アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
莉嘉は家に帰ると、そのまま部屋へ直行した。
普段なら、姉の部屋をのぞいていくが、今日はそのまま自分の部屋のベッドに沈んだ。
――何が、いけなかったんだろ……。
目をつぶって、思い出す。
最初の日は、それぞれ担当のプロデューサーが付いていた。
見知らぬプロデューサー達と、他の事務所の所属である元346プロのアイドル達の前で、リーダーの挨拶をした。
絶対にこのユニットを成功させてやるぞと、気持ちを引き締めた。
しかし、トレーナーから振りつけを教わり、それを披露するライブの日程を聞いて、瞬間、戦慄を覚えた。
これ、絶対、間に合わない。
それが、正直な感想だった。
ダンスが得意な自分でも、焦りを覚える日程だった。
歳の近い桃華やありすならともかく、仁奈・薫・千佳の三人に同じことを要求するのは、無謀だと思った。
――あまり時間もないのですが、どうでしょう? できますか?
思案顔のプロデューサーに問われて、莉嘉は笑顔で言っていた。
――大丈夫だよP君、心配しないで。このカリスマJCアイドルの莉嘉が、ばっちり成功させちゃうから。
気付くと、見栄を張っていた。
引き返せなく、なっていた。
――こうなったら、やるしかない。
他のメンバーが、ついてきてくれることを祈って、居残りレッスンを提案した。
他のみんなも、レッスンの日程に不安を抱えていたようで、誰も反対しなかった。
最初のうちは、笑顔があった。
みんなでライブを乗り越えてやるぞ、という一体感があった。
リーダーとして、自分の判断は正しかったのだと、安堵した。
しかし、数日を経て、状況が変わった。
全員の顔、特にキッズアイドル達の顔に疲労の色が強く出て、口元から笑顔が消えて――
そして今日、仁奈が怪我をした。
それをきっかけに、不満が噴出した。
これじゃライブどころじゃないと、全員の目が訴えていた。
全てリーダーである莉嘉の責任であると、責められているような気がした。
そして実際に、責任を問われるべきは莉嘉である。
一番最初に、見栄を張らずに、言えばよかった。
――もっと簡単なダンスじゃないと、無理っぽいかも……。
正直に思ったことを言えていれば、こんなことにはならなかった……。
その時、ドアがノックされた。
「莉嘉? 入るよ」
ドア越しに、姉の声がした。
「あっ、お姉ちゃん? ちょっと待って」
莉嘉は、ベッドに寝ていた体を起こして目をこすった。
濡れた目元を誤魔化すように、笑顔を作った。
「調子はどう?」
挨拶がわりにいいながら、美嘉が入ってきて、隣に座った。
「ぜっ、絶好調だよ。もー、すっごい良い感じ。なんたって、あたしがリーダーなんだから」
「へー、大した自信じゃん」
「まあねー」
笑みを浮かべつつ、莉嘉は美嘉から体を離す。
自分を見つめる姉の目は、何かを探るように鋭い。
その口元に浮かぶ笑みは、すぐに消えてしまいそうなほど曖昧で――
そして彼女は、カリスマモデルとしてステージに挑む時のような、本気の視線を莉嘉へ向けて――
「ほんとに?」
そっけない言い方だった。
大きな声で脅されたわけでも、冷たく突き放されたわけでもない。
なんの感情も伴っていないその言葉に――
しかし莉嘉は息を呑んだ。
美嘉の言葉は、端的で、虚飾がなかった。
打算とか、計算とか、無駄な飾りのない純粋な言葉だった。
純粋に、自分のことを、心配していた。
それに虚の言葉で答えるのは、とてもいけないことだと思った。
姉の誠意を、踏みにじる行為だと思った。
「あの、その……」
ぎりぎりのところで踏みとどまっていた心が、崩れ落ちる砂の城のように瓦解した。
あふれてくるものをこぼしながら、口びるをかみ締めながら――
莉嘉は、美嘉に抱きついた。
それを美嘉は、優しく受け止めて――
「何で、そんなになるまで黙ってたの?」
「……だって、かっこ悪いから。……リーダーうまくできなくて、悩んでるなんて」
「みりあちゃん、心配してたよ。莉嘉が、困ってるのに、プロデューサーにも相談したがらないって」
「だって、P君は、せっかくリーダー任せてくれたのに、上手く出来なかったって知ったら、きっとがっかりするから……」
