あなたに、わらってほしくって   作:カリフォルニア饅頭

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【注意】web版のネタバレや独自解釈、独自設定などを含みます。苦手な方はご注意ください。また、ストーリー展開上、レム好きの方には少ししんどい部分があります。ご注意ください。
カサネル√のスバルくんに心の底から笑って欲しかったから書きました。前編中編後編の中編。3夜連続投稿します。




中編

「おしえて、すばる。私、これから何をしたら良い?」

 全て失ってしまった自分に、エミリアが問いかけてくる。新しく更新されたセーブポイント―― 王城のベッドの上で。

 これから。そんなものが自分に本当に必要なのだろうか。誰も救うことが出来なかった自分に。それでも、エミリアは問いかけてくる。何をすればいいのかと。そんなもの、こちらが教えてほしいくらいだ。

「これから、これからか。……そんなもの、もうとっくにないんだよ、エミリア」

「すばる……?」

 困惑しているエミリア。当然だ。これまで自信満々だった人間が、急に全てを諦めたのだから。

「もう、俺には何も残っていないんだ、エミリア。君を王に出来なかった。レムを救えなかった。」

「そ、そんなことないわ! スバルは何時だって正しくって、私を導いてくれて、それで……。今回のことだって、私がきちんとスバルの言いつけを守れなかったからこうなっちゃっただけで……」

 彼女は、それでも、スバルにすがろうとする。そんなことにもう意味はないのに。

「……もう、終わりにしよう、エミリア」

 そうだ。全て終わりにしよう。 何もできない愚かな自分も、そんな自分に寄りかからなければ生きていけない愛しい彼女の在り方も。借り物の勇気は、全て磨り減って無くなってしまった。後にはもう、何も残っていない。

 エミリアの幻想を終わらせよう。全部吐き出すのだ。そうして、すがって来る彼女を遠ざけるのだ。自分に依存している彼女が、自分から発せられる言葉の剣に立ち向かえるはずが無い。そうやってはじめて、彼女は自分からはなれ、自分は『英雄』を終わらせることができる。

「俺の人形だったのは、楽だったか? 俺のことなんて見ずに、全部俺に依存して、全部俺に決めさせて、全部俺に押し付けて、それで自分は俺の言うことだけしていれば、望みは叶う。それはそれは楽だったよな?」

「……す、ばる?」

 解っている。これは自分への当てつけでもある。誰も救うことが出来なかった無力な自分への、あっさりと魔女の甘言に騙された愚かな自分への。それを逆らえないエミリアにぶつけているだけなのだ。エミリアはスバルから投げつけられた鋭い言葉に、涙を浮かべている。そんな顔をさせるために、ここまで重ねて来たわけじゃないのに。

 そうだとわかっていても、止めることなど出来ない。これは、聖域で、あの魔女と契約してからずっと心のどこかに積み重ねてきた昏い感情なのだから。

「君からかけられる迷惑は迷惑じゃないなんて嘘だ。ホントは、迷惑なことは迷惑なことだった」

「君のために、君を王にするなんて嘘だ。ホントは、俺がレムを救うために君を王にしようとしてたんだ」

「君のあり方を認めているなんて嘘だ。ホントは、王になった後、君が全てを俺に委ねてくる王になってしまうのが怖かった」

「……君に、期待しているなんて嘘だ。ホントは、期待しても無駄なんじゃないかとも、ずっと思っていたんだ」

「イ、イヤ……イヤ、イや、いや」

 メッキが剥がれ落ちていく。むしろ、今までよく持ったものだと思う。自分が磨いてきた笑顔の技術と、エミリアが見たいもの以外を見ようとしなかったから今まで続いてきた。それも、もう終わりだ。

「ナツキ・スバルに任せておけば、全部上手くいくなんて、君は思っていたかもしれない。でも、そんなのは幻想に過ぎない。ホントの俺は、何度も繰り返さなければ何もわからない、暗愚で、愚劣で、愚鈍な奴で、誰の心も救うことが出来ない、非力で、無力で、無能な男なんだ。あまつさえ、愛しい人すら守れない、救うこともできない、願いを叶えてあげることもできない、弱くてみじめでちっぽけなみみっちい人間なんだ。だから、そんな考えは、間違っている。そんな奴に何かを任せたって、上手くいきっこない」

「……ごめんなさい、スバル。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ただ一人信頼していたスバルからの冷たい言葉に、エミリアはただただ謝罪を繰り返すだけになってしまった。だが、その光景を見ても、もはや何の感情もわいてこない。呪いを吐き出して、残ったのは虚無感だけで。悲しみも、苦しみも、罪悪感すらも感じない。もはや話すことも億劫だ。

