魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜 作:スターダストライダー
今回はあの魔法少女との決戦回です!
「……っ!」
「スノーホワイト……?」
懐にしまってあったマジカルフォンから着信音が鳴り、スノーホワイトは文面を見る事なく、顔をひきつらせる。龍騎が顔を覗き込もうとする中、もしやとは思いつつ、手に取ってメッセージを確認する。もう何十回も見慣れた文言だった。
『ルーラを返して』
送ってきた相手は言わずもがな。毎晩、必ず一回はこの一言を目に通すようになり、その度にまた偏頭痛に苛まれる。鉄塔の上で腰を下ろしていた他の面々も、スノーホワイトの表情を見て察しているようだ。
「また、スイムスイムから……?」
「……はい」
「ここまで執拗に返却を求めてくるなんて……!」
悪態をつくラ・ピュセル。そしてそれは周りの面々も似たような心情に違いない。こんな事が続けば、スノーホワイトはノイローゼに陥ってもおかしくない。どうにかして打開策を見つけなければ。考え込むスノーホワイトだが、真正面から出向いても、勝ち目がない事は彼女とて周知している。そもそも、この案件を受理すれば、また新たな犠牲が出るかもしれない。それだけは絶対に避けたい一心だった。しかしこのまま無視し続けても、事態は悪化の一途を辿る。俯きながらマジカルフォンをしまおうとしたその時、手すりに乗っていた彼女が目の前に降り立った。
「それ、貸して」
「えっ? リップルさん?」
スノーホワイトが戸惑う間にも、隙ありとばかりに彼女のマジカルフォンをひったくったリップルは、自身のマジカルフォンを片手に持つと、スノーホワイトに背を向ける形で、指を忙しく動かし始めた。
皆の視線が集まる中、数十秒後にはスノーホワイトに向き直り、マジカルフォンを元の持ち主に投げ渡した。
「今、何を……?」
「スイムスイムが持ってた武器を、私のマジカルフォンに転送しておいた。あなたがこれを持っている限り、あいつに狙われ続ける。戦闘向きじゃないあなたでは、奪われるリスクが高い。なら、裏をかいて私が持っていれば、スノーホワイトを狙う理由もないし、情報を撹乱させられる」
「でも、それじゃあ今度はリップルさんが……!」
「私はあなたと違って、こういった荒事に慣れている。そう簡単には奪われない自信はある」
「そ、それは……!」
「……これはもう、スノーホワイトだけが抱え込む問題じゃない。私にも、ここにいるみんなと同様に、あなたを守る理由がある。魔法少女として、あなたを守らせてほしい」
「リップルさん……!」
「……もっとも、今の私は、ただの人殺しかもしれないけど」
冗談めいたように呟いた後は、背を向けて話しかける様子もなくなった。スノーホワイトも思わず黙り込んでしまう。胸が苦しくなるのがハッキリと感じる。またリップルに迷惑をかけてしまう。その事が、心優しき魔法少女の胸の奥を締め付ける。
そんな中、トップスピードとハードゴア・アリス、そしてナイトは目を細めているリップルをジッと見つめていた。
一夜明け、いつもより遅めに起きた華乃は、窓の外に目をやった。今日は朝から生憎の空模様だ。まだ雨は降っていないようだが、約束の時間になる頃には激しくなるだろう。
そして窓から目を離し、テーブルに置かれてあったものを手に取る。先日倒したカラミティ・メアリが購入した激レアアイテム『四次元袋』だ。トップスピードと共に彼女を倒した後、手渡されたものだ。あれから中を確認して、メアリ特製の武器が多数収納されている事も知っている。
「……無いよりは、マシか」
これから自分がする事を考えれば、このアイテムも宝の持ち腐れにはならないだろう。舌打ちをして、1つしかない私服に着替え始める。
『リップル、リップル。ようやくお目覚めぽん?』
不意に、側に置いてあったマジカルフォンからファヴが現れたが、彼女は驚かなかった。挨拶をする代わりに、質問を投げかける。
「連絡ついた……?」
『ついたぽん。予定通り、項島台ダムで待ってるそうだぽん』
「……そうか」
それだけ呟くと、電源を切り、軽く朝食を口にしてから、一息入れて、玄関の扉を開けた。傘は手にしなかった。
