私は、私の生きる意味を失った。
手元まで差し出されたそれは幻だった。
比叡は、事実を突きつけただけ。悪くない。比叡は、何も悪くない。それは事実だったのだから。
だから私は彼女を責めたりしない。責める意味も、権利も、なにも私にはない。正直であれと言ったのは私だ。私の教えたとおりに彼女は実行した。だからそれが私を殺す刃だったとしても、それを咎める道理はどこにもない。
……私は、人を愛してなんていなかった。
最初から、最後まで。私は金剛を私のドールにしていただけだった。違う、違う、違う、そう否定しても、否定の言葉の裏では、私は考えていた。私は何をした?何を思って、何をしていた?それは私がいつもドールに向けてしてきたことと本質的には同じだ。人の真似事を、ドール相手にしていただけだ。
私は、金剛に見惚れていた。それは、彼女が、あまりにも美しかったから。人間とは思えないほどに綺麗だったから。動けなかったから。だから彼女に恋をした。ドールを愛おしむように。愛でるように。だったら私のこの恋慕は何だったっていうのだろう。器物愛だ。
器物愛……倒錯だ。私は狂っている。狂っている。私は狂っていた。だからそんな出来損ないのヒトデナシは、死んでしまうべきだ。死にたい。死なせてほしい。
どうして。
どうして神様は、こんなにも私を苦しめるの?
掴ませておいて手を離すような、こんな残酷な仕打ちで。
どうして運命はこんなにも、こんなにも、こんなにも、私を虐げるの?
ああ、ああ、ああ!
これが、私への不幸!私への罰!原罪!そんなもの、いらない、いらない、いらない!
欲しくない!私は、どうしてこんなにも歪んで、捻れて、壊れているの?
どうして私は人から生まれたというのに人になれないの?
ヒトデナシと呼ばれ慣れて、ヒトデナシと突き付けられて、ヒトデナシと自分で認めなくちゃいけなくて、人のふりをして生きることも出来なくて、なのに、なんで、ここまで生きてきてしまったんだろう。
どうして諦められなかったんだろう。人を愛せない、そんなこととうの昔に知っていたのに。分かりきっていたのに。
私も一体のドールなら良かった。機械なら良かった。ただの歯車なら良かった。擦り切れて消える鉄の部品なら良かったのに。
人間になんて生まれたくなかった。
私は、私は……生まれたくなんてなかった。この苦しい世界に存在したくなかった。こんな寂しい世界に、独りで、どこまでも広がる茫漠とした砂漠の真ん中で生きて行きたくなんてなかった。
水はない。どこにも。
誰もいない。どこにも。
ただ至るところに幻が佇んでいて、私はそれも分かりきっている。
そんな、なにもない空虚な世界。
金剛、あなたも幻だったのね。
悲しい、私は、それがどうしようもなく、悲しい。
こんなに虚しいのならば、命なんていらない。死体になりたい。人形になりたい。私も、彼女のように。
あの爆発で死んでいればよかった。火と人間だった何かが爆ぜて跳ねるあの光景の中に、焼けて消えればよかった。私を抱きかかえて死んだ誰か、その彼と心中してやればよかったのだ。そうすれば、私は天国で彼を褒め称えて愛してやれたかもしれない。死ねば、私の孤独も消えたかもしれない。それはもう遅すぎる。けれど、決してまだ間に合わないわけじゃない。死はいついかなるときも人の目の前にある。ヒトデナシにも、喜ばしいことにそれは存在してくれる。私もそれに行こう。それを迎えよう。幕を引こう。人形劇だった私の人生に。
そう、命がいらないから、私は手放そうと思った。
死のうと思った。
次の提督を、あの人に託して。
私の死体処理を、彼女に任せて。
拳銃のシリンダーには、弾丸を詰めて。
私は、彼女の元に行く。
私の愛するドールの元に。
金剛。
私のそばに、人形のあなたが居てほしい。私のドール、愛しいドール。
あなたのそばで、眠りたい。
12時の魔法はもう解けた。子供はもう寝る時間だ。
人形遊びが好きな、そんな、大人になれなかった子供には。
――――――――そうは、させません!――――――――
誰かの声が聴こえる。
誰?
