001(@プロデューサー)
駅の改札口を目立った少女が通り抜けるのが目に入った。ふわりとした銀髪のツインテールに、黒のゴスロリ。ちらりと覗かせる色白な肌にルビーのような赤い瞳。顔立ちは美しく整っており、さらに服装の効果も相まってか、イギリス人形を彷彿とさせる容姿。
レトロ風のバイカラーなキャリーバッグを引きながら歩く彼女に向けて軽く手を挙げると、俺は一瞬悩んだ末にやがて笑顔でこう言った。
「久し振り、蘭子ちゃん」
声に気がついて、きょろきょろと辺りを見回したのちに彼女は俺の姿を見つける。すると、ぱぁっと満面に笑みが広がって、明るい声色の返事がやって来た。
「お兄ちゃん‼︎」
神崎蘭子。
彼女は俺の近所に住んでいた子だ。
蘭子の荷物を見て、東京に数日間滞在するという事は簡単に想像できた。学生の身分である蘭子ちゃんは休みの時期に入っているので学校の方は問題ナシ。寝泊まりする場所も俺がいるから考える必要もない。
彼女の両親からは、事前にちゃんと話を聞いてあったので自宅に招き入れる用意もできている。
「……大きくなったな」
開けた喫茶店で、プラスチック製の白い椅子に座りながら俺はコーヒーを飲む。向かいにいる蘭子ちゃんにはケーキを頼んでやった。お金が惜しいが仕方のない出費だ。
彼女は細い指を使って、ケーキの上に乗せられてあるイチゴを皿の横に移しつつ、
「うむ……無間の刻を経て、我が身は今一度再誕した」
と、意味不明な言語で答えてくる。ニュアンスからして、おそらく『何年も経ったんだから私も成長して当たり前です!』といった感じだろうか?
いや本当かどうかはいまいち分かんねぇが。
「学校の方はどうだ? 上手くやってるのか?」
「わ、我が禁忌によもや眷族が触れようとは……」
「……、」
どうやら、あまり上手くやっているとは言えない様子だった。多分、その口調が原因だと思うんだがな……蘭子ちゃんは人見知りで恥ずかしがり屋だから、こういった喋り方で威勢を張っているのだろう。空元気というヤツに似ている。空回りとも言うが。
俺はコーヒーカップにスプーンをつけて、中身をゆっくりと回しながら呟く。
「……あのな蘭子ちゃん、俺と二人の時くらいは普通に話してくれてもいいんだぞ?」
「う……貴方は魂の理解者であろう、我が眷族よ……」
『意味わかってるならいいじゃないですか、お兄ちゃん』
翻訳すると、おそらくこんな内容じゃねぇかな。下手な英語よりよっぽど難しいぞ、蘭子ちゃん……。
「……で、お前のお母さんから聞いてないから尋ねるけれど。熊本からわざわざ遠出をしてきた蘭子ちゃんは、一体何日間ここに滞在するんだ?」
蘭子はケーキを一口食べてから、俺の目を見つめて答えた。
「い、5日間……です」
あ、普通の口調に戻った。
俺がよく知るいつもの蘭子ちゃんだ。
「5日間か……泊まるホテルとか決めてあんのか?」
と、内心で悪戯な笑みを浮かべながら冗談を言ってやると、蘭子ちゃんはふぇ? といった調子で目を見開いた。
「いや、東京に滞在するからには寝泊まりする場所くらい確保してあるんだろ?」
「え……そ、そんなの決めてないよ……?お兄ちゃんの家に泊めてくれるんじゃないの……?」
「……こりゃ路上で寝るしかないかもなぁ」
「う……うううううううううう」
「嘘だよ」
ぱちん、と蘭子ちゃんに一発デコピンをお見舞いしてやる。
「汚くて狭いアパートでよかったら、好きなだけくつろぐといいさ」
「うー……お兄ちゃんの意地悪……」
額を押さえ、涙目で睨みつけてくる蘭子ちゃん。全然怖くなかった。むしろ小動物のような可愛らしさがあった。
「明日からまた仕事があるから、1日中一緒にはいられない。それでも大丈夫か?」
追加したカップケーキをフォークで突きながら聞くと、蘭子は一度悩む素振りを見せる。
「……案ずるな、我が眷族よ。我は闇の住人、孤独など恐るるに足らず」
大丈夫そうだった。
まあ、そんな感じで神崎蘭子は5日だけ、俺のアパートで同居することになったのである。
説明しよう、どうしてこうなったのかを!