時折、遠くの方からゴロゴロと音が鳴っている。これから向かう先の方角だ。華乃は臆する事なく、前進する。この程度で竦んでいては、魔法少女失格だ。また一つ息を吐いて、雨雲を見上げる。
「よう! 元気ねぇな! ちゃんと朝メシ食ってきたか?」
不意に声をかけられてハッとなった華乃は、顔を横に向ける。そこには予想通りの人物が、手提げ袋と傘を持って立っていた。最初に見た時よりも、お腹は随分と膨れていた。もう臨月に入っていたんだっけ、と思い返す華乃。
「……つばめか。買い物にでも行くつもりだったのか?」
「まぁね! 今日はかぼちゃが安売りしてるらしくてさ! 乗らない手はないだろ?」
「……お前らしいな」
「んで、華乃は……」
「ちょっと用事が出来ただけ。無理に付き合う必要はないから」
そう言って立ち去ろうとする華乃だが、つばめの表情がとても不意に険しくなる。
「……スイムスイムを、自分の手で倒そうって腹か」
ピタッと足を止める華乃。何故バレたのか、と言わんばかりの表情だ。対するつばめは苦笑していた。
「おいおい。もう何ヶ月もチーム組んでた仲だろ? お前のやろうとしてる事はお見通しだぞ。スノーホワイトがスイムスイムに狙われる前に、決着をつけようとしてる事ぐらい、昨日のお前を見てればすぐに分かったよ」
「……なら、邪魔しないで。これは、私の戦いだ。今回ばかりは、お前を連れていけない」
そう吐き捨てて背を向ける華乃。つばめはため息をついて、再び口を開く。
「……戦うだけが魔法少女じゃない。リップルだって、それくらい分かってるだろ? 何でそうまでして、スイムスイムと決着つけようって急ぐんだ?」
「仇、だから」
「んっ?」
「あいつは、トップスピードを泣かせた。お前の友を2人も殺した。あいつを放っておけば、また必要のない悲しみが生まれる。だったら……」
そうなる前に、息の根を止める。
その部分を強調する華乃の拳は強く握られていた。
犬耳の魔法少女、たまは最期に、トップスピードを庇った。そしてその亡骸を家に送り届けた後、トップスピードは声を張り上げて、夜空に響くぐらいに泣き叫んだ。どれ程の悔しさが滲み出ていたか、隣に寄り添っていたリップルは理解できてしまった。彼女としては、たまの死に対して深い喪失感は無かった。大切な人の命を守ってくれた事には感謝しているが、そこまでの評価だった。だが、トップスピードは違う。トップスピードの悲しむ姿をこれ以上見たくない。その為には、危険因子は速やかに排除する必要がある。
そう決意した華乃は、今日これから、目的を果たす為に進むと決めた。もう、後戻りは出来ない。
「たまとルーラの敵討ちってわけか。……ったく、オレが望んでるわけでもねぇのに。よくやるよ」
「……」
「ダメだって言って、はいそうですか、って答えるリップルさんじゃねぇしな。……けど、オレは知ってるぜ。お前は誰よりも優しい奴だって事を」
「ハァッ?」
「出来れば、早まった事はして欲しくないけどさ。……こないだ、姐さんとやりあったばっかりだし、オレも大きな事は言えないからな」
「けど、あれは……!」
「お前だけに全部背負わせねぇよ。オレも償うつもりで、あの場に立ったんだ」
カラミティ・メアリに、『母親』としての先輩をその手で刺した事を思い返しながら、つばめは自身の手のひらを見つめる。
立ち止まる華乃。そんな彼女に向けて、つばめは手提げ袋から取り出した、あるものを投げつけた。反射的に受け取った華乃が目にしたものは、トップスピードが愛用している『御意見無用』と刺繍が施されているマントだった。
「それ、持ってきなよ。風邪ひかないようにな」
「お前……」
「お前の頑固さはオレもよく知ってるからな。今のお前を見てると、止められる気がしなくてさ。一応お守り代わりに、な」
「……」
華乃は礼を言う事なく、マントを器用に畳んだ。それから再び歩き出そうとして、背中越しに声をかけられた。
「今晩は煮付けも沢山作れそうだし、腹を空かして待ってろよ! お前が戻ってくるまで待っといてやるからさ。……絶対に、死ぬんじゃねぇぞ」
「元からそのつもりだ」
