時刻は零時。深夜の首都高速、環状線。ネオンの光で作られた、人工的な天の川が外を流れていく。
特有のエキゾーストを奏でる、二つのロータリーエンジンが共鳴しあう。
前を走るのは、FC3S。極限までパワーを突き詰めた、ブリッジポートのビッグシングル仕様。巡航速度で走る中でも、その轟音が響き渡る。
追うのは、NA2ローターのRX-8。新世代ロータリーと呼ばれたレネシスを搭載するものの、そのエンジンはRX-8以外に載ることは叶わなかった。
フルノーマルとはいえ、NAロータリー特有の甲高いエキゾーストが、車内へ飛び込んでくる。
「うーん……エイトも良いね!!」
ハンドルを強引に奪った美世は、開口一番に言った。
「……そうですか? 割とエンジン音が大きいから、もうちょっとオーディオが聞こえるようにしたい位なんですけど……」
夏樹は半ばあきれ気味だ。
「どうせだったら、NAのままでペリにしてみたらどうかな? それでストレートマフラーにしたら、エキゾーストがヤバい音になるよ~」
「……ペリ?」
夏樹には何の用語なのか、理解できていない。
美世はペリと略したが、正式名称はペリフェラルポートと呼ばれる、ロータリー特有のチューニング方法だ。
カムやバルブの機構が無いロータリーエンジンの場合、吸気ポートを広げて流入空気量を増やす手段が、チューニングのキモとなる。
その究極ともいえるのが、サイドハウジングからの吸気ポートを埋めてしまい、ローターハウジングに直接吸気ポートを作ってしまう、ペリフェラルポートと呼ばれる手段だ。
絶対パワーだけを追い求めた、ロータリーチューンの最終形態とも言える。
もっとも、この手段はレシプロエンジンで言えば、ハイカムを入れてバルブのオーバーラップを極端に大きく取った事と同じとなる。したがって低速トルクが極端にやせてしまい、お世辞にも公道向きのチューニングとは言えない。
夜の首都高で、夏樹のRX-8のハンドルを、何故美世が握っているのか。その理由はいたって簡単。
「ま、ホントの事言えば、GT-Rで来たかったんだけどさ……」
「修理中でしたっけ?」
「うん、クラッチが終わってたからね。ま、四駆だから駆動系の消耗が早いのは仕方ないよ。またすぐに直すさ……」
そう答える美世だが、ちょっと残念そうだと夏樹は感じた。とはいえ、修理中の車で走る事など出来はしない。
フロントウインドウから見える、FC3Sの丸いテールランプを、美世と夏樹は追いかける。
そして、先行する歴戦の猛者。首都高の歴史を見てきたマシンのナビシートに座れることは、久永にとってこの上に無い貴重な体験だった。
「……すごいですよ。やっぱり、このマシンは」
久永の口から、自然とこぼれた。
「そんなぶっ飛ばしてねぇぞ?」
内藤の指摘はごもっともで、現在の速度は巡航速度に過ぎない。
「……だからこそですよ。
ビッグタービン仕様のロータリーエンジンは、助手席ですけど何台か体験したことがあります。だけど、回さなきゃまともに走らなくて、普通に巡航レベルで走れるマシンなんてありませんでした。
低速トルクの劣るロータリーで、ましてビッグシングルタービンの組み合わせ。これで、過不足無く走れる様になっているんです。どれだけセッティングに時間を費やしたか、想像するまでもありません」
「……そりゃな。今の仕様になるまで、20機以上はエンジンを載せ換えた。作っては壊して、また作っての繰り返しだ。
パワーが必要なのはもちろんだが、実戦で走るにはレスポンスやコントロール性は重要になってくる。納得の出来るエンジンを作るまで、試行錯誤の繰り返しだったさ。
どんな良いパーツを組み込んでも、セッティング一つでゴミになるって事も有る。それがチューニングの奥深さって奴だ」
久永の言葉に、内藤はそう答えた。
レインボーブリッジを通過し、有明JCTへ。湾岸線上り方面に二台は流れ込む。
「……ん?」
RX-8のミラーに、HIDのヘッドライトが反射した。その光は、すさまじい勢いで接近してくる。
「まぶしいな……」
ハイビームのままなのだろう。ライトの反射に、夏樹は目を細めた。
「……R35だね。居るんだよね……クルマが良いからって粋がる奴って」
美世は、軽蔑を込めた口調だった。
やたらと二台に絡もうとする、R35GT-R。車間距離を詰めて、ぴったりと後ろに張り付いた。今度は右車線に出て、横に並んだかと思えば抜く訳でもない。
挑発しているのだ。
