ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第四話 「ホールド~にちじょう~」後編

 その後は飛行訓練に座学。時計を見る間もないほどの訓練にのぞみが言っていた「大村家流教練」の恐ろしさを感じつつ……あっという間に編成式を迎えてしまった。

 

 春にしてはちょっと強めの陽気を目の当たりにしてもめげず、見事なまでの直立で整列した正装の男の人達。装備された楽器類が互いに援護し合う形で岸壁から勇ましい軍歌を披露する。日差しに照らされて金色に輝く軍楽隊。そんな風景に見とれるひとみ。

 

「うわぁ……かっこいい」

 

「呉鎮守府の軍楽隊による行進曲……私的には陸軍分列行進曲の方が勇ましくて好きなんだけどねぇ」

 

 その横で呟くのはのぞみだ。

 

「分裂行進曲?」

 

「……今度動画サイトで見せてあげる」

 

 それからのぞみは大きく空を仰いだ。雲量は3か4。ポツポツと雲が浮かんでいる。

 

「晴れてもいるし、極端に日差しが強いわけでもない……いやはや、まさに絶好の式典日和! お偉いさんは5月26日の海軍記念日にやりたかったらしいけど、26の予報は雨だしやっぱし今日が正解だったよ、ねぇポリエステル中尉?」

 

「……Покрышкин(ポクルィシュキン)

 

 のぞみのどう考えてもワザととしか思えない呼び間違えに、訂正するだけのコーニャ。ひとみも初めて聞いたときは驚いたというか呆れたものだが……数日一緒に過ごしてみれば分かる。これはもはや二人のルーティーンだ。突っ込んでいては疲れるだけなので、ひとみもスルーして会話を続ける。

 

「でも、先輩。編成式ってあれだけでおしまいだったんですか?」

 

「うん、まあ形式的に過ぎると言われればアレだけど、今回は一応欧州への緊急派遣だしね。そんな何人も呼ぶほど時間がなかったんでしょ」

 

 のぞみがそう返す。呉鎮守府司令の訓示とかはあったけど、なんだか式自体はあっけなく終わってしまった感じがあった。もしかすると卒業式や入学式が長すぎるだけなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、のぞみはにやりと笑った。

 

「それにしても……あんたの空軍制服、大き過ぎると思ってた割には似合ってるわね」

 

「え? ホントですか?」

 

 そう言われてひとみはもう一度自分の制服を見てみる。純白のジャケットには青の縁どり。空軍航空ウィッチ候補生の准尉だけが着用できるそれは卸したてで、自分でも『着られている』感覚がある。正装用のマントもどこか落ち着かない。北海道にいたことがある身としては、マントを羽織っていても暖かくないのがかなり違和感があって落ち着かない。ジャケットタイプの制服は初めてだし、いきなりダブルのボタンは着るのも難しかった。襟の合わせの奥のストラップは結局一体どこのボタンに掛ければよかったんだろう……?

 

「もう、身だしなみには注意しなさいよ、米川。アンタは航空ウィッチで皆の憧れ高根の花だし、アンタ背中を見て下士官は動くのよ、准尉殿。しっかりなさい」

 

 そう言いながらも、のぞみはひとみの襟元を正した。濃紺の細いリボンはしっかり綺麗に結んだつもりだったのだが、及第点スレスレだったらしい。直すなら式典の前に直してほしかったような気もする。

 そうやってすこし膨れていたが、のぞみが言っていた文言を思い出す。襟に貼り付けられた階級章と袖のラインが示すのは准尉、そして……胸に輝くのは航空ウィッチの証である金メッキが光る片翼のウイングバッジ。わたしも正真正銘のウィッチなんだと思い知らせてくれる。

 

「その百面相とニヤケ顔さえなければ本物のウィッチなのになぁー」

 

 そう言うのぞみ先輩の顔もいつもより緩んでいて、今日も無表情を貫き通しているのはコーニャちゃんぐらいだ。

 

