「これでぇ……最後よね……」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、私は最後のナイフを磨きあげた。
正直、今日はもう、ナイフは見たくない……。
それにしても、まさかナイフを磨くのが此処まで辛いとは微塵も思ってなかった。あの咲夜をして難しいとか言わせたぐらいなのだから察するべきだったよ…………。
ふと、隣の咲夜を見てみる。彼女は私以上の数を磨いていたが、見た感じ疲れている様子はない。なるほど、これが経験の差というものか……。
しかし、厄介な仕事を終えたのに機嫌がいい様に見えるのはなぜだろう?
ともかく、咲夜は、仕事を終えて肩の凝りをほぐしている私に対して、微笑みながらねぎらってくれた。
「お疲れ様」
「今回ばかりは流石に堪えたわよ……。ああ、そう言えば聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「磨いてて気づいたんだけど最後の十本は? 装飾が綺麗だったけど」
「これのこと? そうね……、知りたい?」
ハテ? 何故こんなに機嫌がいいのだろう? 咲夜がすっごいにこやかな笑顔を向けてくるが、私はその理由がわからなかった。ナイフが綺麗になったのがそんなに嬉しいのだろうか?
それにしても、知りたい? と来たもんだ。ここは応えておいた方がいいかな。さて、どう答えたものか……。
「…………もしかして自分で作ったとか?」
「正解。よくわかったわね」
うわぁ、マジですか。冗談で言ったんだけど……。本当に何でもできるメイドだなオイ。
咲夜も当てられるとは思ってなかったのか少し驚いているようだ。それに加え、自分が作ったという誇りと、褒められて若干照れているのだろう。彼女がそんな表情をするのは珍しいのでつい見つめてしまった。げへへへ、可愛いのぉ。
表情筋が緩むのを必死で押さえながらしばらくの間彼女を観察していると、不意にそっぽを向かれてしまった。むぅ……。
「な、慣れない作業して疲れたでしょう? 紅茶淹れてくるわね」
「ありがとう」
うんうん。本当に気がきくな我らがメイド長は。
そんな風に私が感心していると、ふと、彼女が施したという十本のナイフが目に入った。
磨きたてと言うのもあるだろうが、そのナイフは他の数十本と比べ明らかに輝いて見える。それだけで彼女がどんなに心をこめてこの装飾を施したのかがわかるだろう。いつしか私はその煌びやかさに目を奪われてしまっていた。
「…………そんなに熱心に見つめられると反応しづらいわね」
唐突に背後から咲夜の声が聞こえる。振り返るとそこにはティーセットを抱え複雑な表情を浮かべた咲夜がいた。どうやら相当な時間ナイフを見つめていたようだ。咲夜には全部知られている私だが、流石にこれは少々気恥かしい物がある。恐る恐る咲夜の様子を窺って見るが、もどかしそうにしているので変な風に思われたわけではないようだ。さて、どう言い訳をしようか……。あまり素直に言うのは互い恥ずかしいし……。
「咲夜が作ったんだ、て思うと夢中になっちゃって」
そんな感想が口から漏れる。本当にこの口は主の意志を尊重する気はないようだ。全く、少しは自重というものを覚えてもらいたい。ほら見ろ、咲夜が固まってるじゃないか。かく言う私も動けないんだが。
な、なんという羞恥プレイ……。
「…………」
「…………ねぇ、何か言ってくれないと恥ずかしいじゃない」
私が問いかけても口を閉ざしたままだ。むぅ……。
しかし黙っているのにも何か理由がありそうな気がする。別に無根拠な推測ではなくて、先ほどから咲夜が何か迷っているように見えるからだ。なんなんだろう?
そんな感じでさっきからそわそわしていた咲夜が、ついに意を決したように口を開いた。
「そのナイフ、貴女にあげるわ」
「えっ、これ?」
咲夜からの返事はない。どうやら本当にこのナイフをくれるらしい。正直な話、嬉しいと思うのと同時に戸惑いの気持ちが私の中でせめぎ合っている。別に咲夜のことをナイフマニアとか思っているわけではないのだが、それでもこだわりとかそんな感じの感情が咲夜にはあるだろう。くれると言ってくれたがどうにも気が引けてしまう。特に手に持っているこのナイフは素人の私にもわかるほどいい物だ。美しく整えられた見事な刃に加え、丁寧な加工が施された刀身の彫刻、軽く握ってもしっかりと手に馴染み絶対的な安心感が感じられる。本当に私が貰ってしまってもいいのだろうか?
「ありがとう咲夜。大事に使わせて貰うわね」
「……大事に使ってくれるのは嬉しいけど、手入れの仕方とか大丈夫なの?」
「さんざん磨いたから大丈夫よ」
「そ、そうよね」
何故か残念そうな咲夜。私が何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか?
いや、今回は咲夜を煩わせることはなかったはず。
となればここはさっさと退散したほうがいいだろう。
「それじゃ、私はフラン様のところへ行ってくるわ」
「暴走しないように気をつけてね」
後ろ髪を引っ張られるような感覚に襲われながらも私は咲夜の部屋を後にしたのだった。