アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「レッスンしてたら、美城常務が来たんです。君にレッスンは必要ないって、卯月ちゃんを帰しちゃったんです。卯月ちゃん、ユニットから外されるって、どうして……」
レッスンスタジオに到着するなり、美穂に問い詰められた。
彼女の後ろには響子がいて、他に人影はなかった。
「346プロで、何かあったんですか? 私のプロデューサーさんは、メンバー変更なんて聞いてないって……」
響子からも、訴えかけるような視線を向けられた。
プロデューサーは、ハンカチを取り出して汗をぬぐった。
駆けつけたから、という理由だけでは説明できない汗だった。
二人のアイドルに問い詰められて、少なからず動揺していた。
「島村さんは、自宅へ行ったのでしょうか? 電話が、繋がらなくて……」
「多分、家じゃないと思います」
プロデューサーは、美穂を見た。
無遠慮に、強い視線を向けて訊いた――
「どこにいるのか、分かるんですか!」
美穂はしかし、プロデューサーの視線と言葉に
おっとりとした印象を裏切るように、強い視線を返してきて――
「たぶん、養成所だと思います」
プロデューサーの脳裏に、よぎった――
薄暗い養成所のスタジオ。
何かにとりつかれたかのように自主連を繰返す卯月の後ろ姿。
あの日、あの時、笑顔を失った彼女は、それでもアイドルであり続けようともがいていた。
魔法が解けて、普通の少女に戻ってしまうことを恐れたシンデレラは、それでも夢を諦めずに、必死に腕を伸ばしていた。
あの時は、伸ばされた手を、掴むことができた。
でも、今回は――
プロデューサーは、二人のアイドルに背を向けた。
一刻も早く、卯月の元へ行かなくてはならない。
彼女が手を伸ばしてくれていることを信じて、それを掴めることを祈って――
「あのッ!」
背中にぶつけられた言葉は強かった。
プロデューサーは、足をとめて振り向いた。
「卯月ちゃんの所へ行くんでしたら、わたし達も、一緒に連れて行ってください!」
響子の言葉を、補完するように美穂が――
「今日、レッスン終わったら、卯月ちゃんの養成所で一緒に自主練する予定だったんです。だから……」
プロデューサーは頷いて、二人と一緒に車に乗った。
* * *
「卯月ちゃん、いつも笑顔なんです」
助手席に座った五十嵐響子が、話し出した。
ハンドルを握るプロデューサーは、夕日に目を細めながら耳だけで話を聞く。
「私、今回の企画でデビューが決まって。でも、新人で、いきなりユニットで。正直、不安でした。顔合わせの前の日とか、夜遅くまで家族に電話したりして……」
「そうだったんだー」
後ろの席に座る美穂が
「でも、初めて会った時に、卯月ちゃんが笑顔で迎えてくれて、すっごく安心したんです。直感なんですけど、この人となら上手くやっていけそうだって、思ったんです。それくらい、なんていうか、素敵な笑顔、だったんです」
プロデューサーは、無言で頷く。
卯月の笑顔に魅せられる気持ちは、誰よりも深く理解できる。
「レッスンが始まってからも、ずっと笑顔で。新人の私の面倒、みてくれて。私、たくさん兄弟がいるんですけど、一番上なんで、お姉ちゃんって、分からないんです。でも、卯月ちゃんを見てると、お姉ちゃんがいるってこんな感じなのかなって、思えるんです」
話を聞いているうちに、喜びと誇らしさがこみ上げてきた。
自分の狙ったとおりにユニットが機能しているという、喜び。
卯月が先輩アイドルとして後輩から尊敬されているという、誇らしさ。
「だから、その……。卯月ちゃんが外されるのって、絶対おかしいです! 卯月ちゃんは、ユニットのリーダーで、先輩で、友達で……」
養成所に、到着した。
プロデューサーは、助手席でシートベルトを握りしめる響子を見て、服を握りしめる美穂を見て、気休めじゃない、本気の決意を込めて――
「大丈夫です。島村さんは、ピンク・チェック・スクールのリーダーです。絶対に、メンバーから外れることは、ありません」
ドアを開けて、外へ出る。
一緒に降りようとする二人に、声をかける。
「少し、このまま待っていてもらえませんか? 島村さんと、二人で話がしたいので」
響子と美穂は視線をかわし、そして同時に頷いた。
プロデューサーは二人を車に残し、養成所のドアを開けた。
「こんにち――、あっ、346プロのプロデューサーさん、お疲れ様です。卯月ちゃん、来てますよ」
顔見知りの事務員が、笑顔でスタジオに続く扉を指差した。
プロデューサーは、スタジオの扉に手をかけた。