それだけ告げると、華乃は小走りにその場を立ち去った。その後ろ姿を、つばめが不安げに見つめている事に気付かずに。
つばめの視線がなくなった事を確かめた華乃が、目の前に見える小さなトンネルに差し掛かろうとする。そして気づいた。顔見知りが2人、トンネルの前で立っている事に。止めるように説得でもするつもりなのか。そう思って無視しようと、小走りになる華乃だったが……。
「……私も、ついていって、よろしい、ですか?」
「!」
「小雪さんを、悲しませたくないから……。だから私にも、戦う理由が、あります」
華乃よりも小柄な少女……亜子は決意の眼差しを向けている。彼女も、目的は同じらしく、同行を求めている。
「どのみち、奴を倒さなければ生き残れない。スイムスイムを討つのなら、俺も戦うつもりだ。お前だけでは、荷が重そうだし、弱点も見つかっていない。なら、人数は多いに越した事はないはずだ」
パートナーである蓮二も、ぶっきらぼうにそう呟く。極力1人で決着をつけたいと思っていた華乃だったが、蓮二の言う事も一理ある。具体的な弱点が見つからないまま戦っても、勝機は見えてこないかもしれない。
少しだけ考え込む仕草を見えた後、舌打ちをして、口を開いた。
「……場所はこの先にあるダムだ。ついてくるなら、勝手にしろ。2人の分まで守りきれる保証はないけどな」
「覚悟は、出来てます」
「俺は最初からそのつもりだ」
2人の決意は固かった。華乃は返事をする事なく、2人の間に立つ。そして、華乃と亜子はマジカルフォンを、蓮二はカードデッキを取り出す。
「「「変身(!)」」」
少女の体は光に、青年の体は鏡像に包まれ、その身を変貌させた。そして一気に跳躍して、目的の場所へとビルを飛び交いながら駆け抜けていった。
「……ルーラなら、みんな死なせずに、リーダーになれたのかな」
漢字ノートに『友』という一文字を書き続けながら、孤独のリーダーと化した綾名はボソリと呟く。宿題に手をつけながらも、頭の中は理想としていたお姫様の事ばかりに支配されている。
『あんた達みたいな使えない者を、私がわざわざ世話してやってるの。何故だと思う?』
脳裏に浮かんだ、お姫様からの問いかけに、首を横に振る綾名。
『私には、優れたリーダーの素質がある。その持って生まれた才能を伸ばす為に、どんなヘボな部下であろうと、部下無くして、リーダーたり得ないの』
「部下無くして、リーダーたり得ない……」
そう復唱した直後、側に置いてあったマジカルフォンから、ファヴが姿を現した。
『おーいスイムスイム。そろそろ約束の時間じゃないかぽん?』
ファヴに指摘されて、壁時計に目をやる綾名。確かに、待ち合わせの時間までもう間もない。もうすぐ、スノーホワイトがルーラを返してくれる。それは彼女にとって願って叶ったようなものだ。
これまで何度もメッセージを送って、一度も返答がなかった事に困り果てていた綾名だったが、昨晩メッセージを送って、宿題を終わらせた直後に、スノーホワイトからメッセージが返ってきた時は内心驚いた。見たことの無い漢字も含まれていて、ファヴに通訳してもらいながら、メッセージを確認した。それによると、ルーラを返してもらえるような内容だった。項島台ダムを指定しており、そこで返却してもらえるらしい。ちょっぴり嬉しかった。
そんな中、ファヴはこんな事を提案してきた。
『でもせっかくなんだから、取り引きするだけじゃ面白くないぽん。スイムスイムはルーラのようなリーダーになりたいはずだったぽん。だったらチャンスだぽん。このままスノーホワイトを屈服させて、部下にすりゃ良いんじゃないかぽん?』
スノーホワイトを部下に。ファヴの提案を聞いて考える素振りを見せる綾名。そろそろ殺しあっている場合ではない。その先の事も考えて、部下を持つ必要もありそうだ。
『部下が欲しいなら、己の強さを示して、屈服させれば良い。私があんた達にしたようにね』
「強さを示して、屈服させれば良い……」
ルーラに教えてもらった、理想のリーダー兼お姫様になる方法を再確認する綾名。
『お前さぁ。いつもルーラが、ルーラがって言ってるけど、アイツみたいに普段『駒』って呼んでるような奴等の為に戦おうって心から考えたこと、一度でもある?』
