女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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打って変わって視点移動なしです。
申し訳ありません。
2017/01/26
描写でおかしいところがありましたので修正。
2017/11/23
時系列整理にあたって、夢の中で言及された”鳳翔の娘”の年齢を修正しました。


超釈迦

「瑞鶴?起きなさい、もう朝よ」

 

 ……もう少し、眠りたい。だって今日もいい陽気。お布団は軽く、柔らかくって、でも分厚くて頼りがいがある。

 せっかくこんないい羽毛布団に包まっていられるんだから、ちょっとだらしなくたって―――――――

 

「五航戦、起きなさい」

「はいっ!?」

 

 飛び起きる。

 あんまり勢いがつきすぎたから、上体を起こしてそのまま頭が、

 

「あいたぁ!」

 

 ほら、ここは二段ベッドの下だから上にごつんと当たっちゃったじゃない。

 私は声の主を両目で睨んで、

 

「加賀さん……びっくりさせないでくださいよ」

「私も……五航戦なのでその呼び方はちょっと……」

「いいえ、私はこの子しか五航戦とは呼ばないわ。だってこんなに寝坊助ですもの」

 

 翔鶴姉が苦笑いで加賀さん……私達の先輩にやんわり抗議したけれど、私の弁護もしてほしい。だってお布団が悪いんだから。私達はみんな同じお布団を使ってるんだから、気持ちは分かって欲しい。

 それより、

 

「加賀さん……私には、ず、い、か、くって名前があるんですからそう呼んでくださいよー」

「あなたも一航戦の最後を背負った名を持つなら、それらしくしてほしいものね。翔鶴は……そうね、すでに一航戦の次代として認めてもいい。でもあなたはまだ五航戦よ。任せられないわ」

「……はい」

「この体たらくではね。……もう少ししっかりしなさい」

「はーい……」

 

 加賀さんは私にちょっと厳しい。だから翔鶴姉より姉らしいところがあるなぁ、って思う。私のお師匠さんでもあるから、言うなれば義姉妹の関係にあるのかもしれない、”お姉さま”ってやつ。絶対に言ってやらないけど。きっと加賀さんは真顔で”翔鶴がどこにいるの?”なんてボケてしまうのだ。彼女は意外と照れ屋さんだから、意味がわかったら顔色が爆発してくれるに違いない。絶対ない、とは思うけれどいつか言ってみたい、とびっきりの親愛の情を込めて、お姉さま、だなんて。

 

 ――――――――そのまま、幸せな夢の中で……――――――――

 

 ?

 そう、私は幸せ。優しい翔鶴姉と加賀さんがいて、それに――――――――

 

 

 ●

 

 

 起きて身支度だけさせてもらうと、私達は食堂へ行く。朝ごはんだ。楽しい楽しい食事の時間。

 

 空母寮を出ると、今日は天気がすごく良かった。大湊は今日も快晴。多分、昨日もそうだった。――――――――昨日?昨日、昨日も。きっと。

 同じような朝。――――――――本当に、そう?本当にそう。

 

 足取りは軽く、スキップまで踏んで。だって毎日おいしいご飯が食べられる。艦娘になってよかったこと、毎日朝ごはんが食べられる。――――――――いや、なる前からもお母さんのご飯を毎日食べていたけれど。美味しかった。多分、ここよりも。母の味は特別だから。そうだ。

 

「あなたは毎日機嫌がいいのね」

 

 加賀さんがちょっと呆れて、でも微笑ましそうに私を見ている。左肩越しに見るその顔は、私を包み込むような視線をくれていた。――――――――幻なんかじゃない。

 

「だって、毎日が楽しいんです」

「瑞鶴、戦争中なのだからそうも言っていられなくなるかもしれないわ」

「いえ、私達航戦の奮闘さえあれば、きっと大丈夫よ。……慢心ではないわ。これは、誇りよ」

「ですって!だから、翔鶴姉も楽しくいこうよ!」

「……もう」

 

 溜息を吐いた翔鶴姉は、でも笑っていた。

 そして何か思い出したような顔になって、

 

「そうだわ、瑞鶴。あなたの家族からお手紙が届いていたの。あとで読んでね」

「本当!?」

 

