首都高のシンデレラ 2nd   作:囃子とも

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4th 深夜零時の首都高速

 時刻は零時。深夜の首都高速、環状線。ネオンの光で作られた、人工的な天の川が外を流れていく。

 特有のエキゾーストを奏でる、二つのロータリーエンジンが共鳴しあう。

 前を走るのは、FC3S。極限までパワーを突き詰めた、ブリッジポートのビッグシングル仕様。巡航速度で走る中でも、その轟音が響き渡る。

 追うのは、NA2ローターのRX-8。新世代ロータリーと呼ばれたレネシスを搭載するものの、そのエンジンはRX-8以外に載ることは叶わなかった。

 フルノーマルとはいえ、NAロータリー特有の甲高いエキゾーストが、車内へ飛び込んでくる。

「うーん……エイトも良いね!!」

 ハンドルを強引に奪った美世は、開口一番に言った。

「……そうですか? 割とエンジン音が大きいから、もうちょっとオーディオが聞こえるようにしたい位なんですけど……」

 夏樹は半ばあきれ気味だ。

「どうせだったら、NAのままでペリにしてみたらどうかな? それでストレートマフラーにしたら、エキゾーストがヤバい音になるよ~」

「……ペリ?」

 夏樹には何の用語なのか、理解できていない。

 

 美世はペリと略したが、正式名称はペリフェラルポートと呼ばれる、ロータリー特有のチューニング方法だ。

 カムやバルブの機構が無いロータリーエンジンの場合、吸気ポートを広げて流入空気量を増やす手段が、チューニングのキモとなる。

 その究極ともいえるのが、サイドハウジングからの吸気ポートを埋めてしまい、ローターハウジングに直接吸気ポートを作ってしまう、ペリフェラルポートと呼ばれる手段だ。

 絶対パワーだけを追い求めた、ロータリーチューンの最終形態とも言える。

 もっとも、この手段はレシプロエンジンで言えば、ハイカムを入れてバルブのオーバーラップを極端に大きく取った事と同じとなる。したがって低速トルクが極端にやせてしまい、お世辞にも公道向きのチューニングとは言えない。

 

 夜の首都高で、夏樹のRX-8のハンドルを、何故美世が握っているのか。その理由はいたって簡単。

「ま、ホントの事言えば、GT-Rで来たかったんだけどさ……」

「修理中でしたっけ?」

「うん、クラッチが終わってたからね。ま、四駆だから駆動系の消耗が早いのは仕方ないよ。またすぐに直すさ……」

 そう答える美世だが、ちょっと残念そうだと夏樹は感じた。とはいえ、修理中の車で走る事など出来はしない。

 フロントウインドウから見える、FC3Sの丸いテールランプを、美世と夏樹は追いかける。

 

 そして、先行する歴戦の猛者。首都高の歴史を見てきたマシンのナビシートに座れることは、久永にとってこの上に無い貴重な体験だった。

「……すごいですよ。やっぱり、このマシンは」

 久永の口から、自然とこぼれた。

「そんなぶっ飛ばしてねぇぞ?」

 内藤の指摘はごもっともで、現在の速度は巡航速度に過ぎない。

「……だからこそですよ。

 ビッグタービン仕様のロータリーエンジンは、助手席ですけど何台か体験したことがあります。だけど、回さなきゃまともに走らなくて、普通に巡航レベルで走れるマシンなんてありませんでした。

 低速トルクの劣るロータリーで、ましてビッグシングルタービンの組み合わせ。これで、過不足無く走れる様になっているんです。どれだけセッティングに時間を費やしたか、想像するまでもありません」

「……そりゃな。今の仕様になるまで、20機以上はエンジンを載せ換えた。作っては壊して、また作っての繰り返しだ。

 パワーが必要なのはもちろんだが、実戦で走るにはレスポンスやコントロール性は重要になってくる。納得の出来るエンジンを作るまで、試行錯誤の繰り返しだったさ。

 どんな良いパーツを組み込んでも、セッティング一つでゴミになるって事も有る。それがチューニングの奥深さって奴だ」

 久永の言葉に、内藤はそう答えた。

 