『お前は何一つ、ルーラになっちゃいないんだよ。当然だよな。何せお前は、本当の自分を愛してなんかいないからさ』
『英雄気取りだったあのライダーと同じだよ、お前は。お前はルーラになろうとした瞬間に、ルーラじゃ無くなった。いきなりアウトだったわけ』
『ルーラはルーラ、お前はお前。本当の自分を愛せない奴に、誰かの代わりになろうなんて生き方、やめといた方がいいよ』
刹那、緑色のライダーの幻影が理想のお姫様と重なる。一瞬動揺する綾名だったが、すぐに払拭する。
「私は、ルーラになる。ルーラの言ってた事は絶対。今まで失敗ばかりだったけど、今度はちゃんと、ルーラになってみせる」
『おーい。聞こえてるかぽん?』
ファヴの声は届いていないらしく、綾名はさっさと電源を切り、時間もない為、宿題を途中で切り上げる事に。そして窓の側に立ち、
「変身」
と呟くと、魔法少女『スイムスイム』へと変貌し、待ち合わせ場所まで一直線に地面を潜って進んでいった。
数十分後、待ち合わせ場所であるダムに到着したスイムスイムは、雨が降っている事に気付いた。雨足はそれほど強くはない。コンクリートの地面に点々と黒いシミが滲み、じわじわと広がる。雨はスイムスイムの身体を濡らすことなく、すり抜けて地面を濡らしていく。
周りには誰もいない。どうやら自分が一番乗りだったようだ。東側には山が広がり、西側には、轟音と共に膨大な量の水が滝のように落ちている。夏場はコスモスなどの花が咲き誇っているであろう花壇が下方に見えるが、冬真っ只中である為、土しか見えない。そこから少し先には、円状にくり抜かれて石畳が敷き詰められている空間があり、木製のベンチが数台設置されている。ここで働く職員の休憩場所のようだが、当然ながら、人の気配はない。故に魔法少女や仮面ライダーの待ち合わせ場所としては最適な環境だった。
雨が強くなり始めたその時、雨音に混じって、足音が聞こえてきた。ダムの入り口の方からだ。そちらに目を向けるスイムスイム。
見えた人影は、1人ではなかった。西洋の騎士を彷彿とさせる仮面の戦士、黒いドレスに身を包み、人形を片手に、隈のついた両目を向ける少女、そして中心には、マントに身を包んだ、忍者風の少女。何れもスイムスイムにとって見覚えのある者達だったが、彼女が会いたがっていた人物とは容姿が全く異なっていた。
首を傾げるスイムスイム。約束が違う事に気付いたスイムスイムが口を開く。
「スノーホワイトに会わせて。ルーラを返してほしい」
「その必要はない。お前の欲しいものは、私が預かっている」
そう呟いたリップルが、マジカルフォンを操作して、目の前に現れた薙刀を握る。目を見開くスイムスイム。間違いなく、自分が寿命と引き換えに手に入れた、大切な代物だった。そして無言で手を差し出す彼女だったが、リップルは一歩も動かなかった。そればかりか、ルーラを握りしめている。まるで最初から、渡す気など無いように。
「そんなに返して欲しいなら……。私から奪ってみろ。代わりに、私はお前の全てを奪ってやる」
刹那、スイムスイムは理解した。あの時、メッセージを返して、会いたいと言ってきた相手は、スノーホワイトではなく、目の前で殺意のこもった目つきで睨んでいる魔法少女である事に。そして両隣りにいる2人も、目的は同じであるに違いない。
先制とばかりに、ルーラを一旦しまったリップルが、クナイを取り出して投げつけた。対するスイムスイムはかわす事なく、魔法を行使してすり抜けさせる。やはり並みの攻撃は通用しない。そう認識を改めたリップルはマジカルフォンを手に持った。その傍らで、ナイトも1枚のカードを取り出す。風が、吹き荒れる。
『『SURVIVE』』
リップルとナイトの姿は、サバイブの恩恵を受けて変わった。最初から出し惜しみはナシ、という事なのだろう。サバイブの強さはスイムスイムも理解している。だが逃げるような事はしない。ルーラなら絶対に撤退しない。
スイムスイムは懐から、激レアアイテムの1つ、『元気が出る薬』の入った瓶を取り出す。取り出した錠剤を口に含み、噛み締める。
「激レア、アイテム……!」