 私の大好きなお父さん、お母さん、お姉ちゃんから手紙が来た!艦娘になってきっと心配しているだろうけれど、私はこうして楽しく幸福にやっているって教えてあげるんだ。訓練は少し厳しいけれど、規律はそこまで厭味ったらしくない。大好きな提督もいる。私の提督。とっても素晴らしい人なんだ。大切な先輩、仲間、翔鶴姉というもう一人の姉、みんな、みんなとてもいい人。素敵な世界で私は生きている。

 

 ――――――――ずっと、目を覚まさないで……――――――――

 

 声が聞こえた。

 なんだか、寝かしつけるみたいな。

 気にしないようにしよう。

 

 ●

 

 

 食堂は大賑わいだった。みんな自分であれこれするよりもここで食べたほうが断然美味しいってわかってるから。それに、間宮さん達も喜んでくれる。

 

 入ってすぐ、鳳翔さんの顔が見えた。鳳翔さんも居酒屋の方を閉めて少し寝た所。ちょっと眠そうだったけれど、朝ごはんはここに食べに来る。

 

「鳳翔さん、おはようございます!」

「あら、瑞鶴さん。今日も朝からお元気ですねぇ」

「そりゃあもう!朝ごはん、楽しみですから!」

 

 私が元気満々だとアピールすると、鳳翔さんが微笑ましそうな顔になる。

 でも加賀さんが、

 

「いえ、この子は布団から出ようとしなかったので強引に起こしたところです」

 

 ああ、言われちゃった。元気満々なのは本当のことなのに。恥ずかしくって、

 

「あ、加賀さんそれはぁ」

「あ、あの……まぁ、事実ですね」

 

 翔鶴姉まで。私に恥をかかせてきて。遠慮がちにだけど。

 それでも鳳翔さんは、

 

「あらあら。でも、ちゃんとこうして遅くもならずに出られたのですから。……加賀さん、翔鶴さんにも感謝するのよ」

「……はい!」

 

 私は元気よくそう言った。元気で素直、私の取り柄の一つ。みんな私をそう褒めてくれるから。嬉しくて、私はずっと笑っていようと思ったんだった。――――――――でも、笑っているの、顔が少し疲れるなあ。頑張ろう。私は笑っていよう。

 そういえば、鳳翔さんの娘さんは今どんなだろう。私も抱かせてもらった。とっても可愛い女の子だ。

 

「鳳翔さん、娘さんはもういくつになるんでしたっけ」

「お陰様で元気にやっていますよ。もう2つになりましたねぇ。……生まれた時から艦娘の適性が出てどうなるかと思いましたけれど、あの子が大きくなる頃にはこの戦争も終わるといいなって思いますよ」

「もう2歳なんだ……私も、頑張ります!」

「ありがとうございます。……ほら、提督がお見えになりましたよ」

 

 鳳翔さんが、左手で食堂の入り口を示す。

 そこには、私の大好きな提督がいた。

 とても美人さん、いや、絶世の美人さんな、私の提督。黒髪が綺麗で、肌が白くって、でも眼鏡が全部台無しにしてユーモラスな、そんな私の提督。

 

「提督――――――――!」

 

 私は思わず駆け出して、彼女に抱き付いた。

 

「わぁ!?」

「提督、おはよう!」

 

 抱きつかれて面食らってる提督の顔はとっても愉快で、それが私は大好きなのだ。ずっと、ずっと私の提督でいて欲しい人。――――――――それ以外、いる?いない、いないはず。

 

「瑞鶴、おはよう」

 

 彼女は抱き返してくれて、背中と頭を撫でてくれた。私は気持ちよくって、まるで猫みたいに喉を鳴らしてしまう。

 

「はぁ……発情期の猫じゃないのですから」

 

 加賀さんのため息混じりの声で、ハッとなった。はしたない。

 

「て、提督、ごめんなさい」

「いえ、いいんですよ。……太陽が黄色くないって、いいですね」

「提督、今まで無理しすぎてたから……ウォースパイトさんが来て本当に良かったね」

「ええ、彼女には、いえ、皆には今まで心配をかけました……ごめんね、瑞鶴」

 

 そう言って、私の提督はぎゅっと、強く抱きしめてくれた。

 嬉しかった。提督ももう過労で倒れたりしない。みんなが心配しなくていい。そんな結果を連れてきてくれたウォースパイトさんは、

 

「……じゃあ、今日はegg,spam,bacon,sausage & spamのsandwichesを貰えないかしら」

「なんで今日またスパムが増えてるんですかッ!昨日はそれのスパム一つ抜きだったじゃないですか!」

「え?SPAMは2つで一組よ?」

「……えーと、どういう意味で」

「それはね!SPAMとSpermが掛かっていて――――――――」

「あー!やめてください!朝です!朝ですから!」

 

