TCF開催まで、あと三週間と迫った。完成したスープラで、久永は富士スピードウェイに、週に一、二回のペースで通い詰めた。少しでも富士スピードウェイの走り方を覚える為。そして、スープラのセッティングを詰める為に走り込む。
当然、マシンメイキングを担当した内藤も同伴し、何通りかのセッティングを試みる。そして、そのデータをガレージに持ち帰り、セットアップの方向性を探す。
本日も富士から帰還し、内藤自動車の事務室で、内藤と久永は話し込んでいた。
「……やっぱり、セクター3がキモだな」
ベストラップのデータから、内藤はそう結論付けた。
「正直、あのセクションのライン取りは見えにくいんですよね……」
ドライブした久永も、つづら折りのセクションの攻略には、手を焼いていた。
「ま、ラインが分かりにくいのもあるが、トラクションの差が出るんだよ。四駆なら一気に踏めるが、こいつじゃ同じようにはアクセルを踏めない。
確かに、重量バランスを改善してフロントヘビーなのは解消しちゃいるが、それでもリア二本のタイヤだけじゃ、トラクションの限界は見えてる。
かと言って、ここでパワーを落としても、タイムが伸びるとは思えねぇしな。鈴鹿や筑波だとかならともかく、富士はストレートも長い。その上、セクター1、2は高速コーナーばかりで、平均速度も高い。ここで置いていかれたら、勝負権は無いからな……」
内藤は色々思考しながら、煙草を吸い始めた。
「……今の状態ならが、セクター1、2は間違いなく他よりも速い筈です。
スープラは、巷では直線番長と誤解されがちですけど、実際は優れたハンドリングを持つマシンです。中高速コーナーなら、RX-7にも負けていません」
久永は自信をもって言った。
「ああ。元の素性の良さに加えて、重量バランスが改善されてる。セッティングさえ決まれば、超コーナーリングマシンに仕上がる予定なんだがな……」
元は、3リッターの直6ツインターボエンジンを搭載するスープラ。そのレイアウト故に、誤解が多い事も事実だ。
元々の足回りが良く出来ており、素晴らしいフットワークを見せる上に、空力も良い。直線のトップスピードも高いのだが、意外とコーナーも速いのである。しかし欠点としては、重量のある車体の為ブレーキにかかる負担が大きい事と、リアタイヤにかかる負担が大きい事があげられる。
スープラがJGTCに参戦していた頃。2JZから3S-GTEにエンジンを変更した事で、重量バランスを改善しコーナリングの速さを身に付けていた。
そして、ライバルのGT-Rは重く大きい直列6気筒のRB26にこだわるが故、重量バランスの悪さが足枷となっていた。
02年にRBを捨てざる得なくなったGT-Rと、3Sのままでも戦闘力を維持し続けたスープラ。対照的な結末を迎えたことは、皮肉と言う他に無い。
ああでもない、こうでもないと、思案するものの決定的な打開策が見えない。
そんな中。閉店後の内藤自動車に、来客が訪れた。
「こんばんわー。差し入れ持ってきましたよー」
事務室に入ってきたのは、夏樹だ。ご丁寧に、コンビニで弁当まで買ってきてくれた。
「木村さん? どうしてまた?」
久永は、夏樹をじっと見つめる。
「たまたま通りかかったら、電気がついてたんで寄ったんですよ。折角だし、弁当も買ってきました」
そう言いながら、夏樹は買ってきた焼肉弁当を差し出した。
事務室の中に、香ばしい匂いが漂うと、内藤も久永も空腹だという事に気が付いた。
「……そういや、昼前に菓子パン食っただけだったな」
内藤は、改めて思い出した。
「すいませんね……。折角なんでいただきます」
久永は、照れくさそうにしつつ、弁当に手を出した。
「全然良いですよ。普段から、お世話になってますし。二人とも、それだけ集中してたって事ですよね」