「……おーおー。随分と煽ってくるじゃねぇか」
内藤は、R35のドライバーを横目で確認する。見た所、まだまだ若い男性が二人乗っている。
「……どうするんですか?」
久永は、思わず聞いた。
「ま、ほったらかすのも有りだが……ちょいと教育してやらんとな。こういうバカはよ」
内藤は、シフトノブに手をかけた。
「手加減は?」
「無し!!」
ダブルクラッチを切って、5速から3速へ。FCのエキゾーストノートが、一気に高鳴った。
R35の助手席に座る男は叫んだ。
「おい!! あのFCやる気になったぜ!!」
「へへ……。あんな旧型に、R35が負けるかよ。漫画みたいに出来る訳がねーだろ!!」
ドライバーは、シフトパドルを操作。スイッチ一つの電子制御で、素早く4速から3速へシフトダウン。R35も加速体制に入った。
臨戦態勢の2台を見て、夏樹は焦りだす。
「大丈夫なんですか!? このままかっ飛ばしたら、危ないですよ!!」
「ん~……たしかに心配だね」
美世は意外と冷静だった。
「でも、止められないですよ……この状況じゃあ」
夏樹は焦っているようだが、美世は淡々と5、4、3とリズミカルにシフトダウン。
「健さんは、よっぽどじゃなければ平気だね。心配なのは……R35の方だよ」
美世の右足が、スロットルを踏み抜いた。
「ちょ、ちょっと……!?」
加速Gで、夏樹の体はシートに押し付けられた
R35に搭載される、VR38DETT。世界でも最高峰のターボエンジンがうなりを上げ、超重量級の車体をグイグイと引っ張る。
怒涛の加速力で、まずはアタマを取った。
「は、はぇぇ!! さすがGT-Rだな!!」
助手席でのけぞりながら、男は叫んだ。
「あたりめぇだろ!! リミッター切っただけで軽く300km出るマシンなんだぜ!!」
ドライバーは得意げに声を張る。
世界でもその性能を認められる、R35GT-R。初期型のノーマルであっても、下手なチューニングマシンより、速くて乗りやすい。世界最高の難コース、ニュルブルクリンクで鍛え上げられたそのマシンは、確かに良い車だった。
アクセルを全開にするだけで、イージーに200kmオーバーまで速度を乗せていた。
「はっはっは……FC程度で相手になるかよ!!」
ドライバーが高笑いした瞬間だった。
ルームミラーにパッシングの光が反射した。引き離すどころか、FCは真後ろに迫り来ている。
内藤は、意図的にR35を先行させたのだ。
「……う、嘘だろ!?」
助手席の男は、思わず後ろを振り返った。
「そ、そんな馬鹿な話があるかよ!?」
リアウインドウには、ベタベタに張り付いたFC3Sのシルエットが見えてる。
バカでかいテールを拝みながら、内藤は言った。
「R35は確かに速くて良い車だ。どんな馬鹿でも、簡単に“スピード”が手に入る。
だが……この速度域で最後にモノを言うのは、ドライバーのテクと度胸なんだぜ」
真後ろに喰らいついて、離れない。長きに渡り首都高を走る猛者がかけるプレッシャーは、想像を超える。
(……これが、かつての四天王。追撃のテイルガンナーの実力)
助手席に座る久永は、内藤のドライビングから目を離さない。
少し間を開いて、追いすがるRX-8。さすがにほぼノーマルの車両では、着いていく事は出来ない。
「さすがに、この領域だとパワーがないね」
スピードメーターは振り切る寸前だが、美世は冷静さを失っていない。
「ちょ……勘弁してくださいよ!!」
しかし、そのスピード域に慣れていない夏樹は、助手席で体をこわばらせた。
「大丈夫……見失う程ははなされないからさ!!」
「そういう問題じゃないですって!!」
夏樹は、美世にハンドルを握らせたことを結構後悔していた。
FCに比べ、R35のボディは横も縦も一回りはデカい。たとえ空力に優れたデザインをしていても、前面投影面積もどうしても大きくなってしまう。真後ろに張り付けば、スリップストリームの効果は一層大きくなる。
FCは完全に、R35をロックオンしていた。
時速250km以上。その領域は、これまでの世界と一線を越えていた。R35のドライバーは、目を凝らし先を見据える。
しかし、無数に散らばる一般車のテールランプが、とてつもない勢いで迫り来る。
風圧により車体は徐々にリフトしていき、何時しかステアリングの設置感は無くなっている。それに加え、ほんの僅かな道路のうねりが、車体全体を揺らすほどサスペンションを突き上げる。
(目がついていかねー!!)
