英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか   作:暇潰しと思いつきの人

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リリの登場です。ヘスティアからアステルに与えられるプレゼントは、まだお預け。


第九章 サポーター

「なるほどね。これは確かに、直接採寸しなくちゃ作れる物も作れない、か」

 

 そう口にしたのは、炉で揺らめく炎のような短い赤髪持ち、その右目に眼帯を付けているパンツルックの女性だった。

 彼女の手には採寸を取る為の道具が握られており、今まさにその行程を終えた所である。

 僕はこの場に、少々の居心地の悪さと申し訳なさ、そしてそれらとは真逆の高揚感を胸にしながら座っていた。

 その後ろには、僕らの所属しているファミリアの主神、ヘスティアの姿がある。

 ヘスティアは緊張と真剣さを織り交ぜたような眼差しで女性の事を見つめており、その後の言葉を待っている様だった。

 

「でもまあ、約束だからね。大丈夫、ちゃんと作るよ」

「いやったあ! ありがとうヘファイストス!!」

「あり、が、とう……ござい、ます!」

 

 嘆息混じりにそう言ってから笑顔を浮かべた女性――ヘファイストス様の言葉に、僕とヘスティアは揃って礼を口にした。

 続けて、良かったねと嬉しそうにヘスティアが僕へと向けて言ってくれる。

 改めてこの場所……【ヘファイストス・ファミリア】のホームへと彼女に連れて来られた時はどうしようかと思ったものだが、その目的も果たす事が出来るみたいだ。

 

「だけど、前回の時とは違ってゆっくりとだ。今回はワンセット、()()()()()()()()だしね。あんただって病み上がりだ、こっちで無茶をしてまた倒れたりしたら、子供たちに心配されるだろ?」

「う、ん。そう、だ、よ。へす、てぃあ。むちゃ、は……だめ」

「あ、あははは。わかってるよ、ヘファイストス、アステル君」

 

 ヘファイストス様と僕の言葉に、ヘスティアは困ったような笑顔を浮かべる。

 それを見たヘファイストス様は両腕を組んで溜息を吐き、僕は僕で乾いた笑みをするしかなかった。

 

 ――シルバーバックを倒してから、既に二日が経っている。

 その間に【ガネーシャ・ファミリア】から借りていた防具を返したり、壊してしまった兜の弁償をしたりと色々とあったけれど、今ではすっかりと何時もどおりの生活が出来るようになっていた。

 あの戦いの後、ヘスティアが気絶したのは不眠不休でベルに渡した武器をここにある工房で鍛えていたからだったらしい。

 あの日の夜に《豊穣の女主人》で介抱させてもらっている中、僕とベルはそう目を覚ました彼女から直接そう聞いていた。

 ベルに贈られた武器――その銘は、《ヘスティア・ナイフ》。

 ヘスティアがヘファイストス様に頼み込んで作られた、【神聖文字(ヒエログリフ)】の刻まれている生きている武器。

 そして僕は、ベルと共に成長するというソレと同等の物を作って貰えるらしい。

 そのお値段については、詳しく聞いていない。だけど、あの【ヘファイストス】の作る武具だ。それ相応の値段がして然るべきだろう。

 その証拠に、ヘスティアの今している服装はウェイトレスというか、受付というか、そんな普段とは違う姿になっている。

 この後、【ヘファイストス・ファミリア】の運営している武具店でアルバイトをするとの事だった。

 ヘスティアはベルに心配して欲しくないとのことで、仕事を増やしたことは黙っていて欲しいと口止めをされている。

 僕としてはヘスティアにあまり無理をして欲しくはないのだが、彼女の思いを無碍にするわけにもいかず、わかったと答えておいた。

 本当なら、そのお金だって僕らが冒険者として頑張り払うべきものだ。だが、ヘスティアは僕らに出来ることをしたいと、そう言ってくれた。

 だったら、僕らはその言葉と贈られる武具に恥じない活躍をしなければならないだろう。

 僕はそう心に決めて、ヘスティアと共に【ヘファイストス・ファミリア】のホームから出たのだった。

 

 

 実を言うと、今日は冒険をお休みしていた日だったりする。

 そもそもとして何で休みになったかと言えば、それはベルが僕らのアドバイザーであるエイナさんと一緒に、バベルにあるテナントへと向かったからだ。

 僕は以前エイナさんからそこにあるお店のことを教えてもらっていたのだが、ベルは知らなかった様で今朝の彼は何処へ連れていって貰えるのだろうとドギマギしていた。

 さて、そもそもとして何でベルがエイナさんと一緒に買い物――これはもうデートと言って良いのだろうか?――をすることになったのかと言えば、それは僕らがダンジョンの()()()()()()()()()ことが発端だった。

