英雄を怪物が支えたいと思うのは間違っているだろうか   作:暇潰しと思いつきの人

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第四章 ダンジョン

 摩天楼施設『バベル』は、モンスターがダンジョンから地上に出てこないようにするための蓋である。

 現代に強力なモンスターが地上にあまり残っていないのは、このバベルがあるから、というところが大きいだろう。

 勿論、僕ら冒険者がダンジョンでモンスターと戦い、倒しているからというのもある。

 それでもバベルが役割を未だに果たし続け、冒険者という存在の活躍話が絶えないのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()せいだ。

 それこそ、卵を割って出てくる鳥類の雛のように。僕もこの目で、ゴブリンが壁を砕いて生まれるところを見たことがある。

 どれだけダンジョンでモンスターを倒しても、彼らが絶滅しない理由がこれ。倒しても倒しても、ダンジョンという存在をどうにかする術がなければ、モンスターが滅ぶということにはならないだろう。

 そもそも、ダンジョンとはなんなのか? 僕が知っている知識でも、言えることは幾つかある。

 まず、()()()()()()()()()()()ということ。

 別に生きているからといって、ダンジョンそのものが襲ってくることはないし、勝手に地形が変化することもない。その証拠が、冒険者が踏破した階層の地図がギルドで売られているということだろう。

 ただし、全ての地図が完全なマッピングがされたものではなく、面積がありえないほど広い階層もちらほらとあるらしい。

 次に、冒険者とモンスターの戦闘は勿論のこと、モンスターが生まれる際にダンジョン内の構造はよく壊れる。だが、しばらくすると壊される以前の状態に修復される。これが生きていると言われる所以だ。

 ダンジョンそのものがモンスターの心臓とも呼べる【魔石】の上位もしくは下位物質で出来ていることに由来するのでは、と言われている。学者たちの間でも解明することが出来ず、ただ発生すら現象を見せつけられるとどまっているそうだ。

 そして、魔石に近い物質で出来ているダンジョンの中は日の光が届かずとも明るい。

 現在の僕らが狩場としてよく使っている一階層など、天井にあたる部分が照明が如く点々と燐光を発しているものだから、時間など関係なしに馬鹿みたいに明々としているほどだ。

 

「……アステルはとてもズルイと思うんだ」

 

 で、現在。僕らはそんな外と変わらない明るさの一階層に居る。

 目の前のベルがムスッとしている理由だけど、合流してしばらく、小休止を入れたタイミングに僕の装備している両腕の盾を手に入れた経緯を話したからだ。

 ヴァレンシュタインさんと一緒に買い物をしたというのが、相当羨ましいらしい。

 全て偶然によるものなんだけど――同行したのは事実なのだから、何を言っても彼の不満を取り除くことは出来ないだろう。

 それはそうと、【ゴブニュ・ファミリア】でティオナさんに弁償という名目で新調してもらった、僕のメイン装備の調子はとても良い。

 銘を【タワーシールド】という、伸ばした両腕から肩近くまで伸びているまさに柱のような盾。セット価格にして、5000ヴァリスほど。

 飾り気もなにもなく、腕を覆うように緩やかな曲線を描いているこの盾の見た目はとても無骨だ。しかし、【ゴブニュ・ファミリア】製といこともあってゴブリンやコボルトの攻撃など意にも介さない防御力を発揮している。

 在庫処分だと親方さんが言っていたけれど、だからと言って安すぎではないかと内心で思っている。

 まぁ、僕もかなり現金なもので、使ってみればすぐに気に入ってしまった。

 支給品の【カイトシールド】は確かに使い勝手こそ良かったものの、その大きさは今の半分程度。カバー出来る範囲が増えたことによって、僕の防御力は倍くらいになったと言っても過言ではない。

 

「……はぁ、僕も話したかったなぁ」

 

 ため息を吐いたあと、ベルはそう言いつつ見覚えのないお弁当箱をバックパックから取り出した。そして、中に入っていたサンドウィッチを頬張る。

 サンドウィッチを作る材料なんて、僕ら【ヘスティア・ファミリア】の拠点にはなかったはず。というより、お弁当箱なんてたしか無かったはずだ。

 

「……それ、どう、したの」

「今朝さ、僕が落とした魔石を拾ってくれた人がお昼にって」

「……べる、さん」

「いきなりさん付けで呼ぶのやめよう!?」

 

 いや、落とした魔石を拾ってくれた人がお弁当くれましたって、どういうことなの。何がどうあったらそんなことになるの。

 さすがに敬語も使いたくなるよ。

 

