女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2017/01/21
脱字修正。

2019/05/29
”患者のプライベート”について考証漏れがありました。訂正しています。


どんな面下げて戻ってきた

 ……連絡は入れていたけど、実家に帰ってくると父さんは『よぉ帰ってきた』と大泣きだった。私もそりゃあ泣く。もらい泣き。それでこれからは横須賀で少佐になる、と言うと『なんちゅう孝行娘や』とまた泣いた。あのさぁ、こう簡単にホイホイ泣かれると私も泣いちゃうから本当に困る。そもそも職業が職業、死んでも文句なんて言えない軍人だし、極秘任務の艦に乗ってるってことにしてたから、そりゃあもう心配で心配で仕方なかったのは分かるんだけれど。

 

 で、実家に入れて余った分の金で数日間柄にもなく大阪を飲み歩いていたら、休暇中だってのに横須賀から電話が来た。

 あれは頭にきた。飲み屋で思わず敬礼して電話を取ったもんだから恥ずかしい目にあったのだ。しかも電話越しでも酔っ払ってるのバレッバレで『酒もほどほどにして人気のある所を歩いて帰れ』と言われた。やかましいわ。こちとら育ちが悪うござんすから実家の周りがその人気のないところじゃドアホ。てか軍人が軍人なめとんかボケ。

 そんなもんでブチ切れて思わず、キープしても意味が薄いのにボトルを注文してしまった。一升瓶で。アレは痛い出費だった。あれさえなければ他の店を開拓できたのに呑みきるまで通うことになった。本当に自分アホかと思ったけれど酒は美味かった。ちょっと美味かった。でも他人の金で飲むほうが美味いのは意外だった。自分で自分の図々しさを再認識する。図々しくて辛い。んふふふふ。

 ……んー、あれ?いや、そもそも安酒だったか。何飲んだかあんまり覚えてない。でもどこ行っても”鳳翔”より料理がマズかったのははっきりと認識している。やっぱりあのクレイジークソ女将、料理の腕だけは神がかってる。悪魔レベルにいい感じの人格してるけど。本当に詐欺だ。

 で、父さんに青森の大湊に行くことになったと言ったら、『なんやそれ』と変な顔をしていた。無理も無いけど。

 

 しっかし、出戻りの後にまたすぐ出戻り。

 全く予想してなかった。突然大湊の提督が自殺してポストが空いたからって、解体と休暇明けの所でまた大湊行き。まぁ、確実に給料上がるし超絶暇かつ仕事の仕方が分かっているから二つ返事で引き受けたんだけど。

 私にお声が掛かったのは間違いなく、艦娘OGな上にその大湊に勤務していたからだろう。ポジションやらなんやらもあって他の輩の扱いに慣れているっていうのは確かだ。なにせ私がシフト管理していた。あの可愛い泣き虫女の集めた情報と意見を反映して作っていた。むしろあの女より私のほうが勝手知ったるほど。……で、仕事の引き継ぎも必要ない。私が引き継ぎをせずに出ていったのと同じように、あの女も引き継ぎもせずに死んだわけだ。

 

 それにしてもお上は私をとりあえず引き留められればいい、という感じで横須賀にポストを準備できていなかったらしい。そもそも人員が飽和しているし、競争が激しすぎて叩き込んでみようにもどこに突っ込んだものか悩んだろう。提督が自殺して、しかもちょうどその辺に少佐が余っているというならば行き先は一つ。賽の目はどこを転がしても大湊、というわけだ。とんだサイコロの旅もあったものだ。しかも私も頭がおかしくなって、深夜バスなんて地獄を自分で選んで味わってきたわけだし。

 

 で、何で死んだんだろう。あの女。なんか気に病むことでもあったのかしら。そんな質じゃないと思っていたけれど、もしかしてクリティカルに精神が壊れることでもあったんだろうか。金剛が死んだとか。それならありえる。あんなにお熱だったんだから。後を追っても全然おかしくない。私を殺してでも手元に置きたかったわけなんだから。でも私の手元に回ってきた資料によると、金剛はちゃんといる。はて、本当に何があったやら。

 

