アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
まるで夜空の星のように、ペンライトが光っている。
等間隔に並んだスタッフが、舞台裏にほのかな道しるべを作っている。
そこを歩くのは、白いドレスに身を包んだ、三人のアイドル。
「キョネンと、おなじですね。ムネがドキドキも、おなじです」
アナスタシアが、胸に手を当てて微笑み、美波も同調して笑みを浮かべる。
しかし、ナターリアの顔に笑みは無い。
定まらない視線を、暗闇に泳がせている。
「お客さん、いーぱい来てるにゃ! なんだかみく、燃えてきたにゃあ!」
舞台袖からステージをのぞいていたみくが、興奮もあらわに猫尻尾をゆらした。
「主役はみくちゃんじゃないんだから、ほどほどにね」
苦笑いを浮かべる李衣菜に、みくはフンとそっぽを向いて――
「分かってるにゃ! 今日の主役はラブライカとニュージェネレーションズ。そして、ナターリアちゃんにゃ!」
名前が出ても、ナターリアの反応は薄かった。
ぼーっとして、日本語でない言葉をつぶやいている。
「ナターリアちゃん、安心するにゃ。みくと李衣菜ちゃんがばっちり盛り上げちゃうから!」
「最高にロックなMC、お届けしちゃうからね!」
ポーズをとって意気込む二人の元へ、スタッフがやってくる。
出番を告げられたアスタリスクは、互いの士気を確認するかのように強気な笑みを交わして――
「いってくるにゃ!」
「いってきます!」
二人が光の世界に消えると、地鳴りのような歓声が轟いた。
久しぶりの346プロのライブとあって、詰めかけたファンの数はプロデューサーの想定を越えていた。
それはもちろん、喜ぶべきことなのだが、今回ばかりは喜んでばかりもいられない。
舞台袖から観客を見たナターリアが、その熱気に
「オキャクサン、いっぱい、ダナ。ナターリアで、ダイジョウブ、カナ? オコられない、カナ?」
何か言葉をかけなくてはと思ったが、何を言えばいいのか分からなかった。
ナターリアのことは美波に任せていたので、どうすれば彼女の笑顔を取り戻せるか、分からない。
「スタンバイ、お願いしまーす」
進行スタッフの非情な声に、プロデューサーは決意する。
このまま何もしないわけにはいかない。
どうにかして、ナターリアを笑顔に――
プロデューサーより速く、美波が動いた。
彼女は、言葉を使わなかった。
観客の声に怯えるナターリアを、抱き締めて、頬を合わせた。
ブラジル式の挨拶。
「大丈夫。たくさんレッスン、したんだから」
美波は、ナターリアから離れると、ペンライトの光がかすんでしまうくらいの笑顔で――
「一緒に、キラキラしよう」
美波の行為が、千の言葉でも成し得なかった効果をもたらしたのは、一目瞭然だった。
だって、緊張と恐怖に強張っていたナターリアの顔に、笑顔が――
「ロカバジャージエ、テを、ツナぎましょう。フアンなキモチ、サンニンでわければ、ヘイキになります」
アナスタシアの手が、ナターリアの左手を握った。
「一緒に、アイドルになろう」
美波の手が、ナターリアの右手を握った。
そして三人は、アイドルの世界へ足を踏み出した。
ひとたびステージに上がってしまえば、プロデューサーは見守ることしか出来ない。
そこに笑顔があることを信じ、歌って踊る三人を見つめる。
「あの、プロデューサー」
ふいに、声をかけられた。
振り返ると、ニュージェネレーションズの衣装を着た凛と目が合った。
「……あのさ。こういう事って、できるものなの?」
足りない言葉を補うように、凛の視線がステージへ向けられる。
その視線は、ライブの雰囲気になれて笑顔の兆候を見せるナターリアへ向けられている。
「765プロとのコラボ企画、ですか?」
凛は、軽く首をふって、揺らした黒髪のぶんだけ曖昧に否定して――
「765プロっていうか、他の事務所のアイドルと同じステージに立つこととか、できるのかなって」
「……今回は、765プロからナターリアさんを使える企画は無いかと、オファーがあって、このような形になりました。特に理由がなければ、346プロのアイドルで企画を検討することになります」
「……そっか。そうだよね」
凛の顔に、笑みが浮かぶ。
本当の感情を隠すために、上から無理矢理かぶせた。
そんな感じの、笑顔だった。
笑顔の形をしているだけで、笑っているわけではなかった。
本当は、むしろ――
「あの、変なこと訊いてゴメン。忘れて」
背を向けて駆け出す凛の姿が、重なって見えた。
去年のミニライブの後、期待と現実のギャップに打ちのめされて走り去る、未央の背中と。
「渋谷さんッ!」
上げた声は、万雷の歓声に打ち消される。
ステージを見ると、メモリーズを歌い上げた三人が喝采を浴びていた。
ライブの成功を喜ぶナターリアが、その喜びの大きさを全身で表現しようとするかのように跳びはねている。
「お疲れさまです」
暗闇の中から、765プロの女性プロデューサーが現れた。
「ライブ、成功ですね。お陰さまで、うちのナターリアもアイドルとして最初の一歩を踏み出す事ができました」
信頼と感謝の気持ちが込められた言葉だった。
今回の企画の目的である〝765プロの信頼〟を、獲得できたのだと思った。
これで、シンデレラ達に大きな舞台を用意するための企画を、始動させることができる。
念願叶ったことを、喜ぶべきなのだが――
しかしプロデューサーは、笑顔を浮かべることができない。
凛の様子が、気になって仕方が無かった。
彼女は、何か大きな悩みの種をもっていた。
発芽したら、その心を食い荒らしてしまうような、決して放置してはいけない悩みの種を抱えていた。
だから、重なって見えた。
去年のミニライブの後、アイドルの世界から去ろうとした未央の背中と。
「続いて、ニュージェネレーションズの登場です!」
「目一杯の声援で迎えて欲しいにゃ!」
アスタリスクのMCが聞こえてきた。
ファンの歓声が一段と大きくなった。
〝できたてエボ! レボ! ジェネレーション!〟のイントロが始まり、割れんばかりの声援が弾ける。
「あっ、リツコ!」
ステージから戻ってきたナターリアが、765の女性プロデューサーに抱きついた。
「ナターリア、どうだった? アイドル、できてたナ!」
初舞台を終えたナターリアが、興奮そのままに765の女性プロデューサーをもみくちゃにする。
「よかった! よかったから! ちょっと落ち着きなさいって!」
興奮していたのは、ナターリアだけではなかった。
美波とアナスタシアも、頬を上気させてライブの出来栄えを訊いてきた。
プロデューサーは、笑顔の余韻を残す二人を見て――
「いい、笑顔でした」
嬉しそうに返事をする二人は、文句のつけようがない笑顔を浮かべている。
ステージの上で踊る卯月と未央の笑顔も、素晴らしい。
じゃあ、凛は?
その顔は、笑顔を見せている。
しかし、違和感がある。
何かが、足りない気がする。
何かを、迷っているような気がする。
その正体が何なのか、凛の表情から読み取ることは出来なかった。