ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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いんたーばるっ!参
インド洋 2017


 一日中甲板を焼き続けた太陽がインド洋へと沈んでいく。残された赤色が海に散りばめられて、藍色をベタ塗りされた空という名のカンバスにいくつかの星が浮かび上がっていた。

 

 そんな凪ぎの空にまっすぐ、紫煙が緩く上がっていく。それは空からの重力に惹かれる、やがては暴風にかき乱される一本の糸。それはやがて二本に増え、最後には消えてなくなる。

 

 霧堂明日菜はすっかり短くなってしまった棒きれを耐熱加工の施された携帯タバコ皿に入れ、空を仰いだ。

 

「そういえば石川、アンタ……いつから煙草を始めたんだい?」

 

「……たしか、5年位前だったかな」

 

「へぇ、ちゃんと大人になってから始めたんだ」

 

 感心したように霧堂は言って、手すりに顎を預けた。

 

「ま、ほどほどにしときなよ」

 

「部下の前でもスパスパしてた貴様に言われたくないな」

 

「いーじゃんか。少しぐらいは」

 

 霧堂はそういってどこか寂しそうに笑った。舌に絡みつくのは、タールよりも重くて粘っこい、過去の残滓。

 ようやく吐き出した息は、辛うじて言葉になった。

 

「そういえばね」

 

「どうした」

 

「オーちゃんから伝言があったんだった」

 

 霧堂の言葉に驚いたような表情をみせる石川。

 

「マクファーレン中尉……少佐から、か」

 

「『貴女の味方になれなくて、ごめんなさい』……だってさ」

 

 その言葉を聞いて石川は目を伏せた。

 

「……マクファーレン中尉は、いつまでたっても……なんというか、いらないところで気を回しすぎだ」

 

「先輩面するなって?」

 

 霧堂がそう言って力なく笑った。それから続ける。

 

「もう私達の方が上官だ」

 

「貴様は前から上官だったろう」

 

「あれは適性の話だよ。私の方が部隊長向きだった。それだけ」

 

 そう言って霧堂はケラケラと笑う。今度は綺麗に笑えた。

 

「あの子は、武国(ブリタニア)の貴族だったそうだよ。いろんな期待を背負って、役割を背負って、それでも自由に飛びたかったらしい。家族の反対を押し切って、招集に応じた」

 

「……先輩らしいといえば、らしいか」

 

「本当にね……」

 

 霧堂の脳裏からあの小麦畑の三つ編みが消えることはない。それは石川も同じだろう。ただそれでも、霧堂の網膜に纏わり付いて離れないのはあの日の、あの最後に見せた彼女の姿だ。

 アレは、あの解けた小麦畑は、本当に彼女の本心だったのだろうか。

 

「石川」

 

「なんだ」

 

「すまなかった」

 

 石川は、霧堂の方を見なかった。見なくてもどんな顔をしているか理解していた。見る必要などなかった。分かっているから、霧堂は続ける。

 

 

「君の才能を潰したのは、私だ」

 

 

 石川桜花、その公認撃墜数はたったの4機。索敵専門のウィッチとして空を飛び続け、索敵をしては後方のウィッチを誘導し、その撃破を見守り続けた彼女は未だ、エースを名乗ることは許されていない。

 

「……謝罪を受け取るつもりはありませんよ、霧堂()()

 

 石川はそう言って小さく笑った。つられるように、霧堂も笑みを浮かべてみせた。

 

「よしてくれよ()()殿()、もう私はウィッチではいられなくなったんだから」

 

 霧堂明日菜はそうおどけて、手すりに背中を預けた。再び空を仰ぐようにして見た先には加賀のマストがあった。今の彼女は加賀の艦長。それ以上でも、それ以下でもない。

 

「そういえばさくらちゃんの初任務(しょじょ)は加賀の護衛で中東入りだったか。なつかしいよ。もうあれから14年だ」

 

「その言い方はなんとかならんのか」

 

「いーじゃん、ちっちゃい子たちはまだ下なんだからさ」

 

 ケラケラと笑った霧堂は視線を足下に戻す。

 

「あーあ、しらけちゃったね。まぁいいや。中東に入れば本当に調子が崩れる」

 

 そういったタイミングで、ドタバタとした足音が上がってくる。

 

「おや、何かトラブルかな?」

 

「艦長っ!」

 

 飛び込んで来たのは男性士官。作業服に略帽を被った砲雷長。

 

