というわけでおまけ三本目です。
2018/09/01
麻雀描写、山城の和了に関して修正しました。
2019/08/11
坂神さんの北上に対する印象を修正しました。
力なく執務室に戻ってきて、なんとなく考え込んでいた。
ともかく、スパムが来ることはもう避けられない。
ただし、”寄贈”という扱いであれば私にも考えがある。
アレが自分の在庫としてちょっとずつ、延々と食堂に提供……なんて流れだったら手詰まりだったけれど、そうなると極めて私的な理由での倉庫を占拠するわけで、つまりはアレのルール的にはそれが不可能なのだ。
結果、私の思いついた冴えたやり方は生き残ることに成功した。
私はスパム1トンをまともに消費するつもりはない。
まぁその方法は……お楽しみというやつだ。
●
……冴えた方法を思いついたは良いけれど、一応寄贈主の意向に真っ向から歯向かうのは避けたかった。よって一旦スパム1トンをこの警備府で受け入れ、実際に消費しなければならない。
というわけで、私はいつぞやの時のように寮室を一軒一軒訪ねていって、
「スパム1トン来ることになったから。しばらく食事はスパムばっかになるけど我慢して」
一言一句違うことなくコレを通達して回る。
“あのさ”とか“えーと”とかそういうのは気分で前置くとして、もうノンストップでガンガンノックして通達して回る。
というわけで、煙草を一本……するのはやめて、今度はコートを引っ掴んで羽織って、外に繰り出していった。
●
まずは手近なところから。
司令部住み込みの大淀からである。
オフィス兼自室となった部屋をノックして、
「大淀ー?入っていい?」
「どうぞ」
入室の許可が出たので入る。
入ると……まず目に入るのは、部屋の角、その壁を覆わんばかり、怒涛の8画面。
なんでこんなに必要なのかと思うけれど、国内株・国外株・為替各種……と、最近はアレだ、仮想通貨まで増えてしまったわけだ。私にはわからないけれど、多分必要なんだろう。必要だからあるんだろう。
私に振り向きもせず、絶えずクリック音を鳴らし続けている大淀が座っているのは……よくわからないけど、凄い椅子らしい。めちゃくちゃ快適なんだとか。しかも腰を悪くしないという。
そして、その足元で低い音を鳴らし続けている、バカでかいパソコン。ほぼ24時間立ち上がりっぱなしらしい。電気代込みでなんつー金の掛かった設備だ……とも思ったんだけど、その分本当にコイツは稼いでくる。秒で億……とまでは行かないけれど。
この鎮守府の財政”だけ”は素晴らしいのは、ひとえにこの大淀のおかげである。よって提督より給料は高いし、業務時間中の個人的な資金運用も許可。前提督であるアレの英断だと思う。しかも情報戦に特化してるからオブザーバー役もやってるわけだし。
そんなわけで、勝手に自分で威圧されていると、
「……調子、どう?」
「相当上がってますね」
多分、相場と本人のコンディション、どっちもだろう。ほとんど休んでないのに。相当金の世話が面白いらしい。
それで今夢中なのは、
「……仮想通貨だっけ」
「ええ。個人的に昔から確保していて本当に良かったです。……今この値で売れば、私の借金を完済してお釣りが来ます」
「へぇ……」
そういや、コイツはろくでもない理由で艦娘になったんだった。艦娘になるという形で軍に身売りして、それで“見舞金”を手に入れるという。
……いや、完済出来たからってそのままいなくなられても困るんだけど。私が変な心配をしていると、続けて、
「警備府としても暴騰前にかなり買っていましたので、相当の利益が出ています。後はどこで売り抜けるかですね」
「ふーん……」
そりゃいいことを聞いた。金があるってのはいいことだ。非常にいい。
というわけで、私は気を楽にして、