 今日も相変わらずスパムが大好きだ。……もうちょっと、健康に気を使ったほうがいいと思うんだけどなぁ。いくら私達が艦娘だからって。

 

 私は、そんな幸せな日々を、

 

 

 

 

 生きてなんかいない。生きられなかった。

 

 ――――――――覚めちゃ駄目です!――――――――

 

 

 いいよ、もういいよ。こんなの、あり得ない。分かってた。私の人生はこんな順風満帆じゃなかった。

 

 夢が覚めて、私は闇の中にいることに気付く。

 こんなにも寂しい、闇の中に。

 

 

 ●

 

 

 小さい頃、宝くじが当たった。私が『これ!』と言って買ったやつだった。

 

 いくらだったかは覚えていないけれど、みんなで大喜びしたのは覚えているから、それだけ大きな金額だったと思う。けど、すぐにお父さんは会社が倒産して働き口を失った。お母さんは何故か近所の人から嫌われるようになった。お姉ちゃんと私は、学校でいじめられるようになった。

 

 その後、宝くじの配当金が私達の手元に入った時から、全てが本当に上手く行かなくなった。お父さんは新しい職が見つからなかった。あまりに不況だったから、ただのそれなりの普通の会社員だったお父さんは振り落とされて、門前払いにされた。お母さんはどんどん気に病んでいって、追い詰められて、自殺した。元々神経の細い方だったけれど、崩れていくのは真っ先だった。お姉ちゃんと私が帰ってきた時、真っ先に天井から吊り下がるお母さんを見た。

 

 ただただショックだった。けれど、私は救急車を呼んだ。1,1,9、番号は覚えていたから、しっかりと、そして、”お母さんを助けてください”って言った。私は言ったと思う。そして、天井に手が届かない私達は何も出来ずにお母さんがどんどん何かを垂れ流していくのを見ていることしかできなかった。

 お父さんにも電話した。お父さんも酷くショックを受けた。

 

 お母さんのお葬式が終わったあと、人が変わったようになった。ただ、ただ、私はそれを”壊れている”と認識していたと思う。どう変わったかどうかは、覚えていない。

 私が当てた宝くじで、生活は出来た。けれど、それもすぐに底をついた。

 お父さんが株で失敗したのだ。誰かに騙されたらしくて。そして、お父さんは、私をにらみながら、包丁で自分を刺して死んだ。悲しい目で、でも、私への憎しみの目だった。

 

 ふたりぼっちになった私達姉妹は、とぼとぼと学校へ行く道を歩いていた。雨の日だった。

 

 そして、車が滑って、私達に向かってきた。

 お姉ちゃんは私をかばって、精一杯の力で突き飛ばして、一人ではねられた。

 私は、必死の表情を見たことしか覚えていない。その場で座り込んで、何もできなかった。

 

 養護施設に引き取られた。

 私は、その経緯から腫れ物扱いになり、私自身ふさぎ込んでいたから、みんなから黙殺された。いじめられることは、無かったけれど。

 

 私は立ち直れないまま青春時代というものを通り過ぎた。

 私は、それまでも不幸を周りに起こし続けた。目の前で他の子供が死ぬなんて、よくあった。

 病気。

 事故。

 誘拐。

 本当に、色々あった。

 そして信頼を失って、どんどん施設は逼迫していった。

 そのうち深海棲艦が現れ、隣の国との戦争も始まり、養護施設はいきなりパンク状態になった。

 そう、余裕もなにも無い中、孤児が沢山流れ込んできたのだ。

 

 私は、これ以上迷惑を掛けられないと思って高校を出ると軍に志願した。

 不幸中の幸いか、私は体力やら何やらには恵まれていたからそれでそのまま入隊することが出来た。海軍だ。

 軍は死ぬのがお仕事。私に似合いのお仕事。特に、今の海軍は。私はせめて何かを護りたかった。

 

 軍の規律は厳しかった。右向けと言われれば右を向き、カラスが白いと言われれば白いと答える。そんなありきたりで、かつ厳しい規律。

 

 私はそこでも何かしらの不幸を起こした。同期も、何人死んだだろう。私は海の上に何事も無かったかのように放り出されて浮かんでいた。周りは死体だらけだった。ぷかぷかと腕だけが浮いていたりもして、間抜けな風景だとすら思った。

