ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-6-2"Confused field"


الجھن میدان دوسرا حصہ

 ウルディスタンの臨時首都、いや()臨時首都というべき都市、ラホール。その郊外を走るラホール環状線(リングロード)は今やウルディスタン軍最後の砦であった。

 

 しかし、既にラホールはネウロイの大群に埋め尽くされている。建物の背も低くなる郊外での戦闘はひたすら人類側に不利。なぜこんな場所に防衛戦を引かねばならないというのか。

 

「大尉、3小隊が後退の際に甚大な損害を被り、これ以上の戦闘は不可能とのこと」

 

「そうか」

 

 中隊指揮官、ザルダーリー大尉がその報告を受け取るのは立体交差のジャンクション。環状線と交差するGTロードの前にはネウロイ、そして後ろには避難民。道は閉鎖されたインディア国境線へと続く。

 そう、ウルディスタン陸軍はインディア国境へと進む自国民の命を少しでも長引かせるべく、臨時首都を飲み込んだネウロイの群れに立ちはだかったのである。

 

 その数、陸軍一個中隊。

 

 これを後年の軍事評論家が知ればなんと表するだろうか。万の避難民を若干百余名の兵士で守ろうというのである。無謀という他の言葉が見つからない。

 しかし、それが抗戦を止める理由になろうか。歴戦の第342ライフル中隊はその全員が闘志を全身に滾らせ、雲霞の如く群がるネウロイへと銃口を向ける。

 

 そのような状況であっても、常に指揮官というモノには冷静さが求められるものだ。ザルダーリーは己の頭の地図に問い詰める。右翼を支える3小隊が壊滅した今、当初の作戦計画が実施できるかを。

 

 環状線とG・Tロードの結節点であるこのジャンクション、クエイド=イ=アザームインターチェンジの周囲に広がるのは低層住宅。

 統一感なく建てられた住宅群はこの国では見慣れたモノで、ネウロイの衝撃力を防いでくれるかというと微妙なところだ。むしろこんな中途半端な建物は射線の邪魔ですらある。射界を確保する都合上機関銃分隊はジャンクションの高架上に設置するほか無い。それでも射線は前方方向に限定される。

 

 端的に言うなら、中隊の防御陣地は側面攻撃に弱かった。

 

「……1小隊から一個分隊を抽出、右翼を支えさせろ」

 

「了解です」

 

 となれば中央の戦力を戦線崩壊を防ぐために回すほかはない。避難民の護衛にも戦力を割かねばならない状況では、中隊に予備兵力などを用意出来るはずもなく、中央からの戦力抽出はむしろ中央突破を許すリスクを生む決断だ。

 

 いやそれどころか、分隊を丸ごと引き抜いてしまえば、この高架を守るのは機関銃分隊のみ。いくら機関銃の火力が有用と言えども、これではこのジャンクションを突破してくれと言わんばかりである。

 

「分隊続け!」

 

 他の国でならもう年金生活が出来そうな曹長がガラガラ声で叫び、それに兵士が続く。いずれも兵士にしては老いた顔。軍隊の平均年齢が20代であるという統計を出したとして、誰がそれを信じるだろうか。

 ペルシアがネウロイに飲まれたことで始まった戦いは既に五年。ウルディスタンの人的資源はとうの昔に枯渇していたのだ。老兵が軍の主力を成し、まだ少年と呼ぶに相応しい兵士達が死線をくぐる。こんな戦場が、なぜ今日まで持ちこたえて来たのか不思議なくらいである。

 

 だから、一度戦線が崩れれば後は早い。

 

 誰もが誤解していた。この戦線がインダス川に勝る流血で保たれていたという真実から目を背けていた。

 多くの先進国が対ネウロイ作戦においてウィッチを主兵力とし、故に押さえられてきた人的資源の消耗。これを考えることは終ぞなかったのである。あのペルシアが十年以上戦い続けられたのはひとえにリベリオンやブリタニアといった主要各国の精鋭ウィッチたちの尽力あってのことだというのに。

 

 ウルディスタンはまだ持ちこたえられる。あの国はまだ敗れることはない。いつの間にか定着してしまったその認識が、どれほどこの国を蝕んだことか。

 

 しかし、そんなことは彼らには関係ない。いやそもそも、他国の支援ありきで成り立つ国家を果たして国家と呼べるのであろうか。これは彼らの聖戦であり、彼らが成し遂げねばならない戦いなのだ。その戦いぶりを示すことで、彼らは天国へと誘われるのである。

