英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか   作:暇潰しと思いつきの人

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お久しぶりです。二期始まって、ダンまちへの再熱から続きを書き始めてます。
リハビリめいたものをしつつ、続けられればという感じです。よろしくお願いします。


第八章 怪物祭

 恒例行事、というものを僕は体験したことがない。

 ベルとの出会いまで、一つの場所に長く居座ることもなかったし、まともと言えるような生活をして来なかったからだ。

 ベルとおじいちゃんが住んでいた村には、そういうのも無かったと思う。

 とはいえ、あったとしても僕が参加することもなかっただろう。

 二人のおかげで拗れることはなかったにしても、あの村の人達に僕はあまり良く思われてはいなかったから。

『普通』じゃないから、みんな僕を『バケモノ』だと思っているから。

 だから、普段とはまったく違うこのオラリオという街の姿に、僕は圧倒させられる事になった。

 見渡す限りの人、人、人。出店もたくさんあって、平時以上の活気で溢れかえっている。

 冒険者の街であるこの地に盛況していない場所というのは元々少ないのだが、それを加味してもこのお祭りというのはとても大きなものだった。

 初めての体験に戸惑いを覚える僕だが、それはそれとして少しの熱を覚えているとも加えさせてもらう。

 物語の中でしか知らなかったものが、目の前に広がっているのだ。不安がっていた先までの気持ちも、今ではすっかりと払拭されていた。

 

(ベル、シルさんに追いつけたかな)

 

 着々と流れていく人の波に抗わず、歩き続けながら僕は先にこのお祭りへと出立していた友達の事を思う。

 こんな人に溢れた場所で特定の個人を見つけるというのは、少し難しいのではないのだろうか。

 それとも、比較的身長の低いベルならばもしかしたら、人混みを掻い潜りながら探すことも可能なのかな。

 

「うわあ、おっきい」

「ガネーシャファミリアの宣伝かしら。よく出来てるわねえ」

 

 そんな事を思いながら歩き続けていると、度々としてそんな声が僕の耳に届く事もあった。

 普段とは違う、お祭りの最中という空気が僕への感想をそういうものへと変えているらしい。

 おずおずと小さな子供に手を振れば、嬉々とした表情で手を振替される。

 いつもこうだったら良いのに、なんて思うのは、僕の我儘なんだろうな。

 

(でも、どうしようかな。ベルも何処にいるのか、わからないし)

 

 日常的に一緒に歩いている家族は、今もこの街のどこかで人探しに勤しんでいるのだろうか。

 いつもだったらあまりしない、街中での単独。勝手分からず歩き続けていると、僕はいつの間にか闘技場の前にまでたどり着いていた。

 都市の東部に存在する、円形闘技場(アンフィテアトルム)。【ガネーシャ・ファミリア】が中で生のモンスターテイムを行っているという、このお祭り“怪物祭(モンスターフィリア)”の中心地。

 その大きさは僕も圧倒される様なもので、人々の流れは飲み込まれる様にその入口を目指している。

 僕はそこで一旦、列から抜け出して周囲を見渡してみる。のだが、どうやらこの場所にはベルとシルさんの姿もなかった。

 闘技場の方にはまだ来ていないのかな?

 そんな事を思いつつ、もう一度来た道を戻ってみようかな、なんてことも考えていると、不意に視界の端に怪しい人影が写る。

 その影は色の濃いローブを身に纏い、顔まで隠れるほど深くフードを被っていた。

 

「……あれ、は」

 

 その人物は闘技場の地下へと通じる場所へと、我が物顔で入っていく。

 【ガネーシャ・ファミリア】の関係者、にしては見た目が怪しすぎる。あのファミリアは堂々としている人たちが多いし、そもそもこのお祭りで身を隠さないといけないような人は居るのだろうか。

 しかし、僕がその背中を追ってどうなる。これがもしも勘違いだったのなら、それこそヘスティアに迷惑を掛けかねない問題になるかもしれない。

 

(……でも、この胸にあるもやもやはなんだろう)

 

 あの人物を見てから、嫌な予感がして胸騒ぎがする。不安、というか追いかけなければ何かが起こる、そんな虫の知らせめいた事を感じている。

 僕は少し悩んでから、闘技場に入っていった人物を追う事にした。これで勘違いだったなら、素直に謝ろう。そんな事を考えながら。

 しかして、僕の感じていた嫌な予感というものは的中する事となる。

 光源も心もとない薄暗い通路を歩いていると、そこで何人もガネーシャファミリアの人が倒れているのを見つけてしまったのだ。

 倒れている人たちへと急いで駆け寄ってみると、みんなだらしなく呆けた顔をしている。まるで、何かに魅了されてしまっているようだった。

 

(何が起きてるんだ……?)

 

 不安は確実に、僕の中で大きくなっていた。

 彼らをあんな風にした犯人があのローブで身を隠した人だとは限らないが、ならば何が目的でこんな場所へと訪れているのだろう。

 僕は掴むことの出来ないその目的を推察しながら、通路の更に奥へと足を進める。

 すると、ハッキリとしたモンスター特有の匂いというものを感じ始めた。微かに喉笛を鳴らす音や、薄暗さの中で怪しく光る瞳が見える。

 それらはみんな檻の中に居て、僕はこの場所がテイム予定のモンスター達が集められている場所なのだと気づいた。

 

(……すごい)

 

 実際に目にするのも初めてなモンスターの数々に、僕は圧倒されかける。

 ガネーシャファミリアの人たちは此処にいるモンスター達をみんな、調教するのだろう。

 その為にどれだけの実力が必要なのか、そんな途方もないことを頭の隅に過ぎった。

 しかして、その思考はすぐに中断させられる。何故なら、僕の居る位置のそのまた奥で、鍵が開く音が聞こえたからだ。

 

「ダメねえ。しばらくはあの子の成長を、見守るつもりだったのに」

 

