けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~   作:TRcrant

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こんばんは、TRcrantです。

今回が本章最後の話となります。
今回は浩介のミスが主な内容となります。

なんだか曲の演奏中の描写がとんでもないことになっている気がしなくないですが、温かい目で読んでいただければ幸いです。


第32話 ミスと春

1月も終わりあっという間に二か月経って、3月の上旬となったある日のこと。

 

「あ、今日はチョコケーキ」

 

最後に部室に入ってきた唯は、ほくほく顔でいつもの席に腰掛ける。

 

「はい、唯ちゃん」

「ありがと、ムギちゃん」

 

今日もまたいつものようにお茶の時間に突入した。

 

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」

「ん? どうしたんだ、そんな改まって」

 

話を切り出した僕に、律は不思議そうな表情を浮かべて用件を聞いてきた。

 

「来月に控えた新歓ライブ用に用意した楽曲だけど、最後の一曲が完成したんだ」

「おー!」

「どんな曲なの?」

 

この三か月間、新入生に各部活がどんなことをするのかを伝えるために催されるクラブ紹介の際に演奏する新曲を練習していた。

曲数は『私の恋はホッチキス』と『カレーのちライス』の二曲。

そして、そこに『ふわふわ時間』を加えた三曲がすでに完成・練習を始めた曲だったが、もう一曲できそうだという澪の言葉で、急きょ新曲を作曲することとなった。

新曲は僕がイメージをムギに伝え、ムギはそれを基にキーボードで曲の構築を作成し、それを使って音を飾り付けていくという形式なので、一番負担が大きかったのはムギだろう。

 

「これが、その新曲だよ」

 

そう言ってカバンからムギに借りた音楽プレーヤーを取り出すと机の上に置いた。

 

「澪には、また作詞と曲名の決定をお願いしてもいいかな?」

「うん、任せて」

 

作曲はムギと僕で、作詞は澪が行うという役割分担が軽音部ではできていた。

 

「それじゃ、曲の再生を……あれ、電話だ」

 

音楽を流そうとしたところで、着信を告げる携帯によって遮られた。

 

「ちょっとごめんね」

 

僕は謝りながら部室を後にすると、携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「もしも――」

「おい、一体どこで何をしてるんだ!」

 

僕の声を遮るようにして耳に聞こえてきたのは、田中さんの罵声だった。

 

「えっと、学校ですけど?」

「はぁ、学校だぁ!? 今日は夕方からコンサートの練習をするって言ってたよな!」

 

田中さんの剣幕に圧されながら、記憶を掘り起こすと、確かにそんなことを言われていたような気がした。

 

「す、すみません。すぐに行きますっ!」

「3分だけ待ってやる! すぐに来い!!」

 

(そんな無茶苦茶な!?)

 

田中さんの無茶な要求に反論をしようにも、すでに電話は切られていた。

ここから普通に走っても10分はかかってしまう。

 

(僕が悪いとはいえ、全力疾走させなくても!!)

 

そう言っている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。

僕は駆け込むように部室に戻った。

 

「うお!? びっくりした」

「ごめん、急用が入ったから帰るね!」

 

こじ開ける勢いでドアを開けたため、驚いた様子の皆をしり目に、僕は荷物をまとめながら事情を説明する。

 

「それって、どういう――」

「これが、新曲のスコア! 僕抜きで練習をしておいて! できなくても、曲を覚えるようにして!! それじゃあっ!!」

 

叩きつける勢いで新曲のスコアを机に置いて指示を出した僕は、そのまま部室を後にした。

そして、校門を出たのと同時にギアを上げた。

 

「お……お待た、せ」

「きっかり三分以内。やればできるじゃねえか」

 

息を切らしている僕に、田中さんが感心した様子で声を掛けた。

 

「それじゃ、早く中に入って始めようとするか。ロスした分は取り戻すぞ」

「わ、わかりました」

 

田中さんが前を行く中、中山さんは僕の肩に手を乗せると僕に向かって頷いた。

それは、『お疲れ様』と言われているような気がした。

それに僕は苦笑で返すと、家の鍵を開けて中に入るのであった。

結局この日は夜遅くまで来月に開かれるコンサートの練習をすることとなった。

だが、この時の僕はまだ知らなかった。

急いで出したスコアと曲によってこの後とんでもない事態に発展するということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月も下旬となりそろそろ春の足音が聞こえ始める季節がやってきた。