 レインボーブリッジを通過し、有明JCTへ。湾岸線上り方面に二台は流れ込む。

「……ん?」

 RX-8のミラーに、HIDのヘッドライトが反射した。その光は、すさまじい勢いで接近してくる。

「まぶしいな……」

 ハイビームのままなのだろう。ライトの反射に、夏樹は目を細めた。

「……R35だね。居るんだよね……クルマが良いからって粋がる奴って」

 美世は、軽蔑を込めた口調だった。

 やたらと二台に絡もうとする、R35GT-R。車間距離を詰めて、ぴったりと後ろに張り付いた。今度は右車線に出て、横に並んだかと思えば抜く訳でもない。

 挑発しているのだ。

「……おーおー。随分と煽ってくるじゃねぇか」

 内藤は、R35のドライバーを横目で確認する。見た所、まだまだ若い男性が二人乗っている。

「……どうするんですか?」

 久永は、思わず聞いた。

「ま、ほったらかすのも有りだが……ちょいと教育してやらんとな。こういうバカはよ」

 内藤は、シフトノブに手をかけた。

「手加減は?」

「無し!!」

 ダブルクラッチを切って、5速から3速へ。FCのエキゾーストノートが、一気に高鳴った。

 

 R35の助手席に座る男は叫んだ。

「おい!! あのFCやる気になったぜ!!」

「へへ……。あんな旧型に、R35が負けるかよ。漫画みたいに出来る訳がねーだろ!!」

 ドライバーは、シフトパドルを操作。スイッチ一つの電子制御で、素早く4速から3速へシフトダウン。R35も加速体制に入った。

 

 臨戦態勢の2台を見て、夏樹は焦りだす。

「大丈夫なんですか!? このままかっ飛ばしたら、危ないですよ!!」

「ん~……たしかに心配だね」

 美世は意外と冷静だった。

「でも、止められないですよ……この状況じゃあ」

 夏樹は焦っているようだが、美世は淡々と5、4、3とリズミカルにシフトダウン。

「健さんは、よっぽどじゃなければ平気だね。心配なのは……R35の方だよ」

 美世の右足が、スロットルを踏み抜いた。

「ちょ、ちょっと……!?」

 加速Gで、夏樹の体はシートに押し付けられた

 

 R35に搭載される、VR38DETT。世界でも最高峰のターボエンジンがうなりを上げ、超重量級の車体をグイグイと引っ張る。

 怒涛の加速力で、まずはアタマを取った。

「は、はぇぇ!! さすがGT-Rだな!!」

 助手席でのけぞりながら、男は叫んだ。

「あたりめぇだろ!! リミッター切っただけで軽く300km出るマシンなんだぜ!!」

 ドライバーは得意げに声を張る。

 世界でもその性能を認められる、R35GT-R。初期型のノーマルであっても、下手なチューニングマシンより、速くて乗りやすい。世界最高の難コース、ニュルブルクリンクで鍛え上げられたそのマシンは、確かに良い車だった。

 アクセルを全開にするだけで、イージーに200kmオーバーまで速度を乗せていた。

「はっはっは……FC程度で相手になるかよ!!」

 ドライバーが高笑いした瞬間だった。

 ルームミラーにパッシングの光が反射した。引き離すどころか、FCは真後ろに迫り来ている。

 内藤は、意図的にR35を先行させたのだ。

「……う、嘘だろ!?」

 助手席の男は、思わず後ろを振り返った。

「そ、そんな馬鹿な話があるかよ!?」

 リアウインドウには、ベタベタに張り付いたFC3Sのシルエットが見えてる。

 

 バカでかいテールを拝みながら、内藤は言った。

「R35は確かに速くて良い車だ。どんな馬鹿でも、簡単に“スピード”が手に入る。

 だが……この速度域で最後にモノを言うのは、ドライバーのテクと度胸なんだぜ」

 真後ろに喰らいついて、離れない。長きに渡り首都高を走る猛者がかけるプレッシャーは、想像を超える。

(……これが、かつての四天王。追撃のテイルガンナーの実力)

 助手席に座る久永は、内藤のドライビングから目を離さない。

 

 少し間を開いて、追いすがるRX-8。さすがにほぼノーマルの車両では、着いていく事は出来ない。

「さすがに、この領域だとパワーがないね」

 スピードメーターは振り切る寸前だが、美世は冷静さを失っていない。

「ちょ……勘弁してくださいよ!!」

 しかし、そのスピード域に慣れていない夏樹は、助手席で体をこわばらせた。

「大丈夫……見失う程ははなされないからさ!!」

「そういう問題じゃないですって!!」

 夏樹は、美世にハンドルを握らせたことを結構後悔していた。

 