 その声は、あまりハッキリと聞き取れる様なものではなかった。

 いや、それが女性のもので、この奥に居るであろう人物から発せられていて、その内容までは聞き取れていた。

 だが、その輪郭というべきものを僕は掴むことが出来なかったのだ。

 ゆえに、それが何よりも恐ろしいものに聞こえて、全身に嫌な汗が吹き出るのを感じる。

 次の瞬間、僕の腹部を途轍もない衝撃が襲った。

 

『ガァァァァアアアッ!』

 

 僕は力任せに吹き飛ばされ、ソイツによって壁へと叩きつけられる。

 霞む視界に見えたのは、咆哮をあげる猿のモンスターだった。

 ギルドにある分布図で見たことがある。シルバーバック、11階層以降から現れるという、野猿型のモンスター。

 何で、だ。どうして、誰が、何の目的で、こんなモンスターを檻から出したんだ。

 そんな疑問など、誰も答えてくれるわけもない。無防備な状態で受けたダメージのせいか、体が上手く動かない。

 このまま殺されるのだろうか。そう思う僕の不安を裏切るように、シルバーバックはそのまま何かを探す様にこの場を立ち去っていく。

 

(べ、る……)

 

 その背中を見送るしか出来ない僕は、心の中でお祭りを楽しんでいるのだろう家族の事を思い浮かべる。

 追いかけて、何もする事が出来なかった。そんな無力を感じながら、僕は意識を暗闇の中へと手放した。

 

 

「捕らえていたモンスターが脱走しました! 檻が空になっています!?」

「……えっ、それは不味いだろう?」

 

 遠くから騒がしい声と、誰かの慌てた会話が聞こえてくる。片方はかなり焦った様子で、もうひとりは結構ノンキにしている様に思えた。

 閉じていた目を開き、体を起き上がらせる。ここは何処だろう、近くにある柱とか、かなり豪華な作りな様にも見えるんだけど……。

 僕は光が差し込んで来ている唯一の出入り口らしい場所へと、のそのそとハッキリしない意識の中で歩みだす。

 そうして熱い日の光を一身に受けられる所へと出ると、ここが何処なのかを急速に理解した。

 中央で長い首を振り回す子竜の様なモンスターの背にロデオが如く飛び乗っている調教師(テイマー)

 背の高い場所に設けられた円状に作られた観客席からは、最高潮とも言える歓声が飛び交っている。

 そうだ、ここは闘技場で、僕はここの地下で檻から放たれたシルバーバックに襲われて……!

 

「っ、いた……」

 

 思い出していく度、まるでそれと比例するように腹部に痛みが走り始める。

 それは小さなものなのだが、あの出来事が夢ではなかった事を僕に教えてくれた。

 でもそうなると、何で僕はこんな場所で寝ていたのだろう。

 ……いや、そんな事を考えてる場合じゃない。すぐに闘技場から出て、モンスターが外に居る事を誰かに、出来ればギルドの人に知らせないと。

 

「あ、お前! 駄目じゃないか、ちゃんと寝てないと!」

「えっ……あの」

 

 行動に移ろうとしたその時、不意に背後から男性の声が聞こえてきて僕を呼び止める。

 振り向いてみると、そこに居たのは背が高く健康的な小麦色に肌を焼いている青年がそこに居た。

 この場所に居る、ということは【ガネーシャ・ファミリア】の構成員なのだろうか。

 

「モンスターの安置所で怪我して倒れてたんだから、無茶したらダメだろう!?」

「……ごめ、んなさい。でも」

「放たれたモンスターに関しては今、ガネーシャ様が采配をしてくださっているから。ゆっくりとしていろ、な?」

 

 彼の心から心配してくれている様子に、僕は戸惑いと違和感を覚える。

 おそらくだけれど、僕のことをファミリアの仲間だと勘違いしているのかもしれない。でなければ、僕をこんなに心配してくれる筈がないのだ。

 そう思うと、勝手な事だけれど自分が嘘を吐いている様な罪悪感を覚える。

 正直に言った方が良いとは思うのだけれど、中々言い出せる空気でもない気もして。

 

「どうした、騒がしくして。号令は出したはずだが」

「が、ガネーシャ様! 申し訳ありません、こいつが怪我をしているのに歩き回っていたものだから」

「そうだったのか。熱心なのも良いが……ふむ。俺から言っておくから、お前は持ち場へ戻れ」

「はい!」

 

 どうしようかと僕が胸の内で焦っていると、そこに現れたのは【ガネーシャ・ファミリア】の主神様だった。

 ガネーシャ様。【群衆の主】を自ら名乗る、筋骨隆々な肉体美を誇り、長い髪をオールバックに流している象の仮面を被った数々居る神様のひと柱。

 神様はそのまま僕を呼び止めていた構成員の人をどこかへ行かせると、僕の方へと歩み寄り始める。

 突然の登場に呆ける事しか出来なかった僕は、意識を切り替えて目の前に居るファミリアの長の顔をジッと見た。

 内心としては、戦々恐々と言わざるを得ない。

 

「さて、君がヘスティアの所のアステル君だな。初めまして、俺が【群衆の主】ガネーシャである!」

「……あす、てる、です。はじめ、ま、して」

 

 神様による勢いのある名乗りに気圧されかけながら、僕は何とか自己紹介を返す。

 ガネーシャ様は両腕を組んで何か関心するようにすると、僕のことを頭の先からつま先までジッと観察する様に見てきた。

 妙な恥ずかしさを感じて、僕は鼻の頭を指先でかく。色々と聞きたい事はあるのだが、どうやって切り出そうかと考えていると。

 

「聞いていた通り、素晴らしい肉体の持ち主だな。これが天賦の才というやつなのだろうか」

「そん、な。ぼく、は……」

「ハッハッハッ、しかし性格は控えめと。ヘスティアが俺と会わせたくないというのも、なんとなくわかってしまうな」

「かみ、さ、まが……?」

 