私を止めないで。私は、もう、死ぬの。疲れたの。
――――――――死ななくてもいいじゃないですか!――――――――
やめて、止めないで。
決めたことなの。私の邪魔をしないで。
私の世界には、誰もいない。誰もいらない。
独りで死ぬの。消えていくの。怖くない。ただ寂しいだけ。寂しいなら、辛いなら死んでしまうだけ。
……そう思っていると、声は聞こえなくなった。
気の迷いなんて、ない。私はもうおしまいだ。
おしまいにしよう。
――――――――この世界がそうプログラムされていると言うのなら――――――――
――――――――私が、それを認めません!――――――――
また聞こえてきた。
そんなことはない。この世界は、そうあれかし、としてある。
何事もなるべくしてなる。私にもその時が来た。
死んで召されるなら、そのときは本望なのだ。神様に文句を言えるのは、その時しか無いから。だから、そういう意味でも私は死んでいい。だから死ぬ。
独りの城を出る。執務室のドアを開けて。
車椅子のモーターは、静かに歌い、廊下の床板はざわめいた。
●
「金剛」
彼女を呼ぶ。
「ドウゾ」
……返事があった。
でも私はいつも通りに部屋に入る。
なんとなく、いつもより静かに。
「金剛」
また、呼ぶ。
「テイトク?」
もう一度、
「金剛」
「……ハイ、なんデスか?」
あと一度、
「金剛……」
「……どうか、しマシたか?」
「……っく、うう」
「どうしたんデスか、テイトク……」
私はまた泣きじゃくった。
彼女がこんなにも愛しいのに、なんで、私は人を愛せないんだろう。
どうして。
どうして。目の前にいるあなたを、私は愛しているのに、愛していないんだろう。
あなたの言葉に、違うという言葉が2つ浮かんでは消えて、それはあなたのあり方を否定して、そして私のあり方も否定する。人形じゃないあなた。人間を愛していない私。どちらもが否定されて、感性を責め立てる。
「ごめんなさい」
「テイトク?」
呆けた顔は、私が見惚れた顔。ああ、こんなにも愛しいのに、あなたは、人間じゃない。
私の目で見るあなたは、人間じゃなかったのね。
だから、
「生きてきて、生まれてきて、あなたを好きになって、ごめんなさい」
それでももし願いが叶うならば。
あなたのそばで永久に眠りたい。消えてゆくことは怖くない。ただ、虚しいだけ。
私は懐から拳銃を取り出して、右のこめかみに押し当てた。
呆けた顔が崩れて、目が見開かれる。そんな顔も好きだったかもしれない。
綺麗な目。お願い、見つめていて。
「テイトク……!」
「さようなら、ごめんなさい、愛していました、金剛」
引き金を引いた。
●
――――――――そんな終わり方、クソッタレの神様が許しても!――――――――
――――――――神様”以上”の雪風が!――――――――
――――――――絶対に許しませんよ!――――――――
●
「……テイトク、テイトク!」
「……え?」
揺り起こされて、私は目を覚ました。
……死んだ?
死んで、ない?
どうして。どうして死ねなかったの。どうして、どうして、弾丸は入ってる。引き金は引いた。なのに、どうして、
「なんで、死ねなかったの」
「良かった、本当に、良かったぁ……!」
「金剛……?」
彼女がベッドからそろそろと這い出てきて、私を抱きしめてくれた。身震いがしたけれど、彼女の体は少し冷たくて、でも柔らかくて気持ちよかった。
「どうして、私、死んでないの」
「……不発デス。テイトク、自分が死んだと思って気絶したんデスよ」
「死んでないの」
「生きてる……生きてマス……良かった……本当に……」
よくない。
私は死ぬつもりだったのに。死ななきゃいけないのに。死んでやる。死んでやる。死んでやるんだ。死んで神様とやらを問い糾してやるんだ、生きている暇なんて無い。けれど、拳銃は床に取り落としてしまって手が届かない。
「デモ、テイトク、なんで自殺なんて……」
聞かないで。お願い。私にそんなことを聞かないで。辛い、辛いだけなの。何も聞かずに見送って。
「ごめんなさい……ごめんなさい……金剛……ごめんなさい……お願い、銃を拾って……やり直すの……やり直すの……!」
「お願いデスから、話をさせてくだサイ、どうして、ねぇテイトク、私を置いていかないでくだサイ」