 まぁいいか。給料は上がった。その分好きなだけ酒が飲める。煙草も吸える。数年来のタカリ生活も晴れて卒業だ。……しかし、葬式くらいは出てやろうと思ったのだけれど全然連絡とかは回ってこない。家族葬なんだろうか。お悔やみ申し上げくらいはしてやろうと思ったけれど実家の住所なんか知らないし、当時は興味すら無かった。死に顔を拝んでやろうと思ったのだけど。だってあんなに美人なのだ。とてつもなく不謹慎だけど、そりゃあ綺麗に違いない。まじまじと見てやろうと思ったのに。きっとびっくりするほど可愛い顔で死んでいるんだろう。実家が教会、その上職業が軍人だから死体は見慣れてるわけで、普通の人とちょっと感覚が違うのはわかってる。綺麗な死体も汚い死体も見慣れてる。葬式の手伝いによく駆り出されたし、深海棲艦に艦がやられて結構同僚が死んだし。

 

 ……でも、家族葬。家族。アレの家族って、どんなんだろう?そりゃあアレは多分美男美女ご夫婦の可愛いご息女だ。もういい歳だけど。しかもダディーとやらはおそらくパツキンのエゲレス人。どんな生まれだ、私ゃ捨て子だってのに。しかしそこまで察せたのにアレの家族像は全く想像が付かなかった。一体どんな教育を受けたのか?いやエゲレスジョークを叩き込まれたのはわかる。でもそれだけであんなのに育つか?……育たないか。親の育てたとおりに育つとは限らない。想像もつかない結果にはなんてことのない過程がある。そんなものか。私達の兄弟にもそういうのは居た。結局今は……それなりにやってるみたいだけど。

 

 ともかく、私は休暇明けに深夜バスで横須賀に行って辞令を受け取り、横須賀に留めてあった大湊からの荷物を整理、経費で買ったスーツケースに必要なものを纏めて深夜バス。なんでかって言うと交通費は予め支給の上に領収書切らなくていいって言うから、反射的にケチってしまった。それでその経費の余りは財布の中に入って酒代・煙草代として消えるのを待っている。で、私はビジネスホテルで一泊とかそんなこともなく、どこぞのローカル番組よろしくサイコロを振ったように大移動。死ぬかと思った。これは自律神経壊れる。あと一日乗ったら死ぬ。いくら船員暮らしの経験があるからって、久しぶりでこんなバカみたいな大旅行は死ぬ。

 

 ともかく、私は追い出されたところに最高責任者という肩書で戻ってきたわけだ。

 どっかのIT企業みたい。

 

 

 ●

 

 

「で、私の仕事はシフト管理と書類の最終処理、そんだけだから。あとはテキトーでいいわ。私もテキトーにやるから」

「はぁ」

 

 執務室に着いても一向に私服から着替えようとしない新しい提督……坂神少佐は、煙草を蒸かしながらひたすらダルそうにそう言った。要は提督の仕事になっていたものをそのまま引き継ぐ、と。何も変わることなく、責任者が変更になっただけ。この鎮守府は、本当に何も変わることなしに提督交代劇を完遂、そういうことになる。

 

 煙草を揉み消すと、またすぐに次の煙草を咥えて火を点ける。……私、煙草苦手なのは言ったほうがいいかなぁ。正直に言おう。……まずは、煙草吸いすぎだって。司令部前の喫煙所で1本目を捨ててもう3本目だ。

 

「あの、煙草、吸いすぎじゃないですか……?」

「あ?」

「ひ、ひえっ」

 

 ギロリとした目で見られて、体中鳥肌が立った。コレ、私は会ったこと無いけれどこれがきっとヤンキーさんなんだ。不良さんだ。良くない人の目つきだ。ひえぇ、とんでもない人が来ちゃった。多分横須賀でろくでもないことをしてこんなところに回されたんだ、そうに違いない。だって不良だもん。

 私が怯えていると、彼女はすぐに目元を緩めて、

 

「……煙草苦手ならそう言えばいいわよ。私もいい気分で吸いたいしね」

「あ、はい、その。正直苦手で……」

「悪かったわ」

 

 私に謝罪すると、彼女は椅子から立って背後の窓を開けた。……少し肌寒いけれど、新鮮な空気が私の鼻と胸を癒やした。話は分かる人みたいだ。というか、察しが良い。あの人とは大違いだ。

