富士スピードウェイに、朝日が差し込む。太陽の光を浴び、アスファルトが鈍い輝きをみせる。
ついに、チューニングカーの祭典。TCFが始まる。
各出版社のライターは、取材に忙しく駆け回る。出店ブースもグッズ販売の他に、新作パーツのお披露目、アウトレットパーツの販売等々。寒空の下、お祭りの様に活気がみなぎる。
午前8時30分。
アナウンス室から、TCF開幕を告げるアナウンスが、サーキット中のスピーカーで響き渡る。
「ついに始まりました、オールジャパン・チューニングカーフェスティバル!!
古今東西、最速のチューニングカーを決める一大イベント!!
クルマが一番、仕事は三番のラジオDJ、ターボ佐藤が今年も実況してまいります。
そして、解説は昨年に引き続き、レーシングドライバーの菊地真一さんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「そして、更に。今年は特別ゲストとして、アメリカのNASCARでも活躍されている、赤崎翔さんにご来場いただきました。よろしくお願いします」
「……どうも、よろしく」
「いやー。赤崎さんはTCFを見るのは、初めてですよね?」
「…………そうですね」
「……えっと。日本のチューニングカーは、乗った事は有りますでしょうか?」
「…………アメリカで少々」
「…………」
放送室でこんなやり取りがされる中、ガレージ内では各チームがあわただしく動き回る。
午前9時30分からの1時間は、TCFのメインイベントの一つ。チューニングカーバトルの予選が行われる。
別名スーパーラップバトルとも言われ、一時間の間に最速タイムを競い合う。
予選とは銘打たれているが、参加する車両は元々タイムアタック用に作られたマシンが大多数を占めている。ある意味では、こちらの方が本番とも言えるのだ。
TCFのレギュレーションは、他のレース等と比べて極めて改造範囲が広く、縛りが緩い。
定められている部分としては、ロールバーの装着と、燃料の安全タンク。それに、消火器の搭載と言った、安全に関する部分の物。そして、装着できるのはSタイヤまで。
この魔改造さえも許されるレギュレーションだからこそ、鬼神の如きスーパーラップと白熱のバトルが生み出されるのである。
内藤自動車のピット内。内藤がスープラの暖気を行う。
久永は、ジッとその様子を見つめ、集中力を高める。
「…………」
心臓の音が、やたらと聞こえる。無意識の内に、指先が震えていた。何もしていないのに、呼吸が荒くなっていることが分かった。
予選開始まで、あと15分。
「おはようございます」
内藤自動車が陣取るピットに、夏樹が応援に駆け付けた。
「……木村さん。わざわざ、応援に来てくれたんですね」
「ええ……。まぁ、折角の機会ですし。里奈も、拓海の所に言ってますよ」
夏樹は、ニッと笑って見せた。
「おう。よく来たな」
内藤も、笑みを見せて出迎える。
「どもです。
あたしに、何か手伝えることは有りますか?」
夏樹は打診した。
「……そうだな。まだ、何があるかわからんからな。応援を頼むぜ」
「わかりました」
そう言われ、夏樹はまっすぐに久永を見つめた。
「心強いですよ」
そして、久永もそう答えた。
隣に位置する、WINDYのピット。
「ちょりーっす☆」
と、相変わらずマイペースな様子で、里奈は訪れた。
「……おう」
拓海の返事は、思いのほか静かだった。
真っ新なレーシングスーツを身にまとったその姿は、今まで見ていた拓海とは違って見える。
「たくみん……?」
緊張しているとも興奮しているとも違う。里奈は、そう感じた。
愛機を見つめる拓海の眼光は、研ぎ澄まされていた。
「なぁ……里奈。面白いと思わねぇか?」
「……何が?」
「普通さ。天下の公道をぶっ飛ばしてた時は、怒られるのによ。ここで、ぶっ飛ばしてたら褒めたたえられるんだぜ?」
「そりゃ……ここはスピードを出せる所っしょ? その為に作られてるんじゃね?」
「そういう事だよ。
あたしはさ……何で単車でぶっ飛ばしてたのかが、やっと分かったんだ」
そして、拓海は力強く答えた。
「……あたしの存在意義を、確かめる為だ!!」
そう言い切り、拓海はヘルメットを被る。
「…………」
里奈は何も答えられなくなっていた。
「……お嬢ちゃん。あいつの好きに走らせてやれ。
走りってのは……理屈じゃねぇもんだからな」
高橋は、里奈の肩にポンと手を乗せる。
「…………」
里奈は無言で、頷いた。
予選開始、一分前。外気温9度、路面温度、13度。
各車ピットロードに整列し、すぐにでもコースに繰り出そうと待機する。
リミット一時間の間、ワンラップのタイムアタック。
全神経を集中させて、ゼロコンマ単位のタイムを削り取る。マシンとドライバーの全てを集約させたその瞬間。アーティスティックなドライビングが生まれる。
それこそが、スーパーラップと称される所以なのだ。
「さあ……ピットレーンオープン!!