「お願い、お願い、金剛、死なせて……死なせて……!」
駄々をこねる私に、負けじと金剛は、
「嫌デス、ねぇ、テイトク、どうして」
「わたし、わたし、あなたを、あいしてる、けど、わたし、あなたをにんぎょうに――――――」
言ってしまった。髪を振り乱しながら、言えるはずもなかった言葉を、彼女に知らせたくなかった言葉を。
なのに、彼女は落ち着いていて、
「分かってマスよ」
私をなだめるような顔、声で、そう言ったのだ。
「……ひどいわ、そんな、ひどい、こんな、わかってて、こんごう、なんで」
あんまりだ。こんなの、あんまりだ。分かっていたのに、言ってくれなかったなんて。私を勘違いさせていただなんて。酷い。酷い人だ。
金剛は泣きじゃくる私に続けて言う。
「私、幸せデシた。テイトクのお人形さんになれて、凄く気持ち良かったんデス。もう、私にできることはないって、諦めがついて、でもアナタのそばにいるって意味が私にはあって、だから私は今までで一番幸せだったんデス。何より、アナタが綺麗に笑うから、だから私はそれで良かったんデス。アナタの笑顔、私、好きデス」
そんな、全部分かっていて、私の遊びに付き合っていただなんて。そんな、そんな。
「だから、悲しい顔しないで。笑って。――――――――私を、愛して下サイ」
彼女は笑って、私にそれを言った。私の“愛してる”を、願った。でも、それはできない。私は彼女を愛していない。彼女の形を愛していただけなのだから。いや、愛ですら無かったのだから。
「でも、わたし、あなたを人間として愛せない」
「私は人間デス。それでいいじゃないデスか」
それでいい。これでいいだなんて、私は納得できない。それじゃ、人間じゃない。私は、結局人間になれない。なれないままなら死ねばよかった。
「ちがうの、私が愛せるのは、人間じゃない」
「でも、私は人間デス。……それが勘違いだったとしても、やっぱり私は人間なんデスから。テイトクは、人間のような人形を愛してる、実際は人間を愛してる。だから、それでいいじゃないデスか?」
そんなの矛盾してる。理屈が合わない。本質的には、私がしているのはあくまで人形遊びにすぎない。そんなんじゃ、ダメだ。それは、愛じゃない。愛せない私は、ヒトデナシでしかない。
「でも、ちがうじゃない、私、ヒトデナシなの」
「テイトクは、人と少し違うだけデス。……だから、そんなこと言わなくていいんデスよ。私が、お医者さんとして、断言してあげマス。テイトクは、少し違うだけ」
「少し、じゃない。宇宙人って、い、言われたの。ずっと、ずっと、人と一緒になれなかった」
「大丈夫デス。私が、いマス。全部、分かってマスよ」
「でも、でも、でも」
私は、ひたすらに彼女の言葉を否定する。彼女という人間を否定する。それは、私という人間が不在だったということでもある。そのとおりだ。私という人間はこの世にはいなかった。人間じゃなかった。そんなもの、認めちゃいけない。人間は、人間を愛して生きなくちゃいけない。それができない私は存在しちゃいけない。開き直って生きていたつもりだったけれど、もう私は私を許せない。こんなもの、あっちゃいけない。
「じゃあテイトク、私以外の人を好きになりマスか?」
その問いには答えられる。私にとって、言うことは一つだ。それ以外には、絶対にありえない。ありえないからこそ、私は人間じゃないのだから。
「ならない……」
「だったら、それでいいじゃないデスか。本質にこだわっちゃ駄目デス。勘違いを、押し通すんデス」
勘違い。そう、私の恋は勘違いだった。愛は偽りだった。でも、
「勘違いを……押し通す?」
「テイトクは考えすぎるから難しいかもしれませんケド……私だって、そうデスけどね」
それで、いいの?そんなものが、愛でいいの?愛だということにして、いいの?
私は、許されるの?
「勘違い、し続けて、いいの?」
私の問いに、金剛はなんてことないように答える。
「だって、恋なんて勘違い、そうデショ?一生出来る勘違いなんて、それは、なんて幸福なんでショウ」
幸福。
幸福。
幸福。
そうだ、私は金剛を愛していると思えて幸福だった。人を愛せると勘違いして幸福だった。私は彼女に恋をして、ずっと幸せだった。それを、続けていていいの?偽りの、空っぽの、外側だけのこの想いを、抱えて生きていていいの?
