英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか   作:暇潰しと思いつきの人

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日間ランキングにも乗っていた様で、見てくださっている方々や感想をくださった方には頭が上がらない思いです。
感想への返信等は、ちょっと苦手で控えさせていただいておりますがちゃんと見てます。
本当にありがとうございます。
熱量がまだまだありますので、頑張って続けていけそうです。
これからも応援、よろしくお願いします。


第十章 変なの

「お、落としたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!?」

 

 ベルから発せられたこの世の終わりもかくやという悲鳴が、ギルドのエントランスにこだました。

 ダンジョンでリリが集めてくれた僕らの分の魔石やドロップアイテムの換金を待っていた僕は、全身をくまなく触りながら狼狽しているベルに急いで駆け寄る。

 エントランスの中で待機している他の冒険者たちや、ギルドの職員の人たちも何事かと僕らに視線を向けてきていた。

 

「ない、ない、ないないない!? どうして、なんでっ……!?」

「べ、る。どうし、た、の!?」

「アステル、どうしようアステル!? ないんだ、どこにもないんだよっ!!」

 

 血の気の引いた真っ青な顔で訴えてくるベルは、僕は落ち着いてと言葉を掛ける暇も与えてくれなかった。

 いったい何が……と僕がうろたえ過ぎて主語が抜かれた訴えに頭をひねらせていると、受付越しにベルと話していたエイナさんがその答えを教えてくれる。

 

「どうやら、ナイフを落としちゃったみたいなの」

「……ない、ふ? って、あの、ない、ふを!?」

 

 今にも泣き出しそう、というよりも半泣き状態になっているベルが、驚愕している僕の言葉を聞いて首をこれでもかと縦に振って見せてくる。

 僕も慌ててベルの全身を確認してみたけれど、確かに無かった。腰にある鞘に収まっていて然るべき、漆黒のナイフの姿が。

 

「え、ええっ。どう、し、よう!?」

「こ、このまま見つからなかったら、僕は、僕はっ……!」

「だ、だい、じょう、ぶ、だよ! みつ、かる! きっと、みつか、る、から!」

 

 取り乱しすぎて今にも死んでしまいそうな表情になっているベルに、僕は根拠のない励ましの言葉を掛けることしか出来なかった。

 しかし、ベルがあの漆黒のナイフ――《ヘスティア・ナイフ》を落とす様な状況なんて、あっただろうか?

 今日は一日、それこそ今の時刻である夕暮れになるまでダンジョンへともぐっていたのに。

 ダンジョンの中で落とした、ということはまず無いだろう。ベルは今日もそれを使ってモンスターを倒していたし、僕もこの目でその姿をちゃんと見ている。

 だが、そう言えばそれから今言われるまベルの腰に《ヘスティア・ナイフ》があるのを僕は見ていただろうか?

 思い返すと、リリがそろそろあがろう、と切り出してから僕はちゃんとベルの背中を見ていない。

 なぜならば、ダンジョンでの帰路は僕が前に出てモンスターが居ないか確認をしながら歩いていたからだ。

 ベルとリリが報酬の分配について話すということで、そうしていたのだけれど……。

 

(……まさか)

 

 本当に、まさかという考えが僕の頭を(よぎ)る。

 それと同時に今朝やダンジョン内でリリへと覚えていた違和感の正体を思い出して、僕は眉を(ひそ)ませた。

 違和感の正体とは、『()()』だ。それも、他者を利用してやろうという、そういった類の。

 その昔、まだベルと出会う前に僕はそれを向けられた事がある。

 それもごく稀《まれ》な事だったけれど。『バケモノ』と言われ、僕は基本的に怖がられ、避けられる事の方が多かった。だからか、すっかりとその感覚が僕の中から抜け落ちてしまっていたらしい。

 しかし、だ。

 

(だからって、リリが犯人だと決め付ける事も……)

 