この季節の定番と言えば受験の結果発表だろう。

そして僕たちもまた、その例にもれず結果発表を待っている一人だ。

もっともそれは……

 

「憂ちゃん、合格してるといいわね」

「そうだな」

 

ムギの言葉に、澪が頷く。

そう、今日は桜ヶ丘の合格発表日なのだ。

そして唯の妹の憂もまたここの試験を受けていた。

部活の仲間の妹の受験の結果ということもあって、僕たちもそれに同行する形となったのだ。

 

(まあ、憂なら合格間違いなしだろ)

 

なにせ、姉が合格したのだから。

そんなことは口が裂けても言えないが、僕の中ではもうすでに憂の合格は確定していた。

そして到着した桜ヶ丘高等学校。

合格者の番号を張り出している掲示板の前には、数十人程度の受験生の姿があった。

受験生たちは”番号があった”や、”そんな……”などと喜びと絶望を浮かべている者が大勢いた。

去年の僕もああだったのかと思うと、時間の流れを感じてしまう。

それはともかく。

憂は掲示板の方に視線を向ける。

僕たちは、憂の合格発表の結果をか固唾をのんで見守っていた。

 

「ぁ……ぁぁ」

 

そんな中、非常に緊張(というよりは不安と言ったほうが妥当だろうか?)の色を隠せないと言った様子で見ている人物がいた。

 

「そんなに心配だったら見てくれば?」

「そ、そうする」

 

僕がぽそりと口にした言葉を聞いた唯は頷くと唯の方へと駆けて行った。

 

「試験を受けた本人よりも緊張してる」

「まあ、唯らしいけど」

 

ぽそりとつぶやく律に、僕は苦笑しながら相槌を打った。

その数秒後、抱き合って喜びをあらわにし始めた。

 

「どうやら合格みたいね」

「本人よりも姉の方が喜んでる」

「親バカと言うより姉バカか」

 

その光景を見ていたムギや澪に律は、口々にそう漏らしていた。

そして僕たちも合格した憂に祝福の言葉をかけるため歩み寄る。

徐々にあたたかくなり始めるこの時期、憂は志望していた桜ヶ丘高等学校に合格するという嬉しい知らせは、心も温かくさせてくれるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コンサートまで残すところ2週間か」

 

憂の合格発表を終えた僕たちは解散となり自宅へと戻ってきていた。

というのも、学校の方で部活の自粛をするようにとの連絡がされていたからだ。

三日ほど前から自粛の連絡が入っており、理由としては合格発表の準備及び、入学式に向けての準備のためらしい。自粛の間は自宅で音を覚えたり、練習をしたりなど各自でできることをするように伝えている。

 

(とは言っても、確実にしないであろう人物が数名)

 

4月に入って自粛が解除された日からもう特訓をする必要があるのは明らかだった。

 

(まあ、それを見越して割と簡単な曲を組み込んではいるんだけど……)

 

とはいえ、懸念材料はある。

まず、『カレーのちライス』だ。

これはテンポが速い。

巷では『BPMの暴力』という言葉がある。

素早いテンポによって難易度がうなぎ上りに上がってしまうのだ。

それが、この曲には存在する。

非常に速いテンポで、一歩先を見据えた演奏法が求められる。

この曲はドラムのリズムキープがモノを言う。

ドラムが走りすぎたりリズムが狂ったりすると、元のリズムに戻す必要がある。

それを何度も繰り返していれば曲自体にゆがみが現れるだけでなく、他の演奏者の体力を大幅に奪うことになる。

そして次の曲の演奏にも影響が生じるのだ。

そして『私の恋はホッチキス』も、ギターパートが鬼門と化している。

出だしの方のギターリフ(ギターの一定コードを繰り返して進行させること)が比較的に難しい。

果たして、唯がこれを引けるのかがキーポイントだ。

そして、最後にこの間完成した新曲。

これは新歓ライブの趣旨に反した曲目だ。

新歓ライブでは、その部活がどういったものかを伝える事と同時に、軽音部に興味を持ってもらう必要がある。

それほど難しくない楽曲にすることによって、未経験者(つまり、初心者だが)に壁を感じさせないようにするのが狙いだ。

現に、ギターは難しそうだからやらないという声をよく聞く。

なので、ギターは簡単に弾けるということを伝えさえすれば、初心者も入部しやすいだろう。

後は、僕たち先輩組が丁寧に教えていくだけだ。

だが、あまりにも簡単すぎるのはNGだ。

簡単すぎる曲をやりすぎると、今度は『大したことのない部活』という不名誉なレッテルを張られる。

簡単すぎず、難しすぎずのバランスをうまくとった曲編成にする必要がある。

よって、生まれたのが新曲だった。

まだ曲名が決まってない(というより歌詞もまだ完成していないが)曲だが、ギターのソロが群を抜いて難易度を吊り上げている。

そのソロを弾くのが、僕のパートだった。

自分で言いだしたことは自分で責任を持つという意味も込めている。

 