 まるで以前から僕を知っていたかの様に語るガネーシャ様から出てきたそんな言葉に、僕は首を傾げて呟く。

 

「君の事は前々から我々の間でも噂になっていてな。ああ、言っておくが別に君を(けな)す類のものではないぞ? もしそんなものを流す(ヤカラ)が居たら、このガネーシャ様が許さん!!」

 

 色々と信じ難い言葉が出て来て、僕の頭に凄まじい混乱が引き起こされる。

 我々の間で噂って、つまり神様達の間でって事で。それが僕をそれが僕を貶すものじゃなくって、もしそうだったとしてもガネーシャ様が許さないなんて言ってくれて。

 今の僕はまさしく目が点になって、白黒ともさせていると思う。高々と豪快な笑い声をあげるガネーシャ様は、そんな僕の様子を見てのものなのだろうか。

 でも、決して悪い気にはならなかった。だって、わかるのだ。わかってしまうのだ。ガネーシャ様は、心の底からそう言ってくれているだということが。

 頭はまだ混乱しているけれど、裏表のないガネーシャ様の言葉を僕は純然として嬉しいと受け止められていた。

 

「それで、一応聞いておきたいんだが、どうしてこの闘技場の地下室で怪我をして倒れていたんだ?」

「それ、は。は、い。せつめ、い……しま、す」

 

 笑い終わったガネーシャ様の質問に、僕は覚えている事を事細かな返答に努めた。

 何時もどおり、たどたどしく途切れがちに紡がれる僕の声と言葉だが、神様は僕の拙い説明を冷静に聞いてくれる。

 怪しい人物を見た事。嫌な予感がして、追ってみたら見張りの人たちが倒れていた事。シルバーバックに襲われた事。そして、そのシルバーバックが何かを追いかける様に去っていった事。

 僕が一通り説明し終えた後、ガネーシャ様は真剣な雰囲気を身に纏っていた。

 

「なるほど、わかった。本来ならばファミリアの長として言わなければならないこともあるが、理由が理由だ。今回は不問としよう」

「ありが、と、う……ござ、います」

 

 やはり、地下室へと行った事は不味い事だったようだが、ガネーシャ様は慈悲をくれたみたいだ。

 僕は寛大な措置に感謝の意を述べ、頭を深々と下げる。

 その後、ガネーシャ様は続けてその代わりと言ってはなんだが、と付け加えた。

 

「あの地下室から放たれたモンスターは、シルバーバックだけではなくてな。今、他のファミリアと連携して事の対処を行っている。君にもそれに参加して欲しい」

「……ぼく、が、です、か?」

「ああ。だが、君は駆け出し(Lv.1)の身なのだろう? 見つけ次第、市民の保護と避難誘導をしてくれるだけで構わん。頼めるか?」

 

 そう言ったガネーシャ様は、真っ白な歯を惜しげもなく見せる笑顔を浮かべていた。

 僕はその頼みを聞いて、顔を背けたくなった。あまりにもまっすぐ見られているようで、そしてそれを僕が出来るのかもわからなくて。

 ずっと、僕は色んな人から『バケモノ』扱いをされてきた。このオラリオでは表立ってそうされる様な事は殆どないけれど、奇異を見る様な目は何度も体験している。

『普通』じゃない僕が、そんな事出来るのだろうか? 何も知らない人たちは、僕に守らさせてくれるのだろうか?

 そんな不安が、僕にはあったのだ。

 

「何、心配はすることはない。行動を示せば、自ずと結果はついてくる!」

「……わか、り、ました」

 

 だが、それでも僕はガネーシャ様の言葉に背中を押されているような気がして、その頼みを受ける事にした。

 今までずっと目をそらして逃げていた事に、立ち向かう勇気を貰えた様な気もした。

 もしも僕の不安が的中してしまったなら、その時はその時だ。ベルと出会うより前にしていた様にすればいい。

 そう自分に言い聞かせ、奮い立たせる。ガネーシャ様を見れば、満足そうにサムズアップをしていた。よく似合っていた。

 

 

 走る、走る、走る。

 できる限りの全速で、普段にはない、ある種仮装とも言える装備を身にまとい、闘技場からオラリオの東にあるメインストリートへ。

 横切る人たちの視線が、度々として僕へと向けられている様に感じる。けれど、それらを気にしている暇などない。

 僕は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしもモンスターと戦う事になった時、丸腰ではというガネーシャ様からのはからいによって借り受けたものだ。これはヘスティアへの貸しだとも言っていた。

 装備は竜系統の頭に付ける大きな兜や、猿型のモンスターに付ける大型の胸当てやシールドなど、僕だからこそサイズとしてピッタリなものが選ばれている。

 だから、まあ、尚更に民衆の視線を集めてしまうのも自分でわかる。金属の竜の頭部を持つ3(ミドル)近い大男が走っていれば、さもありなん、だろう。

 そしてなぜ僕が東のメインストリートへと向かっていると言えば、放たれたモンスターの殆どがその方角へと向かったと、装備を受け取った際に聞いていたからだ。

 対処に参加すると言った手前、何も出来なかったというのは格好が付かないだろう。先に対処に向かっているというギルドの人に合流出来れば良いのだけれど……。

 

「……べ、る。しる、さん」

 

 それに、この騒動にベルやシルさんが巻き込まれないという保証など何処にもない。怪物祭(モンスターフィリア)へと参加している以上、その可能性だって十二分に有り得るのだ。

 だから、僕は急ぐ。大切な家族と、友達を守りたいから。他の市民達がどうでもいいというわけではないけれど、それが今の僕を積極的にさせる理由のひとつだった。

 そうして、しばらく走り続けていると向かっている先から歓声の様なものがあがっているのが聞こえてくる。

 東のメインストリートへと向かうにはそこを通り過ぎる必要があったのだが、僕がそこへと到着すると、見知った顔が居て思わず立ち止まった。

 

「えい、な、さん……!」

「その声、アステル君!? どうしたの、その装備……」

 