これまで、見たこともない光景。バーチャルな世界では味わえない、リアルな最高速の世界がそこにあった。
R35のドライバーは、汗腺が開いて冷たい汗が吹き出ている。止まらない。
ナビシートの男も、ただクリップをつかみ取って歯を食いしばるしかできない。
恐怖心。それだけが、二人の精神を支配していた。
「そろそろだな……」
内藤がつぶやいて、ブーストコントローラーのスイッチを操作し、ブースト圧を上げる。
大容量のターボチャーチャーが、燃焼室に多量の空気を押し込む。インジェクターから噴射されたガソリンが、押し込まれた空気と混ざり合った。
混合気となって燃焼室に圧入され、回転するローターがそれを圧縮し、熱価の高いレーシングプラグが強い火花を放った時。
エンジン内部で、綺麗な花火が打ちあがるのだ。
一気にペースを上げたFCは、レーンを変えた。横に並んだかと思えば、あっさりと相手にテールランプを拝ませる。最新鋭のR35を、型遅れのFCがあっさりオーバーテイクしてみせた。
「ちょろいもんよ」
内藤は得意げに声を張った。
旧式のマシンで、最新マシンをぶち抜く。内藤が一番好きな一瞬だ。
(相手のドライバーのレベルが低いとは言え、R35をFCで追い抜けるなんて……。
……さすがは元・四天王と言うべきです)
久永はその実力に、内心で敬意を表していた。
R35の二人組の脳裏に、死という言葉がよぎった。
深夜の湾岸線で二人組の男性事故死。新聞の三面記事としては悪くないが、当事者になりたい訳が無い。
「だ、ダメだ……もう無理!!」
恐怖には勝てず、ドライバーはアクセルを抜いた。
エンジンからの推進力を失ったR35は、空気の壁に押し返されて失速していく。
ようやく巡航速度までスピードが落ちた瞬間、二人して全身が震えあがっていた
「何者なんだよ……あのFCは」
助手席の男は、一気に突き放される赤いテールを茫然と見るしかできなかった。
一悶着あったものの、二台とも無事に市川パーキングエリアにたどり着いた。
「……そう怒んないでよ~。後で満タンにするからさ~」
美世はそう言って、夏樹をなだめすかすが。
「ホント勘弁してくださいよ……。マジで怖かったんですから……」
それでも夏樹はゲンナリした表情で答えた。
「ま、こいつにハンドルを握らせた時点でアウトだよ」
内藤は夏樹をおちょくった。
「そう言えば、このエイトはリミッターが切ってありますよね?」
「おう。エンジンのオーバーホールしたついでにな。倉庫に転がってたから、取り付けたんだよ」
そんな夏樹の耳に、会話が聞こえる。
(この弟子にして、この師匠って事か……)
この二人のやり取りを横目で見ながら、大きくため息を吐いた。
一方の久永は、ガラガラの駐車場をぼんやりと眺めている。市川パーキングエリアに来るのは、何年振りかの事だ。
(……あの頃とは、もう違うんですね)
少しセンチメンタルな気分に浸っていた。
「何、ぼーっとしてんだよ?」
内藤は、久永に声をかける。
「……いえ。昔を思い出してしまいまして」
久永は笑みを見せるが、どこか寂しそうだと感じられた。
「あの頃か……。ま、今じゃ見る影もないからな」
そう答えながら、内藤は右手で胸ポケットをまさぐって煙草をとり出した。
「それってさっき言ってた、走り屋達で首都高が賑わってた時の事ですか?」
夏樹の言葉に、久永は頷いた。
「……当時は、仲間たちとよくここに着ていました。それはもう、毎週末はお祭り騒ぎのようでした。 だけど、皆お金が無くて、誰かの車に乗り合わせて、燃料代と高速代を出し合って……。
有名なチームや、速いと評判の走り屋が来た時は、皆でその周囲に群がりました。そして、たまに警察が巡回にくると、早く帰れと言われ渋々退散していきました。
正当な行為ではありませんが、本当にあの頃は面白かったです」
