首都高のシンデレラ 2nd   作:囃子とも

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7th 究極のマシンを求めて

 

 普段は閉店時間には電気の消える内藤自動車だが、ここ3日間は深夜まで明かりが灯っていた。

 リジットジャックに乗せられたスープラ。エンジンや駆動系はもちろん、足回りや内装に加え、ドアやガラス類に至るまで外された。

 内藤はドンガラになった室内のアンダーコートを剥がしていた。

 

 時刻は23時近く。

「……こんばんは」

 久永は、工場に差し入れをもって訪問した。

「おう、久永か……。悪いね、毎晩差し入れなんか貰っちまって」

 内藤は作業の手を止めて、久永を見た。

「いえ。僕が頼んだ事なので、お構いなく」

 笑みを見せる久永は、横目でモノコックだけになったスープラを見た。

「今日は一段と遅かったな。仕事か?」

「ええ。年末の編成期に向けて。色々プロジェクトが進行しているんです」

 そう答え、久永はコンビニで買ってきたお茶と弁当を渡した。

 

 事務所内で遅い夕食を取って、内藤は一本の煙草を吸う。食後に一服するのは、喫煙者にとってこれ程の至福は無い。

「……一息ついたら、今日中にはアンダーコートを全部引っぺがす。そしたら、ボディのスポット増しと、ロールバーを組むのに取り掛かれる。

 ボディさえ完了すりゃ、半分は終わったようなもんだ」

「やはり、ボディが重要ですか?」

 内藤の言葉に、久永はそう聞いた。

「そうだな。

 エンジンが心臓だとすりゃ、それを支えるボディは骨格だ。

 最高のエンジンを載せて、最高のサスペンションを組んだとしても、ボディがノーマルのままじゃ話にならないぜ」

 内藤は断言する。

「……では、スープラのボディはどう補強するつもりですか?」

 久永の問いに、内藤は煙を一口吸ってから答えた。

「まずは、スポット増しだな。一番弱い開口部は当然として、フロア周りやフレーム、タイヤハウスも適切に溶接点を増やす。その後は、ロールケージを溶接で取り付ける。ハイパワーを受け止めるなら、それくらいのボディ補強は必要だからな」

「レーシングカーみたいですね」

 久永はぽつりとこぼした。

「これでも、昔はGTマシンの製作も手伝ってたからな。その辺のノウハウは、それなりにはあるぜ」

 得意げに言う内藤には、確かな自信があった。

「車のボディは、モノコックって構造をしてる。言ってみりゃ箱と同じだ。

 例えば、紙でできた箱を頑丈にしたきゃ、ホッチキスで止める箇所を増やせば良いだけの話だ。そうすりゃ、箱が歪みにくくなる。

 だが、箱である以上、必ずどこかに歪みが出ちまう。物を入れる箱だったら、多少歪んでも問題ないが、車のボディだったらそうはいかねぇ。

 路面のうねりをタイヤが拾って、その応力がサスペンションで吸収される。ただ、レーシングカーやチューニングカーみたいに足を固めちまうと、吸収しきれない応力がボディに伝わる。そうすると、タイヤハウスやフレームが、わずかに歪んでしまう訳だ。

 ゼロコンマ1ミリ以下の目に見えない程度の歪みが生じて、最初はその鉄板が元に戻っていく。しかし、それが何度も何度も繰り返していく内に、鉄板が元に戻らなくなっていく。そうなると、鉄の中はズタズタになってる。そして最後は、金属疲労で鉄板が避けちまうって事になる。

 フレームやタイヤハウスに、クラックが入った状態になるって事だ。

 そこで、ボディに溶接点やロールバーを入れて補強する事が必要になる。ただ、このボディ補強ってのは、レーシングカーやチューニングカーを作る上で一番むつかしい。

 かえって中途半端にボディ補強をすると、補強してない部分に力が集中しちまうから、その部分が特に歪む。つまりは、弱い部分ができる。

 そこで、弱い部分を補強するとしてもだ。また別の弱い部分ができる。弱くなった部分の補強を繰り返したら、切りが無くなる。

 だからこそ、応力が逃げる部分……意図的に歪ませる箇所を作っておく。これが究極のボディ補強の極意だ。漫画にも、こんなシーンあったろ?」

「……ええ。リアルタイムで読んでました。でも、具体的にはどうやって?」

「歪みが一番出やすいのは、必然的に鉄と鉄の継ぎ目だ。フレームの部分や、バルクヘッド、タイヤハウスなんかもそうだな。この周辺は、鉄板を追加してがっちりと固める。

 ストラット回りなんかは特に歪みやすいし、この部分は路面からの応力が一番かかる部分だ。サスペンションからの応力に負けてボディがヘナヘナだと、タイヤから伝わる情報がドライバーにわかりにくくなる。

