながらついて行き、ティティもその後に続いた。後ろからかけられた石川大佐の「ホテルのロビーでドライバーが待ってるから合流しろ!」という指示に返事をして廊下を進む。

 

 実際のところティティも外に出たいのは同じだった。そこにのぞみが外出しないかと許可を取った上で誘いに来たのだ。渡りに船だということは言うまでもない。

 

「まあ、これだけ大見得を切っておいてあれなんだけど、夕食を食べることくらいしかできないんだけどね」

 

「十分です、先輩!」

 

 もうひとみを邪魔するものはない。ほんの一時。それがどうした。ただ外でご飯を食べることだって立派な気晴らしになる。

 

「いこっ、ティティちゃん!」

 

 ティティの手を取ってひとみが駆け出す。少しティティは躓きかけたが、すぐに取り戻して走り出す。エレベーターを使うより階段の方が早い。というより、いつ止まるか分らないエレベーターを使いたくない。皆、階段を二段飛ばしで駆け下りる。

 

 待ってくれていたドライバーに案内されたのはいかにもな軍用ジープ。三人で硬い後部座席に並んで座ればドライブの開始だ。ひとみが真ん中、前が見やすくて少しだけ特別感がある。

 

「あー、久々の外だー!」

 

 ちゃっかりUVカットガラスになっている窓から外を覗くと広い道路を走っていく。どうやらハイウェイに乗ったらしい。

 

「でも石川さんが許してくれるなんて意外だったなー」

 

 腕を頭の後ろで組みながらそういったのぞみにひとみは首を傾げる。

 

「え? ならなんで石川大佐に……?」

 

「だって他に権限持ってる上官がいないじゃん?」

 

「それはそうですけど……」

 

 ひとみがそういうとくすりと笑うのぞみ。

 

「ま、石川さんは石川さんなりに考えていることがあるんだよ」

 

「いつも大変そうですもんね……」

 

「石川さんは結構部下を気遣ってるからなぁ……ほんと感謝だよ」

 

 のぞみはそういいながら窓の外に目を向けた。ハイウェイから見下ろせるのはバラック街だ。ほんとうに人がひしめいている。本当に大きな都市だというのは間違いない。

 

「私……石川大佐から避けられているんでしょうか?」

 

「ティティちゃん?」

 

「どしたの急に」

 

 ぽつりとつぶやいたティティに視線が集中する。

 

「なんというか……私だけ、階級付きなんです。ほかのみんなはファミリーネームかラストネームの呼び捨てなのに」

 

「あー……確かに言われてみれば。ティティだけ『ルテナント・ゴールドスミス』だね」

 

 のぞみが納得顔でそういった。ゴールドスミス少尉(ルテナント・ゴールドスミス)

 

「そういえばわたしたちは苗字で呼び捨てでしたよね」

 

「扶桑組はまぁ、身内だから当然として、ゆめかは(ガオ)夢華(モンファ)、ぽっくり下駄中尉はポクルイシュキン、レクシーもブラシウ呼びだったね」

 

 こくりとうなずくティティ。それを見てのぞみはひとみを軽く押しのけて、ティティの肩に手を伸ばす。

 

「そこまで気にすることじゃないわよ。そもそもオフィシャルな場所だと全員ファミリーネームに階級付きなんだから」

 

「それは……そうなんですけど。なんというか、石川大佐。私と話す時だけ、少し寂しそうなんです」

 

「寂しそう? ティティちゃんと話す時だけ?」

 

 ひとみが首をかしげるとのぞみがどこか胡乱な目をした。

 

「ぶっきらぼうを装うのはいつものことだし、気のせいじゃないの?」

 

「そうかも……しれませんけど……なんというか、私と話す時だけ私を見てないというか……どういえばいいんでしょう」

 

「知らないけど、そう思うわけだ」

 

「はい……なんというか、嫌われているというか……」

 

「嫌われているとは思わないけどなぁ……。それに嫌われたところでそれで態度を変えるほど子供じゃないよ、石川大佐は」

 

 のぞみがそういって窓の外に視線を動かした。

 

「おー、いつのまにか海の上だ」

 

「あ! ほんとだ!」

 

「夕日の時にこの橋わたるときれいでしょうね」

 

 大きな湾の入り口を渡る橋を抜けていく車。どことなくけだるい空気の中、海を渡っていく。

 

「おなか……減りましたね」

 

「ですね。ダウンタウンに行ったらまず腹ごしらえです」

 

 いつもより少しだけ穏やかな笑顔を浮かべた望みの視線の先で、ひとみとティティがそういって軽く笑いあう。この時、二人の頭の中は外で食事ということしかなかった。

 