 

 私の周りは、地獄だった。どうしてこんなことになるんだろう。分からない。けれど、私はどうやら疫病神だった。

 

 艦娘になった。痛い目を見ながら、狂気的な軍医に体を改造されて。

 そして呉で空母”瑞鶴”になった。

 

 ”瑞鶴”は、ただ私を哀れむ言葉しかくれなかった。

 

 

 私は祈るように弓を引いた。そんな祈りだけは叶ってか、少しだけ私の疫病神は収まっていた。

 アウトレンジ戦法。何も起こらないうちに、何もかもを終わらせる。それを目指した。

 

 加賀さんからは、『何をそんなに恐れているの?』と見抜かれた。

 赤城さんからは『戦法の一つとしては認めますが、あまりに臆病すぎます』と諭された。

 蒼龍さんからは『早すぎるよ!』と怒られた。

 飛龍さんからは『二回、三回と攻撃することになったらどうするの?』と冷徹に指摘された。

 翔鶴姉、私の新しい姉さんからは『怖がらないで』と慰められた。

 

 私は怖かった。怖くて、怖くて、怖くて。怖くて仕方がなかった。

 何か起きるんじゃないかって、何も起きないでほしいって。

 

 そして、私のその戦法が一定の戦果を挙げるようになり、練度そのものも高まってきたところで、私達空母は一個艦隊として纏められた。

 北方海域へと、出征となったのだ。

 その時の提督さんは、繊細だったけれど人間としてはいい司令官だった。加賀さんとは恋仲だった。だから私にも良くしてくれた。加賀さんが、私を心配している、ということも彼から聞いてよくわかったことだった。

 

 まずは大湊に向かう。

 そして幌筵を経由して敵泊地へ。そういう流れだった。私のアウトレンジ戦法は、却下されていた。攻撃力が足りなくなるから。

 心配だった。ただ心配だった。

 

 大湊に向かうまでの航路で攻撃を受けた。

 苛烈だった。私達空母部隊はなんとか持ち堪えて撃滅に成功したけれど、被害は受けた。……私以外の皆が。

 全て私を素通りするように、皆が攻撃の憂き目に遭った。私はここにいる。なのに、何故か敵の攻撃は私には当たらなかった。

 大湊に着いたとき、みんな悔しそうだった。そして、怪訝な顔をした。

 私は、自分が疫病神だと皆に言った。皆はそれどころじゃなくって、ただ悔しそうだった、それだけ。

 

 工廠の、耳が聞こえない明石さんは私を慰めてくれた。

 きっと上手く行く。そんな脳天気な言葉が恨めしくて、でも嬉しかった。素直にそう言えなかったのが、悔やまれるけれど。

 

 そして、私達は大負けに負けた。理不尽なくらいに。何が起きたのか、まるでわからなかった。

 私と僅かな仲間が生き残った。

 赤城さんも、加賀さんも、蒼龍さんも、飛龍さんも、翔鶴姉も、みんな死んだ。

 

 私だけが、無傷だった。

 

 

 

 大湊には震えながら戻った。なんで、なんで、なんで私だけが。それがどうしようもなく恐ろしくて、泣きながら。

 

 そんな私をただ抱きしめてくれたのが、提督だった。

 そう、私の提督。その時は、まだ違ったけれど。

 

 彼女は私を抱きしめて、

 

「生きて帰ってきてくれて、ありがとう」

 

 そう言ってくれた。私と一緒に泣いてくれた。私はこの時、この人が大好きになった。

 

 ――――――――それは、いい人だったから、それだけでしょう?――――――――

 

 そう、いい人だったから。私は提督が好きになってしまった。

 個人的な連絡先まで教えてくれて、何かあったら相談してね、とも言ってくれた。だから、彼女が好きになったの。

 

 

 

 呉に帰ると、呉の提督さんはおかしくなってしまった。虎の子の航空戦隊をほぼ喪失、それに加えて加賀さんという恋人すら失って、彼はおかしくなった。

 

 そして狂った彼に、ズタズタにされて、犯された。

 ……あまり、思い出したくない。覚えていない。

 

 そんな中逃げ出して、私は受話器を上げて大湊の提督に電話を掛けた。

 無我夢中だった。

 

 助けて。

 

 そう言って、また彼に捕まって犯されて、目を抉られた。その痕を犯された。

 

