首都高のシンデレラ 2nd   作:囃子とも

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11th 決戦前夜

 TCF開催まで、あと三週間と迫った。完成したスープラで、久永は富士スピードウェイに、週に一、二回のペースで通い詰めた。少しでも富士スピードウェイの走り方を覚える為。そして、スープラのセッティングを詰める為に走り込む。

 当然、マシンメイキングを担当した内藤も同伴し、何通りかのセッティングを試みる。そして、そのデータをガレージに持ち帰り、セットアップの方向性を探す。

 

 本日も富士から帰還し、内藤自動車の事務室で、内藤と久永は話し込んでいた。

「……やっぱり、セクター3がキモだな」

 ベストラップのデータから、内藤はそう結論付けた。

「正直、あのセクションのライン取りは見えにくいんですよね……」

 ドライブした久永も、つづら折りのセクションの攻略には、手を焼いていた。

「ま、ラインが分かりにくいのもあるが、トラクションの差が出るんだよ。四駆なら一気に踏めるが、こいつじゃ同じようにはアクセルを踏めない。

 確かに、重量バランスを改善してフロントヘビーなのは解消しちゃいるが、それでもリア二本のタイヤだけじゃ、トラクションの限界は見えてる。

 かと言って、ここでパワーを落としても、タイムが伸びるとは思えねぇしな。鈴鹿や筑波だとかならともかく、富士はストレートも長い。その上、セクター1、2は高速コーナーばかりで、平均速度も高い。ここで置いていかれたら、勝負権は無いからな……」

 内藤は色々思考しながら、煙草を吸い始めた。

「……今の状態ならが、セクター1、2は間違いなく他よりも速い筈です。

 スープラは、巷では直線番長と誤解されがちですけど、実際は優れたハンドリングを持つマシンです。中高速コーナーなら、RX-7にも負けていません」

 久永は自信をもって言った。

「ああ。元の素性の良さに加えて、重量バランスが改善されてる。セッティングさえ決まれば、超コーナーリングマシンに仕上がる予定なんだがな……」

 元は、3リッターの直6ツインターボエンジンを搭載するスープラ。そのレイアウト故に、誤解が多い事も事実だ。

 元々の足回りが良く出来ており、素晴らしいフットワークを見せる上に、空力も良い。直線のトップスピードも高いのだが、意外とコーナーも速いのである。しかし欠点としては、重量のある車体の為ブレーキにかかる負担が大きい事と、リアタイヤにかかる負担が大きい事があげられる。

 

 スープラがJGTCに参戦していた頃。2JZから3S-GTEにエンジンを変更した事で、重量バランスを改善しコーナリングの速さを身に付けていた。

そして、ライバルのGT-Rは重く大きい直列6気筒のRB26にこだわるが故、重量バランスの悪さが足枷となっていた。

 02年にRBを捨てざる得なくなったGT-Rと、3Sのままでも戦闘力を維持し続けたスープラ。対照的な結末を迎えたことは、皮肉と言う他に無い。

 

 

 ああでもない、こうでもないと、思案するものの決定的な打開策が見えない。

 そんな中。閉店後の内藤自動車に、来客が訪れた。

「こんばんわー。差し入れ持ってきましたよー」

 事務室に入ってきたのは、夏樹だ。ご丁寧に、コンビニで弁当まで買ってきてくれた。

「木村さん? どうしてまた?」

 久永は、夏樹をじっと見つめる。

「たまたま通りかかったら、電気がついてたんで寄ったんですよ。折角だし、弁当も買ってきました」

 そう言いながら、夏樹は買ってきた焼肉弁当を差し出した。

 事務室の中に、香ばしい匂いが漂うと、内藤も久永も空腹だという事に気が付いた。

「……そういや、昼前に菓子パン食っただけだったな」

 内藤は、改めて思い出した。

「すいませんね……。折角なんでいただきます」

 久永は、照れくさそうにしつつ、弁当に手を出した。

「全然良いですよ。普段から、お世話になってますし。二人とも、それだけ集中してたって事ですよね」

 夏樹はそう笑いながら、コンビニで一緒に買ってきた、大袋入りのパインアメを出した。

 

