英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか 作:暇潰しと思いつきの人
ベルと僕が無茶をしてから二日が経った。
怪我の具合を見てから、僕とベルはまず、『豊饒の女主人』にあの時のことを謝りに行った。
少しの気まずさを感じながらの訪問は、キャットピープルの女の子がベルのことを食い逃げ犯扱いして『クソ白髪野郎』と言ったり、それをエルフの人が見えない一撃で黙らせ、シルさんとミアさんを呼びに行ったり。
僕は僕でエルフの人にあの時のことを謝りたかったんだけど、それをする暇もなくお仕事に戻ってしまった。
それから、シルさんが来たと思ったらベルにお弁当を渡していた。ベルさん、本当にどうなってんですか。
その後、ミアさんにあの時のことを謝って、許してもらった上に背中まで押してもらってしまって。
本当に、このお店の常連になれるように、頑張っていこうと僕とベルで笑いあいながらダンジョンへと向かった。
ちなみに、僕があの時にシルさんに渡したお金は多すぎたらしく、しっかりと代金が引かれた上でお財布がわりの巾着を返してくれた。
なんていうか、少しだけ恥ずかしかった。
◇
ヘスティアとの約束もあって無理な探索を行わず、その上で生活の為に必要な分の稼ぎを確保出来る範囲でダンジョンに潜っている。
二日の間に、怪我も完治と言っても差し支えないほど動きを取り戻せるようになったようだ。
そして、僕とベルは実感した。
僕らは一階層や二階層ではなく、
ゴブリンやコボルトはもちろんのこと、以前よりもずっと簡単に倒せるようになった。
壁に張り付き奇襲が主な戦法のヤモリのモンスター、『ダンジョン・リザード』が戦いの中に混じってきたとしても、余裕を持って対処できるようになっている。
そう、自分の怪我の具合を気にかけることが出来るくらいに。
「べる、ちょうし、は、どう?」
「すこぶる良いよ。アステルは?」
「うん、こっち、も」
筋力と耐久が跳ね上がったおかげか、今の僕は自分でも不思議なくらいにダメージを受けていない。
コボルトの攻撃も、ゴブリンの爪も、元々タワーシールドのおかげもあって防ぎきれていたのもあるけど……それ以上に、彼らを押さえ込んだり、攻撃を受け止める時に感じる衝撃がかなり減ったと感じている。
僕らは強くなっている。ベルに至っては、加速度的にと言っても過言ではないだろう。
さて、そんな僕らだが、そろそろ頃合いだと判断して帰路についている最中だ。
ベルの荷物が溜まる度に換金のため地上へ戻っていたので、本日四度目の帰還となる。
勿論、荷物の量だって帰り際にモンスターと
まぁ、僕は持てる量にかなりの余裕もあるので、帰る際に手に入れた魔石はベルの分も僕が拾ったりする。
サポーターになるつもりはないけど、やっぱり勿体無いしね。そこはベルともちゃんと話し合って決めたことだ。
「そういえば、神様、今日も帰ってこないのかな……」
途中で
「……べる、さみしい、の?」
「ちょっとね」
僕の問いに、ベルは照れを隠すように頬を掻きながら答える。
ヘスティアがパーティーに出かけて、もう二日が経つ。
本人も数日留守にするって言ってたから、そう心配することはないとは思うけど……。
ベルが寂しがってたって言ったら、ヘスティアは凄い喜びそうだ。はしゃぐ姿が、ありありと頭の中に思い浮かぶ。
まぁ、だけど、ちょっと僕も寂しく思っているのは確かだ。
今は何をやってるんだろうか……。
そんなことを考えながら歩いていると、僕たち以外の冒険者の姿がチラホラと見え始めてきた。
ダンジョンの出入り口は一つなので、当然ながら迷宮から帰還する際には他の冒険者とも合流することになる。
そんな中で、ベルが声を詰まらせた。その視線の先では、グレードの高い武装を纏う冒険者の面々が歩いている。
「べる」
「……うん」
装備の質を今から気にしても、どうしようもない。お金がないのは事実だし、満足な装備を揃えられないのも今のうちのことだと思うしかない。
僕はまだ諦めがつく理由がある。体が大き過ぎるせいで、防具の殆どを
