英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか   作:暇潰しと思いつきの人

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第三章 巡り合い

 ベル・クラネルという少年は臆病だ。

 冒険者をやる上で臆病なくらいがちょうど良いという言葉があるけど、それにしたって臆病だ。

 敵の攻撃を喰らいたくない一心で避けるし、無理だと感じたらとにかく逃げに徹する。

 そのせいで【ステイタス】の耐久が全然伸びない代わりに、敏捷の値ばかりが増えていくらしい。本人も自覚があるのか、どうにかしないととは思っていると話してくれたことがある。

 そんな相談を受けているから、壁役(ディフェンダー)の僕は何もしないこともある。だが、彼はいざその時になると防具で受け止める前に、体が竦んで攻撃を避けようとしてしまうのがよくあるパターンだ。

 ベルは臆病だ。そんな臆病なベルだけど、昔からすごい行動力を発揮することもある。

 それは無茶なことだったり、そうじゃなかったりとマチマチだが――それでも、彼の爆発力は侮れない。

 その根本の殆どが、ベルの持っている『優しさ』に由来するものだと思う。彼は自分のことよりも他者のことを優先しやすい性格なのだ。

 そんな彼が、僕は大好きだ。彼の与えてくれた『(やさしさ)』に、僕は何がなんでも応えたいと思っている。

 彼の夢を支えたい。一緒にダンジョンへ潜るパーティとして、役に立ちたい。そのために出来ることと言えば、僕はこの体を有効に活用する他なかった。

 魔法もスキルもない僕にあるのは、この『バケモノ』と呼ばれた原因の肉体だけ。それがベルのためになるなら――大切な人の役に立つのなら、いくらでも頑張ろうと、向き合おうと思えた。

 そういう勇気を、この『迷宮都市オラリオ』に来てから貰い続けている。

 

「……ぼく、は」

 

 朝焼けに白む空を眺めながら、僕は呟く。

 教会の一角に作った、僕の花壇。買ってきた花の種を植えて、育てている趣味のような場所が、僕にとって唯一のプライベートな空間だと言っても良い。

 だからか、ここに居るとどうしても考え事をしてしまう。良い事も、悪いことも、僕は朝一にここで花たちの世話をしながら思いに耽るのが日課になっていた。

 

「……それ、でも」

 

 ヘスティアとベルと、ベルのおじいちゃん、エイナさんが特別なんだと思っていた。

 だけど、どこかで僕は期待してしまっている。『バケモノ』の僕と、『普通』じゃない僕と仲良くしてくれるような人が増えるのではないかと。

 僕と『友達』として接してくれて、『バケモノ』じゃないと言ってくれるような人が増えるのではないかと。

 ベルじゃないけれど、『ダンジョンにそういう出会いを求めて』も良いんじゃないかって。出来るんじゃないかって、そう思い始めている。

 それで良いんじゃないかと思う自分がいる。期待なんてするものじゃないと思う自分もいる。

 歩みだすのが怖い、というのが本音だ。だから今でも、身内以外に歩み寄ろうとしていないというのも、わかっていた。

 

「アステル、おはよう」

 

 そんな時間も、ベルが準備を終えて廃教会から出てきたことで小休止になる。

 ダンジョンに潜って、モンスターを倒して、お金を稼ぐ。駆け出しで生活費をなんとか稼がなければならない僕達は、朝早く――五時には目を覚まして、出立する。

 元々農作業のために早起きしなければならないのもあって、僕もベルも早起きは得意だ。この時間ならあまり人も多くないので、僕もダンジョンへと向かいやすい。

 のだが、ベルの顔が少し赤くなっているのに気付いた。

 

「べる、かお、あかいよ」

「体調が悪いわけじゃないよ。起きたら、ちょっとね」

 

 気まずそうに頬をかくベルは、そう言ってから更に顔を赤くする。

 ああ、と僕は思った。ベルと僕は寝室をヘスティアに譲って、リビングで寝ている。

 ベルはソファで、僕は床で横になって眠るのがいつものことだ。

 僕は体が大きいから、ソファで眠ることは出来ない。ベルとヘスティアは申し訳なさそうにするけれど、物理的なものは仕方ない。

 それはさておいて、ヘスティアはベルのことを本当に大切にしている。そんな彼女は、時にベルの寝ているところへ潜り込むこともある。

 彼の顔が赤いのは、つまりはそういうことなのだろう。

 

「じゃあ、がんばって」

「うん、お昼には一回表層に戻るから」

 