 その時。

「…………!!」

 内藤の脳裏に、ピンと来た。

「……どうしたんですか?」

 夏樹は、一粒のパインアメを持ったまま、そう聞いた。

 内藤は何も答えず、夏樹が手に持っている飴をジッと見つめる。

「……ど、どうしたんですか? 内藤さんも、飴がほしいんですか?」

 恐る恐る聞く夏樹を見たまま、内藤はニヤリと笑みを見せた。

「木村……でかしたぞ。これで、トラクションをかせげるぜ」

 内藤は断言した。

 しかし、パインアメとスープラに何の関係があるのか。久永と夏樹は、呆然と固まるしかなかった。

 

 翌日から、内藤はリアの足回りのセッティングを詰め直すことにした。

 夕暮れ。久永と夏樹が顔を見せると、内藤はある部品を見せた。

「……こいつが、トラクションアップの要だぜ」

 手に持っていたのは、ウレタン製の丸い輪っかだった。

「これは?」

 夏樹は、その部品を見つめる。確かに、パインアメと形は似てなくもないが、サイズはこちらの方が大きい。

「これは、ウレタン製のメンバースペーサーですね」

 久永はそう解説した。

 

 メンバースペーサーとは、ボディとリアのサスペンションメンバーの隙間を埋める為のパーツである。

 メンバーのブッシュがノーマルだと、柔らかすぎてスポーツ走行の際に大きくよれてしまい、アライメントが大きく変化してしまう。その余計な動きを嫌って、メンバースペーサーをボディとの隙間に挟み、余計な動きを抑制する。

 材質は金属だったり、ウレタンだったりと、メーカーによって異なる。

 しかし、久永のスープラの場合は、メンバーのブッシュを外してリジット加工が施してある。もはや、余計な動きは出ない筈なのだが。

「メンバーとボディの間に、このウレタンのスペーサーをかますんだ。

 リジット加工したおかげで、メンバーに全く余計な動きが出なくなった。だが、ボディもガチガチだし、足もかなり固い。タイヤとサスだけじゃ、パワーを吸収しきれなかったって事だ。

 ウレタンのスペーサーなら、ゴムブッシュ程はよれないが、リジットマウントよりは力を吸収してくれる。

つまり、吸収しきれないパワーを、このウレタンのスペーサーで吸収させるって事だよ」

 内藤は、そう力説する。

「……でも、そんなパーツで変わるんですか?」

 夏樹は半信半疑だ。

「そういう細かな部品が、意外と効くもんなんだよ」

「ええ。これは、僕たちとしても盲点でしたね」

 しかし、内藤と久永は、自信を漲らせていた。

 

 そして、日は流れ。スープラは、再び富士でのテスト走行に漕ぎつけた。

 今回はリアのサスペンション周りの調整を大きなテーマとし、目標タイムを1分43秒に定めた。

 TCFにおいて、FRでのレコードタイムの約1秒落ちのタイムになる。

 このタイムに定めた理由は三つある。

 一つは久永が、まだ富士を完全に攻略した訳ではない事。もう一つは、スープラでマックのブーストまで使い切っていない事。そして、最後の一つは、使用するタイヤがユーズドタイヤである事だ。

 余力を残している状態での1秒落ちならば、本番では更にタイムを詰められる計算だ。

 

 何週かを八割のペースで走り、ラインやブレーキングポイントを見極めていく。現在のベストタイムは1分49秒。

 そして、ピットイン。

「どうだ?」

 内藤は久永に聞く。

「すごく良くなってますよ。立ち上がりの時に、コントロールが効くようになりましたね」

 感触は上々。久永も、更なるタイムアップに自信を見せる。

「オーケー。アタック、いけるか?」

 内藤の言葉に、久永は頷いた。

 そして、再びコースへ繰り出す。

 

 久永は、スープラに秘められたポテンシャルを開放する。全神経を集中させ、怪物に鞭を打つ。

(……いきます!!)