 まるで見世物が終わった後の様に解散していく人たちの中央には、エイナさんの姿があった。

 ギルドの構成員である彼女なら何か詳しい情報があるのではと話し掛けてみたのだが、僕の装備状況を見てかなり驚いた表情を浮かべている。

 その隣に立っていたギルドの制服を着ている桃色髪の女性――確か、名前はミィシャさん――の顔が、青ざめている様に見えた。

 

「おかり、しまし、て。……それ、より」

「そ、そうなの。……ここに走って来たってことは、君も要請を?」

「は、い。もん、す、たーは……あと、どれ、くらい、ですか?」

「さっき、ここでヴァレンシュタイン氏がトロールを倒してくれたから、あと3、4匹かしら」

 

 質問に対するエイナさんの返答、その内容に僕は驚きを隠せなかった。

 まさか、ヴァレンシュタインさんまでこの件に加わっていたなんて。それに、トロールと言えば20階層より下に出てくるというモンスターの名前だ。

 さすがは【剣姫】と言わざるを得ないだろう。この状況で、こんなに頼もしい人なんて他に居ない。

 

「さが、し、て……き、ます」

「アステル君、無茶だけはしないようにね。逃げ出したモンスターは、とても君の手に負える様なものじゃないんだから」

「は、い!」

 

 エイナさんの言葉を受けて、僕はまた走り出す。

 わかっている。ガネーシャファミリアの檻から放たれたモンスター達は、どれも僕では太刀打ち出来ない様なものばかりなのは。

 だけど、ガネーシャ様も言っていた通り、それでも出来る事がある。その間に、ヴァレンシュタインさんをはじめとした実力を持つ冒険者達が倒してくれるかもしれない。

 情けない話かもしれないけれど、僕に出来る事というのはそれくらいしかないのだ。

 

 だけど、そう。いつだって、運命というものは僕らを嘲笑うかのような展開を与えてくる。

 エイナさん達と別れてから東のメインストリートの入口へとたどり着くと、道の方々に破壊された出店の残骸や砕けた荷台などが僕の視界へと入ってきた。

 既にモンスターが暴れた後、なのだろうか。周囲を見渡してみるが、その姿はどこにもない。そんな時だった。

 

「あ、おーい! あんた、【ガネーシャ・ファミリア】の人だろう!?」

「あ、え……っと」

「真っ白い猿みてえなモンスターが、これまた真っ白い髪の男の子と長い黒髪を二つ結びにした女の子を追って『ダイダロス通り』の方に向かってったんだ!」

 

 仮装めいた装備のおかげで、【ガネーシャ・ファミリア】の宣伝員か何かに勘違いされたのだろうか。

 声を掛けてくれた初老の男性は、慌てながら僕へと信じ難い情報を言い渡してくれた。

 僕は急速に体温が下がる様な感覚を覚え、立ちくらみしそうになる。

 男性に詳しく話しを聞いてみると、男の子の方はまさしくベルで、女の子の方はヘスティアだとしか思えない特徴だった。

 渡してくれた情報にお礼を言って、僕はすぐに一切の迷いなく『ダイダロス通り』への道を走り出す。

 

『ダイダロス通り』とは、このオラリオという都市の貧民層たちが住まう広域住宅街であり、もうひとつの迷宮である。

 聞いた話によれば、度重なる区画整理のせいで秩序が狂っていて、複雑怪奇な領域へと変貌してしまっているのだとか。

 一度足を踏み込んだならば最後、二度と出てこられないとまで言われている人工の迷宮は、僕が立っている場所よりも低い位置にあった。

 眼下に広がる光景を前に、僕は血眼になって範囲を見渡す。そこには幾つかの破壊痕があり、間違いなくここを通って行ったのだろうこともわかってしまった。

 

「……いく、し、か、ない!」

 

 一度迷えば、それこそ無意味になるかもしれない。それでも、僕はこの『ダイダロス通り』を駆け抜ける事にした。

 シルバーバックが何かを追いかけている。それがベルやヘスティアなら是が非でも助けに入らなければならないし、そうでなくても頼まれた事を果たすべきだろう。

 戦う事を前提としているわけじゃない。だけど報告に戻っている時間も惜しい。それなら!

 

 そんな思いを胸に、僕は力いっぱいに駆け出す。

 幸いに、とでも言うべきだろうか。

 彼らが通ったと思わしき場所にはシルバーバックによる破壊痕や暴れた跡が残っており、それを道標とする事が出来た。

 そうしてまた全力でその道を辿っていると。

 

「へす、てぃあっ!!」

「その声、アステル君ッ!!?」

 

 ダイダロス通りの奥へと裸足で駆けているヘスティアの背中へと、幸運にも追いつくことが出来た。

 精一杯大きな声を出して呼び止めると、彼女は振り向いてから驚愕(きょうがく)に染まった表情と声で僕の名前を呼んでくれる。

 

「何があったんだいその格好は!? いや、それよりもベル君がっ……!!」

「いっしょ、じゃ、ない……の!?」

 

 単身でダイダロス通りを走っているから不安に思っていたのだが、ヘスティアはベルが自分を逃がす為に囮を買って出たのだと告げる。

 その表情からは途轍もない焦りと不安と心配が入り混じっている気持ちがハッキリと見えて、僕は息をする事すら忘れそうになってしまった。

 なんて無茶をするんだ、君は。僕とも、ヘスティアとも、約束したじゃないか。

 いや、こんな所で文句を言っていても仕方ない。僕はベルを追いたいというヘスティアに同意し、一緒にこの迷宮の奥へと走り始める。

 道を進んでいる間にヘスティアが気がついたのだが、ダイダロス通りの壁には住人が書いたのだろう、メインストリートへの道標が矢印で描かれている箇所が何個もあった。

 ベルのことだ、ヘスティアを逃す為にこの道標が示している方向とは真逆に進んでいるに違いない。

 途中途中でショートカットをする為にヘスティアを肩に乗せたりしながら、僕らはベルに追いつく為に足を動かし続ける。

 

