眠ってすぐに、ノックの音がした。3回。
私は浅い眠りから覚めて、
「入って……」
すると、患者着を血まみれにした金剛が入ってくる。
……そうか、そうだったのか。
金剛のところで死んだのか。
……良かった。
じゃあ、私がやるべきことがある。私はシスターだ。見習いのままに終わったけれど、神の信徒だ。彼女をこんなにも苦しめた……神の。
でも、あいつには文句を言わせてやらなくちゃいけない。神の御下に送ってやる。
私は、
「金剛。……明石もいるんでしょ?パンとワインを持ってこさせて。もう遅いけど……聖餐式、やってあげる」
「テイ、トク……?」
「私ゃシスター見習いだから。……こう見えてもプロテスタントよ。牧師の真似事くらい出来るわ」
私はベッドを出ると、スーツケースをごそごそと漁りだす。気まぐれで持ってきていた聖書、その出番がやって来たから。
●
ジッポーライターを瑞鶴の横たわる頭のそば、枕元に置いて燭台の代わりにした。
明石が息を切らせて持ってきた食パン、そのかけらと、料理酒に使っているワインを瑞鶴の口に含ませてやる。貧乏くさいけれど、赦してほしい。
金剛、ウォースパイト、明石、そして私。
皆でその場で膝をつき、両手を組んで祈りを捧げる。
捧げているふりをして、神を呪う。思いつく限りの恨みの声を心のなかで投げつける。
祈りの文言は省略だ。
ただ一言。
「Amen」
そうあれかし。そうありますように。
オイルと血の匂いでむせ返るような、血みどろの聖餐式。
なんて胸のすくようなパロディなんだろう。真似事に過ぎないこの聖餐式こそが、神への意趣返しだ。
見ろ。見てろ。見るんだ、これが、お前の、クソッタレの招いた最高のフィナーレだ!見るんだ!
私は、また泣いた。
くそ、くそ、くそ!
なんで、なんで死ななくちゃならないんだ!
こんな不条理に死ななくちゃいけないやつがこの世のどこに居ていいんだ!
悔しくて、悔しくて、ただやりきれない。
私がいっときの感傷で泣いているのだとしても、こいつに少しだけしか思い入れが無かったのだとしても、ただ、
ただ、ただ、私は悔しくて仕方がない。
微笑む彼女の腕を交差させて、そこに聖書を抱かせてやった。
私のなんだかんだの思い出の品だ。
あんたにやる。
さようなら瑞鶴。二度と還ってくるな。この世界から解き放たれて、自由に翔んでゆけ。
いつか私もそっちに行ったときは、忘れないで。忘れてもいいけれど。私は忘れない。
でももし、こっちに還ってくることがあったなら。
その時は、私達のことも忘れてどうか幸福にやってください。
ともかく、どうかそっちで幸福にやっていて下さい。
Amen。
●
それから、明石は眠らずに彼女のための棺桶を作り始めた。
木材だけは準備していて、でも彼女の監視があるからずっと作れずにいたのだ。
使い走りのようなことをさせて、辛い役目を任せてしまって、すまないと思う。でも、私は命じなくてはならなかったし、何より早くこいつをちゃんと弔ってやらなくちゃいけなかった。
この警備府は葬式をやる。そうしよう。私がそうしたいから。
こいつのために、何より皆のために挙げてやりたいのだ。立派な葬式を。
皆がこいつを愛していたという、その証明を。
無関心のふりをして。そのくせして心配だけはしていた偽善の証。
何もできなかったから、祈るしかできなかった無力の証。
そして、それでもこいつを想っていたという事実。
それをここに示そう。
●
私はと言うと、彼女の遺体を洗うことにした。
私だって風呂の世話を受けたのだ。だから最後のおめかしの下準備くらいはしてやろう。そう思っていたら、ウォースパイトも右手の“修復”を手早く終わらせてそれに参加しようとした。
「私も、彼女にお風呂の世話を受けたもの」
そう言って。
確かにそれは、フェアな交換だ。
一生に一度、最後の洗体なのだから、彼女のしばらく受けた介護とトレードしてもいいだろう。
私はそれを認めた。
血まみれの服は剥いでやり、冷たい風呂に漬けてやって清め始めた。一応祈りは捧げて聖水ということにして。
私は結局見習いどころか似非だし、けれども”鰯の頭も信心から”と言う。価値はなくとも、祈りに意味はあるのだ。
血でべったりの髪を洗って、体から血を落として、傷口から滲んでくる血は手遅れな包帯で塞いでやって、そうして、彼女の体は清められた。
