英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか   作:暇潰しと思いつきの人

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ティオナはまだヒロインじゃないです。
でも、今のところレース高いかもしれません。


巡り合い―2

 

 簡単な自己紹介をしてから、僕はティオナさんとヴァレンシュタインさんの一歩後ろを歩いていた。

 目的地は【ゴブニュ・ファミリア】。オラリオの街に数ある中で、鍛冶を営む【ファミリア】である。

【ファミリア】とは、言ってしまえば『神様の派閥』だ。この街にはダンジョンがあるから多くの【ファミリア】が探索系だけれど、それだけでは街として発展し得ない。

 故に、『商業』を営む【ファミリア】も多く存在する。冒険者には欠かせないアイテムや装備、ひいては生活必需品などを製作して販売する【ファミリア】なくしてこの街は成り立たないだろう。

【ゴブニュ・ファミリア】も鍛冶派閥で、実を言えばそこまで大きなところではない。だけど、僕としては非常に気になっていた【ファミリア】だ。

 ヘスティアに一度、装備を整えるならどこが良いか聞いたことがある。その時に出てきた幾つかの【ファミリア】の中に、【ゴブニュ・ファミリア】の名前があった。彼女の話した内容は詳しいものではなかったが、一言でいうなら『質実剛健』だそうだ。

 後日エイナさんに質問したら、コアな冒険者(ファン)も多く存在するらしく、作る装備も質が高いとのことだった。

 鍛冶で一番有名な【ファミリア】は【ヘファイストス・ファミリア】だろう。ヘスティアの神友が主神らしいあの【ファミリア】の店のショーケースをよくベルが覗き込んでいるし、ブランド品として多くの冒険者が愛用している。

 とは言え、そういう大手派閥の作るものは一級品ばかりだ。値段もそれに見合ったものとなるのは当然のことで、僕らには到底買うことなど出来ない。

 まぁ、僕が今日エイナさんに教えてもらったお店――【ヘファイストス・ファミリア】の駆け出し鍛冶師たちが作ったものを売っている場所は、その限りではないそうだけど。

 

「……ねぇ」

 

 向かっている先のことを考えていれば、いつの間にか僕の隣を歩いている『剣姫』が声を掛けてきた。

 

「なん、です……か」

「……君は、大きいんだね」

「……ええ、まぁ、はい」

 

 身体的特徴を言われてどう反応したものかと悩んでから、答えが出なくてとりあえず肯定しておくことにした。

 曖昧な相槌のような返答だが、そのまま黙り込むよりはマシだろう。

 未だ信じ難い状況である。【第一級冒険者】――それも、【ロキ・ファミリア】の団員である二人が目の前に居て、僕はそんな彼女たちに同行しているのだ。

 見掛けるとか、たまたますれ違うとか、そういうことならまだ有り得る。特に、『アイズ・ヴァレンシュタイン』は居るだけで視線を集める人物だ。

 というか、ただでさえ目立つ僕と彼女が揃って歩いているものだから、更に集まっている。すごく、居心地が悪い。

 

「……ねぇ」

「なん、です、か?」

「君は、あの子の知り合いなんだよね」

「……おなじ、ふぁみり、あ、です」

 

 ヴァレンシュタインさんはそんな視線などまったく意に介していないのか、先と同じ切り口で僕にそんなことを淡々と尋ねてくる。

 あの子、という言葉に僕は首を傾げそうになって、すぐにベルのことだと気付いて返答した。

 ベル――ベル・クラネル。昨日、彼女がミノタウロスから助けてくれた僕の大切な家族。まさか、と思って嫌な汗が背中に滲む。

 ベルは昨日、彼女に一言の礼も言わずに一目散に悲鳴に逃げ出していた。

 昨晩、寝る前にその理由を聞いたのだが、どうも『一目惚れ』してしまったせいらしい。

 頭の中が真っ白になるほどに見とれた相手を前に、思わず走り出してしまったとベルは言っていたけれど……。

 助けた相手に逃げられる、というのは理不尽なことだと思う。そうされたら、様々な感情を抱くことになるのを僕はよく知っている。

 とは言え、助けられた当人がどう思っていたのかを、助けた方は知る由もないわけで。

 僕の場合は、僕のことをモンスターと勘違いされることが多かったから、顔に出ていてわかりやすかったけれど――何も言わずにその場を去られたのなら『自分から逃げた』と思うだろう。