 シルバーバック戦を経て、更に強くなったベル。あの日の翌日、ヘスティアに【ステイタス】の更新をしてもらった僕。

 僕らでそれぞれの戦力を鑑みながら相談して出した結論だったのだが……まあ、アドバイザーであるエイナさんに相談していなかったことが、そもそもの間違いで。

 それはもう、こっ酷く叱りつけられた。怒った時のエイナさんほど、怖いものはない。それが僕らを思ってのことだけに、申し訳なさまで付随しているのだから聞かないわけにもいかないのだ。

 彼女を説得する為、【神聖文字(ヒエログリフ)】を少し読めるというので僕とベルの背中に刻まれている【ステイタス】を確認してもらって、ようやく進出許可を出してもらったのだが。

 

 ちなみに、僕の【ステイタス】は筋力と耐久が自分でも信じられないほど上がっていた。

 器用と敏捷については微増、魔力なんかは当たり前のように増えていなかったわけだが、筋力と耐久が200近くも増えていたのだ。

 おかげで耐久の評価は【D】に突入し、筋力に至っては【C】にまで足を踏み入れている。

 相変わらず君は【規格外】だ、とはヘスティア談。しかし、以前と変わった所は僕はその言葉を素直に喜べたということだ。

 強くなれば、それだけベルやヘスティアを守ることが出来る。なら、それを喜ばない理由など僕にはもうないのである。

 

 閑話休題。

 

 とまあ、そんな感じで僕らは急速的に強くなっているわけだが、それによって発生する問題というのもあるわけで。

 それはずばり、装備の問題である。僕はともかくとして、ベルの防具は未だギルドによって支給されているものだ。

 そこを危惧したエイナさんが、ベルを誘ったのである。僕は僕でヘファイストス様の件もあって丁度良かったし、それに僕が一緒に行ったところで買える装備というのもないだろう。

 いや、もしかしたらテイムされたモンスター用の装備があって僕にピッタリな物もあるかもしれない。

 これは“怪物祭(モンスターフィリア)”の際に気づいたもので、市販されている装備のサイズが駄目なら、いっそのことそっちでも良いのではと考え始めたのだ。

 今の僕が持っている防具は、以前ティオナさんに弁償という名目で貰った両手に装備しているタワーシールドのみ。ヘファイストス様に作って貰うものも両腕を守る為の篭手の予定なので、その他の部位を守る防具が現在、ないのだ。

 そろそろ僕も、形だけでも防具を揃えておきたいというのは本音である。

 

「あっ」

「あ、れ。べ、る?」

 

 ヘファイストスファミリアから出て、趣味である土いじりに必要な買い物を済ませてからオラリオの街を何となしに散策していた僕は、ベルと偶然鉢合わせた。

 時刻は既に夕暮れだし、エイナさんと別れてホームに帰る所だったのだろう。

 買い物も無事に済んでいる様で、今朝出かけた時には中身がスカスカだったベルの肩がけのカバンもパンパンに膨れていた。

 

「アステル、珍しいね。こんな時間まで散策してるなんて」

「う、ん。あれ、か、ら……たまに、こうし、ようと、おもって、て」

 

 ベルの何となしな質問に、僕は苦笑しながら答える。

 “怪物祭”以降、周囲から向けられる目に慣れるために僕はこうして出歩くことを心がけるようになっていた。

 いつまでもそれらを怖がっているわけにもいかないし、嫌な気持ちを抱き続けるのはこれからの為にならないと思ったのもある。

 きっかけ、というのは多分、ガネーシャ様が掛けてくださったあの時の言葉と、シルバーバックを倒した時に受けてたダイダロス通りでの喝采や歓声なのだと思う。

 自分から行動していれば、自ずと結果はついてくる。

 それが良いものに繋がると、僕は信じている。元々、あまり良い目を向けられていたわけではない。なら、そこから這い上がるのだって、僕の目指す英雄になるには必要なことだろう。

 ベルの隣に、胸を張って立つ為にも……このままの僕ではいけないのだ。

 

「そっか。うん、僕はとっても良いと思うよ」

「あり、が、とう」

 

 笑顔を浮かべ、喜びを見せてくれるベル。僕もつられて笑顔を浮かべ、一層頑張ってみようと心の中で奮起を決めた。

 そんな時だった。

 