「あのさ、スパム1トン来ることになったから。しばらく食事はスパムばっかになるけど我慢して」
「――――――――は?」
クリック音が止んだ。
そしてたっぷり間を持たせてから、大きくため息を吐くと、こっちに椅子ごと振り向いて、
「提督」
据わった目でこっちを見ながら、
「……なに」
「私、今日が日曜で本当に良かったと思っています」
「なんで」
「仮想通貨以外取引がない上に、今はほぼ値上がりを確認してるだけだからですよ」
……あー、昔の失敗の話か。借金を背負うに至った経緯。恋人に振られたショックでトレーディング大失敗、大借金っていう。ただ、ずいぶん冷静だから、多分ショックを冷静に受け止められるくらいの余裕はあるってことだろう。
と、思っていたら、
「……疲れました」
そう言うと、大淀は再び画面に向き直り、何やらマウスをせわしなく動かし始めた。
「大丈夫?」
「ええ……もう仮想通貨は全部売り切ります」
「え」
いや、ちょっと待った。
まだ上がるんじゃ――――――――
「流石に、土日も、しかも24時間でチャートに張り付くのも精神的に限界です」
「いや、でも」
「もう十分に利益は出しました。一旦手を引きます」
「えぇ……」
「何と言われようと最高財務責任者は私です。私のほうが稼いでいるんです」
おい、なんでそこでマウントを取りに来た。クーデターのつもりか。
でも利益はきっちり出してるわけだし、文句も言いにくい。
そうしてまごついていると、
「……まぁ、どこまでも上がることを期待するより、下がる不安に備えて行動すべきなんです。ギャンブラーじゃないんですから」
「……なるほど」
そう言って正当化しに掛かってるけど、どうなんだろうなー。
私は投資の分野には全く明るくないし。
そして、
「……これで全て売り抜けました。大儲けですよ。私個人の分も……これでおしまい」
「ああー……」
こいついなくなったら超困るんですけど……。
それを見透かしたのか、私に流し目をよこすと、
「安心して下さい。別にこのまま辞めたりしませんから」
そう言うと、左手の甲を自身の目の前にかざした。
そして力を抜いて、椅子に体を任せて、
「……やっとゆっくり眠れます」
「……よ、良かったわね」
門外漢だし、こいつの心中は計り知れないので、答えに窮した。もうそうとしか言いようがなかった。
「じゃあそういうわけで……」
それで、まぁ通達は終わったと思って私が部屋を後にしようとすると、
「――――――――私は食べませんからね」
「……おおせのままに」
結局、こいつに対しては折れることになってしまった。
幸先も相手も悪かった。
●
気を取り直して間宮達特務艦のところへ。
厨房で働いている彼女達には特に早めに通達すべきと思ったのだ。
で、実際言ってみると、
「――――――――は、」
間宮、顔面蒼白になったと思ったらトマトかお前はと言いたくなるくらいどんどん熟していって――――――――、
まぁ、私が軍学校で習った範囲に収まるもの、そしてそれを越えるマニアックな話題を一人で勝手に垂れ流しつつ、
怒り、
哀しみ、
そして最後に、
「――――――――ストライキします」
と言ってドアを閉められた。
けれど、そのスト宣言には、
「……あんたが働かないと、食事は毎食スパムの缶詰直食いになるわねぇ」
と、正直自分自身の人間性を疑う暴言をぶつけた。
……いや、言ってから確かに後悔したけど、実際にドアの隙間から殺気の籠もった視線を受けてみろ。
土下座しなかった私は偉い。そこでゲザったら承服しなかっただろうし。
ちなみに伊良湖は卒倒して起き上がってこなくてそのまま苦渋の決断と言った感じで承服。
なんか痙攣しながら床を右の人差し指で引っ掻いていたけど……サスペンス芸?
