THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

18 / 37
今回はこの人メインです。


第17話 準備と過去と

あの夜の貴音との会話から1週間経ち、いよいよ『シンデレラガールズ』本番まで残り2日となった。

いつも通りの授業が終わった後、朱里と美希は一緒に歩いていた。朱里はレッスンスタジオに行かなければならないので、途中で別れなければならないが、2人はその間、色々と話をしていた。

「…で、朱里。調子の方はどうなの?」

「うん、だいぶいい感じ。オーディションもこの調子でいけば大丈夫だと思う」

話題は当然のことながら朱里のオーディションについてだ。美希も気を遣ってか、朱里のプレッシャーになるようなことは言わなかった。

(…姉さんに遅れないようにしなきゃ、な)

先日行われたデビューオーディション『ルーキーズ』で美希は見事に合格を成し遂げた。

『ルーキーズ』の参加者人数23人の内、合格枠はたった1つ。その23人の頂点に、美希は見事に抜擢されたのだ。朱里は残念ながら会場入りすることは出来なかった為、詳しいことは分からなかったが、プロデューサーや律子に聞いた話によると「圧倒的だった」らしい。周りの子が雰囲気に飲まれてミスを繰り返す中、美希は冷静に踊り、歌を披露したのだとか。特にビジュアル面では他者を寄せ付けないほどの凄さを発揮したらしい。

(…まあ、姉さんだからな)

朱里はその結果を聞いてどこか安心した。美希は初めてのオーディションに受かる事が出来たのだ。姉の朗報に朱里は素直に喜んだ。

…だが、オーディションに受かったということは、美希がアイドル候補生からアイドルへとランクアップしたことを意味していた。つまりは美希に先を越されてしまったのだ。

(…あれこれ必要以上に考えるのはやめよう)

朱里は首を振って、頭に浮かんだ嫌な考えを打ち消した。

自分は2日後に控えているオーディションにだけ意識を向けていればいい。余計なことを考えて、感覚を鈍らせてはダメだ。

「じゃあ、私、行ってくるね」

スタジオに続く道へと進みながら、朱里は美希に答えた。

「頑張ってね、朱里」

美希はひらひらと手を振って、それを見送ってくれた。

「…言われなくても、頑張るよ」

朱里のその言葉に、2人は一瞬の間の後、微笑みを交わした。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ最後にもう一回だけ踊ってみましょう」

「はい」

朱里はトレーナーの指示に従い、本番を意識した姿勢へと体を直す。

(焦らずに肩の力を抜いて…)

スタジオ内に流れ出した『READY!!』を聞きながら、朱里は振り付けを始めた。右手を動かしながら、前へゆっくりとステップを踏み出していく。

本番を2日後に控え、朱里は自分の調子がいいコンディションに仕上がっているのをはっきりと感じていた。

ダンスの動きもミスすることが限りなく少なくなったし、歌の方も問題はない。欠点だったビジュアルの方も時間こそかかったが、何とか期間内に仕上げることが出来た。まあ、美希と比べるといくらか見劣りはするが、それでも前のようにトレーナーにあれこれ言われることはなくなった。

それは貴音のアドバイスが朱里の行き詰っていた状況を見事に打破してくれたからだ。

『周りを見過ぎること』

朱里の優れた観察眼が逆に仇となって、他人を必要以上に意識してしまったのだ。周りとの違いが焦りを生み、朱里の動きを鈍らせていた。特に中身が男の朱里は異性の違いなどを普通以上に捉えがちなのも、余計に拍車をかけていた。

…その為、朱里は必要以上に美希や周りを意識するのをやめることにした。そのかわりに、その観察眼を自分の荒探しに使うことにしたのだ。勿論、自分で自分の荒を探すのはあまりいい気分ではなかったが、これは非常に効果的だった。

自分を見つめ、長所は何か、駄目な部分はどれか。そして短所を直すのにはどうすればいいのか。それらを見つめ、トレーナーと相談し、一つ一つゆっくりと改善していく。

それらを可能にするのに必要なのは冷静さと適度な脱力だった。その2つを取り戻した朱里は、焦りで目が曇っていたあの時とは違い、問題だった部分を一つ一つ潰すことが可能になっていたのだ。