「莉嘉はほんと、見栄っぱりだよね」
「あたし、そんなんじゃ――」
「見栄っぱりだよ。それで前にも愚痴ってたじゃん。とときら学園の時」
「あれは……」
莉嘉は言い返せなくて、姉を抱きしめる力を強めた。
とときら学園でTV出演が決まったとき、クラスの男子に見栄を張った。
セクシーなところを見せてやると息巻いたのだが、とときら学園の衣装が、よりによって幼稚園児の着るスモックだった。
そのことで愚痴を言って、美嘉と衝突してしまった。
「でも、あんたのそんなところ、あたしは嫌いじゃないけどね」
「お姉ちゃん……」
見上げる姉は、笑っていた。
さっきまではモデルの顔をしていたけど、今は姉の顔をしている。
「――で、あたしには相談してくれるの? それとも、大丈夫だって、見栄を張る?」
「お姉ちゃん!」
からかくような口調で言われて、莉嘉は声を荒げた。
「あははっ、ごめんごめん。じゃあ、とりあえず話してくれる? 何が上手くいかないのか」
「うん。あのね――」
莉嘉は、全て話した。
ライブまで、練習時間が少ないこと。
最初にそれは分かっていたが、大丈夫だと言ってしまったこと。
そのせいで、ユニットが上手くいってないこと。
桃華とありすから、リーダーを代わるように迫られていること。
「もうどうしたらいいのか分かんないよ……。助けてお姉ちゃん!」
腕を組んでで目をつぶっていた美嘉は、ゆっくりと目を開けて、部屋の壁に飾ってある城ヶ崎美嘉のポスターと、シンデレラプロジェクトのポスターを見てから――
「莉嘉さ、リーダーって、どういうものだと思ってる?」
「え? うーんと、みんなを引き連れて、あたしについてこいーっ! って感じで、かっこいい感じ?」
「なるほどね。まあ、あたしも、リーダー経験するまでは、そう思ってたな」
「違うの?」
「うん、違う」
美嘉は、ポスターへ向けていた目を、莉嘉へ向けて――
「リーダーは、かっこ悪いんだよ」
何を言っているのか分からず、莉嘉は首をかしげた。
「あたしさ、346にいたころ、ユニットでリーダーやってたじゃん?」
「ハッピープリンセス?」
「そう。あの時のあたし、どうだった?」
「かっこよかったよ! すっごくキラキラしてて、あたしもあんなリーダーになりたいって、思った!」
「そっか。でもね、それはステージの上の姿でしょ? 実は、結構かっこ悪いことやってたんだ」
「そうなの?」
「うん。まあ、あたしの場合、みんな歳が近くて、年上の川島さんもいたから、莉嘉とは少し状況が違うかもだけど。でも、たくさん失敗して、たくさん頭も下げた。そりゃあもう、かっこ悪かったんだから」
「そんなの、聞いてないよ?」
「そりゃあ、言わないよ。できることなら、かっこ良いところだけを見せたいじゃん? でも、舞台裏では、かっこ悪かった。そして、それがリーダーの役目なんだって、思った」
「かっこ悪くなるのがリーダーの役目なの? なんで?」
「つまりさ、リーダーってのは、あくまでもメンバーのための存在なんだよね。だから、ユニットのメンバーのために、かっこ悪いことでも、率先してやる。それが出来る人が、リーダーなんだよ」
「ユニットの、メンバーのために……」
つぶやいて、ゆっくりと理解が深まって――
そし莉嘉は、カブトムシのクッションを引き寄せて抱きしめた。
自分は、誰のためにリーダーをやっていたのだろうか?
プロデューサーのためではない。
ユニットのメンバーのためでもない。
きっと、自分のためだ。
かっこいいリーダーという肩書きで自分を飾りたくて、だから周りが見えてなかった。
だから、見栄を張ってしまった。
だから、ユニットのメンバーから、笑顔が消えてしまった。
「どうしよう、あたし……」
焦点のさだまらない目でつぶやいた莉嘉に、スマートフォンが差し出される。
「まだ、挽回できると思うよ」
姉の笑みに、背中を押された。
失敗して、それを撤回するためにあたふたするなんて、最高に格好悪いけど――
でも、それをやるべきだと思った。
自分がリーダーであり続けたいと思うなら、自分のためではなく、ユニットのメンバーのために格好悪いことをするべきなのだと、思った。
莉嘉はカブトムシのクッションを投げて、スマートフォンを受け取った。
そして、プロデューサーへ、電話をかけた。