アルファベットの”S”らしきものを書いたところまでは見届けておさらばしたけど。
大鯨はギャン泣き。最終的には頭がおかしくなったのか天使の歌声で”スパムの歌”を朗々と歌い始めた。ノリにノるにつれて段々笑顔になっていって、その上がり幅とキーの上昇が正直ヤバい上に際限がなさそうだったので、私は途中でドアを閉めて帰った。アレは子供なら泣く。もう教職には戻れないだろう。
そして厨房には関係ない特務艦、特務艦長屋の最後の一人、明石。
隣で続くヤバいテンションのスパムスパムもこいつには聞こえない。
よってあるはずの前触れ一切無しで通達をぶつけられたわけだ。かわいそうに。
「――――――――」
で、声になってない悲鳴を上げて詰め寄ってきた。いや、声がないからそりゃ声にはならないんだけど。
あまりに動転したのか、タブレットも持たずに私に口の動きだけで何かを伝えようとしていたけれど、まぁ、答えは返してあげた。
”うそじゃない すぱこをうらめ”
それで色々察したのか、背中を向けてスタスタ歩くと、ベッドに突っ伏してふて寝を始めた。
うん。あんたが一番つまらないリアクション。はっきり言って。
エンターテインメントに長けた飯炊き3人衆に比べると一番面白くない。
●
次は駆逐艦寮。
とりあえず先に時雨を訪ねたところ、万年床に寝転がって本になにか書きものをしていた。
何をやっているのか一応尋ねると、数独らしい。……もうちょっとパーっと遊んでも良い気がするけど。
で、反応は、
「――――――――哀しいね」
それだけ言ってドアをちょっと勢いありで閉められた。
受容としての諦めと受け取ったので私はすぐにそこを去った。
んで、雪風。
「う――――――――ん、まぁ食べられるものなら別になんでも……」
曖昧な時雨と違ってこれは明らかな受け入れ体制。
ただ、怖いことを言われた。
「でも、……なるほど。”それ”だとまた恨みを買うかもしれませんよ? 今度は色んな方面から」
……覚悟の上だったけど、ほぼ全能の”神様以上”であるこいつにそう言われると、相当堪えるものがある。
かつて私の命を救ったのはこいつなわけだし。
なので、その言葉を肝に銘じ、重々しく頷いて返した。
不本意ながら、腕組みの上で首を傾げられたんだけど。
●
次は軽巡……と行きたかったけどまだ日没前だった。なのでまた戦艦寮に。
それでまずは山城……と思ったんだけれど、留守。
それで次に伊勢……も留守。
最後に日向の部屋に行った。ノックすると、
「どうぞー」
と伊勢の声がする。まぁ家主ではないけれど、入室許可が出たなら入る。
「……なんだい、提督じゃないか」
日向の声に出迎えられた……わけで、そこには、
「……あら、提督ですか」
「珍しいですね、何かありました?」
真四角のテーブルを囲む3人、伊勢、日向、山城がいた。揃って野暮ったいジャージを着て、素っ気ない丸イスに座っている。
……そしてよく見なくてもテーブルはよく見ると普通のテーブルじゃない。傍に寄って見ると直方体がゴロゴロ……というか、麻雀牌が並んでいる。コレ、麻雀卓だ。
「三人で麻雀してるわけ?」
通達も忘れて、麻雀セットが気になってしまって本題に入れなかった。どこで軌道修正しよう……と悩んでいると、正面、日向が窓に寄っかかりながら、
「三麻……ルールは、新三麻だ。牌が一枚ずつ減るだけで標準的な麻雀と変わらない。四麻と比べると物足りなさはあるが。私が知る限り、他にルールが分かるのは雪風しかいないんだが……入れると勝負にならないし、二人麻雀は味気なさ過ぎる。よって三麻というわけだ」
左手側に座る伊勢は対面の山城を指さして、
「山城が本気になるって言うからさ、久々にやるしかないよね、って」
そして、右手側に座る山城はツモった牌で手遊びをしながら、
「一応、大学で嗜み程度には覚えてましたし……それに、久々に本気になろうと思いまして」