「そういえば……石川大佐はどこいっちゃたんですか? 加賀に乗り込んでから見かけませんけど」

 

「あー、石川さんなら艦橋だね。一応203は第五航空戦隊の航空隊みたいに運用されるわけだし、戦隊司令部との連携は大事だからね」

 

「なるほど……」

 

「おっ、ほら米川、あれ! あれ見て!」

 

 と、急に声に興奮を滲ませるのぞみ。ひとみがその方向を見ると……僅かに見えたのは軍艦の姿。灰色のそれはゆっくり瀬戸内海を滑っていく。すぐに加賀の側舷に隠れてしまう。

 

「113……高波型の「漣」。五航戦所属の艦だね」

 

「さざなみ……なんだかきもちよさそうな名前ですね」

 

「うんうん。扶桑の艦名は人名とか使わないからカッコイイよね……まあ、裏を返せば扶桑式の名前がダサいってことなんだけど」

 

 戦艦信長なんてダッサいの進水したら私は腹切ってもいいね。そんな人が聴けば真っ赤になりそうな言葉を平然と吐くのぞみ。ひとみは聞かなかったことにして、話題を変えるように別のことを聞く。

 

「他に五航戦にはどんな艦がいるんですか?」

 

「秋月型の「秋月」「冬月」が防空役として配備されてるね。それと水底の用心棒として潜水艦「瑞鶴」。あと確か、欧州に派遣されるってことで村雨型も二隻応援に来るけど……彼女らは厳密には五航戦の所属にならないはず」

 

「そうなんですか……」

 

 そして曲調が変わる。行進曲が終わり、別の曲目へと移ったのだ。その曲を聞いたのぞみは、思い出したように口を開く。

 

「そういえばさ……ゴールデンカイトってどう思う?」

 

「203の名前のことですか?」

 

 ひとみがそう返すと、のぞみはうなづく。

 

「ゴールデンカイト・ウィッチーズ……203空の通称にて、ガチガチの扶桑語に直すのなら金鵄航空団。我が国の神話にも登場する霊鵄で、これのおかげで皇帝は勝利できたとかいう話だったかな」

 

「へえ……すごい鳥さんなんですね」

 

「まあ戦いを勝利に導いてくれるのならこれほど嬉しいものはないし、そんな霊鵄の名を借りて戦えるのは光栄なことだけどさ……」

 

 それだけ言うとのぞみはひとみから視線を逸らしてしまう。そんな会話を交わす間にも「加賀」は曳船に連れられて岸壁を離れていく。軍楽隊もたちまち小さくなり、あんなに大きく見えたはずの軍艦たちも、工場施設も小さくなっていく。その風景はだんだんと呉の街並みに移り変わり、そしてそれすらも小さく、背後の山々と交わりながら地平線となっていく……。

 

「さらば呉! 私の一年間!」

 

 のぞみ先輩が叫んだ。先輩は笑っていた。

 

 

 2017年5月23日。人類連合軍第203統合戦闘航空団「ゴールデンカイト・ウィッチーズ」は正式に発足。同日扶桑皇国海軍の第五航空戦隊に便乗し――――欧州へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 何もすることがない、というのは嘘だ。ひとみの手には今化学の教本があって、視界に入ってくるのは元素表。元素を覚えるのにぴったりだと教えてもらった歌をイアフォンから聞きつつ、ノートに書いてあることを読み取っていく。小学校では習わなかったことばっかりなので、読んでいるだけでも十分楽しい。

 でも、ちょっと気になることがひとみにはあった。

 

「あの……のぞみ先輩?」

 

「ん?」

 

 ひとみの言葉を受けてのぞみが雑誌から顔を上げる。「世界の艦艇」と書かれたその雑誌にはデカデカと空母の写真。

 

「あの、これで任務なんでしょうか?」

 

「あー、退屈なら外の空気でも吸ってくる?」

 

「あいえ、そんなことは……」

 

 そう言えばのぞみは雑誌を閉じた。ひとをダメにするとウワサになってるクッションから立ち上がると、少しだけ背を伸ばす。

 