 その時に思うことは人それぞれだと考えるが、彼女は僕らから見れば先輩冒険者であり、そして目指すべき『英雄(たかみ)』に手を掛けている人物だ。

 そんな人物が小さなことを言うとは思えないが、駆け出しのことを一々気にするようなことなどありえるだろうか?

 いや、まぁ、僕も現在進行形で例外な扱いを受けているけれど、それにしたって身内までそんなことになり得るとは到底思えない。

 

「……私、怖がられてない?」

 

 だからそんな――突拍子もない質問が聞こえたものだから、まず僕は思わず自分の耳を疑った。

 怖がられてないか。怖がられてないか? 怖がられてないかだって?

 止まりかけた思考と足をどうにか動かしながら、その質問の内容を自分の中で確認する。

 

「……え、え?」

「彼を助けた時、逃げちゃった、から」

 

 どうやら、僕の耳は正常なようだった。そして、僕の聞き間違いではないと彼女の様子から確定してしまった。

 おかしい。何故だ。【ロキ・ファミリア】に所属する冒険者――というか、実力者はお人好しなのだろうか。

 冒険者だ。僕らは冒険者なんだ。身内のことならばいざ知らず、赤の他人へそうやって気にかけることなどあるのだろうか。

 いや、ないとは言い切れないけど――現に自分が今、そうされているし――それにしたって、ベルが惚れた相手だぞ?

 

「……えっ、と」

 

 どう言ったものかと考え、取り敢えず言葉を選ぶとして。それでも思わずそう呟いてしまったことで、ヴァレンシュタインさんの視線が僕の瞳に真っ直ぐと向けられる。

 心配そうな、どこか焦るような。そんな表情を浮かべているのを見て、僕は額を人差し指で軽くかく。

 ベルはあなたに惚れています、と口にするのは論外だ。

 彼女は持ち前の美貌により、男性から幾多の告白やアプローチを受けるが全てを断り続け――というよりも相手にせず、男性冒険者から『戦姫』とも言われている存在。

 僕が下手なことを言って、殆どないかもしれないけどベルと彼女が繋がるかもしれない線を断ってしまうのはありえない行為だ。ヘスティアには悪いとは思うけど。

 次に、あなたに憧れていますと言ったとして――それも【第一級冒険者】であるアイズ・ヴァレンシュタインにとって普段から言われ慣れている言葉だろう。

 ええ、どうしよう。僕はこういうこと自体初めてだし、というかそもそも質問されて答えるなんて殆どしたことないし、相手はとにかく恐れ多い人だし、でもベルの恩人だし……。

 

「やっぱり……」

「こわ、がっては……いま、せん、よ」

 

 思考の迷宮を彷徨い無言になってしまっていたのがアダになったらしく、ヴァレンシュタインさんが目を伏せて残念そうに呟く。

 それに対して咄嗟に否定した僕は、ああでもないこうでもないと思いながらもベルのことを話すことにした。

 取り敢えず、こういう時に言葉を止めたらだめらしい。今後、気をつけることにしよう。

 

「た、だ、おどろい、て。どう、したら、いいのか……わから、なく、なってた、って」

「そう、言ってたの?」

 

 頷いて、彼女の様子を見る。

 

「……そっか」

 