002
土曜日の午前中。夏が近いといったからって、エアコンをつけたりはしなくても良い暑さだ。早朝は肌寒いくらいだし、昼間にでもなればちょうどい気温まで上がってくれる。まるでお化け屋敷じみたドアの向こう、ちょっとだけ小汚ねぇ事務所の中で、俺はダンボールにどっさりと詰められたファイルや参考書などを、資料棚に移し替えていた。
つい先日、朝一番に事務所へやって来たら6箱くらい積まれて置かれていたのだ。ちひろによると、重要な書類などもあるようで、ようやっと担当アイドルを捕まえた俺へ美城専務が最初の第一歩を踏み出すために色々とためになるようなものをプレゼントしてくれたのだとか。いわゆるチュートリアル的な代物だろう。
まあ、専務から気にかけてもらえるだけ俺は周りに恵まれた環境にいるのだと思うが。期待されているのかどうかは不明だけど。
空になったダンボールを力を込めて折りたたみ、戸棚の隙間に入れる。また使う時がやってくるだろう。使用済みのダンボールだからといって、必ずしもゴミであるとは限らねぇからな。使い回す事だってできるんだ。
などと考えを張り巡らせていると、折りたたんだダンボールを抱えながら、我が事務所のアイドル渋谷凛がぼそりと呟いた。
「……動くと汗かくね」
「悪いな、アイドルなのにこんな雑務を手伝わせて。つらかったら休憩しても良いんだぞ?」
「大丈夫、これくらい何ともないから」
戸棚の隙間にダンボールを入れて、凛が懐からハンカチを取り出し首に浮いた汗を拭った。この子を迎え入れてからはや1週間。最初こそ言葉遣いや素っ気ない態度から無愛想だという印象を受けたが、こうして一緒に過ごすと彼女は意外と真面目だというのが理解できた。そして負けず嫌い。一度やると決めた事には全力で立ち向かう、といった熱血な面も見受けられる。
「よし、ちょっと休憩挟もうか」
「だったら私、飲み物入れてくるね」
アイドルにそんなお世話係のような真似事なんてさせたくはなかったのだが、俺が何かを言う前に凛ちゃんはそそくさと給湯スペースへ行きやがった。今日は午後から体力を測定するトレーニングがあるというのに、無駄なスタミナはなるべく消費させたくねぇんだけどな……。
「プロデューサー、コーヒーでいいよね?」
給湯スペースの方から凛ちゃんの声が聞こえてくる。俺は接待用のソファーに座って、ふかふかだけど材質はなんだろうな、などとくだらない事を考えながら答えた。
「おー、問題ねぇぞー」
「ん。……あ、ブラック?」
「砂糖とミルク増し増しで」
分かった、という返答と共にミニサイズの冷蔵庫が開閉される音がした。しばらく待つと、凛ちゃんが給湯スペースから戻ってくる足音が。俺はそっちに顔を向けたが、手にはコーヒー入りのマグカップが握られてはおらず、彼女は苦い表情を浮かべている。
「ごめんプロデューサー。コーヒー、作れなかった」
「……お前そんなに不器用だったっけ」
「違うよ、器用な方ではないけど不器用じゃない……と思う」
「じゃあどして」
「材料切れてた」
あー……納得。
隣に座ってきた凛ちゃんが述べた答えに、俺はなるほどと言って首をゆるく振った。
ちひろは資料の印刷をするために事務所を出ているし……休憩時間を取る、とはいったが飲み物なしは流石にどうかと思う。
なので、
「……飲み物ついでに買い出ししに行くか」
「だったら私も一緒に行くよ。……大丈夫なの? お金、あまりないんじゃあ……」
「経費で落とすから大丈夫大丈夫。ほら、行こうぜ凛ちゃん」
