アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
その部屋は、とても甘くて香ばしい匂いに満たされていた。
ケーキ屋のそれというよりも、パン屋の匂いに近かった。
「みんなが来るって言ったら、ママ、張り切っちゃって……」
卯月の母親が浮かれる気持ちが、焼きあがるケーキの匂いに表れていた。
「しまむーママは女子力高いね。……いや、この場合は主婦力かな?」
首を傾げる未央に、あわせるように卯月も首を傾げて――
「どうなんでしょう? お菓子とか作るのが趣味みたいなんで、趣味力、でしょうか?」
笑う二人に、凛も笑みを合わせる。
ピンク色を基調とした卯月の部屋に、三人の笑い声が交差する。
そしてすぐに、静かになる。
降り続く雨の音が聞こえると同時に、未央が切り出す――
「で、あらたまって話って何? しぶりん?」
真剣な眼差しの中に、何かを恐れる気持ちが見え隠れしていた。
それは卯月も同様で、眉をハの字にして凛を見つめる。
「トライアドの、ことなんだけど――」
凛は、最近の出来事を、全て話した。
加蓮と奈緒から、トライアドに対する強い気持ちを打ち明けられたこと。
自分も、トライアドを諦めたくないと思っていること。
そして――
「ニュージェネの二人と一緒に、移籍してこないかって、言われた」
「えっ」
未央が、声をあげた。
卯月も、合わせた両手を握りしめて凛を見つめる。
凛は、ケーキの匂いのする空気を吸い込んで――
「移籍はできないって、伝えた」
膨らんだ風船から空気が抜けるように、二人の体から力が抜けた。
「トライアドは諦めなくないけど、でも、だからって、346プロから移籍するのも、違うと思う。仮にそれをやっても、きっと上手くいかないと思う……」
346プロのアイドル達へ背を向けて、自分を見いだしてくれたプロデューサーに背を向けて、それでもアイドルをやっていけるとは、思えなかった。
それは、何か大切なものを失ってしまう、寂しい選択肢だと思った。
「そっかー」
未央が、頭の後ろで手を組んだ。
「しぶりん、悩んでたんだねー。でも、言われてみれば、そうだよね」
未央は難しい顔をして、うんうんと頷いて――
「加蓮ちゃんと奈緒ちゃん、せっかくユニットデビューしたのに、事務所の都合で離れ離れになっちゃったんだもんね。ってかさ、あの二人も、346プロに残ればよかったのにね」
凛は、首を横に振って黒髪を揺らす。
「二人とも、希望したけど、だめだったって。最初は、美城常務も、二人をシンデレラプロジェクトへ異動させようって考えていたみたいなんだけど、アイドル事業部は極力縮小するべきだ、って主張する人もいて。だから、シンデレラプロジェクト以外のアイドルは、原則として全員移籍させるってことになっちゃって、どうしようもなかったって」
その話をした時、加蓮はため息と共にこぼしていた。
ほんと、神さまってイジワルだよね、と。
「でっ、でも、事務所は違いますけど、一緒に活動とか、できるんじゃないですか」
卯月の言葉に、凛と未央は迷わず頷く。
そもそも、最近の346プロは、そういう仕事が多いのだ。
リトル・マーチング・バンド・ガールズといい、蘭子と飛鳥のダークイルミネイトといい。
この前のミニライブだって、765プロのアイドルを一緒にステージへ上げている。
「しぶりんの気持ち、プロデューサーは知ってるの?」
未央の言葉に、凛は曖昧に首をかしげた。
「言ってない、けど――」
あれは、346プロが引っ越した直後。
〝346プロ復活のために企画を考えるにゃ!〟と息巻いたみくに同意して、みんなで企画書を書いた時のこと。
その時、凛は、合同ライブの企画を書いた。
他の事務所へ移籍した346プロのアイドル達と、合同ライブという形で同じステージに上がれないものかと、提案した。
