「ドキドキ! ウィッチだらけのぉぉぉぉぉぉ!」
「……お料理対決、でいやがります」
ものすごいハイテンションっぷりを発揮して普段からは想像もつかないコーニャと、「私は完全につき合わされているだけで、望んでここにいるわけではありません」オーラを全開にしている夢華によるタイトルコール。
わずかに時間が空いてからまばらな拍手。通常におけるローテンションなコーニャを見ているだけの人間からすれば当然ともいえる混乱だったからだろうか。
「ええっと、これはどういうことでしょう……?」
混乱が隠しきれていないルクサーナ。当然の反応だとひとみは思う。気づけば食べ歩き観光が恒例になり、ひとみに先々で何かを買わせる。かと思いきや砂浜で固有魔法も容赦なく使う水かけ合戦が展開される。挙句の果てには酔ったウィッチが大暴れして瑞鶴ジャーなるものが現れたり。
こんなことが起こるのは203だけのもの。それを知らなければ困惑するのは至極当然の反応だ。
と、ひとみは思っている。少なくともこんな騒動がどの部隊でも起こるようなことはないはず。
「ほら、さっさと話を進めるでごぜーますよ」
「ルール説明! おいしい料理を作る。以上ッ!」
「THE・雑!」
コーニャによって為されたあまりにも簡略化したルール説明にのぞみがつっこむ。大まかな主旨そのものはあっているとはいえ、それにしては省略しすぎだ。
「というか微妙にタイトルセンスが古いね、ポラロイド中尉」
.
「Покрышкин」
「先輩、ポラロイドも古いと思うんですけど」
そんなひとみのつっこみはスルー。いつものことなのでもう諦めたひとみは流れに任せることにした。止めてもしばらくは続くのだから、しばらくは話させておこう。
だからコーニャの隣でどうにかしろ、とアイコンタクトを送ってくる夢華はひとみには見えないのだ。見えないったら見えない。
「いきなり食堂に呼び出されたと思ったらこれ、どういうわけ? こっちは休んでるってのに」
私はとても不機嫌です、と全身で訴えるレクシーがつかつかと食堂に現れる。その影に隠れるようにしてひとみのオアシスこと、ティティが顔を覗かせる。
「えっと、ひとまずは私は説明するね?」
「……ん」
不満タラタラであることは変わらないようだが、レクシーは聞く姿勢を作ってくれた。ここで帰る、などと言われたら引き止めたりするのが大変なので、よかったと胸を撫で下ろしながら食堂の椅子を引いて勧める。
「ありがと、ひとみちゃん」
律儀にお礼を言うティティと、椅子を傾けて座るレクシー。さすが心のオアシスは違うと思いながらひとみも腰を下ろす。
「なんかあんた失礼なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「か、考えてないよ! と、とりあえず説明しちゃうね。まあ、簡単に言うとお料理大会です」
「ひとみちゃん、はしょりすぎだよ……」
もうちょっと説明して、とティティがお願いする。確かに説明足らずだったかもしれない。さっきのコーニャの説明に引っ張られてしまったのかもしれない。
「簡単に言うと、ルクサーナちゃんの歓迎会かな」
「ああ、なるほど。でもなんで大会なの?」
「先輩がせっかくならウィッチ内でお料理上手を競おう! と言い始めてそれにコーニャちゃんが乗っかっちゃって……」
「ようはあのふたりの悪ノリね」
的確なことこの上ない一刀両断な指摘をするレクシーに苦笑いを浮かべるしかない。実際にその通りだからだ。先述の通り、のぞみがふざけてコーニャが悪ノリするというパターンは非常に多い。
「わ、私はいいと思いますよ! いろんな国のお料理が食べられますし」
「そう! ティティ、それが今回の目的よ!」
いつの間にかコーニャとの悪ノリ合戦が終わっていたらしいのぞみがびしっとティティを指差す。前触れなく名前を予想だにしていない方向から呼ばれたティティの肩が驚きでびくんと跳ねる。
「気づいていないかもしれないけどね、ここには扶桑に華僑、オラーシャ、アウストラリス、リベリオンにウルディスタンの人間がいる。実に国際色豊かだよ。まあ、これでこそ人類連合って感じになってきたわけだけど、ならこの豊かな文化に触れない手はないだろう、諸君!」