「いいのいいの、別にあんたは三十分待機だからブラブラしてて大丈夫なワケだし」

 

「そうじゃなくてですね……こう、ここまでのんびりしてていいのかなぁ、と」

 

「アラート任務なんてこんなもんでしょ、ねえ?」

 

 そういってのぞみはコーニャに目配せ。コーニャは分厚い本から目を離すと、肯定も否定もせずに本へと視線を戻した。

 

「……」

 

 これ以上言葉が続かずにひとみは椅子に座る。この椅子だってただのパイプ椅子じゃない。柔らかく座り心地のいいやつだ。霧堂艦長に「どれがいいー?」と何種類かの椅子やソファを並べられた時には驚いたが、なるほどこうやって長時間座っているなら選ぶ必要もあったわけだ。

 でもなんだろう、この変な感じ。アラート任務っていわば戦いに備える任務なわけで、もしもネウロイがやってきたら次の瞬間には飛び出さなきゃいけないわけだ。そう考えると、なんだかむずむずしてくる。

 

「やっほーヒトミン」

 

 と、そんな待機室に新しい人影が。霧堂艦長だ。

 

「艦長、艦橋に戻ってくださいよ」

 

「うっわ、せっかく僅かな時間を見つけて会いに来てあげたのに、相変わらずノンちゃんは面白くないねぇ」

 

 呆れた様子ののぞみと言葉を交わしてから、霧堂艦長はひとみへと向き直る。

 

「どう? 椅子の座り心地は?」

 

「あっ、はい大丈夫です」

 

「悪いねー時間がないからって私がほとんど決めちゃって」

 

「いえ、そんなことは……」

 

 すると霧堂艦長はひとみにぐっと顔を近づけてくる。

 

「んー?」

 

「な、なんでしょうか……」

 

 近い。艦長の笑みに溢れた顔がすごい近い。

 

「それっ」

 

「ひゃあっ!」

 

 途端におでこにパチンと衝撃が。思わず目をつむるひとみ。デコピンをされたのだと気付くのに二秒ほど。

 

「あははは、ヒトミン緊張しすぎ」

 

 そうやって霧堂艦長は笑う。それから頭を守るように抱えたひとみに一言。

 

「あのね、こういう場所では緊張したら負けなの、ほら、リラックスリラックスぅ!」

 

 それからひとみの両脇に手を伸ばし、細かく指先を動かしていく艦長……いわゆる「コチョコチョ」というやつだ。

 

「ひゃ、ひゃああ! たっ助けてください先輩!」

 

「……そんなこと言われても」

 

 抵抗しようにもすっかり力が抜けて手も動かせない。必死に逃げようと背を向ければかえって背中からしっかりホールド。

 

「つっかまえったぁー」

 

「わぁあぁああ!」

 

 艦長の手が脇からだんだん下っていって肋骨あたりを通過、ひとみの柔らかい脇腹を好き放題に――――

 

 

「……うちの貴重な戦力になにをしている」

 

 見えないところから石川大佐の声。途端に解放されるひとみ。危ないところだった、もう笑いすぎてお腹が張り裂けそうだ。椅子にへたりと座る間に、二人の海軍大佐が会話を交わす。

 

「あれ、艦隊司令との協議もう終わったの?」

 

「俺が仕事をこなす間に、貴様は随分なご身分だな」

 

「だって私があそこにいたら司令の援護しなきゃいけないじゃん? いちおう上司だし」

 

 すごいややこしいのだが……ひとみが属する第203統合戦闘航空団は石川大佐が率いる人類連合の部隊。対して「加賀」をはじめとする第五航空戦隊の艦艇は扶桑海軍が直接運用している。つまり石川大佐は人類連合で、霧堂艦長は扶桑海軍。指揮系統が違うらしいのだ。どう違うのかはのぞみ先輩が丁寧に説明してくれたのだけど……正直ひとみにはピンと来ていない。

 