 最終コーナーを丁寧に立ち上がり、フルスロットル。650馬力の503Eを開放させる。

 1,475メートルのストレートをスープラがかっ飛んでいく。

 ピットで内藤は耳を澄ました。

「……吹けてるな」

 その口元が、ニヤリと笑う。

 

 久永は、全力で周回を重ねる。もてるテクニックをフルに使い、暴れるスープラと格闘する。僅かでも気を抜けば、コントロールは不可能。

 しかし、そのスリリングな感覚も、また病みつきになるのだ。これこそが、スピードの魔力と言えよう。

 

 10ラップの全開アタックの内、3週目には1分42秒台をマーク。その後5週目まで、連続で42秒台を叩き出し、当面の目標はクリアした。

 ピットに戻ると、久永はスープラを降りた瞬間に、地面にへたり込んでしまう。

「お疲れさん。さすがに、この手のマシンで、10ラップ走るのはしんどいか?」

 内藤は、そう言いながら、スポーツドリンクを手渡した。

「……確かに、連続ラップすると体にきますね。運動不足ですよ……」

 そう答えながら、久永はスポーツドリンクを受け取った。ペットボトルの中身を一気に飲み込むと、体中に水分が染みわたっていく。

「ふぅ……」

 その味を噛み締めると、心地よい疲労感が久永の体を支配していた。

「さすがに攻めていくと、ユーズドとは言えタイヤのタレは早いな。水温とかブレーキとかに不安は無いか?」

 内藤は、聞きただす。

「……やはりタイヤが一番厳しいです。恐らく、フルブーストにしたら、特にリアタイヤの摩耗は更に早いでしょうね。

 ですが、トラクションもかなりかけやすくなってますし、ブレーキも水温も油温も、10ラップ程度では不安はありません」

 久永の表情には、確かな手ごたえがあった。

 

 TCFまで、あと一週間。

 この日、内藤自動車には、TCFに参加する面々が集められた。拓海、久永の二人はドライバーとして。夏樹と里奈は、強いて言うなら、付き添いだ。

「これで、全員集まったな」

 内藤は、全員を見渡してそう言った。

「そんでさ……。なんで、あたしら全員集めた訳?」

 拓海はそう聞いた。

「とりあえず、これを見てみろ」

 内藤は、TCFの公式ホームページを開いた。

 そこには、正式に参加ショップとドライバー、そして参加車両が記載されていた。

 名門から、古豪、新鋭まで。腕利きのチューナーやドライバーの名前が並ぶ。

「……結構大々的なイベントですね」

 夏樹は感じた感想をそのまま言う。

「あ、軽カスタムの展示もあるじゃん!!」

 里奈は、別のブースの方に着目してた。

「おいおい。目的はそっちじゃねーぞ?」

 拓海は、そう突っ込みを入れる。

 TCFはチューニングカーの祭典だが、カスタムカーショーのイベントも行われる。そちらを目的としたギャラリーが多い事も事実だ。

「そっちも、気になるかもしれんが、メインはこっちだぞ」

 そう告げて、内藤はメインイベントのページを開く。

 

 TCFの場合、公式なレースとは異なりライセンスは必要ない。その変わりに、賞金なども発生しない。いわば、アマチュアクラスのイベントだ。

 メーカー系のマシンにプロドライバーが搭乗するパターンもあるが、チューナーが自らマシンを走らせる事も多い。

 だからこそ、プライベーターがプロドライバーを喰うという、番狂わせも起こりうる。それこそが、TCFの面白さなのだ。賞金すら発生しないにも関わらず、全国区の名チューナーがエントリーする理由はそこにあるのだ。

 TCFに勝利する事は、チューナーにとってもドライバーにとっても、名誉“だけ”をかけたイベントなのである。

 

 

 そして、幾つかの要注意ドライバーを内藤はピックアップしていた。

 

「まずは、こいつだな。パーツメーカーの一つ“ライジング”の宮川雷斗。マシンはデモカーのR35だ。

 去年の優勝者で、TCFのレコードホルダーだ。元々、ライジングのテストドライバーも務めてる。今年も本命って言われてる」

 

 

