THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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第15話 舞台は始まる

裏方の仕事とは地味だが重要な役割を持っている。決して日には当たらない仕事だが、表舞台に立つ人間を支えるには欠かせないものである。そういう意味ではアイドルのプロデューサーという職業ほど、裏方という言葉が似合うものはないと思われる。

それぞれの個性にあった仕事を選ぶことやスケジュールの調整だけでなく、体調管理など、アイドルたちが常に万全の状態でいられるようにすることも大切な仕事だからだ。

「小鳥さん、この資料のチェックお願いします」

「あー、そこに置いておいてください。もうすぐ今やっている仕事、終わりますので」

765プロもその例に漏れず、裏方の仕事は重要だった。特に765プロの場合、所属アイドルの多さと裏方に回れる人間の少なさもあってか、他の事務所以上にこの仕事は重要だ。

「プロデューサーさん。さっきの資料、どこに置きましたか?」

「机の脇に置いてありますよ。青いファイルの奴」

「…あ、これですね」

机の脇に置いてあるファイルを小鳥はひょいと取る。

「…最近、少し忙しくなりましたよね」

プロデューサーは呟いた。ようやく職場にも慣れてきた時期にやらなければならない仕事が増えるのだから、彼も大変らしい。だが、そんなことを考慮してくれるほど、世の中は甘くない。

「ふふっ、それだけ皆が頑張っているってことですよ」

「…そうですね」

プロデューサーはそう言うと、ペンを動かすのをやめて、壁に掛けられているホワイトボードを見た。

各アイドルたちのスケジュールが書き込まれているホワイトボードは、少しずつだが黒いマーカーによる書き込みが増えていた。今までは1週間に一度、レッスン以外の予定が書いてあればいい方だったが、徐々にそれも増えてきている。それに比例して、裏方の事務処理の仕事も増えていた。アイドルたちの仕事が増えるのは嬉しいことだし、これくらいで根を上げてはいけないのだけれど。

「やっぱり宣材効果があるんですかね?」

「ええ。先行投資した甲斐がありましたよ」

小鳥は笑った。宣材の撮り直しのせいで、社長室の金庫の中身が多少寒いことになっているが、そのおかげでオーディションや仕事が増えるようになったのだから、結果オーライというべきかもしれない。

「さあてと。そろそろ昼食食べに行きません?」

「え、もうそんな時間なんですか?」

昼食という単語に反応して、プロデューサーは慌てて腕時計に視線を落とす。時刻はもうとっくに正午を過ぎていた。

「…まだ結構残っているんだけどな、仕事」

時の流れの速さにプロデューサーは落ち込んでしまう。彼はもうこんな時間なのか、といった様子の表情をしていた。

「…私も手伝いますから。頑張りましょう?」

小鳥は優しく微笑み、事務作業へと戻った。プロデューサーも働く小鳥の姿を見て、慌てて止めていたペンを動かす。

…どうやら彼を一人前と呼ぶにはまだまだ先の話みたいだ。小鳥はどこか頼り気のないプロデューサーの姿を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィークが終わってから、朱里と美希のレッスンの難易度は一段階上がった。よりステージを意識したレベルへと変わり、指導するトレーナーの厳しさもまた一段階上がった。

「朱里ちゃん?今のジャンプの所、高く飛び過ぎ。もう少し低く飛ばないと次の動作が遅れるわよ」

「…う、分かりました」

「あと、表情! 時々、苦しそうな表情をしているわ。お客さんにそんな顔見せるつもり? 常に笑顔を意識して」

「…気を付けます」

生理で痛む腹部を擦りながら朱里は答える。数日前、事務所で寝てしまった後、あずさから生理痛を上手く和らげる方法をいくつか教えて貰い、それを実行したものの、相変わらず生理痛の鈍い痛みは続いていた。一応、レッスンが行えるまで体調は回復したものの、どうも不調だった。

「じゃあ、同じ所を美希ちゃん、やってくれる?」

「分かったなの!!」

朱里のレッスンを見学していた美希と交代して、朱里はへろへろと床へと座る。乱れる呼吸を押さえながら、朱里は自己分析を始めた。

(…ビジュアル面がどうも、な。ダンスとボーカルは自信があるんだけど)