 1日?2日?わからないけれど、私はただただ壊し尽くされて、そんな頃に大湊から提督が助けに来た。

 曇った右目で、はっきりと明るく見えた。彼女は疲れ果てて、それでもしっかりとした目で私を見て、狂った呉の提督を取り押さえた。

 ……彼は、後々からその後すぐに自殺した、って聞いた。

 

 

 そして私を担いで鎮守府を逃げ出して、そこから大湊へ。

 途中で車を止めて、少しだけ応急処置をしてくれたのは覚えている。体に上着を被せてくれたことも。

 どこだったかは全然分からない。途中途中で止まってその度水を飲ませてくれたのも覚えている。

 

「気をしっかり持って!……ごめんなさい、でも、眠っちゃ駄目です!」

 

 私はそのまま深いところに沈んでいこうとしたのだけれど、彼女がそう言うから踏み止まった。なんとか、意識を闇から引きずり上げ続けた。

 

 大湊に着いてからは、あまりよく覚えていない。でも事実からして、すぐに治療がされて目以外は治った。傷は残ってしまったけれど。右の首筋、そこには提督さんが私の首を絞めた時についた、爪の傷が深く残った。背中には殴ったりひっぱたいたりで出来た裂傷のようなものが。体の至る所に、そういうものが刻まれた。結局ずっと治らなかった。お腹は殴られただけだったから、でも血を吐いた覚えはある。どこかしら傷が入っていたんだろう。

 

 大湊で、私はずっと狂っていた。目が痛かった。背中が痛かった。お腹が痛かった。夜が怖かった。いい人だったから提督を神様と間違えた。物音の全てが怖かった。でも……みんな、優しかった。けれど、いや、だから皆が嫌いだった。私の周りで、不幸になるから。なのに、どうしてもみんなは優しかった。それがどうしようもなく、辛かった。裸になるのも怖かった。夕張には、悪いことをした。ちょっと胸を触られたからって、泣き出してしまったから。

 

 そんな生活の中、私はだんだん正気を取り戻していく。そこからは結構記憶がはっきりしている。薬で落ち着かせてもらっていて、代わりにぼうっとしていた時もあったのだけれど。

 大湊はいいところだった。

 明石の、明石さんの言うとおり、言ってくれた通りに。抱きしめ返してくれた通りに。

 少なくとも、私には。みんな色々と傷を抱えていて、ここはそんな人達の最後の寄る辺。優しい優しい、お医者の提督が作った療養院。みんな、関わりたい分だけ関わりあって、あとはおしまい。そんないいところ。

 

 義眼を付けさせてもらえることになって、提督もコンタクトレンズが怖いくせに頑張って、

 

「ほ、ほら、おそろい、おそろいです」

 

 そう言っておっかなびっくりにレンズを付けた提督は、とっても綺麗だった。

 私も、

 

「提督に、付けてほしいな」

 

 そう言って、私のお願いを叶えてもらった。

 

「幸せに、生きなさい」

 

 そう約束した。

 

 ……知ってる。私は知ってる。皆、私が正気になったことを祝ったんだって。なんとなく分かる。みんないい人だったから。私を疫病神扱いしなかったから。

 

 ―――――――みんながいい人だから、みんなが好きになった、それだけでしょう?―――――――

 

 そう、それだけ。でも、だめ?好きになっても良かったでしょ?

 私、いいことなんてほとんど何もなかった。

 それに焦がれてしまうのは、憧れてしまうのは、だめ?

 

 ――――――――いいえ――――――――

 

 そう。

 だよね、雪風。

 

 

 ●

 

 

