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ご愛顧ありがとうございます。
ところで、残酷な描写タグを一応付けてるのはご覧のとおりです。
ただ、「嫁のロシアンルーレット」では不十分な気がしてきました。
悲鳴を上げた人の通報でパトカーが来て、私は警察に連れて行かれた。
私は、目の前が真っ暗になったまま、聞かれたままに全てを話した。
氏名、
住所、
実家の住所、
私がロックバンドのドラマーであること、
昨晩あのライブハウスでショウをしたということ、
片付けに手間取って出るのが遅くなったこと、
雨が上がるのを待っていたこと、
あの子が私を探しに来たこと、
私に好きと言ったこと、
私を探して駆けずり回っていたらしいこと、
私を殺そうとしたこと、
あの子から逃げるためにスティックケースで自衛したこと、
転んだこと、
すぐ走り出して包丁を避けたこと、
また転んだこと、
蹴って抵抗したこと、
記憶が曖昧だけれど、
凶器を奪い取って逆に刺し殺したこと。
そして、朝まで茫然自失で座り込んでいたこと。
女の人の警官に体を調べられたあと、留置所に送られた。
膝の傷、お尻の内出血を見られた。
恥ずかしくて、情けなくて、惨めだった。
●
48時間。猶予目一杯まで決定がもつれ込んだ挙句、私の送検が決まった。
留置所では、死ぬことばかり考えていた。目の前の暗さに耐えかねて。でも死んだら、死んだら、それは、なんで私は反撃してしまったんだろう。あの子になんで殺されたくなかったんだろう。その矛盾こそ許せなかった。だから、私は呆然として留置所での2日間をやり過ごしていた。
その次は警察、留置所の次は検察庁。
検察官の男の人から話を聞かれる。それで、私の責任能力についての疑義があるとして、私を勾留する必要がある、と、言った。事務所の弁護士が動いていたようだけれど、無駄になった。
そして、また留置所に戻った。
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次の日、裁判所に連れて行かれた。地方裁判所だった。
裁判官から話を聞かれた。
今まで書類が色々作られていたけれど、その書類の通り全く間違いないと言った。
彼も私の責任能力について問う必要がある、と私の拘束を決定した。事務所の弁護士が頑張ったみたいだけれど、やっぱり駄目だった。
留置所に戻った。
●
両親が保釈金を払って私を留置所から出してくれた。
防衛による殺人で正当防衛の可能性があるとは言え、莫大な金額だったそうだ。
逃げるつもりはなかったけれど、逃げられなくなった。
死んで逃げる矛盾も許せなかったから、ただどうしていいか分からない感謝の気持ちがあった。
でも留置所から出る日、会いに来てはくれなかった。
私も、合わす顔がないから安心した。けれど寂しかった。情けなかった。
私の身元を引き取りに来たのは弁護士だった。事務所付きとはまた別の。
しばらく、弁護人の家で匿われることになった。
裁判までの一ヶ月、私は、ずっと本を読んでいた。
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気がつけば一ヶ月が過ぎていて、私は本を読んでいた。
フィルタリングされたスマートフォンに入った電子書籍と、弁護人が所蔵する本をひたすら読みふけっていた。
私のあてがわれた部屋は、世話役の人が片付けてくれていた。毎日。
つまり、毎日どんどん散らかっていた。私の凍りついた心情とは裏腹に、どうやら頭はバラバラだった。
精神科の通院歴と診断について聞かれた。
病院名と診断について答えた。
パニック障害。
裁判では言わないでと頼んだ。
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裁判所に入った。
入る時、マスコミがうるさかった。フラッシュがまぶしかった。
私は、ただ惨めだった。
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裁判が始まり、私は本名から何まで、私を証明する言葉を羅列していく。
その全てがフェイクだったらよかった。でも、どれを述べてもここにいる人殺しは私だった。
否定したくて耐えきれなかった。自己嫌悪が、来る前に飲み下した抗不安薬を破壊した。
私はもう落ち着きを失っていた。
罪状が裁判官に読み上げられる。
あの日起こったことを、包み隠さず。私は一切否定の言葉を持たなかった。
否定の意思は、言葉がなければ無力で、現実の前には空虚だった。
冒頭陳述が行われた。
私が話した内容と、そんなに変わらなかった。けれど、もう一つのビジョンがあるらしい。
私がスティックケースで左肩を殴打したことは間違いない。
だからそれで包丁を奪って殺害した、という可能性も指摘した。
そもそも、奪った時点で殺害される危険を脱したのだから、逆に刺し殺すことがおかしい、とも。
当然だ。検察側は私を責めた。
どちらにしろ、防衛は過剰すぎた、と。
また救命活動を怠ったことから殺意の存在あるいは人格が疑われる、と。
証拠品が提示された。
あの子の指紋と、私の指紋が両方検出された。多かったのはあの子の方。
それに混じってあの子の家族の指紋が検出された。買ったものじゃなかったらしい。家の包丁だ。
私は確かにそれを握っていた。握って何をしたか、分かっては居るけれど未だに過程が曖昧だ。
どうやって奪い取ったか、分からない。私が死ぬはずだった状況を、どう歪めれば私が殺す側になったのか、覚えていないのだ。ただ、それを握った私がいて、それが突き刺さっていたのがあの子の胸だったことは、忘れ得ない事実だった。
その他に、私のスティックケース。合わせて、あの子の死体の左肩の写真が映し出された。内出血で青く痛々しく染まっていた。
通報した人が証人として招喚された。
