001
2ヶ月。俺は救世主小鳥遊くんの元でプロデューサーのノウハウを教わった。仕事の取り方やアイドルとの接し方、企画の製作方法にパソコンの使い方。さらにはお金を貸してくれて普通免許まで取らせてもらった。スーツだってプレゼントしてくれたし、美嘉ちゃんとはSNSで雑談したりするほどの仲になっていた。仕事については見習いの間で思った事を素直に吐くと、意外と重労働だという事。担当アイドルを現場に送り迎えしたり、イベントを開催する際には足りない手を補うために機材を運んだりと体力も必要とされる。俺は、小鳥遊の側でずっと研修を受け続けた。プロデューサーの見習いをしつつ空いた日は夜勤でコンビニアルバイト。お金は以前よりそこそこ増えたが貧乏人である事は変わらない。
そうして。
結果、ようやく正式に採用される事になった。
コンビニアルバイトを辞めて、プロデューサーとしての手続きを済ませ、自分の事務所を持つ事に。
そんなプロデューサーデビューの初日である。俺は、事務所の入り口の前でスーツ姿のままあんぐりと口を開いていた。
人間が働く環境というよりお化け屋敷じゃねぇかと思われても仕方がないドアを潜ると、可愛らしい手書きの文字で故障中☆と書かれた札が貼られているエアコンが視界に入る。
「ちょ、ばっ、おんぼろ事務所じゃねーか!」
うちのアパートより綺麗だが良い勝負になりそうな中身に思わず声を張り上げると、何かとフリーターが座っていそうなデスクから人が立ち上がってこっちに来るのが分かった。
あ、誰かいたのね。気づかなかったわ。
緑色のOLスーツに身を包んだおさげの女性と目が合う。
「おはようございます、待っていましたよプロデューサーさん! 私、事務員兼アイドルのアシスタントを担当させていただきます。千川ちひろです、よろしくお願いしますね!」
「は、はぁ、芹岡です。よろしくお願いします」
千川さんがにまにまと浮かべる笑顔が眩しい。
彼女は事務所内を見回して、
「すみませんねー、こんな事務所で……昨日一応片づけたんですけど、部屋の隅々までは至らなくて。まぁ、社内の片隅にぽつんとあるような部屋の時点でお察しレベルですが」
「いや、千川さんが悪い訳じゃないですから。つか社内の片隅にぽつんとあるレベルなの⁉︎」
期待されてねぇのかな俺。いや、まだ新米だし小鳥遊だっておそらくこういったきったねぇ場所から旅立って行ったのだろう。俺は千川さんに自分のデスクの場所(千川さんの隣だが)を案内され、机の横にカバンを引っかけてパイプ椅子に腰を下ろす。
直後に座る面が体重に負けて抜けた。
ドンガラガッシャァン!!!!!! という派手な音を炸裂させて尻を床につく。
「……あ、あははー、昨日確かめた時は大丈夫だったんですけどね……。勢い良く飛ん
で座ったのがダメだったのかしら……」
などとブツブツ言いながら、千川ちひろが深刻そうに顔を伏せる。
「オイ事務員兼アイドルアシスタント担当、テメェの仕業かコラッッッ!!」
「あ、プロデューサーさん。仕事にあたって言わなければならない事が!」
露骨に話題を逸らしやがった。話の路線変更をされりゃ怒る気にもなれねぇ。起き上がって埃をスーツから払う俺に向けて、ちひろ(名字で呼ぶ気もさん付けする気も失せた)が告げる。
「ここはアイドル事務所ですが、なんと今はまだ肝心のアイドルが所属していません! 実力を持つ方ならまだしもプロデューサーさんは研修を終えて正式に入社したばかりですからね、力を示していないどころか会社での立場はぶっちゃけおんぶに抱っこ状態です!」
「辛辣! 新人に対して容赦ねぇなこの事務員兼アイドルアシスタント‼︎」
「オーディションを受けたアイドルの卵を1人だけ譲ってもらうのも手ですが、あなたは実歴を積み重ねていないので当然オーディションを受けたアイドルの卵を引き抜く事はおろか、オーディションに立ち会う事すら許可されていません」
「前途多難八方塞がりじゃねぇか」
「ですから! プロデューサーさんには今日から、街に出てアイドルの卵をスカウトしてきてもらいます!」
スカウト、っつうとアレか、こういうものですがアイドルに興味ありませんかって言って名刺を渡したりするアレか。
……マジで?