 

 ならば、そうであるならば。

 

「敵集団より蜘蛛! 突っ込んでくる!」

 

 ネウロイの群れより抜け出したのは一際目立つ八本足のネウロイ。蜘蛛と呼ぶに相応しいあの陸上型ネウロイは高い不整地走破能力を持ち、戦車の装甲をも貫きかねない高出力のビームで陣地を突き崩す。高架のコンクリートは貫かれることはないだろうが、その高熱は間違いなく中隊の足場をチーズのように溶かしてしまうことだろう。

 

「RPG!」

 

 ザルダーリーのかけ声に一人が携帯式対戦車擲弾発射器を持ち上げる。オラーシャ製の傑作対戦車兵器。さながら槍のようなそれは、穂先にネウロイですらもその高圧力で融解せしめる成形炸薬弾を括り付けている。既に装填済みのそれを構え。照準器をのぞき込んだ。

 

 だが、まだ撃たない。彼我の距離が遠すぎるのだ。比較的安価、そして簡便とされるRPGは、その構造上命中精度に難がある。100mでも命中出来るかは怪しいものがあり、熟練の兵士をもってようやく命中が期待できる程度。

 

 蜘蛛が走る。目指すは機関銃陣地と化したジャンクション高架。足止めに一人の兵卒が射撃を食らわせ、それを受けた蜘蛛は足を止めることも無く消し飛ばす。塹壕という名を冠した浅い溝に寝そべった兵士を踏み潰し、ジャンクションへと迫る。

 

「今だ!」

 

 号令一声。射撃手の指が撃鉄を落とす。発射薬(ブースター)に点火、クルップ式無反動砲特有の大袈裟な後方噴射(バックブラスト)が土煙を吹き飛ばす。発射口から飛び出した弾頭は折りたたまれていた安定翼を展開、ブースターに火が入るころには、蜘蛛めがけての突貫を開始していた。

 

 安定翼があるとは思えないほどの不安定な軌跡を描きつつ、蜘蛛へと迫る。しかしネウロイだってその飛翔物体が重大な脅威であることは認識していることだろう。即座にビームが走るが、当たらない。不安定な弾道が予想外の効果をもたらしたようだった。

 

 そして命中。装甲車をも貫く高火力に、蜘蛛はのけぞり、それからあっけなく倒れる。舞う土煙。幸いにも再生の気配は、ない。

 

「よくやったな」

 

 ザルダーリーは射手を讃えようと肩を叩く。肩を叩かれた兵士は()()()()()()()()、そのまま背中をコンクリートに預けた。

 

 眉間を見事に打ち抜かれていたのだ。出血と同時に血は蒸発。ケロイド状になった各組織の壁で作られた直径五センチほどのトンネルが彼の頭にくり抜かれていた。

 

「12mm弾僅少!」

 

 その言葉がザルダーリーを指揮官に戻す。戦いは、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

「中隊本部より阻止砲撃命令!」

 

 無線が入る。それは作戦がとりあえず計画通りに始まったことを示していた。

 

「よし、撃て!」

 

 環状線を越えて、更に国境側。GTロードの脇には迫撃砲陣地が展開されていた。

 装備するのはブリタニア製の81mm迫撃砲。3つの部品に分解することが可能で陣地転換が容易なそれ。手榴弾とRPGだけでネウロイと渡り合っている戦線がごまんと存在するこの国で、ブリタニア軍の気まぐれとは言え迫撃砲を入手できたこの中隊は幸運であった。

 

 照準射撃は既に済ませてある。ジャンクション手前に群がるネウロイ。合計して9名の要員が取り付いた3門の迫撃砲はその16口径の滑腔砲身に砲弾を飲み込むと、それからやけに軽い破裂音と共に砲弾を吐き出す。

 

「アッラーフアクバール!」 

 

 射手が神へ祈りをささげた瞬間、戦場が爆ぜた。着弾したのだ。ジャンクション手前は今頃大混乱だろう。砲弾と銃弾が飛び散り、ネウロイの群れはかき乱される。その間隙を縫って兵士達は着実に戦線を下げる。もはや意味を持たないジャンクションを死守する理由などない。戦線は下がるものであるし、彼らにとっての戦術とは下がるためだけに存在するものだった。

 

 迫撃砲分隊は射撃を止めない。僅か3門、されど3門。迫撃砲は戦場に降り注ぐ文字通りの鉄槌だ。ネウロイを食い千切り、戦場に華を咲かせる。全ての友軍が待ちわびて、そしてあらゆる敵軍が畏怖するその力。