「……どうか無事で居てくれよ、ベル君」

 

 小さく、走りながら本当に小さく呟いたヘスティアの表情は、今にも泣き出してしまいそうなほど儚いものだった。

 僕はそれを見て、ギリッ、と奥歯を噛み締める。僕は無性に、ベルの事を怒りたくなっていた。

 だが、彼が無事でいなければそれをすることさえ叶わなくなってしまう。

 

「べ、る……!」

 

 英雄になるんだろう。強くなるんだろう。ダンジョンで出会いを見つけて、ハーレムを成すんだろう。ヴァレンシュタインさんにだって、君はまだ振り向いてもらえていないんだ。

 こんな所で死ぬなんて、絶対に間違っている。ヘスティアを逃がす為だったんだろうけど、それで君が死んで良い理由になんてなりはしない。

 僕は君を支える為に、一緒に冒険者になったんだ。それすら満足にやれないまま終わりなんて、絶対に嫌だ。友達が、家族が死ぬなんて、絶対に嫌なんだ。

 心の中で叫ぶのは、彼への気持ち。ベルだって、死にたいわけじゃないに決まっている。

 

『ガルァァァァアアアッ!!』

 

 その咆哮が聞こえた時、ヘスティアの走る速度が増した。

 まるでそこに居るであろうベルへと辿り着く為の道がわかっているように、彼女は僕の前を走っていく。

 僕はそんなヘスティアを見失わないよう、その背中を追った。

 そして。

 

「ベル君ッ!」

「神様ぁっ!?」

 

 長い階段を一気に駆け上がったヘスティアの息絶え絶えな声が聞こえて、そのすぐ後にベルの必死な叫びがダイダロス通りへと響いた。

 彼の声がしたその直後、ヘスティアを庇うように傷だらけになっているベルが飛び付く姿を僕は目にする。

 僕はクッションになろうと登っていた階段から後ろ跳びをして、二人を両腕で包むように受け止めた。

 そのまま僕らは勢いのまま階段を転げ落ち、一層強い衝撃とともに平たい板石の上へと投げ出される。

 何十回と転がったせいか目眩がしたけれど、【神の恩恵(ファルナ)】と装備のおかげか体に大した痛みはない。

 それよりも二人の安否が気になって起き上がろうとしたその時、僕の体の上でベルが声を張り上げた。

 

「何でっ、どうしてここにいるんですか!? 避難してくださいってあれだけ言ったのに! これじゃあ、僕のやったことは何の意味も……!」

「……本当にしょうがない子だなぁ、君は」

 

 様々な感情をない交ぜした裏返しそうな声を発するベルに、ヘスティアは優しく笑いかける。

 

「ボクが、君を置いて逃げ出せるわけないじゃないか」

 

 そして継いだその言葉に、ベルは出せる声を失ったみたいだった。

 そうだよ、と僕は心の中で呟く。君がヘスティアを大切に思っている様に、彼女だってベルの事を大切に思っているんだ。

 それは出会ってからずっと一緒に居る僕だってそうだ。仮に僕が同じ立場だったとしたら、僕も同じような行動に出るだろう。

 きっと、ベル。君だってそうなんじゃないかな。

 ……まあ、それはそれとして。

 

「べ、る。へすてぃ、あ……」

「あわわわわっ!? ごめんアステル君! 大丈夫かい!?」

「え、アステル!? 何で僕たちの下敷きに……って、まさか僕たちの事を受け止めてくれてたの!?」

 

 いい加減僕の上で話を続けられるのもなんだかな、という気持ちになったので交ぜてもらうついでに声を出す。

 すると、どうやらヘスティアは僕の事を忘れていたのか慌て始め、ベルはそもそも僕に気付いていなかったような反応を見せてくれた。ひどい話だ。

 それから二人にどいてもらってようやく起き上がった僕とベルを交互に見たヘスティアが、深呼吸を入れてから口を開く。

 

「……ねえ、ベル君。ボクを守りたいっていうのなら、その言葉はそっくり君に返してあげるよ。多分、同じことを思ってくれてるアステル君にも、ね」

「……神様」

「へす、てぃあ」

 

 ヘスティアはそうして、それにとベルへと言葉を続け、口の動きだけで言った。

 約束してくれただろう? と。

 

「あ……」

 

 その内容と意味を理解したのか、ベルの目尻に涙が浮かび上がる。

 どうやら、ベルに関してはこれで大丈夫かな。

 

「でも、神様! このままじゃ三人とも……!」

「そう、だ、ね。あい、つ。どうに、か……しな、いと」

 

 ベルの言う通り、このままではあのシルバーバックに僕らはやられてしまうかもしれない。

 そこに関しては揺るぎない問題であり、僕らで出来る解決策なんてものは持ち合わせていないのである。

 三人でどうにかまたメインストリートへと戻って、討伐に出てくれている冒険者にお願いするという手がないわけではないけれど、それはもう現実的な手段ではない。

 相手の機動力は、僕らよりも優っているのである。それはベルが逃げ切れず、傷を負ってしまっているのを見る限り明白だった。

 

「諦めるには早いぜ、ふたりとも……!」

 

 考え込む僕とベル、それぞれの手にヘスティアが自分の手を重ねながら自信に満ちた表情で言い放つ。

 その後、体に結びつけていた布袋を解いて僕たちの前に取り出して見せた。

 そう言えば、今日出会ってからずっとこれを身につけていた様な気がする。この中身が、ヘスティアの自信の根拠なのだろうか。

 しかして、そんなやり取りをしていれば時間というものは無情にも経っていくものである。

 それはつまり、あのシルバーバックが僕らに追いつくタイムリミットとも言い換えられた。

 

『ガァァアアアッ!!』

 