それにはお金が幾ら掛かるかもわからないし、それこそ今すぐ手に入れられるものでもないからだ。
それに、分不相応な話かもしれないし、入手経路が特殊だけれど【ゴブニュ・ファミリア】製のタワーシールドを持っている。
これだけでも、僕の気持ちの度合いはベルとはまったく違うのだ。
「あ、まって」
ベルは表情を固くさせて、早足にその場から進み始める。
置いていかれないように僕も歩幅を大きくして、その後ろを着いていく。
そうしている間に、僕らは『始まりの道』とも呼ばれる横幅の限りなく広い一階層の大通路を抜けて、地上に繋がる大穴へと辿り着いた。
ここにある螺旋階段を登っていけば、ダンジョンの直上に建設された白亜の巨塔『バベル』の地下一階となる。
何千人もの冒険者を収容出来ると言っても過言じゃないほど途轍もなく広く、神殿めいた造りのこの場所はもう完璧な安全地帯だ。
僕は張り詰めていた神経を自然と緩ませ、隠れていた疲労に襲われたせいかふぅ、と思わず息を漏らす。
ベルも同じように疲労が体に出始めたらしく、僕らは一度、後ろから来る人達の邪魔にならないよう壁際に移動することにした。
そんな、多くの冒険者とパックパックを背負うサポーターがひしめく安全地帯の中で、
「べる、あれ」
「うん、カーゴだ。それもたくさん」
見慣れない光景が視界に入ってきた。
たしか、物資運搬用の収納ボックスで、ダンジョン深層攻略――『遠征』する時によく使われる道具だったと思うんだけど……。
それが、ダンジョンの大穴から少し離れた場所にいくつと置かれている。
物珍しさにひかれ、僕とベルがカーゴの群れを眺めていると――唐突に箱が大きく揺れた。
ひとりでに動いたカーゴに僕とベルはぎょっと目を剥く。
箱の中身が何なのか、少し考えれば覗き込まずとも予想がついた。
ベルが訝しげに表情を歪めているのを尻目に、僕は周囲に視線を配る。
少しの
「……ごめん、べる。さき、もどる、ね」
「あ、うん。わかった。じょあ、バベルの前で落ち合おっか」
彼とそう言い合って、僕は一足さきに地下から地上に出ることにした。
箱の中身は間違いなく、モンスターだ。それに対する視線が、少しだけ僕の方ににも流れて来ていたらしい。
タイミングが悪かった、としか言い様がない。居心地が良くないと感じたのもあって、地上の空気を吸って気分を変えたかった。
だけど、そんな落ち込んだ気分だからこそ、聞こえてくる悪意というものは大きく感じ取れてしまう。
『おい、あれ。モンスターじゃないのか?』
『いや、【ガネーシャ】のところの奴じゃねーの? つーかあれ、
『
聞こえてくる話から推察するに、あのモンスターが入っているカーゴは、その
悪意も次第に霧散していく。僕のことを【ガネーシャ】という神様のファミリア構成員だと思ったのかもしれない。
僕はヘスティアのファミリアなんだけど……そんなことを一々口に出す必要もないので、取り敢えず外に向かうことにした。
◇
ヘスティアが出かけてから、三日目の朝がきた。
昨日はベルと合流してギルド本部で魔石とドロップアイテムの換金を済ませた後、なんとなくオラリオの街を散歩した。
その理由は、そのままホームに帰ってもヘスティアがいないからだ。僕もベルも彼女がいないホームに寂しさを覚えているらしい。
そんなあてもなく歩いていると、ベルがヘスティア以外で唯一親交のある神様、ミアハさんに声を掛けられた。
ミアハさんは僕とも気持ちよく話をしてくれた。ヘスティアもそうだったけど、神様というのは、なんていうか、本当に、すごい。
彼の人柄(神様だから、神柄?)もあるのかもしれないけど、ベルと仲良くしてくれているし、僕はミアハさんと仲良くしたいと、そう思った。
それで、ミアハさんと世間話をしていた中でヘスティアのことをベルが聞いてみたのだが、見当がつかないと申し訳なさそうに謝られた。
話を聞くに、ガネーシャという神様が開いた宴がヘスティアの行ったパーティーらしいのだけど、ミアハさんはそれに参加せず、彼の【ファミリア】の営む道具屋の商品調合の助手に勤しんでいたのだとか。