「あうっ、う……」

「す、すいません! 大丈夫ですか!?」

 

 メインストリートから外れ、ホームへの帰路へと続く曲がり角でひとつの影が僕らの前を勢いよく転がる。

 どうやら曲がり角から身を乗り出したベルの足に、走ってきたその影が引っかかってしまったらしい。

 か細い悲鳴に、僕とベルは慌てながら近寄ってみる。

 そこに倒れていたのは、ヘスティアよりも更に小さな身長の――一つ一つのパーツの小ささが特徴的な亜人(デミ。ヒューマン)小人族(パルゥム)の少女だった。

 もぞりと動いて、その小さな体が起き上がる。その容姿は幼く、何もかも小振りな顔立ちの中で、その大きく円らな瞳が強く印象的だった。

 

「追いついたぞ、この糞小人族(パルゥム)がっ!!」

 

 ベルが少女に手を貸そうとしたその時、道の奥から一人のヒューマンが現れる。

 汚い口調で怒声を迸らせ駆け寄ってくるその男は、目をギラギラと光らせ手に比較的大きな剣を握っていた。

 メインストリートから外れているとは言え、ここはまだ人通りが無いというわけじゃない。

 それなのに、何を考えているんだこの男は。

 彼の怒りに血走った目には少女の姿しか映っていないみたいで、彼女へと握っていた剣を思い切りふり下ろそうとする。

 その間に割って入ったのは、《ヘスティア・ナイフ》を抜いたベルだった。

 

(ナイスだ、ベルっ!)

 

 両者が握っている得物の刃が打ち合い、金属同士がぶつかりあった時特有の嫌な音が鳴り響く。

 僕はその間に、と鍔迫り合いをしている状態の二人を呆然と見ている少女へと駆け寄って身を屈めた。

 

「だい、じょ、うぶ……で、すか?」

「ひっ!?」

 

 ……立つのを手助けしようとしたら、短い悲鳴をあげられた。これまで何度も体験してきたことだが、やっぱり慣れない。

 地味に来る傷心からいじけたい気持ちになったが、今はそんなことをしている場合じゃないだろう。

 このまま差し伸べた手を引っ込めるのは違う気がして、少女の小さく軽い体を持ち上げて無理矢理にだが立たせる。

 本当に、小人族は見れば見るほど華奢(きゃしゃ)な体格だと僕は思った。

 

「なんだテメエっ! そいつの仲間か!?」

「ち、ちがっ……! 初対面ですっ」

「じゃあなんで庇う」

「……お、女の子、だから?」

「ああっ!? 何言ってんだクソガキッ!!」

 

 一方で、ベルとあの男はそんなやり取りをしていた。

 彼はこの少女を庇ったベルの言葉が気に入らなかった様で、一度収めようとしていた剣を改めて構えて見せる。

 それはとても、ベルらしい理由だった。でも、そうだ。男だったら、女の子が襲われていれば普通に助けようとするだろう。

 本物の殺気を放つ男に、ベルは反射的にナイフを構えていた。僕も立ち上がって、いつでも割って入れるよう準備をする。

 

「……やる、の?」

「なっ……!?」

 

 のそのそとベルに歩み寄ったことでようやく僕に気づいたのか、男は一瞬だけ怯みを見せた。

 こういう時だけは、僕のこの『普通』じゃない体が役に立つ。今のうちにあの女の子が逃げてくれれば御の字なんだけど……。

 そう思いながら横目で確認してみると、少女はまだそこに居た。居たというより、ベルの手元を注視している様にも見えた。

 

「クソがッ! もろともぶっ殺してやる!!」

 

 荒々しく、双眼に力を入れ直した男は僕とベルを睨みつけてそう叫んだ。

 これは、非常に不味い展開だ。

 ()()()()()()、ベルはこれが初めての対人戦である。いざとなったら、僕が前に躍り出るべきだろう。

 本当なら、こんなことしたくなんてない。この力をヒトになんてぶつけたくない。

 でも、ここであいつがベルを傷つけようとするのなら……僕はヘスティアファミリアの盾として、戦う。

 そんな覚悟を自分の中で固めようとしていた最中、それを止める声があたりに響いた。

 

「止めなさい」

 

 芯のこもった鋭い声。僕とベルが振り向くと、そこには大きな紙袋を片手に抱えたエルフの少女の姿があった。

 空色をしたアーモンド形の瞳が、僕らと対峙しようとしていた男を真っ直ぐに貫いている。

 