夏樹はそう笑いながら、コンビニで一緒に買ってきた、大袋入りのパインアメを出した。
その時。
「…………!!」
内藤の脳裏に、ピンと来た。
「……どうしたんですか?」
夏樹は、一粒のパインアメを持ったまま、そう聞いた。
内藤は何も答えず、夏樹が手に持っている飴をジッと見つめる。
「……ど、どうしたんですか? 内藤さんも、飴がほしいんですか?」
恐る恐る聞く夏樹を見たまま、内藤はニヤリと笑みを見せた。
「木村……でかしたぞ。これで、トラクションをかせげるぜ」
内藤は断言した。
しかし、パインアメとスープラに何の関係があるのか。久永と夏樹は、呆然と固まるしかなかった。
翌日から、内藤はリアの足回りのセッティングを詰め直すことにした。
夕暮れ。久永と夏樹が顔を見せると、内藤はある部品を見せた。
「……こいつが、トラクションアップの要だぜ」
手に持っていたのは、ウレタン製の丸い輪っかだった。
「これは?」
夏樹は、その部品を見つめる。確かに、パインアメと形は似てなくもないが、サイズはこちらの方が大きい。
「これは、ウレタン製のメンバースペーサーですね」
久永はそう解説した。
メンバースペーサーとは、ボディとリアのサスペンションメンバーの隙間を埋める為のパーツである。
メンバーのブッシュがノーマルだと、柔らかすぎてスポーツ走行の際に大きくよれてしまい、アライメントが大きく変化してしまう。その余計な動きを嫌って、メンバースペーサーをボディとの隙間に挟み、余計な動きを抑制する。
材質は金属だったり、ウレタンだったりと、メーカーによって異なる。
しかし、久永のスープラの場合は、メンバーのブッシュを外してリジット加工が施してある。もはや、余計な動きは出ない筈なのだが。
「メンバーとボディの間に、このウレタンのスペーサーをかますんだ。
リジット加工したおかげで、メンバーに全く余計な動きが出なくなった。だが、ボディもガチガチだし、足もかなり固い。タイヤとサスだけじゃ、パワーを吸収しきれなかったって事だ。
ウレタンのスペーサーなら、ゴムブッシュ程はよれないが、リジットマウントよりは力を吸収してくれる。
つまり、吸収しきれないパワーを、このウレタンのスペーサーで吸収させるって事だよ」
内藤は、そう力説する。
「……でも、そんなパーツで変わるんですか?」
夏樹は半信半疑だ。
「そういう細かな部品が、意外と効くもんなんだよ」
「ええ。これは、僕たちとしても盲点でしたね」
しかし、内藤と久永は、自信を漲らせていた。
そして、日は流れ。スープラは、再び富士でのテスト走行に漕ぎつけた。
今回はリアのサスペンション周りの調整を大きなテーマとし、目標タイムを1分43秒に定めた。
TCFにおいて、FRでのレコードタイムの約1秒落ちのタイムになる。
このタイムに定めた理由は三つある。
一つは久永が、まだ富士を完全に攻略した訳ではない事。もう一つは、スープラでマックのブーストまで使い切っていない事。そして、最後の一つは、使用するタイヤがユーズドタイヤである事だ。
余力を残している状態での1秒落ちならば、本番では更にタイムを詰められる計算だ。
何週かを八割のペースで走り、ラインやブレーキングポイントを見極めていく。現在のベストタイムは1分49秒。
そして、ピットイン。
「どうだ?」
内藤は久永に聞く。
「すごく良くなってますよ。立ち上がりの時に、コントロールが効くようになりましたね」
感触は上々。久永も、更なるタイムアップに自信を見せる。
「オーケー。アタック、いけるか?」
内藤の言葉に、久永は頷いた。
そして、再びコースへ繰り出す。
久永は、スープラに秘められたポテンシャルを開放する。全神経を集中させ、怪物に鞭を打つ。
(……いきます!!)