「それで石川大佐、オスプレイの指揮権どうなりました?」

 

「ああ、一応米川のオスプレイだけは確保させてもらった……予備機はナシだがな」

 

 少し苦そうな表情で返す石川大佐。了解ですとだけ返して雑誌に目を戻すのぞみに変わって、霧堂艦長がひとみを見ながら言った。

 

「そんなことより石川団長、あなたの部下ガッチガチに緊張してるわよ」

 

「……俺には貴様に怯えているようにしか見えんが?」

 

 ひとみを一瞥してから非難の色を滲ませる石川大佐の声。霧堂艦長はにへらと笑ってみせる。

 

「ガッチガチだったからほぐしてあげたんだって、感謝しなさいよ?」

 

「米川、何かあったら言えよ……よし、203注目!」

 

「またスルー?!」

 

 背後の霧堂艦長を無視して、石川大佐は待機室の全員に向き直った。どうやら霧堂艦長とは違い、石川大佐はひとみたちに伝達する事柄があるらしい。

 

 

「我々は正午前に関門海峡を通過し、午後には舞鶴からの駆逐艦「曙」と「有明」が艦隊に合流する。その際に行われる艦隊運動訓練に合わせ、203は着艦訓練を行うことになった。昼食後には飛ぶことになるが……外洋での着艦は全員初めてだからな、心してかかるように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 准尉であるひとみの食事場所は基本的に下士官食堂だ。主計科の人から食事をもらうため、ステンレスのお盆をもって十数人の列に並ぶ。のぞみの後ろにひとみ、その後ろにコーニャが並んだ。

 

「あーそうそう、石川さんから昼食まで黙っているように言われてたんだけど……実際には私らのアラート任務のシフト割は全員一時間待機になるから」

 

 その言葉を聞いたひとみは首をかしげた。一時間待機ならハンガー脇の待機室にいつもいる必要がない。

 

「え、じゃあ実際にはアラート待機はしないんですか?」

 

「うん、戦闘脚使うのが二人だけじゃシフトなんて組めやしないし……あとついでに言えば、五分待機やれるの私のF-35FBだけだよ? 流石に24時間はあそこから動けないのは生物学的に無理だって」

 

「……た、確かに」

 

 先輩のいうことももっとだ。それに下士官食堂が別世界に感じるほど待機室(あのへや)はどきどきする。あそこにずっと詰め込まれてるなんて……押し黙ったひとみに、のぞみは笑いながらいう。

 

「まああんたを発射するV-22(オスプレイ)だけは飛行前整備終えた状態で待ってなきゃいけないんだけどね……そういう意味では、203付きのオスプレイが一機しかいないっていうのは厳しいんだよね。厳しいというか、詰んでる? 北条少将も融通効かせてくれればいいのにね」

 

 そんなことを話すうちに順番が回ってくる。のぞみがお盆を差し出し、すぐにひとみもお盆を出す。工場のロボットアームみたいな極められた動きで盛り付け。

 盛られた内容を見たのぞみがポツリと呟いた。

 

「あそっか、今日は金曜だったねぇ」

 

「え? 金曜がどうかしたんですか」

 

「……カレー」

 

 後ろから小さくコーニャの声。振り返って見るコーニャの影はやっぱり大きい。そのお盆に盛られているのも、やっぱりひとみと同じカレーライスだった。

 

「扶桑の、カレー」

 

「ほら二人共、つっ立ってないで早く座る」

 

 いつの間にか席に着いていたのぞみを追って座るひとみとコーニャ。周りから雑談が聞こえてきて、下士官食堂はのんびりとした空気だ。

 

「というかひとみ、海軍カレー知らなかったの?」

 

「海軍カレー?」

 

 ひとみがそうオウム返しに聞くと、のぞみはやや驚いた様子になる。

 

「うん、海の上だとテレビもねぇ ラジオもねぇ 車はそもそも走ってねぇで曜日感覚が薄れやすいでしょ? だから毎週金曜日の昼食はカレーなの」

 