 だが、歪みやすい部分を歪ませないように補強するのは、まず不可能だ。それこそ、パイプフレームにするか、カーボンモノコックで成型しない限りな。

 だったら、最初からある程度歪ませてしまうのさ……マシン全体をな」

「全体を、ですか?」

「そうだ。

 例えば、左コーナーに飛び込んだとする。そうなると、右フロントタイヤに一番荷重がかかってる。その時、その力が左のリアタイヤへ伝わる様にする。つまり、真逆のタイヤに応力を分散させる事で、ボディの歪み……つまり逃げを確保する。そうなると、左のリアには一番荷重がかかっていないから、負担も少なるって考えよ。

 これが、俺の考える究極のボディって奴だ」

 そこまで言い終えると、吸いかけの煙草は燃え尽きていた。

「…………」

「ま、つまんねぇよな……こんな与太話じゃよ」

 語り終えた内藤は、新しい煙草を取り出して、もう一本吸い始める。

「いえ……とっても興味深い話です」

 久永は相変わらずの、温和な笑みを見せたままだった。

「……とりあえず、月末までにはボディを作る。そうすりゃ、サスペンションやエンジンを来月中に載せて、11月の頭にはシェイクダウンだ」

 内藤はざっくりと、計画を言った。

 

 

 翌日。レッスンの合間の休息中なのだが、駐車場で拓海は首を捻っていた。

(……どうにかならねーもんかな)

 Zのボンネットを開けて、エンジンルームを眺める。しかし、見ているだけでどうにかなる訳がない。

 そもそも、拓海はそれほどメカについて詳しい訳ではない。多少の整備ならば出来るにしても、本格的な改造となると次元の違う知識が求められる。

「……どうかしたのかしら?」

 拓海は、反射的に声のする方向を向く。

「礼子さんか……」

 声をかけたのは、高橋礼子だ。

 346プロ所属のアイドルの中でも古参にあたる彼女は、柊志乃と共に長年にわたりアイドル業界の第一線を走ってきた。言ってみれば2トップの片割れだ。拓海にとって、仕事上の大先輩になる。

 後輩の面倒見もよく、気さくな一面もあるそうだ。

 なお、彼女たちの場合、出勤時間は昼くらい。朝は弱いとのこと。

「ボンネットなんか開けて、調子でも悪いの?」

 礼子はそう聞くが、拓海は首を横に振る。

「……調子は悪くないんっすけどね。

 どうにかして速くできねぇか、考えてるんですけど……」

「……へぇ。でも、美世ちゃんが手を入れてるみたいだし、十分じゃない?

 それでも不満なら、彼女に頼んでみるのも手だと思うわ」

「そうしたいのは山々なんですけどね……。生憎、美世はタイに行ってます。行きつけの車屋のほうも、ちょっと立て込んでて頼みにくいし……」

 と言うのが、拓海の言い分だった。

「ふ~ん……」

 礼子は、少し考える素振りを見せる。

 ここで、拓海はある事を思い出した。

「そういえば、礼子さんもZに乗ってましたよね?」

「一応ね。Z34が出たとき、形がカッコよかったから買ったのよ。オートマでエアコンもよく効くから、すごく快適ね」

 礼子はニコリと笑みを見せた。

「でも……事務所に乗ってくるのは、珍しいから見た事無いんですよね」

 そう拓海は突っ込む。

「そうね……。大体、志乃とかとちょくちょく飲んでるから、車で通勤できないのよ。私が車を持てる事を、知らない人の方が多いんじゃないかしらね」

(……毎日じゃね?)

 と、礼子に内心で突っ込む拓海だった。

「……でも、Zはすごく好きな車よ。

 私の父親も乗ってるから、色々思い出深いわ」

 礼子は、そう言った。

「へぇ……」

 生返事しか出せない拓海。

「……そうだ。良い事思いついたわ」

 礼子はブランド物のバッグから、携帯電話を取り出した。

「…………?」

「もしもし、プロデューサー? 今ね、駐車場に居るの。え? レッスン? 今日はパスね。このまま帰るわ。

 ……ううん。今から、拓海ちゃんを借りるから、言っておいてね。じゃあ」

 呆然とする拓海をしり目に、礼子は淡々と言ってのける。そして、男だったらうっとりとしてしまいそうな笑みを作って、拓海にこう言った。

「ちょっとドライブしましょうか。箱根までね」

(……何を考えてるんだこの人は)