「…はい、じゃあ今日のレッスンはここまで」

トレーナーの手拍子で朱里の意識が現実へと引き戻される。

「…もう終わりですか?」

朱里はいつもの半分以下の練習時間に戸惑いを隠せない。てっきりもっとやるとばかり思っていたのだが。

「ええ。本練習じゃないから、もう終わりよ。当日に疲れを残しちゃまずいしね」

「…なんだか不安ですね」

朱里は心配そうに呟いた。と、いうのもオーディション前日となる明日はレッスンの予定が組み込まれていないのだ。

正直な所、もっと体を動かしたいという願望があるのだが、トレーナーは朱里の言いたそうなことが分かったのか、朱里が言う前にはっきりとこう言った。

「本番前日に全力のレッスンを行わせるトレーナーなんていません」

「…その、明日も体を動かしたい気分なんですけど…」

「体を休ませるのも立派なレッスンの内よ」

ピシャリと言われてしまい、朱里はぐうの音も出なかった。

(…まあ、やるべきことは全てやったからな。休んでいて損はないか)

ぼんやりとそんなことを考えながら、朱里は自分でも驚くほどすんなりとトレーナーの指示に従うことに決めた。

この2週間で自分はやるべきことは全部やった。本番まで残り2日、この残された僅かな時間の中で自分が出来ることは、調子を見ながら体と心をほぐして、集中力と闘志を高めていくことくらいしかないだろう。

今更新しい動きを覚える必要もないし、ここで下手に余計なことをしてしまうと、せっかくいい感じで整った調子が崩れてしまう可能性もあるからだ。ここまできて、そんなヘマを犯したくはない。

「じゃあ最後に柔軟をやりましょうか」

「はい」

朱里は床へと座り、柔軟を始めた。…そう、やることは全てやったのだ。後は本番を待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

「はい、お疲れ」

トレーナーは朱里がスタジオを出て行く姿を確認した後、ふうっと息を吐いた。

(…とりあえずは直すべきポイントは全部直したわ。後の問題点は会場の空気に飲まれないかだけど…)

まあ、自分に出来ることは全部やった。後は朱里を信じるしかないだろう。

(…何だか昔の自分を見ているみたいだわ)

トレーナーはぼんやりと朱里のことを思いながら、ふと、自分の過去の記憶が蘇ってきた。

トレーナーは朱里くらいの齢に、伝説的アイドル『日高舞』に憧れてアイドルの門を叩いた。

女の子なら誰しも、スポットライトを浴びながらステージに立ち、歌を歌うアイドルに魅了されるものだ。日高舞という人物はまさしく、その女の子たちの憧れを絵に描いたようなアイドルであった。

13歳でデビューし、ファーストCDから5連続ミリオンを飛ばし、数々のヒット曲を世に残した。その他のアイドルを寄せ付けぬほどの圧倒的な実力で当時の芸能界を蹂躙し尽くすも、何を思ったのかそのままあっさりと引退。

アイドル史はおろか日本史に残るほどの超有名スターの座を不動の物とし、あっさりと引退した彼女の生き様に憧れ、トレーナーのように芸能界の門を叩いた女の子も少なくはなかった。

才能はあった方だと思う。同期の子と比べてもデビューは早かったし、持ち歌こそ少なかったが、ステージで歌ったことも1度や2度ではない。

…でも、上に行けば行くほど、厳しい現実を突きつけられた。高みを目指せば目指そうとするほど、天賦の才を持つ者とそうでない者の差がはっきりとしてくる。努力や根性では覆しきれない物の存在を感じざるを得なくなってしまう。

トレーナーは誰よりも努力し、誰よりも己を磨いた。…そんな彼女だからこそ分かってしまった。自分の実力を把握できる経験と練習を誰よりも積み重ねているからこそ、嫌でも理解してしまったのだ。

自分は日高舞のようにはなれない。アイドルとして大成することも彼女のいるような境地にたどり着くことはできないのだと。

…結局、トレーナーはアイドルを引退した。アイドルとして大成出来ない、そう理解してしまった途端、努力することは無意味なのだという暗い感情が支配するようになってしまったのだ。トレーナーは自分への失望を胸に抱きながら、芸能界から遠ざかった。