「お気づきでしたか」

「うん。そんなキンキン声、わからないわけないじゃない」

「……バカにしました?」

「ううん。元気がいいなぁ、ってそれだけ。それで、どうしたの?私の遺言でも聞きに来たの?」

「そうですね。いま、あなたの心の中にお邪魔して、それで話しかけています。末期の妄想と走馬灯に割り込んでる、と言えばいいでしょうか」

「雪風は、凄いね。幸運だけじゃ済まないくらい、凄いのね。……贅沢言うわけじゃないけど、分けてほしいくらい」

「いえ、やめたほうがいいです。

 小さい頃に拉致されて、

 犯されて、

 少女兵にさせられて、

 地雷原をくまなくランニングさせられて、

 テロ組織の片棒担がされて、

 地上攻撃機に狙われて、

 狙撃手に狙われて、

 組織が壊滅したからマフィアに拾われてロシアンルーレットの代打ちにさせられて、

 どんなに引き金を引いても死ななくて、

 それで気持ち悪がられた挙句に溶接で密封されたドラム缶に入れられて海に放り出されて、

 なぜか日本に帰ってきてしまって、

 死にたくて、

 死にたくて、

 どうしても死にたくて拳銃で頭を撃ち抜こうとしてやっぱり全弾不発で、

 首を吊ったら縄が切れて、

 海の崖から飛び降りようとしたら人に見つかって、

 それでも飛び降りたら風に煽られて海の上に落ちて助かってしまって、

 そんなんで出来上がった学も性的価値も金も何もない女が”死ねない”ことだけを取り柄に軍に入って、

 また生き残って、

 ―――――――――今、”雪風”になっています。そうなりたいですか?」

「……私と似たようなもんだね」

「だから、幸運であることと幸福であることは別問題ですよ。ま、解釈次第ですけどね。それで、死ねるあなたはこうして死んでいくわけです。どうしても死ねない私と違って」

「そう。死んでいくんだ……約束、守れなかったな」

「”幸せに生きなさい”、でしたっけ?金剛さんに叱ってやりましたよ、”無理なこと言うから苦しめてる”って」

「提督は悪くないの。私が、こんなだから」

「そう、ですね。仕方ないです。……それで、あなたの生き様はわかりました。私に、雪風に言いたいことはありますか?出来ることはありますか?可能であれば、イヤとはいいません。……人生をやり直しますか?人生を、リテイク、いやリメイクしますか?あなたの意識を別の世界に飛ばすことだって出来ます。悲しみの僅かな世界へ行きますか?」

「うーん……」

 

 

 

「……約束を、守る方法を思いついたの。リテイク、リメイクは必要ない。ラストシーンを手伝って」

「手伝う?」

「私、提督のところで死にたい。提督に看取ってもらいたい。ずっとそれだけが願いだったって、気付いたの。それさえ叶えば、あの時死んだって良かったの。好きな人に、見送ってもらいたかった。そうすれば、幸せに生きたって言えるでしょ?幸せに死ねるでしょう?……だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私をちょっとだけ、生き返らせて」

「――――――――分かりました。じゃあ、せいぜい頑張ってください」

 

 ――――――――雪風の、神様以上の本気、お見せしましょう!――――――――

 

 

 ●

 

 

 ……目を覚ます。

 うつ伏せの体は重い。首を切ったのが良くなかった。もう失血気味だ。頭がおかしくなってたからって、それはやめとけばよかった。

 

 正気に戻った私は、なんとかして立ち上がる。カッターナイフはもう必要ない。そこに置いていく。

 そして、

 

「瑞鶴……!ごめんなさい、今度こそ……!」

 

 ウォースパイト、提督さんにそっくりの人が私に狙いを付けて、また撃つ。

 けれど、弾丸は心臓を逸れていく。当たった、けれど私は死なない。

 

『雪風の運を分けて欲しいと言いましたね?ならば、そうしてあげましょう!』

 

 ありがとう、雪風。

 私は、提督さんにそっくりのウォースパイトの脇を通り抜けて、寮の外へと飛び出した。

 

 外灯が立っている。サーチライトみたいに私の行く先を照らしてくれている。私は、それを追いかける。次へ。次へ。次の光へ。そして、私のたった一人の提督がいる、あの部屋へ。

 

 走るんだ。私の、ルーベンスの絵の元へと行くんだ。

 行くんだ。

 行くぞ。

 行くぞ。

 

 逝くぞ。

 

『あなたに最期の幸運を!

 あなたがちゃんと逝けたら、雪風も、私も後に続きます!

 何十年、もしかすると本当に死ねなくて、何百年、何千年かかるかもしれません!

 でも、私は必ず逝きます!

 逝きます!

 逝きます!

 クソッタレの神様の前で落ち合いましょう!再会しましょう!待っていて下さい!