「……なるほど」

 

 なぜカレーなのかは分からないけど、とにかくそういうものらしい。そんなひとみに、のぞみはスプーンを振ってみせた。

 

「しかも! カレーのレシピは基礎が決まっているだけで残りは千差万別門外不出! 口承によってのみ受け継がれた艦艇の歴史でもあるんだね。ちなみに、「加賀」のカレーは一度蒸気鍋を使って野菜がルーに溶けきるまで煮込まれ、その後に食べるための野菜を投入する念の入れよう。1995年より続く二十二年の研究により完成したクミン、コリアンダー、オールスパイス、カルダモン、クローブにシナモン、その他スパイスの調合比は……」

 

 コン。スプーンで机を叩く音。のぞみの解説が一瞬だけフリーズ。

 

「……また加えて牛肉ベースで長時間煮出した濃厚なブイヨンを使用。しかもホールトマト缶を使うことにより、フルーティーさとマイルドさを兼ね備え、かつ飽きさせない辛さ! 煮込む際にローリエを葉で入れることもこだわりと言えるね」

 

 コンコン。スプーンで机を叩く音。さっきより強い……が、めげずにのぞみは続ける。

 

「……そして米に対するこだわり! 通常の炊き方と比べると、水を少なめにして炊くことにより、やや固めの白米に! さすがにサフランライスや長粒種を用意するのは難しかったみたいだけど扶桑のカレーというジャンルが確立された今、最も相性がいいのはやはり短粒種! 弥生時代より続く、まさに扶桑文化の代表といっても差し支えないものだよ! つまりあれだ、扶桑カレーには扶桑文化が詰まってるんだよ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「先輩、長いです……」

 

「え? まだまだ大村家流カレー談義は続くけど?」

 

「そっちは、お腹いっぱい……いただきます」

 

 お預けにされ続けたコーニャがついにカレーを頬張る。小さく口を動かして咀嚼し、喉がこくりと動く。お気に召したのだろう、コーニャは表情筋を一切動かさずに喜ぶという器用な真似をした。

 

 

 

「……おいしい」

 

 追加情報のごとく呟いたコーニャに、なぜか自慢げになるのぞみ。ふふんと鼻を鳴らしてみせる。

 

「そりゃあもう、扶桑海軍のカレーは世界一だからね」

 

「……なら、早く食べさせて」

 

 不満げに言いながら、再びスプーンにカレーを掬ってぱくり。

 

「……毎日、食べたい」

 

「や、でも金曜日に食べる決まりだし……」

 

「金曜日を、増やす」

 

「まってそれ本末転倒」

 

「……土曜カレーの、復活?」

 

 表情はそのままで首だけ傾げるコーニャ。のぞみの顔が引きつった。

 

「あれれ、ポリエチレン中尉も意外と詳しいわね」

 

「……Покрышкин」

 

「米川はどう? 加賀カレーの感想は」

 

 突然話題を振られてひとみは少し慌てた。カレーは具が多くてコクがあって、ちょっと海の上の食事とは思えないレベルだったからだ。

 

「すごい美味しいです……」

 

 石川大佐もいい(ふね)だとは言っていたけれど、本当に「加賀」はすごい。毎食違ったメニューはもちろん、どれも皆美味しいのである。しかも牛乳までついてくる。

 

「無事に士官佐官になれれば、ビフテキとかも食べられるようになるよ」

 

「そっ、そうなんですか?」

 

「もちろん……というかコーニャも無理せず士官のほう行けばいいのに」

 

 というか先輩がきちんと「コーニャ」というのを聞いたのは何げに初めてだ。そんなことに驚くひとみに、コーニャは無言のまま首を振った。

 

「ならいいけどさ、私もポリカーボネート中尉が一緒のほうが楽しいし」

 

「あ、もどった」

 

「……戻ったって何さ」

 

 思ったことが漏れてしまったひとみに、のぞみがじとり視線を送り――――その時だった。

 

《石川より全203隊員へ》

 