「で……おん、なの、ひと?」

「うん、まぁ……」

「すごい……ね。ほん、とう」

 

 案の定、そうだと思っていたから素直に感心の言葉が口から出てくる。

 二日連続で女の人と偶然知り合うような人を、僕は見たことがない。いや、そもそもそこまで知り合いなんていないけれど。

 ベルの夢は『英雄』になることと、『ハーレム』を築くことだ。どちらも彼のおじいちゃんの影響が強いものだけど、ベルは本気でそれを目指している。

 この調子でどんどんと仲良くなっていけば、ベルのハーレムは達成出来るかもしれない。いや、最大の壁(ヘスティア)が身近にいるから、難しいと言えば難しいか?

 

「……からかってる?」

「まさ、か」

 

 だが、例えヘスティアが立ちはだかっているとしても僕はベルを支持し続ける。ハーレムを目指している彼を僕が応援こそすれ、妨害するなどありえないのだ。

 それは僕がベルを支えたいと思ったときから決めていること。【ファミリア】に所属する前から、冒険者になる前から、あの村に住んでいた頃からの僕の思い。

 

「がんば、って、ほしい、だけ、だよ」

「……そんなにうまくいくと思う?」

「べる、なら、やれる……さ」

 

 訝しむように目線だけ向けて言ったベルに、僕は本心からの言葉で答える。

 ベルならやれる。君自身、そんなことはないと否定するだろうけど、僕は本当に心の底からそう思っている。

 盲信ではなく、実際にそう思える根拠だってある。

 

(僕を助けてくれた君だから、そう言えるんだ)

 

 依然として唇を尖らせながらもサンドウィッチを黙々と食べるベルを見ながら、僕は心の中で呟く。

 そのためにも、強くならないといけない。君が英雄とハーレムを目指すなら、今よりもずっと強く。

 僕はそのためだったら、頑張れるんだ。

 

「……そういえば、アステル。その、ヴァレンシュタインさんは、僕のこと何か、言ってなかった?」

 

 サンドウィッチを食べ終えたベルが、おずおずと尋ねてくる。

 期待二割、不安八割くらいか。相当気になっているのか、目をそらしたりこっちを見たりと深紅(ルベライト)の瞳がせわしなく動いている。

 んー、なんて伝えるべきか。これもまた難しいことだ。

 ただ、沈黙してベルの不安を煽るようなことはしたくない。それはついさっき、ヴァレンシュタインさんと同じような状況になった時に学んだのだ。同じ轍は踏まないに限る。

 

「いってた、よ」

「本当!?」

 

 だから、すぐに肯定してみたらベルはすごい勢いで食いついてきた。

 ギン、と瞳を期待に爛々と輝かせる彼だが、すぐに何か思ったのだろう。あー、と口から声を流すように出して目を逸らすと、

 

「……やっぱりいい」

 

 そう言って肩を落とした。

 

「なん、で、さ」

「……ほら、昨日話したでしょ? 僕とヴァレンシュタインさんとの出会いを」

 

 ――助けられて、一目惚れして、走り去った。何も言えずに。

 簡単にまとめれば、ベルと彼女の出会いはこれだ。

 ああ、だからやっぱりいい、って言ったのか。

 ベルが肩を落とした理由。きっと、僕が聞いたヴァレンシュタインさんの言葉が、マイナスなものなのだと思ったのだろう。

 

「……どちら、か、という、と」

「……うん」

「べる、を、きに、かけて、た……よ?」

「……へ?」

 

 まぁ、それも自分が怖がられていないか、という内容だったけれど。

 そこまでは言わなくて良いだろう。そればかりは、ベルが直接会いに行って、訂正した方がいいことだ。

 一応、僕はヴァレンシュタインさんに怖がってなかったということを言っておいてあるけれど、それでも彼自身が言わなくちゃいけないことだってある。

 

「だか、ら、べる。がんば、って、あえる、よう、に……なろう」

「……そうだね。アステルの言う通りだ」

 

 強くなったら、ヴァレンシュタインさんがベルに振り向いてくれると願って。

 それはいつか、という他ないけれど。目標に手を伸ばさなければ、掴む努力をしなければ何も始まらない。

 さしあたって、一・二階層(上層の上層)を主な狩場にしている現状をどうにか突破しなければ。

 そうすれば、そう出来るようになれば、今よりもずっと良くなるはずだから。

 