「おや、どうしたキクチン。鳩が豆食ってポーみたいな顔して」

 

「なんですかその鳩……じゃなくてですね。緊急事態です」

 

 菊池は霧堂に向かって真面目くさって口を開く。

 

「ハンガーデッキの電源を喪失しました。原因不明です」

 

「……はいっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 時間は幾分遡る。

 

「とりあえず、これで一通りアルファベットは書けるようになったわね」

 

 疲れ切った顔でそう言ったのはカイトワン、大村のぞみである。目の前にはそれ以上に疲れ切った表情を見せるウルム・パフシュ・シャイーフ軍曹とすでに机に崩れ落ちているナシーム・パルヴィーン軍曹である。

 

「左から書くなんて、訳がわかりません……普通右からでしょう」

 

「言っとくけどねパルヴィーン軍曹、右から横書きするのはウルディスタンとインディアとあとオストマンあたりだけだからね?」

 

「ならば、唯一神(アッラーフ)の教えを広め、神がお許しになれた言語を知らしめればよいのです。そうすればアルファベットなんて使わずに済むのです」

 

「うわ、自分の苦手を宗教弾圧(ごりおし)で解決しようとしてるよ」

 

 のぞみが苦笑いを浮かべる。それにムッとしながらナシームは口を開く。

 

「ジャーパーンだって右から書くってヨネカワ少尉殿から聞きました。この聖戦に大村少尉殿も参加できるのではありませんか?」

 

「勝手に聖戦にしたら神様に怒られないのそれ? もっとも、扶桑は縦書きだけどね。興味ある? ひらがなとカタカナで100種、漢字2,000種をとりあえず覚えようか」

 

 喰らえ大村流国語教育術! 大きく振りかぶって拳を突き出すのぞみ。当たるはずもない言霊(こぶし)を受けてナシームは見事に仰け反り、それから力尽きたように再び突っ伏せた。

 

「何でそんなに多いんですかホントに!」

 

 伏せたままバンバンと机を叩くナシームに勝ち誇ったように高笑いを響かせるのぞみ。

 

「世界有数の豊かな文化のおかげだ! 甘く見るなよ!」

 

 姦しい二人の横で苦笑いを浮かべたのがルクサーナ A/P アラン少尉である。

 

「でも、これでやっとゴーグルの表示の意味が分かってきました。……私の英語、合ってますか?」

 

「合ってますよ。大分英語の発音も良くなってきましたね」

 

 ティティがそう言って三人にグラス入りのお水を配る。横で苦笑いを浮かべるのはひとみだ。手元には分厚い参考書が抱えられている。

 

「あの、なんでわたしまで講師枠なんですか?」

 

 それに腕組みして応えるのはのぞみである。

 

「人に教えることで初めて真の語学力が身につくというもの、あとはナシームの指名」

 

「米川少尉殿は優しいでありますから」

 

 いきなりナシームが割り込んで、それも格式高いブリタニア語で割り込んできたのだからひとみは苦笑いを続けるしかない。指名されるのはともかく、優しいというだけで講師としての働きを期待されても困るというものだ。

 

「あんまりわたしも自信ないんですけど……」

 

「そんなことありません!」

 

「そ、そんなこと……」

 

「米川ッ!」

 

 次の瞬間割り込んだのはのぞみの一喝。

 

「は、はいっ!」

 

「おどおどしないの見苦しい! 扶桑の武士(もののふ)たるもの潔く散れっ!」

 

「散るの前提ですかっ!?」

 

 ひとみが全力で抗議するが、のぞみは反応に飽きたのか無視。テーブルを見回して、生徒の数が一人足りないことに気がついた。

 

「あれ? ウルムは?」

 

「ウルムならテーブルの足下で、クッター(کتّا‬)と戯れています」

 

 ナシームがそう言う。のぞみが足下を覗き込む。

 そこに居たのは、いつかのぞみとひとみが助けた犬……ゆうさくの姿があった。

 

「クッターって犬の事か。ウルム、本当にゆうさくに好かれたわね」

 

「授業中もずっと足下に張り付いてましたもんね……」

 

 ティティがそういうと、ゆうさくはもっそりと動いてティティの方を見た。そしてとたんに興味を失ったかのようにウルムの方に顔を寄せる。

 

「でも、ここまで好かれるとウルムがうらやましいかな」

 

 ティティの声に一瞬きょとんとした顔をしたウルムだったが、すぐに満開の笑顔になる。

 