 常に装着しているようにと石川大佐に指示されていた魔導インカムが鳴った。電池切れの心配がないこのインカムは、空中では通信距離不足が指摘されるものの……艦内や基地にいるときはこの上ない高性能通信機である。石川大佐は続ける。

 

《その場で待機だ、いいな?》

 

「えっ……?」

 

 その時だった。耳をつんざくようにベルの音。一気に現実を切り裂いた甲高い音が、ひとみたちの耳に突き刺さる。下士官食堂が瞬間に緊張し、次の指示を待つ姿勢を取る。続いて唸るスピーカー。ヒトの声を電気信号化し、それを音に戻して伝える。

 

『総員、対空戦闘配置。総員、対空戦闘配置』

 

「対空戦闘配置!」

 

 ひとりが叫び、それを受けた全員が走り出す。誰も目の前に置かれた食事を顧みたりはしない。

 

「わ、わたしたちも行かないと……」

 

「バカッ、石川さんから通信あったでしょ。ここで待機」

 

「あ……はい」

 

 それから通信。スピーカーではなくインカムの方。

 

《接近してきているのはAS4。高速突撃特化型だ、お前らを上げる時間はない。そのまま待機だ》

 

「……了解」

 

 その言葉を受けて、のぞみは顔をしかめた。それだけで椅子に座ってしまう。

 

「あ、あの……避難とかしなくていいんですか?」

 

「食堂は応急修理要員の待機場所。どういう意味かわかる?」

 

「え、えと……」

 

 のぞみは答えられないひとみに対して淡々と答えた。

 

「応急修理要員は被弾時のダメージコントロール(ダメコン)を担っている。この人たちが怪我しちゃ修理もなにもないでしょ。つまりどういうことかというと、ここは相当に安全。私たちを待機させておくには最高の場所ってこと……なにも出来ないことを除けばね」

 

「そんな……」

 

 そんな間にも、下士官食堂に放置されたステンレスプレートを主計科の人たちがどんどん片付けていく。配慮してくれたのかひとみたちのカレーはそのまま……わたしたち、本当に戦えないんだ。

 

「……貸して」

 

 その時、聞こえたのはコーニャの声だった。

 

「え?」

 

「貸して、足りない」

 

 そう言うコーニャの視線はまっすぐと手元に注がれている。手元にあったのは、携帯も可能な小さめのタブレット端末。203の支給品だから……ひとみのタブレットも貸せという意味だろうか。

 

「ほい」

 

 ひとみが迷う間にコーニャに手渡されるタブレット。のぞみが差し出したのだ。コーニャは無言で受け取ると、急かすかのようにひとみを見つめる。

 

「ほら、米川も渡す」

 

「あっ、はい! どうぞ!」

 

 のぞみにも急かされてひとみはタブレットを取り出すと、コーニャへと手渡した。受け取るとその三つのタブレットを机に置くコーニャ。同じタイプの端末を三つも集めて、一体何をするというのだろうか? そんなひとみに、のぞみは笑ってみせた。

 

「まあ見てなって」

 

 コーニャは目を閉じる。すっと息を吸って、それから身体がちらりと光った。魔法だ。使い魔の耳が現れれば、その輝きはコーニャの全身へと伝播する。

 

「あっ……」

 

 その光はタブレットにも伝わった。輝きに包み込まれた三つのタブレット。まるで細い光の線で繋がっているよう……無言の数瞬。ひとみは固唾を飲んでその様子を見守る。なにをしているのかは全く見当がつかなかったけど、なにかすごいことが目の前で起きているのは疑いようがなかった。

 

「……カレー」

 

「ん? カレーがどうした?」

 

 ぽつり、放たれたのはその一言。瞬間に反応したのはのぞみだ。先輩にはコーニャがなにをしているのかはっきり分かっているらしい。コーニャはのぞみへときっと視線を向けると、ひとみが初めて見る形相をしてみせた。

 

 

「カレーなんか……食ってる場合じゃねえ!!」

 