トレーナー曰く、アイドルに求められる要素は主に3つあるらしい。

その3つとは『ボーカル(歌唱力)』『ダンス(踊動力)』『ビジュアル(ルックス)』である。

ボーカルは正確に歌う技術や声量などの上手さ、ダンスはリズム感や的確にポーズを決められる上手さが求められる。

この2つは朱里自身、自信があった。連休中の自主練で得意とするメンバーから技術は盗み、それを上手く活かせているからだ。特にボーカル面は自分自身、結構いい線を行っているのではと思っている。自主練2日目のメンバーの反応から、悪くはないらしいし、ボイトレの時もこの前とは見違えているほど上手くなっていると言われていたし。

だが3つ目の要素であるビジュアル。この分野は朱里が苦手とする所だった。いや、苦手というか自信がないと言えばいいのかもしれない。そして、美希のポテンシャルが遺憾無く発揮され、自分との才能の違いを感じさせてしまうのもこのビジュアルだった。

ビジュアルとは容貌・スタイルの美しさや自分をより良く見せるための表現力・演技力・演出力などが求められる技術だ。ある意味、アイドルとして活動するには一番重要な要素といってもいいかもしれない部分である。

朱里は演技力や表現力だけなら自信はあった。これは普段の生活の中で女性として演技をせざるを得ない状況が多く、周りに溶け込む演技を繰り返していくうちに自然と上達してしまった為である。

だが、これを踊りながら、歌いながら行えとなると話が変わってくる。複数の事を同時に行う場合、どうしてもどれかがおろそかになってしまうからだ。…こればかりは練習を繰り返して、自然に出来るようにしていくしかない。

(…やっぱり凄いよな、姉さん。あの才能が羨ましい)

朱里はそう思い、可憐に踊る美希の姿を視線に捉える。

美希は朱里が先ほど注意された表情の部分をしっかりと行い、それを自分なりにアレンジしながら踊っていた。その光景に朱里はため息をつかざるを得ない。

(…姉さんの場合、あれが素で出来るから凄いんだよな。もうチートレベルだ)

美希の場合、相手を引き付ける表情や仕草、細かな手や指の動きなどアイドルに求められるビジュアル技術の数々が無意識で出来てしまうのだ。しかも無意識で行うそれでちゃんと結果を残せてしまうのだから恐ろしい。現にトレーナーは美希の踊る姿に文句ひとつ言わない。きちんと出来ている証拠だ。

そんな美希の姿を見せられるたびに自信がなくなってしまう。「本当にアイドルとして通用するのか」と途端に不安が押し寄せてくる。「自主練までしたのに自分は姉に追いつけていないのでは」とも感じてしまう。

…まあ、これは天性のプロモーションとセンスを持っている美希と比較した場合である。そもそもアイドル候補生としてデビュー出来た時点でそれなりの容姿はある為、朱里のビジュアルは壊滅的に酷いという訳ではない。

また朱里のビジュアル技術は既に候補生レベルを超えており、アイドルとしてやっていけるほどに習得はしているのだが、その事に朱里自身が気づく事はなかった。身内に凄まじいほどの実力者がいるが故の弊害だった。

(…当面はビジュアルの底上げ、だな。姉さんの技術も参考にしなきゃな)

そう思いつつ、姉の細かな仕草の観察を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

「あふぅ…おはよう、なの」

レッスンが終わり、朱里と美希は疲れる体を引きずって事務所へと帰って来た。美希は疲労困憊といった顔で、大きなあくびを一つした。…あれだけ可憐なダンスが出来るのに、スイッチが切れた途端にこれか。朱里は眠そうな顔をしている姉の姿からレッスン時の姿と今の姿のギャップを感じ、少しだけ笑みがこぼれる。

「…あら、2人ともお帰りなさい」

帰って来た2人に気付いたのか、律子が机から顔を上げて、挨拶をしてくる。事務所内には既に誰も居らず、一人で残業でもしていたのかもしれない。

「お疲れ様です、律子さん」

「お疲れ~、律子」

朱里はいつも通り挨拶を交わすが、美希は手をひらひら振りながら適当に挨拶を交わす。…相変わらずというのか、どうも我が姉は目上の人に対する態度がいまいちだ。ひと月前に教えた礼儀作法は美希の頭からすっかり消えてしまっているらしい。…また叩き込まなければならないのだろうか?