「んで、次が舘渡。“MADSPEED”のチューナー兼ドライバーだ。元々ロータリーじゃ有名所だし、舘もレース経験は豊富だが……。

 今年はRX-8に車を変えてきてる。それが、良い方向に出るか悪い方向に出るかは分らん。少なくとも、マシンをスイッチするのは、結構な博打になるからな」

 

 

「それと“ファクトリーFUJI”。ここは、32と34の二台でエントリーしてる。藤巻直樹と言えば、数居るGT-Rチューナーの中でも五本の指には入る。

 しかも、R34のドライバーはGTにも参戦してる岩崎基矢。そんでもって、R32には美世が乗る。

 あれでも、美世はカートでは全日本選手権に参戦してたし、GT-Rの乗り方をよく知ってる。ドライバーとしてのレベルは相当だ」

 

 

「横浜の“スペンサー”。ここも二台で参加だ。

 R35はストリート仕様で一切軽量化していない。とは言え、元の素性は他のマシンとは比べ物にならん。ドライバーの山田健三は、GTもスーパー耐久もトップクラスで戦ってるドライバーだし、相手にとっては不足がねぇ。

 それと、もう一台のZ34。こいつはNAのフル軽量仕様。ドライバーはD1にも出てる辻本アキラだ。ドリフト野郎って言っても、グリップの実力も確かだ」

 

 

「埼玉の“松山自工”。ライトウェイトマシンの製作じゃ定評のあるショップだ。

 マシンは86。以前はチューナーでもある松山弓子がハンドルを握ってたが、最近はプロドライバーを乗せてる。

 スーパー耐久でも86に乗る、小早川悟が今年も乗るそうだ」

 

 

「“ガレージエムロード”のGTO。日本のショップで、GTOのタイムアタック仕様を作ってるのはここ位かもな。

 ドライバーを務める魚住清太は、GTOを駆るアマチュアドライバーだが、TCFを始めとするタイムアタックイベントの常連だ」

 

 

「“ランディースポーツ”と“ゼロマックス”。

 この二つのショップは、お互いライバル同士として有名だな。おまけに車もランサーとインプレッサ。

 ドライバーのターマック鈴木と小幡尚人も、長年のライバルとして知られてる」

 

「それと、アックスレーシング。もともと、ライトチューンを得意としてたショップで、どのマシンもエンジンパワーは大したこと無い。

 半面、軽量化と足回りには滅茶苦茶力を入れてる。コーナリングに優れたマシンを得意としてる。

 ドライバーは、坂本桐字。GTからワンメイクまで、何でも乗りこなせるレーサーだ」

 

 

 

 一通りのピックアップを見て、久永はあるドライバーに注目した。

「……ファクトリーFUJIのR34。このドライバーが恐らく……迅帝と呼ばれた走り屋では?」

「ご名答。今じゃ、GT300に参戦してるプロのレーサーだ」

「…………」

「レーシングガレージの製作したマシンに乗る、プロのドライバー。

 それに対抗するのは、町工場の作ったチューニングカーでドライバーもアマチュアだ。普通に見たら、勝ち目はゼロ。

 でもよ……」

 一呼吸おいてから、内藤は言った。

「これで勝ったら……最高にかっこいいだろうぜ」

 内藤は、自信を漲らせていた。

 

 

 日は流れ、土曜日。TCF前日。

 この日の富士スピードウェイは、今日は主催者がブースの設置やオフィシャルとの打ち合わせに忙しく動き回る中、コースはTCF参加ショップの占有走行となる。

 各参加ショップが富士スピードウェイに集結し、本番に備えた最後の練習走行となる。その雰囲気は、実戦のレースその物だ。

 大がかりなトランスポーターを持ち込んでるショップもあれば、自走でマシンを持ち込んだショップもある。

 レーシングカーと異なり、極めてレギュレーションが緩い為、ナンバー付の公認車からサーキット専用のマシンが同時に走行する。

 それは、それぞれのショップの理念に基づいたチューニングを立証する為だと言われる。

 

 

 各ショップのデモカーが暖気を開始する。高鳴るエキゾーストノートが、参加者たちのボルテージを上げていく。

 