 

「おぉ……おっ!」

 

 コボルトの爪を盾で受け止めた僕は、気合いを入れて両腕を振り払った。

 鈍く低い音が鳴ると同時に、細かな血が少量舞う。コボルトの鼻血だ。どうやら、頭部を強く弾いたらしい。

 合わせたタワーシールドの隙間から敵がたたらを踏んでいるのを確認した僕は、そのまま足に力を入れて蹴り上げた。

 

『ギャンッ!?』

 

 コボルトの小さな体が数M(ミドル)先にある壁に勢いよく叩きつけられ、短い悲鳴をあげて動かなくなる。

 が、倒したことを確認している暇は、今の僕たちには存在しない。

 すぐに振り向いた僕は、短刀を構えて必死に二匹のコボルトの攻撃をいなしているベルの元へと駆ける。

 

「べ、る!」

 

 名前を呼んだのが聞こえたのか、ベルはサイドステップをして僕の進む道を開けた。

 そのまま僕は腕を前に出して、二枚盾(タワーシールド)を壁にしながら突進する。

 コボルトは迫り来る僕に驚怯みながら壁のある左右へとバラバラに跳んで、僕から距離を取った。だが、それは悪手だ。

 

「チャンス!」

「お、おぉおっ……!」

 

 ベルが右の方へと走り込み、僕はもう片方へと急停止からのタックルをかます。

 壁際に追い込まれていたこともあり、コボルトは逃げ場もなく盾とダンジョンの壁に呆気なく挟まれて身動きを取れなくさせた。

 なんとか脱出しようともがいているらしく、時々小さな衝撃と呻くような声が盾越しに聞こえてくる。

 だが、それを許すわけにはいかない。

 

『ギャインッ!?』

「アステル、スイッチ!!」

 

 背中越しに聞こえたコボルトの悲鳴から少し遅れて、ベルの合図が成された。

 交代(スイッチ)――とどのつまり、立ち位置の交換だ。僕らが最近ようやく考案した戦法で、これが意外とコボルトやゴブリンといった低級モンスターたちにハマる。

 

「っと!」

 

 後方へと天井にぶつからない程度に跳躍した僕の体をくぐり抜けて、ベルが声を短く出しながらナイフをコボルトの胸に突き立てる。

 これで終わりだ。今回も、スイッチがうまくいって良かった。

 

「うん、いい調子だね」

 

 返り血を服の袖で拭ったベルが言う。

 実はこの戦法、最近考案しただけに時々失敗することもある。その原因は敵にあるわけではなく、僕とベルにあったりする。

 連携と言えばそうだが、まだまだ練習が必要なのだ。だからこそ、ハマってくれる彼らには悪いが、良い練習台だと言わざるを得えない。それも万全を期した状態でようやく、なのだが。

 

「……だけど、わけわからないよ。なんで二回もコボルトの群れに遭遇(エンカウント)するかなぁ」

「うん、が、わるい、の、かな」

 

 ベルと手分けして倒したコボルトの死体を回収して、魔石を摘出しながらの会話。

『魔石』は、紫紺の宝石のようなものだ。モンスターから獲得できる魔力のこもった結晶とも言い換えられる。

 下層に行けばいくほどその大きさは増していくらしいが、コボルトやゴブリンから取り出せるのは欠片程度のもので。僕からしてみれば豆粒のような大きさだ。

 で、この結晶には不思議な力が宿っていて、ギルドに持っていけば換金が出来る。つまり、僕らの直接の稼ぎになる。

 僕たちの暮らす廃教会――ホームにもある『魔石灯』というアイテムがいい例で、『魔石』はヒューマンの技術で加工することで様々な方面に活用出来るから、貴重な資源になっている。

 迷宮都市(オラリオ)はこの魔石製品を輸出しているらしい。確かに、天然にモンスターが湧き続ける世界唯一の場所なのだから、魔石の回収量なんて考えつかないほど多いはずだ。

 まぁ、この場合利益を誰が得るかと言えば、迷宮都市(オラリオ)ではなくギルドだろうけど。

 そんなことを考えていれば、魔石を取り除いたコボルトたちの体から色素が抜けていき、全身が灰になって跡形もなく消滅していく。これがモンスターの末路だ。

 エイナさんの話によれば、魔石はモンスター達の『核』で、これを基盤として彼らは活動しているのだと言う。

 だから、モンスターを倒す際に魔石を狙うのは有効な手段でもあると、彼女は僕とベルに教えてくれた。まぁ、砕けてしまった魔石は換金することは出来なくなるけど、生死がかかっていればなりふりなど構っていられないだろう。