予選開始です!!」
実況が高らかに宣言すると、何台ものマシンがコースへと出撃開始。
我先に飛び出したのは、MADSPEEDのニューマシン、純白のRX-8だ。4ローターのペリフェラルポート仕様のエンジンは、往年のグループCマシン“787B”を彷彿とさせる。
F1マシンの如く甲高いソプラノの咆哮を放つと、観客から歓声が上がっていた。
続けて、エムロードのGTO、ランディースポーツのランエボX、ゼロマックスのGRB型インプレッサ、スペンサーのZ34とR35、そしてWINDYのZ32がコースイン。
各車両、ウェービングしながら、ユーズドタイヤで感触を確かめる。
拓海は、スペンサーのR35の後方に着いていた。
(……上手い奴の後ろを走ってラインを盗めって、山田さんは言ってた)
その言葉を思い返す。しかも、目の前を走っているのは、言っていた張本人だ。
拓海は、目を凝らしてR35のテールを見つめた。
ミラー越しに、Z32のシルエットを見た山田も、拓海の存在を確認。
(オッケー……ついてきな)
先導するように、山田も少しづつペースを上げていく。
各車、ストレートでのエキゾーストノートが高鳴っていく。
ファクトリーFUJIのピットでは、美世がヘルメットを装備し出撃体制を整える。
「岩崎さんは、まだ行かないんですか?」
美世はそう聞いた。
「……俺はまだ大丈夫さ」
モニターをジッと見つめたまま岩崎は答えた。
「そうですか……」
その一言で、美世はある事を感じ取った。
(……多分岩崎さんは、出てくるのを待ってるんだ)
それが誰なのか。美世には、解かった。
パープルメタリックのR32スカイラインGT-R。
かつて首都高でのレコードを叩き出し、各サーキットでタイムアタックマシンとして暴れまわった、歴戦の戦闘機。
右フェンダーを軽く撫でてから、美世はコクピットに収まる。
「……今日は頑張ろうね!!」
ステアリングを握る時、美世はGT-Rにそう問いかけた。
最初の一周は様子見で、七割程度のペースで感触を確かめる。
2,8リッターまで排気量を上げ、組み合わせるタービンはT88-34D。その気なら1000馬力まで狙えるのだが、あえて中速域を重視した800馬力のエンジン。
それに加え、ボルト一本に至るまでこだわり抜いた、超軽量仕様のボディ。
その加速力は半端ではない。
(この子は……)
立ち上がりで、一気にフルスロットル。リアタイヤがホイールスピンすると、フロントへ適切なトルクを配分するアテーサETS。
しかし、その強大なパワーによって、フロントタイヤまでもホイールスピンしてトルクステアが発生する。
(……じゃじゃ馬だね!!)