 FCに比べ、R35のボディは横も縦も一回りはデカい。たとえ空力に優れたデザインをしていても、前面投影面積もどうしても大きくなってしまう。真後ろに張り付けば、スリップストリームの効果は一層大きくなる。

 FCは完全に、R35をロックオンしていた。

 

 時速250km以上。その領域は、これまでの世界と一線を越えていた。R35のドライバーは、目を凝らし先を見据える。

 しかし、無数に散らばる一般車のテールランプが、とてつもない勢いで迫り来る。

 風圧により車体は徐々にリフトしていき、何時しかステアリングの設置感は無くなっている。それに加え、ほんの僅かな道路のうねりが、車体全体を揺らすほどサスペンションを突き上げる。

(目がついていかねー!!)

 これまで、見たこともない光景。バーチャルな世界では味わえない、リアルな最高速の世界がそこにあった。

 R35のドライバーは、汗腺が開いて冷たい汗が吹き出ている。止まらない。

 ナビシートの男も、ただクリップをつかみ取って歯を食いしばるしかできない。

 恐怖心。それだけが、二人の精神を支配していた。

 

「そろそろだな……」

 内藤がつぶやいて、ブーストコントローラーのスイッチを操作し、ブースト圧を上げる。

 

 大容量のターボチャーチャーが、燃焼室に多量の空気を押し込む。インジェクターから噴射されたガソリンが、押し込まれた空気と混ざり合った。

 混合気となって燃焼室に圧入され、回転するローターがそれを圧縮し、熱価の高いレーシングプラグが強い火花を放った時。

 エンジン内部で、綺麗な花火が打ちあがるのだ。

 

 一気にペースを上げたFCは、レーンを変えた。横に並んだかと思えば、あっさりと相手にテールランプを拝ませる。最新鋭のR35を、型遅れのFCがあっさりオーバーテイクしてみせた。

「ちょろいもんよ」

 内藤は得意げに声を張った。

 旧式のマシンで、最新マシンをぶち抜く。内藤が一番好きな一瞬だ。

(相手のドライバーのレベルが低いとは言え、R35をFCで追い抜けるなんて……。

 ……さすがは元・四天王と言うべきです)

 久永はその実力に、内心で敬意を表していた。

 

 R35の二人組の脳裏に、死という言葉がよぎった。

 深夜の湾岸線で二人組の男性事故死。新聞の三面記事としては悪くないが、当事者になりたい訳が無い。

「だ、ダメだ……もう無理!!」

 恐怖には勝てず、ドライバーはアクセルを抜いた。

 エンジンからの推進力を失ったR35は、空気の壁に押し返されて失速していく。

 ようやく巡航速度までスピードが落ちた瞬間、二人して全身が震えあがっていた

「何者なんだよ……あのFCは」

 助手席の男は、一気に突き放される赤いテールを茫然と見るしかできなかった。

 

 

 一悶着あったものの、二台とも無事に市川パーキングエリアにたどり着いた。

「……そう怒んないでよ~。後で満タンにするからさ~」

 美世はそう言って、夏樹をなだめすかすが。

「ホント勘弁してくださいよ……。マジで怖かったんですから……」

 それでも夏樹はゲンナリした表情で答えた。

「ま、こいつにハンドルを握らせた時点でアウトだよ」

 内藤は夏樹をおちょくった。

「そう言えば、このエイトはリミッターが切ってありますよね?」

「おう。エンジンのオーバーホールしたついでにな。倉庫に転がってたから、取り付けたんだよ」

 そんな夏樹の耳に、会話が聞こえる。

(この弟子にして、この師匠って事か……)

 この二人のやり取りを横目で見ながら、大きくため息を吐いた。

 

 一方の久永は、ガラガラの駐車場をぼんやりと眺めている。市川パーキングエリアに来るのは、何年振りかの事だ。

(……あの頃とは、もう違うんですね)

 少しセンチメンタルな気分に浸っていた。

「何、ぼーっとしてんだよ?」

 内藤は、久永に声をかける。

「……いえ。昔を思い出してしまいまして」

 久永は笑みを見せるが、どこか寂しそうだと感じられた。

「あの頃か……。ま、今じゃ見る影もないからな」

 そう答えながら、内藤は右手で胸ポケットをまさぐって煙草をとり出した。

「それってさっき言ってた、走り屋達で首都高が賑わってた時の事ですか?」

 夏樹の言葉に、久永は頷いた。

「……当時は、仲間たちとよくここに着ていました。それはもう、毎週末はお祭り騒ぎのようでした。 だけど、皆お金が無くて、誰かの車に乗り合わせて、燃料代と高速代を出し合って……。

