004
でもって。
紆余曲折を経て俺は事務所へと帰還した。そしてちひろがデスクのノートパソコンと睨み合いっこをしながらマカロンを口に運んでいる。
「なるほど、そんな感じでお断りを食らったという事ですか。残念でしたねぇ、次頑張りましょう。ところでマカロンを食べていると紅茶が飲みたくなるのは私だけですかねもぐもぐ」
「感情のないロボットかよ!」
「慰めの言葉をかけても失敗は失敗ですし、結果は覆らない訳ですが。……大丈夫、プロデューサーさんならきっと次のスカウトを成功させる事ができます! 一応こんな感じで良いですかね?」
「投げやり過ぎる! なんか、こう、つらい! 返って逆効果!!」
「すみませんねー」
本当の本当に適当な調子で、事務員兼アイドルアシスタントはまぐまぐとマカロンを口にしながら顔をこちらに向ける。
「たくましく育つのです、プロデューサーさんよ」
「色々とツッコミたいのは山々だがとりあえずとって付けたようなお師匠様的キャラ作りはやめろ」
「プロデューサーさんがやられたようだ。クククッ、ヤツは四天王の中でも最弱……」
「四天王とか入ってねぇから! もうギャグパート転がすのはいい加減やめようぜ!!」
「ですが何の面白みもないと過疎りますよね、お客様が」
「変な事口走ってんじゃねぇぇぇえええええええええええええええええええええええええ!」
訳の分からない言葉でガッツンガッツンと精神を削ぎ落としてくる謎の攻撃に、俺はたまらず絶叫した。凛ちゃんに勧誘を断られた上に事務所に帰ってきたらこの扱いだ。さすがに泣きたくなるわ!!
「で、何でしたっけ」
「トリ頭かアンタは。……スカウト断られたって話だよ、速攻即答ばっさり一刀両断だった」
そう、俺はアイドルにならないかと凛ちゃんを勧誘したのだが次に返ってきたセリフは『……いい、そういうの興味ないから』といった何とも冷たいものだった。何度か言いくるめようと試みたものの、最終的にはシカトされて静かに立ち去られてしまったのである。
情けねぇ。ほんと情けねぇわ自分。女子高生の妙な威圧感に押されて追いかける事もできなかったとか、口が裂けても言えねぇ。
「いやぁ、誠に残念極まりないですねそれは」
「だよなぁ。諦め切れねぇよ」
「これはまた必死ですね。あ、クビがかかってるんですから、死にものぐるいにもなりますか」
「ナチュラルに罵倒してんじゃねぇよ!! くそー、ティンっときたしどうにかしてあの子をアイドルにしてぇなぁ」
「だったらまたスカウトしてみたら良いじゃないですか、その子を。待ち伏せとかして」
「ストーカーで通報されなきゃ良いけど」
俺は腕を組みながら唸って、
「……あの子しかダメだ。ならやるっきゃないよなぁ」
005
「……ば、あぐ……?」
自宅にて。
おんぼろアパートの中、硬い畳の上で俺は目を覚ました。昨日はあれから慣れない事務作業をして12時に帰ってきてから、飯とお風呂を済ませてばたりと倒れ込むように眠った事を思い出す。カーテンも開けっぱなしだ。窓の外から燦々と陽の光が室内にまで届いている。俺はスマホで時刻を確認して、弾かれるように飛び起きた。
午前8時47分。
遅刻である。
……いや、待て、待てよ。
そう、そうだ。
今日は日曜日。
仕事は当然休みである。
あー……焦って損した。俺はため息をつくとテーブルの上にスマホを置いてから台所まで向かう。歯を磨いて顔を洗い、寝癖を直してから私服に着替えた。これといって予定はないからラフな格好のままでも良かったんだが、いつの日だったか美嘉ちゃんが『人が見ていないところでも身なりはちゃんとしておかないとねー』と言っていたので、普段からそうするように心がけているのだ。
「完了、と」
再確認するように、1人でポツリと呟いて俺はテーブルの前に座る。テレビを見ようとリモコンに手を伸ばし、しかし電気代がもったいないのでやっぱり止めておく事にした。プロデューサーという仕事に関わってからというものの、金銭面は多少でしかねぇが、本当に多少だけど余裕ができた。具体的に説明をすると、道端のキノコや雑草料理が100円コンビニの弁当にグレードアップした。その点を除けばいつも通りである。
「何するかな」
休日の使い方に悩むのは初めてだった。何せアルバイトの時は夜勤でへろへろだったので、休みの日は馬鹿みてぇに眠りこけるだけだったからだ。昼夜が逆転するというのはかなりつらく、昼間働くよりも数倍疲労してしまう。だが、今の俺は健全も健全、朝8時から夜の10時までが仕事の時間である。こんな時間に起きているのは珍しく、目を覚ましていたとしても例によってコンビニ時代、しかも給料日くらいしかなかった。だからすげぇ困る。