それは大きなドアノブで、ひねるとガチャッ! と音がした。
その感覚に、初めて卯月を迎えに来た時のことを思い出した。
オーディションの繰上げ合格を知らせるために、養成所を訪れたあの日。
ドアを開けて、スタジオへ入ると、彼女は鏡越しに自分を見て、振り返って、露骨に怯えた。目に涙を浮かべて、母親を呼んだ。
しかし、今、目の前にいる卯月は、プロデューサーがドアを開けても、反応しない。
足音を立てて近づいても、背を向けたまま、ダンスのレッスンを中断しない。
ラジカセから流れる音楽に合わせてダンスを踊る卯月は真剣そのもので、足元に散る汗が彼女の〝本気〟を証明していた。
ふと、鏡越しに目があった。
「わあっ!」
卯月はバランスを崩し、鏡の前の手すりを掴んだ。
「プロデューサーさん、どうしたんですか……? びっくりしました」
笑みを浮かべながらラジカセをとめる卯月に、プロデューサーは首をひねる。
卯月は、笑顔だった。
無理して作ったものじゃない。普段と同じ、いい笑顔。
レッスンの途中で、無理矢理に帰らされたというのに。
ユニットのメンバーではないと、きついことを言われたのに。
それなのに卯月は、普段と変わらぬ笑顔をつくり、プロデューサーを見上げていた。
「あの、今日、美城常務が、スタジオへ行ったと聞いたもので……」
まだ、安心できない。
プロデューサーは、慎重に切り出した。
しかし卯月は、そんな心配を振り払うかのように、笑顔で――
「ええ、来ました。ユニットのレッスンをする必要はないって、言われちゃいました」
ぶつけられた暴言を口にだして、それでも卯月は平然としていた。
自分の中にあるイメージだと、卯月は落ち込んでいるはずだった。
凛と未央だって、あんなに心配していたのだから、そのイメージは間違ったものではないと思う。
じゃあなぜ、卯月は笑顔なのか……?
「わたし、へこたれませんから」
卯月は、微かな笑みを口元に残し、眉を強めて真剣な眼差しを向けてきた。
その姿が、一瞬、怒った時の凛と重なる。
「わたし、ずっと見てきたんです。346プロが大変なことになって、それでもシンデレラプロジェクトの皆がへこたれずに頑張ってるのを、見てきたんです。苦手なお魚と戦ったみくちゃん。きらりちゃんのために本気になった杏ちゃん。リーダーになるために悩んでた莉嘉ちゃん。ユニットを作るために〝言葉〟を伝えた蘭子ちゃん。最後まで諦めずにクイズを頑張った智絵里ちゃん。不慣れな新人のために走り回った美波ちゃん。離れ離れになったユニットを諦めなかった凛ちゃん。色々悩んで、迷走して、また走れるようになった未央ちゃん」
卯月は、視線を窓へ向けた。
夕日の差し込む窓の向こう、今もどこかで頑張っているシンデレラプロジェクトの仲間が見えているかのように、目を細めて――
「みんな、頑張っているんです。事務所が無くなっちゃうかもしれないっていうのに、全然へこたれないで、頑張っているんです。だからわたしも、へこたれてなんて、いられないんです!」
キュッと、卯月のシューズが音をだした。
彼女はその場で、難しいステップを軽やかに踏んで、過去最高の笑顔で――
「島村卯月、がんばりますっ!」
心が、貫かれた。
その笑顔に、自分は思い違いをしていたのだと、思い知らされた。
卯月の笑顔は、キラキラと、眩しくて、いい笑顔であると評価できるのだが、今、目の前にある笑顔は、単なる〝いい笑顔〟ではなかった。
輝きはもちろんのこと、強さがあった。
何者にもその輝きをくすませることのない、圧倒的な、強さがあった。
それを見たプロデューサーは、確信する。
彼女は、アイドルだ。
少女じゃなくて、一人前の、アイドルなのだ。
そしてプロデューサーは、決意する。
――彼女が〝アイドル〟なら、自分のすることは一つだ。
アイドルは、キラキラと輝くのが仕事である。
プロデューサーは、アイドルを輝かせるのが仕事である。
島村卯月をアイドルとして認めるのなら、ふさわしいステージへ送り届けるのが、担当プロデューサーの仕事であり、義務である。
「島村さんは、そのままレッスンを、お願いします。美城常務は、自分が説得します」
プロデューサーは、笑顔の卯月に背を向けた。
絶対に、卯月をユニットへ戻す。
それが自分の職務であり、責務である。
それが生半可なことではないと、分かっている。
簡単に、美城常務を説得することはできないだろう。
刺し違える覚悟が、必要だろう。
でも、やるしかない。
卯月の担当プロデューサーを名乗りたいのであれば、絶対に、
その結果、プロデューサーという肩書きを、失うことになったとしても……。