アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
Aパート 1
『昨日、美城グループが、業績の悪化について記者会見を開きました。これによりますと、その影響はグループ企業全体へ及ぶものと思われ、事業の縮小はやむをえないものと思われます。美城グループと言えば、芸能方面をはじめ、各方面へ進出――』
朝、寝ぼけていた卯月の頭は、それを夢だと判断した。
冷淡なニュースキャスターの声も、TVの中で頭を下げる美城常務も、心配そうに見つめてくる母親も、すべて夢なのだと思った。
悪夢に分類される、悪い夢だと。
――けど、現実である。
理解すると、同時に眠気が消し飛んだ。
冷や水でもかぶったように、目が冴えた。
そして――
焦りがきた。
母体である美城グループの経営が思わしくないということは、アイドル部門にもその影響があるのだろうか?
シンデレラプロジェクトは大丈夫なのだろうか?
「卯月、大丈夫?」
母親の声に、はっとした。
笑顔を作って、TVから目をそらした。
「大丈夫だよ、うちの部署じゃないから」
できるだけ明るく言って、食卓についた。
うちの部署じゃないから、大丈夫。シンデレラプロジェクトは、大丈夫。
自分に言い聞かせてパンをかじる。
普段なら、バターを塗って、ジャムをのせて、そうでもしないと食べられないはずのパンを淡々と食べていた。
味なんて分からなかった。
刻み込まれた朝の習慣を、無意識にこなしているだけだった。
頭の中では、別のことを考えていた。
最悪のシナリオを、想定しては、打ち消して。
自分の置かれた状況を、楽観しては、悲観して。
止め処なく押し寄せる思考の波に、ひたすら翻弄されていた。
プロデューサーさん……。
心の中で、つぶやいた。
すると荒れていた思考の波が、徐々に穏やかになってきた。
あの無愛想なプロデューサーが、いつもの口調で言ってくれる。
心配いりません、大丈夫です。
きっとそれが現実のものになるのだと、強く自分に言い聞かせ、ようやく卯月は落ち着いた。
「あれ、何で……」
卯月は、しかめっ面で食べかけのパンをにらんだ。
それまでの分を取り戻そうとするかのように、バターとジャムをたっぷりつけた。
* * *
「ニュースみたけど、卯月ちゃん、大丈夫?」
学校でも心配された。
クラスの友達が、言いづらそうに訊いてきた。
「大丈夫です。アイドル部門は、別ですから」
根拠は何もないけれど、卯月は言って、笑顔を向けた。
すると友達も、笑ってくれた。
それはいつもの光景で、だから卯月は気付いてしまう。
――何か、違う。
友達の笑顔が、ぎこちなくて不自然だった。
――いや、そうじゃない。
自然に笑えていないのは、きっと自分の方なのだ。
自分の笑顔が不自然だから、友達の笑顔も不自然になるのだ。
――でも。
それは仕方が無いと思った。
いくら笑顔に自信があっても、今は笑える気持ちじゃない。
朝からずっと、心の一部が動揺してる。
卯月は、休み時間のたびに携帯電話を手に取った。
プロデューサーの番号を出して、通話ボタンに指をそえて、そのまま悩んで何もせず、チャイムの音にハッとした。
そんなことを、放課後のチャイムが鳴るまで繰り返した。
* * *
学校から事務所まで、どこをどう歩いたか覚えていない。
こんなことになっていたらどうしよう……。
恐れていた光景が現実のものになっていて、どうしていいのか分からない。
人が想像力を駆使して最悪の事態を想定するのは、実際それに出くわした時の精神的負荷を和らげるため、だと思う。
心の準備をしておけば、ダメージを最小限に抑えることができるのだ。
だからと言って――
ダメージがゼロになるわけじゃない。
ショックはそこに存在し、卯月は今にも倒れそうで、お城のそれをモチーフにした豪奢な門に手をかける。
消えた魔法にすがる灰かぶりのように、呆然と城を見上げている。
「卯月!」
かけられた声に、振り返る。
顔が自然と、笑顔になって――
「凛ちゃん……」
駆け寄ってくる凛を見るなり、卯月の顔から笑顔が消えた。
朝からずっと張り付いていた、ニセモノの笑顔が消えて――
泣きそうな顔がそれに代わる。