その企画の裏にはもちろん、トライアドに対する気持ちがあった。
もし、そういうことが可能ならば、きっとまた三人でステージにあがることができる。
「それ、いいと思うよ、しぶりん! ひょっとして、プロデューサーの才能、あるんじゃない?」
「茶化さないでよ。ちょっといいかなって思って書いただけだから、企画としては全然だめだと思うし」
「そんなことないですよっ」
卯月が、ローテーブルに身を乗り出して――
「それ、わたしもいいと思います。だって、そしたら、他のみんなも、離れ離れになっちゃったアイドル達と、もう一度一緒にお仕事できるんですから。きっとみんな、喜びますよっ」
言われて、気がついた。
自分だけじゃ、ないことに。
卯月は、小日向美穂とユニットを組む予定だった。
未央は、日野茜・高森藍子と一緒にやった舞台が成功し、次の話があったかもしれない。
ほかにも、シンデレラの舞踏会で共演したアイドル達と、何らかの繋がりを持っているアイドルは少なくない。
「プロデューサーに、話してみようよ」
笑顔の未央に、背中を押される。
「凛ちゃんの気持ち、伝えましょう」
笑顔の卯月に、励まされる。
「でも、何か、ワガママ言ってるみたいにならない? プロデューサーは、事務所のこと、色々考えて――」
「いいじゃん、ワガママで」
「え……?」
未央の手が、凛の肩をつかんで揺らす。
「しぶりんはいつも真面目だからさ、たまには肩の力抜いて、ワガママ言っちゃおうよ」
「だけど――」
ためらう凛の、腕を卯月が掴んで――
「きっとプロデューサーさん、凛ちゃんの気持ち、受け止めてくれますよ」
「そうかな……」
ミニライブの時、凛はプロデューサーに、言えなかった。
ナターリアとコラボしたように、トライアドとして加蓮・奈緒と一緒に活動がしたい、という一言を。
だってそれは、自分のワガママで、受け入れてもらえるわけがないと、思ったから。
けど――
言わずに判断するのは、よくないのかもしれない。
受け入れてもらえるかどうか分からないけど、でも――
声をあげないのは、つまり、何もしないのと一緒だ。
どんなに強く思っていても、それを伝えなければ、何も思ってないと、思われてしまうかもしれない。
実際に、自分が何も言わなかったせいで、トライアドのことをなんとも思っていないのかもしれないと、加蓮に誤解されてしまった。
だから同様に、プロデューサーも、自分のトライアドに対する気持ちを、分かっていないかもしれない。
「あたし、プロデューサーに、言ってみる」
凛は、覚悟を決めて、それを口に出した。
卯月と未央が、笑顔で拍手をしてくれた。
「じゃあ早速、電話しようっ!」
「えっ」
未央の提案に、卯月もすかさず同意する――
「いいですね。凛ちゃんの気持ちが変わらないうちに」
「ちょっと、勝手に話進めないでよ」
「こういうのはタイミングが大事なんだって。話をする約束を取り付けるだけでも、ね?」
未央の言うことは、一理あるかもしれないと思った。
明日になったら、やっぱりやめたほうがいいかもしれないと、気持ちがくじけてしまうかもしれない。
ここは、勢いに身を任せて――
「じゃあ、話をする、約束だけ……」
二人の拍手を受けながら、凛は携帯を取り出して、プロデューサーの番号にかけた。
しかし、繋がらなかった。
電源を切っているか電波の繋がらない場所にいると、自動音声が説明していた。
何だか、嫌な予感がした。
そもそも、プロデューサーという仕事柄、携帯が繋がらない状態になるのは、不自然である。
凛は、事務所に電話をかけてみた。
『はい、346プロダクションです』
応答したのはちひろだった。プロデューサーに電話が繋がらない
『実はプロデューサーさん、今は連絡、とれないんですよ』
「どうして? 何かあったの?」
『それが――』
ちひろは、少しだけ
『プロデューサーさん、入院しちゃったんです』