普段500馬力のR33を転がす美世をして、そこまで言わせるマシン。
名チューナー、藤巻直樹が仕上げた渾身の一台なのだ。
そして、もう一台の注目マシン。昨年の覇者であり、TCFのレコードホルダー。
ライジングのR35GT-Rも、ピットからコースへと繰り出した。
国内パーツメーカーの一つ、ライジングのデモカーのR35。いわば、常勝を命じられたワークスマシン。
自らの叩き出した昨年のレコードを上回る為にも、いざ出陣する。
ここまで、傍観を続けていた岩崎もついに動く。
「藤巻さん……出るぜ!!」
待ち構えた様に、岩崎もR34に飛び乗る。
レコードホルダーの出陣を待ち構えていたのだ。
そして、もう一人。
「……では、行きますね」
久永も、スープラに乗り込む。
有力ドライバーの出陣に合わせて、自らも出撃する。
「オッケーだ。まだユーズドだから、軽く着いていく程度で十分だ。ブーストはまだ上げるなよ」
内藤は素早く指示を飛ばす。
「了解です」
そう答えて、久永はヘルメットのバイザーを閉じた。
スーパーラップ開始から15分経過。
各車徐々にペースを上げていき、タイムはぐんぐん向上していく。
その中でもいち早く動きを見せたのは、ライジングのR35GT-Rだった。
ウォームアップの状態が良かったのか、45分を残した時点でタイヤを交換。ソフトコンパウンドのフレッシュタイヤに変えて、一発勝負にかける。
「ライジングのR35が早くも動きますね。これはタイムアタックに入るのでしょうか?」
「恐らく入りますね。時間的にはまだ残っていますが、早い段階ならクリアラップも取りやすいですからね。ライジングは勝負に出ますね」
実況席の声が、グランドスタンドに流れる。見守る観客たちも、その動向にくぎ付けだった。
R35GT-R唯一の弱点として言われるのは、車重が非常に重い事だ。元々重いと言われる第二世代のGT-Rよりも、更に重量がかさんでいる。
重量バランスの改善やタイヤやブレーキの大径化などで、その巨体を支えてはいるものの、どうしてもタイヤのグリップダウンが早い。
一発のアタックでは、タイヤグリップの一番おいしい部分を有効に使わなくてはいけない為、クリアラップを取る事が大前提となる。
そして、ライジングのR35がアタックに入る。
1000馬力のVR38DETTのエキゾーストノートが、富士スピードウェイに木霊する。各チームとも、そのアタックを食い入るように見つめていた。
真紅の怪物は、コーナーの一つ一つをギリギリで攻めていく。そして、直線では怒涛の加速力を見せつける。それは、己の牙を誇示する野獣のようにも見えた。
「さあ、最終コーナーを抜けて、ストレートに入りました!! 1000馬力のパワーと、400キロの軽量化を施した、モンスターマシンの加速力はどうか!!」
「……セクターベストが続いてますね。これは速いですよ」
「さあ、コントロールラインを通過!! タイムは!?」
実況の叫びと共に、タイムがモニターに掲示される。
「……1分39秒887!! これは速い!!」
「昨年のレコードを1秒近く上回りましたね。ほとんどGT300と変わらないですよ、このタイムは……」
解説の菊地も、思わず声が上ずっていた。
「……速いですね」
赤崎は言葉少なめにそう呟く。
ここで、昨年の覇者がスーパーラップトップに躍り出た。
ファクトリーFUJIのピット。掲示されるモニターを見て、藤巻は一言呟いた。
「……ありゃ、速いな」
「…………」
美世はモニターを見つめて、何も言わない。
そして、岩崎は。
「……39秒8か」
タイムを小さく呟く。そして、その瞳は鋭く研ぎ澄まされていた。
スーパーラップも、残る時間が10分を切った。まだタイムを出していないチームのマシンは、フレッシュタイヤに交換してコースイン。
ここからが、正念場。ステアリングを握るドライバー達は、ラストアタックにかける。
