THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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前話から何日開けた? という感じですが…投稿いたします。気が付いたら年明けちゃったよ…。


第21話 初めての仕事

765プロに充てられた楽屋の中では、本番前の緊迫した空気が微塵も感じられないほどの明るさがあった。

「ねぇねぇ、律子、律子! 美希、この衣装似合ってる?」

「はいはい、似合っているわよ。それ何回目の質問?」

「えへへ」

律子にそう言われた美希は嬉しそうに笑う。そんな美希を見ながら律子も優しい笑みを浮かべていた。いつもなら敬語を使わない美希に対して説教が飛ぶはずなのに、今日はそれが一度もない。…もしかしたら律子も律子で何か思う所があるかもしれない。

そんな律子の反応に美希は嬉しそうにその場でくるりとターンを決めた。その度に、彼女が身に纏っている衣装『バイタルサンフラワー』のスカート部分と美希の髪がふわりと舞い上がり、彼女の可憐さと美しさを引き立たせる。更に『バイタルサンフラワー』の鮮やかな黄色がまた、美希の金色の髪と非常にマッチしており、思わず見とれてしまうほどの魅力を放っていた。流石は『ルーキーズ』で他者を寄せ付けないほどのビジュアルを披露しただけはある。そんじょそこらの候補生とは比べ物にならないレベルの美しさだ。

その姿はいつでも準備万端といっても過言ではなく、歌いたくて待ちきれないといった雰囲気が滲み出ていた。

姉さんは随分と楽しそうだ。

朱里はそんな微笑ましい光景を少し離れた所で椅子に座りながら眺めていた。そして目線を美希から自分へと下げ、現在の自分の姿を見てみることにする。

現在の朱里は(装飾など細部の違いはあるが)美希と同じ『バイタルサンフラワー』を着ており、支障が出ない程度の軽い化粧も施してある。

まず思うのは、こんな明るい衣装は自分に似合ってはいるのだろうか? ということだ。朱里の私服は主に黒や藍色など少し暗めのものをチョイスしている為、黄色が主体の『バイタルサンフラワー』はどうも似合っていないような気がしてならない。しかもこの衣装はどうもスカート部分が短いような気がする。動き回って下着まで見えるなんてことはないだろうな…。スカート部分とちょこんとつまみながら心配する。

まあ、今回歌うのはオーディションと同じ『READY!!』だし、あまり激しい踊りをする曲でもないから大丈夫だとは思うのだが。

(姉さんと一緒…か)

朱里は頭を振って、憂鬱な気分を振り払った。

こういう考えをし始めると碌なことにならないのは『シンデレラガールズ』の練習時に経験済みだ。人間はこういった不安や恐れを意識した途端に脆くなっていく。精密機械が一つでも異物が混じることで壊れてしまうみたいにあっけなく崩れていってしまう。

(…大丈夫だ、大丈夫。『シンデレラガールズ』の時と同じでいいんだ)

朱里はそう言い聞かせながら、ゆっくりと呼吸して、両方の掌を握り締める。

すると自分の心の中がめちゃくちゃに昂っていることに気付いた。それは武者震いから来るものなのか、怖さを感じたくないがために無理やりにでも自分を奮い立たせているのかは分からない。

(…初めての仕事がライブの前座とはね。しかも姉妹揃って)

朱里と美希に与えられた初めての仕事は、イベントライブの前座という初めてやる仕事にしてはやや大きな内容だった。

何故、そんな仕事が自分たちに入ったのか説明する為には数日前まで話をさかのぼらせる必要がある。

そもそもこのイベントライブには前座で出るアイドルは既に決まっていたのだが、本番数日前に突如そのアイドルが急病にかかってしまい、イベントを休まざるを得なくなってしまったのだそうだ。

これには主催者側も慌て、急きょ代打として出てくれるアイドルを探してみたものの、あまりにも急な話過ぎて、出てくれるアイドルが現れてくれなかったらしい。仮にスケジュールが空いていても、代打を任せるには実力が足りていないという子がほとんどだったみたいだ。

