THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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第14話 女の痛みと膝枕

連休明けの学校は、みんながみんな連休中の話題に花を咲かせており、いつも以上に騒がしかった。朱里のクラスも例外ではなく、連休気分が冷めていない一部の男子たちは紙礫を投げ合っており、収拾がつかないほどの大騒ぎと化している。

だが朱里は周りの騒ぎに関心を払わずに、まるで石像のように身じろぎもしないで、自分の席に突っ伏していた。

(…痛い)

朱里は鈍い痛みを発している腹部をゆっくりと擦る。そんなことをしても痛みは消えないが、擦らずにはいられなかった。

(…久々にきついのが来ちゃったなぁ)

そう、朱里は現在、女性特有の悩みである、「生理痛」に悩まされていた。朝起きた時から腹部に鈍い痛みが延々と続いており、自分が女であることを突きつけられる気がする現象だ。

「…朱里さん、大丈夫?」

と、前方から声が聞こえた。突っ伏していた顔を上げると、如何にも心配そうな様子の少女が立っていた。

「…あ、おはよう。名瀬さん」

名瀬と呼んだ少女に向けて、軽く手を上げて挨拶をする。

宗方名瀬。メタルフレームの眼鏡とポニーテールの髪型が特徴の少女だ。特に親しいという訳ではなかったが、席が隣ということもあってか、何かと話す機会が多い少女であった。…身内である美希を除けば、学校内で一番親しい生徒は彼女ではないだろうか?

「…顔、真っ青よ? 何か悪い物でも食べたの?」

「…そうじゃないんだよ」

朱里は薄ら笑いを浮かべながら、名瀬に見えるように子宮部分を擦った。…その行動でピンときたのか、彼女の声量が潜めるように変わる。結構デリケートな問題だからか、名瀬なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

「…もしかしてあの日?」

朱里はこくりと頷いた。途端に同情するような声色に変わる。

「うわぁ…きついのが来ちゃったの?」

「ここまで酷いのは初めてだよ。今まで軽いのばかりだったから、余計に辛い」

朱里はげんなりした顔をする。…男の記憶があるのに女の体験をするのは地獄以外の何でもないと、今回の生理痛で再認識せざるを得ない。

普通の女性の場合、薬を飲んでも生理痛が治まらなくて辛いという人が多いと聞くが、朱里の場合は比較的軽めの場合が多かった。薬を飲まなくても平気だったし、かなり軽い腹痛のみで終わってしまうケースがほとんどであった。

…が、今回の場合は例外だったらしく、今まで体験したことのない痛みが朱里を襲っていた。その痛みはまるで強めのボディブローを延々と喰らってるような感覚で、1周目では体験したことのない類の痛みだった。

「…保健室行く?」

「いや…いい。頑張って耐えてみる」

ちょうどその時、教員が教室に入って来たので、朱里は会話を区切って教科書とノートを出した。名瀬は心配そうな顔で「無理しないでね」とだけ言って、隣の席に座った。

 

 

 

 

 

 

最近の朱里は変わった気がする。宗方名瀬は隣の席にいるクラスメイトを見るたびにそう思うことが多くなった。

口では上手くは説明できないのだが、どこか身に纏っている雰囲気が少しだけ柔らかくなったような、今までの彼女とはどこか違うような気がするのだ。

最初にその変化に気付いたのは、新学期が始まってから2週間辺りが経った頃だった。

部活も休みな為、早めに帰宅するために1階に降りた名瀬は、朱里と美希が一緒になって歩いている光景を見た。離れていたので会話の内容までは聞き取れなかったものの、まるで仲が良い姉妹のような光景に名瀬は違和感を感じざるを得ない。

(あれ? 朱里さんってお姉さんと仲が悪かったんじゃ…?)