 ……窓から身を乗り出して、煙草はまだ吸い続けているんだけど。そこは火も消すところじゃないんだろうか。

 その体勢のまま、

 

「んで、ここの事情は全ッ部把握してる。前の提督と同じようにやるからそこは安心していいわよ。一応後から全ポジション見に行ってマニュアルに目通すけど」

「あ、はい」

「で、秘書艦は変更なし、瑞鶴にやってもらう。給与計算のし直しとか面倒くさいじゃない」

「はぁ」

 

 それを私に言っても仕方ないんじゃ。私、別に秘書艦じゃないし。ただの出迎えなんだけど。

 

「質問ある?無い、よし。まあそういう感じで。窓閉めといて。お疲れー」

「え、あの、ちょっと」

 

 そう言うと、煙草を咥えっぱなしで執務室を出ていこうとした。

 私服でどこか行くって、それはマズいんじゃ。というか艦娘の皆がビックリしてしまう。一般人が紛れ込んだと思って……いや、こんな堂々と煙草吸ってほっつき回る人が普通なわけない。察してくれるかも。

 

「お散歩行ってくるから」

「お、お散歩?」

 

 振り向いて煙草を指に挟ませると、煙の溜息を吐いて私をジトッとした目で見た。呆れられてる。いや、こっちのほうがちょっと溜息モノなんだけれど。不良でだらしない提督だし。

 

「……アホか、挨拶回りよ」

「あ、アホ?」

「そ、アホ。ま、だからって別に給料下げたり仕事変えたりしないから。メンドーだし」

「はぁ……」

 

 妙に見知った感じを受ける態度だけれど、初対面でここまでアホと言われてしまうと、怒るというより何が何だかよくわからない。ともかく、彼女は行ってしまった。ドアを開けっ放しにして。……本当にだらしない。テキトーだ。ちょっとどうしたもんだろう。

 

 とりあえず、仕事に戻ろう。執務室を出ると、新しい提督は執務室から3つ隣の瑞鶴さんの部屋に入っていった。新しい提督としてまずは秘書艦にご挨拶ってとこだろう。……来たの初めてのはずなんだけど、まぁ、合ってるからいいか。仕事しないとドヤされそうで怖いし。

 

 

 ●

 

 

 ドアをノック無しでバターンと開けて、

 

「まさかという時に新提督として着任しました坂神少佐でーす」

「……は?」

 

 反応が芳しくない。いや、元ネタ通りだ、これでいい、ともかく、

 

「今のナシ」

 

 出てドアを閉める。

 

 

 ●

 

 

 ドアをノック無しでバターンと開けて、

 

「まさかという時に新提督としてたく……噛んだ!」

「……何?あんた、誰?」

 

 もうやり直さない。バカみたいだ。てか私はプロテスタントだし。まぁカトリックを皮肉ってやる資格はあるかもしれないけど。

 あーもう、思いつきで行動するからこうなる。

 なんで?やってみたかったんだよコノヤロー!でもこれじゃ一発目からスベったあの女みたいじゃない、クソ!なんだかんだ毒されている。完ッ全に侵食されたらしい。遅効性かニシキヘビの毒は。畜生次にここから転属になることになったら引き継ぎ事項に”まさかの時の~”を記載してやる。罰ゲームどころか拷問だ。アレ以外絶対耐えられないだろう。

 

 まぁいい。よくないけどいい。

 向かい合わせにした机、その左の方に向かっている瑞鶴に、自分でも明らかに分かるくらいダルい声で、

 

「私が新しく着任しました坂神紫苑少佐でーすよろしくおねがしやーす」

「そうですか。前提督の秘書艦やってました、瑞鶴です。で、何か用ですか」

「あんた秘書艦続投だから。あと目覚ましと髪洗うの手伝って。前の提督ので慣れてんでしょ。給料据え置いてあげるから。以上、あとは前の提督の時と同じ感じでどーぞ、じゃねー」

 

 言うべきことは言った。……あれ、なんか忘れてる。

 

 そうだ、飲み代を踏み倒したまんまだった。一度思い出すと忘れられないタチだ。このままじゃ寝覚めが悪い。だから、私は財布を取り出して、

 