「はい、この子かわいいです。ずっと私にいるんですよ」

 

「そういうときは(at)じゃなくてそばに(by)ね。アンタと同じ座標にいるとか融合してるわよそれ。それにこの子は男の子。He is always by my side. がいいかな」

 

 律儀に添削しながらのぞみ。加賀に来てから栄養状態も良くなったのか、かなり体格も良くなったゆうさくにウルムが顔を埋めるようにして目を細めていた。

 

「この子、石川大佐ぐらいにしか懐かなかったのにねぇ。珍しいもんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「アンタみたいに枕にさせてもらえるなんてこと無いわよ、ウルム。軍用犬並みのしつけはしてあるから、噛んだり吠えたりはないけど、それでもプライドは高いんだから」

 

「そんなことないよねー、ユゥーサック」

 

 ゆうさくに顔を舐められて嬉しそうなウルム。

 

「ま、とりあえず今日はこれくらいにしときましょうか。それじゃ解散。ウルディスタン組は明日は簡単な日常英会話の書き取りやるわよ。聞き取りや発音は大分できてるから、発音と綴りが合致していけばあっという間よ。性根入れて短期間で終わらせようね」

 

「明日もこれが続くのね……」

 

 ナシームは既に限界が近そうだ。その彼女に既にブートキャンプ経験済みの米川ひとみは乾いた笑みを送ることしかできない。

 

「はいっ! 大村少尉殿」

 

 ウルムが右手を挙げて声をかければ、のぞみは腰に手を当て胸を反らす。

 

「なんだね、ウルム・パフシュ・シャイーフ軍曹、発言を許可する」

 

「ユゥーサックを散歩に連れ出していいですか!」

 

 その質問に、のぞみは姿勢を変えることなく――つまり胸を反らしながら――答える。

 

「許可するが、貴官の立ち入りが許可されている範囲に限る。すでに外は日が暮れてるから外には出ないように。ハンガーならちょうど良いだろう」

 

「ありがとうございます!」

 

 いこっ! ユゥーサック! と、自分の腰ほどもある高さの犬を引き連れてウルムが出て行く。

 

「あそこまで素直だとかわいいねぇ。そう思わない? 米川」

 

「えっと……」

 

「それに比べて、ゆ め か ?」

 

「夢華ならとっくに寝てる」

 

 部屋の隅で眠そうな顔でそう言ったのは、コ―ニャ。あまりにも読めない字で報告書を書き上げる高夢華少尉にもこの際書き取りを叩き込もうと思ったのだが、本人はどうにもこの調子らしい。

 

「知ってた。ゆめかももう少しかわいげがあればねぇ」

 

「のぞみ、本人に言ったら、怒られる」

 

「まぁそうだろうねぇ、それを見越して寝たふりだもんねぇ、ゆ め か ?」

 

 ビクン、と夢華の体が跳ねた。

 

「……そんなにあたしとやり合いたいでごぜーますか……!」

 

「あん? アンタのキャリアアップと昇給のためにも講座を開講してるっていうのに、その口の利き方はなんなのかなー?」

 

「モンファつってんでしょーが、ダーツォン」

 

「大村だよ。せっかくのスキルアップのチャンスを()()にしたゆめかちゃんにはすこーしばかりお節介を焼こうかなと思ってね。その怠けきった性根が根腐れを起こす前に荒療治をしてしんぜよう」

 

「やれるモンならやってみろ。背の割にちっちゃいおっぱい!」

 

「あ゛ぁ゛ん?」

 

 のぞみの顔に青筋が浮かび上がる。

 

「大村家が長女、大村のぞみに向かって良い度胸だ小娘。二度と(おか)を踏めると思うなよ……」

 

 ゆらりと夢華の方に寄っていく、それを見て焦り始めたのはナシームである。

 

「だ、大丈夫なんですかこれ……? 高少尉殿も大村少尉殿も接近戦闘のプロなんじゃ……」

 

「大丈夫だよー?」

 

 あっけらかんと言ってのけたのはティティである。ひとみも横で頷く。

 

「ふたりとも仲良しだから」

 

「「だれがこんなやつと!」」

 

 ね? とティティが茶目っ気たっぷりにウィンク。

 

「とはいえ、あんまり暴れるのはダメですよ。お掃除大変です」

 

「それに、周りを巻き込まないようにしてくださいね」

 