「……りゅー、さん?」

「街中で剣を交えようとは、穏やかではありませんね」

 

 リュー・リオンさん。《豊穣の女主人》で店員をしている、僕にとって恩人とも言えるエルフがそこに居る。

 まさかの登場に目を丸くする僕だけれど、男は彼女の姿を確認するや否や、横槍を入れられたことで頭に血が上ったのか、

 

「次から次へと……! 口出しすんじゃねえ、とっとと失せなッ!!」

 

 吊り上げた眉をヒクヒクと痙攣させながら、そう吐き出して威嚇のためか剣を横薙ぎに振るう。

 このままじゃリューさんも危ない。そう思って飛び出そうとしたその瞬間。

 

「吠えるな」

 

 ――しんっ、と空気が凍った。

 大声を散らしていた男は言葉を呑み込み、目に見えて狼狽(ろうばい)し始める。

 その原因は、目を細めたリューさんが放っているとてつもない威圧感のせいだろう。

 かくいう僕も言葉を失い、ベルも息を飲んでその姿を見つめていた。

 

「手荒なことはしたくありません。私は()()()()()()()()()()()

 

 淡々と喋るリューさんだが、その内容はおそらく事実なのだろう。そう思えるだけの空気を纏っていて、そのたたずまいから真実味がひしひしと伝わってくる。

 男は顔色をみるみる青く染め、「クソがっ」というお決まりめいた捨て台詞を残し退散していった。

 格好良い……! 戦わせず、凄味だけで暴漢を追っ払ってしまったリューさんに、僕はそんな感想を覚える。

 そう言えば、あの時に暴走しそうになった僕の腕を掴んで止めてくれたのは彼女だ。

 もしかして、リューさんって冒険者なのだろうか……?

 

「お二人とも、大丈夫でしたか?」

「あ、ありがとうございます! 助かりました……」

「あり、が、とう、ござい、ます」

「いえ、こちらこそ差し出がましい真似を。ですが、良かった。なに事も無かったようで」

 

 そう言って、リューさんは心配そうに僕の方を見る。

 どうやら、あの時のように僕が“ああなって”いないか気を使ってくれているみたいだ。

 重ねて、僕は頭を下げる。本当に、頭が上がらない思いだ。

 

「そうだ、あの子……」

「誰か居たのですか?」

 

 僕がリューさんに対する恩義を噛み締めている中、ベルはキョロキョロと周囲を確認し始める。

 そうだった。あの男に追われていた子が居たんだ。

 僕は急いで頭をあげてベルに倣って周囲を見渡したのだが、先ほどまで居た筈の小人族の少女は忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 

「え、ええ。その筈なんですけど……怖くなって逃げ出しちゃった、のかな」

 

 ベルはそう言って、少女の行方が気になっているのか尾を引くように周囲を探し続ける。

 しかし、どれだけ見ても彼女の姿はすっかりとなかった。ベルも諦めた様で、仕方ないと息を吐いてからリューさんに向き合う。

 

「クラネルさん。あなたが怪我をしたら、シルが悲しみます。気を付けてください」

「あ……あ、はいっ」

「アステルさんも、あまり無茶をし過ぎないように」

「わかり、ま、した」

「では、私はこれで」

 

 まるで釘を刺すように。そして、ベルにはシルさんの事を気に掛ける様に言ったリューさんは、その場を後にする。

 僕とベルは一緒に、改めてお礼を言いながらお辞儀をして、その背中を見送った。

 

 

 翌日。

 僕はベルが新調したという新しい装備を羨ましく思いながら、身につけたその姿を眺めていた。

 黒地のインナーとパンツによく映える鉄色のライトアーマー。左腕には昨日別れた時、エイナさんから贈られたという緑玉色(エメラルド)の輝きを放つプロテクターを着けている。

 プロテクターについては、エイナさんからのプレゼントということでよっぽど嬉しかったのだろう。その緑玉色(エメラルド)の色をした防具の表面を、彼は微笑みながらそっと撫でていた。

 僕はと言えば何時もどおりの装備である。一応新調した防刃性のある服に、両腕を覆うようなタワーシールド。

 これから7階層へも進むにあたり、僕は一層として自分の装備を揃えなければと思った。

 今までよりも深い階層に進むという事は、稼ぎを増やせるという事でもある。実を言うと装備のことはベルとヘスティアにも相談してあって、これからは僕の装備を優先しても良いという事にもなっていた。