彼女が許してくれるというのなら、
「……私、あなたを死んでも愛してる。あなたが死んだって、ずっと、私が死んだって、ずっと」
「死体でも、愛してくれる、そうデスよね」
「うん、……うん……愛してる……金剛……金剛……!」
私は、許されている。この道に外れた、非道い想いを。
彼女が許してくれている。
だから私は、
「あなたが欲しい。私の全てと引き換えでも、あなたを買いたいの。あなたの全てを買いたいの。私の全てと引き換えにしても」
「ハイ、私、そんな長く生きていけないかもしれまセンけど……それでもいいなら、全部、売ってあげマス」
「それでもいいわ、私の全てを……あなたに、あなたにあげる……だから」
息を吸う。そして、彼女の手を握る。強く。彼女も、精一杯握り返してくれた。
「私を、ずっと狂わせていて」
「ハイ、ずっと。――――――――あなたを治してなんかあげマセんから」
言って。教えて。私を教育して。
「私を、もっと壊して」
「ハイ、もっと。――――――――あなたを壊してあげマスから」
もっと言って。もっと教えて。もっと私にものを教えて。
「私を、わたしを……」
ああ。
ついに誰にも言えなかった。言わなかった。
それを、私が口に出来る日が来た。
口はこわばる。
その形を描こうとしても、こわばる。
嘘をつくなと、私の奥底が咎める。
でも、私がこう想ったことは偽りじゃない。
感情の本質が偽りだとしても、ただ外側を取り繕っただけのフェイクだとしても。
私は、孤独という真実を越えて、それを言う。
矛盾は見て見ぬふりをして。
時雨の言っていたことの意味がわかった。これは、私が人間だという証明なんだ。
嘘でもいい。間違いでもいい。叶えて。私に永遠の嘘を与えて。そう願う言葉。
私は、
「あい、して」
「――――――――愛しています、テイトク」
彼女に、女神様に、たったひとつの願いを、叶えてもらった。
●
良かったです。
じゃあ、瑞鶴さんを最後に死なせてあげてください。
不幸な彼女の不幸な人生を、死に変えてあげてください。
雪風では救えません。彼女は救われません。
彼女はもう誰も不幸にしないために、彼女自身を不幸にし続けています。
周りに不幸を撒き散らすことしか出来ない彼女が、それをなんとか押し留めようとしています。
憐れな彼女がもう誰も傷つけないうちに、完全に壊れてしまわないうちに。
楽に、してやってください。
●
「雪、風?」
「……テイトク?雪風が、どうかしマシたか?でも確かに、雪風の声が……」
声は雪風のものだった。ずっと聞こえていたのは、雪風の声だった。
私がそれに気付いた時、唐突にドアが開いた。
「雪風」
雪風は、眉を下げた顔でそこにいた。
「間一髪、しれぇが変な考え起こしたのに気付いて良かったです。ここの皆の頭の中に入って回ってたんですが……しれぇ、まだ幸せになれる余地あったんですから死ぬのはナシです。変態性には救いようがないですが」
頭の中に入る?一体、それはどういうこと?