 つまり、メニューのことまで考えていなかったのが運の尽きである。

 

 

 

「ま、またカレーですか!?」

 

 ダウンタウンのど真ん中、満面の笑みでドライバーが進めてくれた店に入ってから声を上げるひとみ。メニューにはまったく読むことのできない地元のものらしき言語と英語で書かれた品目の数々。

 

 そのいずれもがカレーばかり。

 

「もうカレーは食べ飽きましたよぉ……」

 

「しょうがないでしょ。ここらへんってカレーしかないんだから!」

 

 ばん、とのぞみが机を叩く。周りの客が一斉に振り向き、しまったとのぞみが苦笑いしつつ頭を下げる。

 

「でもおいしくない?」

 

「おいしいですよ! おいしいんですけど辛いんですよ!」

 

 来る日も来る日もスパイシーな味付けのものばかり。まずいわけでは決してなく、むしろ味はとてもいいのだが、如何せんひとみにとっては辛すぎた。

 

「毎回、食べるたびに口の中がヒリヒリするのはもう嫌なんです! そろそろ普通に辛くないものが食べたいんですよ!」

 

 もうここまで来てしまえば自棄にも等しい。ただひとみとしても理解してほしいところだった。

 

 確かにひとつひとつの味付けは違うため、食べ飽きすることはないのだろう。

 

 本来なら。

 

 さすがになにかにつけてカレーばかり食べ続ければ、いくら味付けがそれぞれ異なるといっても限界は来る。というか普通に辛い。舌が痺れる。

 

「いつになったらカレー漬け生活から私たちは解放されるんで……」

 

「えいっ」

 

「ムグッ!」

 

 ティティがひとみの口にカレールーをつけたロティを突っ込んだことにより、ひとみが強制的に黙らせられる。

 

 ああ、また私の口の中をスパイスが蹂躙するんだ。どうせめちゃくちゃにされちゃうんだ……

 

「あれ、そんなに辛くない?」

 

「ひとみちゃん、もしかして辛いタイプばっかり頼んでたんじゃない? そんなにスパイシーじゃないやつもあるよ?」

 

「えっ……えっ?」

 

 そんな馬鹿な。いや、でも口の中に広がるのは今まで食べてきたスパイシーなそれとは違う。ココナッツミルクの香りが広がるそれに食べてきた辛みはなく、むしろ包み込むようなまろやかさだ。

 

「そんな……私が今まで食べてきた異常なまでに辛いカレーはなんだったの……」

 

「えっと、ひとみちゃん?」

 

 がっくりとひとみが肩を落とす。ティティが気を使うようにひとみを覗き込む。

 

「っていうか私の食べるカレーを注文してきたの、ずっと先輩でしたよね!? もしかしてわかって辛いの注文したんじゃないんですか?」

 

「さー、食べよっかー」

 

「確信犯ですよね!? ねぇ!?」

 

 絶対にわかって辛いものばかり渡してきた。そう確信をもってひとみは今なら断言できる。

 

「なんでいつもいつも私にそういうことするんですか――っ!」

 

「まあまあ。ほら、その代わりに外出許可を取ってきてあげたじゃん」

 

「そうですけど……」

 

「そういえば他の人たちは呼ばなかったんですか?」

 

 むう、と頬を膨らませているひとみを隣に空気を変えようとしたティティが強引とも取れる話題変換を謀る。

 

「そう、それなんだけどね。誰ひとりとして食いついてこなかったのよ!」

 

 果たしてティティの策略は狙い通りにいった。のぞみが見事にティティが撒いたエサに引っかかったからだ。

 

「人がせっかく苦労して取ってきた外出許可を何だと思っているのやら! あー、はいはいみたいな態度で流されるとさすがに腹が立つっていうかさあ!」

 

「だから私たちですか……」

 

「やー、本当にいい反応で報われたね」

 

 ひらひらとのぞみが手を振る。なんとなくダシにされた気がしなくもないが、外に出られたことは嬉しかったのでよしということにしよう。そう無理やりひとみは納得することにする。

 

「まあ、いいですけど……あっ、このカレーおいしい。ティティちゃん、口開けて?」

 

「えっ? あ、あーん……」

 

「それっ」

 

「むぐ……あ、本当だ。おいしい……」

 

 辛くないカレーの存在を知ったひとみに敵はない。角が立っていないというか、全体的に丸みを帯びたカレーは食べやすい。そしてお腹を壊すこともない。

 

 ああ、なんということだろう。もう口の中がヒリヒリすることもない。ただ純粋にカレーを楽しむことができる。

 

「あんたら……ずいぶん仲よくなってるけどいつの間に……」

 

