2016/11/15 内容を修正し、番外編の描写と整合。
「返事をするだけの元気をやりたければこうすればいいのか」
口に出して、私は私の行動についての結論を纏めた。最早意思表示の1つも出来なくなった金剛に、何かの確認を行いたい場合はこうして結晶を打ち込めばいい。いきなり泣き言を言ってきたのは可愛らしいと思うのだが、それ以上にぎこちなく首を回して私を見ているのが愛らしくてたまらない。その瞳が収縮を繰り返してひくひくしているのも乳幼児のオモチャのようなイメージで、私は好みだ。素敵だ。
「し、なせて、くだ、さい、お、ねがい」
「理由を言ってみろ」
ああ、可愛い金剛。君が死にたいと思う理由などどうでもいい。火の付いたフィラメント。燃え尽きるまで私の問に答えるがいい。君の心がくたばったって、私は何度でもつなぎ合わせてみせよう。君の脳髄が壊死しても、私は君を大事に保管し続けよう。
だから、さぁ、
「言え」
詰問には跳ねては落ちる肩で応えてきた。ぐずるエンジンみたいに喉を鳴らして喘いでいる。どうやら記憶の想起が始まったらしい。私の言葉を素直に受け入れて自分の中の理由を全部参照しているのか。興奮する。
「ひ、ひぃ、ひぁ、ひ、い、い、ううううううう」
全身を強張らせて呻いている。腕も足も虫の息の魚みたいに弱々しく跳ねている。宙を向いたその目を見開いて、滂沱の涙を流している。好きだ。
一通り走馬灯を見終わったのか、痙攣はやめて荒い息だけになった。放っておくともう一度走馬灯を見て勝手にびくんびくんしそうだから、それはそれで面白いのだけれど、止めてやることにした。口惜しい。ちなみに私はジェットコースターが好きだ。乗り始めたら4回は乗る。
彼女の首に左手を伸ばし、握る。そして、振る。
「起きろ」
掴みどころが良かったのか、口からだけでなく鼻からもものすごい勢いで吸い始めた。顔も今までに増して赤い。いい。あ、これ頸動脈だった。利き腕じゃないから失敗した。……別にこのまま落としてから蘇生させるのも有りだ。
「いやいい、一度寝ろ」
そう思って、私は彼女の首筋から力が抜けるまで握る力をキープ。……久しぶりに首の血管の感触を楽しんだ。やっぱり動脈はコリコリしている。
「ぴぃ」
力が抜けて震えが止む。まぶたも落ちる。喉笛から鳴る最後の音、末期の細い息みたいだ。小鳥にも似ていて可愛い。それを聞いたので起こす。
「起きろ」
顎をクイッと指先で掴んで持ち上げて、背板になっているベッドに後頭部を叩き付けた。
「っ、は」
「起きたな。答えろ」
詰問を再開する。恐怖したように目を見開き、やはりまた息を荒げて喉を鳴らし始めた。目を少し流して私の方を見ると、
「なん、で、こんなこと、するんデ、すか」
涙を湛えた目で私を捉えて訴える。かわいい。
薬効が安定して来たのか、血の滲んだ左腕の震えは少し落ち着いた。握った手首から脈拍が顕著に速まっているのは分かっている。良く効いている。とてもいい。じっとりとかき始めた汗の湿り気が瑞々しくて心地いい。突如強く速くなった心拍に苦しみ喘いで息絶え絶えなその姿も大好きだ。
「ひ、はは―――金剛。なぜかって?き、きひひひ、可愛いよ。あと質問に質問で返すな」
私の脳も多幸感で燃えて、言語中枢が暴走している。饒舌になった私の脳が口を滑らせないように自制する。はっきり言って苦しい。頭の中であらん限りの言葉がぐるぐるして、すぐそこの出口を目の前に往生させられている。頭が痛い。目が霞むほどに。それはそうと質問に質問で返すアホな金剛、やはり素敵だ。
「テイトク、やさしいひと、て、おもっ、てたのに」
「は?」
呆れた。なんて可愛い勘違いなのだろうか。金剛、やはり君はアホだ。アホかわいい。
「失望したよ、金剛。最高だ。本当に君は可愛い」
悲しいくらい私は理解されていない。いや別に構わないのだけれど。ここまでくるとむしろ金剛が可愛すぎて特に問題がない、むしろ良い。
「金剛、私を理解していないのは君だけだ」
私はウキウキして微笑みながら言う。柄にもなく語尾が上がってしまった。そういえば私が微笑んでみせた時陸軍の少将が「世界が滅ぶ」と褒めて下すった。あれは多分“花も恥らう”の最上級表現だと思う。私は好きな口説き文句だ。無視したが。
「……い、いや」
「何が厭なんだ。……そういえば君が初めてだな、私を“拒絶”したのは」
「こんな、ひと、だな、んて」
「君は実にアホだなぁ」
可愛いし可哀想だ。仕方ない、改めて説明してやらねばならない。本来ならば余計なことと考えて言わなかったこともまとめて説明だ。
私はそもそも元・陸軍中佐だ。歩兵の大隊長だ。今やどうでもいいことなので、別に聞きたくないならと聞かせなかった。過去を捨てた者達の寄り合い所で、それをわざわざ語るのもナンセンスだ。
そして私におそらく善性はない。あるのは“良識”という名前の手書きの辞書だけだ。大方を暗記した……私の脳に刻まれているということだが。若い頃に受けた道徳の授業は私と世界を噛み合わせる遊星歯車だ。……再再再試験と補習付きだったがそれはどうでもいい。