 僕は既に彼女のことをきな臭くは思っているけれど、じゃあ捕まえる為に探しに行こう、とはベルに切り出せない。

 もしかしたら本当に、ベルが帰り道の中で落としてしまった可能性だってある。

 証拠がない今、彼ならまず間違いなくそっちの可能性を信じるだろう。だって、ベルなんだから。

 それに、今日一日お試しでという形だったけれど、ダンジョンでの働きぶりを見てベルは彼女を信用し始めている。明日のダンジョン探索にも同行して欲しそうにしていたし、だからこそ言い出し難くもあった。

 今そんな事を僕が言えば、今以上にベルは取り乱すに決まっている。それは時間の浪費にも繋がるし、避けなければならないのだ。

 

「べ、る。とり、あえ、ず……さがし、に、いこ、う」

「そ、そうだねアステル! 探さないと何も始まらない、よね」

 

 とにかく、今はベルと一緒に《ヘスティア・ナイフ》の行方を探す事の方が先だ。

 考えるのを一旦やめる事にした僕は、ベルにそう言ってからギルドからバベルまでの道を戻りながら探してみようと提案する。

 彼はそれを了承してくれて、一目散に駆け出した。僕はエイナさんに頭を下げてから、必死にその後を追う。

 敏捷の【ステイタス】を存分に発揮したベルの疾走に、僕が追いつけるわけがない。焦っているのはわかるけれど、少しは僕の事を考えて欲しいと思う。

 

「まって、よ、べるぅ……!」

 

 ギルド本部のある北西のメインストリートを歩いている通行人たちの目が、駆け抜けていくベルとそれを追いかける僕を順番に見送っていた。

 通り過ぎ様に横目に映る人々の表情は、一体何事だと言いたげなポカンとしたものだった。

 ベルも紛失した《ヘスティア・ナイフ》が路上に落ちていないか確かめながら走っていると思うけれど、それにしたって足が速すぎる。

 そうして彼に追い付こうと走り続けていると、突如として大通りに大混乱が巻き起こった。

 にゃーにゃー! と悲鳴を上げて何かから逃げ惑う猫の波が、メインストリートに流れ込んていたからだ。

 人混みにある足の間を次々と縫う猫たちを踏みつけない様になんとか前へと進んでいると、僕は裏道へと続く路地の前にベルの姿を見つけた。

 

「や、やっと、おい……つけ、た。ひど、いよ、べる」

「ご、ごめんアステル!」

「そ、れで……どう、した、の? こんな、ばしょ、で、たちど、まって」

 

 猫の波で立ち往生をくらったのか、それとももしかして《ヘスティア・ナイフ》を見つけたのか。

 ようやく追い付けた僕がその理由を尋ねた次の瞬間、裏道から小柄な影が飛び出してきてベルとぶつかった。

 大きな音を立てて、彼らはその場へと倒れこむ。

 ベルとぶつかったのは、リリだった。その頭部にある獣耳は、力なく項垂れている。

 

「リ、リリ! ちょっ、どうしたの!? 何かあった!?」

「ふ、ふあ……。そ、その声は……ベル様っ?」

 

 思いもよらない人物の登場に動揺しつつ、心配の声をリリに掛けるベル。

 僕も僕で面食らってその場にどうしようと立ち尽くしていると、路地から更に新しい人影が走って出てきた。

 

「っ……犬人(シアンスロープ)?」

 

 ザッ、と靴を鳴らし、僕たちの前で足を止めたのは驚いた表情を浮かべた、食材の入っている紙袋を抱えたリューさんだった。

 遅れて、急いで彼女の後を追って来たのだろうシルさんまでぱたぱたと音を立てながらこの場に現れる。

 一体何事かと、混乱する僕。ベルもベルで立て続けな知り合いとの出会いに目を回していたが、思い出したようにバッと立ち上がった。

 

「リューさん、シルさん! 二人とも、上から下まで真っ黒なナイフを見かけませんでしたか!?」

 

 取り乱しながら早口に尋ねるベルの様子に、リューさんとシルさんは視線を交わし合う。

 リューさんはベルに目を戻すと、その懐から抜き身のナイフを取り出した。それは、ベルが言った特徴そのままのナイフだった。

 