幸せになれる余地はあった、その話の意味はわかる。けれど、経緯は説明なんかしていない。筋が通らない。彼女がそれを分かっていたとしても。
「雪風、一体何を」
私の説明を請う言葉に彼女は首を振って、
「説明は特にしません。説明してどうにかなるアレコレじゃありませんので。ただ”神様よりは凄い”と言っておきます」
「神様より、凄い。私よりもデスか?」
金剛が冗談めかしてそう言う。彼女もまた人間の頭の中に触れる人間として何か共感するものがあったのだろうか。
「確実に」
雪風は真顔でそう言った。私にはよくわからないけど、多分、そこに偽りはない。彼女の考える”神様”とやらよりは、彼女はよっぽど立派なのだろうと思う。
私も思う、残酷さの塊のような神様よりは。
「……不発は、あなたの仕業?」
「テイトク?雪風は確かに理不尽なくらいに幸運デスけど、他人に分けるコトは――――――」
現象に心当たりがあったから、私はそれを彼女に聞いた。あの日もそうだった。彼女がそう仕向けたのだろうか。でも、
「いえ、しれぇ。――――――――雪風の”手出し”はギリギリ間に合わなかったんです。あれはしれぇの運が良かっただけです。雪風はただ呼びかけただけです」
「え?」
「え?要は、出来るんデス?」
「分ける、というかそもそも結果の操作ですけどね。瑞鶴さんはどうにもならない上、無理やりやれば各所各方面への皺寄せが激しそうです」
「そういうものなの」
「そうですね、雪風と瑞鶴さんはそういう存在です」
ともかく、と前置いて雪風は咳払いを一つ。
「しれぇはなんだかんだ単純に滅茶苦茶運がいいんですよ。―――――陸軍の最前線、最終戦闘で爆発に巻き込まれたんでしたっけ?それで生きてる時点でよっぽどの運ですよ?雪風ならその場に居合わせることもなかったり、不発になったりするでしょうけど。そもそも瑞鶴さんに”運”を吸いきられなかったんですから、そこの金剛さん、いや前のしれぇよりは断然幸運なんです」
「それは、そうかも」
「……私、幸運、とは言えまセンけど……」
「前のしれぇ、超幸薄いですからすぐに表に出ましたね。元々駄目駄目なところに駄目押しですから」
雪風の言う通りだ。客観的に金剛の経歴を見てみると、決して幸福ではない。むしろ不幸と断言できる。私より付き合いの長いここの艦娘達からすれば、より身を以て知っていることだろう。
流石に比叡達のことまで全員が気付いているとは思わないけれど。
金剛は俯きながら、雪風を咎めるように、
「……瑞鶴のせいにしないであげて下サイ……私が悪いんデス。それに、瑞鶴はそんな子じゃ」
「そんな子ですよ。人格は関係ないですけど。前のしれぇ、あーややこしいので金剛さんでいいです?金剛さんも元々そういう星の下に生まれついたように、瑞鶴さんもどうやら理不尽に不幸になったり不幸にしたりする星の下に生まれついたんです。人間ああも不幸だと死ぬまで救われません」
断言した。雪風もまた幸運の尽きない星の下に生まれたからこそ分かるのかもしれない。
そして、
「死ぬまで、救われない」
「そうです。ですから、死なせてやってください。雪風がやってもいいんですが、出来れば金剛さん、あなたが死なせてやってくれるといいです。責任、とってあげてください。でないと殺されちゃいます。幸せに生きなさい、なんて無茶な要求したからですよ。瑞鶴さんがここに来た時、そのまま金剛さんが看取ってやればそれでよかったんです。……本当は本人ももう死にたがってます」
「私の、せい……」
「悪くはないんですが、責任は取らなきゃです」
瑞鶴の命を救ったのは金剛。金剛になる前の、大佐だ。だから彼女の命に責任を持っている人が誰かと言えば、彼女なのだろう。殺さなければ殺される、それはどういうことなのかよく分からないけれど。
俯いて沈痛な表情になる金剛に、雪風は淡々と告げた。そして一度震え、ベッドのシーツを両手で握りしめると、
「……はい、わかりマシ―――――――」
「待って。私がやるわ」
私が、やる。金剛がやることはない。私は金剛のものだから。そうしたいと思った。
雪風は明らかに呆れた顔をして、
「しれぇ?しれぇがやっても意味のないことです。ですからなんとかして――――――――」
「なんとかして、私が殺すわ。金剛は私のもの。私のものは金剛のもの。なら、私がその役目を負ってもいいはずよ」
「はぁ……そういう問題じゃないんですが、そもそもどうやって殺すんです?毒でも盛りますか?食事を作る人達がひどく心を痛めると思いますが」
呆れた目のままに彼女が言うが、私はそうしない。合理的ではないかもしれない。不確実かもしれない。けれど、形は絶対に最も正しい。
「直接、この手で殺す」