「…さんをつけなさい、美希。あと手の動きもいらないわ」

律子はこめかみを揉んだ。どうやら自分と同じことを律子も考えていたらしい。

「…そうだ、ちょうどいい所に来たわ。2人とも、ちょっと来て」

ちょいちょいと手招きをして律子は2人を呼び出す。心なしか、どこか顔がにやけている気がするのは気のせいだろうか?

「…どうしたんですか、律子さん?」

怪訝そうな表情で朱里は答えた。何故律子は笑っているのだろう?

そんな疑問を抱いていた朱里だが、次の律子の発言で、その理由が分かった。

「…決まったのよ、あなたたち2人のデビューオーディションが!」

「「…! 本当ですか(なの)!?」」

その発言に驚いたのか、朱里と美希は同時に大声を出した。

「ええ、本当よ。その証拠にちゃんと主催者側からの書類もあるわ」

はい、と律子は通勤カバンから2つの書類を取り出し、印籠のようにかざして2人に見えるようにしてくれた。

(…本物、だよな?)

細かいことは読み取れなかったが、堅苦しい文章と押された判子から偽物とは思えない書類だった。…ということは本物なのか、これ。

「まずは美希!」

「はいなの!」

ビシッと律子に指を刺された美希は、元気に手を上げる。もうすっかり眠気は吹っ飛んでしまったらしい。

「美希は1週間後、新人アイドル向けのオーディション『ルーキーズ』に出てもらうわ」

1週間後って…またえらい急な話だな。

「まあ、今の美希の実力なら、合格ラインはとっくに超えているわ。この1週間でオーディション用の対策を十分にすれば、よほどのことが無い限り落ちはしないわね」

「本当なの!?」

「私が嘘ついてどうするのよ…。あなたはいつも通りにしていれば大丈夫よ」

律子は優しく言った。…まあ、美希姉さんなら1週間もあれば大丈夫だろう。あの『鬼軍曹』がここまで断言しているのだから、かなりいい線は行くはずだ。

「で、次に朱里。あなたは2週間後に控えているオーディション『シンデレラガールズ』に出てもらうことになるわ。これも『ルーキーズ』と同じく、新人アイドル対象のオーディションだから、そんなに肩を張らなくても大丈夫よ。今のあなたなら十分通じる実力を持っているから、自信を持って」

「…はあ」

そんなこと言われても、いまいち信用できない。本当に今の実力でオーディションに通じるのだろうか?

「…まあ、朱里の場合、期間は美希の倍近くあるしね。ゆっくり対策をしていきましょう」

律子は「詳しい話は明日にします」と言って会話を切り上げた。更に「体調管理は今以上にしっかりしておくように」と釘を刺された。…多分、自分に向けて言ったんだろうな、律子さん。

 

 

 

 

 

 

「えへへ、律子があんなに褒めてくれるとは思わなかったの!」

「…あんまり油断していると足元をすくわれるぞ? 姉さんはもうちょっと気を引き締めた方が…」

「もう!朱里は細かいこと気にしすぎ! 美希的には、もっとのんびりしていた方がいいと思うな?」

「それが出来るのは姉さんだけだよ…」

帰り道、美希はオーディションに出れる興奮が冷めないのか、あれこれ朱里に話していた。朱里は逆に緊張気味で、美希の能天気な発言に呆れていた。…こういう時、マイペースな美希の性格が羨ましい。自分の場合、どうしてもあれこれ余計なことを考えてしまうからだ。

「それに、朱里は美希の妹だから絶対に合格できるの! だからもっと胸を張っていいと思うな」

「…何だそりゃ」

美希のよく分からない理論に朱里は笑いながら、歩を進めた。朱里のデビューオーディション『シンデレラガールズ』まで残り、2週間。




きれいな小鳥さんも好きだけど、腐っている小鳥さんも私は好きです。
…つまりは私は小鳥さんが大好きなんですね。

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