気付けば包帯だらけだった。まるでただの重傷人のようだけれど、それでもこいつは死んでいる。
綺麗にしてやった。
こいつに受けたものを返していく。
来た時に払ったのは飲み代だけだ。だから、私にはまだ負債がある。金では返せない、もう返すことの出来ないそれがある。
だからこそ、私はこうして最後まで面倒を見ようと決めたのだ。
なにより、私は……こいつが好きだから。嫌いじゃないから。
アレも泣いていた。だって、アレが何よりも世話になったのはこいつだから。
きっと、嫌いじゃなかったろう。
●
夜が明けた頃、明石が棺桶を完成させた。
私達のお清めも、金剛の身支度も整って、それに加えて皆も目覚め始める頃だ。
棺桶には細工こそ無かったが、シンプルで立派なものだった。
瑞鶴には金剛の患者着の洗い替えをとりあえずの装束として着せると、私はおんぶで担いで空母寮の彼女の部屋に連れて行ってやった。久々に”金剛”の制服に着替えた金剛は、それに付いてきて、瑞鶴の遺族役として納棺をすることになった。身を清めたら寝ろ、と言ったのに一睡もしていない様子だった。だが彼女はほとんど回復しているし、元より徹夜など慣れっこだった。ついに私はそれを止められずに、もう勝手にしろ、と言った。……全部終わったら、病室にしばらく閉じ込めてやる。
その後、私は皆を起こして説明に回った。皆、神妙な顔で秘密を守る、と誓ってくれた。そして、皆は何より寂しそうな顔で。でも微笑んで、口を揃えたように『さよなら』と言った。私は、ありがとう、としか言えなかった。
夜警から帰ってきた艦娘達にも知らせたが、彼女たち、特に川内には無理をさせるわけにはいかなくってそのまま寝かせてやった。
棺桶の担ぎ手は山城と時雨が買って出てくれた。世話になったというより、親近感、それと無力さの詫びをしたいという気持ちだそうだ。私はそれも認めて、任せることにした。運ぶ先は、金剛が待つ瑞鶴の部屋だ。
明石はと言うと、もう限界だろうにそれまで背負い込もうとして、夕張と大淀に諌められてようやくその場で倒れ、眠り始めた。
棺桶を白い花で埋めてやるべきなのだけれど、その準備は間に合わなかった。当然だ。葬儀なんてどこもそんなものかもしれないけれど。
すると、起き抜けの比叡が羽毛布団を2つ持ってきて、『これを潰して羽根を代わりにしましょう』と言い始めた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも精一杯の顔で。
どこまでもグダグダで、それでもどうしようもなく暖かい。私はそれを認めて、棺桶に羽毛を入れてやった。鶴にはお似合いだ。むしろ、これがいいんだろう。
金剛とウォースパイトの手で、遺体を棺の中の白に収めてやった。……よく考えてみれば、これが二人の共同作業か。とんだキューピッドもいたもんだと思う。鶴の恩返し、ここに結実せり、か。よかったじゃない。
私はその後、花の手配をすべく金剛が昔使っていた軽自動車を借りて、街の花屋に頭を下げに行った。急遽だけれど、こちらで運ぶから葬儀用の華を用意してくれ、と。ご愁傷様です、という言葉とともに、なんとか一日で用意する、という言葉をもらった。無理を聞いてもらったのだから、絶対にそれなり以上の報酬を払うことにした。
警備府は賑わい始めた。
彼女の送別を立派なものにしてやろうという気持ちで、一つになっていた。これが終わればまたスタンドプレーの集合に戻るだろうけれど、この気持ちの一致は悪い気分じゃなかった。あいつがなんだかんだで愛されていた証だ。確かにここはいいところだ。そうだった。
とりあえず、ここで私は一旦休むことにした。よくよく考えると殆ど寝ていないし、どうせ前夜祭はその通り明日の夜にやるんだ。今はもう昼前だけれど、ここで寝て昼夜逆転したってどうってことはない。
プロテスタントの葬儀、その納棺から前夜祭までの流れについて調べるように比叡とかに言って、私は部屋に戻って眠った。
起きたら多分祭壇は出来上がっていると思う。
暇な奴らが比叡を手伝うだろうし。
●
起きて軽く身繕いをすると、司令部を出て瑞鶴の私室へと向かう。
外は既に日も暮れて夜。
そこには、なんとも言えない祭壇が出来上がっていた。木曾のマントの予備が継ぎ接ぎにされて一枚の布となって棺桶を包んでいて、小机も一枚が包んでいて、結局ここは木曾の空間になっていた。縫い目をよく見ると手縫いで、でも丁寧だった。きっちりと一枚布として機能している。立派だ。