ハードゴア・アリスが、マジカルフォンで黒いドラグセイバーを召喚し、警戒を強める。他の2人も、腰に力を入れて、同時に駆け出した。
スイムスイムもマジカルフォンを取り出して、パートナーだったアビスの武器である、アビスセイバーを構えて、3人を相手に、剣を振り回し始めた。雨に打たれる中、激しい打ち合いが続く。時折リップルサバイブが武器を投擲するが、やはり全部すり抜けてしまう。舌打ちも、雨音にかき消された。
背後から、アリスが飛びかかるが、アビスセイバーで防がれる。前方がガラ空きとなった隙を逃さず、ナイトサバイブが距離を詰める。それに気づいたスイムスイムは、アリスを肘打ちで吹き飛ばし、後ろにステップを踏んでナイトサバイブの攻撃を回避。そのまま魔法を行使して、地面に潜り込んだ。
敵の姿が見えなくなり、3人は意識を集中させる。どこからか奇襲を仕掛けてくる筈だ。そうして雨音だけが聞こえる中、スイムスイムは浮上した。リップルサバイブの背後から、一瞬で。狙われた本人は気づいていないのか、一歩も動けていない。好機と見たスイムスイムは、アビスセイバーを振り下ろす……が、その刃はリップルサバイブには届かなかった。ナイトサバイブが、ダークバイザーツバイで受け止めていたのだ。最初から動きを読んでたかのような動作に、どうして自分の居場所が分かったのか、疑問に思うスイムスイムだが、その答えはナイトサバイブから語られる。
「お前の目的は最初から、あのルーラと呼ばれた武器の奪還。なら、お前は真っ先にこいつを狙うはず。単調過ぎるんだ、お前の行動パターンは!」
そうしてギリギリと均衡する間にも、リップルサバイブは次の手を打っていた。腰に吊るしてあった、因縁の相手であったカラミティ・メアリの遺産から、リボルバーを取り出して躊躇う事なく引き金を引いた。
が、リップルサバイブの動きを見ていたスイムスイムは、動揺する事なく魔法で全てすり抜けさせた。
『SHOOT VENT』
「ハァッ!」
銃撃に合わせて、ダークバイザーツバイの盾を展開させ、ダークアローを放つが、これもすり抜けて、コンクリートの地面を抉るだけに終わった。
「やっぱりすり抜けるか……!」
弾切れとなったリボルバーを投げつけ、すり抜ける姿を見て、舌打ちをするリップルサバイブ。飛び道具はほとんど通用しないようだ。かといって接近戦も、スイムスイムの反応の良さが災いして、決定打が見えてこない。早々に弱点を見つけなければ、何れ消耗戦に陥り、勝機が薄れてしまう。
再び剣の打ち合いが始まるが、均衡は崩れず、再びスイムスイムは地面に潜ってしまう。
このままでは埒があかない。それに、ダムの上は足場も限られており、行動に制限がかかってしまう。場所を移すべきだ。ナイトサバイブの判断は早かった。2人に目配せして、駆け出した。リップルサバイブとアリスもそれに続く。地面の中で様子を伺っていたスイムスイムも、3人が遠くに離れるのを見て、追いかけた。
そうして3人がやって来たのは、ベンチがある広場だった。ダムの上で戦うよりかは、フィールドも広い。3人は誘蛾灯の上に立った。ここならば、地面に潜り込んだスイムスイムからの奇襲も、かわしやすい。一旦息を整えて、周りを警戒する3人。姿は見えないが、スイムスイムも到着している頃だろう。まだ姿を見せてこない所から見て、攻め上がるタイミングを計っているのだろう。その間にも、対策を練らなければ、ナイトサバイブは考え込む。
これまでのスイムスイムの行動を観察していて分かった事と言えば、遠距離でも近距離でも、あらゆる攻撃に対して、スイムスイムは自らの身体を液体と化して、すり抜けさせている事ぐらいだ。決して物質を透過させているわけではなさそうだ。しかしそれが分かったからと言って、打開策は浮かんでこない。あらゆる攻撃を受け流す事は、ある意味で不死身を冠しているのだ。
「(……本当に、そうなのか?)」
しかし、ナイトサバイブは考え込む。そんな無敵にほど近い魔法が、この世に存在するのだろうか? いくら常識を覆す法則だとしても、リスクがないなどとは考えにくい。つまり、彼女にもすり抜けられないものが存在する。それが分かれば、勝機が見えてくるはずだ。