「あんたこんなこと勝手にやってどやされるわよ」
「ふふ、心配ご無用! 許可は取ってある!」
のぞみが自信満々にサムズアップ。直後にのぞみの懐から取り出される一枚の紙。
「これ、石川大佐の許可証ですか?」
「ついでに霧堂艦長の許可証もね。息抜きは大事だからってさ」
「息抜き、ですか……」
ついこの間にウルディスタンであんな戦闘があったばかりでいいのだろうか、とひとみは考えてしまう。血を血で洗う、なんて表現すら生易しく感じられるあのウルディスタンでまだ苦しんでいる人はいる。それなのに私ばかりが楽しんでしまっていいんだろうか。
「ま、そういうわけだからリラックスしつつ進めよう。とりあえず新入りのルクサーナは参加できそう?」
そんなひとみの抱える悩みなど気づいていないらしいのぞみはさっさと進行していく。名前を出されたルクサーナが自分自身を指差した。
「あ、私ですか? えっと、お料理はあんまり上手じゃないですけど……」
「いいの、いいの。楽しんでやることが目的だから。それとも料理したことない?」
「いえ、少しくらいは……」
ずいぶんと控えめにルクサーナは微笑みながら人差し指と親指の間を絞って『少し』のジェスチャー。だがひとみは知っている。こういう言い方をする人というのはたいていが結構な腕前だったりするのだ。
「じゃあとりあえず目玉のルクサーナに一番槍を任せようか。1時間でいい?」
「わかりました!」
ルクサーナが軽やかに厨房へと向かう。その様子でひとみはルクサーナは料理経験があることを察した。やったことがなければ緊張するに決まっている。それが他人に振舞うための料理であるのならなおさら。それが足取り軽やかなのだ。
そこそこに自信があるか、やったことがないから未知への挑戦にわくわくしているかの二択なのである。ちなみに未知への挑戦であった場合、とんでもない代物が出てくる可能性が高いということもここに加えておこう。
ひとみの観察眼が正しければルクサーナは前者だ。
そう、だよね? ルクサーナちゃん。
だんだんと不安になってきているが、口に出すのはさすがにちょっと失礼なので憚られる。今のひとみにできることは、ただルクサーナが上手だと信じて待ち続けるのみ。
「米川、顔に出てるから先に言っとくけど審査員は別に決まってるからね」
「そ、そうなんですか?」
「あったりまえ。あんたも参加すんのに審査員を兼任させちゃ公平性に欠くでしょ」
「ああ、やっぱり私も作るんですね」
薄々、というより初めからそうじゃないかと予感はしていた。具体的にはコーニャがノリノリでウィッチだらけのお料理対決! と銘打ったあたりから。ウィッチということはもちろん自分も含められるんだろうなあ、と。
なにしろウィッチだらけである。まさかルクサーナひとりだけをウィッチだらけなんて呼称するわけがない。それではただの誇張表現だ。
まあ、そうなれば複数名のウィッチが投入されることは予想できて、のぞみがひとみを放っておくわけではないはずで。
「ちなみに誰が参加なんですか」
「全員だけど?」
「ちょっと、私の意思は!?」
噛み付くレクシーをのぞみは華麗にスルー。強制参加、ということなのだろう。いつものことなのでひとみは慣れた。願わくばレクシーにも慣れる日が来ることを。
「先輩、全員が持ち時間を1時間でやったら日が暮れちゃいますよ」
「え? あー、うん。そうだね。どうしよっか……」
現在、203にはウィッチが石川大佐を除いて7人。石川大佐はさすがにのぞみでも動かすことはできないだろうことから、7人が参加することになる。
だが1人あたりの持ち時間が1時間ならば、7人いれば7時間。間に審査だのを挟みつつ、片付けまで含むと余裕で10時間コースだ。半日近くもかかるお料理大会はもはや息抜きではなくてただの拷問だ。作っていない間はじっと待たなければいけないのだから。
「んー、じゃあこうしよう。扶桑組、シンガポール組、その他組の3ペアに分けて、先に扶桑組とその他組、その後にシンガポール組で同時に厨房を使う。これなら3時間ちょいで片付くでしょ」
扶桑組というのは言うまでもなくのぞみとひとみ。シンガポール組とはシンガポールで加わったティティとレクシー。その他組は残り物のコーニャと夢華だ。