 とは言え、ヘスティアがヘファイストス様に頼んで作ってもらった装備のこともある。

 僕とベルは、そのこともあってやる気に燃えていた。

 ちなみに、ヘスティアがバイトを増やしたことについてはベルにはもうバレている。昨日エイナさんと一緒にバベルにあるヘファイストスファミリアのテナントへ行った時、鉢合わせになったらしい。

 昨夜はベルがその事に対して説得を試みていたのだが、諦めているようだった。

 

 さて、そんなわけで今日も今日とて冒険者としてダンジョンに潜るわけである。

 早朝にホームを出た僕らを迎えたのは、鮮やかに晴れ渡った空だった。

 心なしか足取りの軽いベルの後ろを着いていく形で、僕はその後ろを歩いていく。

 裏道を経由してメインストリート、そして朝霧もまだ晴れていない中央広場(セントラルパーク)へ。集まっている冒険者(どうぎょうしゃ)の波に乗って、僕らはバベルまでやって来た。

 今日も一日頑張ろう。そんな風に入口を前にした僕らだったが、歩む足を中断する様に背後から声が聞こえてくる。

 

「お兄さん、お兄さん。白い髪のお兄さん方」

 

 僕らと思しき者を呼ぶ少女らしき人物の声に、二人で一緒に振り向く。

 しかし、自分たちに近付いては追い抜いていく冒険者たちが視界を過るだけで、声の人物らしき者は見当たらなかった。

 

「お兄さん方、下、下ですよ」

 

 言われた通りに従って顎を引くと、居た。

 身長、およそ一〇〇(セルチ)。僕の三分の一ほどの大きさの人物は、クリーム色のゆったりとしたローブを身につけ、深くかぶったフードから栗色の前髪がはみ出ている。

 しかし、何と言っても特徴的だったのはその見た目だけではない。その背中には、小さな体が何人も入ってしまえそうなほど大きなバックパックがあった。

 ……ん、あれ? と。少し歩みを引いて少女の顔を確認してみると、既視感を覚えた。

 

「君は……」

()()()()()、お兄さん方。突然ですが、サポーターなんか探していたりしませんか?」

 

 ベルの声を遮って、唐突に少女はそう言った。

 彼の反応を見るに、どうやら僕と同じ感覚を彼女に覚えたのだろう。

 少女はそんな様子を介することなく、混乱しているベルにこの状況がどういうものなのかを説明する。

 曰く、冒険者のおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているのだと。

 それは若干強引なもので、ベルは目を丸くして状況を飲み込めていない様子だった。

 一方、少女はお日様のようにニコっと笑ってみせている。

 

「……き、み。きの、う、の?」

「そ、そう。昨日、会わなかった……かな?」

「はて……? お兄さん方、リリとお会いしたことがありましたか? リリは覚えてないんですが」

 

 首を可愛らしく傾げる少女に、僕らもつられて首を傾げそうになった。

 記憶にある少女の姿とよく似ていると思ったのだけれど、まさか人違い?

 ベルもベルで似たような事を思っているのだろう、あれぇ、と少し間の抜けた声を漏らしている。

 

「それでお兄さん方、どうですか、サポーターは要りませんか?」

「ええっと。できるなら、欲しいかな……?」

「本当ですかっ! なら、リリを連れていってくれませんか? お兄さん!」

 

 少女の押せ押せな雰囲気に、そう答えたのはタジタジになっているベルだった。

 彼女が無邪気にはしゃぐと、フードと前髪に隠れている円らな瞳が見えた。

 確かに、僕もサポーターが居てくれるというのは大助かりな話なんだけど、喉の奥に痒みの様なものを感じている。

 なんだろう、この感じ。違和感というか、喉に何かが引っかかっている様な、もやもやっとして掴み取れない様な感覚に、僕は眉を(ひそ)めそうになった。

 

「いや、それはいいんだけど……」

「ぼ、くも、かまわ、ない、けど……」

 

 うーん? と二人で首を傾げる。今一歩として掴めない妙な感覚の正体。

 いや、まあ、現実問題としてサポーターが一緒に来てくれるというのは、大助かりな話なのだが。

 実際、ダンジョンに潜る際にバックパックというものを邪魔に思う事もある。

 戦闘中の動きの邪魔になったり、回収した魔石やドロップアイテムがかさ張ったりしてスタミナが思った以上に奪われたりするのだ。

 僕は大きな体ゆえにバックパックを背負うというより、ポーチの様に腰に括り付けているからあまり感じた事はないけれど、そういった不都合が起こり得るのがサポーターの居ない冒険者パーティの宿命みたいなものだ。