 そのことをからかうというのも趣味ではないし、ベルをこれ以上つつけば錯乱(パニック)を起こすのは自明の理。

 わざわざ彼に悪いことをすることもない。そう思いながら、僕はベルを送り出す。

 これは昨日の夕飯のうちに決めていたことだ。防具が壊れてしまっているため、僕は先に修理を済ませることにしていた。

 未だに人の目が気になる時もあるけれど、買い物を一人でも出来るようになったのは冒険者になったからだろう。

 とは言え、今日行くのはまずギルドだ。実は昨日、エイナさんとの別れ際に安く装備を買える場所を教えてくれるという約束をしている。

 兜はともかく、メイン装備の二枚盾(カイトシールド)の修理は優先するべき物だ。エイナさんは仕事で一緒に向かうことは出来ないけれど、それは仕方ない。

 ちなみに、お金に関してはヘスティアとベルから使っても大丈夫だというお墨付きが出ている。生活に必要な分はちゃんとあるし、僕自身コツコツと溜めていたお金もあるので、支給品の修理くらいなら問題ないそうだ。

 本当なら、自分で稼いだお金で――と言いたいところだけど、僕らの稼ぎなんてと言わざるを得ないのが悲しいところである。

 

 

 朝日が十分に昇った頃、僕はギルドに赴いてエイナさんからお店の場所を聞いた。

 彼女が言うには、その店は摩天楼施設――【バベル】の中にあるとのこと。

 バベルと言えば、この『迷宮都市オラリオ』の象徴だ。天を突くほど巨大なこの塔は、世界の穴(ダンジョン)を蓋するという役目を持って建てられたという経緯がある。

 そんなバベルだが、僕とベルはほとんど内部をちゃんと見た事がない。

 基本的にダンジョンに潜る際、入口がその中にあるから訪れているようなものだったのだが。

 どうやら、バベルの内部には冒険者御用達の様々な物品を売るための店が構えられているそうだ。

 装備は勿論のこと、回復薬(ポーション)類から食料、食事処まで。

 様々な【ファミリア】が冒険者を狙って出店していて、これがたまに掘り出し物があったりするらしい。

 

(……大丈夫、気にしなければいい)

 

 バベルへ向かう道中で、エイナさんの説明を反芻しながら心の中でごちる。

 今でもすれ違い様に視線を送られて、遠目にも僕を見ている人が多い。オラリオのメインストリートを日中に歩けば、よくあることだ。

 一応、修理してもらう目的なので二枚盾(カイトシールド)を背中に背負っているから、何かあれば冒険者だと言えるけれど……。

 

「すっげー、大きい」

亜人(デミヒューマン)か? にしたって……」

「冒険者ギルドで見たことあるぜ、あいつ」

 

 すれ違いざまに聞こえてきた話し声に、振り向きそうになるのを我慢する。

 僕のことを物珍しい動物を見るような目が少なからず存在しているせいか、居心地の悪さを感じてしまう。

 これは冒険者業を営む者達が多く、そして亜人(デミヒューマン)が珍しくないオラリオだからだろう。

 その特性上、本物の『化物(モンスター)』を知っている人が多いから、というのも理由になっていると思う。

 オラリオは決して小さな街ではないが、ダンジョンやギルドなど一定の場所に行き来している僕のことが少し噂になっているみたいで。

 それ以前にも、ベルと一緒に入らせてくれる【ファミリア】を探していた時の噂なんかもあるらしい。

 その内容も詳しくは知らないけれど、ヘスティアがそんなことを言っていたことを思い出す。

 

(大丈夫、大丈夫)

 

 どんな噂であれ、他者の言う事を間に受けない方がいい。ヘスティアからそんな忠告を受けたのは、【ヘスティア・ファミリア】に入ってすぐだったか。

 そんなことを思い出しながら歩いていると、背中にまた視線を感じた。

 無視を決めようとそのまま歩こうとしたその時、僕は聞き覚えのある声を耳にした。

 

「あー! やっぱり、見間違いじゃなかった!」

 

 ハツラツとした声の主は、軽快な足取りで僕の前に出てくると人懐っこそうな笑みを浮かべてそう言った。

 褐色肌に露出が多い衣装を着た少女。昨日出会ったばかりだし、忘れるはずもない。

 

「てぃおな、さん?」

「やっほー、アステル君。ちゃんと無事に帰れたんだね」

 

 ティオナ・ヒリュテ。昨日、ダンジョン内で僕をモンスターと勘違いしたせいで、殺されかけた相手。

 

「は、い。まさか、あえる、とは」

「偶然だよ。でも、君ってすごく目立つから近いうちに会えるかも、とは思ってたけどね」

 

 ニシシ、と白い歯を見せて笑うティオナさんの言葉に、僕はそうですか、と驚きを隠しながら呟く。

 二度と会わないだろうと思っていた相手に、まさか声を掛けられるとは夢にも思わなかった。

 相手はあの【ロキ・ファミリア】の【第一級冒険者】だし、一々駆け出し冒険者のことなんて気にすることもないはずなのに。

 

「いやー、ほら、防具もあたしが壊しちゃったじゃん? 盾はフィオネだけど、穴空けちゃったじゃん? んで、ほら、あんなことになったじゃん?」

「それは、じこ、だって」

「断られたとは言え、安否の確認もできなくちゃ後味悪いって。だから改めて会いたかったの」

 