 有名なチームや、速いと評判の走り屋が来た時は、皆でその周囲に群がりました。そして、たまに警察が巡回にくると、早く帰れと言われ渋々退散していきました。

 正当な行為ではありませんが、本当にあの頃は面白かったです」

 懐古する久永は、ゆっくりと思い出を吐き出していく。

 

「毎週の様にパーキングに着ていれば、自然と有名な走り屋達の事を耳にします。

 あれは……秋口に入った時期でした。

 夏ぐらいから、有名な走り屋を次々と撃墜していく、蒼いR34の噂を聞きました。その噂が流れ始めて少ししてからですね。当時最速と謳われていた、紅の悪魔と白いカリスマと言う、トップ2の首都高ランナーを寄せ付けず圧倒したと。その週は、この話題でもちきりでした。

 僕は仲間たちに、噂の蒼いR34の走り屋を探してみようと、仲間に提案したんです。皆乗り気になって、大黒パーキングエリアを目指して、湾岸へ繰り出しました」

「…………」

 何時しか一同は、久永の思い出話に耳を傾けていた。

「そして、僕自身その頃は大学の方の事で色々事情が重なってしまい、留学の話が具体的に持ち上がっていたんです。

 なので、毎週の様に首都高に繰り出す事が、少し難しくなっていました。

 そんな事が重なった時に……あのマシンの本気の走りを見たんですよ」

 そう言って、久永は内藤のFC3Sをジッと見つめた。

「僕は仲間と巡航速度で、ちょうど東京湾トンネルを過ぎた辺りでした。

 後方から、とんでもない速度で迫ってくる、2台のマシンがミラーに映ったんです。そして、あっという間に僕たちを追い抜いて……いえ。丸で風が通り抜けただけのような……そんな感覚でした。

 一台は、真っ赤なFC3Sで、もう一台は……噂のR34でした。真っ赤なFCであれほどの速さを誇るのは、追撃のテイルガンナーの他にはいません。

 そして……噂の蒼いR34が、迅帝と呼ばれるようになったと、後々に聞きました。

 本当に、あの時見た本気の走りは、今思い出しても鳥肌が立ちます。

 ですが、それ以来、もう一度見る事は叶いませんでした……。

 ……そのまま、冬には僕はアメリカへと留学する事になりました」

 

 そこまで語り終え、久永はぼんやりと遠くを見ているようだった。

「……そういう事だったんですね」

 夏樹は、ジッと久永の後姿を見つめた。

「……なるほどね。

 ところで、あんたはアメリカに留学した後、なにかしてたのか?」

 内藤は、ここまで感じていた、久永への疑問をぶつけた。

「ええ。ロサンゼルスに、語学留学という名目で、滞在していました。

 ですが向こうの国で没頭してたのは、毎晩の様に行われるストリートレースですね。当然、首都高で見たような光景がそこにはありました。

 僕はここで、走りを磨く……そう決めました。

 日雇いで働きながら、必死に貯めて車を手に入れて、夜の街へ走りに繰り出す……。そうなると、もはや留学してる意味は無くなっていました。

 その時点で大学は退学して、ロサンゼルスに住み着いていましたね」

 笑いながら、久永はちょっぴり自虐した。

「ま、ストリートレースとなると、あっちは本場だからな」

 内藤は感心した様だった。

「ええ。特に上級の走り屋になっていくと、マシンもテクニックも凄まじいレベルでした。特に賭けレース等も有りましたからね……。食つなぐために、死ぬ気でストリートレースに打ち込んでいた時もあります。