愛用の品としては鳳翔が酒を並べてくれたそうだ。鳳翔は泣いていたらしい。憑き物が落ちたかのような、本当の優しい顔で、でも涙を振り絞っていたとのことだ。比叡から聞いた。
献花はそのへんで摘み取ってきた花を纏めて何束かが手向けられていた。多分大鯨の仕事だ。データによると元小学校教師だ。その辺の手遊びはお手の物らしい。可愛らしくて、可愛そうだった彼女には似合いだ。幸せの象徴みたいで、生前の彼女には不似合いだけれど死んで幸せになった彼女にはお似合いだ。
その他は大淀が動いたのか、きちんとした花束が次々とウチの艦娘達によって運び込まれてきている。
多分、私が行った花屋とは別の店と連絡を取って準備してもらったんだろう。事後承認とはなるけれど、金の問題は今回ほとんど目を瞑ることにすることにしていたから、本人が献花に来たときにその辺の話をした。よくやってくれたと思う。
私も大淀が手配してくれた花束の一つを献花台に捧げた。
そして一度瑞鶴に捧げた血まみれの聖書を私は紐解いて、祈りの句を捧げる。
「Amen」
まだまだ忙しい。納棺は済ませたけれど、次は前夜祭だ。それまでは瑞鶴の部屋に祭壇や献花台を用意してやらなくちゃいけない。
空々しい文句と、私の心からのAmenで締めて、納棺式は済ませた。賛美歌は省略だ。
さぁ、次は前夜祭だ。
●
喪主は、金剛が務める。
彼女の白い制服は似合わないから、残っていた黒い二種軍装を彼女には着せた。もともと彼女のものだし。
そして牧師は私だ。私も黒い軍装で以て臨む。
夜だから、集まった艦娘は全員だ。夜警も今日はナシにした。責任は私が取る。慶弔休暇が出せないところじゃないし、そもそもこうして葬式に出るのも軍人の仕事だ。
まずは私が、
「賛美歌、聖書朗読、聞きたい?」
そう問いかける。特に今回は神様のクソッタレのせいで死んだやつの葬式だ。そんなやつらを賛美したり、説教を代弁したりする気分じゃなかった。だから、敢えて希望を取ることにした。
「……ない、みたいね。じゃあ省略するわ」
いくら捻出した時間があるとは言え、忙しい身だ。私達皆が。だったら無駄なことになる。
「では、祈りを」
私は彼女の祭壇の前に立ち、祈る。聖餐式の時と同じように、恨み言と彼女の安息を願う言葉をありったけ思い浮かべながら、十字を切った。
「賛美歌はまた省略するわ。……説教、聞きたい?」
また希望を取るけれど、返事はない。やっぱり、皆ワケアリだ。死に関する造詣は皆深い。死線を越えたり、死にかかったり、自殺未遂したり、そんなやつらに説く言葉なんて今や特別存在しない。だったら、省略して構わない。
だから、
「故人について、話すことはあるわ。ここは、省略せずに」
そう、それこそが重要だ。彼女が愛されていた、憐れまれていた、けれど疫病神と謗ることはなかったのだと。
そう証明しなくちゃいけない。
「瑞鶴は、有能な部下だったわ。それ以上のことは、仕事については分からないわ。私の体験では。だから、彼女に関する資料を斜め読みして得た印象について、それを話そうと思うの」
そして、私は彼女について思うところを話し始める。
「あいつは、私と会ったときは金剛とべったりだった。それの意味は資料を見ることで理解できたわ。不幸。不運にも程がある人生を送ってきて、それで最後に得た寄る辺が、彼女だった。それは皆も理解している通りよ」
皆は、神妙な顔になる。それは肯定の意味だ。私は更に続ける。
「……私、叢雲よ。わかってるやつもいるんじゃないかしら」
カミングアウトする。……反応は、ざわめきが半分と、溜息が半分。分かってたやつが結構多かったみたい。
「だから、叢雲だった時のあいつとの付き合いの話をする必要もあるってこと。……あいつは趣味が悪かった。人を不幸にしたくて仕方なかった。けれど、それは生きるためだった。約束を果たすために。”幸せに生きるため”に。そして、約束を守った彼女に、護りきって死んだ彼女を讃えましょう。私からは、それだけよ」
そして、献花が始まる。
牧師役の私から、喪主の金剛、遺族役のウォースパイト、そして他の艦娘が続く。
金剛は皆に礼を言った。でも、皆それを辞した。私も含め、彼女に何もしてやれなかったから。