 ……何を言っているんだろう、と僕は思った。彼女は――ティオナ・ヒリュテは、何故そんなことを言っているのだろうと思った。

 ダンジョン内での出来事は自己責任だ。僕が表層まで送ってもらうのを断った以上、安否など彼女が心配する必要などどこにもない。

 もしもモンスターに襲われて僕が死んでいたとしても、それは僕の責任だ。()()()()()()()()()。その一言に尽きる。

 なのに、何故? と僕は考えもしなかった現状に思考が停止する。

 

「おーい、アステル君。大丈夫?」

「え、あ、は、い……」

「んー、やっぱり昨日のせいで不調があるとか?」

「い、え。ただ、そ、の……」

 

 止まっていた思考を引き戻されて、僕は歯切れ悪く声を紡ぐ。

 

「りち、ぎ……なんで、すね」

「……律儀? え、あたしが?」

 

 人差し指を自分に向けて、僕の言葉に目を丸くするティオナさん。

 あれ、何かおかしなこと言ったかな。

 全てが自己責任の冒険者なのに、僕のことを心配していたような発言をしていた彼女。

 それを律儀と言わずに、なんて言えばいいのだろうと思ったんだけど。

 

「いやいやいや、違う違う。……ただ、ほら。流石に生きてたか、よかったねで済ますのはさ。薄情というか、変だと思うんだ」

「……そう、ですか?」

「そうだよ。少なくとも、あたしはそう思う。まぁ、アマゾネス的には間違っているかもしれないけど」

 

 タハハ、と苦笑しながらティオナさんは頭をかく。

 なんていうか、真っ直ぐな人なんだな、と。そういう感想を、僕は抱いた。

 アマゾネスという種族は、強い子孫を残すために本能的に強者に惹かれると聞いたことがある。

 それは裏を返せば弱者など見向きもしない、ということだ。だから、間違っているかもと言ったのかもしれない。

 だが、ちょっとだけ、僕は面くらいながらも嬉しかったと言わざるを得ない。

 圧倒的高みに居る人が、僕のことを気にしていてくれた。最初こそモンスターに間違われたけれど、そのこともあの時すぐに謝ってくれた。

 こういう人が、本当に強い人なのだろうと心の中で呟く。

 

「そうだ、アステル君。君ってこれから時間あったりする?」

「あ、その、これか、ら……たて、の、しゅう、りに」

「……あー、本当にごめんね?」

「じこ、ですか、ら」

 

 僕の返答に、ティオナさんはうーん、と顎に手のひらを当てて悩むようにする。

 盾については、最早こうなってしまった以上どうしようもない。弁償してもらう、という選択肢の提示もあるがそれはたかっているようで嫌だ。

 普通だったら弁償してもらうんだろうけど……僕個人としては、自分が『普通』じゃないせいで引き起こってしまった事故でしかないのだ。

 弁償してもらうのは、当たり屋と同じような行為なのだ。ベルとヘスティアには本当に悪いけど、元々諦めていたことでもある。

 

「だったら、その盾を弁償するよ」

 

 そんな風に思っていたのに、ティオネさんは僕の考えていることと真逆な提案を出してきた。

 

「……そんな」

「よし、決定。そもそもあたしたちが壊したんだし、遠慮することないって。それに、アステル君って駆け出し(Lv.1)でしょ?」

 

 どう返答したものかと悩み、押し黙る。

 そうしていると、

 

「んー、なんていうかな。これってあたしのケジメみたいなものなの。それとも、やっぱりいきなり襲ってきたような人だと、信用ならないかな」

 

 ティオナさんはそう継いだ。その言葉に、反射的に首を横に振って否定する。

 

「いや、そん、な」

「だったら、お願い。弁償させて」

 

 両手を合わせて、彼女は僕に頭を下げる。

 やっぱり、この人は律儀で真っ直ぐな人だ。そんな風に言われたら、断る方が失礼になる。

 人の好意なんてものをあまり受けたことがない僕でも、それくらいはわかる。

 

「わかり、まし、た」

「よかったー。あとでティオネにも報告しないと」

 

 僕がその申し出を受けることを伝えれば、ティオナさんはニッコリと笑って胸を撫で下ろした。

 なんていうか、僕は戸惑っていた。エイナさんに教えてもらったお店で、盾の補修をして、お昼からベルに合流するだけの予定だっただけに予想外が過ぎる。

 あとは、そう。思った以上に、彼女とは話しやすいというのにも驚いた。

 長く応答するのは苦手なのに、ティオナさんとの会話は比較的スムーズに行えているように思う。

 でも、なんだろう。こういうことは、初めてじゃない。何度かあったと思うけど……。

 思い出そうにも思い出せない感覚に一人悶々と下を向いて頭をひねらせていると、ティオナさんの肩に誰かが手を置いた。

 振り返る彼女につられて僕も顔を上げる。するとそこには、思いも寄らない人物が立っていた。

 

「ティオナ、置いていくなんてひどい」

「あ……ごめんね、アイズ」

 

『剣姫』――アイズ・ヴァレンシュタイン。

 ベルの恩人にして、ヘスティアが一方的に敵視している美少女がそこに居た。

 

 

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