通りに面した店を営んでいる女主人だそうだ。路地を抜けてすぐのところで。
証言内容はこうだった。
私があの子の死体の前で座り込んでいたこと。
ただ呆然としていたこと。
それを見たのが朝方だったこと。
犯行当時の私とあの子の会話、私の抵抗については雨のせいか全く聞こえてこなかったこと。
すぐに通報し、警察がやってきたときもそのまま座り込んでいたこと。
私を有利にも不利にもしない証言だった。
私を逮捕した警官も招喚された。
証言内容はこう。
逮捕にあたって私が全く無抵抗だったこと。
一貫して呆然とした様子であったが、受け答えは比較的はっきりしていたこと。
取り調べには極めて協力的、かつ証拠品等と一切の食い違いがないこと。
転倒に際してついたものとされる体の傷も確認していること。
ただ私が正直者だということだけが分かった。
加えて、事件発生時はともかく、その後は正気を保っていたことも。
弁論が始まった。
あの子の側、被害者側の主張はこうだ。
過剰防衛。あるいは殺人。
救命活動が無かったことから故意かつ極めて悪質な人格の可能性もある。
検討次第では実刑判決を。
一方、被告側の、つまり私についた弁護人の主張はこうだった。
正当防衛、あるいは過剰防衛でも情状酌量による無罪か執行猶予を。
弁護側が防衛の正当性、あるいは過剰防衛に対する情状酌量を求める根拠について更に口述を始めた。
私の精神科の通院歴と、診断書が根拠として示された。
パニック障害。
「……めて」
やめて。お願い。言わないで。言わないでって言ったのに。
なんで。言ったの。暴かないで。
頭のおかしいヒス女だって思われたくないのに。構ってちゃんと呼ばれたくないのに。
脳内は壊れていった。
心は破裂して血にまみれた。
頭の奥で何かが溢れ出した。
耳鳴りがうるさくって止まらない。
自分の呼吸の音がやかましくってたまらない。
私を見る目が刺すように痛い。
お腹が痛い。胃が痛い。肺が痛い。体の至る所が痛い。
「やめてよ」
死んじゃう。でも死ぬなら死んじゃえばいい。なのに死ぬことはこんなにも怖くて。
私は、おかしくなった。
●
裁判が停まってしばらくして、法廷の外に出されて、トイレで私が大量の抗不安薬を飲み下してひとまず鎮静すると、周りの目は哀れみと好奇の視線に変わっていた。
まるで動物を見るみたいな。まるで人間の偽物になったみたいだった。トイレの鏡の私は私じゃなかった。
あまりに、惨めだった。でも、意識が朦朧としていて、そのときは全てがどうでもよかった。
もう死にたかった。ジレンマも投げ捨てて死んでしまいたかった。
無駄に長く生きすぎた1ヶ月ちょっとを無にしたかった。
私は人間を失格になった気分だった。
じゃあ屠殺されてしまいたい。せめて私が私じゃないまま死にたい。
正当防衛も過剰防衛も殺人でも、もうなんでもいい。
ただ、今が夢であれと、私の幻想、妄想という名の茶番、ショウなのだと信じたかった。
私は人殺しじゃないんだと、ただそう思いたかった。
無かったことだと思いたかった。
でも、その日に降った時雨は歪んだテレキャスターのような轟音。
あの日起こった真実を忘れるなと責めるようだった。
時雨に、また濡れた。あの朝のように。
●
随分面倒な帰り方をして、マスコミを撒いて、私は私の部屋に帰った。
弁護人の家はもう使えなかった。既に張り込まれているからと。
それならばむしろ、まだ割れていない私の家のほうが安全だった。
●
荒んだ部屋に帰ってきた。そのまま暗い部屋でスマートフォンで三島の“金閣寺”を読んだ。
最後まで読み終わって、私は、生きよう、とは思えなかった。
包丁で手首に、もう一度傷を刻んだ。
そのまま“人間失格”を読んだ。
最後まで読み終わった。
私はいい子だ。神様のようないい子。ドジで、お道化た、無邪気な女の子。
そういうことにしたかった。
でも、葉三君も、人殺しはしなかった。
私は差し詰め、失格ですら無い、ヒトデナシだった。
手首にまた傷を刻んだ。
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目が覚めると、病院だった。
弁護人がなんとか様子を見に来たらしくて、私を手当してそのまま病院に担ぎ込んだのだそうだ。
惨めだった。ひたすらに、ただ惨めだった。命から逃げた自分が情けなかった。
現実から逃げたい自分が嫌いだった。
それでも、点滴のチューブで首を縛った。
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バイタルサインの急変で看護師が駆け付けてきた。
私は死ねなかった。
手足をベルトで拘束された。
扱いは気狂いのそれに変わった。
本も読めなくなった。
仕方なしに、妄想に狂った。
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たすけて、と只管に譫言を言う私を見かねて、いや耐えかねて、ついに弁護人が親を呼び出した。
ある日の夜だった。
病室は人払いがされて、両親と私だけになった。
妄想から冷めた私には、憐れむ目が痛すぎて、ただ泣いていた。たすけて、と。
そして通話中のスマートフォンが差し出された。
長姉からだった。海軍で長期の極秘任務が始まると聞いて以来だった。なのに、連絡を取ってきた。
夜に電話とは姉らしい、と頭の片隅で呑気にそんなことを考えた。
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『久しぶり。簡潔に話すよ』
「うん」
『死んでもいいなら、こっちに来なよ』
「死んでもいい、私が私でなくなりたい」
『いいんだね』
「人間じゃなくなりたい、死にたい」
『……分かった』
通話はそれだけで終わった。
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その後すぐ、私は麻酔を掛けられた。