私自身、それに思い悩んだこともあるし、良識が私の心を引き裂いたこともある。ああ、何故私はこうまで残酷なのだろうかと。だが、いつしか良識の方が先に音を上げた。だから、私は戦争屋なのだ。軍人としては欠格だ。
私が足に障害を負ったのは陸軍時代で、少佐だったときだ。人間相手のちょっとした戦争をしていたときだった。戦術的に私が予想しなかった、爆弾を背負っての陣地潜入という襲撃のせいだ。しかもその不届きをブチ殺して一安心していたところで遠隔爆破、私はかなり近くにいたので無念の戦傷。周りに部下はほとんど置いておらず、その少ない部下は死亡。いや、一人だけ残っていたか。その一方で、私は戦術上“既に不要”となっていたので最前線では作戦続行。よって作戦終了後の撤収まで助けが来なかった、来させなかったので私の傷は悪化。……悪運に恵まれて命はあった。しかし、足は切断こそ免れても、ただの飾りになった。作戦成功の功績と戦傷により名誉除隊……とはいかず、私は除隊の薦めを突っぱねて後方に居座ることにした。見舞金では老後まで暮らせないので、まだ辞める訳にはいかない。そこで名誉昇進に託つけて後方勤務で茶を濁すことにしたのだ。傷痍軍人勲章と同時昇進の合わせ技はかなり私を有利にしたから、私の感じた問題は無かった。
今こうしているのは、前任の提督が死んだのと、その提督が女だったから後任も女なら艦娘らがやりやすかろう、という考えで組まれた人事によるものだとか。陸と海の越境人事だが、近年の深海棲艦出現により随分と人材の融通が楽になっていたらしい。私は来た仕事を処理していただけなので知ったことではないが。
そう、私が買われたのは“業務のマニュアル化”の能力だ。私が負傷した戦いだって、指揮官を必要としなかったためにそのまま成功した。後方に回ってからも、大隊ごとの方針を定義してマニュアル化することを業務としていた。言うなれば、兵士たちのプログラミングを行っていたのだ。
だから、この度提督が過労死して空いた鎮守府を預かり、その改革を実行したわけだ。ここでももうすぐ完了する。私に任された業務はそこまでだ。あとは責任だけは持っている。だがどうでもいい。給金は出続けるが、仕事はほとんどない。これが実質的な私への年金だ。
バカな前任の”テイトク”はさぞお優しかったのだろう。艦娘全員からの”承認”を求めていたのかもしれない。傷つく限り傷ついた彼女達に”人間として寄り添いたい”と願って、それで結局抱えきった結果死んだ。
だが私は違う。
”黙認“だ。
私の見立てでは、彼女達の問題は安堵や休息で全てどうにかなる。何せ、私はそのための時間を都合しているし、彼女達自身が大方問題を自認しているからだ。出来ていないとしても周りで勝手に世話をする。私と違って、不幸な彼女達は互助に長けている。入り込む余地も必要もない。私という”環境“に”特に文句がない“から、私は”黙認”されている。楽な話だ。
「そして私の楽な方法で唯一対応できない例外が、君だ」
このアホが。
このアホは私に多大な虚偽・不正を行った。病歴を隠蔽し、かつ病人で動けないくせに動けると吐かし、それを真にするために薬物を使用し、今の様になった。妹たちは正直に申告してきたのに、なんでまたこの姉だけがアホなのだろうか。
正直に言おう。私は嘘を吐かれない限りは対応可能だが、それが破られた時点で無理になる。その点ポンコツと言っていい。なにせ、私は正直な申告に対して正確に環境を構築するからだ。頑張りすぎる輩は場を乱すだけと見做している。まぁ嘘を吐いても履歴を見ているし関係ないが。
ここに来て最大の屈辱を受けたと感じたのは、このアホに関する諸元というか履歴が全く当てになっていないということなのだ。申告と履歴を対照し正確に性質を把握、それを元に私は仕事をしているというのに、このアホはどちらもクロだ。私の仕事の邪魔だ。他はほぼ正確なのに対して何がどうなっているのかと死ぬほど笑った。すぐにこいつを宛にしない方針に変えたが。
「こ、んな、はずじゃ」
“そんなつもりは”じゃない。言い訳じみた言葉ではなくひたすらな絶望。
どういうことかはなんとなく見当が付いていたが、やはりか。
虚偽の履歴、過剰な申告、そして過労癖と重度の鬱。
おまけに既に”死んでいる”ときた。
いや、最初こそまさかと思ったが本当に面白い。
私は最高の気分で可愛い金剛に言葉をかけ続ける。諭すように。一転して優しげに。
「安心したまえ。私は上手くやっているし、もはや私がいなくともここは上手く回る。私がそうした。そのように作り変えた。皆それでやっていく。現に君がいなくとも回っているんだ。……死んだ“テイトク”のやっていたことなんて私が少し手を入れるだけで、皆“で”出来るようになった。いとも簡単に、だ。死んだ“テイトク”もさぞお喜びだろう。君もそう思うだろう、なぁ」
一息ついて、私は、金剛をこう呼んだ。
「“テイトク”」
“テイトク”、すごく良い顔してる。