 

 ひとみは一瞬沈黙。その後フリーズ。

 

「嘘でしょ、「加賀」の随伴は秋月型だよ? 入力数値合ってんでしょうね?!」

 

「あってる、間違いない!!」

 

 なんの驚きもなく怒鳴り返すのぞみに、同様に怒鳴り返すコーニャ? ひとみはついていけるとかそういうレベルではなく、まず目の前の人物が誰なのかを見失っていた。コーニャは立ち上がると、ばっと食堂を飛び出す。

 

「あっこら! どこいくの!」

 

「攻撃!!」

 

 声が届く頃には通路に消えるコーニャ。

 

「待機命令でてんでしょーが! 戻りなさい!」

 

「あっ、ちょっと置いてかないでくださいぃっ!」

 

 のぞみが飛び出し、ワンテンポ遅れてひとみも飛び出す。通路を駆け抜け、ラッタルを飛び越え……あっという間に甲板へと飛び出した。乱暴に開けられた鋼鉄の分厚い扉がガコンと騒々しい音を立て、太陽の光がひとみたちを照らす。

 

 真っ平らな飛行甲板の先には青い海。そこに控えているのは随伴艦の姿。そこから鋭い破裂音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には白煙が生えてきた。ぐんぐんと成長する白い柱から飛び出すのは……艦隊防空用の短SAMだ。幾筋もの槍は途端に向かう方向を変え、突き刺さるように飛び去ってしまう。後には寂しげに乱れる飛行機雲。

 

 そんな事も気にせずにコーニャは跳躍した。魔法力の補助も得て、高く、高く、バック宙の要領で姿勢を安定させる。空高くに陣取る太陽がコーニャを照らし、その黒色生地のズボンが見えた。あっけに取られたひとみの前で、コーニャは「加賀」の艦橋前の構造物……そう、この前のぞみ先輩が話していたすごい近接防空ミサイルの発射装置(S e a R A M)へと飛びついたのだ。

 

「コーニャちゃん!?」

 

 ひとみが叫ぶのと同時に、コーニャは早口言葉のような扶桑語の羅列を繰り出し始める。コーニャが全身に纏う魔法力の輝きが、その頭でっかちな発射装置に伝達されていく。

 

「……雷の子を制した人の子よ、魔導に歯向かいし愚かなる英雄たちよ。星の流れを乱し、宇宙の深淵を破壊した、神殺し(罪の権化)よ。その罪の重さに腰が砕け、無様に哂われながらも、この非道なる運命に抗う黒キ者よ。今、我らが懦夫(だふ)をして立たしむ時!集え!Мир в моей руке(全てよ我に従え)!」

 

 

 言葉に応じるように動き始める発射装置。と同時にひとみの耳に入ってくるのは連続する重たい破裂音――――砲撃音だ。この一週間で叩き込まれた成果を思い出す。AS4と呼ばれるネウロイの速度は最大マッハ4.6。秋月型が64口径5インチ砲を撃ってるってことは……短SAMによる迎撃は失敗、到達まで約二十秒!

 

 

「力を与えられず、その無力さに泣いた子羊よ。薔薇のように醜く腐るか、桜のように勇ましく散るかを選べ。そして桜を選ぶならば、我の為に散れ!терминал героя(英雄が英雄であるために)!」

「さあ、(復讐)の用意は整った。罪を背負いしものは立ち上がり、力の無きに泣いたものは今、散るための力を手に入れた。その赤キ怒り(強制された罪)を、黒キ涙(運命づけられた虚無)を、蒼穹のフロンティア(偉大なる大宇宙)へと吐き出せ!Огонь после пожара(悲しみを乗り越る復讐)!」

 

 瞬間に展開される魔法陣。それから空を切り裂く衝撃音。短距離ミサイルが発射されたのだ。

 

 

 そして、音よりも早く流れていく白い結晶……ネウロイの破片だ。

 

 

「うそ……やっつけたの?」

 

 