「へぇ」
いや、知ってるけどさ。その大学が多分……”前の大学”だろうってのも。
無論、山城の詳細な経歴だって私の手の中だ。
”元”いいとこのお嬢さんだということは勿論知っている。そして佐世保の扶桑が実の姉だということまで。
ついでに姉妹揃って超ハイレベルな私立の文学部に通ってて――――――――実家の首が回らなくなった結果、中途退学したことさえ。要は家が没落したのである。よって”元”いいとこのお嬢さん。
それで食うに困って……というか困り過ぎだろう、これは。中退の肩書で就職……じゃなくて、軍大学に入り直したのだから。募集要項的には確かに入れるけど……。
そして卒業して任官。前の大学ではついに取れなかった人文学の学士号も手に入れて。一発逆転だ。
とまぁ、軍大学卒の一応エリート、つまり軍人としてのバリキャリなので、その学位に何の意味があるのかは本当に寡聞にして知らない。ついでに艦娘にもなってしまって、飾りにしかなっていない。
ともかくコイツ、実体は正真正銘のインテリなのである。ろくに受験勉強期間を取れなかったにも関わらず合格できちゃったくらいの。
が、卒業までにはなんか不幸にもゴタゴタがあったらしく、かなり低い席次での卒業。
そうした不幸と悪運が交互に続いて、トドメのアレである。
けれど、最近は妙に明るくなったし、調子に乗って運試しまで始めたわけか。
そこまで私が思考を巡らせていると、日向がニヤリと笑い、
「いやいや、以前打っていた時は分からなかったが……これが嗜み程度とはな。提督、一半荘打ってみないか?残りの牌も喜ぶ」
「は?」
そんな暇はない。けれど、
「ええ。とりあえずこの半荘はすぐ終わりますから。――――――――リーチ」
山城が突然の終了とリーチ宣言。
……何が起きてるんだか。河の様子を見るには、まだこの局は始まったばかりだと思うんだけれど。
「今どういう状況?」
「あはは、――――――――山城にツモ食らったら日向と一緒にトビ」
「当然、振り込んでもどちらかがトビで終了というわけだ」
え、何?
山城って……、
「こいつ、相当打ってたらしい」
「嘘ぉ……」
なんだなんだ、いいとこの大学行ったのに遊び呆けた挙げ句に中退か。バチが当たったんだ。ざまぁみろ。
お前の不幸なんて自業自得の言い換えに過ぎなかったんだ。
私はしっかりと現役で入学、つつがなく卒業だ。行いが違う。
”ケッ”とでも言いそうなところだけれど、そのまま山城に番が回ってきて、
「……あら、一発。ツモ」
ツモった牌を卓に叩き付けて、手牌をスタッと鮮やかに倒す。
それに伊勢、日向は大きく肩を落としてため息。
「あぁー、トビかぁ」
「やられたな……」
「立直、一発、自摸、一盃口、ドラは……なし。親の満貫だから一二〇〇〇。文句なしのトビよ」
山城の手牌を覗くと……待ちは……アタマの九索、これはアレだ……単騎待ちだ!しかも河にはもう出ている。最後の一つをツモってきて和了とは、かなりのツキだ。不幸自慢とは思えない。
そして伊勢と日向は……二人共牌は倒さない。和了一歩手前……とは行かなかったのか。でも最終局でも晒して反省会と行かないのは、多分中身が情けなさ過ぎたからかもしれない。
というわけで、伊勢と日向の手牌も覗き込んでみるけれど……なるほど、これはダメだ。
誰かに見せたら、どっちかが山城だと思ってしまうだろう。現実は真逆だけど。
私でも分かる、エゲツない配牌の悪さだ。
私が後ろから覗き込んでいるのに気付くと二人は、
「……? ああ、情けないだろう?あまり見ないでくれ」
「なんでこんなに配牌悪いかなぁ、もう見たくもないよ」
当人の心情としても見れたもんじゃないらしい。すぐに崩した。そして自動卓の真ん中の穴を開くと、日向がそこに残りの三四牌もガタガタガタっと注ぎ込んだ。
「よし、提督。打とうじゃないか」
「はぁ!?」
「いや、打つでしょ。流れ的にさ」