大人数の食事を用意する厨房はコンロの数も多い。2組くらいなら同時並行で料理できるだろう、とのぞみは考えた。
「さて、そうこうしているうちにルクサーナが完成間近っぽいよ? なんかスパイシーな匂いがしてきたし」
「そういえばそうですね……」
さんざんインディアで嗅いだ匂いだ。ひとみにはよくわからないが、きっといろんなスパイスが混ぜ合わさっているのだろう。いまいち判別としないのが残念だが、こちらの料理に詳しくないのだから仕方ない。
「お待たせしました。肉団子入りコフタカレーです。えっと、こちらふうに言うと煮込みハンバーグ、ですね」
「はんばーぐ……」
なんだか懐かしい響きだ。ここのところ食べたものはカレーばかり。コフタカレー、なんて聞いたことのない名前に『カレー』という単語が含まれていたような気がしたけれど、きっと空耳だ。そうに違いない。『コフタカ・レー』という名前の料理に決まっている。
そんな現実逃避をしたところでこの香りは言い訳や言い逃れのしようもなくカレーなのだが。
「プラスコーヴィヤ、進行よろしく」
「わかっ、た……。と、言うわけでぇ! 一番手のルクサーナを審査するのはぁぁぁ……この人こそが加賀のドン。加賀の名物艦長ことぉぉぉ……霧堂明日菜艦長だぁぁっ!」
「コーニャちゃん……」
あまりのテンションの落差についていけない。コーニャはそういう傾向がある、というより乗る時は徹底的に乗るタイプなのでわかってはいるのだが、時たまついていけない時もある。いきなり切り替えられた時などは特に。
「はいはーい。呼ばれて飛び出て明日菜さんだよーっと」
これまたいつも通りというべきか、スキップでもするかのような気軽さで霧堂艦長が現れる。のぞみが用意していたらしい審査員席に流れるような仕草で腰を落ち着ける。
「霧堂、貴様は相変わらず……。ここに座ればいいのか、大村?」
「はい。石川大佐も参加してくれてありがとうございます」
ちょっと以外だな、とひとみは思った。こういうイベントに霧堂艦長が参加するのはまだしも、石川大佐まで来るとは思わなかったのだ。
「意外だ、とでも考えている顔だな、米川」
「ふえっ? そ、そんなことありませんよ!」
この人は心の中を読む方法でもあるんだろうか。不意をつかれたひとみは慌てて取り繕うとしたせいか、素っ頓狂な声で応じてしまった。
「別に気にしなくていい。息抜きもたまには大事だと言ったら大村に参加してくれと言われたから来ただけだ。それにまあ、ちょうど飯時だからな」
「石川大佐は次なのでちょっと待っててください。とりあえず霧堂艦長、ルクサーナの料理の審判をお願いします!」
「あいあいー。んじゃ、いただきますか!」
「どうぞー?」
ルクサーナが霧堂艦長の前に深めの皿に盛られたコフタカレーを置いた。どこか嘗め回すような視線でルクサーナのどことは言わない部位をさりげなく見た霧堂艦長は隣の石川大佐から注がれる責めるような目線の銃撃を避けながらスプーンを手にとって口へ。
「んー、いいねこれ。肉団子がふわっとしてるのにジューシーで……で……」
頬をスプーンを持っていない手で押さえながら咀嚼していた霧堂艦長の動きが前触れなくぴたっと止まる。
そしてスプーンがぶるぶると微細に振動を始めた。
「おい、霧堂?」
明らかに様子がおかしい霧堂艦長に石川大佐が珍しく心配そうに覗き込む。一方でそんな石川大佐の気遣いも気づかないのか俯いたまま。
「か……はっ」
理解不能の音声を吐き出しながら霧堂艦長が顔を機械的にあげていく。
「ご、かはっ……こほはっ……」
「おい、霧堂! 大丈夫なのか、霧堂!」
「か、があああああああ! 辛いぃぃい!」
スプーンの落ちたカラン、という音。そして喉元を押さえて悶絶する霧堂艦長。床に倒れこんだかと思えばブリッジのように反り返り、かと思えばその姿勢のままで歩く。合間に「こあー!」とか「くあー!」とかおそらく人類には認識不能の言語を発しながら暴れまわる。
「なんだ、辛いだけか。心配して損したぞ、霧堂」
「ほんっとに辛いんだって桜花ちゃん!」
「だから名前で呼ぶなと……というか大袈裟だろう」