「さよなら、エミリア」

 これからなんてものに意味はない。誰も何も守れなかった男が、これから、誰かを何かを救えるなどと勘違いもいいところだ。もう何もかもどうでもいい。

「……それでも、私には、スバルしかいないの」

「私を見てくれるのは、スバルだけなの」

 エミリアの美しい声が、涙で詰まっている。なんでそんなことを言うのか。今まさに言ったではないか、そんなのはまやかしだと。彼女の顔を見上げれば、その紫紺の瞳に大きな涙をたたえていて、彼女が先の言葉にどれほど傷ついたのかが良くわかる。なのに、なんで。どうして彼女はこんなにも自分にすがるというのか。

「自分自身、疎ましく思っていた私の容貌を、あなたが始めて綺麗だと言ってくれたの」

「世間から特別扱いをされて苦しむばかりだった私を、初めてあなたが、されて嬉しい特別扱いをしてくれたの」

「聖域で、誰も私を見てくれなくなってからも、あなただけが私を見ていてくれたの」

 それは、確かにナツキ・スバルがエミリアにしてきたことだ。どんな偏見をも退けて、彼女が好きだと、ずっと見ていると言い続けてきた。――だからなのか? だから、彼女は自分にこんなにもすがるのか?

「色々迷惑をかけてごめんなさい。……でも、でも。もうあなただけなの。あなただけが、銀髪のハーフエルフということだけで私を評価したりしない。さっきだって、そうだった。もう私には、あなたしかいないの」

 それが、彼女が自分にすがる理由なのだろうか。異世界人の自分は、ハーフエルフだからどうこうという考えを持っていないし、そもそも持ちえない。だけど、この世界の人々はそうはいかない。彼らにとって、ハーフエルフはそれだけで憎む対象で。だから、エミリアは『エミリア』を見てもらえずに、ハーフエルフとしか見られない。アーラム村の皆のように。

 でも、必ずしも全員がそういうわけではない。たとえば、かつてのクルシュさんや村の子どもたち、特にペトラなどはそうではなかった筈だ。彼女は、それが見えていないのだろうか。それを見失わせたのも、自分の罪なのだろうか。

「だから。もし、あなたがまだ少しでも私のことを……す、好きでいてくれるのなら」

 好き、のところで恥ずかしがって一度言葉にするのをためらうエミリア。でも、そんなことより。彼女は何を願おうとしているのだ。

「おねがいします、スバル。何だってします。私のこれからを全てあなたに捧げます。だから……私を、選んで、ください。私と、いきて、ください」

 今度こそ、頭が真っ白になった。そんな、そんなこと。

「……そんな。俺は、ただ無力で愚かなだけの奴なのに」

 魔女に謀られ、しかも最後の最後に到るまで謀られていたことに気付きすらしない。そんな愚かな奴なのに。そんな奴にエミリアが、全てを捧げるだなんて。そんなの間違っている。

「違う! 違うの、スバル! いつだって、スバルは私を導いてくれた。聖域でも、プリステラでも、その後でだって、あなたがいたから、みんな守れたの」

「たとえ心の中で迷惑だと思っていても、ずっと私を見ていてくれた! たとえ、他の誰かのためだったとしても、私をずっと支えてくれた! 危ういと知っていても私の願いを叶えてくれようとした! 情けないと思っていても、ずっと見捨てないでいてくれた!」

 驚愕する。そこに、ほんのわずか前の、儚く消えてしまいそうなエミリアの姿を見出すことは出来ない。吐き出されるのは、いっそ怒りにすら思える程の熱量を含んだ、スバルへの盲信の言霊。だが、それはエミリア自身の強さに由来するとというより、認めたくないことを前に駄々をこねている子どものようでもあった。彼女はこれほどまでに。

 考え違いをしていた。エミリアの思っているスバルなんて何処にも居ないと、自分がエミリアを否定的にも見ているのだと、そう言えば彼女は自分にすがるのなんて止めて、放っておいてくれるだろうと思った。一人で倦怠と闇の中に沈んで行かせてくれるとばかり思い込んでいた。

 とんだ間違いだ。エミリアは、スバル無しに存立しえないほどにスバルに依存しきっている。エミリアにとってスバルを失うことは、今の自分を失うことに等しい。そして彼女は、絶対にそれを望まない。少なくとも彼女が今の彼女であるうちは。もし彼女の提案を拒否して、自分が全てを捨てれば、彼女も廃人になってしまうかもしれない。