主催者側も困っていた所、ちょうど白羽の矢が立ったのは姉妹揃ってオーディションを突破した朱里たちであった。自分たちの今の実力は主催者側の代打を任せられるほどにはあるのだろうか。

勿論、こちら側としてはありがたい話だ。断る理由なんてないし、二つ返事で承諾して今に至るというわけだ。

2人が出ると決まってからはかなりの急ピッチで段取りや話は進んでいった。この数日間は律子やプロデューサーだけでなく、小鳥や社長も協力して仕事をしていたのは朱里の記憶にも新しい。

ちなみに今日の仕事の同伴者は律子だけだ。朱里はプロデューサーにも一緒に来てほしかったのだが、『シンデレラガールズ』の時の律子と同じで、他の仕事が入り込んでしまって来れないそうだ。少し残念だったが、来れないのなら仕方ない。

律子曰く、こういう前座の仕事は「いい仕事」なのだそうだ。このイベントの規模もそこそこ大きいし、本命に控えているアイドルもそれなりに名前も売れて人気がある。こういう前座の仕事とは本命のアイドルが有名であればあるほどこちら側の名前が売れるらしい。仕事ついでに宣伝しているようなものなのだろうか。

朱里は視線だけを壁に掛けてある時計に動かした。時計を見るとまだ時間には余裕がある。

不意に新鮮な空気が吸いたくなった。自分の周りが酷く暑く、息苦しく感じたのだ。この楽屋は空調がきちんと利いていないのだろうか。それともそう思うのは自分だけなのだろうか?

朱里はそっと椅子から立ち上がり、そのまま美希と律子に「ちょっと、外の空気を吸ってきます」とだけ言って、楽屋を出た。

 

 

 

 

 

 

狭い楽屋の中から広い廊下へと出ると、思わず伸びをしたくなったが、誰が見ているか分からないので自重することにする。廊下のど真ん中でステージ衣装を纏った女が盛大な伸びをする光景なんて、見た人に良い印象は与えないだろう。空気だけを吸って、気分を紛らわすことにした。

「…」

新鮮な空気を吸い終わった朱里はそのまま楽屋へと戻ろうとしたが、あの息苦しく感じる空間にはなんとなく戻りづらかった。

まだ時間に余裕があるので気分転換も兼ねて廊下を適当にうろつくことにした。迷子になっては元も子もないので一応近くをグルグル回るだけの範囲に留めておいたが。

その途中、何人かのスタッフと横切ったのでしっかりと挨拶をしておいた。

こういうところでもしっかりと挨拶をするだけでも印象というものが違ってくる。就活でもこういうのはさんざんやったからなぁ。1周目の記憶をしみじみと思い出す。

そして誰に言う訳でもなく、朱里はポツリと呟いた。

「…働くって大変だ」

この数日間のプロデューサーや律子の姿を見て。2人だけでは手が足りず、社長や小鳥も手伝っている姿を見て。この会場でせわしなく動くスタッフたちの姿を見て。

自分たちの初めての仕事に関わる人たちの姿を見て、率直に思ったことだ。

朱里は一度も『星井家には金がない』と感じたことが無かった。朱里も朱里で、両親に金銭的なことでは必要以上に気を遣っていたりはしたが、それでも貧乏だとは思ったことは無い。

そんな中で育った経験か、いつしか『働く』ということに鈍くなっていたのかもしれない。就活やそれに対する技術を身に着けても、実際に職に就いて働いたことがなかったから朱里には働くという心構えが足りなかったのかもしれない。

だから今日、この現場で自分は気付かされた。

今日から星井朱里はアイドルとして働く。遊びや部活とかそういった概念じゃない、職業として働いてギャラをもらうのだ。

…勿論、ギャラの為だけにアイドルをやる訳じゃないが、どこかアイドルになったという浮かれ気分に冷水をかけられたのは間違いなかった。そしてアイドルを続けていく以上、適当な気持ちで仕事に打ち込むわけにはいかないということもこの数日間でまた認識させられた。

少なくとも、今日の為に動いてくれた人たちの為にも、絶対に無様な真似だけは出来ないと朱里は一人決心した。

 

 

 