 

「はぁ。それにしたっておかしいって」

 

 ベルが深く溜め息を吐く。

 まぁ、愚痴を言いたい気持ちもわかる。僕だってそうだ。

 僕らが小休止を終えたあと、しばらく探索を続けている内に出会ったのは八匹ものコボルトの集団だった。

 コボルトたちは普通、一、二匹でダンジョン内を徘徊していることが多い。群れるとしてももう一、二匹ほど増える程度で、八匹ともなれば大所帯だ。なんとか二人で撃退したものの、その後に待っていたのは同数の集団だった。

 囲まれる前に各個撃破することも出来たが、それでも倒せたのは三体ほどだけで、さらに運が悪いことに壁から新たに生まれてきた時は我が目を疑いたくなったのはベルには内緒である。

 ともかく、そんな集団との二連戦を無事に勝利で納められたのは素直に嬉しい。新しい二枚盾(タワーシールド)のおかげでもあるだろう。ティオナさんと親方さんには頭があげられそうにない。

 だが、それ以外でも僕らが確実に――いや、ベルが間違いなく強くなっている。それが何よりも嬉しく思えた。

 初めてモンスターと戦った時はゴブリン一匹でさえも苦戦することもあったし、何だかんだで僕と彼の二人がかりで確実に、という状況が主だった。それが今では完全にパーティの撃破役(ストライカー)だ。僕が一匹倒す間で、彼はもっと敵を倒すこともあった。正直驚いている。

 攻撃力こそ僕の方が高いものの、ベルの強味は敏捷さから繰り出される手数の多さだ。このまま順調に成長出来れば、近いうちに狩場を下の階層に移せるだろう。

 

「ん……?」

「あ、どろっぷ、だ」

 

 そうこうと死体の処理を進めて、最後のコボルトが灰になるはずが右手の爪だけがポツンと残った。

 魔石を除去したモンスターは時折、こうして体の一部の原型を残すことがある。

 そのモンスターの中で異常発達した部位らしく、魔石を失っても独立するに至る力が備わっているらしい。

 そうして残った部位は『ドロップアイテム』と呼ばれていて、これも換金の対象になりうる。ものにもよるが、大抵は魔石より高く引き取ってくれる。

 

「ラッキー」

「……よく、なってき、た、かな」

 

 先ほどまで運が悪いと愚痴を垂れていたが、『ドロップアイテム(コボルトの爪)』が手に入ったならば良くなってきたのではないかと思う。

 ベルが倒したコボルトから出た物なので、彼は爪を拾い上げると背にしょっている黒色のバックパックに放り込んだ。魔石の欠片は、腰につけている巾着の中へとしまい込んでいる。

 僕も腰に布で括りつけているバックパック――体に合わないサイズなので、ほぼポーチのようになっている――に回収した魔石をしまった。

 僕はさほど気にしたことはないが、バックパックに物を回収する以上物理的な限界や重量が発生する。

 本来なら魔石やドロップアイテムは『サポーター』と呼ばれる非戦闘員が回収して確保してくれるらしいが、【ヘスティア・ファミリア】の構成員は僕とベルの二人だけだ。

 どちらかがサポーターになる、という選択肢はない。なるとすれば僕だが、ベルだけを戦わせるというのは無理だ。あらゆる面で僕は彼を支えたいし、実をいえば密かにベルと同じような夢だってもっている。

 英雄。英雄譚というものは今でもあまり好きではないが、その登場人物たちはとても好きだ。彼らのようになれるならば、僕だって――と思っている。

 それが、僕がサポーターにならない理由だ。でも、現実問題サポーターはいるに越したことはない。エイナさんも今の僕らの状況にいい顔してはくれていない。

 だが、そうなると金銭の問題や、僕という存在が枷になる――かもしれない。

 前者は絶対的な理由だが、後者は最早なれてもらえば大丈夫かも、とちょっと楽観したいと思った。

 エイナさんがそうだったように付き合いを重ねればいつかと。ケースがあまりないから、自信は持てないけれど。

 

「アステル!」

「……う、ん!」

 

 そんなことを考えながら、僕らは新しくモンスターと遭遇(エンカウント)した。

 まだ見ぬ装備やサポーターとの契約をいつか果たすためにも、お金になってもらおう。

 

 