…何故なら、美希と朱里、この2人の仲があまり良くないことは校内でも有名だったからだ。どっちかというと、妹の朱里の方が姉の美希を一方的に嫌っていると言ったほうが正しいかもしれない。

そのためか、「容姿が可憐で学校のマドンナである美希に妹の朱里は嫉妬しているのでは」など無責任な噂も流れる始末だ。…その噂の中には「星井姉妹のどちらかは血が繋がっておらず、本当の姉妹じゃないんじゃないか」など冗談でも言ってはいけないような物もあった。

…しかし、それらを裏付けるようなことがあるのもまた事実だった。

まず、朱里は美希の妹とは思えないほどの正反対な性格をしている。まるでこの世に生まれたことをずっと後悔しているとでも言いたそうな顔つきをしており、たまに笑うようなことがあっても哀しそうに笑うだけ。その姿はくたびれた老人のようで、初めて会ったときは見た目よりも10歳は老けて見えた。…確かに本当に血が繋がっているのかと疑う人が出てくるのも無理はないのかもしれない。

更に去年までの朱里は、どこか美希との接触を避けるような行動が目立っていた。美希に捕まらないように授業終了のチャイムが鳴ったら、逃げるように教室を出ていたし、朱里があてもなく学校を彷徨する姿を名瀬は何回も見ていた。

…どうしてお姉さんを避けるような行動をとるのか、聞きたい衝動に駆られることもあったが、何だか聞いちゃいけないような気がして、触れるのはやめておいた。

そんな朱里がどうしてお姉さんと一緒にいるんだろう? 名瀬がそう思ってしまうのも無理はなかった。

(…春休み中に、お姉さんへの蟠りが消えたの、かな?)

そして一度そんなことを気になり始めたら、不思議と朱里を意識するようになってしまう。

今行われている授業の最中でも、名瀬は授業の内容そっちのけで朱里を観察していた。

(…こうして見るといつもと変わらないように見えるけど)

朱里は授業の内容を真面目に聞き、黒板に書かれた内容だけでなく、さらりと言ったようなこともノートにしっかりと書いていた。

(…あ、笑った)

教師が言った下らないギャグに口を緩めて笑う朱里の姿が見えた。…やっぱり以前の朱里とはどこか違う。以前なら、冗談の一つにすら反応しなかったのに。笑うとしても、哀しい表情しかしなかった朱里が少しだけど、楽しそうに笑っている。

(…何かがあったんだよね? そうじゃなきゃあんな顔するわけが…)

朱里の顔を眺めながら、ぼんやりとそう思う名瀬だった。…彼女が朱里の変わった原因を知るのはまだ先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「痛ぅっ…」

朱里は学校が終わった後、事務所へとやって来たが、生理痛が治まることはなかった。好物のコーヒーを飲んでも痛みが引くことはなく、鈍い痛みに苦しげな顔になってしまう。…今日はレッスンが入っていなくてよかった。こんな状態じゃまともに受けることも難しいかもしれない。

「…朱里ちゃん? どこか調子悪いの?」

朱里の隣に座って、ファッション雑誌を読んでいたあずさが心配そうな顔でこちらを見てくる。朱里は顔を少し歪めながら答えた。

「いえ、病気じゃないんですけど、体調は最悪で…」

「…」

あずさは数秒間思考を巡らせてから、朱里が苦しんでいる原因に気付いたのか、ピンときたという顔になる。

「…大丈夫? つらいんだったらお薬あげるわよ?」

…流石はアイドル最年長。こういう対応一つでも大人の優しさが見える。

「いえ…多分、ゆっくりしていたら大丈夫だと思いますから」

「…そう?」

「ええ、心配かけてすいません」

だが、朱里の予想をあざ笑うが如く、生理痛が引く傾向は全く見えなかった。むしろ段々と激しさを増している気がする。ソファに身を預けて、気分転換に雑誌を読んでいても、鈍い痛みのせいで集中力が欠け、内容が一文字も頭に入ってこない。

(…これは流石にヤバいかもしれない)