 そうすると、少しの間をおいてヴァレンシュタインさんの小さな口からから出てきた言葉はそれだった。

 下手を打ったかもしれないと、僕は胸が苦しくなる。

 噂に聞いていたヴァレンシュタインさんの人物像は、とにかく厳格だというものだった。

 表情の動きがあまり見えないのもあって、彼女のその言葉が何を意味するものなのかがわからない。ベルに興味を無くしてもらうのは、勝手なことだが僕にとって非常に困ってしまう。

 でも、だからといってこの現実から目をそらすわけにもいかないわけで。もしも、今後ベルにとって不幸なことになってしまったら僕のせいなわけで。

 

「……表情、暗いけど」

「なんでも、ない、です」

 

 なんでもあるけど、なんでもないです。気が気ではないが、未来のことを気にしても仕方ない。

 心の中で、現在ソロでダンジョンに潜っている大切な家族に謝ることにする。ごめん、ベル。僕は本当に不甲斐ない男だ。

 それからヴァレンシュタインさんと話すことはなく、【ゴブニュ・ファミリア】に着くまでの間、僕の気分は落ち込むばかりだった。

 

 

「相変わらず陰気臭いところにあるよね、ここ。何かじめじめしてるって言うかさぁ」

 

 入口の扉の横に、三つの槌が刻まれたエンブレムが飾られている石造りの平屋の前で、ティオナさんがそう呟いた。

 オラリオの北と北西のメンインストリートに挟まれた区画、路地裏深くに建てられている目的地――【ゴブニュ・ファミリア】のお店はそういう場所にある。

 確かに、華やかではないけれど……そういうのってどうなんだろうか。いや、確かに陰湿としているかもしれないけれど。

 

「ん、と……」

「ああ、ごめんごめん。さ、入ろう」

 

 ティオナさんの苦言になんて答えれば良いのか迷っていれば、ヴァレンシュタインさんも同じような反応だったようだ。

 僕と彼女の様子を見たティオナさんは、苦笑を浮かべてから入口をくぐる。僕も背中を丸めて中に入ると、物凄い熱気を感じた。

 鉄火場――薄暗く、職人たちが作業に従事している場所というのは初めて見るので、とても新鮮だった。

 

「ごめんくださーい」

「ください……」

「……くだ、さい」

 

 二人がそれぞれに挨拶をするのを真似て、小さいながらも声を出す。

 入口は背を丸めなければ入れない高さだったが、天井は意外と高いようで、立ち上がっても大丈夫そうだ。

 

「いらっしゃい……って、げえぇっ!? 【大切断(アマゾン)】!?」

「あのさぁ、二つ名(それ)で悲鳴を上げるの止めて欲しいんだけど……」

 

 物凄く失礼だと思う相手の反応に、半目でぶすっとするティオナさん。

 顔を見るなり、そういう対応というのは僕としてはとても嫌なものを感じざるを得ない。彼女が何をしたというのだ。

 そんな風に心の中で思いながら様子を見ていると、作業に従事していた団員らしき人たちがにわかに慌ただしくなり始める。

 

「親方ァ! 壊し屋(クラッシャー)が現れましたー!?」

「くそっ、今日は何の用だ!?」

「また武器を作ってもらいにきたんだけど」

「ウ、ウルガはどうした!? 馬鹿みたいな量の超硬金属(アダマンタイト)を不眠不休で鍛え上げた、専用武器(オーダーメイド)だぞ!?」

「溶けちゃった」

「ノォォォォォ――――!?」

 

 信じがたい言葉が幾つか飛び出していたが、つまりティオナさんがこの【ゴブニュ・ファミリア】に訪れた理由は、武器の製作依頼のためらしい。

 超硬金属(アダマンタイト)が溶けたとか、なにそれ怖いとしか言いようがないが……。

 というか、度々彼女はこういう依頼を出すのだろう。壊し屋(クラッシャー)という不名誉感たっぷりの二つ名らしき名称とか、そのせいでついたのかもしれない。

 理由のある悲鳴か。まぁ、この場合、なんていうのだろう。お互いに理不尽なことだなぁ、と心のなかで思う。

 