 僕たちが転げ落ちた長階段。その高さを雄叫びとともに悠々と飛び降りたシルバーバックが、僕らの前へと着地の衝撃で板石を破壊しながら現れる。

 四の五の言っていられない状況だ。ヘスティアの取り出した物の中身も気になるが、ここは三十六計逃げるに如かずである。

 それはベルも同意見なのか、彼はヘスティアを横抱き……いわゆるお姫様抱っこをして、逃走を再開した。

 僕も遅れながらその後を追う。どうにか僕の【ステイタス】でも、シルバーバックから逃げるだけなら出来そうだ。

 

「すまない、ベル君っ。僕はこんな状況なのに、心から幸せを感じてしまっているっ……!」

 

 もうなに言ってるんですか神様。ベルはそう口に出して叫び、僕は心の中で叫んだ。僕とベルの心がひとつになった瞬間だった。

 シルバーバックからの逃走は、逃走に専念したおかげか徐々にその距離を離す事に成功していた。

 しかし、まだ油断する事は許されない。相手は身軽に、そして家屋などお構いなく利用し、とんでもない方法で追い付いてくる可能性だってある。

 そして、問題とは立て続けに起きるものなのだろうか。いや、この場合、僕たちは最後の最後で運に見放されたと言うべきか。

 

「行き、止まり……」

 

 そこは背の高い三つの家屋に挟まれている通路で、完璧な袋小路だった。

 この場に着くまでの道は一本だけで、それはつまり退路を絶たれていることになる。

 前に進もうにも進める道はない。しかして戻ればシルバーバックと鉢合わせる。こういうのを、袋の鼠というのだろうか。

 ベルはヘスティアを下ろし、周囲を見渡していた。それに倣って僕もそうしてみると、あまり気持ちの良いとは言えない視線を感じ取った。

 ダイダロスの住人たちが、僕らのことを盗み見ている。その視線に含まれる感情は、早くこの場から去って欲しそうなものばかりだ。

 

(……状況的に、仕方ないけど)

 

 誰だってモンスターは怖いものである。それに追われている連中が居る、という情報が回っているのかもしれない。なら、彼らの反応は当然のものだ。

 しかして、深くうなだれているベルをよそにヘスティアは顎に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。

 

「……いや、好都合だ」

「えっ!?」

「へす、てぃ、あ。おし……えて」

 

 おもむろに呟いたヘスティアの言葉に、ベルが驚いて顔を上げ僕も僕で説明を要求する。

 僕はともかく、ベルよりもずっと背の低いヘスティアは、凛とした眼差しでベルのことを見上げていた。

 どうやら、ヘスティアの考えでは今回の鍵はベルのようだ。

 

「いいかい、ベル君。僕はここで君の最後の【ステイタス】更新をする。君が、今から強化する君の力で、()()()()()()()()()()()()

「……っ!」

 

 確かに、それはあらゆる意味で賭けになるかもしれないけれど、現状最も効果的な手段だろう。

 盾役(ディフェンダー)である僕は高い筋力や耐久があっても攻撃手段に難があるし、そもそもシルバーバックに当てられるかも怪しい。

 だけど、敏捷型の【ステイタス】をしている上、全項目において飛躍的な数値の上昇をしているベルならばもしかしたらと僕は思う。

 とは言え、だ。それだけだとヘスティアの自信の裏打ちとしては浅い。他にもきっと、理由があるのだろう。

 

「……無理です、神様。僕の攻撃、あいつには効かないんです。少し力が強くなっても」

 

 ――僕は、あのシルバーバックを倒すことが出来ない。

 

 沈痛な面持ちで吐き出された、ベルの言葉。

 おそらく、これまで彼が繰り広げていた逃走劇の最中、何度だって挑んでいたのだろう。

 ベルがその証拠と言わんばかりに取り出したナイフはボロボロで、今にも砕けてしまいそうなほどだった。

 

「べ、る。でも、それ、は……いま、まで、は、だよ」

「アステル君の言う通りだ。ベル君、それじゃあ質問させてもらうけれど、攻撃が通用するようになれば君はあのモンスターを倒せるのかい?」

 

 今までのままなら、ベルの言う通り倒せないのかもしれない。

 でも、あのヘスティアが勝算なしでベルに玉砕紛いなことをさせるなんて、僕には到底思えなかった。

 そして、僕の考えは当たっていた。

 彼女は質問をしながら、大事そうに持っていた布袋の中から鞘に収められている漆黒のナイフを取り出してベルに渡す。

 呆然としながらゆっくりとそのナイフを受け取ったベルは、確認する様に鞘から抜く。

 それは驚くべきことに、柄も鞘も漆黒のそれは、刃も例外ではなかった。

 全身を漆黒に染め上げた反りのない直刀。僕の目には、更に驚愕するに値するものがその刃に刻まれているのが見えた。

 その隅々にまで、複雑な刻印がびっしりと施されていたのだ。その《神様のナイフ》は、彼の手の中で淡い紫紺(しこん)の光沢を宿し始める。

 神の芸術品のような神聖さと、武器としての造形美にベルだけでなく僕も目を奪われていた。

 

「ベル君、いつから君はそんな卑屈なやつになったんだよ? ボクは君のこと信じてるぜ? こんなの、冒険の内にも入らない。だってそうだろう?」

 

 顔をあげたベルに、ヘスティアは曇りのない瞳で真っ直ぐ見据えながら言う。

 

「ヴァレン何某(なにがし)というばけも……もとい、精強な女を目標にしている冒険者、ベル・クラネルなら――あんなモンスター、ちょちょいのちょいさ!」

「……べ、る。やろ、う。ぼくも、てつ、だう」

 

 こんな所で、ベル。君は立ち止まるような奴じゃない。

 ヘスティアの言う通り、ヴァレンシュタインさんを目標にしているのなら、こんな所で折れて腐っている場合じゃないだろう。

 

「ひと、り、で、だめ……なら。ふた、り、だ、べる。ぼく、ら、は……なかま、で、ともだ、ちで、かぞく、なん、だ、から」

「そして、それならボクも含めて三人さ! ……ベル君。いま君は、自分の事を信じてやれないのかもしれない。なら、代わりに君を信じているボクとアステル君を信用してやってくれないかい?」