「罠でも仕掛けないんですか?―――――――叢雲さんのときみたく」
私は、息を呑んだ。思わず。私の罪だから。何より恥ずべきことだから。それを指摘されて、心臓が跳ねる。
「……どうして知っているの」
「比叡さんと手を組んでなんとか命を拾いましたからね。まぁそれはいいんです」
そうだったのか。私は、
「ありがとう……」
それを、言わなくちゃいけなかった。私がすんでのところで命を奪わずに済んだのは、彼女のおかげだったのなら。それは礼に値することだ。何より感謝しなくちゃいけないことだ。そして、彼女が生きているお陰で、私があのまま死んだとしても後任に適する人間が残った。信用に値する人間が。
「あー、いえ。比叡さんに言って下さい。雪風は叢雲さんとお話をしただけなので。比叡さんに話持ち掛けられなかったらそのまま死んでましたし」
「それでも、ありがとう……」
「まぁこれからはしれぇも他人のことは根掘り葉掘り聞いたほうがいいですね。そのほうがマシな結果になります」
そう。叢雲のときも結局彼女が何を考えているか分かっていなかったからああなったのだ。だから、
「分かったわ。……じゃあ、雪風。あなたはどうしてこんなことが出来るの?」
「そこらへんはさっきも言いましたが説明するだけ無駄です。理屈じゃあないんですよコレ」
「ならいいわ。現象が把握できるだけで十分よ」
結局分かることは彼女と初めて面談した時と同じこと。”できるものはできる”、それだけだった。
そう教えてくれた本人は、
「じゃあ聞く必要ないじゃないですか」
「根掘り葉掘り聞けって言うから」
私が正直に答えると、彼女はまた明らかな呆れの表情。
「……飲み込みが早いのはいいんですが鵜呑みは……まぁ、しれぇはそこらが苦手なんですからこれからは金剛さんにずっと付いてて貰ったほうがいいですね」
「そうしてもらうつもりよ、ね?」
私は金剛の方を向く。彼女は美しく微笑んで、
「ハイ。ずっとテイトクのそばにいるつもりですカラ。大丈夫デス」
そう言ってくれた。私も嬉しくなって笑った。彼女が嬉しいと思ってくれるなら、なおさら私も嬉しくて。
「仲睦まじいようで妬けますねぇ。二人共変態ですけど。それで、話を戻しますけど、その体でどう殺すんです?金剛さんだったらこのまま順当に治っていけば大丈夫そうですけど」
そう。問題は直接殺すための手立て。私には難しい。難しいというより、無理だ。この足では。でも、伊勢と日向、榛名が多少の不自由が残ったとは言えあそこまで回復している。だったら、私だって、
「艦娘になればいいのよ」
「はぁ……かなりあっさり考えますね。結構キツいですよ?あらゆる意味で。何より痛いです」
「慣れたわ」
そう、慣れた。瑞鶴に殴られ続けて左手と肋骨は折れている。打撲なら全身ほとんど隈なくある。別に気にはならないのだから、きっと艦娘化の痛みとやらもそう気になるものにはならないはずだ。
私の言葉に雪風は首を傾げたけれど、
「ふーむ、なら、頑張ってください。実行には雪風も一枚噛みますが」
「別に邪魔しないならいいわ」
私はそれを許可する。完全に足が動くようになるとは思っていない。助けを得られるならばそれに越したことはない。けど、そういうことではないらしく、彼女は首を振った。
「いえ、最後のシメみたいなものです。瑞鶴さんの頭の中に入って、お話をしようと思うんです」
「なら構わないわ」
そのあたりのことは勝手にすればいい。私がすべきは瑞鶴をこの手で殺し、そして金剛を守ること。それだけ。そのために艦娘になる。やることはシンプルだ。
話がまとまろうとしたその時、ドタバタとした足音が聞こえてきた。
しばらくして止み、ゴロゴロと何かが転がる音が加わって再開。その後に、ドアが勢い良く開けられた。
明石が来た。
そう言えば、私の死体の回収を任せていたんだった。なのに彼女は小脇にまた救急箱を抱えており、そしてキャスター付きの担架を転がしてきていた。遺体袋は持ってきていなかった。準備が悪い。そして私を見ると、彼女はいきなりその場で座り込み、すんすんと泣き出した。……これでは話ができない。彼女とのコミュニケーションは視覚を頼りにしているというのに、彼女の目が滲んでいては話にならない。泣くな、なんて言っても彼女はそれを聞く耳がないのだから、彼女が落ち着くまで私達はなにも出来なかった。雪風が背中を撫でてやるくらいしか。
それに、これから彼女にも話をする必要があって、二度手間だということに気付いた。
面倒くさいな、と思って、面倒くさいのは私のほうか、と自分がバカバカしくなって、笑った。
「くひっ」
「笑い方怖いから直したほうがいいですよ」
うるさい。
あと3話です。