 ベル・クラネルは子供の頃、『ゴブリン』に殺されかけたことがある。それは僕と出会う前のことで、実は冒険者になって、初めてゴブリンを倒した時にベルから聞いたことだった。

 ダンジョンは太古の頃から創設されている管理機関(ギルド)によって、管理されている。

 モンスターはダンジョンでしか産まれないため、管理すればその脅威に晒されないようになると考えたのだろう。今では迷宮から生まれる利益も大いに絡んでいると思うけど。

 閑話休題。

 ベルが子供の頃に襲われたというゴブリンは、そんなギルドが作られる前に地上へと進出したモンスターたちの子孫だったのだろう。地上には未だに、モンスターたちが散見されている。つまりそれは、モンスター達も生殖行動ができるということだ。

 種を残せる数多のモンスターを生み出すダンジョンは神秘そのものであるが、それについて神様(僕の場合はヘスティア)に質問してみても答えてくれなかった。

 

『ダンジョンはダンジョンだろ。ダンジョンに他の何を求めてるんだよダンジョン』

 

 とは、神様達が残した名言(迷言)(?)である。

 

「――せいっ!」

『ゴブリャアッ!?』

 

 通路の真ん中で棒立ちしていた『ゴブリン』を、ベルが飛び蹴りで吹き飛ばす。瞬殺だった。

 ベル曰く、なんだかなぁという気分らしい。全てヘスティアから『恩恵』を授かったからであるが、かつてのトラウマを瞬殺できるようになったのが原因だろう。

 相手は強敵どころか、ダンジョンにいるモンスターの中でも最弱に部類されているのだ。仕方ない。

 

「あ、アステル見て。またドロップアイテム」

「わぁ、い」

 

 ベルが回収したのは、『ゴブリンの牙』だ。集団戦からしばらく、順調にモンスターを狩り続けている。

 ベルのバックパックもすっかり重くなっているようで、ずっしりなんて音が背中から聞こえてきそうだった。

 僕は僕で、持ち前の筋力があるおかげかそんなことはないけれど――ベルの場合は動きに支障が出るかもしれない。

 

「べ、る。いった、ん……かんき、ん、いく?」

「んー……バックパックの容量的にはまだ余裕があるけど」

「……まだ、いける、は、もう、だめ」

 

 エイナさんが教えてくれた、冒険者の心得のひとつを口にする。

 ダンジョンは多くの危険を孕んでいる。少しの油断が致命傷になることだってある。予期せぬ事態が降りかかったのは、記憶に新しすぎてベルも忘れていないはずだ。

 こういうことを手間だと思ってはいけない。万全の状態で戦うのだって、冒険者のセオリーである。カイトシールドの補強で大丈夫って思ってた僕がいうのも、なんだけれど。

 それに、戻る道中にだってモンスターがいないということもない。その時になって、荷物のせいで動きが鈍っていましたでは話にもならないのだ。

 と、そんな僕の説明にベルが納得してくれて、地上へと戻ろうとした時。

 

『ギシャァアッ!!』

「え!? って、ぐえっ!?」

「こ、の……おっ!」

 

 壁に隠れていたらしいゴブリンの不意打ちが、ベルを襲った。それを見た僕が、力任せに握った拳でゴブリンの体を殴り飛ばす。

 鈍く硬い音がゴブリンから鳴って、相手の骨を砕く感覚が僕に手応えとして伝わってきた。吹き飛ばされたまま地面を転がったゴブリンはピクリとも動かない。どうやら、一撃で倒したようだ。

 

「……ごめん、アステルの言う通りだった。避けられない攻撃じゃなかったのに」

「うん、でも、しかた、ない。つぎ、か、ら、きを、つけ、よう」

 

 ゴブリンから魔石を回収していると、ベルが申し訳なさそうにしながら謝ってきた。

 ベルに怪我はないか体を見てみると、幸い防具越しだったのだろう無傷なようだ。

 回収した魔石を腰のバックパックにしまって、僕らは地上へと急ぐ。

 それから僕らは日が暮れる前までダンジョンと地上を往復し続けた。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

アステル

Lv.1

力:F 335→F 340

耐久:F 370→F 380

器用:I 41→43

敏捷:I 34→35

魔法:I 10

《魔法》

 

《スキル》

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 夕刻。今日のダンジョン探索を終え、ホームに帰ってきた僕らはヘスティアに【ステイタス】の更新をしてもらった。