 

 彼らには戦場が任されている。彼らの活躍が、戦場の全てを決すると行っても過言ではないのだ。

 無線手がヘッドホンに耳を当てる。新たに入る知らせは凶報か、はたまた吉報か。

 

「中隊本部ならびに機関銃分隊、後退します!」

 

 その言葉に砲兵分隊の指揮官は、その報告に一瞬頬を緩ませ、それから引き締めた。弾丸の残りが心許なく、携帯にも適さない重機関銃は放棄と事前の計画で決められている。

 つまり、機関銃分隊は全ての弾薬を使い果たした。即ち、中隊でもっとも効率よく小型ネウロイを屠れる支援火器が消えたと言うこと。

 

「ここからが正念場だぞ! 分隊全力射撃、奴らを釘付けにしろ!」

 

 その言葉に励まされ、迫撃砲が唸る。砲弾は次々と発射口へと運ばれては、重力に従って砲身を滑り降りそして発射薬のガスに押し出されてラホールの空を舞う。短い飛翔の後にもたらされるのはネウロイの破片と土煙。

 

 だがその程度で止まるほどネウロイもヤワでは無い。彼らを食い止めていた機関銃の唸り声はもう聞こえず、ジャンクションへと群れは押し寄せる。その姿は地上を覆い尽くす真っ黒な津波だ。このままで中隊司令部などあっという間に波に飲まれてしまうことだろう。

 

 それは避けなければならない。

 

「今だ、突っ込め!」

 

 そう叫んだのは誰だったか。トラックに取り付いた兵士はエンジンに火を入れると、()()()()()()()()。手元のハンドルはガムテープで固定されている。これから何が始まるのか、誰の目に見ても明らかであった。

 

 アクセルを踏み、トラックは走り出す。クラッチを踏み込み、変速を切り替えたのが最後の仕事。あらかじめ用意してあったコンクリート片でアクセルを固定してからはたと()()()()()

 幸いにもG・Tロードは広い国道、更に付け加えればこんな最前線をドライブする酔狂な人間などとうの昔に命が果てている。だだっ広い道を、自重数トンを数える自動車は疾走する。かつては冷凍車としての機能も備えていた中古車らしいが、今となってはただの走る重量物である。

 

 そしてもちろん、トラックはネウロイのビームの束を浴びることになる。

 フロントガラスは融解より先に砕け散り、運転席の背もたれに火がつく。側面に何故か扶桑語で書かれた『常磐水産(有)』という文字がビームの熱で消え去り、ウルディスタン共和国のナンバープレートが真っ黒になって読めなくなる。既に製造から何十年。異国の地で生まれたガソリン内燃機関搭載の自動車はその命を文字通り燃やし尽くそうとしていた。

 

 だが、最後の使命が残っている。ついに車軸を射貫かれたトラックは車体をアスファルトに押しつけた。フレームとの摩擦で散る火花、だがもはや、その運動エネルギーを止めることはビーム程度では叶わない。ネウロイのビームは車体を貫くばかりで、その動きを押し返すわけではないからだ。

 

 激突。トラックに前面の騎兵型が押しつぶされ、障害物に当たったトラックは宙に浮く。すかさず一人が手元の携帯の通話ボタンを押した。その間にもトラックは重力に導かれるままに大地へと落ちる。

 

 単調な接続音の後、呼び出し――――――刹那、車体は爆散。

 

 既に運用叶わず、郊外の空港にて放置されていた航空爆弾が仕掛けられたトラックは見事ネウロイの群れの真ん中で散って見せた。これを最高のパフォーマンスと言わずして何というだろう。携帯電話という民生品と、航空爆弾という無用の長物の合わせ技。破壊力としては簡易爆弾の中でも最高レベルというべき品質。それがネウロイの群れの中で弾けたのである。

 

 だがそれでも、ネウロイは止まらない。倒れ砕け散る同類の屍に構わず、先へと進む。

 

 更に携帯電話が鳴る。今度鳴ったのは橋脚の付け根。そうジャンクションの高架を支える橋脚だ。流れる電流が撃鉄と化し、炸薬に火を入れる。僅か数キロの工作用爆弾は直接使えばただの火薬、上手く使えば何者にも勝る。高架に走ったひび割れはその自重によりにわかに傷を広げ谷を作り、そのまま轟音と共に崩れ去った。ネウロイの影もそこに消える。