 さすがの拓海も、あきれ果てた。

 

 

 高速代と燃料代は礼子が持つという事で、拓海はフェアレディZを走らせる。

 目的地は、箱根だと言った。

 首都高から東名高速を経由し、小田原厚木道路に乗り換え。そのまま国道1号線を、芦ノ湖方面へ。時間帯が時間帯のため、目的地に到着する頃には夕方が近かった。

 ふもとの温泉街を過ぎて、ゴルフ場の看板を横目に見ながら、少し走ると古ぼけた自動車整備工場がそこに見えた。

「ここよ」

 礼子は〝WINDY“と書かれた看板を指さしながら、そう言った。

「ここっすか……」

 拓海は色々な疑問を持ちながら、店の駐車場に車を停車させる。

 年季の入ったガレージ。半開きのシャッターから、これまた年季の入ったS30型のフェアレディZが鎮座していた。

(……やべぇ。超シブい……)

 何を隠そう、拓海は旧型のカワサキと旧型の日産が、大好きだった。センスとしては昭和末期まで懐古しなければならない。

 

 礼子はZの助手席から降りて、整備工場の店舗に向かう。

 そして、一言。

「ただいま~♪」

(……ただいま?)

 その一言に、拓海は訳がわからなくなっていた。

「ここね、私の実家なのよ」

 そう言って、礼子は笑っていた。

 

 そして、奥からドタドタと足音を立てながら、この店の店主が姿を見せた。

「……ったく。誰が来たかと思ったらよ~……。この不良娘が」

 憎まれ口を叩く、白髪の混ざった角刈りが特徴のとっつぁん。しかし、ツナギ姿が妙に様になっている。拓海はそう感じた。

「いいじゃない。たまに実家に戻ったって、減るもんじゃ無いでしょ?」

 礼子は、淡々とした様子だった。

「まったく、アイドルになったと思えば、たまにしか帰ってきやしねぇ。芸能人なんざさっさとやめて、どこかに嫁いでくれねぇか?」

「生憎だけど、私ほどの美女だと釣り合う男がいないのよ」

 到着して早々に、親子喧嘩が始まっていた。

「ふん……。ところで、なんでまた急に帰ってきたんだよ? 事務所で問題でも起こしてクビになったか?」

 礼子の父親は、平然と言ってのけた。

「問題は腐る程起こしてるけど、まだクビじゃないわよ。この娘の車を、ちょっと見てあげてほしいの。お客さんを紹介するなら、別に良いでしょ?」

 礼子は、至って冷静に返した。

「……ほ~」

 礼子の父親は、無精髭を蓄えた口元をニヤリとさせた。

「嬢ちゃん、名前は?」

「向井拓海っす」

「よっしゃ。ちょくら、車を見せてもらうぜ」

 そう言って、父親は店舗の外に出た。

(……それにしても、礼子さんの実家が車屋とはねぇ)

 意外すぎる展開に、拓海は若干同様していた。

「大丈夫よ。私の父親……高橋九弐輝はフェアレディZ乗りの中では、有名らしいのよ」

 礼子は、誇らしげに言った。

 

 高橋は、拓海の乗ってきたZを見て一言。

「……嬢ちゃん。この車、どうやって手に入れたんだ?」

「……たまたま知り合いの解体屋に転がってたんです。解体屋のおっさんが言うには、曰く憑きの車でオーナーを何人も換えた末に流れてきたらしいけど……。

 なんか、乗れそうだったし、いじってあったみたいだし。何より……コイツが“走りてぇ”って。そう言ってた気がしたんです。

 だから、車屋で働いている先輩に頼んで、レストアしてもらったんです」

「そうか……」

 そう呟いて、高橋はZのボンネットを開ける。狭いスペースにレイアウトした、すし詰め状態のVG30が鎮座するエンジンルームを見つめる。

 高橋の視線は、鋭く研ぎ澄まされていた。

「……元々いじってたんだってな。いくつかの消耗品は変えたみたいだが、根本的な部分は変えてる様子はないな」

 独り言のようにも聞こえる高橋の言葉に、拓海は耳を傾けた。

「……んで。嬢ちゃんは、このZをどうしたいんだ?」

「…………わからねぇんです。だけど、コイツを今よりも速くしたいって、漠然と考えてるだけです。

 そんで、TCF……それに挑戦したい」

 拓海は、高橋をまっすぐに見つめた。

「……ふーん。随分と大きく出るじゃないか。

 だが、TCFは日本一のチューニングカーの祭典だ。こんな旧式の……しかもフェアレディZだ。勝ち目は、これっぽっちも無いぞ?」

 高橋はそう断言した。

「別に、勝つか負けるかなんて事に、こだわって無いっすよ。

 単に、このZでどれだけ速く走れるか……。自分で挑戦してみたいだけっす。きっと、コイツもそう思ってるはずだから……」

 拓海は、Zをまっすぐに見つめた。

「……そうかい。

 ま、せっかくだし立ち話もなんだ。中で茶でも、飲んでいけ」

 高橋はそう言って、店舗へと招き入れた。

 