懐古する久永は、ゆっくりと思い出を吐き出していく。
「毎週の様にパーキングに着ていれば、自然と有名な走り屋達の事を耳にします。
あれは……秋口に入った時期でした。
夏ぐらいから、有名な走り屋を次々と撃墜していく、蒼いR34の噂を聞きました。その噂が流れ始めて少ししてからですね。当時最速と謳われていた、紅の悪魔と白いカリスマと言う、トップ2の首都高ランナーを寄せ付けず圧倒したと。その週は、この話題でもちきりでした。
僕は仲間たちに、噂の蒼いR34の走り屋を探してみようと、仲間に提案したんです。皆乗り気になって、大黒パーキングエリアを目指して、湾岸へ繰り出しました」
「…………」
何時しか一同は、久永の思い出話に耳を傾けていた。
「そして、僕自身その頃は大学の方の事で色々事情が重なってしまい、留学の話が具体的に持ち上がっていたんです。
なので、毎週の様に首都高に繰り出す事が、少し難しくなっていました。
そんな事が重なった時に……あのマシンの本気の走りを見たんですよ」
そう言って、久永は内藤のFC3Sをジッと見つめた。
「僕は仲間と巡航速度で、ちょうど東京湾トンネルを過ぎた辺りでした。
後方から、とんでもない速度で迫ってくる、2台のマシンがミラーに映ったんです。そして、あっという間に僕たちを追い抜いて……いえ。丸で風が通り抜けただけのような……そんな感覚でした。
一台は、真っ赤なFC3Sで、もう一台は……噂のR34でした。真っ赤なFCであれほどの速さを誇るのは、追撃のテイルガンナーの他にはいません。
そして……噂の蒼いR34が、迅帝と呼ばれるようになったと、後々に聞きました。
本当に、あの時見た本気の走りは、今思い出しても鳥肌が立ちます。
ですが、それ以来、もう一度見る事は叶いませんでした……。
……そのまま、冬には僕はアメリカへと留学する事になりました」
そこまで語り終え、久永はぼんやりと遠くを見ているようだった。
「……そういう事だったんですね」
夏樹は、ジッと久永の後姿を見つめた。
「……なるほどね。
ところで、あんたはアメリカに留学した後、なにかしてたのか?」
内藤は、ここまで感じていた、久永への疑問をぶつけた。
「ええ。ロサンゼルスに、語学留学という名目で、滞在していました。
ですが向こうの国で没頭してたのは、毎晩の様に行われるストリートレースですね。当然、首都高で見たような光景がそこにはありました。
僕はここで、走りを磨く……そう決めました。
日雇いで働きながら、必死に貯めて車を手に入れて、夜の街へ走りに繰り出す……。そうなると、もはや留学してる意味は無くなっていました。
その時点で大学は退学して、ロサンゼルスに住み着いていましたね」
笑いながら、久永はちょっぴり自虐した。
「ま、ストリートレースとなると、あっちは本場だからな」
内藤は感心した様だった。
「ええ。特に上級の走り屋になっていくと、マシンもテクニックも凄まじいレベルでした。特に賭けレース等も有りましたからね……。食つなぐために、死ぬ気でストリートレースに打ち込んでいた時もあります。
そして、ロスに住み着いて2年ほど経った頃ですね。向こうの友人の紹介で、ある人物と知り合う事が出来たのが、何よりの幸運でした……。
“カミカゼショウ”と呼ばれるレーシングドライバー……赤崎翔さんです」
「赤崎翔って……NASCARでトップレベルのレーサーじゃないですか!!」
思わぬ所から出た名前に、美世は素っ頓狂な声を上げた。
「その人って、有名なんですか?」
モータースポーツに疎い夏樹は、思わず聞いてしまう。
「そりゃそうだよ。アメリカは独自に発展したモータースポーツが多いんだけど、NASCARは特に人気のあるストックカーレースなんだ。
その中でも最高峰の、ウィンストンカップでも優勝した事のあるレーサーだよ」
