首都高のシンデレラ 2nd   作:囃子とも

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先週はお休みしてすいません。


10th 怪物の出陣

 ベンチテストを終えたエンジンを内藤自動車に持ち帰り、内藤が製作したメンバーとエンジンマウントを仮で合わせる。寸法はぴったりと合っており、車体に仮で載せるとエンジン後端が、見事にバルクヘッドにギリギリまで寄っていた。

 エンジンの全長が2JZに比べて非常に短い分、ホイールベースの内側にエンジンの本体は収まった。加えて、レーシングエンジンは当然ながら、強制的にエンジンオイルを潤滑させるドライサンプが用いられる。

 エンジンを低く後方にマウントすることで、重量バランスは大幅に改善できるのだ。

 

 仮合わせが終わった所で、美世はコピーしたデータロガーを内藤に見せる。

「……ピークで約800馬力か。

 確かにすげえが、パワーバンドは狭すぎるな。ちょっとでも外れたら、アクセル踏んでも進まねぇぞ……」

 内藤はそう答えた。

「軽量なIMSA-GTPの車体ならまだしも、スープラだと重すぎる……って言いたいんですよね?」

 意味あり気に、美世は言った。

「そうだな。あのスープラも、元から考えれば250キロは軽量化できる見込みだ。

 とは言え、プロトタイプと比べりゃ200キロ以上重くなるし、FRレイアウトだとトラクションでも不利になる。空力でカバーするにしたって、限界は見えてるぜ?」

「……ええ。だから、ナイトロオキサイドシステムを使うんです」

 美世の出した結論だった。

「NOSか……。確かに、低回転域でも噴射させりゃ、トルク不足は補えるがな」

 ナイトロオキサイドシステムと言えば、映画等で著名になったチューニングだ。アメリカのドラッグレースであれば、非常にポピュラーなチューニングの一つに数えられる。

「よく勘違いしてる人が多いんですけど、ナイトロはピークパワーを爆発的に向上させるだけのチューニングじゃ無いんです。

 低中速トルクを大きく向上させて、高回転までつなげる手段としてもあるんですよ」

 美世は得意げに言う。

「そいつは俺だって知ってる。

 フルコンの制御なら、インジェクターにつながる燃料パイプにナイトロを吹かせて、常時噴射出来るようにセット出来る。ガソリンとナイトロを先に混ぜてから吹かせる、ウエットショットって奴だな。

 もっとも、セッティング出すのも時間かかる上に……ちょっとでも詰めすぎて、エンジンブローしたら、後が無いぜ?」

 内藤は念を押す。

「……もちろん、分ってますよ。

 久永さんにも、先に話は通してあります」

「ったく……。手の早いやっちゃな」

 美世の要領の良さに、内藤は感心しつつも呆れた。

「ま、先にエンジンが載らんと話にならん。一気に片づけるぞ」

「オーケーです」

 内藤の言葉に、美世は答えた。

 

 

 平日の富士スピードウェイ。

 一時間のスポーツ走行に、拓海はフェアレディZを持ち込んだ。待望の富士スピードウェイ初走行だ。

「……さて」

 レーシンググローブをはめながら、拓海は集中力を高めていく。

「たくみん、緊張してるっしょ?」

 同伴で着いてきた里奈は、そう聞くが。

「そんな訳……ねーだろ。これくらいの事で……キンチョーしねーよ」

 答える拓海は、イマイチ歯切れが悪い。

「なんだかんだで、初めてのサーキットだ。多少緊張してる位の方がいいわな」

 高橋はそう言った。

「……ま、最初はゆっくり慣らしていくしかないじゃんか。俺が先導して、ラインを教えるよ」

 講師役の山田も、自分の愛車を持ち込んでいる。

「……よろしくお願いします」

 ちょっと陳謝しつつ、拓海はお願いした。

 