「……あ、れ」

 

 崩れ落ちる親方と呼ばれていた男性に団員たちが群がって心配しながら呼びかけている様子を見ていた僕は、いつの間にかヴァレンシュタインさんがいないことに気がついた。

 周囲を見渡してみるが、姿がない。どこへ行ったのだろう、と首をかしげていると、

 

「アイズなら多分、主神様のところだと思うよ」

 

 いつの間にか隣に来ていたティオナさんがそう言った。

 

「いいん、です、か?」

「しばらくはお祭り騒ぎだからね。まぁ、あたしのせいなんだけど……いや、厳密には違うけど」

 

 ――元凶は全部、専用武器(ウルガ)を溶かしたモンスターのせいだ、と呟きながらティオナさんは表情をムスっとさせる。

 

「それにしても、アステル君もアイズが気になるの?」

「え、っと?」

「いやー、まぁ、アイズだもんねー。仕方ないか」

 

 どうやらあらぬ誤解を受けているように思えて、僕は両手を激しく左右に振る。

 

「いや、ぼく、はべつ、に……」

「別に、隠さなくてもいいんだよ?」

「……そんな、つもり、ない、です」

 

 興味がないと言えば嘘になるが、特別な感情というものを抱いているつもりはまったくない。

 ここにいるのがベルだったならば、慌てふためいていたことだろうけど……結局はうまくやりそうな気がする。

 そんなことを考えていれば、復活したらしい親方さんがヨロヨロと立ち上がってこっちへと歩いてくるのが見えた。

 

「ウ、ウルガのことは仕方ねぇ。それで、そっちの奴は、なんだ」

「あ、そうだった。親方、実はあたし――というか、ティオネがこの子の盾を壊しちゃって」

「おま、自分の武器だけじゃ飽き足らず、他人のものまで壊したのか!?」

「あたしじゃなくてティオネが! 壊したのはティオネ! あたしじゃないって!!」

「そう、か。……おい、兄ちゃん。名前は?」

「あす、てる……です」

 

 名前を答えると、親方さんは僕のことを頭からつま先までじっくりと見てくる。

 すると、眉をひそめて両腕を組んだ。表情がさっきまでの動揺ではなく、真剣なものへと変わっていた。

 

「……だいたい3(ミドル)専用防具(オーダーメイド)か。おい、壊し屋(クラッシャー)。こいつはお前んところの新人か?」

「え、あ、いや……」

 

 ティオナさんとヴァレンシュタインさんと一緒に来たせいだろう、どうやら親方さんが勘違いしたのかそんなことを尋ね始める。

 自然に専用防具(オーダーメイド)と口走っていたけど、そんなもの頼めるお金なんてないし、ティオナさんにお願いするつもりもない。僕はただ、二枚盾(カイトシールド)を簡単に修理してもらいに来ただけだ。

 

「ん、なんだ。違うのか?」

「違うよ。でも、友達」

「へ……」

 

 友達。さらっとティオネさんから出てきた単語に、僕は素っ頓狂な声を出して面食らう。

 

「へ、って。ひどいなアステル君。確かに出会い方はああだったけどさ」

「……いい、の?」

「いいも何も、あたしはそう思ってるよ。初めましてから二回目なんだし」

 

 いや、それはそれで簡単すぎるというか、判定が甘すぎるようにも思えるんだけど――とは、口には出さない。

 友達……。そう言われて、悪い気はしないけれど、だったらやっぱり今回のこれも申し訳なくなってくる。

 

「それで、どうすんだ? そういうのは店の外でやってくれ」

「え、あ、はい。ごめん、な、さい……」

 

 親方さんの催促に、僕は謝りながら背中に背負っていた二枚の盾を差し出す。右上の部分――ティオネさんの投げナイフが貫通した穴のある、ひびの入っている僕のメイン装備だ。