目線で訴えると、ちひろがこくこくと深く頷いた。
「期限は本日を開始として1週間です」
「……誰1人とスカウトできなかった場合は?」
「多分クビですかね」
「嫌よそんなの!」
クビ! それだけは勘弁願いてぇ‼︎ てかスカウトのノウハウはあいつから教わってないから分かんねえよ!!
「あの、スカウトにあたってコツとかないっすかねちひろ」
「いきなり呼び捨てされてちょっとビックリなんですけど。んー……基本的にアイドルになってみたいなぁ、などと思わせるような勧誘のやり方とか、怪しまれないように誠実な口調と姿勢を保ったりですかね」
「あら、意外とまともな助言」
「まぁ9割は気合いと根気ですが」
「オイちひろ、少しだけアンタを見直した俺が馬鹿だった!」
皮肉をダイレクトに言っても笑顔で流される。くそう、まるで相手にされてねぇ。主導権を握る方法はないのか。
「頑張ってスカウトしてきてくださいね、プロデューサーさん!」
「まるで心がこもってねぇ」
「期限までにスカウトできなきゃクビですから!」
「行ってきまーす!」
結局主導権は握られたまま俺は事務所を飛び出した。
002
夏にはまだ程遠い季節ではあるが、街にスーツを着てお出かけとなると体を動かすので結構汗をかいたりする。
とは言っても炎天下の中で頬を伝って地面に落ちたりと、そんな量の汗じゃねぇ。ジワジワと浮かび上がる程度なので、街中でお姉さんが配っていた無料のティッシュさえあれば髪を濡らさずに済む話だ。
……初っ端からスカウトしろたぁ、中々に鬼畜な課題だな。しかも期限つき。執行猶予の中をびくびくと震えて過ごす犯罪者のような気分だ。俺は犯罪者じゃねぇが。
渋谷の街に出てそろそろ3時間が経つ。土曜日なので街は若い連中で溢れ返っていた。まるで宝の山みたいな状況である。当然、俺は良い感じの見た目を持つ女の子へ数人くらい声をかけた。しかし誰もかれもがお断り。怪しい勧誘だと勘違いされて悲鳴を上げられそうになった。
上手くいくはずだ。そう思い描いていた予想図をことごとく打ち砕かれた。現実は甘くないという言葉はまさに、こんな時のためにあるようなものである。
世の中の厳しさを痛感しながら、俺は喫茶店へと足を運んでいた。そろそろお昼時。小鳥遊から一緒に昼でもどうだと誘われたので、待ち合わせ場所まで向かっているのである。
そんな訳で。
喫茶店の中に入ると奥の席に小鳥遊と美嘉ちゃんがいたのでそっちまで歩く。俺の姿を見つけると、まず最初に声をかけてきたのは美嘉ちゃんだった。
「お疲れさま芹岡ちゃん★初仕事の調子はどう?」
「まずまずだな。それと自販機の下に小銭が落ちてないか覗き込んでたら警察に追われた」
「何やってんだよお前」
言ってから、小鳥遊が苦笑しながら額に手をやる。俺は2人の向かいに座って、エビフライ定食を店員さんに注文した。
奢らせる気満々の品物である。
「しっかし、学業しながらアイドル活動なんて大変じゃねぇのか? 美嘉ちゃん」
「大変だよ。だけど、アイドル活動も学校も楽しいからさ、苦じゃないかな★なんて」
「こいつに負担をかけないよう、寮から事務所までの送り迎えは俺がやってるからな。お陰で早寝早起きの習慣がついたよ」
「健康的っしょ? プロデューサー★」
「否定はせんがね」