日向と伊勢はかなりの乗り気だし、
「打ちましょう」
山城に至っては部屋の右隅に備え付けてあるデスク、その椅子をガガガっと引っ張ってきて私に着席を促している。こっちも超乗り気だ。話が出来ない。
私は渋々椅子を受け取ると席に着き、
「私はね、用があってここに来たんだけど」
「ああ、聞こうか。何があったんだい提督」
「スパム1トン来ることになったから。しばらく食事はスパムばっかになるけど我慢して」
瞬間、三人からなんか、ブチンとかビキィとかプッツンとかいう音がした。気がした。
何の音だ。それはともかく、
「なぁ提督」
「提督さぁ」
「ねぇ提督」
示し合わせたように揃って私を呼ぶ。なんかすごい迫力、というか背中にそれぞれ様々な色の後光が差しているというか、オーラを発しているというか……。
「勝ったら取り消せ」
「勝ったらそれナシね」
「勝ったら撤回して」
……なんか、オーラが人の形に変わった。
伊勢、日向は金剛力士像、山城はお不動さんだ。
なんだコイツら。私がドン引いていると、
「ドン引きしているところ悪いがこっちこそドン引きなんだ」
「麻雀はやる気の問題なわけよ、相応の本気を見せてよ」
「暴挙を通したければ私達に勝ちなさい」
……しかし、コイツら仲が良いな。人間関係が良好なのは良いことだ。
ただし、
「良いわよ、アンタらが勝ったらなにか救済措置を与えようじゃない」
「よく言った、では打とう」
そういうわけで、なんだかよく分からないけど警備府、じゃなくてこいつらの命運を懸けた半荘が始まった。
●
終わった。
東一局で。
三人ブッ飛び、私が勝ち。
金剛力士もお不動様も雲散霧消させられて、三人は憔悴しきっている。どうした、まだ三分も経ってない。
まぁかくいう私も……アガってからこの手の恐ろしさに気付く始末。
日向が卓を右の拳でゴンゴンと叩きながら悔しがり、そして私を睨むと、
「雪風か……雪風が居るんだな……!?」
「いや、別に連れてきてないけど……」
「じゃあまず、これはどうだ!」
日向が見ろとばかりに自分の手牌を倒して見せてくる。それに続いて伊勢、山城も。
まぁ見てみると……、
「うわぁ」
いや、もう救いようがないくらいのクソ配牌だった。どう見てもベタ降り一択。それじゃあやる気の出しようがない。どこがやる気の問題だ。
一方で私はというと、
「東一局からダブル立直して一発ツモで何かと思ったらさ、これは不正を疑うって……」
「いや自動卓なんだからイカサマは無いって」
伊勢が凄まじい勢いで頭を掻き毟りながら私を睨む。ついでに卓の足をガスガス蹴ってる。いや、備品じゃないくて私物だからどうしようと勝手だけど。
「雪風がいるんでしょう……!?十分にイカサマよ……!」
「居ないって言ってんでしょうが!」
山城は未だに雪風の介入を疑ってる。確かに承諾は受けたけど消極的なものだったし、なおかつこんなピンポイントで加護を受けたつもりは全く無い。
「じゃあこの手の説明はどうすればいい!?」
「知らないわよ……!」
日向が立ち上がって、私の手牌を指差して、
「親の四暗刻単騎――――――――これでよく立直したな!?」
そう、配牌時点で実はテンパイだった。
ただ一巡目、最初に理牌終わって……切る選択肢が一個しかなかった。白を切った。字牌は要らなかったし。そのままダブル立直。そこまではまぁ”とりあえずタンヤオでラッキーだわ”としか思ってなかった。
そして手番が回ってくる内に”よく考えなくてもヤバい手が入っていた”ことに気付いた。
よく考えたら萬子の三、筒子の八、索子の二と四と暗刻が四つ揃っていたのだ。
それが意味するところは一つ。残りは頭を揃えるだけで終了。
待ちは一つ、萬子の四しかないし、リーチした以上ハズレはツモ切り以外許されない。
……そして二巡目。恐る恐るツモったらそれで和了。