 兜は完全に真っ二つになっていたので、下手に修理するよりも、今後お金を貯めてから買い直したほうがいい状態になっている。

 だが、盾がなければ僕はダンジョンで探索など出来ない。これが僕にとって――僕達にとっての生命線なのだ。ベルにとって、短刀がそうであるように僕にとってはこれがないと始まらない。

 もちろん、肉体を駆使した戦いは出来ないわけではないけれど。盾がなければ『防御』という行動ができなくなるのだ。ゴブリンやコボルトは刃物を使うし、わざわざそれを肉体で受け止めるなんてのは自殺行為意外のなんでもない。

 

「……おい、ちょっと待て」

「しゅう、り。おねがい、しま、す」

「ちょっと待てっていったろ」

 

 親方さんの言葉に、僕は首をかしげて彼の顔を見やる。バンダナを巻いた、口ひげを蓄えた物語に出てきそうなまさに『親方』と言える顔立ち。

 その眉をひそませて、親方さんはため息を深く吐く。

 

「ギルドの支給品じゃねぇか。これを修理するくらいなら、悪いことは言わねぇ。新しいものを買え」

「……で、も」

「これはお前のためのことを思って言ってるんだ。確かに、ギルドの支給品に粗悪なもんはない。だが、それだけだ」

「おかね、が……」

「え。まぁ、あんまり高すぎるものじゃなければあたし、買ってあげるよ。元々弁償するって約束で連れてきたんだし」

 

 そういうわけにいかないんですよ、ティオナさん。

 

「まぁ、欲を言えば胸、腕、足にポイントガードをつけるのが良いんだが……アステルっつったか。お前さんくらい大きいと、通常の市場じゃ装備出来るサイズも売ってねぇだろうしなぁ」

「……しゅう、り、で」

「アステル君?」

「しゅう、りで。おねがい、し、ます。ごご、から、だんじょん、へ、いく、ので」

 

 このままでは買ってもらう方へと流されてしまう。そう思った僕は一点張りで押し通すことにする。

 親方さんの言う通り、僕のサイズに合う防具というものはそもそも出回っていない。装備するには、間違いなく作成依頼をしてもらわなければいけなくなる。

 だが、それには通常よりもお金が掛かってしまうのだ。それに、僕の場合ただでさえ大きい体に合うように作るには、素材だって普通よりも使わなければいけなくなる。

 実を言えば、僕の装備している二枚盾(カイトシールド)だって、僕に適した大きさというわけでもない。

 通常の人が手に持って使うこれを、僕は持ち手を腕に直接布で括りつけて、バックラーのように使っているのだ。

 それでも僕にあった腕甲(ガントレット)を買うよりも安くあがっていたし、防具として機能していた。それについて、不満を垂れるつもりはない。

『普通』の大きさじゃない僕が悪いのだ。そのせいで誰かに迷惑を――世話をかけるのは、僕としては嫌なことなのである。

 

「……ダーメ! だったらなおさら、あたしが新しい盾を買ってあげる!」

「いや、それ、は……」

「あたしがそうしたいの」

「でも……」

「でももしかしもかかしもなーし!」

 

 ずい、っと顔を引っ張られる。突然のことに反応することも出来ず、僕の目の前にティオナさんの顔が大きく映る。

 

「言ったはずだよ。これはあたしのケジメだって」

 

 そう言われると、僕は何も言えなくなる。

 そもそも僕のせい――『事故』だと言っているのだが、それでもと食いついてくるティオナさんの気持ちというのを蔑ろにはしたくない。

 友達と言ってくれるのも嬉しいし……だからこそ、たかるような真似はしたくない。

 

「ぼく、は……てぃおな、さん、に、たかり、たく、ない」

「……変なこと考えてるんだね、君ってば」

 