「んでこれ、お駄賃。前払い」

 

 忘れていた飲み代を払った。よっしゃ。うまいこと払った。

 怪訝な顔をしていたけれど、すぐに興味をなくしたのか、私から目を逸して、

 

「……よろしくお願いします」

 

 それだけ言って書類に視線を戻した。つまんないやつだ。よく知ってるけど。

 今は空いている机が少し名残惜しいけど、部屋を出る。

 

 次は大淀だ。更にその次は……もういいや。とりあえず今いる奴らには全員挨拶しておこう。”叢雲”だったことは伏せて。バラすつもりは毛頭ない。出戻りバレるとか恥ずかしすぎて私にゃ無理だ。わかんないならそのままにしておく。でもバレたらバレただ。開き直ってしまえ。

 

 

 ●

 

 

 で、最後。もうすぐ夕食になるけど最後の挨拶は金剛だ。……資料によるとかなり回復してきているとはあったけれど、とりあえず行き先はあの病室で合っているらしい。

 ノックを3回。

 

「ドウゾ」

 

 促されたので入室。

 

 ……金剛の様子は、最後に見たときとは大違いだ。顔色も良く、体も前よりふっくらとしている。太った、というよりは適正になったというのが正しいはず。ようやく復活か。それに、なんだか空気が柔らかい割に真面目感が漂っている。品の良い微笑みのせいか。ホント美人だなこの人も。

 とりあえず私から敬礼。

 

「あー、この度新提督として着任することとなりました、坂神紫苑少佐です。よろしくおねがいしまーす」

「ハイ、お待ちしていまシタ。お久しぶりデス……”叢雲”さん」

「はい、よろ……んなぁっ……まっ、ちょ、えぇ!?」

 

 いきなりバレた?なんで?髪の色戻ってるしボッサボサだし、そもそも顔まで一応ちゃんと元通りってのに、なんで?

 

「事情は簡単デス。あー、どうしても”艦”に引っ張られて変な喋り方になってしまうデスが、ちょっと頑張ってみますネ」

「え、うん」

 

 口調とかどうでもいいんだけど。”金剛”は”金剛語”を話すもんだと完全に割り切って考えていたし気にしないんだけど。

 そんな内心の私に、

 

「実はですね、アナタは前提督のご指名なんですよ」

「な―――――――んですってぇ!?」

 

 思わず大声で驚いてしまう。何だそれ、ご指名?なんで私なんだ……ってそりゃ、

 

「『私の代わりの適任が一人いる』、って言って軍医を通して横須賀に連絡を行かせたんです」

「あー、うん、適任、適任っちゃ地位からも適任だけどさぁ」

 

 私が溜息混じりにそう言うと、彼女は頷いて続ける。

 

「そうです。私とお話ししてあの人が決めたことです」

「はぁ……何のつもりなのよ……」

「”適任”だからですよ。アナタはここの仕事に慣れていましたし、そもそもアナタが居なくなったのを埋めていたのもあの人でした。ですから、アナタを呼んでくれば問題ない。そう考えたのデス」

「……で、問題ないからって自殺?何があったか知らないけれどご愁傷様ってとこね」

「それデスが、実は死んでないデース」

「は?死んでない?自殺って聞いてるんだけど、どういうこと?意味分かんないわ」

「とりあえず、これを見てもらいたいデース……ああ、どうしても喋り方は艦に寄ってしまいマスね……」

 

 さっきから喋り方がどうしたんだろうか。そう思って怪しむ顔をしていると、彼女はサイドテーブルに無造作に置いてあった瓶底みたいな眼鏡を掛けて、

 

「この顔、写真で見覚えありマス?」

 

 レンズの向こうの目は細めている。多分度が合ってないんだろう。艦娘は一応近視・遠視も改善されるのが普通だからそんなものいらないはずなんだけれど。

 

 ……ん?コレ、なんか……かなり前に目を通した資料で見たような……艦娘の資料じゃない……はず。

 着任前の状況について説明してた資料……写真。

 

「あ!?」

 

 提督!?

 それも、前の提督、あいや今は私が提督だから、先々代の提督にそっくりだ!

 大部分眼鏡だけど!