 つまり、スバルはどちらかを選ばなければならない。このエミリアを受け入れるか、はたまたエミリアを拒否して二人とも廃人になるか――二人で生きるか、二人とも死ぬかのどちらかを。

「だからお願いします。たとえ嫌われてもいい。ずっと私を見ていてください。私と、いきてください。……私を、見捨てないで」

 震える声で、そう懇願するエミリア。まっすぐに、不安げに、そして瞳を濡らしてこちらを見つめている。そんな願いが有っていいのか。嫌われてもいい。たとえ負の方向であろうと、ずっと自分を見ていてほしいなどという。

 ――死んだと思っていた心の中に、小さな小さな灯がともった気がした。

 龍の血でレムを助けることはできなかった。どうやったら、レムを救えるのか、見当もつかない。この後どうしたら良いのかなんて、わからない。だからといって、目の前の少女を見捨てるのか? もし、この提案を拒否したら、彼女の心は永遠に失われてしまうかもしれない。――あの禁書庫の少女のように。

 もう何をする気にもならない。けれど、この愛しい少女をこのまま見捨てるのか? 今自分の手のひらの上にあるものまで、みすみす失うのか? これ以上誰も救えなくとも、せめて今のエミリアを守る、そのくらいのことならは出来るのではないか。 せめてこの少女を、その生まれゆえにあまりにも多くの困難を背負ったエミリアを支えて、共に生きていくという選択肢もあるのではないか。

 それに、あの強く気高かった彼女を救えなかったのは自分なのだ。――ならば、その責任を取らなければならない。

 誰の心も救うことが出来なかった。レムの魂を、開放することもできなかった。だけど、せめて、せめて手の届く彼女を、かつてあこがれた彼女の残滓を守ろうと思うのは、間違っているだろうか。もうこれ以上誰かを救うことはできなくても、これ以上失わないことはできるのではないか。

 ――たとえ、かつて自分が見ていた気高いエミリアが、何処かに消えてしまっても。本当の意味で、彼女の心を救うことが出来なくとも。

 想うのは、青い髪の少女のこと。こんな自分を英雄だと言ってくれた、あの少女。もう、その声すらも思い出すことができないけれど、ずっとずっと自分を支えてくれた少女――レム。

『諦――――簡―――。でも。――――――くん――似――ない』

『――――だ―て、―――くんは、――の――――です』

『――――レ―は、―――く――愛し―――す』

 (ごめんな、レム。助けてあげられなくて、ごめん。救ってあげられなくて、ごめん。俺、やっぱり英雄なんかじゃなかった。  英雄になんて、なれなかった)

 それでも。英雄にはなれなかった自分でも、失わないですむ人が、心があるのなら。

「エミリア、俺は君を選ぶよ。……その、改めて、これからよろしくな」

 ずっと、エミリアからの依存に悩んでいた。そのままにしていいはずが無くて、でも、どうにかする時間も方法もわからなくて。ずっと後回しにしてきた。……それが、自分が生きる意味になるなんて、誰が考え及ぶだろうか。

 きっと、今の自分は力なく笑っているのだろう。それは、心からの笑みじゃないし、到底見れたものではない不細工なものだと思う。だけど、いつものように無理やりに作った笑顔ではない。それだけは、間違いなかった。

「! スバル、スバル、スバる、スばる、すばるぅ」

 その申し出が、よほど嬉しかったのだろう。エミリアはスバルの名前を幾度も呼び、抱きついて彼を放さない。ちょうど、やわらかく暖かい感触が顔に当たっていて、とても気持ちがいい。気持ちがいいのだが鼻も口も埋められていて息が出来ない。……苦しい。背中を叩いて必死に苦しいことを訴えるも、エミリアはどうにも気付いていないらしく、拘束が緩む気配もない。

「ずうーっと、ずっと、一緒よ。すばる」

 何処か弾むような声を聞きながら、スバルの意識はだんだんと闇に落ちていく。想うのは、青髪の少女――レムのこと。一度でもいい、せめて、その可愛らしい声を聞きたかった。

 エミリアの胸に抱かれてやわらかな感触を感じながらも、後悔のとげが一つ心に突き刺さる。エミリアの幸せそうな声を聞きながら、意識は彼方に消えていった。

  ――『英雄』ナツキ・スバルと王選候補者エミリアは死んだ。後に残るのは、ただのナツキ・スバルとエミリアだけ。




これ書きながら、3章52とか4章110とか書ける猫先生ってやっぱりすげえなと思いました(小並感)
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