アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「休憩、はいりまーす」
スタッフの声に続いて、緊張していた空気が弛緩した。
仕事を終えたエキストラ達が、笑みを浮かべて舞台から降りる。
その顔は、どれも
あるものは、顔の中心に斧がささり、頭が半分割れている。
あるものは、顔の半分が腐乱して、赤黒い体液を滴らせている。
あるものは、腐敗した体の節々から、無数のキノコを伸ばしている。
「みんな、お、おつかれ……」
全身をキノコに侵食されているキノコゾンビ――星輝子が、フヒヒと笑った。
「お、お疲れ様。みんな、すごくいい感じに、腐ってる、よ」
満面の笑みを浮かべる白坂小梅は、主役ということもあって、よりいっそう気合の入った特殊メイクが施されている。
ゾンビガール 2
小梅主演の映画を撮影している現場は、テーマパークのアトラクションなんて比べ物にならないくらいのホラー空間で、ホラー映画が好きな人にはたまらない場所であった。
そして、ホラー映画が苦手な人には、別の意味でたまらない空間だった。
「……うごめく死霊の群れが、我の
(……ゾンビは、やっぱり苦手です)
蘭子は、ゾンビメイクをしたエキストラを見ないように、視線を忙しなくさ迷わせた。
「蘭子ちゃん、顔色、悪いな。大丈夫か……?」
声をかけてくれた輝子に、蘭子は笑みを作りながら――
「優しき同胞よ、心配はいらない。この空間が我の魔力を――」
(心配してくれてありがとうございます。この場所がちょっと苦手なだけなので――)
体中をキノコに寄生されている輝子は、近くで見ると息を呑むほどの迫力があった。
蘭子はたまらず、目をそらした。
「蘭子ちゃん、やっぱりこういうの、苦手、みたいだね」
心配そうに見上げてくる小梅もまた完全にゾンビで、反射的に悲鳴が喉元にせりあがってきた。
「ちょっと休んだほうが、よさそう、だな」
輝子に背を押され、スタジオの隅に並んでいるパイプ椅子に腰掛けた。
両隣に、輝子と小梅が座った。
小梅は、自分の横に、誰も座っていないパイプ椅子を並べた。
「と、ところで、例の告白は、成功、したのか?」
輝子のアホ毛が、蘭子の頬を軽くなでた。
蘭子は、その赤い瞳をスタジオの天井に並ぶ照明へ向けて――
「魔力が満ちるには、今しばらくの時が必要。翼をもがれた天使は、空を見上げて途方に暮れる……」
(まだ、勇気がでないんです。早く言わないとだめなのに……)
「うん……? えっと、つまり」
輝子は首をひねったが、小梅は大きく頷いて――
「勇気、いるよね。わたしも、人と話したりするの、あんまり得意じゃないから……」
蘭子は小梅の方を見て、ゾンビメイクにびびってすぐに目をそらし――
「我が〝言葉〟は、選ばれし盟友にのみ意味をもたらす。かの者が〝瞳〟の持ち主であるかどうか、真相は神のみぞ知る」
(ちゃんと意思を伝えられるかどうか心配です。上手くお話できなかったら、どうしよう)
「よ、よく分からんが、つまり、自信がないって、ことか?」
蘭子が頷くと、輝子は立ち上がって――
「だったら、ヒャッハー、すれば、いいんじゃ、ないか」
「地獄の
(ヒャッハー、ですか?)
「そうだ。例えば――」
輝子の小さな胸が、吸い込んだ空気で膨らんで――
「二人の伝説を、メイキングしようぜぇぇええ――ッ! 同じ原木から生えるキノコみたいに、並んで伸びて太陽を貫いちまおうぜぇぇええッ! マァァッシュ、アァァーップ!」
一瞬、スタジオから雑音が消えた。
全ての視線が、ヒャッハーしている輝子へ向けられた。
輝子は、日向に放置されたキノコのように縮んで小さくなって――
「こ、こんな感じで、どうだ?」
蘭子は、驚きに見開いていた赤い目を閉じて、首を左右に振った。
「地獄の
(ヒャッハーは、無理ですっ。はっ、恥ずかしい……)
「うん……? つまり、どういうこと?」
首を傾げる輝子に、小梅が助け船を出した――
「蘭子ちゃんは、恥ずかしいから、ヒャッハーは、難しいって」
「そ、そうか。ってか、小梅ちゃん、蘭子ちゃんの言葉、よく、分かるな。私は、何となくしか、わからないぞ」
「わたしも、何となくしか分からない、よ?」
「でも、正確に、理解しているみたい、だが」
「わたしは、分からないけど……」
小梅の視線が、ゆらりと動く。
隣の、誰も座っていないパイプ椅子を見つめて――
「この子が、教えてくれるから……」
小梅の口が、笑みを作る。
ホラー映画に出てくる悪霊を思わせる、耳まで裂けていきそうな笑み。それは、特殊メイクのせいでそう見えるだけなのだが、蘭子の恐怖は限界をこえて――
「きゃぁぁああッ!」
ほとばしる悲鳴に、スタジオが静まり返る。
向けられる視線に、蘭子は顔を赤くして、咳払いをした。
「大丈夫、怖く、ないよ。怖いこと、しないよ、ね?」
小梅が、同意をもとめるように首を傾げる。
その視線は、誰もいないパイプ椅子へ向けられている。
「ひいぃぃっ!」
蘭子はたまらず悲鳴をあげた。
椅子から立ち上がって、後ずさりをした。
「おっと」
誰かに、背中を掴まれた。
振り返ると、同時に蘭子は硬直した。
「演技ではない、本物の悲鳴だ。それを引き出したのは、キミにとって
揺れるエクステ。
その根元に、挑戦的な笑みがあった。
二宮 飛鳥。
蘭子が所属するより早くから346プロで活動していたアイドルである。
その存在は、知っていた。
とても、気になっていた。
だって――
彼女も〝言葉〟を使うから。
他の人からしたら、彼女と自分は〝同類〟に見えるのかもしれない。
確かに、瞳を持つ者にしか理解できない、という点では似ているが、しかし自分と彼女の言葉は異なっている。
それぞれ、違うセカイを持っている。
だからこそ、惹かれた。
強い、興味を持った。
プロデューサーからユニットの話を聞いた時、すぐにイメージが浮かんだ。
それは――
飛鳥と肩を並べてユニット活動をする、自分の姿。
「そんなにじっと見つめれると、待たざるをえないな。どんな言葉が、ボクを満たすのか」
蘭子は、唇を舐めて、意を決する。
簡単な言葉である。
たったの一言である。
――飛鳥ちゃん。一緒にユニットを組んでほしいの。
それだけ言えば、済む話である。
そのくらい、自分にだって言えるはずである。
「あす……、あすっ……、あすッ……」
蘭子は、大げさな手仕草をして、赤い瞳に光を宿し――
「アステカ文明!」
飛鳥のエクステが、揺れた。
彼女は、首をかしげていた。
「休憩、終わりまーす」
スタッフの声がして、スタジオが動き出した。
特殊メイクのゾンビ達が、舞台を目指して歩き出し、それを取り囲むカメラのランプが点灯する。
結局、その日は飛鳥にユニットの話をすることは出来なかった。