「これですか?」

「――うわああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 それは歓喜に満ち溢れた、夕暮れの空を貫く大歓声。ベルの発した凄まじい大音量に、僕も含めてシルさん達も思いっきり肩を跳ね上がらせる。

 僕にとってクールという印象が深いリューさんさえも、その空色の瞳を見開いていた。

 

「ありがとうッ!! 本っ当にっ、ありがとうございますっ!!」

「……あっ」

「……クラネルさん、その、困る。このようなことは私ではなく、シルに向けてもらわなくては……」

「リューっ! なに言ってるの!?」

 

 半泣きしているベルが、がしっとリューさんの綺麗な白い手を両手で包みこむ。

 見るからに狼狽(ろうばい)した彼女は目を逸らしていて、シルさんが悲鳴をあげていた。

 僕はベルがその手を握っているのを、何でか()()()()()()()()()見る。

 ……あれ、本当に、なんでだろう。

 そんな風に、自分の中で唐突に芽生えた正体不明な感情の事を考えている間に、ベルはリューさんから漆黒のナイフを受け取っていた。

 

「ああ、良かったぁ……。神様ゴメンナサイ、もう二度と落としたりなんてしませんっ……!」

「落とした……?」

 

 受け取ったナイフを額近くまで持ってきて、誓いの言葉をベルが紡ぐ。するとナイフはまるで息を吹き返すように、紫紺の光を帯び始めた。

 まあ、良かった。ベルの手にあのナイフが戻って来てくれて。これで見つからなかったら、ベルどころかヘスティアだってどうなっていたか。そんな事、想像したくもない。

 

「すいません、本当に。このナイフ、どこにありましたか?」

「あった、というより一人の小人族(パルゥム)が所持していました」

 

 ベルからの質問に、リューさんが淡々とした声で答える。

 リューさんが言うにはその小人族(パルゥム)というのは()()で、その人の事を追い掛け回している内に僕らの前へと現れたらしい。

 身近に男性の小人族(パルゥム)に覚えが無いかと尋ねられたけれど、僕もベルも首を横に振った。

 

「そうですか。……ではやはり、貴方が落としたものをあの小人族(パルゥム)が拾ったのでしょう」

「ああ、そういうことですか。……改めて、ありがとうございました」

「私は何もしていませんけどね」

 

 リューさんからことの顛末(てんまつ)を聞いてベルがもう一度お礼を言うと、シルさんが苦笑を浮かべながらそう言った。

 

「では、私達は買い出しの途中でしたので、これで」

「あ、りゅー、さん、しる、さん。ぼ、く。てつ、だい、ます。……べる。いい、よ、ね?」

「うん、僕は構わないけど」

 

 会釈をして裏道へと踵を返そうとしたリューさんに、僕はベルに許可を貰いながらそんな提案をする。

 彼女は「ご迷惑をお掛けするわけには」と断ろうとしていたが、お礼をさせてくださいと言って僕は押し通そうとした。

 

「良いじゃない、リュー。アステルさんがああ言ってくれてるんだし」

「……はあ、わかりました。それでは、よろしくお願いします」

 

 更にはシルさんの援護が入り、リューさんは溜息を吐いてから了承してくれる。

 僕はそうして二人から買い物袋を受け取ると、軽々と両手で抱えた。

 そうして身軽になったシルさんは、リリの近くへと歩み寄りその耳に顔を寄せる。

 次の瞬間、リリの小さな体が大きく揺らいだ。

 シルさんは何事もなかったように立ち上がり、リューさんの隣へと戻ってくる。

 

「じゃ、あ、べる。ほーむ、で。りりも、また、ね」

「うん、また後でね。アステル」

「……はい、アステル様。また」

 

 一旦のお別れを二人に告げ、裏道の入口に立っているシルさんとリューさんのところへと合流して、僕らは路地を歩き始めた。

 シルさん、リリに何を言ったのだろう。どう見たって様子がおかしくなっていたけれど……。

 疑問に思うが、今詮索するようなことでもないか。

 

「ところ、で、りゅー、さん」

「なんですか」

 

 時刻も時刻なので薄暗くなっている裏道を歩きながら、僕は隣を歩くリューさんに声を掛ける。

 