 ですから、さらば!おさらばです!瑞鶴さん、ごきげんよう!さらば!』

 

 

 ありがとう。

 ありがとう、雪風。

 私の呪いに巻き込まれなかったあなたが嫌いで、大嫌いで、でも、大好き、いい人。

 ありがとう。

 

 

 ●

 

 

 私の人生は悲劇だった。

 喜劇的なくらい悲劇だった。

 ポップコーンを片手に見てそれで涙を振り絞るくらいには、シネマの悲劇のヒロイン。

 でも、それはこの世のあらゆる悲劇のコピーだ。オマージュ、そう。

 パロディだ。そうだ、人生はパロディだ。

 誰かの生きたような人生を、誰かの踏んだ足跡で埋まったこの世界を歩く、それが人生なんだ。

 パロディ。

 そう、ただの悲劇のパロディの集合体。それが私。

 私は、そんな人生だった。私はそれを知った。

 でもシネマなら。この人生がパロディで、シネマだっていうのなら。

 

 誰がスポンサーだって言うんだ。

 誰が監督したんだ。脚本は誰だ。助監督は誰だ。どんなカメラの回し方だ。なんて酷い照明なんだ。

 どうやってどんでん返すんだ。どんな作品に勝つつもりなんだ。

 

 でも、最期はハッピーエンドなんでしょ?

 苦い苦いコーヒーの底に最後まで固まっていた砂糖のような、そんな最期の救いがあるんだ。

 あっていいはずだ。だって、人生はパロディだ。

 

 私は走る。

 動かないはずの体を、雪風に借りた力で動かして。

 

 ネロは、彼はルーベンスの絵にたどり着いた。私もきっと、それが出来るはずだ。

 人生はパロディだから。

 

 走れ。

 涙ながらの銃弾をどれだけ受けても。

 体がどんなに重くなっても。

 モーターの音が突然消えても。

 背中越しに銃の暴発が聞こえてきても。

 足がもつれて転んでも。

 髪が解けても。

 這ってでも、蜘蛛のように這ってでも。

 

 走れ!

 走れ!

 走れ、走るんだ!

 私は走るんだ!

 

 私の、私だけのハッピーエンドへ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 ……着いた。薄暗い廊下を這いずり回るように、なんとか立ち上がって壁に肩を貸してもらいながら、提督のいる部屋の前にたどり着いた。

 もう、息をしても、どれだけ吸っても足りない。息をしないほうがいいんじゃないかって思うくらい、苦しい。血も口からどくどくと溢れてくる。

 

 さぁ。

 あと一息だ。ドアを開けて、入ろう。

 

 入って、提督を見る。

 ベッドの脇で立ち上がってナイフを構えていた。

 

 ……ああ、抜かりない。本当に。

 でも、無駄だ。無駄にしてあげる。

 

 私は、ここで倒れた。

 こんなにも焦がれる、提督の前で。

 

「ずい、かく……」

 

 彼女がナイフを取り落として、ぎこちない足取りで寄ってくる。

 そう、それでいい。見て。私を、見て。

 

「瑞鶴……!」

 

 彼女は思った通り、血まみれの私を抱きしめてくれた。

 

「瑞鶴、ごめんなさい……!ごめんなさい、許してください、ごめんなさい……!」

 

 ああ、泣いてくれる。

 この人は、きっと神様よりいい人だから、私のために泣いてくれるんだ。

 ありがとう。

 

 私は口に溜まった血をなんとか飲み下す。吐き気が少しするけれど、気にしない。

 終わりだから。これで、やっと終わりだから。

 

「て、いとふ」

 

 ああ、もうろれつが回らない。叢雲のことを馬鹿に出来ない。でも、言わなくちゃ。

 しっかりと、息を吸って、はっきりと。

 今の私は、ヒロインだから。ちゃんと喋らなきゃ。

 

「ていとく、に、みと、って、貰えて、わたし、し、あわ、せ」

「……うん」

 

 私、もう死んでもいいよね。

 

「もう、いい、よね」

「……もう、いいですよ」

 

 言えた。

 約束も守れた。もう生きていなくてもいい。それに、私は幸せだって、提督に言えた。

 

「……うん」

「ていとく、に、ずっと、こうし、て、ほしかった」

「うん……!」

 

 あまりにひどい言葉かもしれない。生きろと言った彼女には。でも、私は願いを叶えて欲しいから。

 彼女に甘えたいから。

 

「さいご、まで、みていて」

「うん……うん……!」

 

 ごめんなさい。許してください。でも、お願いします。

 最後の、一生の、最期のお願いです。私という映画を、最期まで見ていて。

 

「おねが、い」

「うん……!」

 

 強く、強く抱きしめてくれた。

 

 ああ、幸せだ。

 私は、こんなにも満たされて、血まみれの体でも抱きしめてくれる人がいて。

 なんて、幸福な――――――――

 

 




次で最終回です。
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