空から轟音が鳴り響いた。かなり近い場所で雷が落ちたようだ。
「雷……」
水は、電気を通しやすい。バカにでも分かるような法則が脳裏に浮かび、ダメ元で試してみる事に。
ナイトサバイブは、リップルサバイブに目線で合図を送る。何かを察したリップルサバイブが、四次元袋から、手榴弾を地面に向けて放り投げた。小型ではあるが、メアリの魔法で強化された手榴弾は、思っていた以上に音を大きく響かせて、地面を抉った。スイムスイムに直撃していれば儲けものだが、そう上手くはいかないだろう。
それを裏付けるかのように、リップルサバイブの背後から水音を立てて、飛び上がってきた。今一度、彼女が持つルーラを狙っているようだ。
「そこだ!」
『HIT VENT』
地面に降りて避難するリップルサバイブへ向かって攻撃を仕掛けるスイムスイムを阻害するかのように、ナイトサバイブはパートナーの魔法を行使。コウモリ型の手裏剣を投げつけて、アビスセイバーを振り下ろすスイムスイムへ、必中の攻撃を仕掛ける。手裏剣はスイムスイムの目元に向かったが、魔法によってすり抜ける。
その直後だった。
「……⁉︎」
スイムスイムをすり抜けた手裏剣に、空から雷鳴と共に、一筋の閃光が直撃。当然、側にいたスイムスイムにも被害が及び、体勢を崩して地面に叩きつけられた。
雷が通すのは、酸性を含んだ水だけとは限らない。例えば、手裏剣などの金属も当てはまる。水に濡れた状態ならば尚更だ。
しかし雷が直撃したわけでもないのに、スイムスイムはここに来て初めてダメージを受けた。電撃なら攻撃が通るのか……? 否、もっと身近に感じるものが、弱点に繋がるのではないか……?
そこまで行き着いたその時、リップルサバイブはある事を思い出した。
たまが殺された直後の戦闘で、メアリとの戦闘の最中、彼女は目撃していた。ナイトサバイブが『ナスティーベント』のカードを使い、超音波を発した際、スイムスイムは顔をしかめ、スノーホワイトサバイブの拳をすり抜ける事なく、その身に受けて吹き飛ばされた事を。
「光と、音……!」
先程の雷と、ソニックブレイカーの攻撃だけが、スイムスイムにダメージを与えていた。そしてそれがスイムスイムが唯一透過できないものではないのか……?
リップルサバイブの呟きを聞いて、ハッとなる他の2人。好機が見えてきたかもしれない。再び体勢を整えた3人を見て、スイムスイムはアビスセイバーを拾って、そのまま地面に潜り込む。
強力なサバイブにも時間制限がある。これ以上時間はかけられない。一矢報いる為のチャンスは1度だけ。3人の目に迷いはなかった。
不意に、リップルサバイブの両腕に掴まれる感触が伝わった。契約モンスターであるアビスハンマーとアビスラッシャーだ。スイムスイムが呼んだと見て間違いない。2体のモンスターに動きを封じられたリップルサバイブ。隙を逃す事なく、浮上したスイムスイムは右手のアビスセイバーを突き出した。仰け反る事で回避しようとするリップルサバイブだが、予想以上に速く、力強かったが故に、避け損ねてしまう。
顔の左側に熱を感じ、視界が赤く染まった。鮮血が宙を舞い、濡れた地面にベタリと音を立てて落ちた。
「リップル、さん!」
「狼狽えるな!」
左目を負傷したリップルサバイブはそう叫び、トップスピードのコートを脱いで、スイムスイムに覆い被せる。コートはすり抜けたが、スイムスイムの気をひく事には成功し、距離を取るように、地面を滑った。
すぐに目の前に意識を向けるリップルサバイブだが、視界が半分になった挙句、赤く染まっていて姿を確認できない。
「屈服しないなら」
背後から声が聞こえた。反射的に身を捻って逃げようとする。風圧を感じた。間に合わない。
「リップルゥ!」
ナイトサバイブの叫び声が響くと同時に、鮮血と共に腕が宙を舞った。しかし悲鳴は聞こえてこない。よくみると、リップルサバイブの両腕は健在だった。そして吹き飛ばされた腕には、黒いドラグセイバーが握られている。
リップルサバイブとスイムスイムの間には、割り込む形で黒い人影があった。切断された右腕の断面から血が溢れているにもかかわらず、表情1つ変えないハードゴア・アリスは、残った左腕でリップルサバイブを押し出して、2人同時に距離を取った。
