アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
コーヒーの匂いよりも、砂糖の匂いが目立つ喫茶店だった。
カウンターに並ぶケーキを見なくても、スイーツに力を入れているのだと察することができた。
「プロデューサーさん、こっちです」
かな子の声に、プロデューサーは頷いて、歩を進めた。
ログハウスを思わせる木製の床が、ぎしりぎしりと音を立てた。
それは、番組のリハーサルの翌日だった。
プロデューサーは、キャンディアイランドの3人に、話がしたいとメールをしていた。
会って、伝えたいことがあった。
プロデューサーは、テーブル席に並んで座る智絵里とかな子の向かいに座った。
「あの、それで、お話って……」
かな子が、不安げに訊いてきた。
プロデューサーは、二人と目を合わせてから、頭を下げた。
「今回の番組出演の件、不本意な形になってしまい、申し訳ありません」
そもそも、思い返せば、ディレクターの言動からして怪しかった。揉み手で平身低頭にアイドルの出演を依頼してきた時点で、疑ってかかるべきだった。
他のアイドルの引き立て役として使われる仕事を、悪いとは言わない。
ただ――
それならそうと、最初に知っておくべきだった。
ディレクターを問い詰めてでも、真意を聞き出し、仕事を受けるべきか吟味するべきだった。
最初に、そういう仕事であると、3人に伝えて意思を聞くべきだった。
「自分が、仕事の内容を正確に把握できていなかったせいで、緒方さん、三村さん、双葉さんに、不快な思いをさせてしまいました……」
「そっ、そんなことないですよ」
かな子が、先端に生クリームのついたフォークを左右に振った。
「キャンディアイランドの三人でお仕事ができて、それだけでもすっごく嬉しいんですから」
笑みを作ったかな子が、同意を求めるように智絵里を見る。
視線を受け取った智絵里は、頷いてツインテールをゆらし、赤い瞳をプロデューサーへ向けて――
「お仕事、もらえただけでも、嬉しいです。それに――」
智絵里の顔から、笑みが消える。
見たことのない表情が、それに変わる。
その表情が、何を意味するのか。
理解と同時に、言葉がきた。
「わたし、諦めてませんから」
息を呑むほどの、強い意思が伝わってきた。
緒方智絵里という少女に対し、持っていたイメージに亀裂が入った。
気弱で、人前に出るのが苦手で、注意して扱わないとすぐに壊れてしまう、砂糖菓子のような女の子。
今、自分を見つめてくる智絵里は、そんなイメージを根底から払拭しようとするかのように、強い口調で――
「クイズ、諦めないでがんばろうって、かな子ちゃんと決めたんです。どうなるか分からないけど、やれるだけやってみようって」
「……そのことを、双葉さんは?」
智絵里のツインテールが、左右に揺れた。
「今回は、杏ちゃんに頼らずに、がんばりたいんです。今までずっと、頼っていたから……」
プロデューサーは、言葉に迷い、沈黙した。
ウェイトレスが、注文したコーヒーを持ってきて、プロデューサーの前に置いた。
乾いた足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
「わたし、ちゃんとユニットに、なりたいんです」
プロデューサーは、コーヒーカップへ伸ばしていた手を止めて、智絵里を見た。
「わたし、キャンディアイランドで活動してきて、ずっと、杏ちゃんに頼っていたんです。杏ちゃんに、手を引いてもらって、後ろを歩いていたんです」
「いえ、そんなことは――」
プロデューサーは、反射的に口を挟みかけたが、すぐに口を閉じた。
強い意思を内包した赤い瞳に射抜かれて、息を呑んだ。
「わたし、ちゃんとしたユニットになりたいんです。手を引いてもらって後ろを歩くんじゃなくて、肩を並べて、一緒に歩きたいんです。クローバーの葉っぱみたいに、4人で……」
「4人、ですか?」
「はい。わたしと、かな子ちゃんと、杏ちゃんと――」
強張っていた智絵里の顔から、力が抜けた。
そして――