メロンソーダのストローに口をつけた美嘉ちゃんを横目で眺め、小鳥遊が薄っすらとニヒルに微笑んだところでエビフライ定食をトレイに乗せた店員さんがやってきた。注文の品を俺の前に置いて一礼をしてから去っていく。遠ざかっていく背中には目もくれず、フリフリのスカートを凝視しながら俺は呟いた。
「あのスカートエロくね」
「!? せ、芹岡ちゃん何言ってるの!?」
赤面する美嘉ちゃんをよそに、小鳥遊は腕を組んで同じく店員さんのフリフリスカートを見つめた。
「確かに。あれ良いな、今度衣装担当の人に似た感じのデザイン描いてもらうかな」
「美嘉ちゃんに着させようぜ」
「あたり前な」
「ちょ、2人とも何変な事言ってんゆ!」
噛んだ。
かわいい。
何だろうこの天使は。さすが元読者モデル、現アイドル。世間から認められているだけはある。
「そういや芹岡、スカウトは上手くいってるのか?」
「テメェ分かってて聞いてんだろ?」
「スカウトのノウハウは教えてなかったからなー」
適当に受け流しやがった。
「ズバリだな、スカウトに必要なのは人を見る目だ」
「?」
「観察眼ともいうがな」
小鳥遊は人差し指でくるくると空中で円を書いて、
「良く観察し、良く見極める。いい感じにスタイルがあるならモデルもできるし、ある程度筋肉がついてるなら体力があるからダンスにも期待できる。あと、声をかけたら相手の性格をきちんと把握する。トーク力があるならバラエティ向きのアイドル、声が綺麗なら歌に重点を置いたりな」
なるほど。
ふむふむ。
「あとは、勘だな」
勘?
「その子を見て、お前の中で何かティンっと来たら絶対に捕まえろ」
「ティン?」
「ビビッと電流が走るような感覚だな。この子ならいける! みたいな」
仕事の話になると活き活きするな、こいつ。
しかし、ためになる話なのでちゃんと頭の中に叩き込んでおく。
「美嘉みたいに、読モを辞めて事務所へ直接交渉を持ち出してくるケースは稀だから、その部分は来たら良いな的な精神で良い。まずは自分から動け、そして来る者は拒まず去る者は追わずだ」
「……奥が深いな、プロデューサー業」
思わず呟く。なるようになる、みたいな甘い考えじゃこの先は生き残れないって訳か。冗談じゃねぇ、俺にはもうこれしかねぇんだ。やってやる、クビになんてなってたまるかよ。
「いきなり事務所に乗り込んだから、アタシは追い出される覚悟でいたけどね★」
「美嘉を見た瞬間にティンときたんだ。で、やはり間違いじゃなかった。今やお前はテレビの中のシンデレラだからな」
小鳥遊はニヤリと笑って、
「莉嘉も事務所に入って来たしな、まさに棚から牡丹餅だ。これからどんどん伸びるぞ、あの子は。ユニットの話も持ちかけられたくらいだからな」
莉嘉ちゃん、か。
美嘉ちゃんの妹ちゃんだ。
「……マジか」
「マジマジ。凸レーションっていうユニットなんだけどな、莉嘉がソロCDでデビューをしてから結成する予定だ。売れるぞ、絶対に」
そこまでのレベル、なのか。
複数のアイドルを担当しているのは、研修期間中に知ってはいたが……にしても事務所に所属してからのデビューまでが早すぎる。
敏腕プロデューサー。
ふとそんな単語が出てきた。
「とにかく、だ」
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
差を見せつけられて軽く気分が沈んでいる俺と反比例するかのように、小鳥遊は快活な笑みを見せながら言った。
「この子じゃないとダメだ、そう思ったら全力で捕まえろ。逃したら必ず後悔する。だから自分の勘を信じるんだ、お前ならできるよ芹岡。俺が保障してやる」