目を押さえながら朱里は思った。生理でここまで酷くなったのは初めてだ。…これが後、数日続くのか。とてもじゃないけど耐えられそうにない。

「朱里ちゃん」

「…はい?」

突然、凛とした声を発したあずさに思わず反応してしまう。

「無理しなくてもいいのよ?」

「…無理なんてしていませんよ」

「…嘘つかなくても大丈夫よ?」

あずさはさっきよりも強めに言い、少し腰を屈めて覗き込んで来た。その威圧感がある行動に朱里は後退った。まるで悪戯した生徒を叱る教師みたいにあずさは詰め寄ってくる。

「何でも抱え込んじゃうのは朱里ちゃんの悪い癖よ。もっと誰かに頼ってもいいんじゃない?」

するとあずさは赤子に触れるようにそっと朱里の右手を掴む。

「朱里ちゃん、ここの所ずっと頑張っていたものね。だからきっとお休みしなさいって言っているのよ」

そう言うと、あずさは朱里の体をぎゅっと優しく抱きしめた。

「それに…体も周りの人にもっと頼りなさいって言っているのかもね?」

朱里はどうやって逃れようかと思考を巡らしたが、結局その方法が思い浮かばなかった。むげに振り払うのもためらわれて、そのままの体勢でいることにする。

(…誰かに甘えるなんて随分久しぶりのような気がするかも)

あずさにぬいぐるみのように抱きしめられているうちに、不思議な気分になっていることに気付く。錯覚かもしれないが、鎧のように固く凝っていた痛みが少しだけほぐれていくような気がするのだ。まるでひび割れた大地に恵の雨が降り注ぐかのように。…恥ずかしい話だが、いつまでもこうしていたい気分だった。

「…あずささん」

「なあに?」

「…もう少しだけ、こうしていていいですか?」

「ええ、いいわよ」

「…すいません」

それだけを言い、そっと目を瞑った。目を瞑ると、すぐに暗闇が押し寄せてきて、朱里は眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「うっうー! おはようございまーす!!」

今日のレッスンが終わったやよいは、疲れを感じさせないほどの元気な声で事務所へと入っていった。こういうパワフルで可愛らしい所も彼女の魅力であろう。

「あっ、やよいちゃん」

やよいが入って来るのを見たあずさは「静かにして」というように、ジェスチャーをする。

「?」

いまいち状況が読み込めないやよいは頭に?マークを浮かべて、首を傾げる。が、あずさの膝元を見た時、それを理解する。

「あっ…」

あずさの膝元には、ちょこんと頭を膝に乗せ、俗にいう膝枕の体勢で寝息を立てて眠っている朱里の姿があった。

「…お昼寝してたんですか、朱里ちゃん」

お昼寝、という言い方もまたやよいらしい。

「ええ。だからあまり騒がないでね?」

「はい、分かりました!」

「…声、大きいわよ?」

「す、すいません…」

あずさのツッコミに、「あうう」と恥ずかしげな反応をするやよい。…どうしてこの子は一つ一つの動作がこんなにも愛おしいのだろうか。あずさは自然と笑みが漏れる。

やよいは足音を忍ばして歩き、向かいのソファへと座り、そっと朱里の顔を覗き込んだ。その寝顔は普段の凛々しさや大人っぽさはどこにも見えず、年相応の女の子の顔をしていた。

「うわー、朱里ちゃんが眠っている姿なんて私、初めて見ました」

「…美希ちゃんは良く眠るんだけどね。朱里ちゃんの寝顔は初めてかもしれないわね」

あずさはふふっと笑い、朱里の頭をそっと撫でる。朱里は気持ちよさそうに寝息を立てた。…まるで小動物のようだ。普段見せないような反応にあずさは面白がってしまう。

(…どっちがお姉さん?と思うこともあるけど…やっぱり朱里ちゃんも女の子なのよね)

時々、本当の姉妹に見えない時もあるけれども、あの2人は似ていないようで似ているのだ。やっぱりそこは血の繋がった姉妹なのだろう。…例えば、こんなにも可愛い寝顔とかは姉妹そっくりだ。

(…2人揃って寝ている姿もいつか見てみたいわね)

この調子では朱里が起きるのはまだまだ時間がかかるのだろう。でも、朱里のめったに見れない顔を見続けるのも悪くないかもしれない。そう思うあずさだった。




作者は男性なので、「女の子の日」の詳しい痛みは分かりません。その為「ありえねーよ」ということがあるかもしれませんが、ご了承ください。
また今回の話に出てきた少女、宗方名瀬(むなかたなぜ)はアイドルマスターXENOGLOSSIA、通称「ゼノグラ」に登場したキャラです。ゼノグラでは成人していたキャラでしたが、この小説内では朱里のクラスメイトという設定になっています。
…今後もゼノグラのキャラがチョイ役で出ることがあるかもしれません。

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