親のダブル役満、自摸和了。文句なし、三人まとめていきなりブッ飛ばしたわけである。
役満ということは、立直なんて全く意味がない。でも、
「つい掛けちゃったのよ!不慣れだから!」
「普通ビビってダマテン一択でしょ!?」
「立直掛けてから気付いてビビったのよ!悪い!?」
「ああああああああああ不幸おおおおおおおおおおおおおお不幸おおおおおおおおおおおおおお」
「うっさいわね何が不幸よこんなもん!金賭けてるわけじゃないんだから!」
●
それから恨み節をエンドレスリピートし続ける山城を背負いつつ、高速戦艦の妹三人組にも通達。まぁ、こいつらは大人しいので、粛々と受け入れた。比叡だけは察しがついていたらしく、妙に諦めが良かった。
ちなみに山城はウザったかったので寮を出る時に後ろ蹴りでふっ飛ばした。
……おかしいな、大女を吹っ飛ばせるような力は込めたつもりなかったんだけど。ともかく軽く後頭部を床にぶつけて痛みで転げ回っていたので、多分無事だろう。
そんなこんなで、阿鼻叫喚の戦艦寮を去る。
日が暮れるまで掛かると思って先に来たんだけれど……まぁ川内を後に回せばいいか。
しかし……私のこの豪運っぷり。
なにか変なことでも起きてるんだろうか。
――――――――もしかして、あいつの加護?
……嫌だなぁ、後で揺り返しみたいにヤバい目に遭いそうだし。
そんなことを思いつつ、鳳翔のところにも顔を出しに行く。
●
暖簾の出ていない、けれどいい匂いが漂ってくる”居酒屋鳳翔”の前に立つと、ガラッと戸を開ける。
「邪魔するわー」
カウンターの奥でせっせと仕込みに励む鳳翔がいた。
「あら?提督。まだ日も落ちてませんよ?」
いつもどおり、品のいい微笑みを浮かべて私を迎え入れる。割烹着が本当に様になっている。居酒屋の女将の鑑だ。それにしても本当に美味そうな香りだ。生唾ジュルリものだ。……と、いけない。
「ちょっと別の用があったのよ。後でまた来るつもりだから、よろしく」
「そうですか。今日は特にいいお魚を回して頂けたんです。どうぞいらしてくださいね。……それで、用というのは何でしょう」
しかし、”あの後”本当に善人になってしまったこの鳳翔に、これを告げるのは正直。
良心が痛むと言うか……。まぁ、言わなくちゃいけないんだけど。
「……スパム1トン来ることになったから。しばらく食事はスパムばっかになるけど我慢して」
「あら……」
頬に手を当てて首をかしげる様、いとオカン。いや、オカンはいなかったからよく知らんけど。
うちには父さんしかいなかった。他の家族はみんなきょうだいだったし……母親役って、ぶっちゃけ私だったところもあるわけで。
ともかく、私にとって救いだったのは、
「どうしましょうね……」
鳳翔がそこまでショックを受けていない、ということだろうか。
苦笑いではあるけれど、さほど心が傷んでいるわけではないらしい。
ただし、それがむしろ私的には痛いので頭を下げる。
「いや、もう、ホントごめん」
「いえ、まぁ……でも、ウォースパイトさんがやってしまったことなのでしょう?」
いや全くその通り、敬意を表して頭を上げず、
「ご慧眼……」
「まぁ、おばさんにもなると色々分かるものもあるんです。それに、提督が部下にそんなに頭を下げてはいけませんよ」
……そういや、確かに鳳翔は結構年嵩だった。私よりかなり歳上である。人間だったころの階級からしても、実は彼女のほうが格上。
ただ私が提督であるから、私の指揮下にあり、部下なのだ。
本当ならやりにくいんだけど、こう、ほとんど現役を退いているからこそ飲み屋のカミさんと見て接することが出来ているわけで、そこはありがたい。その言葉に甘えて頭を上げる。思わず苦笑いがこみ上げた。
それに鳳翔も微笑み、
「それにしても」
そう前置いて、小首を傾げて無邪気に、
「――――――――ちょっと面白いですよね?」
……やっぱり、こいつもまだまだ悪人なのでは?