 そして、ロスに住み着いて2年ほど経った頃ですね。向こうの友人の紹介で、ある人物と知り合う事が出来たのが、何よりの幸運でした……。

 “カミカゼショウ”と呼ばれるレーシングドライバー……赤崎翔さんです」

「赤崎翔って……NASCARでトップレベルのレーサーじゃないですか!!」

 思わぬ所から出た名前に、美世は素っ頓狂な声を上げた。

「その人って、有名なんですか?」

 モータースポーツに疎い夏樹は、思わず聞いてしまう。

「そりゃそうだよ。アメリカは独自に発展したモータースポーツが多いんだけど、NASCARは特に人気のあるストックカーレースなんだ。

 その中でも最高峰の、ウィンストンカップでも優勝した事のあるレーサーだよ」

 美世は得意げに説明して見せた。

「へぇ……」

 今一つピンと来ない夏樹だが、すごい人物だという事は理解した。

「その赤崎さんも、かつてはニューヨークのストリートレーサーとして活躍していたらしいんです。

 日本人のストリートレーサーは、アメリカでは随分と珍しいので、友人を通じて知り合えたんです」

「あの“カミカゼショウ”がストリートレーサーだったなんて……ちょっと意外ですね」

 久永の話を聞き、美世は驚きを隠せないでいた。

「もっとも、赤崎さんは忙しい人なので、年に一回位しかお会いしませんでしたけどね」

 久永はそう付け加えた。

「へぇ……。ところで久永さんは、どういうきっかけで芸能プロデューサーを始めたんですか?」

 夏樹は、湧いて出てきた疑問を聞いてみた。

「それは単に、芸能関係者と知り合ったんですよ。

 ロスのストリートレースをやりながら生活してた時に、その方面で働く方と知り合っただけです。その方に仕事を紹介してもらって、向こうでフリーランスのプロデューサーとして働いていたんです。

 色々とお金も必要でしたし、この仕事は当たればその大きさはけた違いですから」

 久永は、そう締めくくった。

 

 ここまでの話を聞き、内藤は改まって久永に言う。

「……久永。お前さんの事は大体わかった。そして……正体もピンときたぜ。

 ロスのストリートレースで、無敵を誇った日本人が居たって記事を、何年か前に雑誌で読んだ事を思い出したぜ。

 “サイドワインダー”ってロサンゼルスにある、日本車のチューニングショップの事が書いてあった。

 特にストリートレースに熱心なショップでな。そこの看板マシンの事は、特に詳しく載っていた。

 その車は、サイドワインダー……ガラガラ蛇のバイナルグラフィックが特徴的な、漆黒の80スープラだった」

 不意に、周囲の空気が張り詰めて、静まり返った。

「そして、そのスープラに付いた異名は……“スネークアイズ”。ロサンゼルスのトップを取った、日本人の走り屋……。

 それは、間違いなく久永……あんたの事だろ?」

 内藤は、ズバリと言い切った。

「……そうですね。隠すつもりは無かったんですけど、ここまで詳しい人が身近に居るとは思いませんでしたから」

 少し照れくさそうしながら、久永は右手で頭を掻いた。

「……しっかしなぁ。向こうでトップを取った走り屋が、何でまた日本に戻ってきたんだ?

 仕事の事はわからんが、走り屋事情に関しては、まぎれもなく向こうの方が盛り上がってる筈だろうぜ」

 内藤は、ここまで右手に持っていたままの煙草に、ようやく火を点けた。

「……確かにそうかもしれませんね。

 だけど、どうしてもやり残したことが、日本に残っているんです」

 久永は、引き締まった顔つきで答えた。

 

「……あの蒼いR34スカイラインGT-R。“迅帝”に挑みたい。

 その事だけが、どうしても心の片隅に残っているんです」

 

「…………」

 久永の言葉に、内藤は何も答えない。

「……首都高が一番熱く燃えていた頃、彗星の様に現れて、あっという間にトップを奪取した、伝説の走り屋と勝負がしたい。

 たった一度でも良いから、本気でバトルがしたい。

 その思いがあったからこそ、ロスのストリートレースで、トップを取る事が出来たと。自分はそう思っています。

 ですけど……首都高がこんな風になっているなんて、夢にも思っていませんでしたからね……」

 寂しそうな横顔を見せる久永。

「……とびっきりの瞬間は、一瞬だからこそとびっきりに感じるもんだ。

 永遠に続く様なもんじゃねぇさ」

 内藤は、そう言いながら紫煙を吐き出した。

 

 

「願えば……何時か会えますよ」

 美世は、横からそう言葉を放った。

「……原田さん?」

 久永は、きょとんとした顔で、美世をまじまじと見つめる。

「きっと……久永さんが願えば、何時か叶います」

 美世は、真っすぐに見つめて、そう言い切った。

 

 

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