 なら、サポーターが居れば何が変わるのか。

 まず、バックパックに余計なものを入れずに済む。ドロップ品や魔石の回収は全て彼ら、彼女らに任せたり、モンスターの死骸を戦闘の邪魔にならない場所に移してくれたりしてくれる。

 そうすることで、冒険者がモンスターとの戦闘に専念できるようになるのだ。

 僕とベルの二人で何とか補完してきたものだけれど、これから先、階層を進める毎に魔石やドロップするアイテムなんかも大きくなっていく可能性が高い。というか、大きくなるだろう。

 魔石でパンパンになったバックパックを背負ってダンジョンに潜り続けるなど論外だし、しかして持ち帰る量を減らしては元も子もないのだ。

 ギルドとダンジョンの往復を繰り返している現状というのは、これから先を見据えると現実的ではない。それが出来るのは、上の階層を狩場にしている今だからこそ出来ることなのだ。

 

「ああっ、失礼しました。そう言えば、リリは自己紹介もしていませんでしたね」

 

 悩んでいる僕らを見つつ、彼女はそう言って一歩後ろに下がる。

 何かに気付いたような朗らかな笑みを浮かべた少女は、そうして上目遣いを僕らに向けながら言葉を継いだ。

 

「リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さん方のお名前は、何と言うんですか?」

 

 

 結局の所、リリルカ・アーデさんには今日一日のお試し期間という事で、今回のダンジョン探索に同行してもらうことになった。

 彼女が何で僕らに声を掛けたのかというと、何でも今まで行動を共にしていたパーティに契約を解消されてしまったらしく、困り果ててという事らしい。

 新しい契約相手を見つけるため、何日もギルドとバベルを往復する毎日。そこで見つけた、二人組でサポーターも居ない僕ら。もうこの人たちしかいないと、それで一も二もなく飛びついてきたとのことだった。

 まあ、それだけで同行を許可するほど、僕もベルも警戒心が無いわけではない。

 長く話すのを苦手とする僕は、悪いと思いながらベルに面接担当めいた事をしてもらい、それを通してリリルカさんを見極めようとした。

 その間に出た情報をまとめると、まず彼女の所属している【ファミリア】は【ソーマ・ファミリア】という所であること。

 次に、リリルカさんはその【ファミリア】の人たちに仲間はずれの様な扱いをされていてホームに寝る場所すらもなく、割安の宿屋を巡って寝泊りを繰り返しているということ。

 最後に、彼女は小人族(パルゥム)ではなく、()()――犬人(シアンスロープ)であること。

 昨日あの男に追われていた女の子は、小人族だった筈だ。

 確かに、僕もベルもあの時に顔や声をしっかりと確認していたわけじゃない。それでも僕の記憶にあるあの女の子とリリルカさんは、パッと見た特徴が酷似していたんだけど……。

 種族が異なる、という所でベルは疑念を放棄した様で。更には証拠として出してくれたその獣耳を、ベルが無遠慮に撫で回してしまったのが今回の決定打だった。

 

『男性の方にリリの大切な(モノ)を、あんなにめちゃくちゃにされてしまうなんて……これは責任を取ってもらわないといけませんね?』

 

 そんな事を女の子に言われて、いやそれは違うなどと言えるベルではない。というか、多くの男性は言えないだろう。僕もその中のひとりである。

 僕としても彼を止めずにいた、という罪悪感があった。だから、ベルと最終決定をする時に、僕は同行に賛同を示した。

 これだけだとまるで女の子にちょっかいを出してその罪悪感から仕方なく、という風に思われても困るので、ちゃんとした理由もあると付け加えておく。

 それは、僕らは一刻も早く強くなりたい、という単純なものである。サポーターが居れば、ダンジョンで戦闘のみに集中することが出来るのだ。

 そういう意味で言えば、リリルカさんの提案は僕らにとって渡りに船だった。それに、なぜか彼女は僕に物怖じせず接してくれる。そういう人は、僕にとっても貴重な存在だった。

 