さて。
休日だ、何をして時間を潰そうか。
あたり前だがお金はなるべく使いたくない。であればできる事はかなり絞られてくる。
つまり、
「……散歩でもするか」
006
偶然とか運命とか、俺は何がなんでも絶対に信じねぇ部類の人間だ。なぜなら科学的根拠も曖昧で、ちゃんとした確証となり得るものなど何処にも存在しないからだ。結局は、個人個人の捉え方でしかない。赤い糸が存在していると思えば存在しているんだろうし、存在していないと思えば存在していないのだろう。所詮はそんなものだ。
……と考えていたんだけど、渋谷の街に出てきたら何やら昨日会った顔を見つけた。
凛ちゃんだ。
当然のように1人で歩いていたので、俺は走って彼女の目の前まで近づいてから足を止める。行く手を阻まれて訝しむ凛ちゃんに向かって、俺はこう言った。
「はいバリアー! ここは通れませんよっと」
「またアンタか……。一体何の真似?」
「通行止めごっこ?」
「どうして疑問形……」
「まあ偶然見かけたんで昨日の続きをとだな」
「アイドルにならないかって話? しつこいよ、興味ないって言ったでしょ私」
大きく息を吐くと、凛ちゃんが俺の真横を通り過ぎていく。相変わらず手強いが、負けてられない。彼女と肩を並べて歩く。
「……ついて来ないでくれる?」
「いや、こっちに用があるんで」
「ふーん……」
……あ、右に曲がりやがった。
俺も続く。
「……、」
「あー、誰かアイドルになってくれないかなー」
「……、」
「黒い髪の女子高生とかアイドルに興味ないかなー」
「しつこい。いい加減にしないと警察呼ぶよ」
「うぐ、それは勘弁してくれねぇかガチで!」
逮捕されたら社会的に亡き者になるので!
「今日は休みなんでしょ、服見たら分かるよ。もう少し時間を有効的に使ったらどうかな」
「その時間を有効的に使っている真っただ中なんだけどな」
「私に言い寄る事が?」
「あの、非常に人聞きが悪いのでせめてスカウト活動と言ってくれませんかね」
「どっちも似たようなものでしょ」
「いいや違うね、牛丼と豚丼くらいは違うね!」
「微妙な例えだね。分かりにくいかな」
鋭く言い放ち、沈黙が流れる。
ぬう……。
凛ちゃんがつめてぇ。目も合わせてくれねぇ。
「かぁーっ、最近の女子高生は冷めてんなー。夢とか持ってなさそうだ」
何気なしに呟いた言葉。しかし何かに触れてしまったのか、ぴたりと凛ちゃんの足が止まる。何だ? と思いつつ振り向くと、彼女は俯いてアスファルトの地面を見つめていた。
やがて、先に口を開いたのは凛ちゃんの方だった。
「夢なんて、ないよ」
「……?」
顔を上げて。
彼女は続ける。
「それに、今の世の中なんて普通に生きて普通に仕事に就いて普通に暮らした方がずっと良い。夢とか持つだなんて、最初から間違ってる。そんなのただの幻想、叶うはずないんだしさ」
これは、果たして本心なのだろうか。凛ちゃんと出会って日は浅いが、それなりに性格の輪郭くらいは掴んでいるつもりだ。彼女は何枚ものヴェールに包まれている。つまり、自分を隠しているのだ。俺にはそう感じた。
一体。
一体どれだけのヴェールを剥がせば、本当の彼女が見られるのか。
俺は、
「……本当にそう思ってんのか?」
無意識のうちに、言葉を口にしていた。
凛ちゃんが反応する。キッと俺を睨みつけ、問いの答えを返してくる。
「あたり前、でしょ。夢とか持っていても意味なんてない、だから私は普通が良い。叶わない夢を持つくらいなら、普通に生きている方が数倍も楽だよ」
「……勘違いすんなよ。良いか、分かんねぇようなら一つだけ教えてやる」
俺は、彼女が真正面からぶつけてくる圧に負けじと反論した。
「普通でいるってのは、簡単そうに見えて実はすげぇ難しい事なんだよ。ちゃんとした道の上をあたり前のように歩くってのは、本当に尊い行為なんだ。ちょっとでも肩を押されりゃ簡単にブレて道から逸れてしまう。実際に俺はそうなったし、けど何とか手遅れにはならないよう今も踏み留まれている」
「……、」
「普通でいるってのは、それくらいすげぇ難しい事なんだよ。決して楽な道なんかじゃない」
少なくとも、俺はそう思う。
生きるという道に楽な裏技なんてないんだ。
そんなの、ちょっと考えれば誰にだって分かる事だろう?