懐疑的な表情で石川大佐が自身のスプーンを手にとって霧堂艦長にサーブされた皿からスープがしっかりと絡んだ肉団子を掬い上げる。そのまま躊躇うことなく口へ運んだ。
「……大、村」
「はい?」
「水を」
「………はい」
のぞみによって手渡されたグラスの水を石川大佐が一気に飲み干す。それでも軽く咽てからようやく石川大佐は平静を取り戻した。
「とても……ああ、刺激的な料理だな」
「そんなにですか……?」
興味半分、怖さ半分でのぞみがちょっと断って少量を掬って食べる。シワを寄せていた眉間にじわりと汗の玉が滲み始めた。
「けほっ……あー、これは確かにきっついわ。ルクサーナ、これガラムマサラとショウガ?」
「はい、そうです!」
わかってくれたことが嬉しいのか両手の平を合わせて明るい表情でルクサーナがうなづいた。一方でのぞみは頭を抱えている。
「市販のじゃないよね、ガラムマサラは」
「よくわかりましたね! いつもカレーに入れてるガラムマサラの配合は私の特製なんです! ショウガもたっぷりいれました!」
「カイエンペッパー利きすぎてもはや兵器になってるけどね……」
のぞみがさらっと物騒なことを口にしたので、ひとみはまじまじとルクサーナが作ったコフタカレーなるカレー煮込みハンバーグを凝視した。確かに色彩が少し赤っぽい感じもするが、どちらかといえば普通のカレーみたいなターメリックの色の方が強い。
これが霧堂艦長を悶絶させ、あの石川大佐をして即時に水を要求させた激辛兵器だとはとても思えなかった。
「米川、疑うなら食べてみればいいよ。別にまずいわけじゃないし、おいしいよ。ただ覚悟はしときな。命を落とすよ」
「そ、そこまで……」
のぞみがここまで強い言葉を使うということは相当なのだろう。そしてひとみはルクサーナの作った料理の破壊力を目の当たりにしている。だが怖いもの見たさという誘惑に抗いきることもできずにひとみの手はスプーンへと。
軽く舌で押してやるだけでほろりと崩れる肉団子にはしっかりと奥まで味が染み込んでいる。これは鶏肉だろう。こりこりとした歯ごたえは中に細かくした軟骨を砕いてあるようだ。
別段、辛さは襲ってこない。もしかして私を騙すために演技を、とひとみが思い始めていたその時。
それは襲来した。
「!?!?!?!?!?!?」
何故あそこまで霧堂艦長は不気味な動きをして這いずり回ったのか。何故あの石川大佐が引き攣った表情で水を頼んだのか。何故のぞみがオーバーな表現をしたのか。
嗚呼、そういうことかと。ひとみは身をもって理解した。
「えほっ、けほっ、ごほっ!」
ひとみが口元に急いで手をあてると咳き込む。不味いわけではないのだ。むしろ最初はスパイスの香りとスープに染み出した野菜と鶏肉の旨みが口に広がり、極楽浄土ですらあった。
だがしばし後。もはや辛いを通り越して痛いに発展した刺激がひとみの口を蹂躙した。それはもはや地獄。ただただひたすらに口から喉へ、そして胃の腑までをも焼き尽くす。
「しぇんぱい、しゅごく辛いれふ……」
「だから言ったじゃない。下手したら死ぬよって」
死因がカレーなんて笑えない冗談を、と頭の隅でこっそり考えていたことをひとみは公開した。これは確かに辛い。それはもう、燃えるが如く。
「ふ、ふふ。ふふふふふふ」
戦闘不能になったかと思われていた霧堂艦長がゆらりと起き上がる。そしてしっかりと自身のスプーンを握りなおした。
「さて、せっかく作ってもらったものなんだから完食しないとね」
「霧堂、貴様は死ぬ気か!」
「あの、辛いなら無理しなくていいですよ……?」
石川大佐が目を見張り、ルクサーナが制止をかける。だが空いた手で霧堂艦長はサムズアップ。
「この私がかわいいウィッチの作ってもらったものを残すわけがないじゃない。ウィッチの作ってくれたものを食べるのは私の義務よ!」
「「「か、艦長ーーーー!!」」」
全米が泣いた。そう、霧堂明日菜という一人の女の生き様に。笑って黙々とスプーンを動かしてカレーを運び続けるその姿を変態と詰るものはいないだろう。
皿が空になった時。そこには白く灰がちになって微笑んでいる英雄が残った。
「見事だった、霧堂」
石川大佐が瞑目してそうつぶやく。霧堂艦長は反応しなかった。だがその言葉はきっと彼女に届いているのだ。