 そして、一時間の走行枠の開始だ。

 ピットロードから、コースへ向かうシビックとZのテールを見つめる。

「ところで、おっちゃんがたくみんのZを直したの?」

 里奈は高橋に聞いた。一応は初対面の筈だが、里奈の態度はなれなれしい。

「おう。あいつの腕に合わせて色々調整しといた。

 あれだったら、お嬢ちゃんの車もやってやるぜ?」

 高橋も、図々しく営業を始めた。

「あたしのは遠慮しとくぽよ……ワゴンRだし」

 里奈の愛車は、走り屋の仕様ではない。どちらかと言えば、ドレスアップだ。

「……ま、走る車が必要になったら、いつでも言ってきな」

 高橋は、フッと笑みを作った。

 

 富士スピードウェイの一番大きな特徴は、世界的に見ても極めて平均速度の高いコースレイアウトという事だ。

 2004年の大幅な改修で、数多くの国際サーキットを手掛けたヘルマン・ティルケがデザインして、後半セクションがテクニカルになったと言われるが、それを差し引いてもかなりの高速コースだと言える。

 加えて、道幅が10メートルから12メートルとかなり広い。そのため、視線で感じる速度が非常に狂いやすい。気が付いたら、スピードメーターが振り切っている事なんて話は、よくある事なのだ。

 

 シビックは六割程度の速度で、正確なラインをトレースしながら先導する。

 そのラインをなぞる様に、Zで追走する拓海。

(……ゆっくりって言っても、結構速いじゃねーか……)

 その速度は、首都高や峠をかっ飛ばすよりも遥かに速い。150キロ以上の速度で、ハンドルを切る場面など、普通の運転ではまずありえない。

 強烈なGに耐えながら、先行するシビックのテールランプを追いかける。

 

 三週して、二台はピットに戻ってきた。

 山田はシビックを降りて、後ろに停車した拓海に声をかける。拓海はZから降りないまま、窓だけ開ける。

「ま、ラインはあんな感じかな。あとは自分なりに走ってみて」

「……わかりました。やってみます」

 そう答え、拓海は素早くコースへ戻っていった。

「さて。どうなるかな……」

 Zの後姿を見ながら、山田は一度ヘルメットを脱いだ。

「ん~……あんまりアドバイスしないんだね~」

 その様子を見ながら、里奈はそう言った。

「まあね。

 向井さんの場合は、頭で考えるよりも体で感じた方がいい気がしたじゃんか」

 山田はそう語った。

「へ~。そういうモンなの?」

「そうだね。今日が初めてのサーキットだから、細かく手取り足取り教えた所で、全部こなせるとは思えないじゃん。

 だとしたら、まずは感覚を養う事が大切になるのさ」

 山田は、そう断言した。

「ほぇ~……」

 里奈は分かっているのか分かっていないのか、気の抜けた返事だった。

 

 拓海は限られた時間の中で、富士スピードウェイを走る。

(……ここがこうで。……こうやって行けば良いのか?)

 Zとの対話。

 サスペンションを通じて伝わる、路面のうねり。体に伝わるエンジンの振動。

(お前はどう走りたい? あたしに教えてくれよ……)

 両手、両足、腰。ステアリングやシートから通じるZからの情報を、体の隅々にしみ込ませる。

 スポーツドライビング。すなわち、走る事とは、マシンと人間の対話である。

 マシンは、あくまで機械でしかない。しかし、それを手足の如く扱うことで、丸で意思を持った生き物の様に動かすことが出来るのだ。

 

 何週目かのアドバンコーナー。

 Zが、綺麗なアウトインアウトをトレースして駆け抜けた。

「……!?」

 拓海の中で、何かが感じられた。

(そういう事か……。お前はそう走れって、言いたいんだろ……)

 ほんの数秒のコーナーリングだが、拓海は何かを掴んだ。

 