「ほん、とう、に。おってい、た、ぱるぅ、むは……おとこ、のひと、だった、んです、か?」

 

 続けて僕が口にした質問に、リューさんは唇を一文字に結んだ。

《ヘスティア・ナイフ》を見つけてくれたお礼がしたいというのは本音だが、実を言えばこっちが本題である。

 ベルの様子を見る限り、今のところ彼の中には疑念をリリに抱いていないように見える。

 リューさんは優しいから、あの時にそんな彼へと気を使ってくれていた可能性もあった。

 だからこそ、嫌な質問かもしれないけれど僕は尋ねたのである。

 

「……アステルさん。もし私がそうではなかった、と答えたらどうするおつもりで?」

 

 的中して欲しくない予感というのは、得てして当たるものらしい。

 芯のこもった声でリューさんに返された質問、それが最早答えだった。

 

「どう、も、しま、せん。……べる、を、ささえ、るの、が。ぼく、の、やりた、いこと、だから」

「でしたら、最初から胸の内に秘めておけばいいものを」

「それ、でも……きいて、おきた、かった、んです」

「……ナイフを所持していた小人族(パルゥム)については、私も顔まで確認出来たわけではありません。ですから、断定とまではいかないでしょう」

 

 ――しかして、私がした質問に答えた声は、少女のものでした。

 

 リューさんはそう言って、ため息を吐いてから僕を見上げる。

 その吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な空色の瞳には、心配の色が浮かび上がっていた。

 

「杞憂であると、願っておきます。あなた方が落ち込んでいる顔など、私は見たくない」

「は、い。ありが、とう、ござい、ます」

 

 リューさんの掛けてくれた言葉が嬉しくて、僕はハニカミながらお礼を言う。

 そしてすぐに気持ちを真剣なものへと切り替えて、先のことを考えることにした。

 僕もベルの落ち込んでいる顔なんて、見たくないのだ。

 ここまで怪しんでおいてこんなことを思うのは虫の良すぎることだけど、リリが犯人じゃなければ良い、と願わずにもいられなかった。

 そうだったら、ベルが傷つく事もないから……。

 

「ねえ、リュー。あなたってもしかして」

「なんですか、シル」

「いやいや、リューの新しい一面を見つけちゃっただけだから」

「……なっ。どういう意味ですかシル、説明なさいっ」

「またまたあ、わかってるくせに。リューも隅に置けないなあ」

 

 いつの間にか足を止めてしまっていたみたいだ。俯かせていた顔をあげて、前を見る。

 すると、僕よりも先に進んでいたリューさんが、シルさんに片肘を当てられ狼狽えている姿があった。

 どうやら、とても楽しそうに笑みを浮かべているシルさんがリューさんをからかっているみたいだ。

 二人とも仲が良いなと、そう思いながら抱えている紙袋を持ち直して追いつくために歩く速度をあげる。

 

 何故かは知らないけれど、それから『豊穣の女主人』に着くまでリューさんは顔を合わせてくれなかった。

 シルさんは何か知っているのだろう、ニヤニヤと何か面白いものを見るような目を僕に向けていた。

 ……何でだろう。僕にはその理由が、まるで見当もつかなかった。

 

 

 ホームに戻ってからベルやヘスティアと協議を重ねた結果、僕らはリリを正式にサポーターとして雇うことにした。

 多くの留意点を念頭に置いて考え抜いてもらったし、その後に出したベルの答えなら僕はそれを尊重する。

 まあ、元々そうしたいと言ったら止める気もなかったし、これについては予定調和みたいな所である。

 それとは別に、ベルには今日あった事を注意した。ヘスティアも自分の贈ったナイフを紛失しかけたという事にショックを受けていたけれど、今はもう見つかっているという事で安心していた。

 ベルだってそれについてはさすがに反省しているみたいで、これからは腰じゃなくて左腕に付けているプロテクターの中に鞘ごと収納するつもりらしい。

 その日の最後に、僕らはヘスティアに【ステイタス】の更新をしてもらって眠りに就いた。

 