「アステル、神様……!」

 

 僕とヘスティアの言葉に、ベルは目尻に涙を浮かべて僕らを見る。

 そうして、すぐに服の袖でグシグシと涙を拭った彼は、真っ直ぐな瞳をしていた。そこには先ほどまで卑屈になっていたベルの様子など、微塵もなかった。

 

 

 ダイダロス通りの一本道、奥が袋小路になっているそこの入口に、僕はひとりで立っていた。

 その目的は、追い付いてきたシルバーバックの足止めをする事である。ようは時間稼ぎで、万難を排してヘスティアがベルの【ステイタス】を更新出来る様にする為だ。

 何度も深呼吸をして、精神を研ぎ澄ます。そんな中でふいに腹部をさすって、あのモンスターとのファーストコンタクトを思い出す。

 無防備な状態での不意打ちとは言え、一撃で僕はシルバーバックに倒された。

 僕のこの戦いは、そのリベンジマッチとも言えるだろう。あまり闘争心が強くないと自覚している僕だが、この戦いには自分の誇りというものを賭けるつもりでもある。

 僕は、英雄(ベル・クラネル)の盾なのだ。その自負を汚されたままなんて、僕には我慢ならないものなのである。

 ヘスティアとベルには一度止められたけれど、そこは信じて欲しいと言って、許可をもらった。

 だから、これは僕にとって大事な役割だ。信じてもらったのだから、ベルが来るまで絶対に奥へは行かせない。

 そんな事を考えながら、僕は自分の状態(コンディション)を整えつつ一本道の奥を見続ける。

 すると、奴は現れた。その様子はまるで、目標に追いつけない焦れったさに苛まれている様にも見えた。

 

『ガルァアアアアアアアッ!!』

「わるい、けど……おくに、は、いかせ、ない!!」

 

 シルバーバックは僕の姿を確認するのと同時に、その高い身体能力で一気に突進してくる。

 僕はそれに合わせて両腕に括りつけているシールドを突き出し、我武者羅に受け止めてみせた。

 凄まじい衝撃が、腕から全身へと突き抜けた。備えていた筈なのに、僕の体が二歩分ほど後退させられている。

 だが、それだけだ。突き飛ばされて、意識を失うほどのものじゃない。ならば、対応する事だって出来る。

 

「オ、オォォォォォオオッ!!」

『ガァアアアア!?』

 

 力を溜める様にシルバーバックを受け止めた腕を引き、そのまま全力で押し返す。

 奴にとって僕の膂力は予想外だったのか、驚いた様子を見せてそのまま道へと弾かれた。

 しかし、ダメージにはなっていないようですぐに体勢を立て直すと、荒々しく息を巻き僕の姿を見据えてくる。

 

「いか、せ、ない! ぜった、い、に!!」

 

 出せる精一杯の声で、僕は威嚇と共に自分を奮い立たせるように叫ぶ。

 奥には、僕が守りたくて、支えたくて、そして一緒に強くなると約束した僕らの友達(きぼう)が居るんだ。

 ヘスティアの手で更に開花しようとしているベルの邪魔は、絶対にさせない。こんな時、その役割を果たせなくて何が盾役(ディフェンダー)だ。

 僕の背中は、絶対に通させやしない。竜の形をした兜の奥で、僕はしっかりとシルバーバックを見据え、奥歯を噛み締める。

 そうして、両腕のシールドをかち合わせて音を鳴らし、その後右手を突き出してから『来いよ』とジェスチャーをして見せた。

 すると、シルバーバックは歯をむき出しにしてから雄叫びをあげる。挑発に乗ってくれるみたいだ。

 

『ギアァァァァアアアアッ!!』

「ぐ、うう……!」

 

 素早く飛び上がり、空中で身を翻したシルバーバックが拳を叩きつけるように僕へと振り下ろしてくる。

 僕はその攻撃を間一髪で避けるが、奴はその追撃として手首に繋がれたままの鎖を利用してなぎ払ってきた。

 向かってくる鎖をシールドで弾くが、鞭のようにその先端が曲がって僕の腕へとぶつかる。

 鈍い痛みを感じるが、我慢出来ないほどではない。だけれど、やはり相手は格上なのを再認識する。

 これまで戦ってきたモンスターとは、比にならない強さなのは間違い。

 

「それ、でも……!」

『ギャ!?』

 

 僕にシルバーバックを倒す事は出来ないのだとしても、足止めの役割ならば果たせられる。

 僕の攻撃は当たらないかもしれないし、相手の攻撃を避け続けることもかなわないだろう。ダメージは確実に蓄積していくし、パフォーマンスだって落ちていく。

 だけど、僕が倒れるまでの時間があれば、ベルは絶対に来てくれる。ヘスティアが間に合わせてくれる。

 それだけで、戦えるのだ。強くなれるのだ。僕は二人を、信じているのだから!

 

「いか、せ、ない……! ぼく、は! へす、てぃあ、ふぁみり、あ、の……たて、だっ!!」

 

 力任せに鎖を振るうシルバーバック。金属の暴風とも言うべきそれを、僕は防御体勢を取って堪えながら声を張り上げる。

 いや、堪えるだけじゃない。堪えるだけじゃいけない。戦いを続ける中で、僕の中には一矢報いてやりたいという願望が芽生え始めていた。

 一歩、前に。確実に、前に。少しずつ、前に。大気を力任せに裂く不快な風切り音を耳にしながら、防ぎ切れないダメージを奥歯を噛み締めて堪えながら、前に。

 ジリジリと近付いてくる僕に、シルバーバックは雄叫びをあげて腕を振る勢いを上げようとする。

 そして、その為に呼吸を挟むその瞬間を、僕は運良く捉えることが出来た。

 

「お、おお、オォォォォォォオオオオオオオオッ!!」

『グルギァアアアアアアアアッ!!』

 

 そのまま一発でも拳を叩き込もうとしたが、シルバーバックにすぐ気づかれた。

 そして互いに正面から力比べをする様に、両手を組み合わせる形になる。

 雄叫びをあげる両者。僕は自分が力負けしそうになるという初めての体験を味わったが、そのまま引く気は起きなかった。

 一撃。せめて、一撃。ベルとヘスティアをああまで追い詰め、痛めつけてくれたモンスターに、このままやられっぱなしではいられない!