「後は、勧誘をしてロビー活動を充実させれば、勝ったも同然」

 

もうすでに、僕にはウイニングロードが形成されつつあった。

そして、うまくいくという自信もあった。

そう、この時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは始業式まで残り二日と迫った日のこと。

 

「それじゃ、今日は新歓ライブで演奏する曲全部を通して弾いてみよう」

 

全員が演奏の準備を済ませたところで、僕はそう声を上げた。

 

「ミスしてもいいから弾ききる。そして演奏中に見つかった問題点を改善していくようにしよう」

「オーケー」

「わかった」

「了解であります! 師匠」

 

僕の練習プランに各々が返事を返す中、僕は律に向かって頷いた。

律は頷き返すと、スティックを頭上に掲げ

 

「1,2,3,4,1,2」

 

リズムコールをした。

そして始まる演奏。

最初は『ふわふわ時間』だ。

これはこの間のライブで演奏しているため、大丈夫だと思っていた曲。

だが……

 

(悲惨なほどにヨレてる)

 

ドラムのリズムキープが全くできていないという予想以上に悲惨な問題が浮き彫りになった。

そしてそれについていくようにしてギターもリズムキープができなくなってきており、もはや不協和音一歩手前の状態だった。

そして、最初の曲を弾き終え、僕は次の曲に移るように声を上げた。

 

「次、『私の恋はホッチキス』!」

 

リズムコールはせずにスティックを数回鳴らすと曲の演奏が始まる。

最初はドラムのフィルから入り、そしてギターのリフへとつながる。

 

(テンポずれてたけど、いい感じ)

 

一番懸念していたギターのリフは多少リズムがずれたものの、許容範囲内にぎりぎりではあったもののおさまっていた。

唯のギターの音に乗せて、僕はわざとミュートをさせた状態で弾いていく。

これによって音にメリハリをつけやすくしている。

僕にとってはそれほど難しくないが後半の間奏部分ではやや複雑なコード変更を求められるために、簡単とは言えない。

 

(うーん。やっぱり音が伸びてない)

 

唯のギターの音がすぐに途切れたことに心の中でそうつぶやく。

そんな問題点はあったものの、いい感じで演奏し終えることができた。

 

「次、『カレーのちライス』」

「1,2,1,2,3,4!」

 

律のリズムコールで再び演奏が始まった。

比較的早いテンポでコードの進行をしなければいけないこの曲。

難しいはずなのだが、リズムのキープはそこそこできていた。

ドラムのリズムキープ自体がヨレているのが原因だと推測できる。

僕はリズムギターとしてのパートを弾いていく。

リズムギターの方はそれほど複雑なコードではないので、難易度としては中間程度だろう。

そのまま2番に入っても1番と同じ要領で弾いていく。

2番が終われば来るのはギターのソロだ。

ここが唯の担当するパートの最難関箇所と言っても過言ではない。

速いテンポのまま複雑なコード変更を強いられるからだ。

その部分を、唯は何度も失敗しながらも弾ききることができた。

後はサビを残すのみ。

サビでは僕の方が小刻みに弦を弾いていく必要がある物のやはり難易度は低い。

そして最後は全パートの音が揃って終わることができた。

 

(これで、残すは最後の曲か)

 

ついに、最後の曲となった。

だが、疑問なのはいまだに曲名はおろか作詞すらできている様子がないことだ。

いつもなら完成していてもおかしくはないはずだが。

 

(まあ、澪もいろいろあるんだろうな)

 

そもそも僕が作詞すればいいだけの話を、他人にやらせている時点で文句を言える資格など皆無だった。

そんなことを思っていると、律は無言でスティック同士を打ち鳴らす。

次の瞬間、キーボードとギターが産声を上げた。

 

「ちょっと待って!」

 

明らかに違う演奏に、僕は慌てて演奏を止めた。

 