「さて、茶番はいいから次に行こうか」
「せ、先輩!?」
「それではぁ! 次は扶桑の鷹の目こと米川ひとみとぉ! 扶桑の雷神トール、大村のぞみペアの番だっ!」
ざっくりと斬り捨てたのぞみと、何事もなかったかのように進行するコーニャ。つっこみどころがありすぎてどこからつっこめばいいのだろうか。まずもってひとみは扶桑の鷹の目なんて呼ばれたことはないし、のぞみも扶桑の雷神トールなんて呼ばれたことは今だかつてないはずだ。そしてコーニャと夢華のペアも同時並行で調理を進めることになっているのにどうして名前を出さないのか。
「あとプラスコーヴィヤとゆめかもでしょ。ほら、さっさと司会席から降りる」
「だからモンファだと……というかなんで私までんなことしなくちゃいけねーでいやがりますか、ったく……」
「息抜きの命令よ。ほらほら、さっさと行く」
半ば以上がずるずると引きづられるように夢華が厨房へと連れて行かれる。初めは抵抗らしきものを見せていたが、割とあっさりと夢華は諦めたようでもうすでにのぞみのされるがままだ。
「私たちも行こうか、コーニャちゃん」
「ん……」
わちゃわちゃと騒いでいるのぞみと夢華を追いかけて厨房へ。なんだかいろんな食材が山と積まれていて、どうやってこれほどの量を取り揃えさせたのか気になるような知りたくないような気持ちになった。
「さて、米川。米川は料理に関してどれくらいできる?」
「ちょっとしたことくらいなら……」
「よし、じゃあ米川は私のフォローね」
「先輩こそお料理は得意なんですか?」
「大村式百八の嫁入りレシピ集が火を噴くわよ」
なんで煩悩の数なんだろう、と少し気になったが聞くことはやめた。それより、さりげなくチェックしていた食材の山に違和感を覚えて、もっと聞きたいことが出てきた。
「お肉、なんで羊とかあるのに豚さんがないんですか?」
「米川、イスラム教の教義は知ってる?」
「えっ?」
「豚肉は食べちゃだめなの。で、ルクサーナはイスラム教。OK?」
「あ、あんだすたん……」
つまり豚肉がないのはわざと除いたからのようだ。思い返せばルクサーナが作った肉団子も鶏だった。
「とりあえず先輩、何を作るんですか?」
「ふふ、まあ見てなさい。とりあえず大村・米川クッキング、スター……」
ドォォォォン!! スタート、と言おうとしたのぞみの開始宣言は爆発音によってかき消された。
「えっ、えっ? な、なにが起きたんですか!」
なんの身構えもしていなかったせいでひとみは飛び上がって驚き、やる気に満ちていたのぞみは腰を折られて不機嫌さを隠すことなく爆心地を探す。
そこにはどうしてそうなったのかわからないが、黒い煤にまみれた夢華とコーニャ、そしてぐしゃぐしゃになった金属製のフライパンが無様に転がっていた。
「……一応だよ? 一応だけ聞こうか。プラスコーヴィヤ、ゆめか。なにをやらかした?」
「ステーキを、作ろうとした……」
「ブルジョワステーキが食べたかったんでいやがりますよ……」
「私の知る限り、ステーキって料理は爆発するようなものじゃないはずなんだけど」
ちなみに呆然として口を出すことができていないが、ひとみの中でもステーキという料理は爆発物に属するようなものではない。
「なにをやったのよ、ステーキで」
「牛の肉を焼こうとしただけでいやがります。ただこのフライパンが全然、温まらないんでいやがりますよ」
「火力が、火力が足りない……」
「うん、だから?」
のぞみがそれはもう、満面の笑みでコーニャと夢華の前に立つ。額にビキビキと青筋を浮かばせながら。
「言え。何をどうした」
「火力を上げるためにNH4NO3を……」
「フライパンのコンロにぶちこんでやったんでごぜえますよ」
「そっかー。火力が足りなかったら硝酸アンモニウムをコンロに叩き込めばいいんだー。わー、のぞみびっくりー……馬鹿なの!?」
いったい化学式で言われた時はなんのことかと思った。だが硝酸アンモニウムと言われればひとみにも思い当たるものがある。
そう、ダイナマイトの原料だ。
「過去に硝酸アンモニウムを加熱して大爆発した事故を知らないわけ?」
「だから、量を加減した……」
「せいぜいが火力の上昇だけになるように調整したでいやがります」
