ま、そんな簡単に空を飛べれば苦労しない。
結局、歩いて探すことに。
私は戦闘によって崩れた崖を目印にしてゆっくりと移動を始めた。
まだフラン様の声は聞こえているので、そっちに行くことにしよう。
「多分こっちでしょうか?」
私の能力なしに声が聞こえるのなら、そんなに遠くはないだろう。ヤマメの糸に絡まってるらしいし。幸いここはあまり高くない谷間にあるし、すぐに見つけることが出来るかもしれない。
ただ、この視界の暗さだと探すこと自体は難航しそうだ。余り離れたくないんだけど。
「おや、そこにいるのは蒼波じゃないかい?」
ん?
「あ、お燐さん」
火焔猫燐。灼熱地獄跡で怨霊の管理や死体運びを生業とする妖怪で通称お燐。本名からは想像もつかないほど可愛い。
死体運びとは言うが、己から襲うことはないため、地底の妖怪の中じゃ相当安全な部類に入る。
「そうだ。ちょっと付き合ってくれません?」
「なんでだい?」
「いや、地霊殿に用があってきたんですけど、お嬢様とはぐれちゃって」
「んー別にやぶさかじゃないけど、あたいに人探しの能力はないよ?」
「そうじゃなくて、道案内と飛行要員に」
あー、自分で飛べないっていうの恥ずかしい。そのうち本格的に練習でも始めるか。
私が、理由を言うと彼女は同情するような眼でこっちを見てきた。
「そういや、貴方空飛べなかったねぇ」
やかましいわ。
そーだよ飛べませんよ。さっき自分でも思ってたよ、いいよ練習するから。
内心穏やかではないが、表には決して出さないのが私だ。
「飛べなくてすみませんね」
ホントこの口は持ち主の意に反してばっかだ。
「お、気にしてたんだ、すまないね」
「いえ、こちらこそ感情を乱してしまいました」
うーん、我ながら大人な対応。こういうところでもぬからないのが紅魔館の従者だ。
「それで、どうです? フラン様は見えますか?」
「あたいには見えないかな。ていうか、こういうのは貴方のほうが得意じゃないかい?」
「私の能力もそこまで捜索向きではないんですけどね」
そう言いながらも、私は周囲の気配の確認を怠ってはいない。
視野でフォローできなくてもこれなら見つけ出せる可能性が高いからだ。
………これで、猫にぶら下がってなけりゃ恰好よかったんだけどなぁ。
空飛ぶお燐さんに引っ張られながら、私はそんな益体もないことを考えていた。
* * * *
おかしい。
そろそろ崖全部を見回った頃だというのに、いっこうにフラン様の姿が見当たらなかった。
能力で隅々まで探して、気配探知まで行ったにもかかわらず、だ。
「……。」
「……。」
気まずい沈黙が長い間続いている。私はそんなことをぼんやりと考えていた。
最初はすぐに見つかる物だとばかり思って、お燐と呑気に話し合いながら探していた。
そのうち、口数は減っていつしかお互い黙り込んでいた。
きっとお嬢様なら大丈夫。何、地底の妖怪とはいえお嬢様をどうにかできる奴はいない。ヤマメだって妖怪は食わないと言っていた。そんな風に考えていた。
多分、それが間違いなんだろう。
そりゃあ、そうだ。いくらお嬢様が吸血鬼だからって、とりわけ強力な血筋だからって、とても稀有な能力があるからって…………。
拘束された状態で何が出来るだろう。なんでも破壊できるからと言ってそれが何になる。強靭な肉体すら動かせない状況で。視野に入れなければ発動できないのだ。
それにフラン様はやさしいから。
下にいる私が埋もれないよう、あえて能力の行使をしなかったんだろう。自分で脱出するよりも私に助けて欲しかったのかもしれない。
あくまでもしかしたらだけど。
でも、お嬢様を探し出せていない、っていう事実は間違いない。
そして、状況を楽観視し過ぎていたことも。
全く、
なにが従者だ。
なにが執事だ。
こんなくだらないことで自分の主人守れなくて。
もう限界だった。
「……お燐」
「……なんだい?」
「何度も手を煩わせてしまって申し訳ないですが、地霊殿へ連れてってくれないでしょうか?」
「…………。」
お燐は気まずそうに目をそらした。
すみません、貴女は何も悪くないのにね。
私が気を付けていれば、私が怯えずにいれば。
私がふざけていなければ私が楽しんでいなければ私が対策してれば私が傍にいれば私が飛べていれば私が冷静でいれば私が怖がらなければ私がしっかりしていれば私が冷静でいれば私が………………。
ソウカ。
「…………私が従者だったから」
「蒼波?」
ははっ。
そうだよ。
簡単なことじゃないか。
全て私が招いた事件じゃないか。
「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「ちょ、いきなり暴れだして!! どうしたんだい蒼波!!」
…………。
……………………。
…………………………………………。
(さっきから人の中で何してるんですか)
何!?
(妖怪ならまだしも人間がそんなにあっさりやられる訳ないでしょう。知識のない私でもわかりますよ。それなのになんで本人が知らないんですか)
ウルサイ! コッチハマダシンザンナンダヨ!!
(こっちは様子見で黙ってただけなんですけどね。勘違いさせちゃいましたか)
クソ! モウカラダノセイギョガ!!
(お燐さんがいるからと油断しすぎちゃいましたよ。それじゃ、返して貰いますね)
…………。
よっと。
ふぅ。
「あーお燐さん、お騒がせしまったようですみませんでした」
「………なんとなく想像はついてたよ。あたいの専門だからさ。そもそもそのあたいが付いて居ながらこんな事態になっちゃって、あたいのほうこそ申し訳ない」
あー、このままだと会話が終わらない感じかな?
多分、彼女に落ち度があるのは事実だろうけど、私が勝手に凹んだのも事実だからね。そういう弱った時に付け込まれたんだろうし。それに観察しようとして事態を大きくしたのは私の判断だし。
………殆んど私のせいだ。
だからお燐さんが謝るのは筋違いなんだよ。
でもこのまま謝り続けても埒が明かないだろうな。きっと。
「このまま言い合うのは得策ではないと思いますよ? とりあえず、地霊殿へ行きましょうか」
「貴方に憑いてた怨霊と同じこと言ってるけど……今は蒼波だよね?」
「失敬ですね。紅魔館所属フラン様付き従者、空切蒼波で間違いありませんよ?」
「そうかい。ならいいんだ。ところで、地霊殿行ってどうする気?」
「お嬢様に会いに行きます」
「?」
「お嬢様の魔力の
さっきの私のように。
心の中でそう思ったが、口には出さないでおく。
もう、余計な心配をする必要はないのだから。