 連続して20分ほど走り続け、拓海はピットに戻ってきた。

 Zから降り、ヘルメットを脱ぐと、拓海は肩で息を切らせていた。

「おつぽよ~。どうだった?」

 里奈は、真っ先に拓海に駆け寄った。

「……少しだけ、こいつの事が分かったぜ」

 拓海は、ニヤリと笑った。

「そいつは何よりだ。思いっきり走らせてやった方が、この車も喜ぶだろうよ」

 高橋は、Zのルーフをポンポンと叩いた。

「それとよ。

 ピットに入って止まったら、ブレーキペダルを何度かダブっといた方が良いぞ」

「……なんでまた?」

「サーキットで走った後なんかだと、ブレーキに思いっきり熱が入る。

 一周クーリングしたとしても熱はだいぶ残ってるから、その熱でフルードが湧いてきちまうんだ。ペダルをダブっとく事で、ブレーキのフィーリングの悪化を防ぐんだ」

「そうなんだ……」

「あんまりほっとくと、ベーパーロックにもつながる。ブレーキは特に命に一番かかわる部分だからな。

 このZには、R33用のブレンボキャリパーを流用してあるが、元々の重量が結構重たい。強化しても、ブレーキにかかる負担はでかいからな。

 マメにこういう事をしねぇと、後で痛い目をみるんだぜ」

「わかりました」

 拓海は言われた通り、コクピットに乗り込んで、ブレーキペダルを何度かダブった。

「……ま、どの道すぐに走るんすけどね」

 そう言い放って、再びヘルメットをかぶった。

 そして、再びコースへと繰り出す。

「若いねぇ」

 高橋は、感心しきりだった。

「たくみんらしいぽよ」

 里奈はクスクスと笑い出していた。

 

 ピットロードを出ると、ちょうど山田のシビックの後ろにくっつく形になった。

(もう一回、追いかけさせてもらうぜ……)

 拓海のステアリングを握る手に、力が入る。

(……TCFまで、あと一か月半。その間に、ココを走り込まなきゃな!!)

 そして、もう一度フェアレディZに鞭をくれる。

 

 

 久永は、久しぶりに休暇を取る事になった。

 と言うよりは、上層部から無理やり休暇を取らさせた、と言った方が正しいかもしれない。何せ、自宅に帰ったのが二週間ぶり。まともに夜寝るのは、一か月ぶりだった。

 三日は事務所に顔を出すなと、専務直々に言われたため、仕方なく自宅でゆっくりしていた。

 そういう訳で、起きたら昼を過ぎていた。

「……久しぶりに、寝坊した気分ですね」

 ゆっくりと体を起こすと、頭がひどく痛む。

 頭痛薬を二錠飲み込んだ所で、久永の携帯電話に一通のメールが受信された。

 “内藤自動車に来れますか?”というメッセージ。送信者は美世だ。

 ちょうど休みなので今から行きます、と返信した。寝間着から着替えて、久永は自宅をさっさと出た。

 

 内藤自動車に着くと、久永はわき目もふらず、シャッターの中へ入った。

 そして、ガレージ内には堂々とスープラが鎮座していた。

 バンパーやサイドステップ等の外装こそまだついていないが、スープラは地面に降りている。

「……ついに出来たんですね」

 久永はポツリと言葉をこぼす。

「おう。あとは外装周りを取り付けるのと、ドライビングポジションの調整だ」

 内藤は、久永に伝える。

「これから、久永さんの一番いいポジションに合わせて、コクピットを調整します」

 美世も、そう言った。

 

 そして、久永はスープラに乗り込む。

 フルバケットシートに体を預け、ステアリングを握る。シートを前にスライドさせ、ペダルに足を付ける。

「これは……」

「F3用のオルガン式のペダルです。知り合いのレーシングガレージの隅っこに転がってたんで、貰ってきました」

「……それに、中も凄い事になってますね。ほとんど、GTマシンですよ」

 張り巡らされたロールバーを見て、久永の感想はそうだった。

「ペダルの位置はどうですか?」

 美世に言われ、久永は左足でクラッチを。右足で、ブレーキとアクセル。三つとも同時に踏み込む。

「ペダルは、全然いい感じですね。ステアリングのチルトも生きてますから、それで高さは調整します。ただ、ハンドルを外れるようにして貰えば、乗り降りは楽になりますね」

「わかりました。手配しますね」

 美世は答えた。

「エンジン……かけてみるか?」

 内藤は、久永にキーを手渡す。

「ええ……」

 キーをシリンダーに差し込む。

 バッテリーオン、イグニッションオン。燃料ポンプが回りだす。

 そして、セルモーターが回る。少し長いクランキングの後。

 

 轟音と共に3S-GTEが目を覚ます。

 エンジンの振動が、ダイレクトにボディを震えさす。耳を塞ぎたくなる程の爆音が、体中を包み込む。

「これは……すごいマシンが出来ましたね」

 そう呟いた久永の声は、スープラのエキゾーストノートにかき消されていた。

 