立ち上がり、事務所の鍵をデスクの引き出しから取り出して俺は凛ちゃんと共に室内から出る。ちひろは合鍵を持っているはずだ。閉め出された、なんてハプニングは起きないだろう。ドアの鍵を閉め、凛ちゃんと肩を並べながら廊下を歩きロビーにまで足を運ぶ。
346プロダクションは大きい。ロビーに至っては光景というよりもはや景色レベルのスケールだ。たくさんのプロデューサーや社員、アイドルの卵達の中を進みながら、ふと凛ちゃんが隣で呟く。
「プロデューサー、普通に凛って呼んで良いから。ちゃん付けされると、なんというか、その……むず痒い」
「そうか? でもなぁ、最初に会った時から凛ちゃんって呼んでるし今さらじゃねぇか?」
「そう、だけど。なんか相手がプロデューサーだと他人行儀な感じがして私は嫌だな」
「他人行儀、ねぇ……。じゃ凛で」
「ん」
これから二人三脚で歩んでいくんだから、凛ちゃん……じゃなくて凛が他人行儀だと感じているなら変えた方が良いだろう。彼女の要望にはなるべく答えてやりたかった。
「ところでプロデューサー、買い出しって言ったけど……どこに向かってるの?」
「外のコンビニ。とりあえずパックのコーヒーとミルクを買って補充して……ついでに俺達の飲み物でも。みたいな感じ」
「……事務所にコーヒーメーカーでもあったら良かったのにね」
「ねぇんだよなぁ……」
俺がプロデューサーとして、凛がアイドルとして活躍していけば資金が増えるから自分のポケットマネーで買えば良い訳なんだが、あいにく借金もたんまり残っているのでまだまだ先の話だ。
ままならねぇ。凛に気づかれないよう小さく息を吐いて、俺達はガラスで作られた自動ドアをくぐって外の世界に体をさらけ出す。雑談を交えながら向かっていると、数分も経たないうちにコンビニに到着した。俺は買い物カゴを手にする。
目的の品をカゴに入れて、ようやく自分達の飲み物を漁るために紙パックジュースのコーナーへやってくると、凛が俺の頭をまじまじと見つめている事に気がついた。
何だ? と問うよりも先に凛が口を開く。
「プロデューサーの髪の色って、もしかして天然?」
「ん? あぁ、これか」
俺は金色に染まった髪をいじりながら答えた。
「母方の祖母が外国人らしくてさ、遺伝したんだと思う。学歴もそうだけどさ、この髪の色もあってか就職も難しくてなー、かなり苦労したよ」
「黒色に染めたりはしなかったの?」
「1日で金髪に戻った」
「……ご愁傷様」
やめろ、哀れみの目を向けるのはやめろっ。
ともあれ、金髪については本当に地毛なので改善のしようもない。中学時代はクラスに1人はいるお調子者的なポジションを維持していて、さらには目つきや髪色の事も相まってかついたあだ名は『モブいチンピラ』だった。
不名誉ことこの上ねぇ。
「凛は髪の毛いつから伸ばしてんだ?」
「高校に入ってからかな。お母さんが伸ばしたらきっと似合うって言ってくれたから」
凛のお母さん。
レジの会計を済ませながら、俺は思い返す。彼女がアイドルとしてうちの事務所に身を置く際、一度顔を合わせた事がある。凛に似て美人な女性だった。お父さんの方は昔傭兵でもやっていたんじゃねぇのかって思ってしまうぐらい威圧感があって、凛々しい顔立ちをしていた。
容姿は母親譲り、性格は父親譲りなんじゃねぇかな凛は。
「さて、帰ろうか」
「うん、そうだね」
コンビニを出て来た道を辿り、346プロダクションのビルへ入って事務所の鍵を開ける。どうやらちひろはまだ戻っていないようだった。買い置きしたコーヒーを冷蔵庫に仕舞ってから俺は凛に紙パックのレモンティーを渡す。彼女が腰を下ろしたソファーの隣に缶コーヒーを片手にしながら座ると、直後にスマホから着信を知らせる音が鳴った。