「まあ、目標を掲げていりゃ簡単にブレちまう事はなくなると思うけどな」
「目標……」
「夢でもいい、何か目指すものがあれば大丈夫だ」
「……、」
凛ちゃんが、何か悩むそぶりを見せてだんまりを決め込む。学生時代を棒に振った俺としては、独り善がりでワガママかもしれねぇけど、彼女にはちゃんと青春というものが何なのかを見出してほしかった。
「何て言うか、さ」
凛ちゃんがゆっくりと唇を動かす。
「見つからないんだ。何度も探しても、夢中になれる何かが見つからない。私が見てる世界は虚像でしかなくて、上下左右ガラスで塞がれた透明の檻に閉じ込められているというかさ」
「だったら一緒に探そう」
俺はいざという時のために持ってきていた名刺を一枚、胸ポケットから取り出して凛ちゃんへ突き出した。
「……見つかるのかな、アイドルになったら」
「きっと。俺が馬車になって、凛ちゃんを必ずお城に連れて行くよ」
「……そっか」
凛ちゃんは俺の名刺を受け取って、
「少しだけ、時間をちょうだい。考えてみる」
「ま、マジか!?」
「この局面で嘘はつかないよ」
前向きに検討してくれる、って意味で捉えて構わないんだよな?
「な、なら来週の土曜日までにうちの事務所に来てくれ! 待ってるからさ!!」
「うん、分かったよ」
望まぬとも、ツキというのは必ず一度は目の前にやってくる。
運命の女神は果たして微笑みかけてくれるのか。
それは誰にも分からねぇ事だった。
007
……と、格好つけてはみたものの。
凛ちゃんが来ないまま期限である土曜日を迎えてしまった。
運命の女神とやらは誰にも微笑まなかったらしい。
事務所のデスクに突っ伏して轟沈よろしく状態の俺に隣のちひろは追い打ちを仕掛けてきた。
「本日の定時を持って最後のお勤め終了になりますね。短い間ですがありがとうございました、プロデューサーさん」
「いやァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
頭を抱えて絶叫する俺。クビ! せっかく就職をして明るい未来を切り開けたと思ったのに一撃で沈められた! 神様は俺の事が嫌いなのか!? 冗談じゃねぇぞ!!
「き、期限は今日までだし! 希望はまだ潰えてないし!?」
「儚く柔でシャボン玉のような希望ですね。綺麗とは言えないですけど」
ニヤニヤとちひろは笑って、
「突っついて割ってみても良いですか? プロデューサーさん」
「ふざけんな!! 即死ダメージだわ!」
そんなこんなでびくびくと震え上がりながら、俺はちひろに散々弄られつつ事務所で過ごしていた。仕事をしろと言われそうだが、実は俺がやれる事なんてほとんどない。事務仕事はちひろがせっせと片づけてしまうから出る幕がないのだ。
ていうか、あいつにプロデューサーにならないかと誘われて今日まで上手くやれてたのが逆におかしかったんだよ。
さてさて、再び未来も希望もなくした俺は一体どうすれば良いのか。ちゃんと考えておかないとな。
そう思っていた矢先だった。
コンコン、と。事務所のお化け屋敷風味のドアがノックされる音が響き渡る。ちひろが「どうぞ」と言うと、しばらくしてから扉が開け放たれた。
そこには黒い髪の女の子がいた。「失礼します……」とやや緊張気味に言いながら、おずおずと事務所内へと足を踏み入れてくる。
「……あ、いた」
目が合った。
渋谷凛ちゃんと。
俺の涙腺が決壊し、ぶわっと涙が溢れてくる。
「う、うぇぇ……ぶふうううう……」
「ちょ、何泣いてるんですかプロデューサーさん!?」
「だって、だって……凛ちゃんが来て……うえええええええええええ……」
「その例の凛ちゃんはガチ泣きのプロデューサーさんを目撃してドン引きしてるんですけど! ああもう、鼻水拭いてください! 涙も!」
ちひろにウエットティッシュを渡され、俺は涙を拭いてからちーん! と鼻をかむ。色々
なものをたった今犠牲にしてしまったような気がするが、それよりも凛ちゃんだ!
俺はデスクから離れ、彼女の前に立つ。
「さあ、答えは決まったかい?」
「……今さらキメ顔で言われてもしまらないんだけど」
分かっとるわ。
俺は咳払いをして仕切り直す。
「で、答えは決まったのか?」
「もちろん」
彼女は。
俺を爪先から頭まで一瞥すると、素っ気なく、しかしどこか優しさを秘めた声色でこう言った。
「アンタが私のプロデューサー? ふーん……まあ、悪くないかな」
やっと一人目のアイドルです。
次回からようやく本格的なプロデュース活動が開始します。
感想、指摘、誤字脱字などありましたらよろしくお願いします!!
次の担当アイドルは誰にしようかなあ。