それから思い出したようにベルと僕にポーションを渡してくれたミアハさんは、男前に笑いながら今後ともご贔屓にと言って片手を振りながら去っていった。
本当に、色々な意味でカッコイイ神様だった。
そんな昨日のことを思い出しながら花壇の手入れと水やりを済ませた頃には、朝日もすっかり登ってる時間になっていた。
道具を片してホームの部屋に戻ると、ベルが朝ご飯を用意してくれていて、それを食べる。
そうした後、僕らは今日もダンジョンに潜る準備をする。
ヘスティアがいてくれなくても、僕とベルのやることは変わらない。むしろ、帰ってきてくれた時に喜んで貰えるよう、頑張るのが一番だろう。
「行ってきます」
「いって、き、ます」
誰いないホームに、僕とベルは出立した。
ベルと朝ご飯の時に話したのだが、怪我も完治したのだから今日こそは五層から下に行こうということで決まった。
これは【ステイタス】が大幅に更新された今なら、大丈夫じゃないかという推測から来ている。先日の無謀から結局手痛い目にあわされ逃げ帰ったという結果へのリベンジがしたかったから、というのもある。
アドバイザーのエイナさんの許可が出たら、という条件を僕たちは設けた。
僕もベルも、ただ無策で五層から下に向かうわけにはいかない。そういう意味でも、エイナさんの意見は必要なのである。
そんなわけで、まずはギルド本部に向かっていたわけだが。
「おーいっ、待つニャ。そこのちっさい方の白髪頭ー!」
そんな声が聞こえてきたので、足を止めた。ベルがぎょっとした反応を見せており、二人して振り向く。
声の主であるキャットピープルの少女が、『豊饒の女主人』の店先に大きく手を振りながら立っていた。
彼女には見覚えがあるというか、ベルのことを『クソ白髪野郎』と叫んだ店員さんだから、よく覚えている。
ちっさい方と言っていたし、複雑な表情を浮かべたベルに用があるみたいなので、僕たちは彼女のもとへと駆け寄ることにした。
「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」
「おはよ、う、ござい、ます」
「あ、いえ、おはようございます。……えっと、それで何か僕に?」
挨拶を交わした後、ベルの質問に店員さんは言葉ではなく、お財布を取り出して渡すという行動を起こしてきた。
何がなんだか、まったく話が見えず僕もベルも混乱する。
シルさんにこれを渡して欲しいのはわかるんだけど、なんでまた?
「アーニャ、それでは説明不足です。お二人も困っています」
そんな僕らに助け舟を出してくれたのは、あの時のエルフの人だった。
アーニャと呼ばれた少女によると、店番をサボってお祭りを見に行ったシルさんに、忘れていったお財布を届けて欲しいのだという。
ベルもそういうことなら、ということで受ける気のある返事をする中、僕は会話に入らずあのエルフの人――アーニャがさんリューと呼んでいた女性にいつ謝ろうかと考えていた。
アーニャさんが何か話の間に入ろうとしているが、それは無視されて会話が続く。
「申し訳ありません。私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないので。これからダンジョンに向かう貴方には悪いと思うのですが……」
「別に構いませんけど……シルさんがお店をさぼっちゃったって、本当なんですか?」
ベルの問いに、シルさんはサボったわけではなく、ミアさんの許可も取って休暇を貰ったのだとリューさんは答える。
住み込みで働いている彼女達とは異なり、シルさんは毎日この酒場で立ち働いているわけではないらしい。
それで、シルさんはその暇を利用して『
その催しの名前は、僕もバベルの中で聞いている。実際、どういう内容なのかもわからないので聞いてみようかと思ったら、ベルもそうらしくてリューさんに質問していた。
「初耳ですか? この都市に身を置く者なら知らないということはない筈ですが」
「実は僕もアステルも、オラリオに来たのがつい最近で……」
「う、ん。だから、おしえて、くだ、さい」
「――ニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」