「……デカパイとチビがお姉さんぶってるの見ると」

 

「なんか苛つくわね……」

 

 妙な連帯感を醸し出してる夢華とのぞみ(もんだいじふたり)ひとみたち(がいや)を気にしながらにらみ合う。

 

「えぇい、もうめんどくさい! とりあえず夢華! そこに直れ――――っ!」

 

 そう言って右手を振り上げたとたん――――部屋が真っ暗になった。

 

「きゃぁっ!」

 

「へっ?」

 

「なに!?」

 

 暗闇の中で怒号のような悲鳴が飛び交う。

 一番初めに悲鳴が怒号に変わったのは、やはりというか夢華であった。

 

「ダーツォン! 本格的になにやらかしてやがりますか!」

 

「まってまってまって! 私じゃない! 今回ばかりは私じゃないっ!」

 

「ひ、ひとみちゃん……!」

 

「ティティちゃん、く、苦しい……!」

 

「とりあえず明かり! 全電源落ちてやがりますか!?」

 

 夢華の声のタイミング、部屋が仄明るく光った。

 

「やっとあかるくなりやがり……て、えぇぇええええええっ!?」

 

「うきゃぁっ!」

 

 驚いた顔で絶叫する夢華。とっさにしがみつかれたのぞみが素っ頓狂な声を上げる。

 ティティに鯖折りされて息も絶え絶えのひとみだったが、その異様な光景には言葉をかけざるを得ない。

 

「る、るーちゃん……? な、なんで光ってるの……?」

 

 その質問を受けたルクサーナは、どこか迷いがちに答えた。

 

「……明かりって、言われたから……」

 

「い、いや。そうなんだけどさ」

 

 そういうことじゃなくてね、と言ったのは、面白いぐらいに震えている夢華を背中に貼り付けたのぞみである。

 

「なんでルクサーナの顔とか髪とか、とにかく全身が光ってるのかって話よ」

 

「えっと、私の、……体質?」

 

 こてんと首を傾げたらしく光源がコテンと横に傾ぐ。電球色とでも言うのだろうか、黄色がかった光りが、ルクサーナを中心に全方位に柔らかくばらまかれている。金箔貼りの大仏とか光ったらこんな感じなのかな、など考え始めたあたりで、のぞみは思考を放棄した。

 

「それ、ルクサーナの固有魔法なんです」

 

 そう言ったのはナシームだった。それを聞いたひとみが首を傾げた。

 

「るーちゃんの魔法って、あれだよね? シールドでビーム反射するの」

 

「そうなんですけど、あれはこの能力の応用で、ルクサーナは自分に向かって放たれた光を好きな方向に曲げたり、弱くしたり強くしたりできるんです」

 

「だ、だから斬新なルームライトみたいになるわけか……」

 

 そんなことを困惑した顔でいうのぞみ。そのころになって予備電源に切り替わったのか、赤い常夜灯が灯る。ルクサーナ、消灯。

 

「と、とりあえずなんだったんでしょうか……」

 

 なんとか解放してもらえたひとみがそう聞くが、答えを持っている人は居ない。のぞみは一応部屋のスイッチを弄っている。

 

「部屋の電気がつかないとなると、電気系統のトラブル、か。ポチョムキン中尉」

 

「Покрышкин」

 

 そう言いつつも、眠そうな顔のまま、コ―ニャの頭の上に魔力光が現れる。ヘラジカの角のように伸びる光の針はコ―ニャの魔法の象徴だ。コーニャの能力を持ってすれば、二万トンの強襲揚陸艦である加賀のあらゆる配電盤から火器管制システムまでも掌握できるのである。

 やがて魔力光が消えると、コーニャは言った。

 

「……電力自体が落ちてる、ギャラリーデッキは復旧が進んでる。もうすぐここも……ん」

 

 コ―ニャの声にかぶるようにして、パッと電気が灯った。

 

「眩しい……」

 

「とりあえずは大丈夫、か」

 

「そうでもない」

 

 そう言ってコ―ニャが立った。

 

「というと?」

 

「ハンガーデッキだけ応答がない。全システム落ちている」

 

「はぁっ!?」

 

 のぞみが勢いよく聞き返す。

 

「侵入者の可能性は?」

 

「現状不明」

 

「あんたが入れないってことは、電子システムが落ちてるか」

 

「だから、そう言っている」

 

 コ―ニャの声にのぞみは深呼吸一つ。

 