「わたし達、大丈夫なのかな? これから、どうなっちゃうのかな?」
「そんなに不安だったら、電話してくれればよかったのに」
「だって、凛ちゃんだって不安だろうから……。心配させちゃうのも、悪いから……」
「そんな気遣い、いらないよ。仲間なんだから頼ってよ」
「そうだぞ、しまむー。私達は、ニュージェネという堅ーい絆で結ばれた仲間なのだ! 遠慮はいらない。いつでも電話したまえ!」
「未央ちゃん!」
振り向いた先に、未央がいた。
彼女は太陽のような笑みを浮かべ、頭の後ろで手を組んでいた。
「いやしかし、しまむーが不安で泣いちゃう気持ちも分かるよ。私も2人がいてくれなかったら泣いちゃってたかも」
未央の冗談っぽい口調に、凛の目つきが鋭くなる。
「未央が簡単に泣くとは思えないけど?」
「ややっ! しぶりん厳しいなあ。未央ちゃんだってか弱い女の子なんだから、ショックで泣いちゃうことだって、あるかも?」
「いや、訊かれても……」
凛が苦笑して黒髪を揺らし、卯月もようやく自然に笑うことができた。
しかし、視線を美城グループの本社へ戻すと、せっかく浮かんだ笑顔がすぐに消えてしまう。
本社の敷地に、トラックが並んでいる。
「運送会社になっちゃった、って感じだよね。ここ、芸能事務所でいいんだよね?」
未央の茶化したような言い方に救われる。彼女は、どんな時でも明るく振舞える強さを持っている。
「とりあえず、プロデューサーに事情を訊こう。私達だけで考えてもしかたないし」
黒髪を揺らして凛が歩き出す。ピンと張った背筋から、意志の強さが伝わってくる。
「しまむー? いこ!」
振り返って癖毛を揺らす未央に頷き、卯月も足を踏み出した。
「それ、こっちで。それも、バラしちゃっていいから」
見慣れない作業員が、見慣れた品々をトラックの荷台へ積み込んでいる。
椅子や、机や、書類棚が、次々と積み込まれていく。
その中には、見慣れたカフェの椅子もあって――
「カフェ、壊しちゃうんですね……」
社内にあるカフェにはたくさん思い出があった。仲よくなれたアイドルと、一緒にお茶をした回数は数え切れない。
「おや、みなさんおそろいで……」
カフェの中から、ウサミミをつけたメイドさんが現れた。
〝なな〟と書かれたバッチを付けた彼女は、深い溜息を落として――
「ごらんの通り、カフェが壊されてしまいます。菜々の職場が消滅してしまいます。不景気でメイド喫茶がつぶれてしまい、路頭に迷ったあの日のことを思い出してしまいます……」
「ウサミン、若いのに苦労してるね。17歳でそんな辛い経験を……」
未央の指摘に、菜々は腰が逝った時と同じ顔をして――
「そっ、そうなんですよ! 菜々は、ウサミン星からこっちの世界へ来てるので、色々と経験してるんですよ、あはは……」
無理に作った笑顔は、長くもたない。
失速する紙飛行機のように、勢いが無くなって――
やがてほとんど、真顔になって――
「今度こそ大丈夫だって、思ってたんですけど、分からないものです……。でも、菜々は諦めませんよ! ウサミンパワーがある限り、たとえ事務所が無くなっても、アイドルとして――」
「へ?」
息が詰まって、気が遠くなった。
身振り手振りを加えてアイドル活動への意欲を示す菜々の様子が、別世界の光景のように思えた。
「事務所が無くなるって、どういうこと!」
凛が、菜々につめよった。
菜々は、猟師に睨まれたウサギのように小さな悲鳴を上げて――
「……あの、聞いてないんですか? プロデューサーから」
「あたし達、まだ来たばかりだから」
「そう、だったんですね。じゃあこの事は、担当のプロデューサーから聞いたほうがいいと思います」
同年代とは思えない、落ち着いた口調。
凛はうなずいて、菜々から離れた。
同じ17歳であるはずの菜々は、時々こういう表情をする。
妙に大人びた瞬間があって、その時の菜々は凛ですら素直に従えてしまう。
「卯月、未央、行こう」
凛の声は、怒っていた。
でも、不安に押しつぶされそうになっている今、その声は頼もしく思えた。
さりげなく向けられた未央の笑みに、勇気をもらった。
こんな危機的状況だからこそ、2人の存在が、頼もしくて嬉しい。
卯月は菜々に会釈をして、2人の背中を追いかけた。