実況席から、アタックに入るマシンを事細かに解説していく。
「残り時間も、少なくなってきました。ここで、ファクトリーFUJIのR32GT-Rがコースインです。
現役アイドルにして、菊地さんのチームに所属するドライバーでありますが……。
この原田美世さんは、どういったタイプのドライバー何でしょうかね?」
「そうですね。基本的な部分が、すべて整っているドライバーですね」
「基本的な部分ですか?」
「はい。
彼女のドライビングは、アクセルワーク、ブレーキング、ステアリングワーク、全てにおいて、丁寧なんです。タイヤやマシンに、無理やり負担をかける事が余り無い。
半面、一気に突っ込んだりする事が苦手なんでしょうね。タイムアタック等の一発が求められる部分では、まだまだですね。
言ってみれば、耐久レース向けのドライバーと言えますね」
「なるほど……。しかし、原田美世選手のタイムアタック。これは、要注目です」
辛口で答えた菊地だが、内心は美世のスーパーラップを楽しみにしているに違いない。
現役アイドルの一発勝負。R32がアタックに入る。
(最終コーナーを抜けたら……フルブーストだよ)
パープルのR32が、立ち上がってくる。長い長いストレートを、全開で駆け抜ける。
美世は、ブレーキングでタイムを詰めることは得意ではない。1コーナーへの飛び込みも、マージンをもって飛び込む。
しかし、トラクションと加速力に優れるGT-Rならば、ブレーキングでタイムを詰めるよりも、コーナーの立ち上がりで稼ぐ方が正解だと言える。
シーケンシャルミッションなので、シフトミスの心配はない。シフトレバーをリズミカルに押し込んで、2速まで落としてクリア。立ち上がって、3速にシフトアップ。
続くコカコーラコーナーも、セオリー通りのアウトインアウトでクリア。
(難所の100Rは……)
ここで、美世は伝家の宝刀を抜いた。
4速のまま左足ブレーキを使って、フロントに荷重を乗せる。奥がきつくなる100Rでは3速に落とすのがセオリーだが、美世はあえて4速を選択。中速トルクの太いエンジン特性のおかげで、パワーバンドをキープできる。奥目でクリッピングポイントをなめて、アドバンコーナーへ飛び込んでいく。
ヘアピン上のアドバンコーナーも、きっちりとセオリー通り。
2速に落とし、立ち上がり重視のライン取りでクリア。アテーサETSの制御が、フロントタイヤを引っ張り上げる。
3速、4速、5速と加速しながら、超高速の300Rを攻める。
(……お願いだから、ゆーこと聞いてね!!)
この手のハイパワーチューニングカーの場合、パワーに対してダウンフォースが足りていない。レーシングカーに比べたら、高速コーナーの安定性は遥かに低い。
踏んでいけるラインは一本しかない。
ステアリングを握りしめ、バケットシートに押し付けられる体を踏ん張らせる。
300R立ち上がりで、アウト目一杯まで車体を膨らませた。
(……よし!!)
上手く全開で駆け抜けられた。今度は、低速のダンロップコーナーが迫る。
5速全開から、フルブレーキング。一気に2速までシフトダウン。ここから、つづら折りのテクニカルセクターを攻める。
シケイン状のダンロップコーナーを立ち上がって、続くプリウスコーナー。大きく曲がり込む形状のコーナーの為、ラインが読みにくい。加えて、上り勾配。フロントヘビーなR32にとっては、苦手な類のコーナーと言える。
(ここも……左足!!)
美世はここでも、クリッピング付近で左足ブレーキを多用。アンダーステアを出さない為に、少しでもフロントタイヤに荷重を乗せる考えだ。
続くネッツコーナーも同じ。スローインファーストアウトを徹して、立ち上がりの加速を稼ぐ。
そして、最終コーナー。ここでラインを外すと、ストレートの速度に大きく影響が出てしまう。立ち上がり重視のライン取りでクリアして、ストレートに出た。
(……もっかいフルブースト!!)