太陽に向かって葉を開くクローバーのような、晴れやかな笑顔で――
「プロデューサーさんの、4人で、一緒にユニット活動、していきたいんです」
向けられている笑顔から、目をそらすことができなかった。
アイドルとしての成長を、実感するに十分な、強くてまぶしい笑顔だった。
観客におびえて、カエルさんのおまじないが無ければステージに上がれなかった少女の面影は、どこにも無かった。
本人は気付いていないのかもしれないが、智絵里はすでに、アイドルとして必要なものを備えている。
杏と肩を並べても、なんら遜色のない輝きを持っていると思ったが――
あえて、口には出さなかった。
それはきっと、他人の口から言われても意味のないことなのだ。
自分で気付いて、実感して、初めて価値が生まれるのだ。
だからプロデューサーは、何も言わずに、伝票を取って立ちあがった。
「お二人の気持ちは、分かりました。自分も、できるかぎりサポートしますので、何かありましたら、遠慮なく言ってください」
プロデューサーは、二人の返事に頷いて、喫茶店を後にした。
* * *
「Pちゃん! おっす☆おっす!」
杏の住んでいるマンションを訪ねると、当たり前のように諸星きらりが出てきた。
「アンズチャーン! Pちゃんが来たよぉ!」
きらりに続いて廊下を進み、リビングに入り――
プロデューサーは戸惑った。
部屋が、綺麗に片付いていた。
杏の部屋といったら、散らかっている、すごく散らかっている、足の踏み場もないくらい散らかっている、のいずれかであり、綺麗に整頓されている状態など見たことがなかった。
「杏じゃないよ。きらりのしわざだよ」
万年床の上でウサギのヌイグルミを抱いてあぐらをかく杏は、大げさな溜息をおとして――
「どうせまたすぐ散らかるんだから、ほっとけばいいのに」
「ダメだよ、アンズチャン!」
きらりの声が、キッチンから飛んでくる。
「アンズチャンは、アイドルなんだから、キレイで、キャワイイお部屋に住んでないと、ファンのみんながガッカリしちゃうにぃ☆」
「えー、めんどくさいなー。それならもう、アイドル引退しようかなー」
「もうっ、アンズチャンってば、またそんなことゆって!」
杏は、ウサギのヌイグルミを抱いたまま、万年床に横になり、眠そうな目をプロデューサーへ向けて――
「で、今日は何? 何の話?」
プロデューサーは、床に正座をして、頭を下げた。
番組の内容を正確に把握できていなかったことを、謝罪した。
「別にいいよー、気にしなくて。杏はそういうの、割り切ってるから」
「そう、ですか……」
杏のリアクションは、予想していたものだった。
のびのびとだらける姿をみて、プロデューサーは肩の力を抜くことができた。
「Pちゃん、どうぞ!」
きらりが、お茶を持ってきてくれた。
「で、智絵里ちゃん達は、何て言ってた?」
湯飲みへ伸びていたプロデューサーの手が、とまった。
杏は、だるそうに体を起こすと、ウサギのヌイグルミを投げ捨てて――
「同じ話、してきたんでしょ?」
「はい……。緒方さんと三村さんは、諦めないでクイズに挑戦したいと、言っていました」
「……そっか」
杏は、あぐらをかいて、細い腕を組んだ。
そして、塩飴でも舐めたかのように、渋い顔をした。
「杏はさ、今回のお仕事、気楽にやったほうがいいと思ったんだよ。杏一人の力じゃ、本気だしても、志希ちゃんには勝てそうもなかったし……」
プロデューサーは、言葉を返せなかった。
リハーサルで行ったクイズの結果が、脳裏をよぎった。
「でも――」
杏の表情が、動いた。
その口が、独特の形を作った。
「智絵里ちゃんとかな子ちゃんが〝本気〟で頑張ってくれるなら、勝てるかもね。そしたら、CDで、印税で、ふふふ……」
杏は、ひとしきりドヤ顔を撒き散らしてから、真剣な顔をして――
「ねえ、志希ちゃんについて知ってることを、教えてほしいんだけど」
意図の読めない質問に、プロデューサーは首をかしげた。
「勝つためには、必要なことなんだよ」
杏の大きな瞳が、強い光を放っていた。
彼女は、〝本気モード〟になっていた。