最終コーナーを丁寧に立ち上がり、フルスロットル。650馬力の503Eを開放させる。
1,475メートルのストレートをスープラがかっ飛んでいく。
ピットで内藤は耳を澄ました。
「……吹けてるな」
その口元が、ニヤリと笑う。
久永は、全力で周回を重ねる。もてるテクニックをフルに使い、暴れるスープラと格闘する。僅かでも気を抜けば、コントロールは不可能。
しかし、そのスリリングな感覚も、また病みつきになるのだ。これこそが、スピードの魔力と言えよう。
10ラップの全開アタックの内、3週目には1分42秒台をマーク。その後5週目まで、連続で42秒台を叩き出し、当面の目標はクリアした。
ピットに戻ると、久永はスープラを降りた瞬間に、地面にへたり込んでしまう。
「お疲れさん。さすがに、この手のマシンで、10ラップ走るのはしんどいか?」
内藤は、そう言いながら、スポーツドリンクを手渡した。
「……確かに、連続ラップすると体にきますね。運動不足ですよ……」
そう答えながら、久永はスポーツドリンクを受け取った。ペットボトルの中身を一気に飲み込むと、体中に水分が染みわたっていく。
「ふぅ……」
その味を噛み締めると、心地よい疲労感が久永の体を支配していた。
「さすがに攻めていくと、ユーズドとは言えタイヤのタレは早いな。水温とかブレーキとかに不安は無いか?」
内藤は、聞きただす。
「……やはりタイヤが一番厳しいです。恐らく、フルブーストにしたら、特にリアタイヤの摩耗は更に早いでしょうね。
ですが、トラクションもかなりかけやすくなってますし、ブレーキも水温も油温も、10ラップ程度では不安はありません」
久永の表情には、確かな手ごたえがあった。
TCFまで、あと一週間。
この日、内藤自動車には、TCFに参加する面々が集められた。拓海、久永の二人はドライバーとして。夏樹と里奈は、強いて言うなら、付き添いだ。
「これで、全員集まったな」
内藤は、全員を見渡してそう言った。
「そんでさ……。なんで、あたしら全員集めた訳?」
拓海はそう聞いた。
「とりあえず、これを見てみろ」
内藤は、TCFの公式ホームページを開いた。
そこには、正式に参加ショップとドライバー、そして参加車両が記載されていた。
名門から、古豪、新鋭まで。腕利きのチューナーやドライバーの名前が並ぶ。
「……結構大々的なイベントですね」
夏樹は感じた感想をそのまま言う。
「あ、軽カスタムの展示もあるじゃん!!」
里奈は、別のブースの方に着目してた。
「おいおい。目的はそっちじゃねーぞ?」
拓海は、そう突っ込みを入れる。
TCFはチューニングカーの祭典だが、カスタムカーショーのイベントも行われる。そちらを目的としたギャラリーが多い事も事実だ。
「そっちも、気になるかもしれんが、メインはこっちだぞ」
そう告げて、内藤はメインイベントのページを開く。
TCFの場合、公式なレースとは異なりライセンスは必要ない。その変わりに、賞金なども発生しない。いわば、アマチュアクラスのイベントだ。
メーカー系のマシンにプロドライバーが搭乗するパターンもあるが、チューナーが自らマシンを走らせる事も多い。
だからこそ、プライベーターがプロドライバーを喰うという、番狂わせも起こりうる。それこそが、TCFの面白さなのだ。賞金すら発生しないにも関わらず、全国区の名チューナーがエントリーする理由はそこにあるのだ。
TCFに勝利する事は、チューナーにとってもドライバーにとっても、名誉“だけ”をかけたイベントなのである。
そして、幾つかの要注意ドライバーを内藤はピックアップしていた。
「まずは、こいつだな。パーツメーカーの一つ“ライジング”の宮川雷斗。マシンはデモカーのR35だ。
去年の優勝者で、TCFのレコードホルダーだ。元々、ライジングのテストドライバーも務めてる。今年も本命って言われてる」
「んで、次が舘渡。“MADSPEED”のチューナー兼ドライバーだ。元々ロータリーじゃ有名所だし、舘もレース経験は豊富だが……。