 15番ピットに陣取る、内藤自動車。そして、隣の16番ピットにはWINDY。偶然にも、久永と拓海は隣同士になっていた。

「これが、久永さんのスープラか……」

 自分の事で手一杯だった拓海は、このスープラを拝むのは初めてだ。

「ほー……。こりゃ、随分と本格的に仕上げてあるな……」

 名チューナーの高橋をして、ここまで言わせる。

「そうは言っても……周囲もモンスターマシンばかりですよ。僕もこのスープラを完全に乗りこなした訳じゃないですし……」

 謙遜する久永だが、練習走行からトップクラスに肩を並べるタイムをマークしている。

「そういうこった。向井も、気は抜けねぇぞ。なんつっても、名チューナーの看板を背負って、走る訳だからな」

 横から、内藤は茶々を入れる。

「……あたしはあたしの走りをするだけだよ」

 拓海は、特に目標がある訳ではない。しかし、出るからには恥ずかしい走りをする訳にはいかない。その瞳には、闘志が宿る。

 

 そして、当面のライバル達が、ピットに顔を覗かせる。

「やっほ」

 一人は原田美世。

「どうもー」

 そして、もう一人は山田健三だ。

「おう。敵情視察か?」

 内藤は、毒づきながら歓迎する。

「そんな所ですね。あたしは走ってる所を、まだ見てませんから」

 美世は、スープラの仕上がりに興味深々だった。

「ところで、向井さん。調子はどうだい?」

 山田は、拓海の所に駆け寄る。一応、講師を務めただけに、弟子の事は気がかりなようだ。

「まぁ……ここまで来たら、とにかく走るだけっすよ」

 拓海はそう答えた。

「……期待してるじゃん」

 山田は拓海の肩を、ポンと叩いた。

 

 前日の練習走行から、各参加チームは最終セッティングに余念がなく、ピットイン、ピットアウトを繰り返す。

 

 拓海の駆るWINDYフェアレディZは、大きく変更したのはエアロ類だ。タイムアップを狙い、カナードとGTウイングを装着して、コーナリング速度の向上を狙う。また、Sタイヤを装着する事で、足回りも固めにセットした。

 拓海の走り込みもあり、タイムは1分50秒台まで上げてきた。Z32としては中々のタイムを記録している。

 何週かのアタックの後、ピットイン。

「どうだ?」

 高橋は、拓海に状況を聞く。

「良いんだけどさ……。何か、ブレーキが止まんねぇんだ」

 拓海は連続でアタックラップを続けた時の、ブレーキのフィーリング悪化を訴える。

「ま、パワーもあるが重量もあるからな。一旦ガレージに入れて、エア抜きするぞ」

「わかりました」

 高橋に言われ、Zはガレージに入る。

 

 参加マシンの中で、特に精力的に走り込むのは、久永の駆るスープラだ。

 ピットイン、ピットアウトする度に、アタックを試みる。足回りのセッティングは煮詰まり、ストレート区間でハイブーストを使い、タイムを削り取る。

 その結果、タイムは1分40秒台まで上げてきた。昨年のTCFのレコードタイムとコンマ差にまで詰めている。

 

 しかし、他の参加ショップ。特に上位に位置する参加者たちも、同等のタイムをマークしている。

 参加チューナー、主催者。何よりも、ドライバー達が一番わかっていた。

 過去最高の激戦になると。

 

 夕暮れ。TCFの走行枠も、終了となった。

 久永の熱心な走り込みが実り、一通りのセッティングも完了。確かな手応えを感じるのは内藤も同じだった。

「まぁ、ここまでやれば上位には食らいつけるだろ。後はお前さん次第だ」

 ロガーのデータを見て、内藤は発破をかける。

「そうですね。気合いれて走らないといけませんからね」

 久永は、自然と握り拳を作っていた。

「……そうだな。後は俺が片づけしとくから、お前さんは先にホテルで休んでろ。

 明日の為にな」

 そう告げる。内藤は、ドライバーの負担を少しでも軽くさせようと、すぐに休むように促す。

「では……お言葉に甘えさせていただきます」

 多少迷ったが、内藤の言う事ももっともだ。久永は、先にホテルへ向かう事にした。

 

 手早く着替えて、パドックを歩く。

 しかし、久永はホテルに行く前に、どうしても気になっている事があった。

(……何故原田さんは、僕のスープラを作る手助けをしたんでしょうか?)