 

「だ、か、らぁぁあああああッ!!」

『ギィッ……!?』

 

 僕は一瞬だけでもと全身に力を込め、シルバーバックが押し込もうとしている腕を押し返してみせる。

 そして、渾身の力でもって僕は頭を振りかぶり、そのまま鉄槌のように勢いよく振り下ろした。

 鈍い衝撃が、兜の中にまで伝わってくる。それだけではない、被っていた兜は、その衝撃で大きく歪んでしまっていた。

 だが、シルバーバックを怯ませる事は出来た。たたらを踏んで後ろによろめくモンスターに、僕は兜を脱ぎ捨てながら思いっきりタックルを仕掛けて突き飛ばす。

 されど、やはり【ステイタス】に差があるせいなのだろうか。あまりダメージを負っているようには見えず、シルバーバックは器用に宙返りを決めて綺麗な着地をしてみせてきた。

 

『ガルァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 遊びは終わりだ。そう言わんばかりにシルバーバックが咆哮し、僕を標的として見定めてくる。

 一方で、僕は息も絶え絶えとなっていた。鎖によるダメージも無視出来ないほどになっていて、体力の限界に近付いているのか膝も笑い始めている。

 このままだと、僕はあのモンスターに負けてしまうだろう。ひとりで倒すなんて無理をしていたならば、だけれど。

 

「アステル、スイッチッ!!」

 

 僕に向かって走り出すシルバーバックとは逆の方角から、待望していた声が聞こえて来る。

 ベルだ。ベル・クラネルの声だ。僕は後ろを確認せずに大きく跳躍して飛び退くと、彼が信じ難い速度でその下を走り抜いていった。

 その手には、ヘスティアが手渡していた漆黒のナイフが強く握られている。

 シルバーバックには、突然彼が現れたように見えただろう。面食らいその場に急停止する奴の隙を、ベルは見逃さなかった。

 

「せやぁぁぁあああッ!!」

 

 雄々しく声を張り上げ、騎兵もかくやという速度で懐へと突貫したベルは、そのナイフをシルバーバックの胸に突き立てた。

 ベルはそのまま、勢いを殺すように横へと回転しながら飛ぶ。そうして後ろに下がっていた僕の前まで走り抜けて止まり、シルバーバックの事をジッと見つめた。

 奴の胸には、漆黒のナイフが突き刺さっていた。シルバーバックは呻き声をあげると、力なく膝から崩れ落ちる。

 ベルの放った渾身の一撃が、モンスターにとっての心臓――生命の核である『魔石』に届いたのだろう。

 彼にもその手応えがある様に見えて、その考えが間違っていないことが、目の前で証明される。

 シルバーバックの体が、ぼろりと崩れ始めたのだ。やがてその現象は肉体全体へと見え始め、風に乗ってその姿を跡形もなく消滅させる。

 

「――――――ッ!!」

 

 カラン、と残った漆黒のナイフが石畳の上に転がった瞬間、歓喜の声が僕らの居る道に面した民家から迸った。

 僕らの戦いの行方を見守っていた、ダイダロス通りの住民たちによるものだ。窓から身を乗り出して歓声をあげるその姿に、僕は現金なものだよ、と心の中でぼやく。

 でも、そう。最後はあまりにも呆気なく終わったけれど、しかしてあまりにも綺麗な一撃だった。

 今までとは比較にも出来ないベルの成長ぶりに、僕はようやく安堵の息を漏らす。

 

「アステル、アステル! やった、倒せたよ!!」

「うん、うんっ! しんじ、て、たよ、べるっ!!」

 

 ベルを称える周囲の喝采に包まれながら、僕らはこの勝利に言うも言われぬ熱がこみ上げてきて、一緒に喜んだ。

 

「やった、やったよベル君! アステル君!!」

 

 そして、その輪に加わる大切な存在がもうひとつ。

 輝かしいほどの笑顔を浮かべ、袋小路の方角から走ってきたヘスティアが、僕らへと跳んで抱きついてくる。

 頬を蒸気させ、自分のことの様に喜んでくれるヘスティア。僕とベルも、一層深くした笑顔を彼女に向けた。

 

「はい、やりました神様! ありがとうございます、神様!!」

「それはボクのセリフだ、ベル君! アステル君だって、本当にありがとう!!」

「う、ん! ふた、り、を……しんじ、て、たよ!!」

 

 最初はどうなるかと思ったけれど、今ここで勝利を分かち合える事が何よりも嬉しかった。

 三人で得たこの感動は、僕にとって生涯忘れられないモノの一つになるだろう。そんな事を思いながら、僕は広げた両腕で二人を抱きしめる。

 感無量な状態でやったと声を上げ続けるヘスティア。少し恥ずかしそうにしながら、相槌を打ち続ける笑顔のベル。

 周囲には民家から出てきたダイダロス通りの人たちが集まり始め、僕らに拍手と歓声を浴びせてくれていた。

 

「あはは、すごい騒ぎになっちゃいましたね」

「……ああ、そうだね」

「へす、てぃ、あ?」

「ベル君、アステル君。本当に……よく、頑張った、ね」

 

 そんな中で、これからどうしようと困った表情を浮かべたベルの言葉に、ヘスティアが弱々しく肯定する。

 そしてそのまま、ヘスティアからゆっくりと力が抜けていくのを感じた僕は、急いでその体を腕で支えた。

 しかし、彼女はそのまま動く様子を見せなかった。

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