 

 

 

「上手くやったようですな!」

 

 後ろを振り向くことはしないが、何が起きたかはよく分かった。肺の息を全部出しそうな大声で副官が叫び、ザルダーリー大尉は頷くに留める。

 

 まだ、戦線の後退は順調に進んでいると言って良いだろう。問題はそれをどこまで続けられるか。というものだ。

 

 GTロードには何十両もの車両が放棄されている。いずれもインディアへと向かおうとして足止めを食らった車両達で、一方の道――即ちラホールへと続く道――には一両の車両もいない。

 だからこそ先ほどのように操縦者のいない自動車を走らせることが出来たのだし、これからもその開けた道路に頼ることになる。

 

「大尉!」

 

 ザルダーリーが辿り着いたのは、中隊の集結地点。高架を破壊した後、部隊は直ちにここへ集まることとなっていた。

 下士官が敬礼。もはや数百メートル先までネウロイが迫っている状況でも直立不動を保つその姿に答礼しつつ、ザルダーリーは口を開いた。

 

「集合にどれほどかかる」

 

「既に20人ほどが集まっています。3小隊は誰も来ていません」

 

 逆に言えば、()()()()()()()()()()ということである。それで総勢二十余名。歩兵中隊とは百五十余名を持って編成されるのではなかったか。

 

「潮時だ。トラックの準備をさせろ。迫撃砲の残弾はどうなっている?」

 

「五割を消費したと、砲撃の継続を上申してきています」

 

 その言葉の間にも、ジャンクションの向こうに爆煙が上がる。砲撃が続いているのだ。迫撃砲は攪乱には有効だが所詮は着弾観測の叶わない()()()撃ちに過ぎない。砲撃で足止め、同時に止めを刺せる歩兵がいるならともかく、時間が経てばネウロイに再生されるのがオチだ。

 

「無駄撃ちだ。止めさせて直ちに陣地転換、そう伝え――――――」

 

 しかし大尉の言葉は続かない。

 

 その()()を見つけようとして、ある者は空を、ある者は地を、またある者は上官を見る。全身が震え、視界が揺さぶられる。まるで大隊規模の砲兵が自分の周囲に射撃を喰らわせているような――――にも関わらず一つの破片、煙も飛び交わない奇妙な()()

 

 

「――――――足下!」

 

 そう悲鳴のように叫んだのは誰だったろうか。皆が足下を見て、そして息を飲む。釣られて国道に眼を落としたザルダーリーの視界には、アスファルト。

 

 なんの変哲もないアスファルトに小さく、細長いひび割れ。

 

 何処まで続いているのか、いや、いつからそんなひび割れがあったのか。考えることを頭が拒否する。その可能性を可能性で終わらせたいと思考が進まない。その間にもひび割れは震える。ひび割れがアスファルトを砕き、何重にも折り重なるように広がっていく。

 

「退去ォォォォォォ!!!」

 

 その叫びがいったい何人の耳に届き、そして実行されただろうか。アスファルトが、国道が、GTロードが()()()。車線と平行に何重ものひび割れが大地の裂け目に変わり、道沿いの家々が根こそぎ倒壊する。

 

 次の瞬間――――大地が()()()

 

 大尉は必死に視線を泳がせる。小銃を捕まえようとする者、空に手を伸ばす者。誰もが重力に引かれて落ちてゆく。こんな場所に爆薬を設置した覚えはないし、そもそも岩と金属の塊であるはずのこの地球でいきなり大穴が開くなんてあり得ない。

 

 となれば、犯人はただ一人に絞られた。それが()()()()()()

 

 それはこれまで見てきた幾多の中でも、とびきりに大きな獲物。思えば首都死守を謳った精鋭達を砕き、この国を絶望のどん底に落とし込んだのはこのような巨大な奴ではなかっただろうか。

 

 ()()()。確かにそう感じた。冗談のような緩慢さで重力が瓦礫や部下を引きずり込む向こう側でアレが笑ったのだ。土に埋まって全貌が見通せない程に大きく、あざ笑うかのように赤い光を纏っていた。

 

 そうか、貴様か。この国を蹂躙し、孫を奪い、娘をすり潰し、妻を引き裂いたのは、貴様か――――

 

「――――ネウロイ!!!」

 

 意識が吸い込まれる間際、大尉は祖国の敵に向けてそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かだ。

 

 それがひとみの思った最初の感想だった。風切り音だけが響いている。静かすぎて耳鳴りがしているような感覚に陥る。息が白く曇った。ポッドの電熱ヒーターが投下されたことにより切れたのだ。