今年はRX-8に車を変えてきてる。それが、良い方向に出るか悪い方向に出るかは分らん。少なくとも、マシンをスイッチするのは、結構な博打になるからな」
「それと“ファクトリーFUJI”。ここは、32と34の二台でエントリーしてる。藤巻直樹と言えば、数居るGT-Rチューナーの中でも五本の指には入る。
しかも、R34のドライバーはGTにも参戦してる岩崎基矢。そんでもって、R32には美世が乗る。
あれでも、美世はカートでは全日本選手権に参戦してたし、GT-Rの乗り方をよく知ってる。ドライバーとしてのレベルは相当だ」
「横浜の“スペンサー”。ここも二台で参加だ。
R35はストリート仕様で一切軽量化していない。とは言え、元の素性は他のマシンとは比べ物にならん。ドライバーの山田健三は、GTもスーパー耐久もトップクラスで戦ってるドライバーだし、相手にとっては不足がねぇ。
それと、もう一台のZ34。こいつはNAのフル軽量仕様。ドライバーはD1にも出てる辻本アキラだ。ドリフト野郎って言っても、グリップの実力も確かだ」
「埼玉の“松山自工”。ライトウェイトマシンの製作じゃ定評のあるショップだ。
マシンは86。以前はチューナーでもある松山弓子がハンドルを握ってたが、最近はプロドライバーを乗せてる。
スーパー耐久でも86に乗る、小早川悟が今年も乗るそうだ」
「“ガレージエムロード”のGTO。日本のショップで、GTOのタイムアタック仕様を作ってるのはここ位かもな。
ドライバーを務める魚住清太は、GTOを駆るアマチュアドライバーだが、TCFを始めとするタイムアタックイベントの常連だ」
「“ランディースポーツ”と“ゼロマックス”。
この二つのショップは、お互いライバル同士として有名だな。おまけに車もランサーとインプレッサ。
ドライバーのターマック鈴木と小幡尚人も、長年のライバルとして知られてる」
「それと、アックスレーシング。もともと、ライトチューンを得意としてたショップで、どのマシンもエンジンパワーは大したこと無い。
半面、軽量化と足回りには滅茶苦茶力を入れてる。コーナリングに優れたマシンを得意としてる。
ドライバーは、坂本桐字。GTからワンメイクまで、何でも乗りこなせるレーサーだ」
一通りのピックアップを見て、久永はあるドライバーに注目した。
「……ファクトリーFUJIのR34。このドライバーが恐らく……迅帝と呼ばれた走り屋では?」
「ご名答。今じゃ、GT300に参戦してるプロのレーサーだ」
「…………」
「レーシングガレージの製作したマシンに乗る、プロのドライバー。
それに対抗するのは、町工場の作ったチューニングカーでドライバーもアマチュアだ。普通に見たら、勝ち目はゼロ。
でもよ……」
一呼吸おいてから、内藤は言った。
「これで勝ったら……最高にかっこいいだろうぜ」
内藤は、自信を漲らせていた。
日は流れ、土曜日。TCF前日。
この日の富士スピードウェイは、今日は主催者がブースの設置やオフィシャルとの打ち合わせに忙しく動き回る中、コースはTCF参加ショップの占有走行となる。
各参加ショップが富士スピードウェイに集結し、本番に備えた最後の練習走行となる。その雰囲気は、実戦のレースその物だ。
大がかりなトランスポーターを持ち込んでるショップもあれば、自走でマシンを持ち込んだショップもある。
レーシングカーと異なり、極めてレギュレーションが緩い為、ナンバー付の公認車からサーキット専用のマシンが同時に走行する。
それは、それぞれのショップの理念に基づいたチューニングを立証する為だと言われる。
各ショップのデモカーが暖気を開始する。高鳴るエキゾーストノートが、参加者たちのボルテージを上げていく。
15番ピットに陣取る、内藤自動車。そして、隣の16番ピットにはWINDY。偶然にも、久永と拓海は隣同士になっていた。
「これが、久永さんのスープラか……」
