アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
自分では、うまくやっている、つもりだった。
狙い通りの、演技をしている、つもりだった。
それが上手くいっていなかったのだと、気付き始めたのは最近だった。
「何か、悩みがあるなら、遠慮なく相談してください! 全力で受け止めますからっ!」
眉を強めた茜が、飛び込んでこいと言わんばかりに小さな体を開いて見せた。
「わたしでよければ、何でも言ってくださいね」
ゆるふわな喋り方で、しかし藍子の眼差しは真剣だった。
二人とも、未央のことを真剣に心配していた。
ユニットのメンバーに、こんなに心配されてしまうということは、つまり、上手くいっていなかったのだと、自覚した。
じゃあ、どうすればいいのか?
前のように、アイドル活動を――
そこまで考えて、未央は呆然とした。
絶望的な、自問をした。
私、どんな風に、アイドルしてたっけ……。
当たり前のようにやっていたことが、出来なくなっていた。
笑顔を失った卯月のように、未央もまた、活発に活動していた頃の自分を、忘れていた。
どうすればいいのか、分からなくなった。
それはまるで、出口のないトンネルだった。
暗闇の中で、前も後ろも分からなくて、戻ることも、進むことも、できなくなって。
誰かに助けを求めたいけど、誰が助けてくれるのか、分からなくて。
だからただ、泣きたい気持ちを押し殺して、とにかく歩いて――
「はい、一旦ストップ!」
カメラマンの声に、未央は我に返った。
そこは撮影スタジオで、未央は、茜・藍子と並んで写真を撮っていた。
「本田ちゃんさー、もっとリラックスしてねー。いつもみたいにさ、自然に笑ってほしいんだよねー」
自分では、笑っているつもりだった。
笑えているはずだった。
演技としての笑顔は完璧であると、出来上がった写真を見ても思うのだが――
「全然、楽しそうじゃないんだよなー」
その一言に、泣きそうな気持ちがこみあげる。
カメラマンの指摘が、あまりにも的確で。
それでいて鋭利で。
心の
もうこの場から、走って逃げたくなってしまうが、しかし未央は、浅い呼吸を繰り返し、気持ちを静めてカメラマンを見て――
もう一度、お願いします。
言おうと思ったのだけど、大きな影に
「あの、少し休憩させてもらっても、よろしいでしょうか? 調子が、すぐれないようなので……」
プロデューサーが、カメラマンと未央の間に割り込んでいた。
彼は、未央をかばうように、カメラマンの視線を遮っていた。
「そうですねー。一旦、仕切り直しをしたほうがよさそうですねー」
ため息交じりに言われて、胸の奥がズキンと痛む。
茜と藍子の、心配そうな視線が辛くて、申し訳なくて。
未央は二人に背を向けて、無言のままスタジオの出口へ向かった。
「未央ちゃん」
かけられた声に、足を止めた。
誰の声か、顔を上げなくても分かった。
「しまむー……」
スタジオの入り口に、卯月がいた。
卯月も別のスタジオで撮影だったのだろうか?
そんなことを考えているうちに、卯月は近づいてきて、未央の手をとった。
「休憩、ですよね? ちょっと、お話しませんか?」
「えっ、うん。いいけど……」
自分の手をとり歩き出す卯月が、何故だろう、知っている卯月とは別人に見えた。
自分の手を掴む力が、意外なほど強くて。
彼女の中にある強い気持ちが、伝わってきて。
若干ながら、未央は怯えた。
母親に怒られることを悟った幼児のように、怒られることをしたかどうか、胸の
* * *
「ここに、座りましょう」
スタジオの敷地内にある、新緑に囲まれたベンチ。
それは今、夕日に照らされて赤く染まっている。
初夏の風が木々を揺らし、ベンチに落ちる影が動く。
「話って、なに?」
ベンチには座らず、立ったまま訊いた。
ベンチに座って話すようなことではないと、卯月の態度から察していた。
卯月は、ベンチに座るのをやめ、立ったまま未央と向かい合って息を整えた。
後ろから、革靴の足音が近づいてきた。
振り向くと、プロデューサーと目があった。
彼が隣に立つのを待って、そして卯月は口を開く――
「未央ちゃん。わたしは、今までどおりの未央ちゃんで、いいと思います」
何を言っているのか、分からない。
その気持ちを、表情で示すが、しかしそれは、演技だった。
卯月が何を言いたいのか、未央は分かっていた。
踏み込まれたくない領域に、いきなり踏み込まれて、だから誤魔化してしまおうと思って―ー
「いきなり、どうしたの? 私は、今までどおりだよ? 何も、変わってな――」
「全然、違います」
「え……」
強い口調で、言い切られて。
強い視線を、向けられて。
未央は半口を開けたまま、しかし何も、言えなくなった。
「凛ちゃんも、心配してます。わたしも、心配です。今までどおりの未央ちゃんに、戻ってください」
今や卯月は、完全に、未央の踏み込まれたくない部分に、踏み込んでいた。