 

 

 

結構、人が多い。

本番まで30分を切り、そっとステージ脇から観客席の様子を見た朱里の感想がそれだった。前座のライブなんて一人二人がせいぜいなのだと思ったが、ざっと見ただけでも十人弱の観客がそこにはいた。

「っ…」

体全体がちりちりとした痒みに襲われている気がした。体毛の一本一本が逆立っているに違いない。心臓もうるさいほど鼓動を打っている。

目の前にいる観客たちは、本番前まで頭の中で思い描いていた、ダミー人形のような無色透明な存在ではなかった。

当たり前だが、あの観客たちは生きていた。呼吸をするたびに胸と胸郭が上下するし、彼らの動きや細かな仕草までもが、生々しく感じられる。

ふと、朱里は怖くなってきた。

本当に『シンデレラガールズ』の時みたいに上手く歌えるのだろうか。オーディションの時とは状況が違う。受け入れてくれるのか。失望させたりはしないだろうか。

まるで白い布に黒い染みが落ちたようにじわじわと疑念や恐怖が広がって、心の中を侵食していくような感覚に陥っていく。

(落ち着け、落ち着け)

落ち着こうとして拳を握ろうとするが、震えて上手く握れない。たったそれだけのことでも朱里の心は酷く乱れる。

しっかりしろ。律子さんやプロデューサーだけじゃない、小鳥さんも社長も今日まで頑張ってくれたんだ。失敗するわけにはいかないんだ。この土壇場で腰が砕けてしまったら、洒落にならないんだ。だってこれは初めての仕事なんだから。笑われる訳にはいかないんだ。だって、だって…。

「朱里?」

いきなり声をかけられたので、動揺してしまう。

「大丈夫?」

声の主は美希だった。眉間にしわを寄せて、こちらを見ている。

「…うん」

朱里は蚊が鳴くようなか細い声でそう答えるのが精一杯だった。

美希はそのまま黙ったままこっちを見ていた。すると美希の視線が自分の震える両手に向いていることに気がついた。反射的に両手を後ろに隠した。

「朱里」

美希はそう呟くと、そっと近づいて来た。

「な、何?」

美希は上手く呂律が回らない朱里を優しい顔で見つめていたと思ったら、いきなり首に手を回して抱きついてきた。

「…大丈夫だよ」

美希の突然の行動に朱里は混乱していた。女同士で、しかも姉妹で、ドラマで恋人がやるような抱きつき方をされれば誰だって混乱するに決まっている。

「美希はね、どんなことがあっても朱里の味方だから、大丈夫だよ」

まるで朱里の心の中の全てを見透かしているかのような言葉だった。…いや、もしかしたら見透かしてはいないのかも。朱里の不安さを直感で感じて、直観に従うがままにそれを口に出しているのかもしれない。

「だって、美希は朱里のお姉ちゃんなんだから」

そう言って美希は朱里の顔を見てニッコリ笑った。

「あ…」

朱里が思わず発した声は、掠れていて、美希にすら聞こえなかったかもしれない。でも、その発した声と共に、心の中に暖かい何かが生まれたのが分かった。

美希は朱里の首から腕を離して、二人はしばらく見つめ合い、無言になる。

「…その、ありがとう。姉さん」

言いたいことは色々あったけど、頑張って口から絞り出せたのはその言葉だけだった。でも美希にはその言葉だけでも嬉しかったのか、がばっと朱里の胸に飛び込んだ。

両手の震えはいつの間にか治まっていた。

「…あの~、そろそろいいかしら?」

背後から様子を窺うような律子の声が聞こえ、朱里は急激に我に返った。周りを見れば、近くにいた何人かのスタッフもみんなギョッとした顔でこっちを見ていた。律子もその一人だった。

そういえばここはステージ脇だったということを思い出し、もう叫びたいほど朱里は恥ずかしくなったのである。




今回は繋ぎのエピソードで、朱里の決意の回です。
…初めての仕事に対する怯えや不安を前面に押し出してみました。朱里の変なところに対する不器用さも出してみました。
歌は次回で持越しです。…早く更新がしたい。

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