003
あれだけ焚きつけられたら、嫌でもやる気になるってもんだ。
喫茶店を出て2人と別れた道すがら、渋谷の街をぽつぽつ歩いていく。時間が経つにつれて、熱さは引いていった。今や汗もかかない気温だ。しかし都会というのは人が多い。密集してりゃあ温度だって上がってしまう。俺は人が多い場所をなるべく避けながら、影の中を歩きつつ目ぼしい人材を探していく。
そして見つけた。
黒髪の、今時の服を着た女の子。誰かと遊んでいる訳ではないのか、辺りを警戒もせず1人で道をてくてく歩いている。
というか2ヶ月前に見た顔だった。
で。
ならば声をかけよう、といった調子で俺は彼女に近づいていく。途中で相手も気づいたようで、こちらを見て足を止めた。
俺は軽く手を挙げて、
「おっすー。久しぶり渋谷凛ちゃん」
「アンタは……あぁ、引ったくりの芹岡さん」
「覚えててくれたんだな。つか引ったくりの被害者な、紛らわしい言い方すんな」
まるで俺が引ったくったみたいじゃねぇかよ。被害者だっつうの。自力で取り返したけれどさ。
「1人でお出かけか?」
「まあ、そんなところ。芹岡さんは? って、スーツを着てるんだからお仕事中か」
「ふっ、ふおおおおお……お、お仕事中……。何だこの素晴らしい響きは……」
感極まった俺を怪訝な表情で見つめる凛ちゃん。いや、嬉しいじゃん? アルバイトという肩書きから社会人という位置に立てたんだからよ。最高社会人、ビバ社会人。
「……つーか、友達と遊んだりしないのか?」
「1人の方が気が楽だからね。誰かと一緒にいると、なんか疲れるんだ」
「ううむ……立ち話でも何だから、あそこのベンチで座りながら語り合わない?」
「……もしかしてナンパ?」
「まー似たようなもん」
「正直だね」
けど正直な人は嫌いじゃないかな、と言いながら凛ちゃんがベンチに向かって歩き出したので、俺もついていく事に。
んで、着席。
「で、話があるんでしょ」
隣で凛ちゃんが息をもらすように呟いた。
「あ、分かった?」
「見え見えだよ。……内容は何?」
「んとね」
俺は、慣れない動きで胸元から名刺を取り出して凛ちゃんに手渡す。
彼女は名刺をまじまじと眺めながらゆっくりと読み上げた。
「芸能事務所、346プロダクション所属。芹岡プロデューサー……アンタ、芸能関係のお仕事をしてたんだね」
「お仕事っつっても、まだまだ小童なんだけどな」
昨日正式に社員になったばかりだし、見習いも見習いだ。学ばなきゃいけねぇ事もたくさんあるしな。あいつに比べりゃ、卵から孵化すらしてねぇレベルだ。
「つい最近までアルバイトだったし、まともに就職したのはこれが初めてだよ」
「うん、初めて会った時ジャージ着てたしね」
「借金も返さなきゃなんねぇからなぁ」
「あぁ、言ってたねそういえば。両親から押しつけられたんだっけ」
「そそ」
と、俺の話は置いといて、だ。
本題を切り出す。
「凛ちゃん」
「何? ……えらく真剣な顔だけど」
「惚れるなよ?」
「惚れないよ」
こほん! と俺はわざとらしく咳払いをしてから、凛ちゃんの透き通った両目をちゃんと見つめてこう言った。
「アイドルになってみる気はないか?」
という訳で、まずはこれだろう! と思いスカウト行動させてみました。
基本的にクールアイドルを予定してますので、希望のアイドルがいる方は感想などにて意見をしてくださると嬉しいです。