 口に出して思っていることを素直に伝えてみれば、心外だと言わんばかりにティオナさんの表情が険しくなる。

 

「あたしの自己満足みたいなものなんだよ、これは。【第一級冒険者】として、自分の起こしたことに責任を取りたいだけだから」

「……それ、も」

「事故だって、起こした方が責任取るでしょ? それならやっぱり、あたしが取る方なの。アステル君が責任を感じる必要はなし」

「変に遠慮しすぎるのは、男としちゃいけねぇな。そういう時は、スパッと決めねぇと」

 

 そのままズルズルと続きそうだった僕とティオナさんの言い合いを制したのは、横から飛んで来た親方さんの言葉だった。

 

「それに、何があったかは知らねぇが……第三者の俺からすりゃあ【大切断(アマゾン)】の言ってる方が正論だ」

 

 それは、そうだ。ティオナさんの言っていることは正しい。僕だってわかっている。それでも気持ちが、心が納得しないのだ。頭がそれを拒否している。

 今まで受けたことのない言葉ばかりで、正直頭ごなしになっているのかもしれない。でも、僕は……。

 

「たしか、奥に盾の在庫あったな。駆け出しに丁度良いやつが二枚」

「親方?」

「値段張らねぇ奴が丁度、作ってあったんだよ。在庫処分で買ってけ、【大切断(アマゾン)】」

「そん、な……!」

 

 半ば強引に、今度は向こうが決めようとしているところに僕は待ったをかけようとした。

 だが、親方さんの言葉がそれを許してくれなかった。

 

「男なら、女のしたいことくらいさせてやれ。こいつは確かにやりたいことをやりすぎて俺たちの頭を痛ませるが……」

「ちょっと、良い事言ってたのに台無しだよ!?」

「うるせぇ! 壊し屋(クラッシャー)って呼ばれたくなけりゃあもっと武器を大事にしろ! 俺たちの作った武器を!!」

 

 男の甲斐性。親方さんの発言に、僕はベルのおじいちゃんがよく口にしていたことを思い出す。

 あの人も、男なら女に恥をかかせるなと、よく言っていた。僕の行動は、つまりティオナさんに恥をかかせることなのだろう。親方さんの言葉で、僕はようやく気付く。

 ……だめだな、と心の中で自嘲した。向こうから歩み寄ってきてくれているのに、それを僕は怖がっていたのだ。

 ベルとも違う。おじいちゃんとも違う。ヘスティアとも違う。エイナさんとも違う。【第一級冒険者】という立場があって、それでもティオナさんは僕のことを気にかけてくれた。

 それを僕は、勝手に立場が違いすぎるからと、変なこじつけをして拒絶に近いことをしかけていたんだ。

 

「……てぃおな、さん」

「なにかな、アステル君」

「……ありがとう、ござい、ます」

 

 だから、これはその一歩だ。

 前に進むための一歩。これが彼女のやりたいことなら――これがティオナ・ヒリュテさんの『優しさ(きもち)』なら、僕はこれを拒むわけにはいかない。

 彼女は、子供の頃にみたあいつらみたいな『人間(バケモノ)』でも、僕を怖がるオラリオ以外の土地の人たちじゃない。

 いつか、この恩に報いることが出来るならば――報いたい。そう出来るくらい、強くなろう。

 僕はそう思いながら、ティオナさんに心からの礼を口にした。




◇閑話◇

「ねぇ、ティオナ」

 メインストリートに向かう中で、珍しくアイズからティオナに声をかけた。
【ゴブニュ・ファミリア】で自身の武器の修理を頼んでいたから、アイズはティオナがアステルたちとどんな会話をしていたかは知らない。
 だが、彼に渡された真新しい二枚の盾――『タワーシールド』はティオナが買ったものなのは知っていた。
 それは元々、ティオナがアステルを同行させる理由を彼女に話していたからである。
 弁償。その二文字で全てが片付くのだが、アイズはそもそも何故と疑問に思っていた。

