俺の人生は…まあ、詳しく書くまでもないくらい、普通だった。
そこそこの高校を出た後、そこそこの大学に入学。
この時点で何か特別なことができるわけでもないし、周りでも特別なことなんて起こらなかった。その為、ありきたりな人生を過ごすんだと思っていたし、自分もそれを望んでいた。
…だけど。普通じゃない一生は。俺が思っているよりあっさりと、そして突然やってきたのだった。
※
その日の俺は上機嫌だった…ということは覚えている。この就職難民のご時世で、ようやく内定を貰えたのだから。
普段なら絶対に歌わないであろう鼻歌を歌いながら、自分は外出していた。
大学の政経学部を卒業して、自分はいわゆる就職浪人というやつになった。不景気のご時世、大学を卒業するまで仕事を見つけることは出来なかったのだ。
まあ、どうせ仕事なんてすぐ見つかると高を括って探し始めた。…そんな風に考えていたのだが、どうやら甘かったようだ。
どこでも良いからと、のんびりと就職先を探してみても、雇ってくれる企業は無かった。
…大学で遊び呆けていたツケが回ってきたのだ。資格なし、コネも無しの人間には世間の波は厳しすぎた。
仕方なくアルバイトを探して、就職が決まるまでそれを転々とすることにする。その傍らで資格習得の勉強とハローワークに通う日々を1年近く続けていった。
そして今日、ついに自分はフリーターから社会人へとランクアップした。何十社と受けた会社の中に、自分を雇ってくれる所が遂に見つかったのだ。
これで今まで散々心配をかけた両親にも胸を張って語れる。
さて、早速両親に連絡を…とケータイを開いたが、運悪く自分のケータイがバッテリー切れだったことを思い出す。うーん、充電して待つか?…いや、それまで待つ時間が惜しい。
そうやって悩んだ結果、自分は公衆電話から実家にかけるという選択を選び、いま現在にいたる。
街道を小走り気味で歩きながら、駅前までの道のりを進む。今じゃ公衆電話なんて駅前と病院くらいしかないからなぁ、少し不便だ。
…と考えてた瞬間、「ブー!!」という凄まじい音が辺りに響いた。うるせぇな、ふと目線が後ろへと移動して…自分は目を見開いた。
目の前には大型トラックが猛スピードで接近していたのだ。あっという間に近づいてくる。
「あっ」
背筋が冷たくなった時には、もう遅かった。
何がおこったかもよくわからないまま、自分は意識を失った。
※
(なん……だ…?)
そこで初めて、自分が目を瞑っていることに気付いた。ゆっくりと瞼を開く。そこにあったのは、蛍光灯の光。そこではじめて、自分がベッドの上に寝かされていることを認識する。未だに意識が朦朧とする中、周囲の状況を把握するために首を左右に動かして周囲を見渡す。
(病院…?じゃあ、助かったのか俺)
つん、鼻を刺激するアルコールの匂いが徐々に意識を覚醒させていく。しかしよく無事だったな、俺。トラックに撥ねられて生きてるなんて。
とりあえず自分はどうなったんだろう?せっかく内定を貰ったのに、事故のせいで取り消しになったらいやだな。
とりあえず身を起こそうとして…ふと違和感を感じた。
手足に上手く力が入らないのだ。何度も身を起こそうとして、そのたびに何度も失敗する。
(…?麻酔でも効いているのかな)
違和感はそれだけではなかった。どこか世界が狭く、そしていつもより視点も低い気がする。…何故だ?
そうだ、とりあえず誰かを呼ばなきゃ、今自分がどうなっているのか、しっかりと説明して貰わなくては。
「ああああむ!(すいません!)」
…異変に気付いたのは、言葉を発してからだった。
「ああああーむ!?(喋れない!?)」
舌足らず、とでもいうのだろうか。上手く発音が出来ない。いったいどうなってるんだ、全身麻酔でもかけられているのか?
と、コツコツと誰かが近づいてくる音が聞こえる。よかった、誰かが入って来る。
入ってきたのは看護婦だった。
「はい、お体拭きましょうね~」
子供をあやすように優しい言葉をかけられると、慣れた手つきで服を脱がされる。
(…おいおい。俺はこれでも二十過ぎているのに…子供をあやすみたいにしなくても)
背中をお湯で絞ったタオルで拭われる。体を起こしてもらったことで自分の手足や周りの風景がようやく視界に入る。
(腕が細い、いや、小さい?)
はっきりとは見えない。が、明らかに腕が普段のサイズの10分の1くらいの細さしかない。…どうなっているんだ?
…自分は目を外し、反対側の窓側に目を向けた。そして、窓ガラスに映った自分の姿に絶句する。
「綺麗にしましょうね~」
…そこには自分の姿ではなく、生後数か月ほどの赤ん坊が映っていた。
「!!!???」
そして畳みかけるように、衝撃が襲う。看護婦がウェットティッシュが股間を拭った直後、違和感は頂点に達した。
その感触が告げるものは…男なら股間に必ずあるべきモノ。アレが―ナイ。
呆然としている間に新しいオムツを履かされて横になっていた。
「それじゃ、ゆっくりお休みなさいね。朱里ちゃん」
それだけを言うと、看護婦は部屋から出て行った。そして1人になると、思考がグルグルと空回りを始める。
(誰か…教えてくれ。俺はどうなっているんだ!?)
そして男が少女…『星井朱里』に生まれ変わってしまったと気づくのは、それからもう少し後の話である。
とりあえずはプロローグ。
次回からは原作キャラも登場します。