 

「ってことは……年柄年中デスマーチ、医者の不養生極めすぎて過労死したバカっていう……あのワーカホリックの大佐ァ!?」

「あ、はい、そうデー……です。その、元大佐でス」

 

 やっべー、ノリで言い過ぎた。やっべー。全然怒ってないみたいだけど。やっべー。

 ……ということは、この先々代の提督は死にかけたとこで艦娘への改造を受けて、また過労と鬱病でこうなってたってことか。よくここまで回復したもんだ。しかし、ようやくこの鎮守府の真実に近づいてきた。そりゃ”外様”は知り得ないわけだ、この”金剛”が着任した頃には私とアレはまだ居なかった。多分他の艦娘なら知っていたんだろうけれど、私がついぞ知り得ず、ようやく本人から種明かしがされて分かった。……でも、だからってそれだけなんだけど。……待てよ、それ、アレは知っていたんだろうか。

 

「アレ……じゃない。前提督はこのことを……」

「バレちゃいまシた」

「はぁ……バレた?」

「経緯やら何やらから推理されちゃいまシて」

 

 バレた。ということは、多分アレが残したデータにはちゃんと記載されてるはずだ。私には渡っていない。艦娘リストくらいしか来てない。アレが読めれば大きな収穫だ。元々見るつもりだったけれど、それでもあのノートPCに鎮守府の真実が収まっている、ありゃ大変な財産だ。仕事がしやすくて仕方ない。有り難いにも程がある。性格上確実に”暴いた”ことまで存在しているはず。見ればようやくこの鎮守府の本当の姿が見える。アレにはついに理解できなかったかもしれないけれど、私ならちゃんと全部をつなげて一つの像を結べるはずだ。でもそれは後で考えるべきことで、

 

「死んでない……艦娘になって……」

「そう、あの人も、艦娘になりに行ったんデす」

「はぁ!?」

 

 じゃあ、私のこのポスト。

 何?

 どーせ戻ってくるんでしょ?艦娘になったって言っても。

 私お飾りじゃない。いやアレも置物だったけど。確かに楽なのは予想していたけれど、

 

 なーんか、釈然としない。

 とりあえず聞く。金剛語を抑えようとして変に訛ってるこのおバカさんに。

 

「で、私は何すればいいわけ?前前提督さん」

「瑞鶴を宜しく頼みマす。彼女のタガが外れナいように、なんとか3ヶ月は保たせてやってくだサい」

 

 3ヶ月……妙に具体的な数字だけど、何でだろう。ちょうどアレの艦娘化が終わる時期と重なる。

 ともかく、

 

「いやそんなこと言われても、ねぇ……あいつ病人でしょ?薬ちゃんと飲ませるとか、禁酒日作ってやるとか、そういう生活管理?それこそもうぼちぼち元気になったアンタ、お医者の仕事――――――――」

「計画は私がやりマすから、実行をお願いしたいんデす。提督の権限は、アナタにありマすから」

 

 私の意見に食い気味で反論。それほどにまで重い理由があるっていうのか。

 それに問う。

 

「……直接やらない理由は?」

「あの子の中では、私はまだ回復していない病人のままでいなくちゃいけないんデす。だから、この外には出るわけには行きまセん」

 

 ははぁ。まぁ、あの瑞鶴は”人を不幸にしないと生きていけない”やつだから、幸せなやつがいるだけで可笑しくなる。それは分かった。けれど、

 

「なんでこの中はいいのよ」

「……この中だけは、あの子は監視していまセんから。秘密のことはここでだけ話が出来ます。あと、あなたの正体を知っている人は他にも居マす。明石デす。彼女とは計画を共有していマす。死体に偽装して運んでくれたのは彼女デすから」

「なんで明石がそこで絡んで来るわけ?」

「提督は……ここで本当に死ぬつもりで、でもそうはならなかったんデすが、死体の処理は予め明石に任せていたんデす。ですから結果的にコトが上手く運びマして」

 

 なるほど。しかし。ここで明石が来るか。なかなか凄い組み合わせになってきた。

 で、一旦棚上げしていた疑問について。

 