自分の事で手一杯だった拓海は、このスープラを拝むのは初めてだ。
「ほー……。こりゃ、随分と本格的に仕上げてあるな……」
名チューナーの高橋をして、ここまで言わせる。
「そうは言っても……周囲もモンスターマシンばかりですよ。僕もこのスープラを完全に乗りこなした訳じゃないですし……」
謙遜する久永だが、練習走行からトップクラスに肩を並べるタイムをマークしている。
「そういうこった。向井も、気は抜けねぇぞ。なんつっても、名チューナーの看板を背負って、走る訳だからな」
横から、内藤は茶々を入れる。
「……あたしはあたしの走りをするだけだよ」
拓海は、特に目標がある訳ではない。しかし、出るからには恥ずかしい走りをする訳にはいかない。その瞳には、闘志が宿る。
そして、当面のライバル達が、ピットに顔を覗かせる。
「やっほ」
一人は原田美世。
「どうもー」
そして、もう一人は山田健三だ。
「おう。敵情視察か?」
内藤は、毒づきながら歓迎する。
「そんな所ですね。あたしは走ってる所を、まだ見てませんから」
美世は、スープラの仕上がりに興味深々だった。
「ところで、向井さん。調子はどうだい?」
山田は、拓海の所に駆け寄る。一応、講師を務めただけに、弟子の事は気がかりなようだ。
「まぁ……ここまで来たら、とにかく走るだけっすよ」
拓海はそう答えた。
「……期待してるじゃん」
山田は拓海の肩を、ポンと叩いた。
前日の練習走行から、各参加チームは最終セッティングに余念がなく、ピットイン、ピットアウトを繰り返す。
拓海の駆るWINDYフェアレディZは、大きく変更したのはエアロ類だ。タイムアップを狙い、カナードとGTウイングを装着して、コーナリング速度の向上を狙う。また、Sタイヤを装着する事で、足回りも固めにセットした。
拓海の走り込みもあり、タイムは1分50秒台まで上げてきた。Z32としては中々のタイムを記録している。
何週かのアタックの後、ピットイン。
「どうだ?」
高橋は、拓海に状況を聞く。
「良いんだけどさ……。何か、ブレーキが止まんねぇんだ」
拓海は連続でアタックラップを続けた時の、ブレーキのフィーリング悪化を訴える。
「ま、パワーもあるが重量もあるからな。一旦ガレージに入れて、エア抜きするぞ」
「わかりました」
高橋に言われ、Zはガレージに入る。
参加マシンの中で、特に精力的に走り込むのは、久永の駆るスープラだ。
ピットイン、ピットアウトする度に、アタックを試みる。足回りのセッティングは煮詰まり、ストレート区間でハイブーストを使い、タイムを削り取る。
その結果、タイムは1分40秒台まで上げてきた。昨年のTCFのレコードタイムとコンマ差にまで詰めている。
しかし、他の参加ショップ。特に上位に位置する参加者たちも、同等のタイムをマークしている。
参加チューナー、主催者。何よりも、ドライバー達が一番わかっていた。
過去最高の激戦になると。
夕暮れ。TCFの走行枠も、終了となった。
久永の熱心な走り込みが実り、一通りのセッティングも完了。確かな手応えを感じるのは内藤も同じだった。
「まぁ、ここまでやれば上位には食らいつけるだろ。後はお前さん次第だ」
ロガーのデータを見て、内藤は発破をかける。
「そうですね。気合いれて走らないといけませんからね」
久永は、自然と握り拳を作っていた。
「……そうだな。後は俺が片づけしとくから、お前さんは先にホテルで休んでろ。
明日の為にな」
そう告げる。内藤は、ドライバーの負担を少しでも軽くさせようと、すぐに休むように促す。
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
多少迷ったが、内藤の言う事ももっともだ。久永は、先にホテルへ向かう事にした。
手早く着替えて、パドックを歩く。
しかし、久永はホテルに行く前に、どうしても気になっている事があった。
(……何故原田さんは、僕のスープラを作る手助けをしたんでしょうか?)