ベルと僕がそう申し出ると、無視されていたせいかうつむいていたアーニャさんが勢いよく立ち直り、ずいっと僕達の間に割って入った。
アーニャさんの鼻息荒く話し出した説明によると、
「がねーしゃ、ふぁみりあ」
「うん、僕でも聞いたことがある。オラリオの中でも、折紙付きの実力を持っている上に、抱える構成員の数もすごいらしいよ」
その構成員に昨日、僕は間違えられたわけなんだけど……。
まぁ、それはおいておくとして。
ベルはこのお願いを引き受けると答えた。闘技場は東のメインストリートから繋がっているらしいが、既に混雑している筈だとリューさんが教えてくれる。
人波についていけば、さっき出ていったらしいシルさんに追い付ける筈だとアーニャさんが継いでそう言った。
そういうわけで、今日のダンジョン行きは中止。バックパックは邪魔になるだろうと、ベルは彼女達に預かってもらうことになった。
「アステルはどうする?」
「……きが、むいたら、かな」
身軽になったベルの問い掛けに、僕はどうしたものかと考えながら答える。
僕としては、あまり人が集まり過ぎる場所に行くのは気が引けるのだ。
それに加えて、昨日、僕はモンスターと勘違いされている。まぁ、誤解なのはわかっているんだけど、それもあってこのお祭りへの参加は悩む所である。
「そっか。じゃあ、もし気が向いたら向こうで合流しようよ。アステルは目立つし、すぐ見つけるから」
「わか、った。じゃ、あ、きをつけ、て」
少し残念そうにそう言ったベルは、シルさんを探しに東のメインストリートへと向かって走り出す。
さて、それじゃあこれからどうしようかな、と思うが……先にしなくちゃいけないことが、僕にはある。
「あの、すい、ません」
「はい、何でしょうか」
「あのとき、は、ごめいわく、を、おかけ、しまし、た」
ベルを見送り、仕事に戻ろうとしていたリューさんを僕は呼び止めて、頭を下げる。
「いいえ、あの時はああするべきだと思ったからそうしたまでです。別に謝ることなど」
「その、おかげで、ぼく、は、もどって、これた、から」
あの時、リューさんが止めてくれなかったら僕はあの【ロキ・ファミリア】に殴り込んで暴れていたことだろう。
それに、僕はあの最中、昔に抱いたことのある感情に支配されかけていた。
そうならずに済んだのは、紛れもなくリューさんのおかげで。
「だか、ら……ありが、とう、ござい、まし、た」
「……どういたしまして、と言っておきます」
嘆息混じりにそう言ったリューさんは、その後頭を上げてくださいと継いだ。
「あなたも冒険者なら、その気持ちもコントロール出来るようになるべきです。でなければ……いえ、申し訳ありません。過ぎたことを言いかけました」
「いえ、その、わかって、ますから」
そうなった事があるからこそ、僕はリューさんが何を言いかけたのかわかった。
でも、それは口に出す必要もない内容だ。それこそ、余計なことでしかない。
だから、僕はその先を何も言わず、リューさんも口を閉ざす。
とはいえ、このまま気まずい空気のまま帰るのも嫌なので、
「あすてる、です」
改めて――一歩を踏み出すことにした。
「あすてる、って、いい、ます」
「リュー・リオン、です。アステルさん、あなたは……」
「ぼくは、だい、じょうぶ、です」
きっと、察してくれたのだろう。だけど、僕はもう、そうなりたくない。そうならないために、ベルを支えるために、強くなるって決めたから。
変わりたいと、彼が言ったのだ。それで、僕が立ち止まっているわけにもいかない。
だから、大丈夫。もう同じ過ちを繰り返すこともしない。
「……わかりました。それで、アステルさんはこれからどうなさるんですか?」
「……どう、しよ」
リューさんにも謝ったし、ありがとうも言ったし、自己紹介も出来たし、それじゃあいよいよこれからどうすると聞かれても、何も思い浮かばない。
うーん、結局、『
花壇は弄りすぎても仕方ないしなぁ。
まぁ、取り敢えず、うん。今日の目的も達成したし、気は進まないけど、ベルを追いかけてみるかなぁ。