「ふーん……で、ここは瑞鶴の監視がないって言ってたけど、なんで無いわけ?てか今までどこが監視されてたのよ?」

「鎮守府全域デすよ。私以外、全員が監視されてたそうデす」

「はぁ!?」

 

 全域!?一人で、どうやって全域カバー出来るってのか、意味が分からない。私が目を見開いて叫ぶと、すぐに金剛は答えてくれた。

 

「あの子の装備は全部彩雲デす。それをほぼ常時飛ばし続けているんデす。あの子が眠る昼休み、それと夜以外は……提督は気付いていたようで、その、アナタを……殺す、のをここにした理由も……それデしょう」

「あー、うーん。あのことはもう水に流すつもりでいるから」

 

 そもそももう許すつもりでいたし、さらにあっちが死んだからもう完全にチャラ、という気分に一度なってしまった。だから今更生きてたからって恨みが再燃することはない。元はと言えば私の口が悪いのが原因だったんだから。

 

 それに、昼休み以外は金剛の部屋以外監視……。他に例外がないなら執務室もそうだったはずだ。だから瑞鶴が昼寝している時間、つまり昼休みの真ん中で執務室に踏み込んだ時、アレは秘密の趣味に耽っていたわけだ。誰にもバレない時間帯だから。なるほど、納得した。

 

 で、なんでここだけ監視していないか、だ。

 

「で、あいつがここだけは見逃しているのは?」

「私が、彼女の代わりに不幸になり続けてマす。私はその、彼女の神様なのデす。御神体みたいな。そういうわけで……」

「自分で自分を神様っていう奴初めて見たわ」

 

 何言ってんだこのアマ。いや、確かに神様レベルでいい人だったってのは資料から窺えたんだけど、それでもちょっと引く。

 

「彼女は、私が不幸であることで精神の安定を保っているんデす。私がここから出てこないことが何よりの根拠というか……一方で、こんな私を見たくない、っていう気持ちもあったのかもしれまセん」

「あー」

 

 わからんでもない。金剛がまだマシだった頃、瑞鶴は随分と金剛になついていたことだし、それはまぁ。

 金剛が病室で寝たきり状態になってから”ああ”なったから、監視もそこから始まったと見ていいだろうと思う。

 それ以外を監視していたのは、多分全員を隙あらば不幸にしてやろうと思っていたんだろう。不幸を見て幸せになろうとしたんだろう。それくらいは察せる。

 

 ――――――――で、個人的に一番どうでもいいことなんだけど、最後に一つ疑問が残った。

 

「で、アレ……もうアレでいいわ、なんで自殺しようとしたわけ?」

 

 すると、金剛は気怠そうながらも饒舌だった口を急に噤んで、一息。そして、

 

「それなんですが……秘密にさせてくだサい」

「……まぁ、デリケートな問題よね。結局生きてるんだしね。バレたら本人赤っ恥ものだったり、そういう系なの?」

「そういうので済めば良いんデすけど……そうじゃないんデすよ。ああ、良い言い訳を思いつきまシた」

「は?」

「患者の、プライベート保護デす。それでいいデすか?」

「……患者?」

「そう、患者デす。私の、久しぶりの、デすね」

「そう、ならしょうがない……しょうがないのかしら?」

「お願いしマすね」

「うん……」

 

 一番どうでもいいことだった、というか野次馬根性的な好奇心だったからそれでもいいんだけど。

 

 さて、ネタバラシは大体終わった。まとめに入ろう。

 

「で、簡潔に私がすればいいことを纏めると?」

「そうデすね。まず、瑞鶴の制御をお願いしマす。それに加えて、あの提督が築いたシステムをそのまま維持して下サい。最後、私がこれ以上回復しつつある事は、あまり表に出さないようにしておいて下サい。よろしいデすか?」

「アイ、マム。大佐。その命令を了解しました。……これでいいわけ?」

「はい、これで、大丈夫デす。……ふぅ」

 

 最後の確認を済ませると、金剛は随分憔悴した顔になった。話し疲れたのだろう。かなり無理していたらしい。思ったよりまだ病人。回復しつつあるとは言え、それは間違いのないことだ。余計なことを話すこともないと思って、私はここを後にすることにした。

 

「じゃあ、金剛。お疲れ様」

「……ハイ、テイトク。頑張ってくださいネ」

 