 途中合流だから、僕の今日の戦果はあまりよろしいとは言えないが……それでも、力と耐久は伸びていた。

 まぁ、そんな僕のことは置いておいて。

 問題はベルだ。ヘスティアからもらった更新【ステイタス】の用紙を凝視したまま、プルプルと肩を震えさせている。

 中身を見ることは出来ないし、取り敢えず向かい側に座って声を掛けてみることにしよう。

 

「べ、る。どう、したの?」

「……あ、アステル。ちょっと、信じられなくて」

 

 その言葉に、僕は首をかしげる。ぎこちなく表情も固くなっているベルは、そのままヘスティアの方を向いて言葉を続ける。

 

「か、神様、これ、書き写すの間違ったりしていませんか……?」

「……君はボクが簡単な読み書きもできないなんて、そう思っているのかい?」

 

 何故か刺々しい態度を取っているヘスティアの言葉をベルが否定する。だが、まじまじとベルは手元の用紙を見つめなおす。

 ヘスティアが不機嫌なのは、まぁ、僕のせいもあるのだろう。今日の出来事を話せば、百面相になっていたし。「ムキーッ!」って本当に叫ぶ人を僕は初めて見た。

 ちなみに、使わなかったお金はちゃんと共用資金の袋に戻してある。今日の稼ぎの半分と一緒に。

 

「か、神様っ、でもやっぱりおかしいですよ!? ここっ、ほら、『耐久』の項目! 僕、今日は敵を攻撃を一回だけしかもらっていないのに! アステルも、ほらっ!」

 

 そう言ってバッと用紙をヘスティアに見せて、該当する項目を指差すベル。

 興奮しているのか、それともあまりにも現実的じゃない内容に頭が回っていないのか、どちらでも良いけどまさか僕にまで聞いてくるとは思ってもみなかった。

【ステイタス】の更新は、僕達にもわかりやすいように【ファミリア】の主神が用紙に書き写して渡してくれる。それで、僕らも【アビリティ】がどれくらいになっているのか、どんなものをもっているのかを数値や文字でみることができる。

 冒険者であるならば、これを他者に見せるのはあまりよろしい行為ではない。それがたとえ、同じ【ファミリア】に所属する者であってもだ。

 

「……べ、る?」

「良いから!」

 

 自慢するような態度ではなく、本当に心の底からこれが本当のことなのかを確認したい、といった感じでベルが僕の方に用紙を突き出してくる。

 こうなったら仕方ない。ベルが見せてくれるというなら、見せてもらおう。少し気になっていたのは、事実だし。

 そうして、僕はベル・クラネルという人物の底の知れなさを、知ることになった。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I 82→H 120

耐久:I 13→I 42

器用:I 96→H 139

敏捷:H 172→G 225

魔法:I 10

《魔法》

 

《スキル》

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 はい? と間の抜けた声を出しそうになった。

 ベルの【ステイタス】は決して高い方ではない。それは数値を見ても、よくわかる。

 僕の力と耐久の項目が、おかしいのだ。これはヘスティアが僕のことを【規格外】だと言っていることから、わかっている。

 だが、それよりもだ。ベルの【ステイタス】の成長した値が僕から見ても尋常じゃないとわかる。ベルが大慌てになるのも頷ける話だ。

 一日中ダンジョンで戦い続けたとしても、半日ソロで活動していたとしても、この成長の仕方はおかしい。

 これが当たり前だと言うならば、僕らのこの半月間の頑張りとはなんだったのかと話になってしまう。

 

「へす、てぃあ……?」

「……知るもんかっ」

 

 その事をヘスティアに聞こうとしたが、彼女は答えてくれなくて頬を膨らませてぷいっ、とそっぽを向いた。

 そのまま不機嫌に鼻を鳴らしたヘスティアは、無言で奥にあるクローゼットへ向かう。

 扉を開け、限界まで背伸びをした彼女は自分用に採寸された特注の外套(コート)を取り出した。

 小さな体に不釣り合いな胸を隠す外套(コート)を羽織り、僕らの目の前を通り過ぎていく。

 

「ボクはバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。君たちもたまには()()()()()羽を伸ばして、()()()豪華な食事でもしてくればいいさっ」

 

 バタンッ! と音を立ててドアが閉められた。

 なんだったんだ、一体と疑問ばかりが頭に残る。ただ、ヘスティアを怒らせてしまうようなことを僕とベルがしてしまったという事実に、胸が苦しくなる。

 取り敢えず、どうしようと頭を捻らせるが……僕には、何も出来そうになかった。

 

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