 確かに、スープラの仕上がりは抜群だ。ボディや足回りもさることながら、エンジンのパワーもすさまじい。

 エンジン回りを製作したのは、美世に他ならない。

「……ここですね」

 久永は、5番、6番のピットを訪ねた。ファクトリーFUJIが使用しているピットガレージだ。

 

「お邪魔します……」

 後ろからのぞき込むと、ジッとパープルメタリックのR32を見つめる美世の姿が、そこにあった。恰好は、レーシングスーツのままだ。

「あ……久永さん」

 久永の姿を見つけ、美世はすぐさま駆け寄った。

「お疲れ様です。プラクティスはどうでした?」

「まぁ……ボチボチですかね。明日に向けて、今日は終了と言ったところです」

 美世に聞かれ、内藤はそう答えた。

「そうですね。あたし達も、今から明日に向けた準備に入るところです」

 ファクトリーFUJIのピットも、手応え上々といったところか。

 

「ところで、原田さんに以前から聞こうと思っていたことがあるんです」

 一呼吸おいて、久永は疑問をぶつけた。

「……何故原田さんは、僕に手を貸してくれたんですか?」

 久永の素直な疑問だった。

 美世もTCFに参加する立場。しかも、別のショップのドライバーとして、だ。

 手を貸せば、自分が勝利する確率を減らす事になるのだから、久永の疑問はもっともだった。

「……何故って言われても。正直な所、興味があったんですよ……久永さんにね」

 美世の答えは、そんな程度の事だった。

「僕……ですか?」

「確かに、久永さんのスープラの製作に手を貸す事は、本番のレースならご法度です。

でも……アメリカでトップを取ったストリートレーサーの本気の走り。一回は見てみたいですよね。

 そのくらいですよ」

「…………そうですか」

 美世の言葉に、偽りはない。それだけは久永にもわかった。

「あたしとしては、本物のレーシングエンジンに触れただけでも、十分な報酬ですから」

 そう答え、美世はニッと笑みを見せていた。

「……明日は、お互い良い走りをしましょう」

「ええ。負けませんよ」

 そう言って、二人はがっちりと固い握手を交わした。

 

 決戦前夜。

 拓海は、ビジネスホテル近くのコンビニで、夕飯を買っていた。

(これにしよ……)

 見つけたのは、カルボナーラ。スッと手を伸ばした時だ。

「……あっ」

 もう一つの手が、カルボナーラを先に取っていた。

「おっ……?」

 その手の主は、山田だった。

「あ~……よく遭遇するじゃん?」

「……って事は、山田さんもそこのホテルで、泊まってるんだ……」

 拓海は、山田をマジマジと見つめる。

「…………カルボナーラはやめじゃん」

 そう言って、山田はカルボナーラを拓海へ差し出した。

 

 一通りの買い物を終えて、歩いてホテルへ。

「明日は、朝早いからゆっくり寝るのが良いじゃんか」

 山田はそう言った。

「……つっても、まだ八時前ですよ。寝れるかなぁ……」

 拓海は、早い時間に寝る事に慣れていない。

「ま、明日の為に、早く休んだ方が良いよ。この手のマシンで走る時って、速度域がメチャメチャ高いんだ。一瞬でも気を抜いたら、クラッシュにつながるじゃんか。

 だから、体は休めた方が良いのさ」

「そうですね……そうします」

 山田の助言を聞き、拓海は素直に従うことにした。

「お互いに、明日は良い走りしようぜ。向井さんには、結構期待してるからさ」

「……ま、やれるだけやってみますよ」

 そんなやり取りをしながら、足並みをそろえてホテルへ帰る。

 

 それぞれの思いを胸に、夜は更けていく。

 そして、いよいよ。

 

 TCFの幕が上がるのだ。

 

 




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