●
そして最後に軽巡寮である。
血気盛んというか、癖の強い奴らが揃っているので最後に回したのだ。夜型も多いし。
五十鈴だけは直接話すのは無理そうだったから、携帯からショートメッセージを送っておいた。
文面は口頭と変わらずの内容。
とりあえず反応を待つ。まだ寝てるかもしれないし。
それで……まずは大人しいやつを捕まえる。
とりあえず今起きていそうで大人しいのは……、那珂か。となると川内も起こすことになるから……やっぱり後に回そう。
別室かつ大人しいのとなると、夕張か……大井・北上コンビ。
どっちにするか、まぁ決める意味は特にないから、
「大井―、北上―、ちょっと話あるからー」
コンビの方の部屋をノック。
で、出てくるのは、
「や、提督」
北上だった。
下着姿で……おおう、首筋左にキスマークだ。目に毒。その辺気取られないようにしつつも、
「大井は?」
「……大井っちならまだ寝てるけど。あたしが伝えとくから、どぞ、言っちゃって」
そういうと北上は左手で首筋をさすり始めた。……あれ、見つけたのバレた?
と思っていると、
「提督、分かりやすいね」
「……何が?」
「目線」
本当にバレていた。よく話しながら人の目線を追えるものだ。しかもピッタリピンポイントに。
察しが良い、というよりは……そう、”察する訓練”を受けていたように思える。
……こいつ、確か普通の軍人だったはずなんだけど。マジで何も特筆すべきところのない経歴の、まぁ強いて言えば高卒で入隊した、というくらい。エリートとかではない、本当にただの一兵卒。
「……あんた、探偵かなにか?」
「あー、違う違う。どっちかっていうとその敵。……ぶっちゃけラスボス、かも?」
「敵?」
探偵の敵は犯罪者。……いや、物語の中の話なんだけど。
それでラスボスと言えば、やっぱり怪盗?眼の前のコイツが泥棒とかには見えないけれど。というかそんな身元のやつ、流石に軍は引き取らない。
……まさか経歴が偽物?金剛のデータも本人がアレの着任までの空白期間で偽造したし。もしかして金剛、提督時代にも他の艦娘の個人情報書き換えてた?
それで首を傾げていると、
「提督の考えてるやつとは違うよ。……だって、ラスボスなんだから」
そう言って、にっこりと笑った顔が……妙に悲しく見えたのは、なんでだったんだろう。
それに、こういう雰囲気の笑顔って、
「あぁ、ごめん。笑うの、下手くそなんだ……あはは」
また察された。……あー、なるほど。
そういえばこいつの”病気”も、
「……鬱病だから?」
金剛の微笑みに近いものがあったのだ。どう見ても無理してるようにしか見えないやつ、あるいはろくでもない何かの気配というか。
ちょっと申し訳なくなった。
「うん。良いんだ。報いだよ。あたしのたった一つの」
「報い?」
「それに、たった一つの救いなんだ」
「……はぁ」
……なんだかなぁ。
それにしてもこの警備府、訳のわからない悟りを開いた奴がやけに多いのである。それもどっちかというとマイナスを背負う方向に。俗物で銭ゲバである私からすると、ぶっちゃけ相容れない。
というか、相容れてはいけないのだ。私がマトモじゃなきゃここにマトモなやつなんていない。
マトモじゃないやつに舵は取れない。
つまり私が大量消費して快適な俗物ライフを送ることこそ、この警備府で私が為すべきことなのである。
その報酬として金を貰っている。うん。実に働き者だ。なにせここはマイナスが多すぎるから。もっとプラスへ!