 部屋を出て、ドアを閉め、廊下に出る。

 

 ……確かに、耳を澄ませると耳鳴りのように何かが聞こえる。聞き覚えはある。プロペラの回転音だ。なるほど、ここまでは監視されているわけだ。でも構うことはない。この部屋で起きること以外は一切やましいことなんてない。私は好きなようにするだけだ。

 

 というわけで。

 

 ●

 

 昼は執務室で、

 

「んっふふふふふ……!安楽椅子……!ち、違うでしょソレ……がはははははは!」

 

 夜は“鳳翔”で、

 

「がはははははは!酒、うんまいわねぇー!あー煙草もうんまー!んふふふふふ!」

「……うるさい」

 

 大井がなんか言ってきてるけど構うことはない。私は提督だ。上官だぞ。上官がはしゃいでても無視しとけ。別に絡んだりしないんだから許しなさいよ。

 

 

 最近の生活はこうだ。

 昼はテキトーに働いて煙草吸って、夜は飲んで煙草吸って寝る。まるで暇な木こり。

 男の一人も居ない居酒屋じゃ着飾る意味もないしラフな私服で豪遊だ。

 食い倒して太郎みたいな立派な女になったるわ!

 

 仕事に問題?あるわけない!楽!超――――――――楽!なにせ慣れた仕事だから楽で楽で仕方ない!あの女何して暇潰してたんだろう。……それで引き出し開けたらパイソンズとか古いアクション映画とかのDVDが見つかった。勤務時間中それ見てたのか。クソ。謎のリモコンもあったけど押したらスクリーン降りてきたし、それで何故かあったプロジェクターの意味が分かった。コレ、映画鑑賞用だ。業務定義後は本当に楽してたんだなーって身を以て体感中。

 

 ……しかし吹替版の”アレ”、本当に笑えるし突っ込みどころ満載で最高だ。もちろんパイソンズのDVDボックスも見る。笑える。これはもうハマってしまったんだなーと諦めた。諦めてヘビーローテーション中。何度見ても笑える。超笑える。笑い疲れてお腹空いてご飯が美味しい。ここやっぱり最高。超暇ポストかつ高給取りとかもう罪悪感しか無い。で、罪悪感を掻き消すためにDVD見る。

 

 おお、これがニート……ニートとはこんな苦しみがあるのね……と思ったら、仕事してるフリをする。憂鬱になる前に。というか実際仕事してるんだけど。書類の最終的な処理したり、アレが残したデータを閲覧して艦娘達の実情を把握したり、シフト表の見直ししたり、アレが作ったマニュアルの読み込みしたり。それでも暇は暇。それで煙草吸ったり煙草吸ったり煙草吸ったり。暇すぎて鬱になってきた。私ゃエリートだから窓際族の苦しみなんてついぞ味わうことはないと思ってたのになー!かー!

 

 まぁ、他にも色々あった。金剛と相談、明石に薬の準備をさせてそれを瑞鶴に支給する、飲酒ペースの制約をかけてやる、などなど。そして昼には明石と二人で金剛の部屋に行って状況の整理。

 

 そんなこんなで、大湊での提督生活三ヶ月チャレンジは過ぎていった。別に三ヶ月で終わらないけど。

 

 ●

 

 すっかり春の大湊警備府、依然問題なし。

 

 ただ、瑞鶴は確実にボロを出しかけていた。私の方で誤魔化してはいるけれど、だんだん書類の文字が荒んでいたり、誤字脱字とか要旨の破綻とか、そういうのが見えるようになってきた。文の内容も、破綻した思考が漏れ出している。……どうやら金剛が回復していることで精神が壊れつつあるらしい。彼女は自分でトイレに行けるようにはなったから部屋から出歩くようになってて、流石にそれは見られてしまってる。

 

『おかしい』

『不幸じゃなきゃおかしい』

『もう殺さなきゃ』

『不幸にしないと』

『殺さないと』

 