祈る気持ちを込めて、ハイブースト。パープルメタリックの鮮やかなボディが、ホームストレートを駆け抜ける。
実況席も、固唾を飲んで見守っている。
「さあ、いい感じで立ち上がってきました。パープルメタリックの眩しいマシンが、ストレートを駆け抜けます!!」
「……感じとしては、悪くないですよ」
「コントロールラインを通過!! タイムは……1分40秒689!!」
モニターに映し出されたタイムは、暫定二位をマーク。ライジングのR35GT-Rに、コンマ8秒まで迫っていた。
「暫定二位のタイムを刻みました。いやー、素晴らしいアタックでしたね」
その気迫の走りに、ターボ佐藤の口調も滑らかだ。
「彼女は、速いですよ。元々、カートやっていた経歴もありますから、ドライビングも非常に正統派ですからね。
勢いに任せて走るばかりで、速くは走れません。むしろ、そのマシンの長所と短所を理解して、ドライビングを変えていく。あの若さでこれが出来るドライバーは、中々見当たりません」
菊地も、得意げに解説した。
「……彼女は、NASCARに乗せても良いかもしれませんね。ダニカ・パトリックみたいに」
隣の赤崎も、そう賞賛するほどだった。
ピットに戻ってきた美世だが、暫定2位のタイムには若干不満だった。
「2位ですか……ポール取りたかったんですけどね」
「まぁ、仕方ないさ。あとコンマ8秒は、次の宿題だよ」
藤巻は、そうなだめる。
タイムアタックの時間も、カウントダウンが始まっている。
「……さてと」
コクピットに座ったまま、岩崎はつぶやいた。
終了5分前。ファクトリFUJIのもう一台、大本命のR34GT-Rがコースイン。
こちらもフレッシュタイヤで、アタックをかける。
「残り5分で、ファクトリーFUJIのもう一台。岩崎選手の駆る、青いR34がコースインしました」
実況席のアナウンスは、当然ピットにも聞こえる。
スープラのコクピットに収まったままの久永は、耳を澄ませた。
(……R34がアタックラップに入ったら、コースインだ)
「名車、R34GT-Rに究極とも言えるチューニングを施した、ファクトリーFUJIのマシン。そして、ドライバーは現役のGTドライバー。この組み合わせは注目ですね」
「……岩崎は速いですよ。
あいつのスピードの感覚は、天性のものがあります。それに、ずば抜けた集中力も備えています。
間違いなく、上位にきますよ」
菊地も、モニター越しに写る蒼いR34の姿を、真剣なまなざしで見つめていた。
岩崎の駆るR34スカイラインGT-R。
元は首都高で最速を誇ったマシンを、富士仕様にリセッティングしたもの。とは言え、その作り込みはレーシングカーに匹敵する。
(……マジで行くぜ!!)
レーシングドライバーに求められる重要な資質の一つが、集中力だ。
GT300に参加するドライバーの中でも、一発の速さだけなら5本の指に入る岩崎。その要因の一つは、間違いなく驚異的な集中力に他ならない。
長いホームストレートは、当然フルブースト。900馬力オーバーのRB26が咆哮を上げる。
そして、300キロからのフルブレーキング。何のためらいもなく、ブレーキペダルを蹴っ飛ばす。6速から2速まで、リズミカルにシフトダウン。
アテーサET-Sの発揮するトラクションに任せて、立ち上がってフルスロットル。多少ホイールスピンしても、トルクステアでハンドルがとられても、アクセル全開。暴れるマシンをねじ伏せる、アグレッシブなドライビングを披露する。
コカコーラコーナーをクリアし、100Rへ。
岩崎は、飛び込んでからチョンブレーキで鼻先をインに向け、4速から3速へ。ハーフスロットルで少しタメを作ってから、奥のクリップをなめてから全開。