 店舗の奥の座敷が移住スペースのようで、生活感であふれかえっていた。初老のおっさんの一人暮らしの割には、そこそこ片付いている。

 緑茶とお茶菓子でもてなされるが、拓海と礼子は手を付ける素振りを見せない。

「さてと……。何から、話せば良いんだろうな」

 高橋はそう切り出すと、拓海は間髪入れず答えた。

「……“DiabloTunedZ”って奴について、教えてほしいんだ」

 そのキーワードを聞いて、高橋の視線はグッと鋭くなった。

「嬢ちゃん……その車の話、どこで聞いた?」

「行きつけの車屋です。

 そこの店主が昔から走り屋らしくて、首都高界隈じゃ結構有名って話は聞いたことあります。そんでZに乗る有名な走り屋で、第三京浜と横浜環状のレコードをたたき出したフェアレディZの事を言ってたんです。

 それが“DiabloTunedZ”って、言われてた走り屋だって……。ただ、その人も噂でしか聞いた事が無いらしくて……」

「そうかい……」

 そこまで聞いて、高橋はテーブルの上のお茶をすすった。

 

「もう20何年も前の話だ。横浜界隈に“DiabloTune”って噂される代物があった。SA22のRX-7に、R31のスカイライン。あとはスタリオンもいたかな……。全部で、精々四、五台くらいしか見た事はない。

 噂を聞いて、仲間と一緒に横浜までちょくちょく遠征をかけてたが、拝んだことは無かったな……。

 ただな、その“DiabloTune”を施されたマシンは、とにかく速かった……いや、速すぎた」

「速すぎた……?」

「そうだ。その“DiabloTune”と呼ばれたマシンを駆った走り屋は、次々と事故で死んじまってた。扱い切れない程のパワーを得た代償は、あまりにもでかすぎたんだ。

 そんな中でな……当時出たばっかの、Z32のフェアレディZに“DiabloTune”を施した走り屋が現れた。

 それまで、“DiabloTune”を施したマシンは、短期間の内に事故って死んでいったが……そのZの走り屋だけは、何度もでかい事故を起こしても、不死鳥の様に甦った。

 丸で、悪魔か死神でも乗り移った様でな。その走りを見たギャラリーは“あいつはクレイジードライバー……命知らずの大馬鹿野郎だ”と口走ったそうだ。

 いつからか“DiabloTune”は“DiabloTunedZ”と、単体で呼ばれるようになったんだが……そのZの走り屋の正体はずっと掴めないままだった」

 丸で、ホラーの一部を聞いているかの様な話に、拓海と礼子は思わず息をのむ。

「しかしな……。ある満月の夜を境にして、“DiabloTunedZ”は全く現れなくなった。

 後から聞いた話だと、横羽線で大事故を起こして死んだと。誰もが、ついにあの走り屋も死んだんだと……思っていたんだ」

 高橋はここで一息置く。

 

「しかし……。今から17年前。

 その“DiabloTune”は、突如として蘇ったんだ。色々と推測の域は出ないんだが、なぜ悪魔が蘇ったのかは俺にもわからない。

 そんでもって、もう一回悪夢の再来よ。

 “DiabloTune”は、本当にごく一部の走り屋しか巡り合えなかった。だが、その結末は案の定……。

 大昔の時と同じ……何人も事故で死んでいったよ」

 そこまで語り終えると、高橋は冷めたお茶を一気に飲み干した。

「その“DiabloTune”は、結局どうなったんですか?」

「さあな……俺にもわからん。

 大昔の時と同じように、ある日突然消えていたんだ。幻だとか都市伝説だとか語られるが、結局のところ謎が謎のまま消えていっちまったんだよ……悲しみだけを残してな」

 そこまで語り終えると、高橋は少し目を伏せていた。

 