 そして翌日、前日と同じ時間に出立した僕らは、バベルの前でリリを見つける。そしてあらかじめ決めていた通り、彼女とパーティメンバーとしての契約を交わした。

 

「ベル様、アステル様、リリを正式に雇って頂き、ありがとうございます」

「きげん、も、ない、から。りり、あらた、めて……よろ、しく、ね」

「はい、アステル様。お二人に見捨てられないよう、リリは鋭意頑張りますよ」

 

 そんな会話を交わしながら、僕らは7回層を目指しながらダンジョンの中で足を進める。

 見捨てられないよう、か。……いや、ダメだダメだ。

 ベルが彼女の事を信じているのなら、僕だってちゃんとそうしないといけない。そんな少しの綻びが不和に繋がっては、元も子もないのだ。

 頭を左右に揺らし、僕の中にある余計な考えを振り払う。

 

「ねえ、リリ。本当に契約金とか前払い金は良いの?」

「ええ、構いません。……それに、そちらの方がベル様やアステル様にも都合がよろしいでしょう?」

 

 ベルの気を使ったのだろう問いに、リリは澱んだ瞳を浮かべた。そして含みのある言葉に、僅かな嘲りと自嘲を滲ませた視線をベルと僕に向ける。

 それから一秒と経たない内に、リリは纏う空気を切り替えるようにぱっと微笑んで明るい雰囲気を取り戻す。

 

「さあ行きましょう。お二人が頑張ってリリの食いぶちを増やしてくれれば、何の問題もありませんから!」

「う、うん……」

 

 ベルもリリの様子の変化に気付いていたのか、見るからにうろたえていた。

 僕は足を止めそうになっているベルの隣に並び、その背中に軽く手を添えて押す。

 

「ねえ、アステル」

「な、に……?」

「……何でもない。行こう、リリに置いていかれちゃう」

 

 間を置いてからベルはそう言って微笑んで見せてから、リリへと駆け寄っていった。

 わかってる。あの視線は、君にも身に覚えがあるのだろう。

 僕も知っている。その意味も、その内容も。

 かつて、僕が君と初めて出会った頃に向けたような、その時の視線と似ていたから。

 

 ――お前も他の奴らと同じなんだ。

 

 リリのあの瞳は、言外にそんな事を言っているような気がして、ならなかった。

 

 

「「三万、九千ヴァリス……!」」

 

 夕闇が降りている時間帯。

 そんな他の冒険者たちがこぞって酒場に足を運んでいて時間に、ベルとリリの信じられないという声がバベルの簡易食堂の中に響いた。

 僕らの座っているテーブルの上には、ギルドの換金所から受け取ったお金の入っている亜麻色の袋がドンと置いてある。

 開いているそお大口から見える光景は、数え切れない大小の金貨が狭苦しいと言わんばかりひしめきあっているものだった。

 おでこをくっつけて一緒に袋を覗き込んでいたベルとリリは、同じタイミングで顔を上げて至近距離で見つめ合う。

 そしてそのまま僕の方へと同時に顔を向けて、抑えきれないニヤケに表情が緩んでいる僕のサムズアップを確認し――。

 

「「やあぁーーーーーーーーっ!!」」

 

 ――二人一緒に歓喜して飛び上がった。

 

「わっ、わっ、わっ! 夢じゃないよね! 現実だよね!? こんなにお金が手に入るなんて!」

「ベル様アステル様すごーい! お二人でLv.1の五人組パーティが一日かけて稼ぐ金額を、大幅に上回ってしまいましたっ!!」

「いやあ、ほら、兎もおだてりゃ木に登るって言うじゃない! それだよ、それ!」

「い、や。ちがう、ちが、う」

「まったく意味がわかりませんが、今日のところは便乗しておきます! ベル様すごーい!」

 