3速のまま立ち上がると、コンマ5秒だけレブリミッターに当たる。だが3速のまま、アドバンコーナーへ進入。
ギリギリまでブレーキングを遅らせて、2速。クリップを取り、立ち上がりで再び全開。
超高速300R。空力面では不利なR34だが、岩崎は一本しかない無いラインを綺麗にトレースしていく。
5速吹け切りまで引っ張って、ダンロップコーナーに飛び込む。
右、左、再び右と、最短のラインでクリア。今度は、上りながらのテクニカルセクションを攻略する。
美世と岩崎では、ドライビングスタイルが一番異なるのが、低速コーナーの攻略方法だ。
美世の場合、基本に忠実なスローインファーストアウトを心掛ける。しかし、岩崎の場合、ギリギリまで奥に突っ込んで一気に曲げる。そして、立ち上がりは一気に全開にする。
コーナーの最低速度を出来る限り上げる美世のスタイルに対し、兎に角アクセルを踏む時間を長くする岩崎のスタイル。
どちらが正しいという答えは無いが、同じGT-Rでも乗り方はドライバー同士で異なるのだ。
低速のセクター3でも、岩崎は暴れるマシンをねじ伏せる、アグレッシブなドライビングを披露する。
観客や関係者達が注目する中、ファクトリーFUJIのR34が、最終コーナーを立ち上がった。
「戻ってきました、青いGT-R!! セクタータイムはライジングのR35に及んでいませんが、タイムはどうでしょうか!!」
モニターに掲示されたタイムは、1分40秒103。
トップとはコンマ3秒差の2位だ。
「いや~、40秒を切れませんでしたね~。ファクトリーFUJIのR34は、惜しくも2位です」
「まあ、こんなもんですよ。R35とR34の元のベースの差を考えれば、かなり善戦してると思います」
そう解説を入れる菊地。
「…………」
赤崎は、ジッとモニターを見つめたままだ。
「……もう一台、アタックしますね」
「もう一台アタックですか?」
三人そろって、モニターを見る。
タイムアタック終了間際。黒いスープラが、コースイン。
「あれは、内藤自動車のスープラですね。残り時間3分で、スープラがアタックに入りました。
恐らく、あのスープラのアタックがオーラスとなるでしょう」
実況の声を知ってか知らずか。
内藤は、参加者の中で唯一無線を搭載している。レースには不慣れな久永に、素早くアドバイスを送る為だ。
「久永……やったれ」
≪……はい≫
内藤の言葉に、久永は静かに答えた。
サーキットに設置されたカメラが、久永のスープラを追いかける。モニターに映るのは一台だけ。
お膳立ては完了した。
「……内藤さん」
映し出されたスープラを見つめて、夏樹は不安そうに聞いてしまう。
「大丈夫だ。ここ一発の集中力は、あいつも負けてねぇ」
内藤は断言した。
最終コーナーを立ち上がり、久永はアタックに入る。
レース専用の3S-GTEの音質は、RB26等の6気筒エンジンとは異って、1オクターブほど低い音質だ。
実況席では、慌ててスープラの資料を探っていた。
「あのスープラは、4気筒の3Sに乗せ換えているという事ですが、パワー面では若干不利かと思いますが?」
「そうとも言い切れませんよ。
元々搭載されている2JZに比べたら、80キロ近くエンジンだけで軽くなります。フロントだけでそこまで軽くなれば、重量バランスは相当に改善できます。
それに、3S自体の耐久性も非常に高いです。トータルで考えれば、スペックが劣っているとは言い切れませんよ」
「なるほど。
さあ、内藤自動車スープラがアタックに入ります!!」
ホームストレートを6速全開、ブーストは2,2キロ。
空力面で有利なクーペボディに加え、FRという事で走行抵抗はGT-R勢よりも少ない。終速の伸びは、ライジングR35や岩崎のR34を凌駕していた。
(……ここだ!!)