確かに、スープラの仕上がりは抜群だ。ボディや足回りもさることながら、エンジンのパワーもすさまじい。
エンジン回りを製作したのは、美世に他ならない。
「……ここですね」
久永は、5番、6番のピットを訪ねた。ファクトリーFUJIが使用しているピットガレージだ。
「お邪魔します……」
後ろからのぞき込むと、ジッとパープルメタリックのR32を見つめる美世の姿が、そこにあった。恰好は、レーシングスーツのままだ。
「あ……久永さん」
久永の姿を見つけ、美世はすぐさま駆け寄った。
「お疲れ様です。プラクティスはどうでした?」
「まぁ……ボチボチですかね。明日に向けて、今日は終了と言ったところです」
美世に聞かれ、内藤はそう答えた。
「そうですね。あたし達も、今から明日に向けた準備に入るところです」
ファクトリーFUJIのピットも、手応え上々といったところか。
「ところで、原田さんに以前から聞こうと思っていたことがあるんです」
一呼吸おいて、久永は疑問をぶつけた。
「……何故原田さんは、僕に手を貸してくれたんですか?」
久永の素直な疑問だった。
美世もTCFに参加する立場。しかも、別のショップのドライバーとして、だ。
手を貸せば、自分が勝利する確率を減らす事になるのだから、久永の疑問はもっともだった。
「……何故って言われても。正直な所、興味があったんですよ……久永さんにね」
美世の答えは、そんな程度の事だった。
「僕……ですか?」
「確かに、久永さんのスープラの製作に手を貸す事は、本番のレースならご法度です。
でも……アメリカでトップを取ったストリートレーサーの本気の走り。一回は見てみたいですよね。
そのくらいですよ」
「…………そうですか」
美世の言葉に、偽りはない。それだけは久永にもわかった。
「あたしとしては、本物のレーシングエンジンに触れただけでも、十分な報酬ですから」
そう答え、美世はニッと笑みを見せていた。
「……明日は、お互い良い走りをしましょう」
「ええ。負けませんよ」
そう言って、二人はがっちりと固い握手を交わした。
決戦前夜。
拓海は、ビジネスホテル近くのコンビニで、夕飯を買っていた。
(これにしよ……)
見つけたのは、カルボナーラ。スッと手を伸ばした時だ。
「……あっ」
もう一つの手が、カルボナーラを先に取っていた。
「おっ……?」
その手の主は、山田だった。
「あ~……よく遭遇するじゃん?」
「……って事は、山田さんもそこのホテルで、泊まってるんだ……」
拓海は、山田をマジマジと見つめる。
「…………カルボナーラはやめじゃん」
そう言って、山田はカルボナーラを拓海へ差し出した。
一通りの買い物を終えて、歩いてホテルへ。
「明日は、朝早いからゆっくり寝るのが良いじゃんか」
山田はそう言った。
「……つっても、まだ八時前ですよ。寝れるかなぁ……」
拓海は、早い時間に寝る事に慣れていない。
「ま、明日の為に、早く休んだ方が良いよ。この手のマシンで走る時って、速度域がメチャメチャ高いんだ。一瞬でも気を抜いたら、クラッシュにつながるじゃんか。
だから、体は休めた方が良いのさ」
「そうですね……そうします」
山田の助言を聞き、拓海は素直に従うことにした。
「お互いに、明日は良い走りしようぜ。向井さんには、結構期待してるからさ」
「……ま、やれるだけやってみますよ」
そんなやり取りをしながら、足並みをそろえてホテルへ帰る。
それぞれの思いを胸に、夜は更けていく。
そして、いよいよ。
TCFの幕が上がるのだ。
今年最後の投稿です。