 正確には、豚もおだてりゃ木に登る、である。

 それは能力の低い者でもおだてられて気をよくすると、能力以上のことをやり遂げてしまうことがあるという、そういう例えだ。

 今のベルには当てはまらないと思うし、それに今日特に活躍したのがベルなのだから、用法として間違っている。

 しかし、そんなツッコミを入れても浮かれ過ぎて興奮の度合いが酷いことになっているベルは、止まらない。

 ここは酒場でもないけれど、他に利用者が見えない為か二人して大騒ぎしていた。

 いぇーい、と椅子の上に立ったリリにベルがハイタッチを交わす。落ち着こう、と言っても無理だろう。僕も、とどまることを知らない高揚感をおさえるので精一杯なのだ。

 

 改めて今日の探索を振り返ってみると、リリというサポーターの存在が僕らにとって劇的だった、と言わざるを得ない。

 バックパックを装備する必要がなくなり、身軽になったベルが7回層で暴れに暴れることができたのだ。

 僕が一匹のモンスターを引きつけている間に、彼は三匹のモンスターを狩る。これは例えなのだが、そんな勢いが今日のベルにはあった。

 普段よりも長くダンジョンに滞在出来るようになった、というのも大きいだろう。

 戦利品をいちいち地上で換金していた、そういう時間のロスも綺麗に解消されたのだ。

 そうするとどうなるか、それが今日の成果である。この稼ぎを継続することが出来れば、ヘスティアの負担を減らすことも十分に可能だろう。

 

「……では、ベル様。そろそろ分け前をいただけませんか?」

「うん、アステル!」

「どう、ぞ」

 

 ベルに促されて、僕は決めていた分配率でわけておいた金額の入っている袋をリリに手渡す。

 一万三千ヴァリス。今日稼いだ内の三分の一を受け取ったリリは、目を点にして僕らを見た。

 

「あ、アステル様、これは……?」

「わけま、え、だよ。だい、じょ、うぶ。べる、と……はなし、あった、わり、あい、だ、から」

「あれ、もしかして相場に足りなかった? ほら、契約金も前払いも要らないって言ってたから、これくらいかなって思ったんだけど」

 

 それよりも、これから一緒に酒場に行こうと上機嫌なベルがリリを誘う。

 ベルの言ってる酒場は、『豊穣の女主人』のことだろう。

 今日の稼ぎを考えると、好きなものを頼んだって問題なさそうだ。ミアさんの料理はとても美味しいので、僕も内心で楽しみになる。

 

「そ、そうではなくて……」

 

 しかし、そんなウキウキとした僕らとは対照的にリリは呆然としていた。

 まるで、報酬を貰えること自体に驚愕しているようだった。

 彼女はそのまま小さな唇をもごもごと動かし、ためらう様子を見せてから口を開く。

 

「……ひ、独り占めしようとか……お二人は、思わないんですか?」

「え、どうして?」

 

 その質問に、ベルは心底不思議そうにしながら問い返した。

 リリは質問を質問で返したベルの対応に、逆に言葉を詰まらせていた。

 

「僕とアステルだけだったら、こんなに稼げる筈なかったよ。リリがいてくれたから、でしょ?」

「そう、だ、よ。これ、は、りり、のはたら、きへ、の……ぼく、た、ちの、ひょうか、で、も、あるん、だ」

 

 だから、ありがとう。僕とベルは、異口同音でそうリリに告げる。

 

「これからもよろしくね、リリ。君に会えて、本当によかった」

 

 ベルはそう言葉を継いで、笑顔を浮かべながらリリへと開いた手を伸ばす。

 差し出された手を、彼女はじっと見てからおずおずと自分のものと重ね合わせた。

 その光景を見ながら、僕は今日の探索が無事に終わってよかったと、安堵の息を心の中で吐き出す。

 リリへの疑いは、まだ晴れたわけではない。でも、このまま一緒に居て何も起きなければ、ずっといい関係を築けるだろうとも思えた。

 他のサポーターのことを僕らは知らないけれど、彼女の腕は良いものであると思える。そんな働きを見せてくれている。

 リリが居てくれれば、僕らはもっと強くなれる。

 笑顔を浮かべるベルと、手を握って呆けるように彼を見ているリリの姿に、僕はそう思うのだった。

 

「……変なの」

 

 その小さな呟きを、僕は見事に聞き逃した。

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