献花が終わると、
「皆さん、本当に、ありがとうございます」
最敬礼で、金剛は頭を下げた。
それが締めくくりとなり、またみなはバラバラになって、瑞鶴の思い出や個人的な世間話を始めた。
またこうだ、バラバラ。でも、それがいいんだって、私にだってもう分かるから。それに構うことはない。
こうして、前夜祭は終わった。
次は葬儀、告別式だ。
●
手狭だった瑞鶴の部屋から、山城と時雨を呼んで担ぎ出してもらう。行き先は食堂だ。
既に他の艦娘には頼んであって、スペースを十分に開けてある。
祭壇を食堂で作り直し、献花された花々も移動。ロウソクもまた灯してやった。
遺影は引き伸ばした証明写真が使われる。額縁は目覚めた明石が作ってくれた。
愛飲していた酒瓶の数々も鳳翔が並べていく。話を聞くと、
「彼女の酒を教えたのは私です。彼女の狂気の片棒を担ぎました。これが懺悔になるのであれば、そうしましょう。私も、彼女を愛していました。歪んでいて、けれど、多分真実に」
泣きながら言う彼女に、往時の悪辣さ、狂気は感じられなかった。本当に人が変わったようだ。まるで瑞鶴が居なくなったおかげみたいで、それはあまりに皮肉だった。
最近五十鈴がキーボードを買ったと言うから、オルガン奏者・ピアニストとして働いてもらう予定になっている。加えて、那珂、川内もドラムとエレキベースだ。急場だと言うのにこんなに音楽隊が充実しているんだ、立派な葬儀になる。
一同が並んだ椅子に思い思いに着席すると、五十鈴のオルガン演奏が始まる。彼女はプロだ。こういう事態にも対応可能、見事なオルガン演奏を披露してくれた。私、続いて瑞鶴を入れた棺が担ぎ込まれてくる。さらに後ろは金剛が。一同は起立し、それを出迎える。
作り直した祭壇に棺が安置され、金剛がそのそばの席に着席する。すると、他の艦娘も着席。山城と時雨は空いている席に混ざりに行った。
立っているのは私だけだ。私は牧師役だから。
例によって聖書朗読は省略、祈りを捧げる。
もう何も言わなくても、皆私に合わせて祈る。
説教はいらない、故人の人柄も私は話し終わった。二度手間にする必要もない。これは所詮略式だし、説教を出来るほど私は本物のシスターじゃない。
だから、喪主にして遺族役の金剛が話し始める。
一礼し、口を開いた。
「彼女は、そう、人を不運にする、不幸にする運命にありました。周りに誰も居なくなれば、誰もの運が尽き果てれば、彼女の運も尽き果てる。人の運気を食って消してしまう、そんな人でした。そんな、悲しい定めでした。私は、それでも彼女は幸せになれるものだと、高を括ったのです。だから、彼女が狂気から引き戻った時、約束してしまいました。”幸せに生きなさい”、と。それが彼女の行動原理になりました。――――――――呪いとも言うべきですね」
金剛は、溜息を1つ吐くと、涙をひとしずく流した。
「あの子をここに連れてきたのは私です。それは皆も知っているとおりです。連れてきた時、既に彼女は重傷でした。放っておけば死んだでしょう。彼女は”たすけて”と私を呼びました。けれど、それは”命を助けて”ということだったのか、そうじゃなかったのか。今では分かりません。なぜなら、彼女は今こうして死んでいて、安らかに眠っているのですから。だから、私は彼女をただ苦しめただけなのかと思うと、どうにもやりきれません。そして、死で安らいだということが、悔しくて仕方ありません。生きて幸せになれと言ったのは私です。ですから、彼女を生きて幸せに出来なければ、私は生きている意味なんてなかった。でも、それは到底叶えられるものでもなかったのです」
どくどくと涙を流していく彼女の肩を抱いて、席を立って前に出て来たウォースパイトが更に引き継ぐ。
「私も、皆分かっていると思う通りの人間よ。――――――――前の提督です、私が」
それには、誰も声を上げなかった。もはや公然の秘密にようになっていたらしい。
「私は、彼女に不幸を教えてもらおうとしました。……不幸な彼女は、不幸を知るというのならば、私も知らなくてはならない。彼女の狂気を理解しようとしたのよ。彼女はそれを教えてくれた。自らが狂気に陥るのと引き換えに。私は、彼女の狂気をついに理解できなかった。けれど、不幸だけは他の方法で理解できた。彼女と私は似ていたの」
一息つく。