「どうしたんだよ? 浩介」

「そうだよ。もしかして、何か間違っていたのか?」

 

いきなり演奏を止めた僕に、怪訝そうな表情を浮かべる律に、不安げに訊いてくる澪。

 

「根本的に間違っている。一体何の曲を演奏しているつもり?」

 

僕が渡した曲は、最初にキーボードの音色が、次に僕の担当するパートのギターが産声を上げるはずだった。

だが、今演奏した曲は唯のギターとキーボードが同時に音色を響かせてしまっている。

 

「何の曲って、浩介がよこしたやつに決まってるだろ」

 

そう言って渡されたのは、僕がこの間渡したスコアだった。

 

「げっ!?」

 

それを確認した僕は、思わず引き攣ったような声を上げてしまった。

その曲名は『命のユースティティア』だった。

この曲は、メリハリのある曲調と数十回にも及ぶ転調が特徴の曲だ。

これはそもそもH&Pのコンサート用に用意していた楽曲だ。

それがどうして、軽音部にわたっているのだろうか?

 

(まさか)

 

そこで、ふとある可能性が頭をよぎった。

それは、曲のデータを渡す時のことだ。

 

 

 

 

 

「よし、これで選曲完了!」

 

その日はコンサート用の楽曲の選曲作業をしており、数多ある楽曲を再生しながらいいと思う曲をピックアップしていた。

そして、最後の一曲に例の『命のユースティティア』を決めたのだ。

 

「あ、そう言えばムギから渡された追加の新曲の音が完成したんだっけ」

 

そこで、追加の新曲の素に音を色づけし終えたことに気づいた僕は、その楽曲データを携帯音楽プレーヤーに入れると、その曲のスコアをカバンに入れたのであった。

 

 

 

 

 

(あの時に開くフォルダーを間違えて、コンサート用に選曲していた曲を誤って転送して、スコアも曲名を見づにカバンに入れたということか)

 

そして、曲を渡した日も急な呼び出しの為に僕自身が確認することができなかった。

まさに、負のスパイル。

とはいえ、すべて僕のミスだが。

 

「これ、間違えて入れたやつなんだ」

「なにぃっ!?」

 

僕の説明に、驚きをあらわにする律。

声に出したのは律だけだが、驚いているのはみんなも同じだった。

 

「どうするんだ?」

「さすがにこの時期にやり直すのは厳しいわよ」

 

澪からどうするのか尋ねられる。

ムギの指摘通り、新歓ライブまでそんなに日がないこの状況での曲の変更は致命的だ。

もはや僕にとれる道は一つしかなかった。

 

「この曲で行こう」

「でも、この曲浩君のパートがないよ?」

 

この曲の問題点は、ギターが一本のみということ。

これはH&Pの方でもどうするのか話し合いが行われた。

 

「ギターソロを僕の方へ。それ以外は僕は伴奏という具合にアレンジするから大丈夫。とりあえず僕抜きで演奏をしてみてくれる?」

「分かった。律」

 

僕の言葉に頷いた澪は律に合図を送る。

それに律が答えると、先ほどと同じようにスティック同士を打ち鳴らした。

そして始まる曲の演奏。

転調の部分さえ気負つけていれば難易度はそれほど高くはない。

後はリズムキープを正確にすることさえできれば問題はそれほどない。

唯のコード進行も安定しており、この曲の重要なパートでもあるキーボードもほぼ正確に弾けていた。

そして、2番が終わり問題の間奏に入った。

前半はキーボードであるムギの速弾き、そしてそこから唯のギターの音が曲にアクセントを入れる。

たどたどしくはある物の、ギターソロを弾ききった唯はラストスパートをかける。

 

(曲のバランスもそこそこだし。これなら数回練習すれば人に聞かせても大丈夫な感じになるかな)

 

僕の中で曲の練習する優先順位が完成した。

一番優先するのは『カレーのちライス』で、その次に『ふわふわ時間』と、『私の恋はホッチキス』が続く。

『命のユースティティア』は数回程度で十分だろう。

 

 

こうして、僕のミスによって新歓ライブへと僕たちは練習を進めていくのであった。




今回登場した楽曲はすべて実在する曲です。

1:『ふわふわ時間(タイム)』 けいおん! 劇中歌より
2:『私の恋はホッチキス』 けいおん! 劇中歌より
3:『カレーのちライス』 けいおん! 劇中歌より
4:『命のユースティティア』 アーティスト:Neru
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