 数分のアイドリングの後、久永はエンジンを止める。

「……一週間後だ。それまでに外装を組んで、シェイクダウンにこぎ着ける。

 そうすりゃ、TCFまでの一ヶ月はセッティングに使えるからな。あんたのスケジュールもハードになるぜ」

 内藤は告知する。

「了解です。そこからは、なるべくスケジュールを調整する様にします」

 久永は頷いた。

 

 

 新生スネークアイズ。

 ロサンゼルスのストリートレースを制した東洋人が、再び日本の地で蘇る。

 

 マシンはJAZ80スープラ。

 エンジンはIMSA仕様の3S-GTE改、トヨタ社内通称503Eの2,1リッターの4気筒エンジン。タービンはトヨタ製CT44ST。これもIMSA仕様と同じターボチャージャーを使用する。IMSAのレギュレーションでは吸気制限が有りリストリクターを装着するのだが、こちらは外している為、更なるパワーの増大が見込められる。

 ドライサンプ式のエンジンの為、オイルタンクとポンプも搭載。パワーステアリングは電動式の物を流用した。油圧ポンプを使わない分、エンジンへの負担が軽くなる為だ。

 2JZよりも軽くコンパクトなエンジンを搭載した事で、フロント周りの大幅な軽量化を実現。すなわち、重量バランスの改善だ。また、エンジンのスペースが広くなった事も、冷却面で有利に働く。

 インタークーラーは大型の四層式で、ラジエーターはアルミの三層。いずれも水平マウント化され、パネルの内側に搭載される。オイルクーラーも当然装備。

 そして、極めつけはナイトロオキサイドシステムと、アンチラグシステム。これらで、低速域の立ち上がりの悪さをカバーする。

 

 強大なパワーを受け止めるボディは、2500発のスポット増しと、直付け16点式ワンオフロールバーで剛性を確保。元GTメカニックである内藤が作り上げた自信作だ。

 エアコンやオーディオは、当然外され、室内には各所に軽量化の跡が垣間見える。燃料タンクもレース用安全タンクに変更し、リアシートの位置に搭載した。これも、重量バランスと重心を考えた選択だ。

 

 駆動系は、Xトラック製のシーケンシャルミッションに、AP製のトリプルプレートクラッチを組み合わせる。

 LSDはTRDの機械式。組み合わされるファイナルは3.727。ベースであるSZ用のファイナルは、RZに比べローギアードとなる。したがって、最高速は落ちるものの加速力は上げられる。

 高速サーキットの富士が舞台とは言え、最高速のピークは310km程度だ。むしろ、そこまでの加速の方が重要となる為、SZのファイナルの方がベストだと踏んだ。

 

 トラクションの要である足回り。

 クアンタム製のショックに、バネはスイフト製。マシン全体もそうだが、フロントが特に軽くなっている分、バネレートやショックの減衰力、アライメント等には調整の余地がある。ブッシュ類は全てピロ、あるいはリジットマウントに変更。

 フロントがダブルウィッシュボーン式サスペンションの場合、車高を下げた際にアッパーリンクとボディが接触して、ストロークを確保できない。その為、アッパーリンクをショート加工して、サスペンションストロークを確保している。

 また、前後共にサスペンションメンバーが、低い車高でもジオメトリーが純正に近づくように加工している。

 

 そしてチューニングのカギであるブレーキ。フロントはブレンボのF40用の大型のキャリパーを使用し、リアは純正の対抗2ピストンの物を使用。ローターはスリット入りで、ブレーキホースはステンレスメッシュの物を使う。

 タイヤはフロントが265/40/17インチ。リアは285/35/18インチ。当然ながらSタイヤを履く。

 

 外装は、久永たっての希望で、ボメックス製のバンパー、サイドステップ、リアバンパーを装着。更にオーバーフェンダーを装備して、ワイドトレッド化も行っている。リアにはサード製の三次曲面のGTウイングを装備。また、内藤お手製の、アルミ板で作ったディフューザーも装着した。

 

 

 究極のスープラがここに完成したのだ。

 

 