「私は、それを受けて自ら命を絶とうとした。生まれという”呪い”が私にもあって、それに屈したのよ」
それが、自殺騒ぎの概要か。”アレの呪い”はうかがい知ることが出来ないけれど、
「私は、”その呪い”を背負っても生きていられると分かった、だからここにいます。でも」
また一息ついて、
「彼女は、生きていても、どうしても、明るい面は人生の方にはなかった。だから――――――――死なせた。人という存在の無力を、ただ知るだけだったのよ。私と同じはずなのに、何かが許さなかった。”呪い”は、彼女を悲しませるばかり。いい面なんて、一つたりともなかった」
雪風がどこからか現れて、
「だから、彼女はルーベンスの絵の元へ向かいました。金剛さんの元へ。それによって、彼女は安らがれました。だから、それでいいのです。それで、全てが終わりました」
前夜祭も合わせると私、金剛、ウォースパイト、雪風。
4人が故人の人生を語って、みなは厳かに、でも微笑んだ。
私は言う。
「これで、良かったのよ。彼女は、死の素晴らしい面を見に行きました。……おしまいよ」
いつの間にか、私の頬にも涙が伝っていた。もう枯れ果てるほどに流したつもりだったのに、感情は未だに尽きる気配がない。悲しいのか、喜ばしいのか。
こう言ってやればいい。
あの厄介者が死んでせいせいした!それくらいのことを。
でも、そうはしなかった。みんなわかってることを、なんで言う必要があるの?
愛した彼女の厄介さなんて、みんな先刻承知のことだ。
……オルガンが演奏される。淀みなく、でも情感を込めて。五十鈴の悲しみが伝わってくるような、そんな音色だ。私達は黙祷、それに聞き入る。彼女の悲しみに触れる。分かち合う。
それが終わると私は深呼吸して、
「さ、花を手向けてあげて」
そう言って、さらに準備していた花を、艦娘の皆に手向けさせた。
●
献花が終わると、
「みなさん、有難うございました……。私が連れてきた瑞鶴のために、皆が集まってくれる、きっと彼女も喜んでいると思います。ですから、ありがとうございました。本当に、本当に、ありがとうございました」
金剛はそう言うと、頭を下げた。最敬礼だ。それに、皆が拍手する。瑞鶴の人生の終わりに、去りゆく彼女の代わりに頭を下げた金剛へ、賞賛と祝福を込めて。
葬儀は終わった。あとは、彼女との最後の対面だ。
私は祭壇に安置された棺から、布を取り払った。そして、窓としてはめ込んだ木枠を引き抜いて、顔の部分が見えるようにしてやる。
蝋人形のような美しさで眠り続ける彼女は、やはり美しかった。安らかそうだった。
「……最後に、会って、あげて」
涙をこらえて、私は言う。これで最後だ。本当に最後だ。あとは火葬か何かだ。それでおしまいになってしまう。だから、
「瑞鶴に、さよならをするのよ」
いの一番に、金剛が棺にすがるように彼女の顔を覗き込む。その後ろからウォースパイトが、金剛を背中から抱きしめながら。二人共、やっぱり泣いていた。そして涙を拭くと、一歩下がる。
次は明石だ。
いくじなし、と自分を責め続けたと聞く彼女は、瑞鶴に思い入れのある人間の一人だ。やはりボロボロに泣きじゃくり、声なき慟哭を上げていた。でも、彼女を忘れまいと涙の滲む目を見開いて瑞鶴をずっと見つめていた。
次々と顔を見に来る。皆、泣いていた。そして、微笑んだ。金剛も、ウォースパイトも、明石も、みんなが。
そして、
「
川内の、涙混じりの声が聴こえる。ベースをもう構えている。
……聞いた覚えがあるフレーズだ。
それに続けて、ウォースパイトが、
「”人生で嫌なことがあって
それがほんとうにあなたを怒り狂わせる
あるいは 罵りや呪いを吐かせることだって
気色悪いものを 噛まされたときも
不平なんて言わないで 口笛でも吹いて ね
それは 最高のものを返してくれるんだから
そう”」
演奏が、始まる。那珂も、もうドラム・セットに座っている。
「Always look on the bright side of life」
独唱から始まった歌は、
「Always look on the bright side of life」
斉唱に。演奏に。広がっていく。歌が、どんどんと。
知ってる。私は知っている。
見たもの。”ライフ・オブ・ブライアン”を。笑いながら泣きながら、凄絶なラストを。
この歌が締めくくる終わりの瞬間を。
歌える。歌えないわけがない!