(…でも結局、私は諦めきれなかった)

その代わりにトレーナーはアイドルではない、何かそれに関わる仕事に就くことはできないか…そういう思いに捉われることになる。…彼女は自分の成し遂げられなかった夢を誰かに託してみたいと思うようになったのだ。もしかしたらそれは「トップアイドルを育てた名トレーナー」という肩書きが欲しいという不純な動機もあったかもしれないが。

(…私はダンスがもの凄く得意だから、ダンストレーナーの道に進むのも悪くはないかも)

幸いにも、頭の良さは人並み以上であることは学生生活を送っている内に判明していた。その為、自分の進路を多くの有能トレーナーを生み出した名門大学に決め、かなりの猛勉強をした。

…勿論、その道に進むのは酷く険しく、苦しかった。

大学には無事に入学できたが、周りには自分以上に賢い人なんてごろごろいたし、挫折しかけたことは何回もあった。自分が目指すのはきちんと食べていけるかも分からない職業だ、自分の選んだ道は本当に正しかったのか、それに悩むこともあった。

…しかし、彼女は夢を成し遂げた。今では多くの生徒を抱え、日々レッスンの毎日だ。この職業についてもうじき5年経とうとしているが、ようやくトレーナーとしても一人前と言えるくらいにはなっているのではないだろうか。

…そして今年の4月、トレーナーは本物の才能を持つ2人の少女に出会った。

星井美希と星井朱里。この2人の姉妹の実力は凄まじいものがあった。呑み込みの速度が異常なほど早く、僅か一月でオーディション出場を認められるほどの実力を身に着けた。これははっきり言って驚異的なことだった。

(…普通はどんなに早くても二月ちょっとはかかるはずなんだけどね)

事実、765プロのアイドルたちの初オーディション出場までの平均期間は2か月半とちょっと。最短記録保持者である千早ですら2か月という記録だ。あの2人はそれを大幅に塗り替えてしまっているのだ。…本人たちはこのことを全く知らないが。

(2人とも面白いくらいに覚えてくれるのよね…)

美希はどこかルーズな性格をしており、あまり余計な行動をするのを嫌がる子だった。一度「何度もやるのが面倒だから」という理由で、こちらのダンスの動きを見ただけで完全に覚えるという反則同然のような技術も見せてくれた。…流石にこのことに関しては開いた口が塞がらなかったが。

またルーズな性格が故に、レッスンに対するモチベーションが落ちやすくなりがちなのだが、妹である朱里がいるということでこの現象が起こることはなかった。…姉として、どこか妹にカッコいい所を見せてやりたいという可愛らしい理由があるらしいが、トレーナー側としてもありがたいことだった。

そして朱里も美希と同様かそれ以上の才能を持っていた。

呑み込みの早さは美希に少し劣るものの、常に向上を心がけて行動することでその短所をカバーしていた。本人は美希と比べてどこかいまいちだと思っているらしいけれども、素人が僅かな期間でここまでの実力を身に着けられる朱里は間違いなく才能がある。

それに最近は朱里があれこれ自分に質問しに来るのが楽しみだった。自分が言った細かい所までしっかりとノートに書き込んでくれる彼女とあれこれ話すのが面白い。

教える側としても、ここまで真剣に取り組んで実力を身に着けてくれることが楽しくて仕方ないのだ。自分が彼女の才能の開花に一役買って出られたことに、トレーナーは喜びを感じていた。

「…頑張ってね、朱里ちゃん」

トレーナーは誰にも聞こえることのないような小さな声でそう呟いた。

朱里のデビューオーディション『シンデレラガールズ』まで残り2日。




…なんで名前も分からないトレーナーさんをメインにしてしまったんだろう?
ただ、彼女の齢を考えると、きっとこういうことがあったんじゃないかな?という妄想バリバリの設定で筆を進めていました。…事実、日高舞が引退した後って相当な跡が残ったと思うんですよね。アイドルのハードルが多分相当上がってしまったのではないでしょうか?
さて、次回らへんでオーディションに行けたらいいな…。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。