「総員、警戒態勢! 飛行脚を確保する。夢華、勝負は後だ。とりあえず虎の子をとられるわけにはいかない」

 

「へいへい。何時だってタイミングが悪いでやがります」

 

 のぞみが出て行く。のぞみが腰に差したホルスタから拳銃を引き抜くのが見えた。

 

「米川」

 

「はい!」

 

「ナシームの護衛について。あとの面々は自分で身は守れるわね」

 

「わ、わたしだってウィッチです! 米川少尉殿のお手を煩わせるわけには……!」

 

 腕を胸の前で振って、頑張れる事をアピールするナシームを横目で見たのぞみが絶対零度の声で告げる。

 

「訂正、米川はナシームとルクサーナの保護。ハンガーデッキから応答がないということは、ハンガーデッキでなにかがあった可能性が高い」

 

「えっと、それがどういう……」

 

 要領を得ないひとみの困惑した声にため息をついたのぞみ。

 

「わからない? ゆうさくとウルム、どこ行った?」

 

「ウルムちゃんですか? ゆうさくを散歩に……あっ!」

 

 頭の中に浮かんだのは、数分前ののぞみの声。散歩に連れて行って良いかと聞いたウルムに対しての言葉。

 

 

――――許可するが、貴官の立ち入りが許可されている範囲に限る。すでに外は日が暮れてるから外には出ないように。ハンガーならちょうど良いだろう。

 

 

「ナシーム、ルクサーナ。ついてくるなとは言わないけど、ついてくるならウルムがどんな状態になってても取り乱さない覚悟を決めてから来なさい。最悪の場合、もう殺されている可能性すらある」

 

 のぞみはそう言って拳銃を構えながら進む。ラッタルの手前まで来て、のぞみが足を止めた。片手をあげて停止の合図。

 

「夢華」

 

「こーゆー時だけ名前ちゃんと呼ぶのは止めやがりください」

 

 そう言って夢華はポケットから取り出した拳銃に弾倉を叩き込み、右手一本で前に雑に向ける。淡い魔力光の後、彼女にクマタカの羽が生える。

 

「見えるか?」

 

「なにも」

 

 それを聞いてラッタルを下りようとしたのぞみ。手を横に伸ばした夢華が通せんぼした。

 

「アンタの図体じゃバックアップできねーであります」

 

 それだけ言って夢華はゆっくりラッタルを下りていく。足音を消すようにゆっくりと下りていく。

 

「来やがれください」

 

 一通り危険は無いようだ。殿にコ―ニャがついて皆で手早く階段を下りる。

 

「なんか、変に涼しくない?」

 

 のぞみの声に鼻を鳴らす夢華。

 

「喉の奥に張り付きそうな空気ですだよ」

 

 そう言ってから夢華は通路の奥に目をこらした。

 

「味方でやがります!」

 

 そう声を張る夢華。懐中電灯の明かりが飛び込んで来て、のぞみたちはとっさに目を守る。

 

「大村少尉! 皆さんご無事でしたか」

 

 そう言って飛び込んで来たのは左雨伍長だった。防弾チョッキに小銃、フラッシュライト……ひとみのストライカー整備員とは思えないほどのフル装備である。

 

「左雨さん! 何があったんですか?」

 

「分かりません。いきなり電力がショートしたので、確認したらヒューズが飛んでいました。どこかで漏電が起きたのだとは思いますが、念のため」

 

 そう言って左雨は小銃を揺らした。その銃先が向けられるのは侵入者。加賀の乗員たちものぞみと同じ結論を出していたらしい。

 

「それで、問題があるとしたら……」

 

「この格納庫の奥、ってわけね?」

 

 のぞみがそう言って親指で扉を示した。半分ロックがかかって止まった隔壁、普通の加賀乗組員なら、完全にロックする。

 

「何者かがここに入った、もしくは出て行った」

 

 のぞみの頭に犬の耳が現れる。シールドを張りながら隔壁に近づいた。そのまま隔壁の操作ハンドルに手をかけた。

 

「夢華から突入。伍長はその背中を守って」

 

「お守りはいらねーですがね」

 

「そういうわけにもいきませんので」

 

 二人が銃を構える。ドアを開けると同時に突入する態勢だ。

 

 そして、のぞみが一気にドアを開け放った。同時に二人が突入。のぞみもつづいて駆け込んだ。

 

「寒っ!」

 