「彼って、強いの?」
「弱いよ? だって、まだまだ駆け出し君だもん」

 だから、聞いてみた。ティオナの返答を聞いて、アイズは間違っていなかったと思った。
第一級冒険者(アイズ・ヴァレンシュタイン)】から見ても、【駆け出し冒険者(アステル)】は素人のそれで、とても彼女が気に入るようなタイプには見えなかった。
 アマゾネスは本能的に強者に惹かれる種族である。
 彼女の姉がいい例だ。ティオネ・ヒリュテは彼女たちが所属する【ロキ・ファミリア】の団長である『フィン・ディナム』に信奉に近い恋慕を寄せている。
 しかして、それ故に彼女の疑問は一層の深まりを見せる。

「それなら」

 自分が言えたことではないが、『駆け出し(Lv.1)』のことをどうしてああまで気にして、更には弁償までしたのだろうかと。
 そう、思わずには居られなかった。

「珍しいね、アイズがあたしのことを気にするなんて」
「そう?」

 そうそう、とティオナは頷く。アイズの方も、自分が変わり始めていることに気付いていなかった。
 普段の、これまでの彼女を知るものならばいつものアイズらしくないとすぐに気付くだろう。何かがあったと察するに、これほど簡単なことはない。
()()()()()()()()()』ということ自体、珍しいことなのだ。
 強くなること以外に興味がない。それが周囲から見た――【ロキ・ファミリア】の団員から見てさえ抱いている印象である。

「えっとね、実はちょっと面白いなーって思ってるんだ」

 それから、アイズの抱いている疑問にティオナは答え始める。
 両腕を後頭部に併せて当てながら、彼女はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「アステル君ってさ。まだ冒険者になって半月なんだって」
「……そうなんだ」

 半月。五階層に居た彼も、そのくらいなのだろうかとアイズは心の中で呟く。
 アステルとベルが同じ【ファミリア】であることは知っている。

「それなのに、あたしたちの攻撃に反応したんだよ。すごくない?」
「……そう、なの?」

 アイズの反応は薄かったが――それでも内心では少しの驚きがあった。
【第一級冒険者】の攻撃に【駆け出し】が反応する。才能があるなら、それくらいは出来るかもしれないが……普通のことではない。
 アイズも過去、団長や【ファミリア】の古参に鍛えてもらっていた時期がある。【駆け出し】の時期に【第一級冒険者】の攻撃とはどのように見えるかも知ってはいる。
 本当に少し、表情を変化させたアイズを見て、ティオナは楽しそうに続ける。

「ティオネの攻撃はもちろん、通ったんだけどね。それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
「……半月、で」
「そう、半月の駆け出し君が、ティオネの投げナイフとは言っても、心をおらなかったの」

 痛みというのは、常に付きまとう恐怖だ。誰もが本能的に避けようとするし、痛みは精神を蝕んでいく。
 モンスターに――何かの攻撃に立ち向かう必要がある冒険者にとって、それは重要な才能の一つだ。
 どう対処するかは人によるが、いつか手痛いものをくらったその時こそ、その人物の真価が問われると言っても過言ではない。
 諦めるか、立ち上がるか。簡単に言ってしまえば、その二択だ。

「それに、あれだけ大きいんだもん。きっと、強くなると思うんだよね」

 笑顔で言うティオナの言葉に、アイズは口を閉ざした。
 強くなる。その単語が、彼女に引っかかるところがあったのだ。

「とまぁ、それが理由といえば理由かな」
「……そうだったんだ」

 振り返ってみれば、二人が彼に攻撃したという話という物騒極まりないことではあるものの、アイズはそれを気にすることもなくさらりと流す。
 ティオナも言ってからしまったと口止めに慌ただしくなりかけた。
 だが、アイズが気付いていないことを知ると誰にも言ったらだめだよ、と言って留めておくことにした。
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