 喜びを噛み締めているひとみを他所に、目の前で食べさせ合いっこを見せ付けられたのぞみが半目でげんなりとしていた。

 

 

 

「いつもおかわり二回ののぞみ先輩が一杯しか食べないなんて……体調でもわるいんですか?」

 

「人をフードファイターか何かと勘違いしてないか米川」

 

 口が裂けても甘ったるいひとみとティティの空気にお腹いっぱいですとは言えない空気だ。だからのぞみはため息一つで済ます。

 

「んで、観光と言うことで最寄りのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅にやってきたわけですが……」

 

「すごく、大きいですね。この駅……」

 

 ひとみが目を白黒させる先にあるのはゴシックリバイバル建築の荘厳な建物だった。

 

「インド最大都市ムンバイが誇る陸の玄関口だしね。そりゃ荘厳にもするでしょ。東京駅みたいなもんよ。ちなみにこれ、世界遺産ね」

 

「駅自体が世界遺産なんですね……」

 

 ティティがのぞみのうんちくを聞きながら建物を見上げる。

 

「ずっと見てると首が痛くなりそうですね」

 

「まぁねー。でもティティは見慣れてるでしょこーゆーの」

 

「? なんでです?」

 

「アウストラリスもインディアも同じ大英国連邦(コモンウェルス)でしょ?」

 

 そんなことをいうのぞみにティティは少し悩んだような声を上げた。

 

「うーん……でもアウストラリスには『これぞ歴史的建造物!』って言えるものがないので……」

 

「えー、つまらないなぁ。なんというか、こう……我ら大英国! 市民の連帯で世界を救おうみたいなプロパガンダみたいなのないの?」

 

 のぞみのボケと言っていいのか分らないネタをティティは笑ってスルー。

 

「それで……世界遺産のすごい駅ってのは分りましたけど、この後は?」

 

「ん? みんなにお土産買ったら帰るけど? 駅のギフトショップならばらまき用の菓子みたいなの売ってるんじゃない?」

 

「モンファちゃんも喜びそうですね」

 

 ティティの言葉に笑いながら肩をすくめるのぞみ

 

「ゆめかはなんだかんだでお子ちゃまだからね。餌付けは有効だろうしね」

 

 チョコレートかなにかがあるといいんだけど。とのぞみがいいながら駅構内に入っていく。吹き抜けの高い駅構内は人でごった返していた。壁に吊られた巨大なテレビがものすごく違和感を発している。

 

「さっすがに人が多いね。はぐれないでよ二人とも」

 

「はいっ!」

 

「わかりました」

 

 そう言いながら三人列になって歩く姿は観光客観丸出しだ。英語も聞こえることは聞こえるが、それ以上に現地の言葉の方が強い。異世界に迷い込んだような感覚にも思える。

 

「なんていうか、すごいところですね」

 

「そう? シンガポールも似たようなもんだったじゃない」

 

 ひとみにそう言い返したのぞみだったが、いきなり足を止めた。その背中に突っ込むひとみ。

 

「わぷっ……のぞみ先輩、いきなり止まらないでくださいよう……のぞみ先輩?」

 

 ひとみの抗議をまるで無視するように、のぞみは答えない。それを怪訝に思ったひとみがのぞみの視線を追う。

 

 彼女の視線は斜め上の方向に向けられ、その先には壁に吊られた巨大テレビジョン。なにやらニュースが流されている。現地語の字幕で、ひとみには内容が分らない。

 

「のぞみ先輩……ニュースがどうしたんですか?」

 

「ウルディスタンが……」

 

 耳障りな着信音に、のぞみが携帯電話を耳に当てる。その間ものぞみの視線はテレビから動かない。

 

「こちら……大村。いま、テレビで見てます……」

 

 ひとみからは彼女が何を言われているのかは分らない。それでもその先にあるのはテレビの文字列だ。ソレが今、英語に切り替わった。

 

Uldistan declares the government to move to the London exile.

 

「ウルディスタン、ロンドン?」

 

 ひとみはとっさに内容が理解出来ない。exileってどんな意味だっけ……。

 

「ウルディスタンが政府機能をロンドン亡命政府に移した……」

 

 ティティの顔が青ざめていく。政府機能を国外に出す。それが意味することはたった一つだ。

 

「ウルディスタンが、陥落した……!」

 

 それはすなわち、その国がどうしようもないほどにネウロイに食い荒らされたということだ。

 

「戻るよ! 米川! ティティ!」

 

「はいっ!」

 

「わかりましたっ!」

 

 息抜きは終わりだ。戦場が、もう目の前まで迫っている。

 

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