 そして、迎えた一週間後。

 富士スピードウェイのスポーツ走行で、新生スネークアイズのスープラのシェイクダウンの時だ。

 積車で運ばれて、ピット裏にスープラが降ろされる。

 走行開始まで、まだ幾分か時間がある。エンジンをスタートさせて暖気を行う。

「久永さんは、富士を走るのは初めてですよね?」

 付き添いで来た美世が聞く。

「……ええ。ゲームでは何度か有りますけれど」

 久永の答えは、今一つ頼りない物だ。

「ま、今日はシェイクダウンだ。コースもそうだが、クルマにも慣れなきゃいけねぇ。どの道、まだセッティングを詰めていかねぇといかんだろ?」

 内藤はそう告げる。

「……ええ。人も車も、ゆっくり慣らしていきます」

 久永の顔つきは、グッと引き締まった。

 

 走行開始10分前。

 エンジンを暖気させ、久永はコクピットに滑り込む。真っ新なショウエイのフルフェイスヘルメットを被り、レーシンググローブに手を通す。

 スパルコのフルバケットシートに体を預けて、4点式のフルハーネスで体を締め上げる。

 久永の心拍数が跳ね上がる。それは未知のモンスターマシンへの期待からか。あるいは不安か。

 

 開いたドアの隙間から、美世は久永に忠告する。

「……最初の内は、ブーストを1.5キロで慣らします。だけど、それでも600馬力は超えています。サスペンションも、まだ煮詰まってませんから、タイヤが暖まるまでは全開にしないでください。

 それと、3速より下のギアで6000rpm以上回すと、すぐにホイールスピンしてパワーオーバーステアになります。間違いなく、まっすぐに走れないですから」

「了解です。

 所で、これはMAXだとどれ位まで馬力は出ますか?」

「……ブースト2.5キロで約800馬力。それにナイトロも組み合わせてるので……フルショットすると、計算上は1000馬力を超えます。

 少なくとも、FRで乗るようなマシンじゃないですね」

 美世の言葉に、久永は息を飲んだ。

 

 そして、走行開始。

 黒いスープラは、ピットロードを伝ってコースへと繰り出す。

 

 車内に響くエキゾーストノートに、ドグミッションが唸るノイズ。

(……さて)

 ステアリングを握る手に、自然と力が入る。

 

 コースイン。しかし、まだタイヤもブレーキも温まっていない。

 シフトレバーを引っ張って、4速へ。タコメーターは4000rpmを指している。

 軽くアクセルを踏み込んだだけで、マシンは前へ出ようとする。すさまじいレスポンスとパワー感が、バケットシートを通じて体に伝わる。

(これは……体感した事のない領域ですね)

 ステアリングを左右に切って、マシンをソーイングさせる。タイヤを温める為の動作でも、操作に対して車が瞬時に反応する。

 相当なポテンシャルを秘めている事は、直感で分かった。

(……どれほどの代物か楽しみですね……怖いくらいに)

 久永の背中は、汗でじっとりとしていた。

 

 130キロ程度で、2週ほど慣らす。まだラインは掴めない。

 しかし、タイヤには適度なグリップ感が出てきた。

 

 2速を選択し、ゆっくりと1コーナー、2コーナーを抜けていく。

(……全開!!)

 久永は意を決して、アクセルを踏みぬいた。

 

 フワッ、と車が浮いたような感覚だった。そして、ワープしているような錯覚を覚えてしまう。

 周囲を流れる景色が一変し、正面の視界が一気に狭くなっていた。左右の景色は、真っ白で何も見えない。丸でホワイトアウトしていると思えた。

「……!?」

 マシンが右へとノーズを向けている。

 久永は、美世に言われた言葉を思い出した。3速より下で6000rpm以上回すと、すぐにパワーオーバーステアになると。

「……まずい!!」

 一瞬の判断だった。

 久永は、ブレーキペダルとクラッチペダルを踏みぬいて、反射的にカウンターステアを当てていた。

 

 スープラは正反対に向きを変えて、周囲には白煙が漂っていた。

「…………ちょっと、甘く見ていたかもしれませんね」

 久永の目には、さっき抜けてきたばかりの2コーナーが映っていた。

 

 

 

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