 夢華の声が響く。ひとみたちもその後に続いて入り――――。

 

「あたっ!」

 

 思いっきりずっこけたひとみの頬にひんやりとしたものが触れた。

 

「つ、つめた……なにこれ……!」

 

「薄い氷が張ってやがる」

 

 どこまで広がっているのだろう。ライトの照らす先はどこもかしこも氷という有様であった。いったい何があったというのか。

 その時ふいにカラン、という音がして左雨と夢華が同時に銃を音の方に向けた。左雨のフラッシュライトがその先を照らす。

 

「う、撃たないでください。た、たすけて……!」

 

 その真ん中でボロボロと涙を流しながら、必死に氷を叩く子どもの姿を認め、のぞみが目を見開く。

 

「な、なんでアンタこんなことに!」

 

「わかんないけど! とりあえず足が痛いです……!」

 

 腰から下を氷漬けにされたウルムに慌てて駆け寄るのぞみ。その後ろから駆け寄ろうとしたナシームやルクサーナが凍りに足を取られて動けなくなる。

 

 その合間にものぞみがストライカーユニットのケースにとりつく。携行品のセットが仕舞われているスペースを無理矢理開け、エマージェンシーキットを取り出す。とりあえず体温の保温が最優先だ。非常用のアルミブランケットを取り出し、ウルムの肩にかぶせた。

 

「とりあえず上半身だけでも保温!」

 

「ど、どうして格納庫が氷漬けに……」

 

「ティティ、考察は後! 人命優先!」

 

 のぞみが叫びながらウルムの様子を確認する。ひとみはオロオロするばかりだ。

 

「まだ体温下がりきってないね。上々上々」

 

 のぞみはそう言って周囲に目を走らせる。

 

「とりあえず氷溶かせそうな物ない?」

 

「動かせそうなもの、ほとんど凍り付いちゃってますよ!?」

 

「泣き言言わない米川! 炎熱変換系のウィッチがいれば一発なのに……!」

 

「はい!」

 

「ティティはダメ! 加賀が沈む!」

 

 ティティが不満げに頬を膨らませる。

 

「わ、わたしだってちゃんと制御してできますよぅ……」

 

「いろんなトラウマがありすぎるからダメ!」

 

 そんな状況で必死に頭を回し続けるのぞみ。

 

「熱があれば……バーナーは、ウルムごと焼き切れるわね。却下。ヒーターは電力が回復しないとだし、待ってられないか。体温だとこっちが持たないし、とりあえず……私がたたき割るのが一番か!」

 

 のぞみに犬耳が生える。

 

「氷には抵抗するで! KO☆BU☆SHI☆DE!」

「ひぃっ!」

 

 思いっきり振りかぶった拳が高速で落ちてきて、とっさにウルムが肩をすくめて頭を守る。腰の横に叩き付けられたのぞみの拳が氷を白く変化させる。細かいヒビが入ったのだ。

 

「パラケルスス中尉!」

 

「Покрышкин」

 

 のぞみの呼びかけにコ―ニャが応える。

 

「人払いお願い。左雨伍長! 出てけ!」

 

「はいっ!?」

 

 いきなりの戦力外通告に左雨伍長が目を剥く。

 

「ウルムのズボンだけを残して引っこ抜けばたぶんいける! ロリコンだと証明したい!?」

 

 ムスリマの素足を異性に晒させるのはさすがに酷だ。全力疾走で左雨伍長がハンガーを飛びだしていく。それを目の端で確認して、のぞみはウルムの脇に手を回した。

 

「せーの!」

 

 そのまま氷からウルムを引っ張り出す。長いズボンのおかげで氷で足にヤスリかけというのを避けられたせいか大分楽に引き抜くことができたのか、ずるりという雰囲気でウルムの体がすっぽ抜ける。氷に彼女の長さがズボンが脱け殻のように残されているが、とりあえずは無事脱出だ。

 

「よし! ブランケットで体隠してあげて。……ん?」

 

 晒された素肌を隠すようにひとみがスペースブランケットを巻こうとして気がついた。

 

「……しっぽ?」

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはー、そうか、結論はウルムちゃんの暴走ってわけだ!」

 

 艦長室であっけらかんと笑って見せたのは霧堂艦長その人である。目の前で恐縮しきりなのは騒動の中心だったウルムだ。使い魔のしっぽに対応できる服を持っていないため、とりあえず間にあわせで作ったくるぶし丈の腰巻きで腰から下を隠している。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いいよ、謝らなくて。まぁ仕方ないよ。トレーニング前だもん。いきなり使い魔でパワーアップしても扱いきれないって」

