アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
舞台の稽古は、都内のスタジオで行われることになった。
杏ときらりがスタジオへ行くと、大人達がもめていた。
「南条光さんに、お願いしたはずですが……」
「いやそれが、こちらの手違いで、南条は別の仕事が入ってしまいまして……。代わりに小関を連れてきましたので! 彼女なら、スケジュールも問題ありませんので!」
「そう言われましても……」
スーツ姿の大人に挟まれている小関麗奈は、渋るディレクターに勝気な笑みを向けて――
「安心なさい。あのうるさいヒーロー気取りに出来る役なら、このレイナサマにできないはずがないわ。なんたって、アタシの方が圧倒的に優れているんだから! 舞台だろうがドラマだろうが、完璧にやり遂げてみせるわ。アーッハッハッハ……ゲホゴホ」
杏は、高笑いに失敗している麗奈を横目に見ながら、スタジオの他の場所へ視線を走らせた。
「よろしくお願いしまーっ!」
「よろしくお願いするでごぜーます!」
とときら学園で共演した、キッズアイドルの姿があった。
プロデューサーが、他のプロデューサーと名刺を交換していた。
その光景に、今回の仕事は346プロだけでやっているわけではないのだと、改めて実感した。
とときら学園の時は、346プロだけでやっていたので、プロデューサー同士で名刺交換をしている姿は見られなかった。
「何だか、にぎやかな舞台になりそうだね……」
「そうだにぃ。きゃわいいアイドルのみんなと一緒にお芝居できて、きらりはテンションマックスだにぃ☆」
「じゃあ、きらりが2人分のテンションを発揮するってことで、杏は休憩するね」
「アンズチャン! まだ休んじゃだめだにぃ。まだ到着したばっかりだよぉ!」
スタジオの隅に椅子を並べて寝ようとするも、きらりにつかまって失敗する。
彼女に抱えられて、他のアイドルのところへ連れて行かれた。
一緒に、挨拶をして回った。
「こちらが、台本になります。目を通しておいてください」
プロデューサーに台本を渡されると、同時に演出家が入ってきた。
キャストを集めて車座になって、舞台の説明が始まった。
「えー、今回は、ヒーロー活劇の舞台になります。宇宙からやって来たきらりんロボ――諸星さんの役ですね、それが、最初は友好的な態度で子供達と接するのですが、実は悪の手先で、後半、正体を現します。地球征服を目論むきらりんロボを、南条光さん紛するヒーローがやっつける、という筋の話になります」
「あの、南条なんですが――」
ディレクターが耳打ちをして、演出家がうなずく。
「じゃあ、南条さんの代役として、小関麗奈さんにヒーローの役をやってもらいます」
「冗談じゃないわ!」
麗奈が、いきり立った。
「このレイナサマが正義の味方なんて、ミスキャストにも程があるわ。見なさい、このほとばしる悪のオーラを。悪のカリスマを! お芝居とはいえ正義の味方なんて……、全く話にならないわ!」
瞬間、場の空気が凍った。
麗奈の担当プロデューサーが、手仕草で麗奈を叱った。
髪に白いものの混じる年配の演出家が、鋭い眼光でにらみをきかせた。
「なっ、なーんてね。まあ、たまには正義の味方も悪くないかもね、あはは……」
麗奈が着席して、再び説明が始まった。
「今回は、諸星さんのきらりんロボが、とても重要な役になります。諸星さんは、心して望むように」
演出家に見られて、しかしきらりは反応しない。
杏が見上げると――
きらりは、騙された子どものような顔で、呆然としていた。
「諸星さん?」
怒気を含んだ演出家の声に、ようやくきらりが反応した。
「きっ、きらり、精一杯がんばるにぃ!」
その笑顔が偽りのものであると、杏は瞬時に見抜いていた。
* * *
舞台の説明が終わって解散した後、杏はきらりを誘って近くのカフェに入った。
「杏ちゃんからデートのお誘いなんてとっても嬉すぃ☆ きらり、テンションまー」
「きらり、店の中だから静かに」
「おっと、うっかり☆」
いつものテンションで楽しそうにおどけるきらりだったが、それが本心からのテンションでないと杏は気付いている。
「きらりさ、今回の舞台の話、嫌なんでしょ?」
前置なしに、核心をついた。
パフェを崩していたきらりのスプーンの動きが、止まった。
「きらりは、嫌じゃないよ? おっきなロボットの役だって、きらりにぴったしの役だと思うし」
「きらりがそういうの気にしないってのは、知ってる。私が言ってるのは、〝役〟のことじゃなくて〝話〟のこと。〝本当は悪いロボットだった〟っていう設定のこと。きらり、そういうつもりじゃなかったんでしょ?」
「……うん。ちょっと、びっくりしちゃった。てっきり、正義の味方かと思ってたから、ちょっと、ね……。だけど、お仕事、だからね。きらりは悪いロボットさんを、ばっちし演じてみせるよぉ」
きらりは以前、大きな体をネタにされるのは、平気だといっていた。
可愛いアイドル達と一緒に仕事できるから、ハピハピだと言っていた。
でも――
きらりは人一倍、〝可愛い〟に憧れを持っている。
身に着けた小物の数々が、それを物語っている。
だから――
いくら演技とはいえ、巨大ロボットの役で、しかも悪者で、正義の味方に倒されるのは、面白くないだろう。
仕事だからと、割り切るべきかもしれないが、しかしきらりは女優ではない。
アイドルである。
役と現実の切り替えを、果たして上手くできるのだろうか?
「アンズチャン、ずっと黙って、何を考えているの?」
杏は、適温になったココアをすすって、ちらりときらりを見上げて――
「やっぱり仕事って、めんどくさいなって……」
「もー、またそんなこと言って!」
いつものリアクションを見せるきらりを見て、杏の小さな胸に不安の影が伸びる。
この舞台が終わるまで、果たしてきらりは笑顔でいられるのだろうか……。
* * *
「アンズチャン、レトルトばっかりじゃなくて、ちゃんとしたご飯も食べないとだめだよぉ☆」
家まで送ってくれたきらりと別れ、杏は散らかっている部屋を進んで、パソコンの前に腰を下ろした。
やるべきことは、分かっている。
でも、やりたいわけじゃない。
杏は、人より目端が利くたちである。
半分まぶたのおりた大きな目で、冷静に状況を読むことができる。
今、何をするのが最善であるか、瞬時に判断することができる。
しかし、実際に行動を起こすかどうかは、別問題である。
やる前から的確に仕事量が推測できる杏だからこそ、やりたくないのだ。
働いたら負けの座右の銘は、伊達じゃない。
「やっぱりやめた」
杏は、台本を投げて布団にもぐった。
そのまま目をつぶって、寝てしまおうかと思った。
しかし、閉じたまぶたの裏に、きらりが現れる。
しょげて、元気を無くしたきらりが。
いつも元気なきらりだって、人間であるから落ち込むこともある。
去年合宿をした時だって、不安のあまり膝を抱えてしょげていた。
「……しょうがないなあ」
ベッドから起き上がった杏は、渋面をつくりながらパソコンへ向かった。
「やっぱ、仕事ってめんどいな」
杏は台本を横目に、パソコンのキーボードを叩き始めた。