「……嬢ちゃん。

 恐らく、あんたの乗ってるZは、その“DiabloTunedZ”の……贋作だ」

「贋作……?」

 拓海は贋作の意味が分からなかった。

「……偽物って事よ。貴重な骨董品なんかで、コピーされて作られた物の事を言うわ」

 礼子は、横からそう解説した。

「…………」

 拓海は何も答えない。

「……おそらく、そのマシンを模して作り上げたのが、あのZだろう。

 でもな……。例え贋作だとしても、精巧に作った贋作ならちょっとやそっとじゃ、見分けはつかん。あのZはそういうレベルで作りこんでる。

 俺が思うに、DiabloTunedZを模したと言うよりは、そいつを超える為に作られたんじゃねえかと。俺はそう思うぜ。」

「……“DiabloTune”を超える為に?」

「そうだ。と言っても、昔知り合いから聞いた話だぞ」

 高橋はそう前置きをして、再び語りだす。

「……ある走り屋が居たんだ。そいつは“DiabloTunedZ”を見つけたって言って、そのまま走りに繰り出したんだ。

 だけど……そいつは二度と現れることは無かった。事故って死んだのかも分からないまま消息を絶っていた……。

 風の様に走り去る走り屋で、本当に風の様に消え去っちまったんだ。

 そんで、そいつの親友がな。その“DiabloTunedZ”を超える為に、同じ車両を念入りにチューニングした……それがあのフェアレディZだ、と思う」

「……それは、敵を取るためにですか?」

「さあな。

 敵討ちをした所で、その親友が帰ってくる訳じゃない。強いて言うなら、見殺しにした罪滅ぼしって所だろうよ……。俺は人伝いに聞いただけだから、しらんけどな……」

「……そうですか」

 拓海と礼子の前に出された緑茶は、すでに冷めきっていた。

 

 そこまで聞いて、拓海は意を決して高橋に言う。

「高橋さん。あんたは、フェアレディZのチューニングで、有名なチューナーなんだろ?

 だからこそ、あんたに……あのZのチューニングを頼みたい」

「……ほー」

「別に“DiabloTunedZ”だろーが、そうじゃなかろーが、あたしには関係ねぇ。あたしは、あのZで速く走りたいんだ。

 TCFにあのZで出てぇ。その為に、チューニングしてくれ!!」

 拓海はまっすぐに、高橋を見つめた。

「……うちも経営が苦しいからな。きっちり金はとるぞ?」

 高橋の言葉に、拓海の顔はパッと明るくなった。

「見たところ、随分とほったらかしてあった見たいだからな。長い事眠ってたエンジンじゃ、TCFに出た所で鼻で小馬鹿にされちまう。

 それに……お前さんの腕の方も鍛えないといかんだろうな」

 高橋は、ニッと笑って見せた。

 

 外はすっかり暗くなっていた。拓海と礼子は、Zに乗って再び東京へ戻る。

「……気をつけて帰れよ。次に来る時は、上物の日本酒でも持ってきてくれ」

 愛娘にそう言い残して、高橋は見送った。

「そうね……。お母さんと一緒に飲めるようにね」

 礼子はそう言い残す。

「じゃ、よろしくお願いします」

 拓海は、ペコリと頭を下げる。そして、ZはWINDYを後にした。

 

 

 帰りの車内。

「そういえば、礼子さん。さっきお母さんって言ってたけど、全然姿が見えなかったですね……」

 拓海はそう聞いた。

「私のお母さんは……小学生の時に病気で亡くなってるの」

 内心、不味い事を聞いたと拓海は後悔したが、礼子はゆっくりと言葉を出していく。

「お父さんのZで、よく3人で芦ノ湖を回った後に、温泉に行ってたわね。たまに、お母さんに黙って、お父さんが走りに行くのに着いていった事もあったわ。

 だけど、お母さんが病気になってからは、お父さんは走りに行く事を止めたの。病気のお母さんを看病する為にね……」

「…………」

「でも、そんなに気にする事じゃないわ。もう昔の話なんだからね……」

 礼子はそう言って、外を流れる温泉街の街並みを眺めていた。

 

 

 高橋は、仏壇に線香を立てて、お猪口に入れた日本酒を供えた。

(……すっかり、礼子もかあちゃんに似てきたな。お前が死んじまった時よりも、年が上だもんな)

 そして、高橋はコップに注いだ日本酒をちびりと飲んだ。

「なぁ、かあちゃん。運命ってのは……面白いもんだよな。

 ……あいつに頼まれて作ったマシンがよ。巡り巡って、また俺の所に戻ってきてるんだぜ……。てっきり、スクラップになってると思ってたんだけどな……」

 高橋の頬は、少し朱色に染まっていた。

 

 




礼子さんの出身は神奈川です。
後はわかるよね?
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