「その結果が炭化した牛肉、と。せいぜいが聞いて呆れるわ」
のぞみがトングを使ってフライパンの中にある黒コゲの何かを掴み上げる。掴みあげた下からポロポロとこぼれて落ちていく。
「これはなにかな?」
「ステーキ、だったものでいやがりますかね……」
さすがにばつが悪いのか目を逸らして頬を引き攣らせているのぞみを直視しないように夢華が言った。あのコーニャも煤まみれの顔をのぞみと合わせまいとしていた。
「よーくわかった。ゆめかとプラスコーヴィヤ、失格。さっさと煤を風呂場で流す。はい、駆け足!」
「そーするでいやがりますよ」
「ん……」
いつもならある程度はつっぱねる夢華もさすがに顔中が煤だらけというのは気分的によろしくないらしい。珍しく素直にのぞみの言うことに従い、厨房からすごすごと去っていった。
「先輩、これどうしますか?」
「フライパンは廃棄だね。コンロは歪んでるけど……よっ、と」
のぞみの頭部から獣耳が飛び出すと無理やり歪んでいた部分をのぞみが直した。その後に布巾でさっと拭けばだいぶマシになった。
「まあ、キッチンが広く使えるのはいいことだ。そう思うことにしよう。さて、米川。とりあえずこの魚の切り身から骨を外して塩を加えたらフードプロセッサーにかけておいて」
「は、はい。わかりました」
よくわからないけれど、手早く調味料を合わせているのぞみの手つきが慣れていたので大人しく指示に従っておくことにする。細かい骨を渡された毛抜きのようなものでプチプチと抜いていくのは見た目どおり地味だ。けれどきっとこういう作業が効果を発揮していくんだろう。
ひとみが地味にちまちまと小骨を抜いている間にのぞみが鍋に水を注いでこんぶを浸す。かと思えば別の鍋でお湯を沸かすと、ほうれん草をさっと湯がいて絞ると箸でさっとほぐす。
「米川、魚のすり身は?」
「できました!」
「よし、じゃあそれこっちに寄越して。米を炊いておける?」
「はい!」
「じゃあ、米を炊いておいて」
ひとみから受け取った魚のすり身をのぞみは板に半円形になるように整えていく。そして形を整えたら蒸し器の中へ。ようやくひとみはついさっき自分がつくった魚のすり身をのぞみがどうするつもりなのか察した。
お手製のかまぼこだ。
「米川、米がセットできたら昆布の入ってる鍋を中火!」
「はい!」
手の平が浸るか浸らないかくらいに釜へ水を入れると、炊飯器にセット。そしたらのぞみの指示通りに昆布が入れてある鍋を中火にした。沸騰したタイミングで火を止める。
その間にのぞみも動き回る。鶏肉を一口サイズにしたらお湯をかけて臭み抜き。椎茸を削ぎ切りにしたら、次は卵を割ってかき混ぜた。ひとみが取った出汁の一部を掬うと白醤油と塩を入れて、きれいに混ぜ合わせる。蒸し器からかまぼこを取り出すと、急いで一センチの厚さで切って、容器にいれると卵液をそっと注ぎいれて三つ葉を落とす。容器に蓋をすると、再び蒸し器へ。
「米川、この調味料に出汁をちょっと入れたらほうれん草をごまと一緒に和えたら小皿に盛って」
「はいっ!」
ここまでくればひとみも何を作っているのかわかる。これはほうれん草のおひたしだ。そして今まさに蒸し器に入れられているのが茶碗蒸し。そしてすぐそこの炊飯器ではご飯が炊けている。
王道そのものをなぞった和食。
のぞみがフライパンに油を注いで温める。タレに漬け込まれていた魚の切り身をフライパンに乗せると、そのままタレを回しかけ。じゅわーっと醤油の焦げる匂いがひとみの鼻をくすぐった。
「照り焼きですね、先輩!」
「大正解! ただ一品くらい足りないからこのきゅうりを叩いておいて。長芋は短冊切りで。ああ、あと梅干しも種を除いて潰しておいて。めんつゆと出汁をちょっと入れて和えるだけだから」
「はい!」
言われたとおりに和えて、小鉢に盛り付ける。のぞみが平皿へ照り焼きを乗せるタイミングに合わせてご飯をお茶碗によそえば完成だ。
「じゃあ配膳!」
「わかりました! ……どなたに?」
「石川大佐!」
「了解です!」
お盆に料理たちを乗せると厨房から運び出す。ひとりでは運び出せなかったが、持ちきれないぶんはのぞみが運ぶ。石川大佐はおいしく食べてくれるだろうか。そんな期待に胸を膨らませながら。