美世は得意げに説明して見せた。
「へぇ……」
今一つピンと来ない夏樹だが、すごい人物だという事は理解した。
「その赤崎さんも、かつてはニューヨークのストリートレーサーとして活躍していたらしいんです。
日本人のストリートレーサーは、アメリカでは随分と珍しいので、友人を通じて知り合えたんです」
「あの“カミカゼショウ”がストリートレーサーだったなんて……ちょっと意外ですね」
久永の話を聞き、美世は驚きを隠せないでいた。
「もっとも、赤崎さんは忙しい人なので、年に一回位しかお会いしませんでしたけどね」
久永はそう付け加えた。
「へぇ……。ところで久永さんは、どういうきっかけで芸能プロデューサーを始めたんですか?」
夏樹は、湧いて出てきた疑問を聞いてみた。
「それは単に、芸能関係者と知り合ったんですよ。
ロスのストリートレースをやりながら生活してた時に、その方面で働く方と知り合っただけです。その方に仕事を紹介してもらって、向こうでフリーランスのプロデューサーとして働いていたんです。
色々とお金も必要でしたし、この仕事は当たればその大きさはけた違いですから」
久永は、そう締めくくった。
ここまでの話を聞き、内藤は改まって久永に言う。
「……久永。お前さんの事は大体わかった。そして……正体もピンときたぜ。
ロスのストリートレースで、無敵を誇った日本人が居たって記事を、何年か前に雑誌で読んだ事を思い出したぜ。
“サイドワインダー”ってロサンゼルスにある、日本車のチューニングショップの事が書いてあった。
特にストリートレースに熱心なショップでな。そこの看板マシンの事は、特に詳しく載っていた。
その車は、サイドワインダー……ガラガラ蛇のバイナルグラフィックが特徴的な、漆黒の80スープラだった」
不意に、周囲の空気が張り詰めて、静まり返った。
「そして、そのスープラに付いた異名は……“スネークアイズ”。ロサンゼルスのトップを取った、日本人の走り屋……。
それは、間違いなく久永……あんたの事だろ?」
内藤は、ズバリと言い切った。
「……そうですね。隠すつもりは無かったんですけど、ここまで詳しい人が身近に居るとは思いませんでしたから」
少し照れくさそうしながら、久永は右手で頭を掻いた。
「……しっかしなぁ。向こうでトップを取った走り屋が、何でまた日本に戻ってきたんだ?
仕事の事はわからんが、走り屋事情に関しては、まぎれもなく向こうの方が盛り上がってる筈だろうぜ」
内藤は、ここまで右手に持っていたままの煙草に、ようやく火を点けた。
「……確かにそうかもしれませんね。
だけど、どうしてもやり残したことが、日本に残っているんです」
久永は、引き締まった顔つきで答えた。
「……あの蒼いR34スカイラインGT-R。“迅帝”に挑みたい。
その事だけが、どうしても心の片隅に残っているんです」
「…………」
久永の言葉に、内藤は何も答えない。
「……首都高が一番熱く燃えていた頃、彗星の様に現れて、あっという間にトップを奪取した、伝説の走り屋と勝負がしたい。
たった一度でも良いから、本気でバトルがしたい。
その思いがあったからこそ、ロスのストリートレースで、トップを取る事が出来たと。自分はそう思っています。
ですけど……首都高がこんな風になっているなんて、夢にも思っていませんでしたからね……」
寂しそうな横顔を見せる久永。
「……とびっきりの瞬間は、一瞬だからこそとびっきりに感じるもんだ。
永遠に続く様なもんじゃねぇさ」
内藤は、そう言いながら紫煙を吐き出した。
「願えば……何時か会えますよ」
美世は、横からそう言葉を放った。
「……原田さん?」
久永は、きょとんとした顔で、美世をまじまじと見つめる。
「きっと……久永さんが願えば、何時か叶います」
美世は、真っすぐに見つめて、そう言い切った。