 

 体が冷えていく。それで思い出したように保護魔法を展開。ひとみはそのまま機体が揺れるに任せる。

 

 作戦自体はシンプルだ。インディア帝国軍が進行できる領空限界まで飛び、高高度からウィッチ輸送用のポッドを投下、滑空させつつウルディスタンに突入させる。あとは現場の様子を確認し、()()()()()()相手を撃滅する。それだけだ。

 

 投下されたポッドが格納されていた細い板のような翼を展開した。希薄な空気をつかみ、安定した姿勢で高速で滑空を開始する。気流のせいで細かく機体が揺れる。

 

《米川、降下の衝撃で死んでないでしょうね》

 

「はい、大丈夫ですっ!」

 

《予定通りポリシーラー中尉が先に展開した》

 

《Покрышкин》

 

《無線チェック協力どうも、ポストメン中尉》

 

《Покрышкин》

 

 のぞみは通常運転。気負わない声に勇気づけられた気がした。

 

《私達はこのまま降下。酸素マスクが切れる前に保護魔法だけ展開しておきなさいよ》

 

「既に展開済みです!」

 

《上等》

 

 高度計がぐんぐん下がっていく。WA2000の吊り紐(スリング)をたすき掛けにしてしっかりと提げる。酸素マスクの残量計に注意しつつぐんぐん針が回る高度計を確認。

 

《ストリックス1、インディア陸軍の迫撃砲・戦車隊の管理システムを掌握。これでとりあえずインディア陸軍からのありがた迷惑(フレンドリーファイア)は来ない。カイトフライトは予定通り1万まで降下》

 

《待った。戦車隊の射程まで戦域が収まってるって事?》

 

《降下時にそこをかすめるだけ。車載ミサイル隊はとっくに制圧済み》

 

《つくづく恐ろしいわ、ポリアセタール中尉》

 

 コ―ニャの声は至極落ち着いている。気流の乱れが激しいのか大きく周囲が揺れた。高度4万3000を通過。保護魔法の展開も完了。

 

《カイトフライト、カイト・ワン。総員、戦術リンク、リンクスタート!》

 

 目元を護っていたグラスデバイスが起動する。視界に戦術情報がオーバーラップする。

 

《状況は最悪。避難民の後方に陸戦型ネウロイの群れだ。敵が七分に陸が三分って本当に使うときが来るとは思ってなかったよ。数を数えるのもばからしい。それに制空権を喪失。避難民の規模は……》

 

 のぞみのどこか愉しそうな声にコ―ニャが割り込んだ。

 

《最低で4万人規模。どうする?》

 

《どうするもこうするも、無視するのはあまりに人の道に悖るでしょう。目の前のネウロイを撃滅せよ。勲章の大盤振る舞いだ》

 

 のぞみがそう笑う。それを聞きながらひとみはWA2000のチャージングハンドルを引いた。初弾が送り込まれる。セーフティオン。グリップを一度全力で握り、力を抜く。

 

《さーて時間がないよ。減圧弁解放! 一気に突っ込もうか!》

 

 ひとみ、ポッドの壁につけられた操作盤のパネルを開き、中のボタンを押す。一瞬でポッドの中が白い霧のようなもので覆われた。減圧弁を開いたことで一気に気圧が下がり、気温も低下する。あっという間に空気は水蒸気を保持できなくなり、一瞬のうちに細かな氷の粒に変化したのだ。気圧の変化に耳が痛くなる。

 

《す、水蒸気が……!》

 

《なーにやってんのティティ。当然でしょうがっ!》

 

 レクシーの叱咤を聞いてひとみは苦笑い。ティティと同じ反応をしそうになっていたから言わなくてよかったという気持ちが浮かび――――苦笑い出来る余裕があることに気がついた。

 

 私は、まだ飛べる。

 

 そう思えた。まだ、飛べる。

 

《米川! 先に出ろ!》

 

「へっ!?」

 

 いきなりのぞみの命令が飛び出し慌てる。

 

《開幕の狼煙として中央のデカブツを叩く。このままじゃ降下より前にデカブツが地上友軍を食い尽くす》

 

 最前線で戦っている人がいる。そしていまその人達が、そこまで考えて、ひとみは首を横に振った。そんなことにはさせない。止めるんだ、そんなこと。そんなことさせてたまるか。

 

《コ―ニャ! 米川のサポート!》

 