「お前……!」
「平気、です。あなたこそ、間に合って、よかった」
右腕からの出血が止まりつつあるアリスは、リップルサバイブの無事を確認する。彼女の魔法ならば、片腕を切断されても問題はない。寸でのところで、リップルの腕が切断されずに済んだのだ。しかし、驚異的な治癒魔法を持っていても、すぐにアリスの右腕は再生しない。スイムスイムに一撃を与えるのはほぼ不可能だろう。
「ハァッ!」
一方、ナイトサバイブもアビスラッシャーやアビスハンマーと戦っていたが、スイムスイムが一気に詰め寄って、アビスセイバーを振り払う。
「グッ……!」
右腕を切りつけられ、血が噴き出る。が、その血がスイムスイムの両目に降り注ぐと、バランスを崩してよろめいた。この隙を逃す事なく、ナイトサバイブは右足を蹴り上げて、スイムスイムを吹き飛ばした。返り血が目隠しとなって功を奏したようだ。
これを見て、リップルサバイブは左目に手を当てながら、アリスに耳打ちをした。聴き終えたアリスは、残された左手でマジカルフォンを操作し、その腕に黒いドラグクローを装着した。
そして文字通り、捨て身の覚悟でスイムスイムに向けて、ドラグクローを突き出す。背後にドラグブラッカーが出現し、口を大きく開ける。そして放たれたドラグクローファイヤーは、スイムスイムに直撃……する事はなかった。紙一重で横に避けて、一気に距離を詰める。アビスセイバーを振り上げると、ドラグクローのついた左腕が舞い上がった。両腕を切断されたアリスだが、瞬時に切断面をスイムスイムに向けた。そこから溢れ出た血が、スイムスイムの顔面に直撃。視界がリップルサバイブ同様赤く染まり、怯んでしまう。
「フンッ!」
そこへナイトサバイブの猛攻によって後ずさった2体の契約モンスターが転がってきた。敵が一箇所に集まったのを見て、ナイトサバイブは新たなカードをベントインする。
『NASTY VENT』
上空からダークレイダーが出現し、ソニックブレイカーが放たれる。これにより契約モンスターだけでなく、スイムスイムも呻き声を上げてよろめく。もう疑う余地はない。スイムスイムの弱点は、『音と光』だ。
一気に勝負を決めるべく、リップルサバイブは四次元袋に手を入れて、手のひらサイズの物体を取り出す。
『スタングレネード』。それは爆発から生じる強烈な音と閃光によって、一時的な難聴や失明、パニック等で動けなくなるなど、対象の無力化を狙うための武器。即ち殺傷能力が低く、対象を生け捕りにする為に使用される、非致死性兵器の1つ。
これらは全て、カラミティ・メアリが用意していたものだ。
『精々そいつを、使って、このクソったれな世界を、もっとよく、見てみる、んだな……』
「……上等だ! この力で、あいつを……!」
最初は忌み嫌っていた宿敵の意志を、この一撃で未来に繫げる。皮肉ではあるが、リップルサバイブは迷わなかった。
「強烈な音と閃光が詰まったメアリ製だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
栓を抜いて、スタングレネードを投げつけた。魔法によって、スタングレネードは真っ直ぐに標的を捉える。
今は亡き魔法少女の魔法によって強化されたグレネードは、スイムスイムの目の前で炸裂。当然スイムスイムは気づく事なく、2つの弱点を兼ね備えた武器により、吹き飛ばされる。そしてそれは側にいた契約モンスター達もまた然り。
「! ここだ!」
『FINAL VENT』
ダメ押しとばかりに飛び上がったナイトサバイブは、ダークレイダーを背中に装着させ、その身をマント状に包み込む。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
従来のものよりも強化された必殺技『飛翔斬・改』が、スイムスイムに向かって突き進み、爆発音がダムの一角に轟いた……。
今作では、リップルは左目こそ負傷しましたが、左腕は切断されない事にしました。アリスという『盾』があるので……。
そして次回、決着がつくのですが……。それなりにお覚悟を。