そして、大きな声で、糾弾していた。
誰かに指摘されたくないことを、容赦なく訴えかけていた。
例えそれを、自分が求めていたとしても、しかし言われたくはなかった。
親しい存在であればあるほど、言われたくなかった。
だから未央は、震える息を吐き捨てると、下唇を噛んで、卯月を睨んで――
「そんなこと、言われたくないよ。何でそんなこと、言われなきゃなんないの? 口出し、しないでよ……」
自分の言葉が、卯月を傷つけたのだと、彼女の表情で分かった。
大きく見開かれた目を見て、未央は強く唇を噛んだ。
沈黙する卯月に、背をむけようと思った。
一言、謝って、この場から立ち去ろうと思った。
きっと卯月は、何も言ってこないだろうと――
「わたしは、未央ちゃんの〝友達〟ですから……」
今度は、未央が目を見開いた。
自分が向けたのよりも、もっと強い視線を返されるとは、思わなかった。
「前に未央ちゃん、言ってくれましたよね。友達をやりなおそうって。もう一度、ちゃんと友達になろうって。だから……ッ!」
卯月は、その目に涙をためて、強い意思を口調に乗せて――
「未央ちゃんのそんな
「え……」
眉根に強い力が入った。
激しく動く心臓の音が、うるさかった。
自分の中で暴れる感情に
「未央ちゃん、失敗しないようにって、考えてますよね。失敗を怖がって、ますよね」
今度こそ、堅く閉ざしていた扉を、こじ開けられた。
誰にも踏み込まれたくない部屋に、踏み込まれた。
入り乱れる感情の中で、瞬発的に沸騰した怒りが全てを
「……だって、しょうがないじゃん。絶対に、失敗できないって。失敗したら、事務所が無くなっちゃうって、美城常務、言ってたじゃん! ライブ、絶対に成功させないとやばいって、言われたじゃん! だから私は、大人しくしないと……。だって、そうしないと私、みんなに迷惑、かけちゃうから……」
自分が器用でないのは、分かっていた。
不器用に突っ走って、たくさん失敗して、色んな人に迷惑かけて。
それでも、持ち前の明るさと行動力で、マイナスな部分を乗り越えてきたのだと、自覚していた。
だからこそ、やり方を変えなくてはならないと、思った。
だって、今度のライブは、絶対に失敗できないのだ。
事務所の存続が、かかっているのだ。
本当は、ユニットのリーダー、やりたい。
せっかく茜・藍子とユニットを組めるんだから、ポジティブパッションの名に恥じない、熱いユニットにしたい。
でも、絶対に失敗はできないから、だから――
「それは、未央ちゃんが心配することじゃ、ないと思います」
何を言われたのか、今度は、本当に分からなかった。
答えを求めて卯月を見ると、彼女は視線を、横に振った。
隣に立つ、プロデューサーへ視線を送り――
「失敗した時は、プロデューサーさんが、助けてくれます。だからわたし達は、そんなこと気にしないで、いいと思います」
「でも……」
未央の視線の先で、プロデューサーは、笑った。
それは、いつもの仏頂面のプロデューサーとはまるで別人の、柔らかい笑顔で――
「何があっても、絶対に、フォローします。だから、本田さんは、思いっきりアイドル活動を、楽しんでください」
プロデューサーは、夕日にスーツを赤く染めて、真剣な顔で、まっすぐに未央を見て――
「笑顔で」
出口のないトンネルが、音をたてて崩壊する。
迷っていたのが馬鹿みたいだと、思える安堵が押し寄せる。
それでも、今は、笑えない。
自分の、深い部分に踏み込まれて、気持ちの整理がつかないから。
だから、未央は二人に、背を向けた。
夕日の中を、駆け出して――
しかしすぐに、足を止めた。
「話は聞かせてもらいましたよ、未央ちゃん!」
茜の大きなポニーテイルが、夕日に溶け込んでいた。
「悩んでいたんですね、未央ちゃん」
藍子が、夕日に萌える木々のように、優しく微笑む。
「茜ちん、あーちゃん……」
未央は、どうしていいのか分からなくて、立ちすくんだ。
恥ずかしいところを見られてしまった
泣いていいのか、笑っていいのか、分からない。
「未央ちゃん、走りましょう!」
茜が近づいてきて、未央の手を握った。
「何も考えず、夕日に向かって走りましょう! 今の未央ちゃんには、それが必要です!」
藍子が、もう一方の手を握った。
「わたしも、お供しますよ。でも、走るより、お散歩の方がいいかな……」
「駄目ですよ藍子ちゃん! こういう時は、夕日に向かって走るんです! 力の限り、ファイヤーでボンバーするんですッ!」
「えー、でも、ゆっくりお散歩したほうが、気持ちが落ち着きますよ」
未央は、走り出した。
夕日に向かって、全力で。
「あっ、待ってください! フライングは反則ですよ! ふぁいやぁぁああ――ッ!」
「二人とも、やっぱりお散歩を……ッ!」
未央を追いかけて、茜と藍子も走り出した。
まるで青春映画のように、夕日に向かって走る三人。
先頭を走る未央の顔には、夕日に負けないくらいの笑顔が輝いていた。