 

 騒動の理由は至極単純。ゆうさくを散歩させにウルムがハンガーに訪れたタイミングで、ゆうさくがいきなりウルムにタックル。使い魔として融合を果たしたのだ。それに驚いたウルムの魔力が暴走し、顕現した固有魔法が制限無しで大暴走し、ハンガー内の水蒸気を全て氷の結晶に変えた。

 

「それで、壁を走っていた電線の周りに霜が降りて、ブレーカーを落とし続けた。反応がないはずだよ。電気を通す度に漏電ブレーカーが作動するんだもん」

 

「俺の監督不届きだった。申し訳ない」

 

「石川大佐に予期できる可能性はなかった。それにゆうさくが懐いていたとはいえ、まさか使い魔の適合者が現れるとはかなりの奇跡だろう。ただの事故だし、いまは一人のウィッチの誕生を祝おうじゃないか」

 

 そう言って霧堂艦長は笑った。

 

「そうとはいってられないんですけどね。ハンガー周りは今砲雷科全員で霜取りと除湿の作業中です」

 

「キクチン、さすがに空気読もうか。ちびっ子を虐める趣味はないでしょう?」

 

 霧堂艦長はくるりと椅子を回してそういった。報告のために立っていた菊池砲雷長を見る。笑みはいつも通りだが、目は笑っていない。

 

「……失礼しました」

 

「よろしい。でも、確かに問題が皆無とは言わない。元々ストライカーは高高度の低温でも作動するように作られているからいいとして、スターターやキャニスターは極地対応品じゃなかったからね。いま皆が必死こいて整備中だ。そっちの報告は、加藤ちゃんから来てる?」

 

「とりあえず明日の午後までに、最低限の物を動かせるようにすると言われております」

 

「ん、なら問題ないね。セイロン入港中で助かった」

 

「ごめんなさい……」

 

「だからウルムちゃんは悪くないよ? というより穏便な方だし、これ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「いろいろあるんだよー。使い魔と契約した直後に訳が分からないまま魔法使って大変なことになるの。納屋をまるごと焼き払ったとか、サッカーボールを蹴ったら高度3,000メートルまで蹴り上げてUFO騒ぎとか、大会の最中に百メートル走を0.28秒で走りきって世界新記録とか。最後のやつのパターンだと本人もただじゃ済まないし。君がちゃんと生きていられるレベルの事故で助かった」

 

 艦長の椅子から降りて、霧堂艦長はウルムの前まで来ると、しゃがみ込んでウルムと視線を合わせた。

 

「だからいいんだよ、泣かなくて」

 

 そう言って親指でウルムの頬を撫でた。優しい手つきで涙の跡を拭う。

 

「さぁ、魔女の誕生を祝って宴でも開かないとね」

 

「うたげ……?」

 

「パーティーのことさ。断食明けの犠牲祭(イード・アル=アドハー)みたいに盛大にいこう。魔女の祭りだ。せっかくだから魔女のお鍋にしましょうか」

 

「魔女の鍋って……?」

 

「毒ヒキガエルにハリネズミの目玉、かえるのつま先、 こうもりのうぶ毛、 蛇の割れ舌その毒牙、その他諸々黒々とした物をぐつぐつ煮える鍋で煮詰めて作るのさ」

 

「そ、そんな鍋があるんですか……っ?」

 

 戦いた顔のウルムに笑って見せる。

 

「冗談冗談。マクベスではあるけどさ。では姫のために……ヒキガエルの代わりに人参を、ハリネズミの代わりにゴボウを、かえるとこうもりの代わりにお肉を少し。蛇の代わりにニンニクをひとかけら入れて、おいしいスープを作りましょう」

 

 そう言って立ち上がった霧堂艦長はウルムの肩をそっと押して、回れ右をさせると、背中をトンと押した。

 

「さ、元気な顔を見せておいで。きっとみんな心配してるから」

 

「――――はいっ!」

 

 そういってヒジャブを揺らして艦長室を出て行くウルムを見送って、霧堂艦長は笑った。

 

「なぁ、石川」

 

「なんだい?」

 

「こんな私を笑うかい?」

 

「まさか、笑えるはずがない、俺たちをな」

 

 石川はそう言って肩をすくめた。

 

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