 それから細かい事、つまりは収入の分配率やダンジョン内での方針などを話し合って今に至る。

 僕らは今、アドバイザーであるエイナさんから正式に進出許可を貰ったばかりの7階層へと足を踏み入れていた。

 ダンジョンというのは、決まった階層を(さかい)にして地形も性質も変化する。

 細かい内容については省かせてもらうけれど、4階層までは初心者の冒険者にとっても攻略のしやすく、パーティさえ組んでいればまず命を落とす事のないエリアとなっている。

 だが、5階層からは話が別だ。その階層から、冒険者としてこれから先に進めるかどうかという真価が試される。

 5階層から7階層までで求められるのは、それまでに蓄えてきた地力である、と僕はエイナさんから聞いている。

 何故ならば、()()()()()モンスターが多く出現するようになる上に、ダンジョンの壁から生まれ落ちる間隔(インターバル)が4階層と比べ物にならないほど短くなるのだ。

 だけれど。

 

「アステル!」

「こ、の、おおおおっ!!」

 

 飛び退いたベルの掛け声に合わせ、彼と相対している『キラーアント』の横腹に盾を突き出した状態で僕は突進を仕掛ける。

 その細い胴体へと全体重を乗せた一撃が決まると、キラーアントはまるで紙切れの様に宙を舞った。

 蟻の形をしたこの昆虫系のモンスターは、そのまま奥で口腔(こうこう)を大きく開けて威嚇してきている別個体へとぶつかる。

 

「べ、る!」

「任せてっ!」

『ピュギ!?』

 

 吹き飛ばしたキラーアントが起き上がろうとしている間に、ベルは僕の肩をジャンプ台にして勢いよく跳躍する。

 その狙いは動けない状態のモンスターではなく、上空から降下してきていた『パープル・モス』だ。

 彼はそのまま《ヘスティア・ナイフ》で巨大蛾の片翼を断つと、バランスを失った本体に《短刀》を打ち込んで絶命させた。

 ベルが華麗な着地を決めている間に、僕はようやく起き上がって始動を掛けて来ようとしているキラーアントへと盾を向けて再度突進する。

 狙いは先ほど突き飛ばした、前に出ているダメージを負っている方の個体だ。

 

「つぶ、れ、ろおっ!!」

 

 カウンターを狙ったキラーアントの鋭い爪をタワーシールドはものともせずに弾き、僕はそのままモンスターを壁へと運搬し、激突させる。

 ダンジョンの壁に亀裂が入るほどの衝撃と共に、僕の手にはキラーアントの硬殻(こうかく)が潰れる感触が伝わってきた。

 

「ベル様左です!」

 

 僕が倒したモンスターから離れ、残っていたキラーアントをベルと挟撃する為に振り返った時、リリの発した注意に遅れてガキンッ! というけたたましい音が鳴り響く。

 いつの間にか、ダンジョンの壁から新しいキラーアントが生まれていたのだ。鳴り響いた音は、そいつの爪をベルの左腕に付けているプロテクターが弾いた音だった。

 

「っ……ああああああッ!」

『ギッ!?』

 

 勇壮に声を張り上げたベルは、そのまま反撃する。彼はその手に持っているナイフの刃をキラーアントの硬殻の隙間へと入れ、走り抜けさせた。紫の血飛沫が噴出する。

 そのまま弱り怯んだモンスターへと止めを刺したベルを見て、僕は残されたキラーアントへと駆け出した。

 彼もそれに合わせてくれて、最後の一体を確実に葬り去る。

 モンスターの群れとの遭遇(エンカウント)だったけれど、終わってみれば僕らの完勝だった。

 

(……うん、確実に強くなってる。ベルとのコンビネーションも、格段に良くなってきた、かな)

 

 盾を握っていた右手を開いたり閉じたりさせながら、僕はそんな事を思っていた。

 “怪物祭(モンスターフィリア)”でシルバーバックと戦った時とは、僕もベルもまるで別人の様になっている。

 それは、この7階層で遅れを取る事なく戦えている事が何よりの証拠だ。

 しかし、だからと言って油断は禁物。ダンジョンでは何が起こるかわからない。それを僕らは、身をもって知っている。

 それに、こうして戦いに専念出来ているのも、リリルカさんというサポーターの働きが何よりも大きく影響しているだろう。

 僕とベルが戦っている最中、彼女は細心の注意を払いながらモンスターの死骸を邪魔にならないよう一箇所に集めたりしていてくれた。

 足場に不自由しないというのは、その高い敏捷性を活かして戦うベルにとって重要な事項である。

 僕もベルの誇る敏捷の【ステイタス】と比べて大きく劣るだろうけれど、かく乱や敵の陣形を分断する為に突進などを繰り出す事が多い。その時、モンスターの死骸で足を滑らせる可能性もないわけじゃないのだ。