 こんなことが書類に書いてあった。仕方ないし暇だったから私が書き直してやったんだけれど。面倒くさかった。

 ……金剛を殺す、それを実行に移す可能性もある。それだけは回避できるよう、こっそり薬の量を増やさせて鎮静を強力に掛けたり、休みを増やしたりして正気側をサポートする感じでやってはいるんだけど。でも、このままだとそろそろ限界かもしれない。瑞鶴の頭も、金剛の身も、この鎮守府の運営も。

 でも、私は約束通り3ヶ月間、瑞鶴のタガがギリギリ外れないように制御しきった。治ってしまえば面倒がなくてよかったのに、どうにも回復していかない。でもまぁ春になると人間精神的におかしくなりやすいって聞いたことある。

 

 だから役目は果たした。あとは、帰ってくるはずのアレの問題だ。何をするのか、それは知ったことじゃない。ただ金剛に会いたいだけなら自殺騒ぎを起こす必要はなかった。それだけは分かるけれど。

 

 そして、一本の電話が私に掛かってくる。スマートフォンを取り出して、”通話”をタッチ。耳に当てる。

 

「はい大湊警備府、坂神です」

『こちら、”工廠”軍医大佐である。健勝であろうか』

「ええ、こちらは何も問題なく運営中です。ご用向きは如何なるものでしょうか」

『そちらに行かせろと患者が熱烈に強請るものでな。そちらに回したい次第なのである』

「あー、了解しました。大湊はそれを受け入れます」

『……二つ返事なのであるな。まぁよかろう少佐。良しなにしてやって貰えるよう頼む。なにせ英国系艦娘”初の”レプリカである』

「英国?あの、そのなんで我が国で英国系の艦娘が」

『それは患者のプライベートに関わるので私に話す権限はない。着任と同時、個人情報に関するデータが届く手筈であるので、それを待ってもらうこととなる。しかし……我が国において”建造”されるという非常に特異なこと、かつ”本物”もどうやら認めているので貴重なサンプルであるが、当の本人が”大湊に行く”と言って聞かぬ。まぁ、どこに配属したとていずれ意図的に問題を起こし、”問題有り艦娘”としてそちらに流されるやもしれん。であるから上層部としてもこの配属を是としたようだ。あとはそちらの意見だけだったのだが、その問題もないようであるな』

「えー、まぁ、その本人に心当たりがあるというか、もうアタリを付けているもので」

『……そうであるか。その辺りを今更問うことはせんが、仮にも英国艦の名を冠している。名前もあちら、英国にとって大変名の知れた武勲艦である。本人が粗相をする可能性はあるが、そちらからも粗相のないように願いたいものである。ただ万が一そのようなことがあれば是非揉み消してもらいたい。以上である』

「はぁ、了解です。では“搬入”日時は――――――――」

 

 ――――――――艦娘が、来る。この大湊に。

 

 帰ってくるのだ。アレが。

 

 どれくらい不細工になったか確かめてやろう。どんな艦娘に適性があっても、あのレベルから顔が変化すればどうなっても劣化だろう。さぁて興味が湧いてきた。どうなるだろう。

 

 ●

 

 

 で、その二日後の朝。

 例のアレは戦艦寮の空き部屋へと厳重に隠されながら運び込まれて来た。

 

 ……戦艦?マジで?

 ここ戦艦もう足りてるんだけど。伊勢、日向、山城。うちの方針だとこの三人で十分に過ぎる。まぁ高速戦艦が一人も使い物にならないから不足してるかと言えばそうかもしれない。

 

 で、昼頃に起きてきて迷わず司令部の私の執務室に挨拶に来た。杖を突いて、ぎこちなく歩きながら。おい、コレ戦力にならないじゃない。どういうことよ。別に期待してなかったけど流石にキレそう。

 

 それはともかく、艦娘になったアレの姿はというと。

 

 本物のパツキン。碧眼。おっぱい。白人。どこのお姫様だお前は。

 マジか。

 どこも不細工にならなかった。というかまんまだ。なんだお前。

 

「Queen ElisabethシリーズBattleship。Type-2、”Warspite”。Admiral、宜しく頼むわね」

「あー、坂神紫苑少佐、大湊警備府提督でーす」

 

 さて、久しぶりと言うべきか、一応はじめましてということにするか。そんなことをちょっと迷っていると、アレは真顔で、

 

「金剛は無事?」

 

 お前、まずそれか。

 

 

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