だって、こいつになんてお似合いの曲なんだって!
私が歌う。涙を振り絞りながら。
「”人生が酷いって思うときは
自分が何かを忘れているはずなのよ
笑う、微笑む、踊るとかそういうことをね
ゴミ捨て場? 馬鹿言わないでよ
口笛吹いて それで全て解決なんだわ
だから”」
大淀が歌う。そして、明石のタブレットをひったくって文字を書く。
「Always look on the bright side of life!」
明石が、その形に唇を震わせる。
”Always look on the bright side of life”
那珂が、川内が、神通が、
「”人生は不条理で 最後は絶対”死”が待ってる
それでも人は幕が降りる時 お辞儀をしなくちゃね”」
鳳翔が、
「”罪を赦されたようになって
観客に微笑んで見せる
楽しむの その最後のチャンスなの
とにかく、だから!”」
山城が、
「”死のいい面は見えているわ”」
時雨が、
「”最期の息を 引き取るその瞬間にはね”」
比叡だって、
「”人生は最低 そう思うかもしれません”
”でも人生の全てはお笑いで、死も冗談、それが真実”」
雪風も、
「“分かります? 全てはショウなんです”
”だからやることは笑わせ続けること”
”そうすれば、最後はあなたがその中心です”
”だから”」
榛名も、霧島も、
「”いつも人生のいい方を見るの”」
「“いつだって、人生の正しいところを見ているんです”」
ウォースパイトが、声を振り絞る。
彼女が布教者だ、だったらここは彼女の権利だ。
叫んでよ、私達の総意を。この悲しみの反対を!
「“私達は何も失っていない!
私達は、何も、何も、何も!
戦力外の彼女なんて!
無から来て無に行くならば!”」
私達はいい面があると歌いながら、口笛を吹き続ける。
「”『海の上では悪いことが起きる』のよ
もともと無価値なの 無から生まれて人は無に還るのだから!
失ったものは何もない なにもないのよ!”」
そして、泣き続けて、歌い続けた、声が枯れるまで。
さようなら。
さよなら。瑞鶴。
さようなら。
●
彼女の眩しさは太陽のようだ。
おぼろげに曇る時もある。けれど、私の目にはしっかりとその光が見えている。
儚くても、守りたい。危うければ、救いたい。
だって、その光は私のものなのだから。そして、私も彼女のものなのだから。
彼女の名は金剛。ダイヤモンドの名を冠した彼女。
私は彼女を愛している。
すれ違って、騙されて騙し合って、そうして愛し合っている。
「金剛」
「なんデスか?」
「キスして」
「喜んで」
口吻をして、指を絡め合う。
これが、私の幸せだ。
太陽をこの手に抱いて、胸はこんなにも灼かれて、でもただ暖かい。
輝く彼女を抱く私は、そう、それだけで、なんて――――――――幸せ、なんだろう。
皆のことは嫌いじゃない。だって、皆可愛いから。いい人だから。
嫌いじゃない。でも、愛しているのはこのひとだけ。
私は、――――――――金剛だけを愛しすぎている。