 まさに、縁の下の力持ち。サポーターが居るのと居ないので、ここまでパフォーマンスに影響が出るとは思っていなかった。

 

「ベル様アステル様お強い~!」

 

 小さく拍手をしながら、リリルカさんは笑顔を浮かべてそう言ってくれる。

 深い知り合い以外に褒められ慣れていない僕は、思わず恥ずかしくなってそっぽを向いてしまった。

 こうやって僕を褒めてくれる人って、このオラリオにどれくらい居るんだろうか。

 ……ううん、後ろ向きな事を考えるのは、やめよう。僕は『普通』じゃない。それでも受け入れてくれる人は、ちゃんと居るんだ。

 自分から行動をしていれば、自ずと結果は着いてくるんだから。

 

「それでは、ここからリリのお仕事です!」

 

 モンスターを倒し、ダンジョンでの戦闘が終わった後にする事と言えばひとつである。

 ドロップアイテムの有無の確認と、魔石の回収作業だ。

 サポーターが本職であるリリルカさんの言うとおり、それから先は彼女の独壇場だった。

 自前のナイフを取り出し、洗練された技術でモンスターから魔石を次々取り出していく。その作業には無駄が無く、流れる様なスピードだった。

 その手がもぞりと動く度に、モンスターは小さな穴だけを開けて灰へと還っていく。

 僕やベルでは、ああは出来ない。そんな風に自分たちの稚拙(ちせつ)な作業風景と彼女の腕前を比較していると、警戒の為に周囲を見張っているベルが口を開いた。

 

「……あのさ、そのベル様、っていうのはさすがに止めて欲しいんだけど」

「すいません、そういうわけにもいかないんです。仮契約とはいえ、上下関係ははっきりつけなければいけません」

 

 様付けされるのが、ベルにとってどうにも気になってしまっていたのだろう。かくいう僕もむず痒く感じていたのだけれど、リリルカさんは作業を続けながらその願いを真っ向から否とした。

 そうして、僕らに継ぐ。リリと呼んで欲しいということと、さん付けだけはダメだということを。

 リリルカさん――いや、リリ曰くそれはケジメであるらしい。

 もしも彼女が契約相手を敬わず生意気だという風評が流れてしまえば、それからは相手にされなくなってしまう。よしんば連れ立たせてくれても、精々がタダ働きいいところだろう、と。

 僕としてはそこまで言うならば、というのが本音である。否定したい気持ちもあったが、それは僕の価値観から来るものだ。他の冒険者にとってもそうである、というわけじゃない。

 プラスの方向でこそあったが、僕はそれを我が身で味わった事があった。

 それでふと、恐れ多いことだけれどティオナさんの事を思い出す。

 元気にしているだろうか。……していそうだなあ。

 

「……わかったよ、リリ」

「う、ん。そう、い、う……こと、なら」

「ありがとうございます!」

 

 ベルも折れた様だった。丁寧な言葉遣いをやめて、僕と話す時と同じ口調にするようにしたみたいだ。

 

「それにしても、お二人は本当にお強いですね。普通なら三人以上のパーティを組んでダンジョンへともぐるというのに……。特に、ベル様の攻撃はぐんを抜いていると言いますか」

「そ、うだ、ね。どん、どん……たおし、て、た」

「いや、そんな。倒してたっていっても、アステルやリリがいなかったら危ないところも結構あったし……」

「……まぁ、ベル様のお強さは【ステイタス】以外にも、()()によるところも確かにあるでしょうが」

 

 そう言ってベルに顔を向けたリリの様子に、僕は今朝感じたような違和感を覚えた。

 彼女の視線はしっかりとベルを見ているのだが、しかし同時に別の物を捉えている様な、そんな雰囲気だったからだ。

 何だろう。かなり昔、知った事のあるようなものなんだけれど……。ダメだ、やっぱり上手く思い出せない。

 

「やっぱりそうだよね。僕もこのナイフに頼りすぎかなって」

「ベル様、そのナイフはどうやって手に入れたのですか?」

「ああ、神様に……僕らの【ファミリア】の主神様に頂いたんだ」

「……それは、良い神様ですね」

 

 怪訝になっているであろう表情と悩んでいる事を悟られないよう、僕が背を向けている間にも二人は会話を続ける。

 僕は結局、その日に覚えた違和感の正体を掴むことが出来なかった。

 ダンジョン探索を終えてギルドに帰る、その時までは。

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