 そう呟くひとみの前に、ストッとコーニャが着地。その目はもう見開かれておらず、無感情な視線がゆっくりとひとみを認めた。

 

「……ん、倒した」

 

 その無表情はいつもどおりで、それがひとみの疑問を余計に膨らませた。

 

「というか……今の、呪文? なんですか?」

 

「……」

 

 それにしては聞いたことのない呪文だった。これが古代魔法という奴なのだろうか? 流れる無言の空白に、のぞみが頭の後ろに手をやってケタケタ笑う。

 

「あーあ、化けの皮が剥がれちゃったねぇーこりゃ」

 

「え、化けの皮?」

 

 ひとみが視線を向けると、コーニャは少し視線を逸らす。

 

「コーニャ、さん? 扶桑語、勉強中だって……」

 

「……フソウゴ、ムズカシイ」

 

「さっきまでカタコトじゃなかったですよね!?」

 

「Я изучаю язык . Вы не знаете, что вы говорите」

 

「いやさっきまでバリバリ扶桑語話してたじゃないですか!」

 

 ひとみの追及にコーニャの白い肌が桃色に変わっていく。のぞみがひとみの肩を叩いた。

 

「ま、知られたくないことは誰だってあるでしょ。ここで見逃してあげるのが扶桑の懐の深さってやつよ」

 

「は、はあ……」

 

 そしてもう一度沈黙。ネウロイを倒したはずなのに、どうにも気まずい。話題を逸らそうと考えたひとみは、そういえば気になっていたことを口に出す。

 

「ち、ちなみに今のはどうやって……」

 

 そうひとみが言うと、コーニャは目を伏せた。無表情はさっきよりも極まったように見えたが、色がすっかり変わっているので全然雰囲気は違う。

 黙ったままのコーニャ。ひとみがのぞみ先輩の方を見ると、のぞみはやれやれと首を振ってみせた。

 

「……まあ簡単に言えば、さっきのタブレット三枚で五航戦とデータリンクまがいのことして、そこから得た情報でAS4の撃墜確率を算出。今の魔法陣でSeaRAMの弾頭を魔導弾化。そして発射機構の制御まで全部やってのけたわけ。行程はこれでいいとしてなにを具体的にやってるのかは国家機密らしいから、説明できるのはここまで」

 

「こ、国家機密……」

 

 のぞみ先輩の説明はなんとなく――――いや、わかんないけど――――分かった。でも国家機密? さっきとは別方向に「やばい」単語が出てきたことでひとみは言葉に詰まる。

 

「特異な固有魔法は機密保護の対象、そうでしょ?」

 

「じゃ、じゃあ……固有魔法でタブレットを操作したのも、いまの機械を操作したのも……全部固有魔法ってこと、ですか?」

 

「……」

 

 沈黙は無言の肯定だ。すごいというかすごい。それはもう言葉も出ない域ですごい。言葉もでないひとみは立ち尽くし、とりあえず一難去った「加賀」の甲板に潮の匂いが混じった風がそよそよと吹く。

 

《……いろいろ言いたいことはあるが》

 

 そこで突然聞こえてくる通信。石川大佐の声だ。

 

《今のは先発に過ぎなかったようだ。第二波が来るぞ》

 

「えっ……」

 

 その言葉にひとみはドキリとする。ということは、つまり……

 

 

第203統合戦闘航空団(ゴールデンカイト・ウィッチーズ)は直ちに出撃。ネウロイを迎撃せよ》

 

 

 ひとみは空を見上げた。そこにはどこまでも開けた青い大空――――その向こうから、ネウロイがやって来る。

 

 戦いは、始まったばかりのようだ。







今回のひとみたちの楽しい食事シーン(直前)の挿絵は、かくや様に書いていただきました!
とってもカワイイ……本当にありがとうございます!!


さらに!戦闘直前でアレではありますが、第203統合戦闘航空団正式結成を祝して



【挿絵表示】



オーバードライブ作成の203JFW部隊章であります!

203いざ空へ!!
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