フルブレーキング。内臓が飛び出ると思うほどの減速Gが、久永の体に伸し掛かる。
2速までシフトダウン。ステアリングで鼻先をクリッピングポイントへ向ける。
アクセルオフの間、爆竹の様な破裂音がエキゾーストを叩いた。GTマシン同様にアンチラグシステムが働いているのだ。
2速はハーフアクセル。3速で全開。ここで、ローブーストの1,8キロに落とす。ハイブーストの2,2キロでは、パワーがありすぎてコーナーを攻めきれないのだ。
とはいえ、ナイトロとガソリンが混ざり合った混合器が、燃焼室で綺麗に燃え尽きる。セッティングが決まっており、レスポンスもパワーも十二分だ。
コカコーラコーナーの様な中速の旋回は、このスープラが最も得意とする。
元々、中速コーナーを得意としているスープラなのだが、エンジンをコンパクトにし重量バランスを大きく改善している。その成果は、コーナリングで顕著に表れていた。
(……最高のマシンだね)
ヘルメットの中で、久永はほくそ笑んだ。
鬼門の100R。ここでの姿勢は、GT-R勢よりも明らかに良い。寸分狂わないライン取りで、100Rを駆け抜けた。
そして、アドバンコーナー。低速コーナーの立ち上がりは、このマシンの泣き所。僅かにテールが流れかけた。
しかし、久永は絶妙なカウンターステアとアクセルコントロールで、ロスを最小限にとどめた。
「ヘアピンまでクリアしましたが、非常に良いタイムです!!」
実況席も、思わぬ伏兵の登場に興奮していた。
「……問題は、低速のセクター3ですね。ハイパワーのFRですから、立ち上がりのアクセルワークはシビアですよ」
菊地の言葉は、的を得ていた。
スープラやRX-7等が、タイムアタックでGT-Rやランサー、インプレッサに比べて劣っているのは、立ち上がりのトラクションだ。
後輪駆動故に旋回性能は上回っても、立ち上がりのトラクションで大きく水をあけられてしまう。
(……ここからが勝負だ)
久永は、セクター3を勝負所と見据えていた。
大きく曲がり込む低速コーナーでこそ、コーナリング速度を生かせると。久永は、可能な限りブレーキングを遅らせて、コーナーに飛び込んでいく。
立ち上がりは、アクセルを小刻みに煽る、俗称セナ足を披露してみせる。まさに、オンザレールの走りでコーナーを攻略していく。
その芸術とも言える走りに、観客も関係者も。そして、参加ドライバー達もくぎ付けになっていた。
「最終コーナー、立ち上がってまいりました!!
漆黒のスープラ!! ここまでは、実にいい感じです!!」
「……これは、相当に速いですよ」
実況も、菊地も赤崎も。モニターに映るスープラから、目を離さない。
(……4速でフルブースト!!)
ここで、再びブーストを2,2キロへ。850馬力のレーシングスペック3S-GTEが唸りを上げる。
久永はアクセルをべた踏みのまま、5速シフトアップ。
そして、6速。コントロールラインは見えた。
「……いってくれっ!!」
久永は反射的叫んでいた。
4気筒ターボ独特のエキゾーストを残して、スープラはコントロールラインを駆け抜けた。
「タイムは……1分39秒812!! なんと、100分の6秒差で、ライジングのR35を上回りました!!
レコードタイムを更新したのは、伏兵のスープラでした!!」
「……いや~。これは自分も読めませんでしたね。速いとは思いましたが、まさかレコードタイムを出すとは……」
菊地は呆然と語った。
「……速いですね。人も車も」
赤崎は、言葉少なめだった。
コントロールタワーからは、タイムアタック終了のチェッカーが振り下ろされていた。
スーパーラップ:最終リザルト
1位 久永一:内藤自動車 JZA80:1分39秒812
2位 宮川雷斗:ライジング BNR35:1分39秒887
3位 岩崎基矢:ファクトリーFUJI BNR34:1分40秒103
4位 原田美世:ファクトリーFUJI BNR32:1分40秒689
5位 山田健三:横浜スペンサー BNR35:1分41秒849
6位 舘渡:MADSPEED SE3P:1分43秒004
7位 ターマック鈴木:ランディースポーツ CZ4A:1分44秒813
8位 小幡尚人:ゼロマックス GRB:1分45秒673
9位 坂本桐字:アックスレーシング FD3S:1分45秒875
10位 魚住清太:エムロード Z15A:1分47秒198
11位 辻本アキラ:横浜スペンサー Z34:1分48秒901
12位 向井拓海:WINDY GZ32:1分49秒624
13位 小早川悟:松山自工 ZN6:1分50秒903
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