画面を見ると知らない番号だった。
俺は首を傾げつつ、フリックをしてロックを解除し受話器マークをタップしてスマホを耳にあてがう。
「もしもし、芹岡です。どちら様でしょうか」
003
と、それから蘭子ちゃんのお母さんからかくかくしかじか説明され翌日の現在に至る訳だった。闇金の手の中にいる手前、俺の住む場所に長居はさせられねぇけど5日間くらいなら大丈夫だろうと判断したのである。
蘭子ちゃんを自宅に招き入れると、彼女は玄関で棒立ちになってきょろきょろと室内を見回していた。
「……し、修羅の国……」
「素直に汚い部屋って言ってくれて構わねぇぞー。ま、とりあえずいらっしゃい」
「お、おじゃましまーす……」
おどおど靴を脱ぎ、部屋に上がり込んだ蘭子ちゃんが荷物を部屋の隅に置いてテーブルの前に座った。あぁ、座布団くらい買いたかったさ。だがお金がもったいなくてな。家具を買うくらいなら食費に回してぇんだ。昔馴染みとはいえ、お客人なんだからせめてまともな食事くらいは提供してやりたい。
「なんか飲むか?」
「うむ、魔気を使わずとも良い。案ずるな我が眷属よ」
うーん、『気を遣わなくていいよお兄ちゃん!』か? 自信はねぇがおそらくこんな感じじゃねぇのかな。
蘭子語に頭を悩ませつつ、俺もテーブルの前に座る。
そういや聞きたい事があるんだった。
「なぁ蘭子ちゃん、どうして東京に来たんだ?」
「良くぞ問うた。我が暗黒期に立ちはだかる無慈悲な運命に挑戦すべく、未来への門を切り開くために彼の地へ我は降り立ったのだ」
「? ……あー、受験のためか。東京に志望校がある、って事は受かれば寮住まいか」
「う、うむ」
もう蘭子ちゃんも受験を視野に入れなきゃなんねぇお年頃か。なんか、時が流れるのは早いもんだ。
「あ、そういや今日の晩飯買ってないな……ちょっとコンビニまで行ってくるから、お留守頼んでいいか?」
「ふむ、我に委ねるが良い」
「じゃあ行ってくる」
床から立ち、財布をポケットに突っ込んできちんとドアの鍵を閉めてからアパートを後にする。車やバイクのエンジン音をBGMに、広々とした場所をゆったりと歩いていくと……歩道の信号の前で大人に紛れて小さな子供が1人ぽつんと立っていた。おろおろしている様子からして、どうやら迷子らしい。
……放っておく訳にはいかねぇよな。
声をかけようとして、しかし子供の表情がぱっと明るくなったところを目撃して俺は足を止めた。視線を辿ると先には母親らしき人物が安心したような面持ちでこの子を見ている。
なんだ、見つかったのか……良かった。
と思った瞬間だった。
「ままー!」
ダッ! と。子供が勢い良く道路に飛び出す。母親らしき人物の顔色が遠目からでも見る見るうちに蒼白になっていくのが分かった。
そう、歩道の信号は赤。つまり、車が通っても大丈夫だという合図を示している。
「ッ……ちくしょうまずいぞ!」
周りの大人は助けようともしねぇ、車が通っている場所にガキが飛び出したというのに!
「馬鹿野郎……ッ!!」
俺は叫んで走り出した。人混みを掻き分け、肩をぶつけ、だが足は止めずに道路へ突っ走る。
子供が足を止めた。
車が近づいている。
くそ……!
「間に合えッッッ!!」
車のクラクションが炸裂した。走って走って、俺はガキの1メートル手前まで近づくと、とっさの判断を下して地を蹴り突っ込んだ。
頼む、間に合えッッッ!!!!!!
直後だった。
凄まじい衝撃が全身を襲ってくる。
俺は、
はい、という訳で二人目はみんな大好きらんらんです。
熊本弁が難しいと思いました(小並感)
ネタバレするけどプロデューサーは死んでないから(震え声)