と、私は私の為すべきことを再確認――――――――
「で、そうだ提督。話って何よ」
出来てなかった。眼の前が見えなくなってた。
というわけで、
「あ、そうそう。スパム1トン来ることになったから。しばらく食事はスパムばっかになるけど我慢して」
北上は目を細めて、というか眉をしかめて、
「……は?」
そう言いつつ耳を小指でほじっている。あからさまな挑発だ。よかろう。
「スパム、1トン、来る。OK?」
指差し確認のジェスチャーしつつ、要旨だけ抜き出して3単語、最後の1単語で理解の可否を問う。我ながら短く纏められたものだ。
すると北上は左胸を少し探るような仕草をして、
「ちょっとよろしいですか―――――じゃなくて、いや、実際頭の調子はよろしいですかね提督」
自分が下着姿だということを改めて認識すると、私に無感情な目を向けてきた。多分、こいつほど虫みたいな目をするやつは見たこと無いと思う。正直、少し底冷えするような何かを感じてしまったけれど、恐れる訳にはいかない。
「キツい冗談ね」
「どっちがキツい冗談なのさ」
「冗談じゃないわ」
「冗談じゃないよ」
「なんでオウム返しなわけ?」
「知らない。……さぁて、提督」
私を呼んで前置きとすると、両手を突然わきわきさせ始めた。というか、両手指の到るところからポキポキ音が鳴っていて……
「夜道だろうと、昼間だろうと。人通りがあろうと、なかろうと。油断してても、気をつけても。――――――――やっぱり、この世にはどうしようもできないことがあるんだよね」
「へ?――――――――ご」
いきなり鳩尾を左手で突かれて、前のめりになる。
そこで
「手加減の仕方は教わらなかったから、死んじゃったらごめん」
首を右手で掴まれて――――――――
●
「――――――んでない―――――。―――――、もう―――――だし」
「――――落―――――蘇生―――――、すぐに―――――ないと―――――」
「縛るの――――――――。ちょうど――――がなかなか――――って」
「で、―――――手錠――――――?バ――――」
「―――――めんご―――――。―――――知らない――――――かな」
「―――――落とし――――――――いんだって。まぁ―――――」
……頭がクラクラする。何だろ、この感覚。
気がつくと、視界は真っ暗で、というか目を閉じているのか……。
開ける……気力が、妙に無い。そもそも力が体に無い。……なんでだろう。
いや、そもそも。私、なんで寝っ転がってるわけ……?
「よいしょ、っと」
なんか、足がふわっとして……
あれ?
ちゃんと目を開けられた。目も覚めた。まだクラクラするけど。
眼の前には……川内が私の両足持ち上げて立ってる。
……なんで?
「お、目ぇ覚ました。よし」
そう言うとパッと手を離して、私の足が床にビタンと落ちた。
チャリンという金属音もおまけに響いた。
「……痛っ……何?」
それで起きようとすると、手が動かない。……なんか、手錠がハマってるんだけど。
しかも手を使わずに起きようと思って足を動かすと、こっちも手錠がハマってた。足なのに。足太くなくて良かった。――――――――じゃない。
いや、何、コレ?
起きるのを諦めて顔を右に向けて辺りを見回すと……ソファーが並んでるし、そこに軽巡一同ふんぞり返ってる。川内もスタスタと歩いて行くと、そのど真ん中に腰を下ろした。
ここ、軽巡寮の談話室か。
それでなんで私はこうして縛られてるってのか。なんで転がされてるのか。
そして一番右端、大井の隣に座っている北上。いつもの、ベージュ色のセーラー服に着替えていた。
彼女がパンと一度手を打ち鳴らすと、
「さぁ、提督解体ショーの始まりだ……なんてねぇ」
あれ?
これってもしかして――――――――クーデター!?