《ん》

 

《米川は高度1万8000で先に展開。超長距離射撃を敢行せよ! あんたの狙撃だけが頼りだ、気張れ!》

 

「了解っ!」

 

 降下手順を早める。速度計を確認。マッハ数0.85。遷音域は下回った。展開可能だ。高度計確認、2万をまもなく、割る。

 

「のぞみ先輩」

 

《なによ》

 

 すぐに声が返ってくる。一人ではない。それを知って、左手が黒と黄色のストライプに塗装されたハンドルをつかむ。

 

「いきます」

 

《いってこい、米川》

 

 ポッドの解放ハンドルを一気に引いた。引き切って、左手を体に引き寄せる。数瞬の間を置いて、強烈な音が響いた。暗いポッドに強烈な日光が刺さった。

 

「――――――っ!」

 

 青い。青い空のなかを飛び抜ける。白い雲はまだ遙か彼方下のほう。群青というには薄い青だが、水色というには濃い青の中を飛ぶ。

 

 解放ハンドルが引かれた事で、ポッドのフレームのボルトが火薬によって吹き飛んだ。強烈な風圧によって、外装板が遙か後方に吹き飛ばされていく。

 

 同時に警報。速度超過警報が一気にバイザーに流れ込んできた。翼のひずみ計の枠が赤く光りながら現れた。空力限界ぎりぎりだ。A-10飛行脚は元々低空低速での地上型ネウロイ掃討を主目的として造られた機体だ。高高度からいきなりはじき飛ばされる事を想定しているわけではないのだ。それでも壊れないのは頑丈すぎると言われるほどの機体設計のおかげだろう。

 

「外部フレーム、切り離しますっ!」

 

 背中を戒めていたハーネスの紐を引ききる。緊急リリースの為のケーブルだ。ハーネスがものすごい勢いで後ろに飛び去った。フレームに固定されていた制動用のドラッグシュートが開いたのだ。これでひとみを戒めるものはなくなった。吊り紐(スリング)をたぐり寄せ、狙撃銃WA2000を両手に納める。

 

「マスターアーム・トゥ・オン! コ―ニャちゃん! インフォメーション!」

 

《転送開始》

 

 視界のバイザーに一気に流れてくる情報の洪水。それをひとみは目で追いながら、ターゲットの位置を確認。雲の向こう、直視することは叶わない。それでもコーニャが転送してきた情報がその輪郭を浮き彫りにした。

 

「全長340メートル!? 大きい……っ!」

 

《それでもコアを抜ければ問題ない。対象ネウロイの再生行動を検知。コアの位置の特定完了》

 

 その言葉の通り、ネウロイの1カ所にマーカーが設置された。そのマーカーに向け、スコープを覗き混む。スイッチ切り替え、倍率最大。

 

《狙撃距離は1万メートルをはるかに越える。いける?》

 

「わたしを、誰だと思ってるんですか?」

 

 そう言って、ため息。ついでに肩の力を抜く。レティクルの向こうにネウロイの姿を捉えた。左目のバイザーの情報と右目のサイトの視界がリンクする。

 

「……って言えればいいんだけど」

 

 姿勢が安定。エンジン始動用意よし。

 

《ひとみにそういうのは、似合わない》

 

「そうだね……っ!」

 

 火を入れる。一瞬だけ進路がぶれるが舵を当て、再度安定させる。速度を限界まで上げる。エンジン出力全開。速度を上げることで機体を安定させる。

 

《でも大丈夫。信じてるから》

 

 呼吸を整え、肩に狙撃銃を当てる。姿勢を整え、魔力を展開した。イメージするのは、一本の線。それが相手を繋ぐ事をイメージし、その上を最速で弾を走らせるイメージを持つ。

 

 

 わたしは、ひとりじゃない。

 

「カイト・ツー、米川ひとみ」

 

 相手は雲の向こう。薄い雲の向こうで電子の影がゆっくりと動いている。ソレを捉えた。スコープと、バイザーの情報が完全に一致。十字の交点の向こうにコアを捉えた。魔力レール形成。ひとみの能力ならば風も重力も関係ない。

 

 ひとりじゃない。みんながついている。だからみんなのために、わたしは飛ぶ。

 

「これより、支援を開始します!」

 

 威勢のいい言葉とは裏腹に、その引き金は静かに音も無くゆっくりと押し込まれた。

 

 そして、それが放たれる。音速を遙かに超え、銃口と対象を一本の白い光で繋いだ。

 

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